クレーターは埋められないも、周辺に新たに都市を建設開始。(MAGI等が在る為である)
まだ仮設校舎とはいえ、第一中学も授業を再開。生徒たちも戻ってきた。(一説によると、パイロットの心のケアだけの為に、ネルフが手を回したとも言われている)
完全復活を遂げたトウジも加え、三バカトリオは再結成。すっかり回復し、ドイツに帰ってしかるべきアスカも未だ、日本に居ついていた。(もっとも、その理由に気付かないのは関係当事者のみだが)
ぶっちゃけた話、絵に描いたような平和な日常であった。
しかし、平和とミリタリーオタクは意外と関係がない。二十一世紀のこの時代に置いても零戦おたく等は存在するし、軍艦巡りをする眼鏡の少年はここに確かに存在するのだ。
彼の名は、相田ケンスケ少年。今回の主人公である。
第一中は恋多き学校だ。日本の子供は、誰かが先頭に立つと皆が従うというが、激しい言動で知られる彼女がいれば、どこでもそうなると言うもの。
惣流・アスカ・ラングレー。
親父同様何故か女性にもてるという、碇シンジを独占している少女である。(周りは非常に迷惑している。何かと巻き込まれるからだ。)
その他にも、洞木ヒカリ・鈴原トウジの”明治の恋愛”カップルを始め、クラスの半数はカップルになっていると言う、世にも恐ろしい状況だった。(その他はたいてい、アスカかシンジの追っかけだ)
だが、そんな中にも加わらない少年が一人。繰り返すが、”主人公”の相田ケンスケ少年だ。
「おーい、トウジ。ちょっといいか?」
「おう、何やケンスケ。」
「見てくれよこれ。凄いだろ。」
「何や、また軍艦の追っかけか。」
「太平洋艦隊の最新鋭空母、ペール・ギュント!くうぅー。たまんないよ。」
「あのな、そういうのは独りで見とれ。分からん人間にはさっぱり何も分からん。」
「いいじゃないか。人に見せるのがいいんだよ。相手が分かるかどうかなんて、たいした問題じゃないんだ。まあ、分かった方がなお良いけどね。」
「そういうもんか。」
なおも写真を見せるケンスケ。だが、トウジにお呼びが掛かったようだ。
「鈴原ぁー。ちょっと来てくれるー?」
「おう、イインチョ。今行く。そういう事や、ケンスケ。まあ、シンジにでも見せたってくれや。」
言うだけ言って、トウジは消えた。一応シンジの方を見るケンスケ。
聞こえていたのか、一緒にいるアスカがこっちを睨んでいる。
『邪魔したら殺すわよ。』
聞かなくても分かった。
状況はあまり、彼に肯定的とは言えない様子だ。
(あーあ、この良さを誰も理解できないとはね。アイドルとかにちょっと詳しくても誰も何も言わないのに、ミリタリーだとどうしてこうなんだよ。いいさ、俺は俺の道を行くだけだ。自分の道も創れない男に価値なんてあるもんか。)
彼の心の声であった。シンジに聞かせてやりたい言葉だ。念のために補足しておくが、”ちょっと”とは、ごく一般的な知識、という事だ。アイドル等の数に比べれば、武器や、軍艦の数などたかが知れている。それなのに、世間の風は冷たい。彼はそう、嘆いているのである。(本当かどうかは知らない)
帰り道は三バカトリオ+イインチョ、アスカの五人組だ。
何も、ケンスケが一緒に帰る義理はないのだが、まあ、それなりの付き合いで、習慣化しているので、いまさら変えるつもりもない。とは言っても、独りだけ蚊帳の外で、後ろを寂しく歩くのも何だか見ていて哀情を誘うものが在るのだが。(本人はそれほど気にしていない)
さらに、追い打ちを狙ってか、トウジの言葉が届く。
「ケンスケ。何や偉い寂しそうやな。」
「誰のせいだよ、誰の。」
「まあ、そう言うな。お前も早よ、ええ相手見つけろや。」
中学生の言う言葉ではない。
「いいよ。めんどくさいし。」
「かぁー、これやで根暗なオタクはあかんのや。」
キラン
その瞬間彼の眼鏡が光った。
光線の具合が変わった訳ではない、彼が姿勢を変えた訳でもないのに。
立ち止まって言う。
「トウジ,俺をオタクだと言ったな。」
「ああ,言うた。」
「俺を根暗なオタクだと言ったな。」
「ああ,何度でも言うたるわ。お前は彼女もできん根暗なオタクや。」
よせばいいのに、言い募るトウジ。特に悪気もないのだが。だが、ケンスケの反論は熱かった。
「ああ,そうだ。俺は根暗なオタクだ。だがな,これだけは言っておく。オタクでネクラでも,魂はゼットン火球より熱いんだ!情熱なら、岡本太郎にだって負けるもんか。」
・・・そういう良く分からない例えをするから,オタク扱いされるのである。だが彼は,それを誇りにさえしていた。トウジ達にも熱い魂だけは伝わったようだ。
「鈴原、相田君が輝いてみえない?」
「そうやな、イインチョ。ワシにもそう見える。」
若さだ。これだけの情熱が在れば・・・と、世の親たちが言う、熱い魂を彼も持っているようだ。
道の真ん中で燃える一人と、それに感動する二人。いつの間にやら五人が三人になっていることは誰も気付いちゃいなかった。
「ケンスケ。昨日はすまんかった。けど、彼女が居るっちゅうのはええもんやぞ。なってみんと分からんかも知れんが。」
「女ばかりが人生じゃないさ。20世紀の飛行艇乗りが良い言葉を残してる。”女がどうした。世界の半分は女だ。”って。」
彼はひがみからこう言ってるのではない。少なくとも今は,心の底からそう思っているのだ。そういった欲望が昇華された今のケンスケの眼は、まさに芸術家のそれだった。オタクもここまで行けば立派なものだ。(人生レベルで語るにはちと若いが)
「そうか、それならワシはもう、何も言わん。」
「鈴原ぁー、ちょっといい?」
「おう、イインチョ。ケンスケ、頑張れや。」
説得力はまるでない。この幸せ者めい。
「あーあ。硬派も形無しだね。」
まったくである。
「さーて、ディスクの整理でもするかな。」
打ち込むものが在るのは良いものだ。例えそれが、マニアックなものであっても。波長さえあえば見合う相手もいるだろう。或る種の輝きに気付く者もいるだろう。
相田ケンスケ。彼に幸在れ。