死者の道 第一話

 

「ダリを見つけろ」

 

 

2017年、AMERICA,JAPAN州TOKYO、あるテレビ番組にて

 

よくテレビで見るのだけれど、、、、、肉食動物に食われている草食動物って、、、、、、、何を思っているのだろう、、、

首に食いつかれて、しばらくはもがいているのだけれど、急に動かなくなってそのままですよねぇ、、、、

その後食われてしまうわけですが、なんとなく目は生きている感じがするんですよ、

自分の体が食われている間にも。

痛みを感じているのか、自分の死を感じているのか、よく解らないけど、、、、

もし自分が死ぬ時には自分の死を冷静に受け止めて、周りの状況を把握できるのだろうか、、、、、

人間と思考形成が違うから比較するのは間違っているのかもしれないけれど、、、、、

もしぼくが他の生き物に食われてしまうとしたら、、、殺されてしまうとしたら、、、、

最後に感じる感情は、何だろう、、、、、

あの動物ほど純粋な目でいられるのだろうか、、、、

 

 

「そんなこと考えているんですけれど、、、、、」

シンジは感情をできるだけ殺した声で静かに答えた。

質問した司会者、周りの人達は、何も言えずにこの表現しようのない空気をどうしてよいのか、困惑した表情で

3人の方を見ていた。

革のパンツに、白いTシャツ、三者三様のアクセサリーを付けてつまらなそうに座っている。 

赤い髪をパンキッシュに決めているレイ、割と短い髪を金髪に染めているカオル、黒い髪をただ単に伸ばしただけのシンジ。恥ずかしいのか、シンジはサングラスをしたままでいる。テレビ初出演の3人の腕には、様々な刺青が入れられている。 カオルにいたっては体中が刺青で装飾されている。

先ほどから、挨拶もろくにせずにただ空間を眺めているだけで、シンジの横に座っているレイ、カオルはさっきから一言も口を開かないでいる。やっとしゃべったシンジの口からでた言葉は、ゴールデンタイムのテレビ番組にはそぐわない、つまり番組的に面白くない内容だった。

 

しばらくの沈黙の後、女性アナウンサーが沈黙を破るように口を開いた。

「そ、、それでは、歌の準備のほうをよろしくお願いします。」

会場の疎らな拍手と共に、シンジ、レイ、カオルの3人はステージのほうへ歩いていった。

「、、、ちゃんはどんなことを思いながら歌をつくるのかなぁ」

「私の場合は、常に恋愛を、、、、、、、、、、」

必死にさっきの気まずい空気をなくそうと、司会者が同じ質問を他の女性アーティストにして、たわいもない会話を続けている。

 

「どうしてああいう答えしか出でこないのかしら、、、」

スタジオの隅で番組を見ていた女性が少しため息交じりにつぶやいた。

「でも、シンジ君は本当にそうおもっているんだもんねぇ、しかたないわ」

今度は、腕を組み、微笑みながら誰にも聞こえないぐらいの声でつぶやいた。

 

 ブラック・ビューティーと呼ばれるギブソン・レスポール・カスタム、シンジは狂ったようにハイゲインでドライブさせる。アンプのフェンダー・ヴァイブロキングにはダイレクトに繋がれており、より高音域を強調させるが、オリジナルのPAFが中低音域も一緒に強調するのでまるで、ナイフのようなサウンドだ。

まるで、シンジのヴォーカルに合わせる様に少しかすれた高音で、ひとの心に突き刺さっていく。 

 

特に新しいサウンド、表現方法という訳でもなく、奇抜な前衛サウンドでもない。

しかし、デジタルサウンド全盛期の今、ギター、ドラム、ベースを人間が担当し、見えない呼吸でビートを作っていき、付加価値を何も付けない、装飾もしない彼らのサウンドは聞き手の内面に深く痕跡を残していく。

派手な演出もなく、セットもない。

振り付けもなく、観客に愛想をふるまうわけでもない。ただ、レイはベースをクールに弾き、カオルはドラムを狂ったようにワイルドに叩き、普段ではあまり見せない笑顔を少し浮かべ、お気に入りのサングラスで歌うシンジ。彼らは表現することを、自分の存在を、自分達の生きる理由をサウンドのなかに確認するかのように、演奏をしていく。

 すぐにでも折れてしまいそうな細い体でギターを抱え、ナイフが見え隠れするシンジのヴォーカルは、確実に偽物を切り裂いていく。細い線で描いたようなやさしい表情をサングラスで隠し、誰も寄せ付けない雰囲気をつくるシンジとストレートなビートで圧倒しようとするレイとカオル、彼ら3人が生み出す突き刺す様なサウンド、その力はまだまだ未完成だが、動物のもつ純粋な瞳で人の心に物語りを伝えていく。

 

 

 

                                                   

「お疲れ様」「レイちゃんよかったよ」、、、、

楽屋にもどった3人に周囲の人達はお決まりのことばをかける。

レイはどうしてテレビなんかに出てしまったんだろう、と少し苛立っていた。

くだらない質問、どうでもいい挨拶、嘘だらけの賛美、正直に使いずらいやつら、と言われた方がテレビ嫌いのレイからしてみれば、よほど嬉しかった。

 初めてのテレビ出演、自分達のサウンドをとりあえず不特定多数の人達に伝えることがそんなに大切なのだろうか、あんな思いをしてまで、、、、。 

「常に純粋ではいられないよ」

すでに楽屋で着替えを済ましていたカオルは、先程までは見せなかった笑顔で話し掛ける。

「だいたい考えている事は分かるけど、今後僕たちが自由になるためには多少不満な事もこなしていかないと」

「なによ、自分だって一言もしゃべらない、少しも笑わないで司会者の事無視してたくせに。」

「僕は、話す必要がないと思ったから黙っていただけで、レイみたく怒りを前面に出して黙っていたわけではないよ。 それに、音楽さえできれば僕はそれでいいよ。」

「不愉快な思いをしてまでも演奏したくないわ。」

「でも、僕たちのサウンドを聞けて、嬉しく思っている人達もどこかにいるはずだよ。テレビのおかげでね。」

「同時に不愉快な思いもしている人達もいるわ、すぐ側にたくさんね。」

そう言って他の出演者、テレビ局のお偉方を見る。

「しかたないさ、僕たちのサウンドはコロンブスの夢のようだからね。」

「、、、、、、なに、それ」

「純粋すぎて受け入れられないってことだよ。」

「、、、、、、、、ばかじゃない。」

 

 

 

「本当にあんな事思って曲を作ってきたの?」

 シンジに笑顔で質問する。 

彼女の微笑みは、仮に作り物だとしても一級品だが、普段と仕事と使い分けるのをシンジは嫌がっていた。 

笑顔ほど恐ろしいものはない、この人なら笑顔で生き物を殺せるかも、笑顔で本質を隠し仮の仮面をかぶり、人を騙し続けていけるかもしれなない、そう思うと、どうしても全てを信用できないのであった。

もちろん、妄想的な発想であることは自分でもわかっている。 しかし、レイのように感情だけで生きている人間の方が一緒にいて安心できたりするシンジには、マネージャーのミサトといえども気を抜けない相手である。

「緊張すると、自分でもよく解らないことを言ってしまうもんで、、、、」

「でも、初めて会った時、同じような事話してくれたじゃない。」

「たぶん、、、、あの時も、緊張していたんだと思います。」

「あら、そんなに威圧的には接してなかったと思うけれど、むしろ少し誘っていたんだけどなぁ、あの時は、」

「とてもそんな風には思えませんでしたけど、、、、、」

「大人の魅力は14歳の少年には、ちょっと解らなかったかなぁ、はい、コーラ」

少しからかうような声でコーラを渡す。ミサトは、上半身裸で椅子の上で足を抱え込みコーラを飲む少年を黙って見ていたが、やがて、周囲のスタッフに引き上げの声をかけ始めた。

 

 仕事用だろうか、白のシャツをラフに着こなし、穿きなれたジーンズ、スニーカーで働く彼女は、30代半ばぐらいだが、だれもを騙せる笑顔、優れた判断力、先見の目でこの世界を10年近く生き延びてきた、いわゆる敏腕マネージャーと言われる人間である。

 大手の芸能プロダクションを辞め、出来たばかりの今のプロダクションに契約社員として所属している。もともと自分が納得しない仕事をするのが嫌いな彼女は、自分で才能のある人間を見つけ出し、育てて行きたい、ある意味わがままな考え方であるが、自分が信じられる仕事をしたい、そう思い10年近く働いたプロダクションを辞め、現在に至っている。

 彼女が見つけたバンド、「Blue Blood Globe」を育てる事が彼女のメインの仕事である。そして、バンドの成功が彼女の成功にも繋がる、そう信じていた。

 

 

                                                   

「3人とも、バイクは危ないからもう止めて、こんどからは、車で移動してくれない」

テレビ局から少し離れた駐車場でライトバンから降りて、バイクに跨るシンジ、カオル、そしてレイはどっちに送ってもらうか決めているところだった。だいたいはシンジが送る事になっているのだが、今日は人と会う約束があり、今回はカオルに送ってもらう事になったようだ。

「もう、明日絶対にその店に連れていってよ。だいたいなんでこんな時間に一人で行く必要があるのよ。明日私達と一緒にいけばいいじゃない、秘密の場所なんだなんて気になる様なこと人に言っといて、自分一人で行きたいなんて、自分勝手なこといってんじゃないわよ。」

カオルのバイクに跨ったレイがヘルメットを被りながら、不満そうな表情でしゃべる。

本当は初めて行く店で3人がよく知っている人物と約束しているだけなのだが、一人で行く約束の為、お気に入りの店に行こだけ、と嘘をついたのだが、それがかえってレイの興味をそそってしまったらしい。

「まあ、まあ、シンジ君にも秘密があるってことだよ、僕らにも言えないプライベートな秘密がね、」

カオルが振り向きながら答えている。

「なに言ってるのよ、シンちゃんが嬉しそうな顔して話すってことは絶対何かあるに決まっているわよ。」

「何かって?」シンジが聞き返した。

「そうねぇ、、シンちゃんみたく暗い人間が好きそうな店だから、きっと暗い照明で、人嫌いそうな年寄りが一人でやっていて、ジャズとか民族音楽とか流れている様な店で、暗い女の悩みとか聞くんじゃないの。」

「いやいや、シンジ君だってもう17歳なんだから、もう少し女っ気がある所に行くんじゃないの。たとえば、、、」

「ちょっと待ってよ、なんで女の子と会うことになってるんだよ。」

「「それじゃあ、その秘密の店ってなに!!」」

二人に迫られるシンジは、やはり嘘はよくないなと心の中で少し反省した。

「3人とも聞いてる! バイクはもう止めなさいって言ったのよ!」

まったく無視されていたミサトが会話をさえぎるような声で叫んだ。

「いい、もうプロなんだから自分達の好き勝手ばかりに行動しないで、明日もねぇ、、、、ちょっと、聞いて、、、」

ミサトの言葉は2人のバイクのエンジン音で掻き消され、あっという間に3人と2台のバイクは夜の世界へ消えていく、テールランプすら飲み込んでしまいそうな暗闇の中へ、エンジン音のみ残して。

 

「困ったもんですねぇ、」とスタッフがミサトに声をかける。

「まぁ、テレビに出る気になってくれただけまだいいわよ。レイなんか、今日来ないんじゃないかと思っていたわ」

「カオル君が無理やり連れてきたようですよ、シンジ君がなんとか機嫌を取っていましたけれど、大変でしたよ。」

別のスタッフが本番まえの出来事を話し始める。

「不本意でも出てくれればいいわよ、なんとかここまで来たんだから、、、、、最初のころを思えばみんな人の話しを

聞く様になったし、少しは自分達の考えを話してくれる様になったわ。」

「もう少し、器用に立ち回れは、もっと売れるんですけどねぇ」

「しょうがないわよ、まだ本人達の中にそういった気持ちがないのだから。今はただ純粋に曲を作って歌っていたいだけなんだから。」

「でも、テレビの本番中にあんな話をしなくても、もう少し広がる話題を答えるようにしないと、嫌われちゃいますよ。今日だってプロデューサーに言われましたよ、もう少し番組を考えてくれって。」

「そのうち、彼らの純粋さを理解してくれる人達も出てきてくれるわよ。現に、業界の人には彼らのサウンド、評判いいのよ。それに、」

「それに、?」

ミサトは真剣な表情で暗闇を見ている。

「シンジ君は、真剣に考えているわ、死ぬという事について。私が始めてあった時から、その前から、ずっと。妄想的と言えるぐらい、なぜか、生き物が死ぬという事に取り付かれているのよ。 死ぬということより、、、、、生きる事を終わらせる、っていった方がいいかもね、、、、、。」

静かな声で、何か不安なように話す。

「彼の歌には、いつもこめられているわ、不思議な、危険な物語がね。」

 

 

                                                   

ラーガはプーリアだ、この旋律で聞く人の精神的なものを強く引きつける。同じフレーズを同じリズムで何度も

何度も繰り返す。ラーガはプーリア1つではない。だが、主旋律はラーガの旋律により、神の心を伝える。装飾音

はより精神を高揚させる為、神の領域を精神で感じる為、心を開放する為にわれわれはここにいる。我々の存在を

神が感じる様に、俺の心も神を感じる、この演奏をもって真実を歪める人間の業を、、、、、、

 

(なにを言っているんだろう、この人は)

シンジは横で床に座り、一人で話している老人を不思議そうに見ていた。

ステージではシタールとタブラ・バヤによる演奏が続いている。

暗い店の中には、老人の他5,6人しかいない。しかも、みんな布を体に巻いただけの様な服を着た老人だ。

さらに、その老人達、それぞれが何かを一人で呟いている。シタールがその呟きを煽るかのように、激しく、幻想的なフレーズを繰り返す。 

今年17歳になる予定のシンジからしてみれば、なぜ自分がこんな所にいるのか不思議でたまらなかった。 

(素直に話をしておけばよかったかなぁ、それにしても、、、、本当は2人とも知っていたんじゃないの、、、この店)

カウンターの中には人嫌いそうな老人が一人、従業員はその老人一人のようだ。

一応カウンターはあるが、それ以外にはテーブルも椅子なく、歩けばきしむ音が聞こえる床に座る以外は、床に座るしかなかった。壁も何年前に造られたのか解らないほど汚れていて、もともとは奇麗な装飾模様が描かれていたようだが、この暗さではどんな感じの模様かはっきりと見る事はできない。

都心より少し離れた所に、何故こんな店が存在しているのか、シンジには不思議だったが、ある人物との約束があるのでこの場を離れるわけにはいかなかった。そして、その、約束した人物は今、古びたステージでシタールを弾いていた。

 

 

「加持さんがやるって聞いたから、てっきりジャズかとおもっていました。」

2人でぼろぼろのカウンターに膝をつきながら、グラスを片手に話しをしている。

「いや、いや、今まで黙っていたがテナーは趣味でね、シタールの方が本業なんだけれどなぁ。」

演奏が終わり、シンジと話しているこの男はステージで着ていたインド風の服装から着替えて、素肌の上に黒のシャツを直接着ているが、前のボタンは全てはずしている。 黒い肌を露出しているこの男は少し笑いながらカウンターにグラスを置いた。

「よくここで演奏するんですか?」

シンジは加持の軽いジョークをあっさりと受け流し、質問する。

「いや、今回が初めてだよ、シタールをやるのは初めてではないけれどね。」

「レイには何も話さない方がよさそうですね。」

「彼女に今日、会うことを話したのかい?」

「いえ、少し興味ありげにごまかしながら話しただけです。でも、加持さんに会うって事はなんとなくばれていたようでしたが。」

「あいかわらず、レイちゃんとカオル君以外とは余り接していないのかい。」

「いえ、、そう言う訳ではないんですけど、、、」

「けど、なんだい」

「学校の友達も、プロダクションの人達も、いまいち、、、、」

「信用できないのかい。」 

低く優しさがある声で加持が問い掛ける。返事のないシンジにあえて答えをせまらず、グラスを片手にただ見つめるだけの加持は、シンジが心を許せる唯一の大人の男であり、彼らのサウンドの理解者でもあった。

「不思議な店ですねぇ。従業員も一人しかいないし、客はみんな老人ばかりで、身なりももろインドって感じで、

いったいこの店はライブハウスなんですか、それとも宗教関係の店なんですか?」

先の話題を変えるように、逆にシンジが質問する。

「いや、そのどちらでもないなぁ」

「え、じゃあ何か特別なみせなんですか?」

シンジが興味ありげに聞いてくる。

「いや、単なるもうすぐつぶれる店だよ」

 

 

 

                                                   

「あの子達、いまだにバンドなんてやってるんだ、しかも、生放送でもないのに自分達で歌って、演奏して、疲れるだけなのにねぇ。」

事務所にもどったミサトたちに、インタビューを受け終えたアスカが話かけてきた。

 彼女はこのプロダクションの稼ぎ頭のタレント、そうミュージシャンとしても女優としても世間では認められているのだが、何故か彼女はタレント、と呼ばれている。

「あなたこそ、今日は雑誌のインタビューだけだったみたいだけれど、どうだったの。」

ミサトは机に鞄と上着を投げ捨てると、アスカの座っていたソファーに倒れ込むように座る。

「半日で、10社分のインタビューよ、同じ質問に同じ答え、同じような内容なんだから私がわざわざ答えなくても、紙かなんかに書いて雑誌社に送ればいいんじゃないの。」

「なに言ってるのよ、来てくれるだけありがたいとおもわなきゃ。 あら、ありがとうね。」

スタッフからコーヒーを受け取り、少し口をつけて、アスカの方を向く。

「まあ、メディアにでるのは悪いとは思わないんだけれどさぁ、、、」

長く少し茶色に染めた艶のあるロングヘアーをかき上げながら、少し不満そうに話す。

「ねぇ、、、今度さぁ、、、、」

あまり歯切れよくは話さないアスカを、ミサトはじっと見つめながらコーヒーを飲んでいる。

「自分で、、なんか、、作ってみたいなぁ、、、。」

「自分で曲を作りたいって事?」

「音楽だけじゃなくてさぁ、小説とか、写真集でもさぁ、」

「よしなさいよ、クリエイトすることと、作品の一部になることはまったく別世界よ。才能の限界に何度もあたって、その度に自分で乗り越えて、あらゆる物を犠牲にして、多くの人を傷付けて、自分を信じきれずに自分を傷つけて、それでも創造意欲だけは無くならない。そして最後には自殺、そんな人生送りたいの?」

大袈裟な振りを付けながら、おどけて答える。

「、、、、そこまで、暗くなるような事なの?」

「そういう人達もいるって事。」

ミサトはコーヒーを飲み干すと、立ち上がって自分のデスクに向かう。企画書、販促案、請求書、始末書、さまざまな書類が乱雑に置かれた机の上をしばらく睨み付けていたが、何も見なかった事にして帰り支度を始める。

「私さぁ、」アスカはソファー越に首だけ出して、すこし少し寂しそうな笑顔で話しかける。

「才能ってあるのかなぁ、、、、」。

ミサトも首だけをアスカの方を向けて、今度は真剣に答える。

「才能なんか、他人が決めるのよ。あなたは、自分のベストを尽くせば大丈夫。

他人の評価なんて気にしなくていい、なんてよく言われるけど、結局他人に認められたくて、賛美して欲しいから、自分を表現をしている人がほとんどよ。

ベストテンに入ることは容易なことではないわ。才能と運があって初めて入れるのよ。歌でも、ドラマでも、あなたの才能があって、あなたの努力があって、初めて認められるによ、他人に。自分だけでは、単なる自己満足の世界で終わりなのに、あなたは、あなたが知らない他人に認められ、憧れられているのよ。それだけでも才能は充分あるはずよ。」

ミサトの言葉を黙って聞くアスカには、解っていた。

結局、ミサトにとって自分はタレントであって、専属マネージャーでなくても、自分のことを悪く言わないことを、自分は他人の評価のために良いと思われる事を、ただ黙ってやって来ただけだ、という事を。

「あの子達にも、同じ事言える?」

アスカはソファーから立ち上がって、ドアの方へ歩いて行く。さっきまでの笑顔はない。

「あの子達って?」

「不良3人組によ。」

そう言って、アスカは無表情なままドアを開けて出て行く。

ミサトは、小さなため息を吐いて考え込んだような表情をしていたが、自分がレイに同じ事をいった場合を想像して思わず吹き出しそうになった。

「絶対にいえないわねぇ、その場で殴られちゃうかもねぇ。」

 

 

 

                                                    

シンジはバイクに乗りながら、さっきまで一緒にいた加持と会話していた事を思い出していた。

なぜ、自分があの場所で、あの話を聞いていたのか?なんとなく不思議な気分だったが、心の奥がくすぐったい感じでもあった。

「もうすぐつぶれるんですか、この店?」

まぁ、当然といえば当然の気もするが、一応聞き返してみる。

「オーナーが死んでしまってね。後を継ぐ人間もいなくてね。」

「そうですか、、、、。ところで、僕に話したい事ってなんですか。昨日、電話では言えないっていってましたよねぇ。」

「そうだ、シンジ君に御願いごとがあって呼んだんだったな。」

「忘れてました?」むっとした表情でシンジが言う。加持は笑いながらシンジの方を向き、話し始める。

「いや、すまない。忘れていた訳ではないのだが、シタールを弾いた後は現実世界になかなかもどれなくて。シンジ君はステージの後はどうなるんだい?」

「どうなるって、、、、」少し考え込んでから答える。「僕は、多分歌っている時は歌の物語の世界に浸っているから、一曲歌い終わるとほとんど何も話さないでいますけれど。」

「それは、その世界から現実に戻れないってことだろ。俺と一緒じゃないか。」

「でも、ほんの数秒ですぐにもとに戻りますよ。」

「それはシンジ君の歌が時間的に短く、すぐに戻れる所までで止まっているからだよ。だが、今日俺が演奏したシタールの曲は違う。ある程度の進行は決まっているが終わりも長さも決まっていない。」

「普段やっているジャズとは違うんですか?」

シンジは何度も加持が演奏している姿を見ている。

加持のジャズはベーシックな部分は決まっていてその上に様々な音を積み重ね、さらに違った展開を自由に作り出して行くまったく。フリーな現代音楽的なサウンドではないが、自由に動きまくるメロディー、ベーシックなルートを作るアップライト・ベース、その間を埋め、ある時は違和感を、ある時は繋ぎのサウンドをクリエイトするピアノ、そして、全体を通してビートを生み出し、サウンドの方向性を大きく決めて行く力強いドラム。それらをまとめ、音楽に変えて行くのが加持のテナーサックスだった。

実力、センスがあって初めてできるインタープレイ、ジャズでは当然なのかもしれないが、シンジにとってはたまらなく不思議な世界であった。アドリブ演奏が出来る、出来ないではなく、いつも、同じでないメンバーで意志がシンクロしてその場限りの世界を作り上げる加持のジャズは、他人を基本的に信用できないシンジには入り込めない別世界の様な気がしていた。

「普段演奏するジャズとは、少しちがうなぁ。これは、精神的は世界、現象界から抜け出し観念のみで旅をしていく音楽だからな。まぁ、シュールレアリズムみたいなもんだな。」

「、、、、、なんですか、それ?」

「理解者は本人と一部の共感できる人間のみなんだよ。他人は関係なく、ひたすら神の領域に入って行こうとするのさ。そして、そこで宇宙の全てを理解するのさ。」

遠くを見るように話す加持を又からかっているんだと思い込んでいるシンジは少しむっとしている。

「、、、、、、よく、解らないんですが。」

「はは、からかっていると思っているだろう。でも、君はその世界に入る資格をもった数少ない動物なんだがなぁ。」

「え、資格?なんですか、それ?」

「物事をさまざまな価値観で捕らえる事が出来る人間はたくさんいる。

だが、現実の現象を現実を超えて感知して自分の世界に変え、表現する事が出来る人間は少ない。真にアーティストと呼ばれる人間は極僅かしかいないのさ。

そして、現象を自分の世界で捕らえる事が出来る人間は、次には表現したい物語りを何で表現するかという方法を考える。それが、絵画なのか、音楽なのか、小説なのか、人によってさまざまだが自分の内面にこそ世界の真実がある事に気ずき、かつて神と呼ばれた様々なもの、人間の煩悩、欲望の世界などを見つめ、表現する為に思考する。

だが、思考の先にあるものは、自分でも感知できない物語を作っているものは、自分なのか、何か別の生命かもしれないと感じる時がある。」

真剣な表情で話す加持の勢いに押され、シンジはなにも言えずにいた。

「俺は、自分の心を突き動かしている物が何かを知りたい。

君なら解るかもしれないが、演奏している時あまりにもサウンドにのめり込み精神状態がトランスしてしまう時がある。その時は何を吹いていたのか解らないが、自然と、いや自分の意志や思考とは別な何かによって動かされて演奏を続けている。

 今日のシタールなんかはそれが最も顕著に表れる。初めは普通の演奏をしているが、トランス状態に入ってくると自分の今まで知らないフレーズが出てきて、それを何度も同じスピードで繰り返す。タブラのビートは感じられるのだが、自分では何を弾いているのか分からなくなる。それでも次から次にフレーズが生まれそれを何度も繰り返す。その時自分は何か別のものが見えている。演奏しているのだが、意識は内面だけを見ていて精神は飛躍している。これは俺の考えだが、無限に近ずいているのかもしれない、と感じる事があるんだ、、、。」

シンジには何の事だか解らなかったが、なんとなく理解できる事のように思えた。なぜなら、シンジ自身演奏中に思い描く物語にはまりすぎて、暴走的な行動にでてしまうことがあり、大抵、レイに引き戻されるのだが、そのまま演奏を続けたらどうなっていたのだろう、とたまに思う事がしばしあったからだ。

(もし、レイに呼び戻されず、ずっと物語をさまよう様に演奏を続けたら、僕はどうなるんだろう、、、、。)

そう不安に思う瞬間が最近特に多くなった彼には、なぜか自分も資格を持っているような気がして、少しだけ心が嬉しくなった。

「そうだ、お願い事なんだが、」加持が黙って考え込んでいるシンジに話しかける。

「そうでしたね、なんですか?」

「実は、、、、、」加持が話し始める。

 

 

 

アスカは一人で夜を歩いていた。

自分の中の奥にあるものを必死に探しながら。それは、何なのかは自分にも解らなかったが、ミサトの何気ない一言が心に残っていた。

「作品の一部になること」

そう見られてもおかしくはない。今まで、ドラマも歌も、プロデューサーの言われるとうりにしてきた、いや、それで売れるのならそれでいい、と自分でも納得してきたはずだった。

しかし、今の自分には何が本当で何が作られた現実か解らなくなっている。

帽子を深く被り、LOVEとプリントされた赤いTシャツに、ヴィンテージカラーのストレートジーンズ、流行のスニーカーで歩く彼女はそんなシンプルな服装でもすれ違う男を振りかえらせる程のスタイルと雰囲気を創り出している。だが、他人から見れば、羨む様な赤茶色のロングヘアーも今のアスカには邪魔にさえ感じられた。

(他人の評価が才能をつくるか、、、、。確かに今はみんなが応援してくれるけれど、時代が過ぎればお払い箱よね、、、、私なんか。)

(どうして、今までみたく普通に仕事が出来なくなってしまったんだろう。ミサトの言うように、自分でベストを尽くせばそれでいいじゃない、結果は後から付いてくるわけだし、、、、、)

そう思っても心の奥で納得できない自分と必死に対話を続けながら歩く。

 

ふと気が付くと誰かが後ろをつけてくる。

アスカは自分と同じ道を、同じ歩調でつけてくる足音に気がついた。少し歩調を速めても、遅くしても同じ歩調で歩き続ける、誰かが確実にいる。

そう思った彼女は後ろを振り向く。決して人通りが少ない訳ではないこの道が珍しく誰もいない。考え事をしながら歩いていた為かもしれないが、まったく誰もいない事に気がつかないなんて、とアスカは不思議に思ったが、それよりも確かに聞こえていた足音の主が何処にもいない事に驚きを感じた。

(何かの間違い、いや、そんな事はない、誰か絶対にいたはずだ、、、、)

そう思い辺りを見廻すが、人の気配は感じられない。霊感とか強い方でない彼女だが、それだけに現実世界に当てはまらない現象を目の前に突きつけられると、まずは恐怖感を強く感じてしまう。

アスカはとりあえず大通に向かって走り出した。誰か、他人がいる場所へむかって。

そして、同時に背中にさっきの足音を感じとる。

だが今度は振り返らない、いや、振り返れないのだ。 

困惑した心をさらに困惑させることになりかねないし、もし、その相手が存在していて、自分を襲う為のものだったならば、そう思うと今は、一刻も早く人目の多い場所に逃げ込む事が先決だった。

「はぁ、はあ、、、」

息を切らしてコンビニの中に逃げ込んだアスカは、他の客から少し変な顔で見られたが、そんな事は気にせずすぐに後ろを確認する。だが、今度もそれらしき人物の影はなかった。

落ち着かない彼女は、コンビニの中を少し歩き回る。まだ、何処かでアスカが出てくるのを待っている、姿を隠して彼女を狙って。そう思うと落ち着かない彼女だが、表の通りは人気もあり、すぐにタクシーを拾って帰ればなんとかなるのでは、だが、本当に誰かが後を付けていたのだろうか。不安は恐怖心を煽り、コンビニの中にいる人間も怪しく思えてくる。

(早く逃げよう、)

そう思いもう一度通りを注意して見廻し、いっきにコンビニをでる。

「あれ、アスカじゃない?」

突然後ろから声をかけられ、反射的に体を震わし驚きの声を上げる。

「うゎっ!だ、誰!」

声のした方にはフルフェイスのヘルメットを取ったシンジが、バイクにまたがってアスカを驚いた目をして見ていた。

「どうしたんだよ、そんなに驚いて。」

どうしてそんなに驚かれたのか、不思議そうにシンジが尋ねる。

アスカは相手がシンジだと解ると更に落ち着き、やっと平常心に戻れたような気になった。

しかし、すぐに別の考えが浮かぶ。

「まさか、、あんたじゃないでしょうねぇ、、」

「え、なにが」

「やたらと暗い奴だと思っていたけど、まさかストーカーなんじゃないでしょうね。いくら、私が綺麗だからって付け回した上に、いやがらせしたり、ゴミを漁ったり、イタズラ電話かけてきたり、、、、、、、、、」

はぁ?といった表情でシンジはアスカの言葉を聞いている。

「ともかく、今私の後付け回してたのあんたなんでしょ!そうでしょ!!そうだといって!!!」

最後の方は涙目になりながらアスカがシンジに迫る。彼女からしてみれば、このまま誰かも解らず終わるより、彼がが犯人であって欲しい気持ちのほうが大きかった。もちろん、シンジからしてみれば何の事だかまったく理解できていなかった。

「まぁ、なんだか解らないけれど、僕がうんと言えばそれでいいの。」

「そういう問題じゃなくて、あんたが私を犯そうとしたのかどうかよ!」

シンジは訳の分からないアスカにいいかげん腹が立ってきた。

「何で僕が、アスカなんか!!」

「なんかとは何よ!私はあんたより先輩よ!」

「たかだか、3年ぐらいじゃないか!」

「芸能界では3年も先輩なのよ!それをなんか呼ばわりしていいと思っているの!」

「なんだい、年寄りってことなんじゃん。」

「なんですって!!!同じ歳のあんたがなに言ってるのよ!」

シンジはまったく話にならんと思い、話しかけたことに後悔しつつバイクのエンジンをスタートさせる。

「ちょっと、待ちなさいよ!まだ話しは終わっていないのよ!!」

アスカは無視するように発進しようとするシンジの革ジャンをつかむ。

「僕には何も話すことはないよ。」

そういって冷たくその場を去ろうとするが、なぜかアスカはシンジのバイクの後ろに乗っている。

「なんで、乗っているんだよ!」

「うるさいはねぇ、こっちは非常事態なのよ!」

「非常事態って何がだよ!!」

「いいから早くこの場を去るのよ!」

「なんだよ、まったく、、、、」

そう言いつつも、とりあえず発進するシンジとアスカだった。

 

二人乗りで夜を走る、シンジの後ろにはいつもならばレイがいるのだが今夜はアスカがいる。

今日は不思議な夜だなぁ、と思いながらも後ろの女性に話し掛ける。

「何処にいけばいいの!」「、、、、、、、」アスカからの返事はない。

「このままだと僕の家に着いちゃうよ!」叫ぶシンジに相変わらず返事をしないアスカ。

何の反応もないアスカを無視して走り続けるが、交差点で止まった時、アスカがつぶやいた。

「シンジ、、」「なに、」「恐い、、、」「え、、、」「バイクの後ろって、恐い。」「え、、、、、、。」

アスカはノーヘルの上に、どうやらバイクの後ろに乗るのは初めてらしい。シンジが振り向くと顔面が蒼白くなっているアスカが固まっていた。

「はは、、ごめん、ごめん、いつもレイが後ろだから、運転も少し乱暴だったね。」

「少しじゃないわよ!私は生きた気がしなかったわよ!」

乱暴ではないが確かにシンジの運転は、挑戦的である。町中を走る時でもシンジはスピードを限界まで上げる。

いつ事故を起こしても不思議ではないが、普段はレイとカオルが煽るためそんなに気にならなかったが、あらためて言われると確かに危険な運転かもしれない。それでも、アスカに言われると反発してしまう。

「なんだよ、かってに乗ってきて、今度は運転に文句つけて!」

「なにいってるのよ、あんな危険な運転してたらすぐにあの世行きよ!」

「だったら乗らなきゃいいだろ!」

「なによ、男のくせに困っている女の子を見捨てるわけ!!」

シンジは仕方が無いといった表情でバイクを降りてヘルメットを取り、アスカと向き合う。

「いい、アスカ、僕は家に帰りたいんだ。困っている君を見捨てるつもりはないけど、何があって、どうしたいのかを教えてよ。」

「最初からそう言えばいいのよ、それを文句ばかりで。」

「文句をいってるのは、アスカじゃないか!!」

二人の夜は、まだまだ続く、、、、、、、、

 

 

 

 

(何してるのかなシンちゃん、、、)

自分の部屋でシンジの帰りを待っているレイには、時間はとても重く進む。

今日のテレビ出演はレイには本当に負担だった。カオルとシンジに説得され出演したが、予想通りの不快な世界だった。しかし、二人の望む道を邪魔したくはなかった。

 生まれてから、いつも一人でいたレイにはシンジとカオルは初めて手に入れた家族だった。両親が誰かも解らない、生まれた場所も時間も、国も、記憶にあるのは小さな施設で冷たい壁に落書きをしていた事。「し・あ・わ・せ・に・な・り・た・い」そう赤いクレヨンで書いていた事。

今でも一人でいると思い出す。汚い手でレイを触る大人達を、、、、、。どうしても、生きていく為に更正施設と路上の生活を繰り返していた。盗めるものは全て盗み、奪えるものは全て奪ってきた。喧嘩もした、人を傷付けた事もあった、でも体だけは売らなかった。汚い手でレイを買おうする大人達ばかりだったが、レイはそんな現実と常に戦ってきた。よく、17年も生き延びれたと自分でも感心している。

ある日、ゴミ捨て場で売れるものを探していた時偶然ギターを拾った。安いブランドのギターでも、レイにとっては自分を救ってくれる気がする、何者にも変えられない初めての宝物だった。ベースを弾く今でもそのギターは大切にしまってある。そして、そのギターがシンジとカオルを導いてくれた。

今のバンドをレイは誰よりも大切に思っているかもしれない。

「ただいま」シンジか帰ってきた。

レイは部屋から駆け出し玄関に向かいシンジを出迎える。

「おかえり!シン、、、ちゃ、、、、、ん、、、、、、、、、、、なんであ・ん・た・が・一緒なのよ!!!」

シンジと一緒にいるアスカに露骨に不機嫌な表情を作り叫ぶ。

「ま、まぁ、、いろいろとあってね、、、、、、、」シンジは怒ったレイになんて言い訳するか、困惑していた。

アスカを連れて帰れば、間違いなく喧嘩になることはシンジにはよく解っていた事だった。

                                                    

今から2年前、初めて3人は事務所を訪ねた。

ミサト以外のスタッフ、その他の事務所の人達に挨拶回りをしていた時、初めてアスカと3人は対面した。

ほとんど喋らないシンジ、少し笑っているが何処信じられない表情のカオル、そしてガンを飛ばしまくっているレイ、アスカでなくても態度の悪い新人に対してほとんどの人が嫌悪感を感じたかもしれない。

だが、その嫌悪感を驚きと焦りに変わるまでそう時間はかからなかった。アコースティック・ギター1本で歌ったシンジの突き刺す様な純粋な声、鮮明な映像をつきつける歌詞、演奏するシンジを見ていた誰もが彼を本物だと認め、不思議な物語を歌う彼の世界に引き込まれていた。シンジが歌い終わると、あるものは3人を応援する気持ちになり、またあるものは憧れを抱いた。

しかし、アスカだけは違っていた。理解できない感情、初めて感じる感情、言葉では表現できない感情を感じていた。嫉妬?焦り?いや、違う、どうして自分が、こんな新人に?何を感じているの、、、、、、、、

アスカには解らなかった。だが、3人が事務所を出る時にレイが複雑な表情をしているアスカを見て、少し軽蔑まじりな発言した。

「ショックでしょ、本物をみせられると」

この一言はアスカには図星だったかもしれないが、それだけに怒りは尋常ではなかった。

その後の争いは、今でも事務所では禁句になっている程、凄惨なものだった。喧嘩なれしているレイ、空手有段者のアスカの戦いは言葉より、拳が先に動くものだった。だが不思議と怪我をしたのは、シンジとミサトで当の本人は無傷であった。そして、この日以来、二人が会うたびに大なり小なりの争いが起きていた。

 

「どうして、喧嘩するのよ!」ミサトが二人を引き離す。

「「気に入らないから!!」」二人同時に答える。

「だいたい、私の方が芸能界では先輩なのに生意気なことばかり言うからよ。」

「何言ってるのよ!私はあんたみたく甘ったれた世界で生きてきた様な女に敬語を使う気なんて、さらさら無いわ。」レイが吐き捨てる様に言う。

「私の何処が甘やかされて育ったっていうのよ!!」またアスカが立ち上がって叫ぶ。

「あんたみたいな金持ちの世間知らずには解らないでしょうね!」

そう叫ぶとレイは事務所を飛び出した。

「レイ!」シンジが後を追う。

「なんなのよ、まったく!私が何をしたっていうのよ!」アスカは怒りをおさえきれずにいる。

周りのスタッフ達は何も言えずに気まずい雰囲気を感じている。

「いきなり絡んできて、言いたい事だけ言って!いったい何様の」

「嫌いなわけではないんだよ。」

今まで、まったく発言もせず一連の出来事も傍観していただけのカオルがアスカに話し掛ける。

「なっ、、、なによ、いきなり。」

アスカはいきなり話し掛けられ少し驚いた。カオルの表情はまったく無表情でアスカの方を見て話しているわけでもなかった。むしろ、誰にではなく独り言を話すように話し始めた。

「好きとか嫌いで動く子ではないよ。ただ、レイはアスカちゃんが育った世界とはまったく違う世界で生きてきたから、自分の中の感情をコントロールできずに、絡んでしまうだけだよ。むしろ君の事はとても興味を持っているはずさ。」

「はんっ!あの態度でそんな事いわれて、誰が信じられるもんですか!」

「まぁ、興味があるといっても、君との接触を望んでいるわけではなく、君の真実がどのくらいあるのかってことだとおもうけれどね。」

「私の真実?」アスカは眉間にしわを寄せながら聞き返す。

「そう、君の素質、才能にね。」カオルは真剣な表情と、他人の心を見透かす様な目でアスカに言う。

「ま、、まぁ、私のこの美の極致といわれる美貌と、溢れんばかりの才能に興味を持つのも解らなくないけどね。」

アスカはカオルの真剣な表情から目をそらし答える。

「いや、そんな事には興味はないよ。」

「なっ、そんな事とはなによ!私に才能が、、、」

「ある、と断言できるのかい?」

カオルの心を突き刺すような目がアスカの言葉を遮った。アスカはレイに言われた言葉を思い出す。

「さっき、シンジ君の歌を聴いたとき、君は感じたはずだ。何か心の奥に。」

「な、何を感じたっていうのよ。」アスカも言い返す。

「それは僕にも解らないよ。ただ、」

「ただ、何よ!!」アスカはレイに言われた時と同じようになぜか苛立った。何故か、シンジの歌を聴いた時の事を思い出すと、その時感じた何かを思い出すと苛立った。

「何がいいたいのよ!」

「ただ、君も僕らと同じ血が流れている可能性があるって事さ。」

「はぁ、、、、なによそれ?」

「真実を他人に訴える力は、時として純粋すぎて何かを壊す事がある。さっきの君のプライドのようにね。」

「あたしの、プライドがいつ壊されたっていうのよ!」

「違うのかい?だからレイの一言を無視できなかったんだろ。シンジ君の歌に何かを感じているんだろ。」

アスカは何も言えなかった。

(そうだ、あれは間違いなく嫉妬という感情だ、今まで私が感じた事の無い、、、、、。)

黙っているアスカを見つめているカオルは少しやさしそうな笑顔を浮かべてアスカの前に回り込む。

「でも、君もきっと僕らと同じさ。」

「えっ、、」

「背中に黒い星を背負った生き物なんだよ。」

「、、、、、、なに、、、、、、それ。」

「死の影から招待される生き物ってことだよ。」

カオルはそう一言いうと、不思議な笑顔を浮かべ事務所を出ていった。

 

 

 

「困ってるようだったからさぁ、、、、」

「だからって、この女を家に連れてくる必要が何処にあるって言うのよ!」

「なんであんたがここにいるのよ!!」

三者三様、言いたい事があるようだが女性2人は他人の話を聞く意志はどうもなさそうだ。

「とにかく、ここじゃなんだから、ね、レイもアスカも中に入ってさぁ、」

「どうしてこいつを家に入れなきゃだめなのよ!」

「どうしてこいつの家に入らなきゃだめなのよ!」

「、、、、、、、、、はぁ、、、、、、、、」

小さな町のほんの小さな夜の出来事では終わらなくなってきていた。

 

第二話へ続く



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