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NEON GENESIS

EVANGELION 0:21   永劫回帰 −Ring of Mobius− 

                          by Ryo Kamizumi

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           Life −緋色の新生−

 

 

 圧壊しつつあるエントリープラグの中、アスカは膝を抱えてうずくまって

いた。それはあたかも無力な幼な子のように小さく。それはとても小さく見

えるほどうずくまり、瘧にかかったようにぶるぶると震えることしか出来な

かった。

「・・・ママ・・・ママ・・・」

もはや自分が何をしているのか。何を考えているのか。何を見ているのか

すら、今の彼女には分からなかった。そこにはかつての颯爽とした快活な少

女の面影はなく、浮かび上がるは虚ろな生の残り火でしかないのかもしれな

い。

『・・・カ・・・アス・・・アスカ・・・』

 どこからか声が聞こえてくる。

 でも、誰なのかは分からない。

『・・・惣・・・流さ・・・』

 また聞こえる。

 耳障りな声。

 アスカは心のどこかで全てを拒絶していた。

 

(嫌だ・・・あんたたちの声は嫌だ・・・消えて、消えてよ・・・これ以上

あたしを惑わせないでッ!!)

 

 表層にも上らぬ声なき叫びは、少女をさらに貝のごとく頑なに身を固くさ

せる。

 

 そして、再び全身を襲う激しい衝撃−−−

 一時収まっていた強い殺意が自分に向いたことを悟るも、そんなことはど

うでも良いような・・・そんな気さえしていた。

「ダメだッ、アスカぁ−−−−−−−−−ッ!!」

 不思議だった。

 自分はきつく両の眼を閉じているのに、”外”で何が起きているのか分か

ることが。禍々しい濃紫色の妖焔が12個、さらにさらに大きく膨れ上がり

つつあることが。

 不思議だった。

 こんな酷い目にあっているというのに、まるで他人事のような自分でいる

ことが。そんな最中だというのに、なぜ二つの声だけが明瞭な響きを伴って

心を打っているということに。

 

(・・・あなたが心を開かなければ、エヴァは永遠に応えることはないわ)

 

 うるさい・・・うるさい、うるさい、うるさいッ!!

 あんたに何が分かるって言うのよ!?

 人形のくせに! 人形のくせに! 人形のくせにッ!!

 あたしを分かってくれる人なんか誰もいない。あたしを見てくれる人なん

か誰もいない。あたしを分かろうとしてくれる人なんか・・・どこにもいな

いのにッ!!

 

(それは違う。僕は見ていたよ、ずっと君のこと・・・昔も今もこれからも

・・・分かろうとした。分かりたかった。分からなくちゃいけないことに気

づいた。やっと・・・気づくことが出来たんだよ・・・)

 

 嘘・・・嘘・・・嘘・・・あんたの言うことなんて、嘘ばっかりッ!!

 

(嘘じゃない! すごく遠回りして、やっと掴んだものはごく当たり前のこ

とに過ぎなかったけど・・・これは僕が僕との戦いの中で掴んだ一つの真実

なんだ。だから僕はそれを・・・信じてみるよ・・・)

 

 その言葉のなんと揺るぎのないことか。

 アスカはこれ以上、否定したくとも躊躇っている自分に初めて気づく。

「・・・そんなの・・・信じられない・・・」

 プラグに収まってこの方、まるで動こうともしなかった青い瞳の少女は、

有視界モニターに映る地獄のような光景を虚ろに見つめる。だが彼女が真に

視線を傾けていたのは、紫と青をしたエヴァ2体だけだった。

「シ、シンジ・・・ファースト・・・」

 意志の光。心の内をぐるぐると駆け回る強い困惑。湧き上がる衝動にアス

カは打ち震える。

 

 そして・・・彼女は叫んでいた−−−ッ!!

 

 それはプラグが圧壊するのと、濃紫のエヴァから金色の光柱が立ち昇るの

とほぼ同時のことだった。

 

「あんた、バカ? サード・チルドレンのくせして何も知らないのね・・・」

 

 全てが・・・そう、全ての存在が。

 

 アスカも−−−

 

 弐号機も−−−

 

 初号機も零号機も−−−

 

 取り囲んでいた12体のエヴァも−−−

 

 世界を構築する全ての存在がハレーションに包まれ。

 分子から原子へ、原子からクォークへ。そしてさらに最小の世界へと還元さ

れる間際に。

 アスカは失いかけた時の扉を一つ、しっかりと見据えていた。

 

「はじめまして。ドイツから来ました、惣流・アスカ・ラングレーです・・・」

 

 叩いた小さな扉。

 それはもうひとつの夏への扉だったのかもしれない。

 

  *

 

 この日−−−

 

「霧島マナと言います。どうかよろしく・・・」

 僕らのクラス、2年A組は朝から異常に盛り上がっていた。

 理由は至極単純なことだよ。そう、転入生が二人も入ってきたからなんだ。

 

「よろしく、シンジ君。あたしのこと、アスカって呼んでいいからね」

「よろしくね、碇シンジ君」

 

 この瞬間、このクラスにおける僕の立場は確定したと言っていい。

 ただでさえ綾波レイという可愛い子がどういうわけか公認の”彼女”として

まかり通っているところに、今度入ってきた美少女二人からのいの一番の挨拶

だよ。・・・そりゃまぁ、よくあるドラマみたいなシチュエーションに見える

かもしれないけどさ。たまたま席の配置が僕の前後になったから−−−ただそ

れだけの事なのに。おかげで僕はクラス中の男子のやっかみを一身に受けるハ

メになってしまったわけであり。参ったな・・・

 

「ふ〜ん・・・碇君って、母子家庭なんだ? 私と同じだね」

 

 霧島マナ。

 彼女は僕と同じように母親と二人暮らしと言うことが分かって以来、妙な連

帯感が出来上がっていたらしい。休み時間ともなると、ちょうど真後ろの席に

座る僕に話しかけてくる。髪形は綾波と同じショートカットだけど、色は少し

茶色がかった黒でサラサラとしている。なんでも海外で生活していた時期が長

かったらしいけど、快活な印象を覚える彼女にはそれがよく似合っているよう

な気がした。

 

「ふふ〜ん・・・随分と楽しそうじゃないの。あたしも混ぜてよ」

 

 惣流・アスカ・ラングレー。

 霧島さんも充分に可愛いと思うけどさ。彼女−−−そうり・・・じゃなかっ

た、アスカはそれ以上に綺麗な女の子だ。少なくともTVに出ているそこらの

アイドルや女優さんなんかの比じゃないほど美人であるのは認めるよ。

 事実、明るい太陽のような性格と相まって人気急上昇中。いや、そんなもん

じゃないな。凄じい人気なんだ。

 だけどね。この子の本当の素顔を少しでも知っている人間ともなると、多分

学校内では僕を含めて4人しかいないと思うな。そう・・・彼女、僕のどこに

興味持ったか知らないけど、霧島さんと同じくよく話しかけてくる。ただし、

アスカの場合、会話に行動が付随してくるんだよ・・・

 

「・・・碇君、痛そう」

 トウジとケンスケに無理矢理付き合わされた”地球防衛バンド”ってやつに

僕も一応入ってるんだけど。練習前に音楽準備室で着替えてた時に綾波が突然

入ってきた時は驚いたよ。いつも彼女は唐突なんだ。

 綾波は一部赤く腫れ上がった僕の背中をさすりながら、戸惑ったような顔を

見せる。

「・・・痛いよ、そりゃね」

 勿論、誰の仕業か言うまでもないと思う。そう、アスカだ。

 僕の真後ろの席にいる彼女は、やれ授業をノートしたDVDを貸せだの、シ

ャープの芯が切れたからよこせだの。挙げ句の果てには「退屈だから呼んだだ

けよ」という我侭極まりない理由をつけて、後ろからシャープの先で突ついて

くるんだ。それだけならまだしも、貸したものはまともな形で戻ってこないこ

とがほとんどだし、怒れば怒ったですぐ嘘泣きして周囲の同情を買って僕だけ

悪者にするし・・・と、まぁ、これでもかってぐらい苛めてくる。

 なまじ綾波や霧島さんが天使のように優しいだけに、アスカの存在は時に悪

魔のように思えてならない。なんで僕ばっかり・・・トホホ・・・

 

「そうだっ! あたし、すごくいい場所見つけたんだ。放課後、行こうよ」

 ぞろぞろとついてこようとした不特定多数の男子を「あんたたち、はっきり

言って邪魔よっ!」と血も涙もない台詞一言で撃退したアスカを先頭に、僕と

綾波。そして霧島さんの四人で連れ立って、第三新東京市郊外にある小高い丘

の上に行った時−−−僕はなぜか強い既視感を感じていた。前にも来たことな

んて、全くなかったのに・・・

「不思議な感じなんだ、ここにいるとさ。なんか昔・・・ううん、昔って言っ

てもつい最近のような気もするんだけど。あたし、ここを知ってたような気が

してホッとするんだ・・・」

 山間に沈みかけている夕陽のオレンジを茫洋と見つめるアスカの横顔に、僕

は初めてドキドキしていた。その・・・綺麗とかそういうんじゃなくて、なん

だかとても懐かしいような気がしたから。

「・・・そう」

 綾波もどこか雰囲気がいつもと違うように見える。

 

「・・・覚えているのね、きっと。刻まれた記憶の残滓までは完全に消せはし

ないもの」

 

 僕ら三人から少し離れたところで視線を宙に漂わせていた霧島さんの囁くよ

うな呟き。二人には届いてなかったようだけど、僕には断片的に聞き取れた。

「あ、あのさ・・・霧島さん。それって、どういう・・・?」

 僕は思わず問いかけようとしたけど・・・

「シ〜ンジぃ〜・・・なにマナとひそひそ話してんのよ? はは〜ん、さては

あんた・・・」

「な、な、なにさ・・・」

「結構、手が早い奴ってことよ」

「ど、どーしてそうなるんだよぉ〜!?」

 一度アスカにからまれたら、彼女が飽きるまで解放されない。そのことを身

をもって理解していた僕は泣く泣く嵐が過ぎるのを待つしかなかったよ。

 その間、綾波と霧島さんはクスクスと笑うばかりで助ける気はなかったみた

いだった。

「・・・こんな時の碇君とアスカ。楽しそう」

 何気に洩らした綾波の一言が全てを代弁していたのかもしれない。

 それを知る機会はこの瞬間しかなかったと、僕の中の誰かが口にしていたよ

うな・・・そんな気がした。

 

「・・・あなたもね」

 

 傷つきすぎたんだもの、みんな。だから私はこの世界ぐらい・・・

 

 次に訪れた時に聞こうと思ったその意味。

 もはや”意味”すらなくなりつつある事実に僕は気づかなかった。

 それは忘却という名の慈悲と、再構築された界の調和ゆえに二度と口にする

ことはなかったから−−−

 

「そろそろ帰りましょう、みんな。ずっといるのはちょっと寒いもの・・・」

 

 投げかけられたマナの声。

 それはとても暖かかった・・・

 

                (永劫回帰 −Ring of Mobius− /了)


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