Sounds Of Singles

Kazusi Moriizumi Presents


新世紀エヴァンゲリオン アナザーアフターストーリー

<CANDY HOUSE EX>

「風のない夜が僕を責めとがめる」


(Good Morning Satellite)


 それはとても甘く長い、くちづけ。

 ようやく巡り会うことのできた、少年と少女の魂をあらわすかのようだ。

 けれど、いまの二人は互いにそれ以上の結びつきを望んでいた。

 互いを貪り尽くして、二人の唇が離れる。

 幼い欲望に粘ついた唾液が爛れた想いとは裏腹な綺麗な首飾りのように輝いて、シンジの顔に垂れた。

 それを追ってアスカの舌は、シンジの顔を這い回り、少年の顔を欲望の色に濡らしていく。

「ね……シンジ、抱きしめて」

 シンジの顔を舐め尽くしたアスカは、その耳を尖らせた舌先で犯しながら囁きかける。

「う……うん」

 いまだかつて経験したことのない、異質で、甘美な感覚に弄ばれながら、シンジはアスカの背に回した腕に力をこめた。

「駄目……もっと、もっと強く抱いて」

 華奢なアスカの腰を、シンジは折れんばかりに抱きしめた。

 自分の胸に押しつけられる、柔らかな胸の感触と、熱く火照った下腹部の感触がシンジの肉体を高ぶらせる。

 そしてアスカの言葉は、シンジの心の深いところに、たとえようもなく甘美な波紋を描いていた。

 ここにいるだけで、誰かのために何かをしてあげられなくても自分がここに「在って」いい理由を、アスカは与えてくれたのだ。

 しかし嬉しさに身を焦がしながらも、素直にそれを喜ぶことのできるシンジではなかった。

 何故なら、シンジは……

 だが袋小路に墜ちかけた薄昏い思いは、耳朶を甘く噛まれる刺激に止められた。

「シンジ……明かり、消して」

 羞恥と興奮の色に頬を染めて、アスカが言う。

「……でも?」

 少しだけ驚いたように顔を動かして、シンジは蒼い瞳を見つめた。

 抗えるはずもないアスカの願い。

 しかし、それでもまだ少しだけ残る理性は聞き返さずにはいられなかった。

 闇を恐れる少女の姿を、シンジは知っているのだから。

 シンジに見つめられたアスカは、それでも首を横に振ってみせた。

「平気……きっと。シンジがいるの判っているんだもの」

 シンジの瞳を見つめ、アスカはきっぱりと言った。

 蒼い瞳が語るものは一体なんだろうか?

 愛されている、ということ?

 愛している、ということ?

 それとも、庇護を受ける子供の……

 ひとつ頷き、シンジはベッドから降りた。

 しかし、それはアスカの願いだったからじゃない。

 自分で捉えきれない、自分自身の心から逃げるためだった。

 判っているはずなのに、どうすることもできない自分に、忸怩たる思いを抱えることに耐えられなかったからだ。

 純粋すぎるアスカへの想いと、男として抱く劣情の狭間で、シンジはもがき苦しむしかなかったのだ。

 ベッドを降りたシンジはできる限りゆっくりと部屋を横切り、時間を稼いで、混沌のさなかへと沈んだ心を救いだそうとしていたが、それは無理な相談だった。

 あっけなく壁にしつらえられたスイッチと、シンジは対峙することになる。

 ――これを、切ったら……

 スイッチにかけた手が、震えているのをシンジは自覚していた。

 ――どうして、震えてるんだろう。

 己の心が何処へ向かおうとしているのか判らぬまま、シンジは呟くように「消すよ、アスカ」と言ってしまっていた。

 それは間違いなく、アスカを想う心が言わせた言葉のはず。

 アスカからの答えはなかったが、それでも背中に投げかけられる視線が全てを肯定していることが判っていた。

 そして、シンジは指先に力を込めた。

 指先一つで、世界が暗転する。

 けれど、窓から差し込む月明かりは、優しく冷たい蒼い光で二人を照らしていた。

 一時、後悔したように壁を睨みつけていたシンジだったが、ぐっと顎を引くと振り返ろうとした。

「だめ……まだ、こっち向かないで」

 甘えたように響く声が、シンジの背を優しく押し止める。

 ささやかな衣擦れの音が、背中越しに侵入してくる。

 そのわずかな音さえも、劣情を限りなく煽りたててしまう。

 期待に弾んでしまう自分の心音にさえ、シンジは圧倒されそうになっていた。

「いいわよ、シンジ……」

 消え入りそうなアスカの声に促されて、シンジはゆっくりと振りかえった。

 呼吸が、止まった。

 早鐘を打っていた心臓さえ、止まったかのよう。

 網膜に焼き付いたのは、シンジの全く知らない女性の姿だった。

 美しく均整の取れた裸身。

 それは月光の下、きらきらと輝く光をその一身に集めていた。

 その美しさに圧倒され、シンジはアスカを見つめ続けることしかできないでいた。

「やだ……」

 そんな視線にアスカは照れてしまい、両手で胸を覆った。

「ごっ、ごめん!」

 アスカの仕草に我に返り、慌ててシンジは目を瞑り顔を背けた。

 止まっていた心臓が、再びどこかへ向かって走り出す。

 その理由は、たった一つ。

 いままで抱いていた、幻想が打ち砕かれたからだ。

 シンジの妄想の中に棲んでいた、あの頃のアスカは粉微塵にされてしまった。

 それよりも遥かに美しく、妖艶でリアルなアスカがそこにいるのだから。

 そう、すぐにも手の届くところに。

 しかしシンジは何も言えず、目を開くこともできずに立ちすくむだけだった。

「シンジ……」

 そんなシンジを見つめて、アスカは両の腕を広げシンジの名を呼んだ。

 不甲斐ないとも、情けないとも思わなかった。

 ましてや、いままでのように罵倒しようとも思うことはできなかった。

 少年らしいシンジの恥じらいに、アスカは嬉しささえ感じていたのだから。

 少なくともシンジが本気で自分を好いてくれていると判ったから。

「シンジ、ここに来て」

 耳朶を撃った言葉に、シンジの顔が跳ね上がる。

 そこに見たものは、胸に飛び込む子を待つ母親のようにかいなを開いたアスカの姿だった。

 濡れて光る蒼い瞳に、少し開かれて微笑を形作る紅い唇。

 柔らかさを約束する、大きくはないけれど形のいい胸の盛り上がり。

 そして、全ての男が魅かれる、淡い翳りに隠された秘所。

 それら全てが、シンジを瞬時に魅了し尽くしていた。

「……あ、アスカ……綺麗だ」

 ようやく出せた言葉。

 余りに幼稚で陳腐だったけれど、それは嘘偽りのない言葉。

 シンジが心から感じたままのアスカ。

 それだけに、それ以上のことはできなかった。

 望み続けたはずのものが目の前にある。

 だからこそ。

 実在として、そこにあるからこそ手を伸ばすのは躊躇われるのだった。

 それを望むのが、二人であったとしてもシンジはこれから本当にアスカを汚すことになるのだ。

 もはや、妄想ではなく現実として。

 それを受け入れきれずに、シンジは二律背反の思いに苦悩していた。

 できることなら、ここから逃げ出してしまいたかった。

 こんな時こそ、デュークに跨ってスピードに身を任せて我を忘れてしまえたらとも思う。

 だが、それこそ叶わない妄想に過ぎない。

 いま、自分が逃げ出すことがアスカを傷つけることになることくらいは判っているから、脚が竦んだままなのだ。

 そして、現実は更に残酷だった。

 アスカによって、シンジの逃避は阻まれるのだから。

 まるで猫のように、音も立てずにシンジに近寄ったアスカは、Tシャツに包まれたシンジの肩に頬を擦り寄せて呟いた。

「シンジ……大好きよ」

 恋するものなら誰もが口にするだろう言葉。

 それにも関わらず、その言葉は魔法のように、千々に乱れていたシンジの心を平静に引き戻していた。

 いや、平静というわけではない。

 ただの、アスカに恋した一人の男に戻したと言うべきだ。

 だから、シンジはカラカラに乾いた喉をならしながらでも答えることができた。

「……僕も、アスカが好きだよ……ずっと」

 ずっと……

 シンジは何気なく言っただけだったが、それはアスカの胸をつよくきつく絞り上げていた。

 ――狡い、狡いわ。シンジ……

 勝手に涙が溢れてくるのを、アスカは感じていた。

 ――アタシに言いたい放題言われて、それでもアタシなんかを好きだって言ってくれるの?

 それが、シンジだということはアスカも判っていた。

 それでも、あの頃は大人の言うことに言いなりの、いい子ちゃんのシンジが情けなくてたまらなかった。

 親の気を、ゲンドウの気を引こうとしてエヴァに乗り続けるシンジが判らなかった。

 だから罵詈雑言をぶつけ続けた。

 好きだと思いこもうとしていた人が、決して自分に振り向くことがないと知ったときに八つ当たりもした。

 ――それなのに、シンジはあたしのことなんかを好いてくれてたの?

 自然とアスカは顔を上げて、シンジを見つめていた。

 その瞳はキスをせがむ。

 アスカもまた、自分の心を持て余していた。

 あれだけのことをした相手が、自分に好意を持ち続けていてくれたという事実に。

 だから、アスカは逃げる。

 ここから逃げだしたかったシンジとは逆に、いまよりももっと深い場所へと。

 愛欲と快楽という、レフュージへと。

 シンジにそこまでの洞察力を求めるのは、土台無理な話だ。

 だからシンジは自分を映す蒼い瞳を見つめ返して、しっかりとアスカの腰に腕を回しその唇に応えてしまった。

 唇が重なった。

 しかし、今度のキスは先刻のものとは違う。

 二人の純粋な想いを閉じこめた、愛欲にまみれた淫靡で互いの劣情を煽りたてるためのキス。

 ぎこちなく触れているシンジの唇を易々と割って、アスカの舌はシンジの口の中へと侵入を果たし、シンジの舌をからめ取って睦みあう。

「ん……んむぅ」

 大きく開いた口から、吐息とも呻きともつかない音が漏れ、唾液の混じり合う水音が二人の心を止めどもなく加速していく。

 金の髪を揺らしてシンジの唇を貪りながら、アスカの手がそよぐ様に動いてシンジのジーパンの前に添えられた。

「んむっ!」

 それだけで、眉根を寄せてシンジは苦悶の表情を見せた。

 あまりにも初々しい反応に、アスカは自分の嗜虐心がそそられるのを感じていた。

 アスカは唇を離し、大きく、けれど甘く息をつきながら、固く膨らんだところを愛しげに撫でさすりながら訊ねた。

「気持ちいいの、シンジ?」

 しかし質問に答える余裕など、シンジにはなかった。

 ひたすらに、与えられる甘美な刺激に耐え忍ぶことだけが至上命題になってしまってたのだから。

 頷くことだけが、唯一返すことのできる意志だった。

 アスカはシンジの頭が縦に揺れるのを見た。

 自分の指先が、そこを覆う布地を擦るだけで、シンジを自由にすることができる。

 それでも、アスカはそれでは満足できなかった。

「ちゃんと答えて、シンジ」

 言いながら、アスカは手の動きを止めてしまう。

 答を、シンジの口から聞きたかったから。

「あ……」

 安堵したようにも恨めしげにも聞こえる、シンジの溜息。

「ねぇ……ちゃんと、答えて」

 必要以上にアスカはしなを作ってしなだれかかり、じらすようにジーンズのボタンに手をかけて媚びてみせる。

「き……気持ち、いいよ」

 息を弾ませながら、シンジはようやく口を開いた。

 さらにアスカは追い打ちをかけた。

「自分でするより?」

「当たりまえだろっ! アスカが……!」

 思わず口走ってしまった言葉に、シンジは自分で照れてしまい、顔を赤らめて横を向いた。

「嬉しい……シンジ」

 言うが早いか、アスカはジーンズのボタンを弾き、ジッパーを一気に引き下ろした。

 そんな刺激にすら、シンジは一瞬我を忘れかけた。

 気付いたときにはトランクスまで足許にひきさげられてしまっていた。

「ち……ちょっとアスカ、恥ずかしいよ」

 確かにTシャツ一つで裸になったシンジの格好は、御世辞にも格好いいとは言えなかった。

 しかし、いまはそんなことを言うべきではなかった。

「んもう……アンタ、バカァ?」

 シンジの強張りに右手をかけたまま、アスカは上目遣いにシンジを睨んだ。

 ――ほんっとに、お子さまなんだからぁ……

 とはいえ、本気で怒ることなんかアスカにはできなかった。

 右手の中で脈打つものに、気もそぞろになっていたから。

 ――もうっ!

 跪いたまま、アスカはシンジのそれをなだめるように優しく撫で上げた。

「ひうっ!」

 シンジの口から甲高く鋭い悲鳴が漏れた。

 アスカが一撫でするごとに、その先からは透明な粘つく液体が絞り出され、その繊手を濡らしていく。

 それを見つめる蒼い瞳も淫らに潤む。

 それはアスカが自分でも知らぬうちに望んでいたもの。

 躊躇う理由など一つもありはしない。

 ごく自然に、アスカはそれに口づけていた。

「……っ、あ、アスカぁ……」

 シンジの腰が立つ力を失って、ベッドの端に崩れ落ちた。

 堪えきれないシンジの悲鳴がアスカの耳にも届くが、その声とは裏腹に、それはアスカの口の中でさらに大きく猛り狂っていた。

 小さな口をすぼめて、アスカは深々とそれを飲み込み、絞り上げた。

 潤沢なシンジの欲望の液体と、アスカの唾液が混じり合い、口の端からいやらしい水音を立てて滴り落ちていく。

「うあ……アスカぁッ……」

 シンジはアスカの頭に手を乗せ、金の髪に指を絡ませて、いまだかつて経験したことのない快感に必死に耐えていた。

 ――僕のを、アスカが……

 おもうさま妄想の中で汚してきた少女がいま、自分のものを愛撫してくれている。

 ――それも、口で……

 その事実を受け入れたとき、シンジは猛烈な射精感に囚われていた。

「アスカッ! 駄目だっ!」

 歓喜にまみれたシンジの悲鳴が上がる。

 そう思う間もなく、アスカの口の中でそれが灼熱して、喉の奥に向かって白い弾丸が撒き散らされた。

「ぐっ……むふっ!」

 あまりの苦しさにアスカは顔を逸らそうとしたが、しっかりとアスカの頭を抑えたシンジの手がそれを許さなかった。

 シンジが放った精の量と勢いは尋常ではなかった。

 無理もない。生まれて初めての快感に逆らいようなどないのだ。それにその快楽を与えてくれたのがアスカなのだから。

 シンジの欲棒は噎んだアスカの口から弾け、それでもなおとどまることを知らずに、白濁した精を吐き出し続けて、秀麗なアスカの顔にべっとりと淫猥な傷跡を残した。

 しかし、アスカは甘んじて自らの顔でそれを受けとめた。

 陶酔しきった恍惚の表情で。

 聖水を受けるキリスト教徒のように。

 そしてそれはあながち間違いではなかった。

 自分が愛した人であるシンジの精を受け、アスカは過去の罪の意識から抜け出すことができたのかも知れない。

「ご……ごめん、アスカ」

 荒い息をつきながらアスカの髪に絡んだ手を離し、堪えきれなかった自分を恥じてシンジは謝った。

 けほけほと小さく、まだ噎せながらもアスカは微笑を浮かべてシンジを見上げた。

 蒼い瞳が潤んで、淫らに歪む。そしておもむろにアスカは粘つく白い精を愛しげに指に取り、口に含んだ。

「にが……」

 そう言いながら、アスカは喉を鳴らした。

 悽愴なまでのアスカの淫らな貌に、シンジは戦慄に似たものが背中を疾走るのを感じた。

 脅えたように見つめるシンジの視線に気づいたアスカは、口許にも垂れていたそれを舌で舐め取った。

「いいの……」

 それは、ごく自然な言葉。

 シンジが愛しくてたまらなかったから。

 自分の愛撫で達してくれた少年が、好きで好きでたまらなかったから。

 だから、まだ愛してあげたかった。自分の身体全てで。

 そして愛して欲しかった。自分の身体全てを。

「まだ、大丈夫よね。シンジ」

 言いながら、アスカは濡れて小さくなったそれに指を這わせ、掌の中に握り込んだ。

 それだけで手の中のものが、すぐに熱く膨らみ始めた。

「ね……シンジは初めてだったの?」

 猫のような微笑を浮かべて、アスカはシンジに訊ねた。

 けれど、その瞳の色は酷く真剣だった。

 汚された、自分の精神と身体……

 だからこそ、シンジだけは違っていて欲しかった。

 それはアスカの手前勝手な願望でしかなかったが。

「うん……」

 そこまで言って、シンジの言葉の語尾が歪んで消えた。

 まだ、シンジの心には引っかかっている物があったのだ。

 だから自分が童貞であるという事実は認められても、その先は口にし難かったのだ。

「……なあに?」

 その先を促すために、アスカは愛しきものから手を離す。

 シンジの全てを知りたい。

 シンジを自分の物にしたい。

 だからアスカは、どこまでも残酷になれる。

 愛しい人を、包み込むために。

 それでも、シンジは二の句を継ぐことはできなかった。

 ――言えないよ。僕はアスカを助けられなかったのに……こんなことをしてもらえるはずもないのに……

 シンジは奥歯を噛みしめると、強く両の目を瞑った。

 現実にアスカを汚してしまったことに、強い自責の念を抱いていたから。

 自分の手の届くはずのない少女。

 自分にとっての禁断の果実。

 それどころか、いまこうしているにもかかわらず、アスカが自分を憎んでいることをシンジは知っていたのだ。

 二年前。

 使徒アラエルに心をレイプされたアスカ。

 その後、アスカは弐号機とのシンクロを深層意識下で拒むようになってしまった。

 表層意識上では、シンクロできなければ自分が必要とされなくなってしまうことが判っていたにもかかわらず。

 アスカは疲れ切っていたのだ。

 誰にも頼らず、自分一人を恃んで生きる術に。

 そんな、疲弊しきった心は容易く砕けた。

 誰にも見せず、自分自身にすらひた隠しにしていた弱々しい心を無理矢理こじ開けられて、自分の卑小さ、狡さ、汚さを直視させられた十四才の潔癖な少女の心は、それを汚されたことと感じてしまったのだ。

 その心は人であれば、誰しもが抱え込んでいる感情なのに。

 そして、アスカ自身気づくことはなかったが、理由がもう一つあったのだ。

 シンジが助けてくれなかったということ。

 当時のアスカが認めるはずもなかったが、アスカはいつもシンジに助けられていたのだ。

 初めて出逢ったときの第六使徒ガギエルの時から、イスラフェル、サンダルフォン、マトリエル、サハクィエルと、常にアスカはシンジに護られ、背後を任せていた。

 それなのに第十五使徒の時に、シンジは助けてくれなかった。

 そのことがアスカの硝子の心に、致命的なヒビを入れてしまったのだ。

 ゲンドウにとって、ユイという特殊な要因を持つ初号機を失うわけにはいかず、シンジの発進要請は即座に却下された。

 そして、レイがロンギヌスの槍を使用してアラエルを倒した。

 ゲンドウのシナリオに沿った行動だった。

 そして、アスカも助かった。

 しかし、それがアスカの心を砕いた。

 その瞬間アスカは「用済みだ」と言われたにも等しい屈辱を味わっていたのだ。

 司令お気に入りの駒でしかないレイによって助けられたという事実に。

 アスカにも、自身が駒だということは判っていた。

 だが、ただの駒に成り下がるつもりなど毛頭なかった。

 アスカが望んだ自分の存在は、自ら考え行動する駒だった。

 すなわち差し手であり、駒でもあるという最強の存在に自身を置きたかったのだ。

 しかし、それは叶わなかった。

 自分がただの「エヴァを動かせるだけの存在」だと判ってしまい、何もかもがどうでもよくなってしまったのだ。

 だから全てを放棄した。

 そして再びシンジに出逢うまで、アスカは心を閉ざし、全てを他者に委ねることにしたのだ。

 ――自分には、何もなかった。

 という絶望だけを抱いて、精神の地平へとさまよい出たのだ。

 それでもアスカは現実へと還ることができた。

 碇シンジという少年を道標にして。

 それなのにシンジは答えるのを躊躇っている。

 それはアスカに不安を抱かせる。それを悟られまいとして、アスカはシンジから離れた。

 アスカが抱いている不安は、アスカの存在そのものに突き立つ十字架なのだ。

 しかも、その土台は固まることのない流砂の様なものだ。

 流砂のように時と共に流れ去る、人との信頼。

 その中で、唯一信じることのできる存在がシンジなのだ。

 結果的にアスカはいつの間にか、弐号機とシンジを心の中ですり替えていたのだ。

 それでも精神的に見れば、そのことは著しい進歩とも言えた。

 「母」そのものとも言える弐号機から「他者」であるシンジに精神的な依存を果たしたという事実は。

 アスカがシンジにぶつけた哀しい言葉。

「誰とでも寝たわよっ!」

 これは、葛藤するアスカの心が言わせた、シンジに助けて欲しい自分の心。

 そして惨めだと思う、自分自身が言わせてしまったつまらない嘘。

 まだアスカは、シンジ以外にはただの一人にしか身体を許したことはなかったのだから。

 だからこそ、どうしてもシンジが欲しい。

 その欲求は、エヴァのパイロットを目指したときよりも強い衝動だった。

 だからこそ、シンジに身体を開き、心をぶちまけた。

 ――それなのに、答えてくれないの?

 アスカはシンジの膝に手を重ね、シンジに瞳で訴える。

 ――見て、あたしを見て。お願いだから。シンジ……

 その悲愴なアスカの望みが、シンジに判らぬはずもなかった。

 敢えて心を鈍痲させていたとはいえ、本来のシンジは感受性が非常に強い少年なのだから。

 だが、それ故にシンジには答えることができないのだ。

 アスカの涙を見てしまったときから、募らせていた想い。

 いま、それが現実となり、アスカを汚してしまった。

 汚した?

 そう、この認識がシンジの心を頑なにしてしまっていた。

 シンジにとって、アスカは初めて触れ得た現実の女性だった。

 だからこそ、自分の心を押し隠して別れたあとでも、シンジの中のアスカのイメージは膨らみ続ける一方だったのだ。

 いつしか、その幻想は望むと望まぬにもかかわらずシンジの中で神格化されてしまい、それを汚し続ける自分にどうしようもないやるせなさを抱き続けていたのだ。

 さらに、そう思う一方で己の女神を汚す背徳的な悦びも感じていたことは事実なのだ。

 それに気づいていたから、シンジには答えることができなかった。

 その分かたれた心を持て余し、シンジは沈黙を守ることしかできなかった。

 その沈黙の中、シンジも黒い瞳の中でアスカに訊ねていた。

 ――アスカ……僕は、君に憎まれてるのに?

 絡んだ視線が会話を求めていた。

 ひずんだ心同士が、欠損した部分を補いたいと。

 そしていま、二人の心に共通して在るものが、蒼い瞳と黒い瞳に浮かび上がる。

 「脅え」という弱々しい感情がどうしようもなく似た色彩で二人の瞳に浮かんでいた。

 シンジは一度だけ目を瞑ると、微笑みを造った。

 脅えた少女のためだけに。

 たとえアスカが自分のことをどう思っていようとも、このときだけは彼女の望む自分を演じようと決心していた。

 その決心は初めてのことではない。改めて自身に課した契約なのだ。そのことをようやくシンジは思い出したのだ。

 アスカの傍らに、自分だけしかいなかったときのことを。

 シンジは手を伸ばすと、アスカの細い肩に手をおいた。

「アスカ」

 その一言が、全てを語った。

 黙ったまま、アスカの頭が縦に揺れる。

 シンジはアスカの手を掴んで、ベッドの上へといざなう。

 白いシーツの上に、長い金の髪を散らして横臥するアスカは誰が見ても美しかった。

 もちろんシンジも例外ではない。

 アスカの上に覆いかぶさったシンジはその裸身に圧倒されながらも、望みを果たすべく、期待に息づく白い胸に手をおいてゆっくりと円を描きはじめた。

「ん……んうっ」

 アスカの身体に熱い戦きが走る。

 シンジの手の動きは、稚拙なものにもかかわらず、その掌が触れた部分が、そして動かされる瞬間が感覚を焦がし尽くすような快感を伝えていた。

「……ん、いいの。シンジ……もっと強くしても」

「うん……」

 言われるがまま、シンジは強くアスカの胸を握りしめた。

 手の中で柔らかな肉が弾けるように形を変え、桜色をした乳首がキリキリと立ち上がっていく。

「あくっ……いい。シンジ、舐めてぇ」

 欲望に染まった心が欲しがる刺激は際限がない。

 アスカの求めだけではなく、シンジは胸にむしゃぶりついていた。

 性的紅潮に染まったアスカの柔らかな肉の丘を、シンジの唇と舌がたどってゆく。

 その丘の頂にある、痛々しいほどに尖る乳首をシンジは容赦なく唇と舌とで蹂躙した。

 鳥のようについばみ、飴玉を舐めるように舌の上で転がす。

 そのたびに、悦びにだらしなく開いたアスカの口から悩ましい吐息と声とが漏れだして、愛欲の色に部屋の中を染めた。

 やがて、胸を己の唾液で汚しつくしたシンジは顔を上げると、アスカの顔を上目遣いに盗み見た。

 身体中を走り抜ける快感に震えるアスカはそれには気づくどころではなかったが。

 そろそろと、シンジは右手を下へ下へと降ろし始める。

 波打つ腹を越え、汗を溜めて泉のようになった愛らしい臍を越えて、シンジの指は自分たちが生まれてくる場所の入り口と対峙していた。

 そしてついにシンジの指はそこを覆い隠す、淡く湿った叢を指でかき分けた。

「ひあっ!」

 いきなりの攻撃にアスカの腰が跳ねた。

「や……シンジ……」

 しかし、その願いは今回は叶えられなかった。

 シンジの指先が、充血して酷く敏感になった柔肉で形作られた花びらを滑るように動き回った。

 ぬるぬるとした蜜でシンジの指先は華麗に滑って、アスカの腰を好きなように踊らせた。

「ひ……ぐっ!」

 思わずアスカは目を見開いて、息を呑んでいた。

 いままでの掻痒感のような快感とは本質的に違う、何か別物の快楽の一撃がアスカを襲った。

 ――ああ……シンジの指がぁ……

 ちゅぷっ、と淫らに粘つく水音を立てて、シンジの指先が蜜にまみれた花びらの中へと沈んだ。

 しかし、それ以上シンジの指は動かずにアスカを焦らす。

 それがアスカを狂わせる。

 もはや、胸に与えられる快感だけではとても足りなかった。

「シンジぃ……意地悪しないでぇ……お願いよぉ」

 すさまじいまでの、甘い声。

 にもかかわらず、シンジはアスカの快楽の源泉に沈めた指先を、いったん引き抜いた。

「ああっ……いやあ……抜かないでぇっ!」

 シンジの指先と花びらの間に粘ついた橋が架かり、それを舐め取った。

 ――熱いや……凄く。

 身体を起こしたシンジは、アスカの両脚を掴んで割り拡げてそこへ頭を沈めていった。

「だめぇ……恥ずかしい……」

 消え入りそうな声でアスカが啼く。

 シンジはとろとろとした蜜が流れ落ちる、淡く色づいた花びらのふちを再び指で辿り、紅く色づいて息づくもっとも敏感な肉芽を指の腹で擦り上げた。

「ひッ……」

 その一撃がアスカの全身を跳ね上げた。

 ほとんど暴力と変わりのない快感が、腰から身体のすみずみを駆けめぐって息を詰まらせる。

「あはああああっ……いいッ、いいのおッ!」

 本当に信じられないほどの快感だった。

 自分で自分を慰めたときも、一応達することはできた。

 それに自分が身体を投げ出した男のときも。

 エクスタシーを知っているつもりだった。

 ――ぜ……全然、違うじゃない……

 自分の指と、シンジの指。

 それがこれほどまでに違う快楽を与えてくれるとは、アスカは思ってもみなかった。

 長い脚が小刻みに震えて、ぴんと突っ張る。

 シーツの端を掴んだ手がもどかしげに蠢き回る。
 そのアスカの狂態は、シンジの中にも眠る、男としての嗜虐心にわずかな灯を点していた。 それは男としての本能。

 先刻までの気持ちとは相反する心のはず。

 しかし、肉体がどうしようもないくらいに、この堕ちた女神を欲してしまっていた。

 ――ごめん、アスカ……

 心の中で謝りながらも、躊躇うことなくシンジは顔を沈める。

 自分たちが生まれ、帰る場所に。

「い……やぁ……シン……ジ」

 アスカの口からは否定の言葉が漏れ出す。

 けれどもアスカはシンジの頭を両手で押さえつけ、弓なりにしならせた腰を持ち上げて、シンジの舌が与えてくれる快楽を逃すまいとしていた。

 ぴちゃぴちゃと猫がミルクを舐めるような音を立てて、シンジはアスカの中から流れ出す欲望の液体を舐め取っていく。

 その淫靡な跳ねる音は小さいにも関わらず、部屋一杯に響き渡って二人の耳を覆い尽くした。

「いやぁ……音、立てないでぇ」

 アスカは懇願するが、もちろんそれは本意などではない。

 ――いい、凄くいいのぉ。お願い……シンジ、アタシを壊して、バラバラにしてぇっ!

 身体を駆けめぐる快感が、本当にアスカを壊し始めていた。

 どうしようもないプライドと、嘘とを壊し始めていた。

 ――アタシ……こんなに感じてる……

 いままでなら、絶対に認めることのできなかった自分自身の淫らな姿。

 ――これも、アタシなのね……

 いままでに、こんなにも自分が乱れたことはなかった。

 自分で自分を慰めたときも。

 以前の男に身体を預けたときも。

 性の衝動への忌避が、アスカの中にはあった。

 それが最終的には、「母」へと続くことが判っていたからだ。

 しかし、その想いがあってなお、アスカは悦びの渦中に身を置き続けることを望んだ。

 自ら初めて好きになった少年に愛されているという、実感を求めていた。

 シンジの手によって、悦楽に固く張ったアスカの乳房が形を変えて歪む。

「あはあっ!」

 シンジの舌で、アスカの恐ろしく敏感になって色づいた肉芽が舐られる。

「くぅんっ!」

 シンジの身体がわずかでも動く度に、肌の触れ合ったところから滔々と、暖かくそれでいて神経をかきむしるような快感が生まれて、アスカを苛んだ。

 その際限のない責めに、アスカはもはや耐えきれなかった。

「もう駄目えっ! いかせてえっ……いかせてシンジィッ!」

 襲い来る淫靡な感覚からわずかでも逃れようと、頭を打ち振って涙と涎とを散らし、アスカは恥も外聞もなく叫んでいた。

 とにかく、一度果ててしまわなければ、自分をとても保つことができなかったから。

 ――おかしく……なりそう……だめぇ、狂っちゃうよお……

 精神の均衡を欠いてしまいそうな悦楽の波。

 それがこんなに嬉しくて、苦しいものとは知らなかった。

 そして、唐突にその一撃は来た。

 乳首と、肉芽の二カ所同時の強烈な刺激が。

「きゃううっ!」

 一際高い悲鳴をあげて身体を反らし、爪先を空に蹴り上げて、アスカはベッドの中に美しく雪崩れ落ちた。

「はぁ……はぁ、んんうっ……」

 荒く息をつきながら、それでもアスカは身体の中に、まだ燃え切らない熾火のように残る快楽の残滓を感じていた。

 ――アタシ……こんなに淫乱だったんだ……

 決してそういうわけではなかったが、シンジの与えてくれた快楽は充分に誤解させるだけの力を持っていた。

 ――それでも、まだ満足できない……

 息づく花びらから流れ出す自分の蜜が、脚を濡らしていくのを感じながら、アスカは心配そうに自分を見つめるシンジの顔に視線をあわせた。

「大丈夫……アスカ」

 そう言いながらシンジは、アスカの額に貼り付く汗で湿った前髪を優しく指で整えた。

 我が身を気遣ってくれる少年の優しさが、いまは素直に受け入れられる。

 アスカはゆっくりと身を起こすと、シンジの首にかじりついて言った。

「すごく……よかった、シンジ」

 シンジの首筋が紅く染まる。

 たったそれだけのことすら好ましく思える。

「アタシの味……どうだった?」

 これはアスカの悪戯心。

 純なシンジをからかいたくなったのだ。それでも半分くらいは本気だったが。

「……良く判らないよ、でも……とても綺麗だった。声も顔もみんな全部」

「ホントに?」

「本当だよ、嘘なんかつくもんか」

 そう、シンジは嘘はつけない。

 自分が恋した少女に。そして己に誓約を架したからには。

 誓約のための、たった一つの「嘘」を除いて。

 そして、そのシンジの誠実さは、アスカの欲望の熾火に風を吹き込んでいた。

 不覚にもアスカは、涙を堪えることができなかった。

 頬を伝う暖かい流れを、アスカはシンジの髪にすりつけて隠す。何故なら、心はいまの言葉で満足できた。しかし、身体はまだ満足していないから。

 それは自分だけでなく、シンジも。

 だから、アスカはそのままシンジを横に押し倒した。

「あ……アスカ?」

 押し倒されたシンジが疑問詞を発する前にアスカはシンジの唇を塞いだ。

 三度目の長いキス。

 今度はもう何の意味もなかった。

 二人の思うところは変わらなかったから。

 唇を離すとアスカは微笑んで、シンジの脈動する欲棒を握りしめた。

「んっ……」

 シンジが小さなうめき声をあげる。

「今度は……アタシの中で愛してあげるから……」

 あまりにも淫らな、アスカの台詞。

 最後まで言われたわけではなかったが、シンジにも充分に理解できた。

 シンジとて、男だ。

 その手のビデオを見たことだってある。

 ――アスカが……こんな事を言うなんて……

 判る。

 判ってはいたがシンジの瞳には逡巡の影がよぎる。

 けれど、燃え切らない快感にくすぶるままのアスカがそれに気づくことはない。

 うっすらと涙を溜めた瞳で、アスカは縋るように見つめる。

「もう駄目なの……シンジが欲しくてたまらないの……お願いだから、アタシの中に……」

 アスカの心の動きはどのようなものだったろうか?

 ――シンジと一つになりたいの……

 それはシンジとの同一化を願ってのことなのだろうか。

 それとも、より激しくシンジを内なる世界へと取り込むための通過儀礼なのだろうか。

 その激しい欲求は、自らの恐怖を癒すためなのだろうか。

 それがアスカの蒼い瞳の中で渾然一体となり、シンジの瞳を射抜いていた。

 ――アスカ……

 いまシンジの眼前に、悽愴なまでに淫らで美しい牝の顔があった。

 それはシンジの知っていた、アスカの表情ではない。

 これから知り得る、新たな表情なのだ。

 ――もう……構うもんかっ!

 シンジの中で何かが切れていた。

 唯一残っていた理性かも知れない。

 それとも、異性に対して無意識に働いていた、恐怖なのかも知れない。

 だが、意を決したシンジはアスカの左脚を膝で押さえつけ、右脚を己の肩に掛けた。

 自然と濡れそぼった花びらがシンジの眼前に花開く。

 それは妖しく濡れ光り、やわやわと蠢いて男を誘っていた。

「嫌ぁ……恥ずかしいっ!」

 そう言って顔を覆ったアスカだったが、花びらからはさらに潤沢に蜜が滴り落ちていた。

「……アスカの嘘吐き」

 呟くように言うと、シンジは無造作にアスカの中に己を撃ち込んだ。

「……!」

 体内の中に走った衝撃は、信じられないほどのものだった。

 悲鳴一つ上げられないまま、アスカは空気の固まりを吐き出し、不自然な格好で身体を反り返らせた。

 ――シンジが入ってる。アタシの中に、シンジがぁ……

 それは果てのない悦びだった。

 快感とは別の、心をも満たしていく悦び。

 だからアスカは、もうまともに考えることもできなくなってしまった。

 間違いなく、いまアスカは幸せだけを感じていた。

 シンジと一つになれた悦びに、魂の底から溢れ出す幸せを噛みしめていた。

 ――もう、いい……

 アスカの中で、崩れるものがある。

 過去が、崩れた。

 ずるりとアスカの脚がシンジの肩から外れた。けれど、その幸せを逃すまいと長い脚は妖しくうごめいて、シンジの腰に絡みついた。

 蛇のようにしっとりと、そして凶々しい力強さで。

 シンジは自分を優しく包み込んでくれる、アスカの身体の中の律動を感じていた。

 そこは信じられないほど心地よく、暖かなところだった。

 唐突にシンジはLCLの中を思い出していた。

 暖かなLCLの中。血の匂い。子宮。

 ――母さん……

 その感覚はシンジに「綾波レイ」の姿を想いおこさせる。

 シンジの傍らにアスカよりも長く、そして命を掛けて守ってくれた存在。

 だからこそ、シンジはレイに触れることができなかった。

 レイの視線は冷たいものだったが、その紅い瞳の奥には常に母親の慈愛が潜んでいたから。

 ――だから、僕はアスカを守った。守りたいと思った……

 それなのに、シンジの瞳はどういうわけか醒めきってしまっていた。

 自分に組み敷かれて、快楽に喘ぐアスカの姿。

 それはシンジが三年も前から望んでいたことだったことにも関わらず……

 ――アスカ……僕が……

 シンジの腰が意志を離れて、突き上げるようにアスカの身体を壊してゆく。

「あっ、あぐうっ! い……いいっ、も……もっと、もっと、突いてえっ!」

 アスカの口から、粘ついた唾液が飛び散り、その顔を汚す。それにも構わず、アスカはシンジを欲していた。

 ――僕が好きな……女の子?

 シンジはいま、完全に分裂していた。

 身体は本能に突き動かされるままに、己の欲望に満ちた肉棒で、アスカの蜜にまみれた柔肉を蹂躙している。

 しかし、シンジの意識はどうしようもなく無限思考のループへとはまりこんでしまっていた。

 ――僕はね、アスカ。君に憎まれていることを……知っているんだよ……

 それは、決して口に出せなかった想い。

 この数日、胸の奥深く、昏いところに押し込めていた、とてつもなく苦い想い。

 それを胸に抱いて、シンジはアスカと自分の肉体が織りなす狂態を静かに見つめていた。

 無理もない話だ。

 シンジが両親の愛を一身に受け、育まれた子供だったなら、アスカに「好き」と告白されたときに「はい」か「いいえ」のどちらかだけで答えることができたはずだった。

 しかし、自分自身の存在が常に希薄だった少年に、「好き」という言葉を額面通りに受けとめることなどできるはずもなかった。

 ましてや、「いいえ」と言うことなどは不可能だった。

 人を好きになるということがシンジにはまだ、理解できていなかったからだ。

 確かにアスカはシンジの気を惹く存在だった。

 けれど、そこまでだった。

 そこから一歩踏み込んで、その心に触れることをシンジは恐れていたから。

 だからこそ、いまでもシンジは一人で暮らしていたのだ。

 そのうえ、シンジはアスカに負い目を感じていたこともある。

 自慰の対象にしていたことも、エヴァで助けることができなかったことも。

 そして何より、自分がアスカに憎まれていると知っていることがシンジの心を責めとがめていた。

 ――それなのに……僕は……

 欲望に正直な肉体をシンジは持て余していた。

 身体の奥に広がっていく、かつて感じたことのない灼熱する感覚に漏れる声を殺しきれず、がむしゃらに腰を動かすことをやめられない。

 上下に、左右に。

 アスカの身体を蹂躙することをやめられなかった。

 無論、これが初めての経験のシンジだったが、肉体と精神が乖離してしまったが故にここまで持続できた。

 もし、シンジがストレートにアスカの想いに応えていたのなら、とうに果ててしまっていただろう。

 しかし、もはや肉体的にも限界が近づいていた。

 腰の奥に溜まった灼熱感が、身体全てに拡がろうとし始めていた。

「くっ……あっ……」

 呻きながら、本能に突き動かされるシンジはより深い一体感を求めてアスカの身体を揺り起こして、抱きしめた。

「ふうっ……ん……」

 アスカの口から深い吐息と甘い涎が漏れた。

 自分の体重全てが、二人の結ばれている場所にかかり、身体の中が押し潰されそうな重い疼痛のような快感が身体の中を走り抜ける。

「……アスカぁ」

 シンジが名を呼びながら、アスカの唇を求めた。

 止めようのない欲望。

 それを肯定して欲しくて、シンジは珠玉の唇を求めていた。

「シン……ジ」

 絶え絶えな息の下アスカはうっすらと微笑み、シンジが求めるものを捧げた。

 二人の唇がまたしても睦みあう。

 悩ましげな吐息と、水音とで飾られて。

 シンジの背に爪を立てて、いくつもの細い筋を描きながらアスカの指が這い回る。

 その無言の要求にシンジもまた、無言でアスカの欲求を満たしていく。

 しかし、その無限とも思える快楽にも破局が来た。

「うあっ!」

 シンジが唐突に短く、鋭く呻いた。

 アスカの中の律動が突然変わった。

 優しく、シンジの欲棒を包んでくれていた肉の壁が、いきなり荒々しく蠢き始め、精を搾り尽くそうとしていた。

 それがシンジに「恐怖」を憶えさせた。

 アスカに取り込まれてしまうという恐れを。

 それに誘発されるように、シンジの意識が瞬間、覚醒した。

 性の幻想と、生の現実の狭間でシンジの腰が我知らず跳ねた。

「もっ……もう駄目だよ、アスカぁっ!」

 だから、シンジは叫んでいた。

 恐怖に耐えかねて。

 その身体に縋らせてもらいたくて。

「あっあっ……駄目ぇ……」

 ――あぁ……シンジ、いくのね……

 その事実の認識が、アスカをも覚醒させた。

 この状況下に於いて、アスカに残されていた理性とは、シンジの感じたものと同質の「恐怖」だった。

 しかし、シンジはそれを表層意識で認識したのに対して、アスカは漠然と無意識下で「感じた」に過ぎなかった。

 アスカが感じていたのはセックスに対してでも、自分が堕ちていく快楽に対してでもない。

 もしかしたら「母」になってしまう可能性。

 そのことにアスカは怯えたのだ。

 自分では気づけないままに。

 だから叫ぶ。

 悦楽にまみれた言葉でもって。

「お……お願いっ! 外にぃ……外に出してっ! あたしにかけてっ! シンジのをかけてえっ!」

 そしてアスカはシンジの胸に手を当てて、抱きしめようとしていたシンジから逃れて身体を反らせた。

 その行為が、二人の肉の絆を断ち切った。

 ジュポッ!

 淫らな水音を立ててアスカの中からそれが引き抜かれた。

「うああああっ!」

 叫びながらシンジは達していた。

 そしてアスカも、欲棒が引き抜かれた瞬間のかきむしるような快感に自分の肉体が根こそぎどこかへと運ばれるような感覚に襲われて、言葉も出せず絶頂に登り詰めていた。

「――っ!」

 引き抜かれた瞬間に、欲棒から白い精が爆発するように弾け飛んだ。

 それは、アスカの叢から上気して薔薇色に染まった胸を汚し、陶酔の余韻にひたる秀麗な顔までも汚し尽くしてとどまることを知らなかった。

 知らぬ間にシンジはアスカの身体を跨ぎ、自分の右手で欲棒をしごき上げて、アスカの身体に残った精を散らしていた。

 身体に降りかかる精の熱さを感じて、アスカは胸に飛び散った黄色みがかった白く粘つく液体を掌で塗り伸ばした。

 ぬらついた、アスカの胸。

 自分の右手の中で小さくなり、だらしなく垂れ下がるペニス。

 そして自分の放出した汚液にまみれ、嬉しそうに微笑むアスカの顔……

 それを見つめながら、シンジは力尽きたようにアスカの隣に倒れ込んだ。

 アスカに背を向けて。

 動悸が激しくなり、シンジは何も考えられなくなった。

 身体は欲望を満たし、心地よい疲労感にひたっている。

 けれど、心は恐怖と不安と悔恨で押し潰されそうだった。

 己に課した誓約さえ、効力を失ってしまった。

 息を一つするごとに、身体が震えた。

 震えを止めることができない。

 その背中に、暖かな感触が触れた。

「シンジ……」

 アスカの甘えた声がシンジの背をさする。

 けれど、シンジはそれに答えることはできなかった。

 硝子玉のようになった瞳は、ただ窓の外だけを見つめて無言の責めを自らに課すばかりだった。


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杜泉一矢 law-man@fa2.so-net.or.jp

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