栗田は警察署内の自分のデスクに座っていた。机の背もたれに大きく寄りかかり、足を組み腕を組み、どこか宙を見つめるような瞳でいる。細い瞳は、全て黒く染まってしまってる様に感じるが、人形の様な色白の肌の顔にはとてもマッチしていた。普段、栗田のデスクの上は、周囲の乱雑したデスクとの比較が面白いほど閑散としていて何も無い。資料もなければ、報告書もない、常にデスクの上には何もない状態になっている。彼自身、主任という立場にありながら、デスクにいる事がとても珍しいのだが、さらに、その彼のデスクの上に珍しく数枚のコピーされた紙が乗っていた。

 

栗田はそれを見るわけでもなく、ただデスクの上に置いていた。存在を気にする事も無く、ただ、置いていた。そして、自分のデスクで黙ったまま人形の様な何も見えない瞳で宙を眺めていた。

「栗田主任、声明文が届いたって、」

 鈴木と数名の刑事が栗田の元に来る。

「あぁ、これだ、」

 興味無さそうに鈴木に渡す、

「いつ届いたんですか、」

「一時間ぐらい前に、匿名希望で投稿されてた、警察へのご意見箱にな、」

「一時間も前にですか、」

「そう言ったろ、今、」

「どうして、すぐに教えてくれなかったんですか!」

「あまり必要ないかと思ってな、読んでみろよ、」

 そう言うと栗田はもとの格好に戻り再び沈黙する。鈴木と数人の刑事も声明文を読み始める。

「栗田主任、これって、、」

「そうだ、とても声明文とは言えないな、」

「でも、最後に犯行声明らしき部分が、」

 読み終えた鈴木には、通常の犯行声明文との違いに戸惑いを感じていた。

「単なる悪戯かもしれない、、、、だが、実に興味深い内容である事も確かだ、」

「鑑識には、」

「もう回してある。それと、この件はマスコミには流すな、」

「わかりました、」

栗田は自分のデスクの周囲に人間がいる事を嫌う。その為、自分が今までいた場所を捨て、声明文のコピーを持って何処かへ消えてしまう。

「主任、何処へ行ったんですか、」

 鈴木より若い刑事が聞く、

「しらん、今度主任に会えるのはいつになるか分らんぞ、」

「解らないって、」

「有名だよ、あの人署内でも、署外でも、いったいどうやって仕事してるのか誰も知らないんだよ、」

「でも、あの若さで様々な事件を解決してきたから主任になってるんですよね、」

「そうだが、兎に角、俺も一年前にあの人の下に配属されたんだが、未だにどういう人か解らない。どんな現場でも冷たい瞳で暫くの間無言で眺める。その間は誰が何を話しても殆ど返事もせずに、しかも憶えていない。ところが、暫くすると必ず嬉しそうに笑うんだよ、、あの笑顔がまた不気味なんだがな、」

 数人の刑事は今はいない栗田の閑散としたデスクを見つめる。

「だが、何時の間にか犯人を割り出して来るんだ、証拠も付けてな、」

「一人で全部やってしまうんですか、」

「いや、単純な殺人とかはほとんど通常の捜査手順でやるよ。だが、今回の様な妄想狂や精神異常者の類になると、恐ろしいほど冴えるんだよ、あの人の推理は、」

「推理がですか、」

「あぁ、あの人自身、少し狂った世界に踏み込んでるのかもな、、、」

 鈴木には分っていた、

 この事件とこの投稿された声明文の様な物に、栗田が異常な関心を抱いてることを。栗田が、普段の捜査手順を無視してでも、自分の推理によってのみ行動することを、

 あの冷たい笑みから読み取っていた、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Hell Inn

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このまま行ったら当然頭がおかしくなる、

それは間違い無い未来なはず、

狂痴で染まった赤、

濁った感情で染まった紫、

私の体に流れる血液が模様を造る、

不可思議で陰鬱な模様を体に刻む、、

その刺青が私を淫靡に悩ませるの、

だから彫り氏に教えてやるんだ、

彼らが切望する享楽、欲情に塗れた日々、

そんな物がいかに無意味か、

私は毎日祈っている、

生きてる内に瞳を返して欲しい、

野生動物の瞳を返して欲しい、

そう神様にお願いしたんだ、

そうしたら、神様が言うんだ、

「一度無くした瞳は、二度と戻らない、

もし戻したいのなら他人から奪いなさい、

道徳なんて過去と未来を誤魔化すだけ、

文化なんて本来必要無いもの、

法律も宗教も自分の嘘を隠す為のもの、

みんな汚い大人の創造物、

だから、殺してでも、、

奪いなさい、自分の手で、

そして、私に捧げなさい、その瞳を、」

そう神様が言うんだ、私に、

神様にその瞳を捧げれば、

素敵な血の色を手に入れられる、

私は素適な物語を創造しただけ、、

地球が青い空を見せてくれる様に、

私から奪った瞳を取り戻すんだ、

生も死も自分の自由にできると、

勝手に思いこんでる豚どもに、

自殺する自由も無い事を、

私が教えてあげるんだ、

私が教えてあげるんだ、

 

でも神様も殺してあげる、

私の神様、もうすぐ汚れてしまう、

神様も大人が作った創造物にすぎない、

だから、私が道を開くんだ、

これは始まりなんだよ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栗田はもう一度ゆっくり読む。紅茶にミルクをタップリいれたカップを持ちながらゆっくり読む。可笑しそうに、嬉しそうに唇を指で触りながら小さく言葉にする。

「大人が嫌いなんだ、、、」

少し暗い照明が気に入ってる喫茶店で、お気に入りの木でできた座り心地の悪い椅子に座り、テーブルにコピーを置く。

「俺は子供が嫌いなんだけどなぁ、僕も子供を殺そうかな、」

「だめよ、殺す前に逮捕しなくちゃ、」

「そうだね、まぁ普通の子供のようだし、」

「普通なの、、、これが、」

「普通だよ、俺も思っていたんだよ、」

「なんて?」

「大人は狂ってるとね、」

ハイカラーのグレーのロングコートを着たまま栗田の前に座る女性は、声明文のコピーを読みながら、ゆっくりと風で乱雑になった長い髪をかき上げながら自分の女性的部分をアピールする。組み上げた素足を足首まで覆う黒のブーツが、テーブルの脚を定期的に叩く。そして暫くの間、音が静かに店に響く。

「珍しく早いね、」

「まあね、面白そうな内容だったし、」

「だから今日は化粧が薄いのかな、」

「普段、化粧の事なんかどうでもいいと思ってるくせに、」

「いやいや、いつも沙耶さんに会う時は一応気にする事にしてますよ、他の女性とは違ってね。」

栗田はさっきまでの黒一色の瞳から、茶色い部分を持った瞳に変える。

「その淡いピンクのルージュも、大きな二重の部分を装飾するヴァイオレットなアイシャドーも、一応書いてるけど太い眉毛も、薄いファンデーションに、、」

「はいはい、どうでもいいけど私を呼んだ用件を聞かせてよ、」

栗田の言葉を途中で遮る様に少し冷たい視線で話す。

「用件はそれを書いた子の捜索、」

「これがその声明文なの、変わった内容ね。でも、単なる悪戯じゃないの。ああいう事件が連続するとすぐに感化される奴いるからね、」

沙耶はコピーを読み終えると好奇心旺盛な大きな瞳を栗田に向ける。少し隈があるような瞳で、どこか常に人を探る様な視線は意識してる訳ではないが、威厳だけでで構成されてる男からはよく反感を買う。しかし、栗田はそんな瞳が好きだった。

「だから子供だよ、」

「はぁ、、、、?」

「子供の文章なんだよ、これは、」

「どうしてそう言えるの、」

「脅えてるからかなぁ、、、、自分の感情に自身がないんだよ、いや科学で証明できない未知の世界に対処できない自分を恐れてるのかも、」

「感情をコントロールできない大人も沢山いるわよ、」

「いや、大人だけを憎むのは青年期へ移る子供によくある事だ、世界の終わりは大人の手で勝手に決められてしまうってね。それに、この文章には理論的主張がない。殺人が正しいとするだけの力がない。全部大人へ責任転換で、自らの行動の意志を正当化させるだけの理論はない。その反面、自分は純粋である事を認めたがっている子供の心情がよく表現されてる。青年期特有の汚れたくないって気持ちが、純粋な子供が求める世界が人間の真実だとね。本当の精神分裂者や妄想狂の書いた文章はもっと社会的批判や思想的な論拠を並べる。自分の論拠の正当性を強く主張し、自分の意志を明確に表す。純粋な気持ちなんかには興味は無く、勝手な思想をひけらかしたくなる。」

「だからって、この声明文が犯人が書いたものとも言えないでしょ、」

「そうだ、まだ推理の入り口に立っただけなんだが、一つ気になる事があるんだ。」

「何、」

「本当に一人の人間が書いた文章なんだろうか?本当に一人の意志だけが込められてるのだろうか?」

「どういう事?」

「解らない、、、だが、この声明文がとても不自然な事は事実だ、」

「どこが?」

「神様も殺してあげるって部分がね、少しだけ気になるんだ、とても、、、、、」

栗田は黒い瞳に戻り、再び自分の世界に閉じこもってしまう。自分の感覚だけが正しい世界へと自らの意志で入る。

「実際にいるんだ、、、、」

「なにが、」

「この子には神様が、」

沙耶は、栗田がもう一度現実に戻ってくるのには、軽く食事ができるぐらいの時間がかかることを良く知っているので、サンドウィッチとコーヒーを注文する。

 

ふと、窓の外を見ると雪が降っていた、

長い雪の始まりだった、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二回目の電車内爆弾事件が起こってから、一週間ほど過ぎた一二月の某日、少年は一人の少女の前で動かない時間、凍った空間に緊張していた。静かなジャズが流れる喫茶店、紅茶が美味しいとの評判の恋人達が時間を過ごすには丁度良い空間を持つ喫茶店。その店の窓際の席で少年は困惑している。

「あ、あのさぁ、、、」

「なに、」

「さっきから黙ったままだけど、何か気に触ることいったかなぁ、」

「何も、冬樹君が黙ってるから私も黙ってるだけ、」

「そ、そう、、、」

今、目の前にいる少女は間違いなく隆が連れてきた少女だ。数十分前に冬樹の前に座ったこの少女は、隆が笑いながら去った後、ほとんど何も話さないでテーブルに視線を釘ずけにしている。一応隆の言葉によれば、少年と少年の誕生日を過ごしたい、つまり一般的な解釈をすれば冬樹とつき合いたいという事らしいのだが、この張り詰めた静かな空間の中で二人は何も話さず時々、降り続く雪を眺めるだけで時間を過ごしていた。

「野江間さん、、、」

そう冬樹が沈黙を破る様に話しかける、

「なに、」

少女は表情を変えずに、視線も変えずに小さく答える。そんな鉄仮面の少女に冬樹は恐る恐る質問する。今までも数回質問をしたのだが、全て二、三の会話で終わっている状況の中、勇気を絞って言葉を生む。

「あの、、どうして、、、今日僕と会ってるの?」

一瞬、少女の体が小さく震える、その動きを見て冬樹は失敗したと思う。まるで、自分のことが好きなのかどうかを聞いてるみたいで、この場では適切な質問ではなかったような気がした。

「あ、あの、会ってる事が嫌だとかじゃないんだけど、、」

「興味があるから、」

「え、」

小さく色素の薄い唇で呟いた少女はゆっくりと視線を上げる。そしてさっきまでの鉄仮面のような表情に少し恥ずかしさをプラスした顔で、冬樹の瞳をまっすぐに見る。

「冬樹君に、、興味があるから、」

「きょ、興味、、、」

「そう、それじゃいけない?」

どこか悲しい瞳の色をしている、人間を信用できない、自分を大切にできない、否定的な輝きだけが強く残る不思議な色の瞳。純粋な動物とは違う、もちろん普通の街にいる少女とも違う。少し腫れた印象を与える二重は、瞳の周囲に浮かぶ隈の様なくすみを生む。きっと野良猫の夢しか写らない瞳を持つ少女は、恥ずかしさを必死に押さえながら冬樹を見つめる。まっすぐに、自分に逃げる事なく、必死に見つめる。

この時、冬樹はやっと気がつく。少女がとても緊張していた事を、決してただ黙っていたわけでもなく、言葉少ない返事もつまらないからではない事に、やっと気がつく。よくよく考えればほとんど言葉を交した事のない男の子と少女が初めて同じテーブルに座ってるのだから、互いに緊張していて当然といえば当然だろう。

「ご、ごめん、、」

「どうして誤るの、」

「僕、本当に女の子とほとんど会話した事なくて、、、質問するばかりで、」

「い、いいのよ、、私が強引に隆君に頼んだんだし、、、」

「いや、普通の男ならもっとうまく会話をもっていけるんだろうけど、、、」

「そんな事ないわよ、冬樹君、とても緊張してるみたいなのに、必死に会話を持とうとしてくれて、、」

「え、僕、緊張してるの分る?」

「うん、とてもね、、、、、でも仕方ないわよ、同じクラスの人間なのに一度も会話らしい会話した事ないしね、それに、、、」

「それに?」

「私も普通の世間話、興味ないんだ。冬樹君ほとんど誰とも口きかないけど、時々真剣に話したりするじゃない。」

「そうかなぁ、、」

「うん、此間も隆君と話してたわよね。倫理観や道徳観のことについて。二人でとても熱く話してたよね、夕方の教室で、」

「あ、あの時居たの?」

「うん、悪いんだけど廊下で立ち聞きしちゃった。とっても興味深い内容だったから。それに、その前は冬樹君、夏休みの宿題の論文でいきなり脳死について書いてたでしょ。」

「うん、でもとても不評だったけど、、」

「他の子達にはでしょ。でも、私は冬樹君が書いてた事、とても胸に残ったの。死体は無意味なものなのか、死はどこからが死と判断していいのかとか書いてたでしょ。とても同じ年の男の子の言葉だとはおもえなかった。だから、その時から冬樹君の事にとても興味を抱いたの。簡単に道徳や倫理を無視して、自分は自由だなんて言って、ただ我侭に行動するだけの男の子は沢山いる、ううん、女の子もそうだけど、誰も真剣に生きる事については考えないで、日常をただ流すだけ。人生は楽しくなければ意味が無い、明るく前向きに生きる事こそ人生の目的だと思いこんでる。本当は自殺する自由もないのにね、、」

 少女は一気に話し始める。今までの静寂を消し去る様に言葉を振り絞って話し続ける。だが、瞳の色は不思議な茶色のままだった。

「でもそれは間違いでないと思うよ、」

 少女の気迫に少し押されながらも、言葉を返す。

「そう、表面上はね。この日本という国で小さな集合体で生きてるだけならばね。でも、世界のほとんどの国は違う。生きること、生物である事についてしっかりとした概念を持って生活してる。」

「仕方ないよ。それが日本って社会が望んだ幸せの形なんだから、」

「本当にそう思う?」

「、、、、一般論としては、」

「でも、冬樹君はそう思わないでしょ。」

「うん、、、、、思わない。」

「だから、興味を抱いたの、冬樹君に。」

少女はやっと自分の前にある紅茶を口にする。すっかり冷めた紅茶を体に流し込み、やっと少し落ち着いたようだった。

「冬樹君と隆君のこと知った時とても救われた気がしたの。」

「救われた?」

「うん、普段思ってる事をやっと話せる相手をやっと見つけた、これでくだらない世間話だけで偽の笑顔を作ってる必要はないんだってね、、、、だから、どうしても冬樹君と友達になりたかった、、、」

「そんなに、思いこまれても困るよ。僕だっていつもそんな事ばかり考えてるわけじゃないし、、、、」

「いいの、冬樹君は普段通りにしていてくれれば。でも、時々でいいから、私の話しを聞いて欲しいの、、、、お願い、」

 見つめる瞳はいったい何を求めてるのだろうか。少年は生まれて初めて接触する不思議な瞳に、表現できない感触を感じてる。生まれたばかりの小宇宙始めて放った輝きは、こんな色なのかもしれないなぁ、そう思う冬樹だった。

「う、うん、、、僕でよければ、、」

「ありがとう、」

 

やっと笑った笑顔は、緊張からの解放もあってかとても自然なものだった。

 

(笑顔は、普通の子なんだな、、、、)

 

第四話へ続く



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