「・・・千葉県北部、北西の風次第に強く、曇り、後、雨でしょう・・・」

カチャ

「雨か・・・」

受話器を置いた男は、誰に言うとも無く言った。



彼は天気予報が嫌いである。
否。正確には、天気予報そのものでは無く、天気予報の番組が嫌いである。
だが、油断していた所に降ってきた午後からの雨、だとかで濡れたくは無いし、冷え込むようならコートの一つも用意したい。
そんな訳で、彼は電話の天気予報を聞くことにしているのである。



男は折り畳み傘を用意し、鞄に入れた。すぐに入れておかないと忘れるからだ。
これから朝ご飯を食べ、出勤。今日は朝から会議がある。
今朝は、ご飯に味噌汁(合わせ味噌だ)、プレーンの卵焼きにかぶの漬け物。いつものお決まりメニューである。独り身なので、もちろん全て自分で作っている。



彼の名誉の為、更に正確に言うなら、全ての天気予報番組が嫌いな訳ではない。
キャスターの好みでは無い。特定のテレビ局が嫌いだとか、そんなことでも無い。
その違いは一点。現在の雲の動きの有無である。

お天気番組というのは、(あくまで彼の偏見であるが)予想天気図などを交えて、現在の雲の動きを一通り説明し、それから各地の降水率や、予想温度などを述べ、主要都市の天気一覧を写すものだ。
その雲の動きを説明する部分が、彼にとってはこちらをバカにしているように思えるのである。
代表的な例をあげると、

「・・・この大陸性高気圧が日本列島に張り出してきて、云々・・・」

とまあ、こんな感じだろうか。
一般的に言って、我々は天気の予測について素人である。であるから、雲の動きを見た所で、明日雨が降るかどうかなど、天気予報で言っていること以上には解らないのである。
一目見ただけで解るような天気図ならそれも良いだろう。だが、微妙な判断が入るような場合(そして大体の場合、何処か一ヶ所ぐらいにはこういった状況が含まれるものだ)、我々にとって天気図など何の役に立つだろう?実際には、そこから導きだされた天気の予報だけで十分、事足りるはずなのだ。(しかも雲の動きは、実際に人間の眼に見えるものでは無い!)
彼にとって、そういったものは政治家の能書きとか、評論家の理屈付けと大した違いは無い。
「我々の天気予報の根拠はこうであり」、「結果」、「雨が降る」のだ。

自分に直接関係の無い、解らない事を聞かされる。
「雨が降る」だけで良いじゃないか!
よって、『いらいら』するのである。
雲の動きなど出さなければ良いのに。心の底からそう思う。

彼は、天気予報が嫌いだ。



朝食も終った。背広にコートを着ていよいよ出勤だ。
家から外へでて、まず西の空を見た。朝焼け。雨が降りそうだ。
彼とて自分で予測(?)して、納得するのは好きである。何事も、自分と関係の無い分野は興味が湧かないものだから。どうやら天気予報は当たりそうだ、等と素人の自分が偉そうに批評している事には、もちろん気付いていないらしい。

言い忘れたが、彼の職業は大学で化学を教える講師である。会議も終った。今日もいつもと変らぬ授業が始まる。

「・・・この環から飛びだしている炭素の作用により、結合に必要な活性化エネルギーが・・・」


作者コメント:
初の『オリジナル』作品なるものである。短いな・・・。長く出来なかったというのが真相だったりする訳だが。
これは作者が天気予報を見ていて、何となく思った事をベースに書いたものである。男の行動に矛盾を感じて頂ければ、それは作者の意図通りと言う訳だ。また、男と作者は別人とだけ言っておこう。
なお、作者は化学は専門外なので、講義の内容はいいかげんである。また、千葉県在住でも無いので、実際に電話の天気予報に千葉県北部があるかどうかも定かでは、無い。

 


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