「風の追憶」

Ryo Kamizumi




   いつの頃からだろう・・・?

   気がつくと私は、必ずこの場に足を運んでいる。
   毎年同じ時期、同じ日。
   山間に静かな佇まいを見せるそこは、決まって様々な感情と記憶のピース
  を忘却の彼方から連れ戻してくる。

  「やりきれないわよね・・・こんなのってさ・・・」

   誰もいないメインスタンド、シャッターが固く閉ざされたガレージ。びゅ
  うびゅうと寒風が吹き荒ぶサーキットには、私が私であり得た頃のたくさん
  の思いが至るところで息を潜めているかのようだった。
  「・・・あんたって最低」
   最低だけど・・・憎めなかったな。昔も今も・・・ね・・・
  「今度は一人じゃ来ないからね。私を振った腹いせに、あんたに見せつけて
  やるんだから」
   そう・・・今日で、これでおしまい。こんなしおらしい女じゃないもの、
  私ってさ。だから引導渡してやるの、他ならぬあんたにね・・・せいぜい悔
  しがりなさいよ!
   そして私は風に乗せるようにして、手にしていたラナンキュラスを一輪投
  げ捨てる。薔薇によく似た花−−−気障ったらしい好みだと今も思ってるけ
  ど、やっぱりあんたには深紅がよく似合ってるよ。

  「・・・バカみたい」

   それは果たしてあいつに対してなのか、自分に対して言ったものかまでは
  よく分からない。

   *

  「・・・もういいのか?」
   スタンド裏の駐車場には一台のルノーが止まっていた。
   車体に寄りかかり悠然と煙草の煙をくゆらせていた男は、俯き加減で戻っ
  てきた女に声をかけた。
  「・・・未練、かな? 私、自分がこんなに女々しい奴だなんて今まで知ら
  なかったよ」
   そう言って彼女は、男の胸に頭をコツンとぶつける。
  「らしくないぜ、しおらしいお前なんてさ」
   女の普段を知る男だけに、ここでいつものように反撃して欲しかった。が
  予想した言葉はいつになっても返ってこなかった。
   ややあって、
  「・・・ごめん。あんたに甘えるのも大概にしないとね」
   頭を離した彼女は、異国の血を感じさせるブルーの瞳に目一杯強気の色を
  浮かべていた。
  「いい加減、自分の足で立たなくちゃね」
  「俺は別に・・・」
  「ストップ! ・・・優しさが人をダメにすることもあるんだよ」
   このままじゃ私、自分がなりたくない女になっちゃうから。その言葉を洩
  らした時彼女の瞳からは、一筋の涙が溢れていた。
  「私、もうちょっと頑張ってみる。嫌な女にならないよう努力してみる。だ
  から・・・だから今は優しくしないでよ・・・」
   男は、そんな女にかける言葉はもう残っていない。
   
   そして、立ち去る間際−−−
   一度だけ振り返った彼女は一言呟く。誰に聞かれるともなく虚空に舞った
  言霊は、猛る風音に呑み込まれ・・・そして、消える。

   今は忘れえぬ感傷の記憶。その傷跡が癒される日はまだ遠い・・
                              

(風の追憶/了)


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  【蛇足的後書】

   フッ・・・またやってしまったぞ(笑)

   趣味走りまくりだが、考えてみるとレース物ベースにした話を描くのは
   久しぶり。やはり自分の書きたいものをやってると面白い。
   ちなみにヒロインにモチーフはいたりする(^^;)
   誰かって? それは秘密です(爆)

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