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NEON GENESIS

EVANGELION 0:24    Virgin Blood −二元の縛鎖−

                          by Ryo Kamizumi

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「だ、駄目です・・・私、銃なんか使えませんッ!!」

「訓練でさんざんやったろう? 自分の身は自分で守るんだよ!」

力の入らない私の両手を取り、青葉さんは強引に一丁の銃を握らせる。その

重く冷たい肌触りは、言いようのない嫌悪と底の知れない恐怖感を呼び起した

だけ−−−それ以上でもそれ以下でもあり得なかった。

「ひ、人を・・・人を殺してでもですか? そんな・・・そんなの嫌ですッ!

私、人なんか撃つこと出来ませんよッ!!」

「馬鹿野郎ッ!! 相手はこっちを殺すことなんか何とも思ってないんだ!!

抵抗しなきゃ、そのまま殺されるだけなんだぞッ!!」

「でっ、でもッ!!」

その瞬間−−−コンソールの影に隠れていた私と青葉さんの間を一発の跳弾

が掠める。

 

「ひっ!」

 

数センチ。

 あと数センチ、顔を近づけていたら間違いなく銃弾は私の頭を貫いていた。

あまりの出来事に一瞬、息が止まる。

ひゅっという声にもならない呻きが唇の隙間から洩れ、ややあってようやく

伝達された恐怖が全身を小刻みに震わせる。今の私の表情は、多分死にそうな

ほどに蒼白になっているに違いないだろう。

「畜生ッ!! 奴ら、後から後から湧いてきやがるッ!! こっちはただでさ

え不利な状況だってのにッ!!」

「やるしかないだろ、やるしかッ!!」

吐き捨てるような日向さんの言葉が、事態の深刻さを端的に語っている。も

う青葉さんも私のことなど気遣う余裕すらないようだった。

そんな状況にあっても、私はまだ迷っている。ひどく躊躇っている。

(どうして同じ人間同士で殺し合わなきゃいけないの? どうしてあの人たち

は平気で人を撃てるの? どうして青葉さんも日向さんも銃を手にすることが

出来るの!?)

誰も答えてくれない疑問、疑問、疑問。

 殺さなければ殺されるという単純な図式に、未だ割り切ることが出来ないで

いる自分・・・激しいジレンマ。それは人として当然のものだと思うのに、こ

の現実離れした状況に身を晒していると、あたかも自分だけが異端を振りかざ

しているようにさえ思えてくる。殺伐とした狂気の渦が、私の精神を急速に蝕

んでいくような錯覚に陥ってくる。・・・それとも私は本当にどこかおかしく

なってしまったんだろうか・・・?

もう全てが信じられない思いだった。

大義名分を隠れ蓑にし、ひとたび理性のタガが外れたら悪鬼のような残虐性

を露にする人間たちが、自分たちの命を贄とすべく際限なく集結しつつある絶

望的な事実。それは、ほんの数時間前の静寂が嘘のような地獄絵図を繰り広げ

ていく。

 

「シゲルッ! しっかりしろ、シゲルッ!!」

 

絶え間なく飛び交う銃弾の嵐−−−

 

「この野郎ぉおおおお−−−−−−−−ッ!!」

 

蒸せ返るような血と硝煙の匂い−−−

 

「・・・いよいよ本格的にヤバいな」

 

 焦燥が色濃く浮かぶ仲間たちの面差しに差す、諦めにも似た翳り−−−

 

それらがなお、毒気をはらんで自分を取り囲む。

「どうしてそうまでしてエヴァが欲しいのッ!? どうしてよッ!!」

フットスペースに膝をたたんで入り込み、クッションで頭を隠しながら私は

他の言葉を忘れたかのように何度も何度も叫ぶ。

 

「えっ・・・?」

 ドサッという鈍い音と共に、オペレーターの誰かが鮮血を噴き出しながら倒

れる光景がスローモーションのように映って見えた。

倒れ伏した音の方向に恐る恐る目を向ける。

自分と最も仲の良かった女性オペレーターの一人・・・だった。

 声をかけようと思った。かけなきゃいけないと思った。だが、徐々に広がっ

ていく血溜まりが喉まで出かかった言葉を最後まで伝えさせてくれない。

何かが音を立てて崩れ落ちていくような気がした。

 

「い、い・・・いやぁああああああ−−−−−−−−ッ!!」

 

必死に抑えていた精神の均衡。それは人の死を目の当たりにした瞬間にあっ

けなく崩壊する。

「しっかりしなさい、マヤッ!! 戦うのよッ!!」

突然、目の前に踊り出てきた白衣の人が私を叱咤していると気づいたのは、

頬に鋭い痛みが走ってしばらくしてからのことだ。

「せ、先輩・・・!?」

憔悴の濃い先輩の表情。そこにはすべてを悟りきったような超然さと、どこ

か自嘲するかのような微妙な感情が見え隠れする。

「あなた、いつまで置かれた状況から目を背け続けるつもり!? 自分が汚れ

るのがそんなに嫌なら勝手になさいッ!!」

厳しい口調。それでいて、どこか寂しげな眼差しが私を激しく動揺させる。

(汚れるのが・・・嫌なの、私は・・・?)

シクッと胸が痛む。

(私は・・・私は直接的に手を汚してないというだけで、これまで本当に自分

は潔癖と言えることをしてきたのだろうか・・・?)

過去に思い当たる、非人道的な行為の数々。

私は幾度となく、異論を唱えつつも手を貸し続けてきた。

それとこれのどこが違うというのだろう・・・?

突きつけられた罪行の自覚が、私にさらなる恐慌を呼び起こしかけていた。

 

 

−−−そんな折、あれだけ激しかった銃撃が不意に途絶える。

 

 

私はどこかホッと安堵すると同時に、自分ただ一人だけ戦わなかったという

事実に後ろめたさを隠し切れない。

「戦自の奴等が撤退していく・・・?」

「ここまで攻め行っときながら、何故・・・!?」

疲労の極に達していた者たちから訝しむ声が上がる。

「葛城さんはッ!?」

「シンジ君を無事保護。現在、地下仮設ケージに移動中だ」

葛城さんはどうやらシンジ君とうまく接触できたようだった。しかし、半壊

した通信端末に声を張り上げる日向さんの言葉の節々から、間一髪だったらし

いことを知る。

「そう、ですか・・・しかし、それを言うなら僕もです。無我夢中だったから

よく覚えてないんですが・・・この後味の悪さは一生かかっても慣れるもんじ

ゃないって−−−」

呻くような彼の苦しげな口ぶりが私をさらに落ち込ませる。

多分、葛城さんも・・・

「しかし、奴等。どういうつもりだ・・・?」

「まだアレが使われてない。・・・ヤバいのはこれからかもしれないぜ」

「でしょうね。彼らが退いたのも爆撃の余波を嫌ったと見るのが自然ね」

まだフロアにへたり込んでいる私を見向きもせず、先輩はすぐ目の前に立っ

ていた。その瞳は、外装に無数の銃痕が刻まれたMAGIに向けられている。

「・・・まだ生きているわ。私も母さんも・・・未練がましくね・・・」

その呟きは微かなものだったが、私は聞いてしまった。

この言葉が、ほんの数時間前まで行方が掴めないでいた先輩の隠された葛藤

とも苦悶のようにも感じられた。先刻の表情の意味もおそらく・・・

 

 

その時だった−−−

 

 

「・・・あ、赤木先輩ッ!!」

黒い何かが視界を横切った。それは禍つ者の気配。

咄嗟に銃を手にした私は、先輩の体越しに走った凶悪な殺意の前に警告を発

するつもりだった。しかし「避けて!」と叫ぶ間もなかった。

 

「赤木さんッ!!」

 

 耳朶を打つ一発の銃声。

再び視界に飛び込んできたのは、私に向かって崩れ落ちてくる先輩の重み。

そして、殺意に満ちた鋼弾の肉体を貫く嫌な音が、私から全ての感情を消し去

っていた。

 

「ま、まだいたのか−−−ッ!?」

 

青葉さんたちが振り向くより早く。

気がついた時、私は手にした拳銃のトリガーを反射的に引き絞っていた。

 

 

「ぐっ・・・かはっ!!」

 

 

銃口から立ちのぼる硝煙の匂いが私を正気に返らせる。

周囲の仲間が驚愕した眼差しを注ぐ中、私はただ呆然とするばかりだった。

目線の先には、心臓を撃ち抜かれた伏兵が真っ赤な鮮血を迸らせて倒れ伏して

いるのが見える。

 確認するまでもない・・・即死だった。

 

「せ、先輩ッ!! しっかりして下さい、先輩ッ!!」

 

自失しかけた自分を現実に繋ぎ止めたのは、急速に体温を失っていく先輩の

感触だった。それは遠くない先に訪れる、確実なる死の予感。

「先輩ッ!! 目を開けて下さい、先輩ッ!!」

「・・・ち・・・よ、ごれ・・・わよ・・・」

喀血した自分に触れない方がいい−−−そう言うかのように、力ない手が私

の胸を押し返そうとする。

「もう喋らないでッ!! 先輩・・・先輩ッ!!」

「・・・かあ・・・さ・・・ん・・・」

それが先輩の最後の言葉だった。

敬愛してやまなかった人との唐突すぎる別れ。この時、私は自分が何をして

いるのかすらも判らなかった。

「あ、赤木さんが・・・殺られた・・・?」

「ち、畜生・・・ちくしょおおおおお−−−−−−−−ッ!!!」

失う者がより近ければ近いほど、喪失の痛みもまた大きくなる。

 内に溜まった感情を露にする日向さんや青葉さんの姿は、そのまま私のそれ

と同じだったのかもしれない。

 

「先輩・・・私、これからどうすればいいんですか・・・先輩・・・」

 

頬を濡らす涙。

 それは慟哭する魂が流す、血の滴のような気がした。

この瞬間、私は声なき言葉で伝えていたのかもしれない。

 

もう一人の自分に対し。私にさよなら、と−−−

 

 

               (Virgin Blood −二元の縛鎖−/了)

 


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