Star Children 第三部

「Final Impact」(9)

by しもじ  







「......ん.....。」

海の穏やかなうねりが彼の体を揺さぶる。
まだ昇ったばかりの陽の光が彼を暖かく照らす。
優しい風が彼のほおをそっと叩いた。

「なんや?どうしたんや?」

身体に力が入らない。
どうも、相当に衰弱しているようだ。
それでもなんとか起き上がって、彼はあたりを見回した。
しかし、目に入ったのはどこまでも続く青い海と空にかかる白い入道雲。

「地球...やろな?
 せやけど、どこなんやろか。
 なんでワシ、こないなとこにおるんやろ......。」

水平線の彼方まで、陸地も、船も、何も見えなかった。
まさに大洋のまん真ん中。

「おーーい。
 って、何も見えへんがな。
 かーっ、どないせいっちゅうんや」

とにかく声を上げてみることで、ゆっくりと頭の中にかかった霞が引いていく。

「そうや。飛ばされたんやな、ワシ一人」

それと同時に、次第に甦ってくるあの時の記憶。

「しかし、ここ、どこなんや?」

はっきりしていることは、自分がエントリープラグの中にいる、と言う事だけ。
たしか着水と同時にプラグからは救助信号は発信されているはずだ。
緊急信号回線は、常時衛星によってモニターされているとも教わった。
待っていれば、いずれ助けが来るに違いない。
そういった事を思い出して少し安心する。

だが、しばらくしてまた不安になった。
いつまでこうして波間に漂っていなければならないのだろうか。
スピーカのボリュームをあげ、回線を一般ラジオの周波数に切替えてみる。
チャネルを探すが、ザーというノイズしか聞こえてこない。

「なんや、なんでなんも聞こえへんのや?
 ほんまにここ、地球なんか?
 まさか...」

間違って、違う場所に飛ばされてしまったとか...。
違う惑星、あるいは違う時代に...。
人類がまだ生まれる前、あるいは既に滅び去った後...。

「今、いつなんやろか...?」

モニタの表示では、黒き月に飛び込んでから半日もたっていない。
飛ばされてから、目覚めるまでにかかった時間も考えると、妥当な数字だ。
だが一方で、彼の腹時計は懸命にそれを否定している。

「そや、ミサトさんと加持さん、あの二人は今頃どないしてるんやろ?
 ワシと同じで、どこぞに飛ばされたんかな?」

彼の記憶は、最後の瞬間の直前までで途絶えていた。
もちろんその先まで残っていたら、今ここにいることはできなかっただろう。
そう、あの時....

「ほんま、ええかっこしすぎやで、センセ」

確かに彼等の行動で、人類に未来へのチャンスが与えられたのかもしれないが、
だからと言ってその代償は納得できるような物ではない。

「せやけど....、
 せやけどワイは信じとるからな」

だが、たとえそれがどんなに困難な事であるにしても。
彼らならきっとやってくれるんじゃないか。
そうも、思えるのだ。

心地よい波のリズムに誘われて、睡魔が彼の足元に忍び寄る。
あの体験は彼の神経に想像以上に大きな疲労を与えていたようだ。
これ以上、意識を保ちつづけているのは難しかった。

「もしもこんで戻ってけえへん...かったら...、
 ただじゃ...すまさ..へん...から...な..
 信じとる...で..セン...セ....」

その時、無線機に初めて音声が入った。
人間の声で、何かを必死に叫んでいた。
だが、彼の耳にそれが届くことはなかった。
深い眠りのカーテンにそれは閉ざされてしまった。





























第26話

とわ
「エヴァよ永遠に」





























「なるほどね。そんな事を考えていたのかい?」

カヲルが口火を切った。

「うん」

ためらう事なくシンジは応える。

「しかし、どうやって?
 宇宙と戦うって言ったって...
 戦いようがないじゃない、そんなの相手じゃ」
「ハハ...、ミサトさん。
 戦うと言っても、別に宇宙とドンパチするわけじゃないですよ。
 さっきアスカが言いましたよね。
 ATフィールドは万有斥力と言われる宇宙の物理法則、第5の力。
 その力によって、このままじゃ人類は滅びてしまうんだ、って。
 つまり、これは、宇宙との戦いなんですよ。」
「ええ、確かにね。
 でも彼女は、生き残るために適応しようとするのは当然だ、とも言ったわ。
 それが人工進化、ヒトとエヴァの融合。すなわち人類補完計画。
 たとえそのために、半数、いえ一割しか生き残れないのだとしてもね。
 でもそれは...、
 シンジ君、あなたは補完計画は実行しないって...」
「ええ。確かに言いました。
 でも、アスカの言ってることだって間違ってはない」
「それは認めるわ。でも...」
「問題はそのために選んだ手段にある、そういう事でしょ。
 目的は、手段を正当化しない。だから...」
「補完計画は最初から失敗する運命にある」

加持が言葉をはさんだ。

「それを実行してもしなくても、結果として人類は宇宙から消え去る。
 ちょうどファーストインパクトで恐竜の文明が滅びたように」
「恐竜の文明?
 何よ、それ」
「何だ。葛城は知らなかったのか?
 だがこの話をすると長くなるからな。後にしよう。
 今はシンジ君の話の方が先だ。
 まだ彼は前置きしか話していない」

そう言って、シンジに先を促した。

「ATフィールドによって戦うことを宿命められた人類だから、
 戦いつづける事によってしか道は開けないんだと思うんです。
 だから、基本的には父さん達のやろうとしたことは間違っていない。
 ただ、戦う相手の選び方、戦い方が違ってたんじゃないかと...」
「どう言うことかしら?」
「みんな、技術論ばかり先行して、本質的な事を忘れてしまってた。
 人工進化と言う技術、そしてエヴァと言う力を手に入れてしまったから。
 そういう事なんだと思います。
 でも、この戦いは、最近になって始まったものじゃない。
 ずっと昔から続いてきた。
 たしかに生物は進化することによって環境に適応してきた。
 だけど、人間の戦い方は違う。そうじゃない」
「つまり?」
「生存競争と言う名の自然に対する戦いに生物が勝つために編み出した手段が進化ならば、
 知恵を手に入れた人類は、科学と言う武器を使って自然と戦い、勝利してきた。
 だから人工進化とは別の戦い方が、今の人類にはあるはずだ、と言う事よ」

アスカが横から割込んだ。
そしてシンジが話を続けた。

「宇宙が人類を滅ぼすと言うのなら、
 変わらなきゃいけないのは人間じゃない。
 宇宙を変えるべきなんだ」









「なるほど....」

しばらくたって、ようやく加持が口を開いた。

「それがシンジ君の計画か...。
 インパクトの力を利用して、宇宙の物理法則を変えてしまうつもりかい?」
「そんな事、できるの!?」

ミサトがびっくりして聞き返す。

「できなくは無い、かな?
 少なくとも理論上は。
 だが実際にやるとなれば話は別だ。
 下手に手をだせば、宇宙ごとドカンとなるからな」
「だけど極めて人間らしい答ではあるね。
 自らの運命を享受することを良しとせず、
 宇宙全体をそれに巻き込んでしまおうというのは。
 まさに究極のエゴイズムだね」
「そこまで言うんかい」
「誉めているのさ、僕は」

そこに慌ててシンジが割込んだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ、加持さんもカヲル君も。
 僕はそこまで言っていないよ」
「おや、違うのかい?」

ちょっぴり残念そうにカヲルが聞き返す。

「うん。やっぱりそれはさすがに無理があるし...、検討はしたけどね。
 それに、それじゃ、ダメなんだ」
「どうして?」
「それじゃ、人類が闘った事にならないから。
 だれか一人の人間が戦うだけじゃダメなんだ。
 この戦いは人類全体の戦いにしなければならない」
「戦い続ける限り、そして戦う相手が存在する限り、
 ATフィールドは人類の味方をしてくれる。
 そうなれば、人工進化の必要はない。今のままのヒトでいられる」
「それにATフィールドが人類の味方ならば、物理法則をねじ曲げる必要も無い。
 そう言う事だな、シンジ君の言いたいのは」
「つまりインパクトは起こさないと言うことかしら?」
「いえ、その力は利用させてもらいます。
 人類が宇宙に戦いを挑むための、環境を整えるために。
 今のままでは、戦いようがありませんから...」
「環境を整える、か。
 つまり、宇宙のほうから人類に敵対するように仕向ける訳だ。
 言い方を代えれば、人類の敵を創造する。
 そう言う事だな?」
「ハイ」

そして、具体的な説明をシンジは始めた。









「でも、それじゃあシンジ君は戻って来れないじゃないの」

説明を聞いてミサトが声を張り上げた。
シンジは冷静に対応する。

「はい。それは仕方ないです。
 最初から覚悟の上です。
 だけど死ぬってわけでもないですし、
 大げさですよ、ミサトさんは」
「でもずっと独りぼっちになるのよ」
「いえ、アスカも一緒ですから...」
「そうよ。退屈するヒマなんか、ないわ。
 それにいつまでも二人きりって事も無いだろうしね」

そしてアスカはニヤリ、と笑う。

「だけど...」

言いよどむミサト。そして加持の方を向いて援護を求めた。

「ほら。アンタも何か言いなさいよ」

言われた加持は、一言だけ訊いた。

「後悔は、しないな?」
「ええ」
「もっちろんよ」
「ならいい。
 それが二人の決断なら、これ以上何も言うことはない。
 葛城。彼らは彼らの出来ることをする。
 俺達は、俺達に出来ることをすれば良いさ」
「加持....」

加持の瞳がじっとミサトの目を見据えた。
そこに何を読み取ったのか、ミサトはそれ以上は何も言わなかった。
カヲルもそれを目にとめたが、彼も黙っていた。

「ついてきて、くれるんだろ?」
「ええ」

しおらしくそういった後、がらっと口調が変わり、

「アンタは目を放すと何をしでかすかわからないからね。
 ずっと側にいて監視してあげるわ。
 アスカじゃないけど、一時もヒマなんか与えないから」
「ふっ。それでこそ、葛城だ」
「何よ」
「誉めたんだよ」
「そうは聞こえなかったわ」

今にも喧嘩を始めそうな、だがそれでいてどこか嬉しそうな二人に、
シンジが改めて声をかけた。

「あの〜」
「何、シンちゃん」
「どうした?」

揃って顔を振り向ける二人。

「それで、お二人はこれからどうするんですか?
 余計なお世話かも知れないですけど...」
「いや、別にそんなことはないさ」

加持は笑ってシンジの配慮に応えた。

「そうだな。せっかく葛城と一緒なんだ。
 しばらくは宇宙を漫遊でもするかな。
 そのうち、ひょっこりと地球を再訪して、どうなっているか見るのもいいかな。
 何といっても人類最大にして最後の敵、アダムなんだからな、オレは」
「心配することはないわよ、シンジ君。
 あたしもついているんだから。アダムなんかに負けさせないわ。
 アダムとか言ったって、要するにペンペンなんでしょ。
 まかせといて。こう見えても動物をしつけるのは得意なのよ」

さて本当にミサトがペンペンをしつけたのか、と言われると疑問が残る所だ。
ミサトのあまりにも怠惰な生活から、ペンペンが生存のために自習したのではないか、
そう思われる節があまりにも多い。

「食事だって、最初の頃は好き嫌いが激しかったけれど、
 すぐに何でも食べるようになったわ」

飢え死にするよりはマシ、ということだろう。
まあ、ペンギンにコンビニ弁当を与えるのもどうかと思うが...。

「特にアタシの特製カレーなんか、涙を流して喜んで食べてたくらいよ」

これについては、今更コメントの必要はありますまい。

「そうだな。イザとなったら、葛城の手料理でも食べて、アダム諸共自爆するのも一つの手だな」
「何よ、それ」
「いや、冗談だ、葛城」

そう言いながら、目は笑っていない。
半分ぐらいは、本気なのだろう。

「それよりだ、何も言う事はない、と言っておいてこう言うのもなんなんだが、
 何も全部のエヴァを使うことはないんじゃないのか?
 1台でも残しておけば、シンジ君達も還ってこれるんだろう?」
「それはそうです。
 でも、そうするつもりはありません」
「どうしてかな?」
「一つには、少しでも多くの力が必要だから、と言うことがあります」
「当然の配慮だな」
「それに人類の発展のためには、エヴァのようなオーバーテクノロジーはかえって害がある。
 だから地球にはもうエヴァは必要ありません」
「それで、本当の理由は何だい?」

シンジの心を見透かしたように、加持は重ねて尋ねる。
それは言いにくいことではあるが、言わなくてはならない事だから。

「それは、綾波や、トウジのお父さん達の魂を解放してあげるためです。
 そうしないと、いつまでもエヴァに縛りつけられたまま生き続けなきゃならない。
 エヴァが存在しつづけるかぎり、永遠に」
「なるほど」
「ありがとな、シンジ。
 お父ん達も、感謝しとるって言うとるわ」

トウジが同化している四号機のココロの声を代弁した。

「元に戻してあげることは出来ないの?」

アスカが訊く。

「ゴメン、トウジ。でも、彼らの場合は特に、できない」
「わかっとるわ。
 もう十数年、彼らは一緒にエヴァの中におるんやからな。
 ええ加減、全員の精神は融合しつつあるんや。
 まだかろうじて個人の思考が残っとっても、元のように分離することはでけへんのや。
 そうやろ?」
「うん」

的確なトウジの状況把握にうなずくしかないシンジ。
だが、これで少し彼の肩の荷が降りたことも確かだ。

「それも元になる肉体の構成情報、および必要な原子が揃っていての話や。
 元々、お父ん達が取り込まれたのはかなりイレギュラーな状況やった」

アメリカのネルフ支部におけるS2機関の暴走。
そして、ディラックの海に研究所ごと四号機は消えていった。
その際に、実験に参加していた技師たちの魂がエヴァに吸収された。

「土台、無理な話や。
 その事は、ワイも、お父ん達もわかっとる。
 その上で、シンジの決断に感謝しとるわけや」

トウジとて、何もしていなかったわけではないのだ。
特にサルベージ関係の文献は必死で調べ、不得意な分野であるにもかかわらず、
彼なりに必死で勉強していたのだ。
その結果には、諦めと同時に、満足をも感じていた。
その事で、シンジを恨む筋は全くないし、その気もない。

「それで、綾波。お前はどうすんねん?
 お前の場合は事情がまったく別なんやろ?」

ずっと黙って一同を眺めていたレイにふと目を止めたトウジが訊いた。

「お前なら、初号機の中からいつでも復活できるんとちがうんか?」
「うん。それはそうだけど...」

レイの代りにシンジが答えようとするが、途中で言い淀んだ。

「彼女は綾波レイであり、同時に生命の母、リリスでもある。
 であるからには、これから起きるインパクトを越えて、この宇宙に留まり続けることはできない。
 それでは、せっかく修正した力のバランスを著しく崩す事になるからな」

シンジの代わりに加持が代弁を続けた。

「もちろん、ただの人間、綾波レイとしてならば、答えはイエスだ。
 だが、そのためにはリリスを彼女から解放しなくてはならず、
 そうしたら、インパクトは起こせない」
「つまり、できない、ちゅうこっちゃな?」
「そう...。そう言う事だね」

そう言って頷くシンジの表情はいかにもつらそうだった。

「アナタがは何を気にしているの?
 必要があるからそうする。ただそれだけの事」

それを、レイは無表情で応えた。
正確に言えば、いつもよりさらに無表情に。

「私はそのために生まれてきた存在。
 だからアナタが哀しむ必要は何処にも無いわ」

そう言って、レイはふっと黙り込んだ。

  哀しむ。
  そう、碇君は哀しんでくれているの?
  私のために?
  二号機パイロット。彼女からも感じる。
  これが、ヒトの感情。
  嬉しい?
  寂しい?
  楽しい?
  哀しい?
  今まではわからなかった。
  でも、今はわかるような気がする。
  暖かい感じ。
  それが、愛されていると言う事。
  碇君....。

それを優しく見守るタブリス、渚カヲル。

  そう、そうして、悩むがいいさ。
  キミに残された時間は少ないけれど、キミは確かにヒトになったんだよ。
  おめでとう、綾波レイ。
  哀しむべき宿命の中の、ささやかな祝福というべきか。
  僕はキミが羨ましいよ。

そして視線を少しずらす。

  残された問題は、彼、か。
  しかし、何を考えている、アダム?
  もうアナタにも出来ることは無いだろうに。
  まだ何か企んでいるね。何を?何のために?

加持がその視線を捉えた。

「どうした、渚カヲル君?
 オレの顔に何かついているかい?」
「いえ、別に...」

何食わぬ顔をして逆に聞いてくる加持に、あわてて誤魔化すカヲル。

「そう言えば、カヲル君。
 キミはどうするの?
 ついてきてくれるのかい?」

皆の注目が集まったところで、シンジが訊いてくる。
これまで改めて訊かなかったのは、当然ついてきてくれるだろうと思っているからなのだが、
こうしてココにいるのだから、一応は本人に訊くのが礼儀だろう。
そう考えたからだ。

「そうだね。そうしたいのは山々なんだけどね....」

だが、カヲルの返事はシンジの予想を裏切るものとなった。

「一緒についていって、君達二人の蜜月状態をじっくり観察したい所だし...」
「な、何言ってるのよ、アンタは!」

アスカが割込みをかけるが、カヲルは気にもしない。

「二人の仲を色々と邪魔をして楽しんでもいいかなとは思ったんだけど...」
「そ、そんな事、させるわけはないでしょ!
 アンタも、他の使徒と一緒に、とっととお払い箱にするに決まってるじゃない!」

再び割込みをかけるアスカに、今度はカヲルも応じた。

「それはできない相談だね。
 キミには悪いけど、僕はあまりにも人類に似過ぎているからね。
 並行進化と言った仮説を持ち出しても、とうてい説明しきれるものではないよ。
 それに、君達を知ってしまった今となっては、僕もその気には慣れない。
 というわけだよ」
「何ですって!
 たとえ何と言おうと、アンタなんかにアタシ達の邪魔はさせないわよ!」
「いや、だからね。最初に言っただろう?
 そうしたいのは山々なんだけどね、って」
「山だろうが海だろうが川だろうが関係ない!」
「あ、アスカぁ〜」

アスカは戦闘モードに入って我を失ってるらしい。

「つ、つまり、そうはできない、と言う事さ。
 僕には他に用事ができてしまったからね」
「他の用事だろうが爪楊枝だろうが問答無用!
 シンジとアタシの間に立ちふさがるものは何だろうと、犬に蹴られて棒に当たる運命なのよ。
 さあ覚悟なさい...って、アレ、今、なんて言った?」
「他に用事があるから、ついていく事はできないって、そう言ったのさ」
「なんだ。それならそうと早く言いなさいよ」
「最初っから言ってると思うんだけどな...」

ドッと噴き出る汗を拭きながら、カヲルは答える。

「わかりにくい話し方をするアンタが悪いのよ」
「いや、それはアスカ...」
「何よ、バカシンジ!」
「いえ、何でもないです」

この場で最強であるはずのシンジをガン一つで黙らせて、
なおもタカビーな態度を保って訊くアスカ。

「それで、他の用事ってのは何なの?」

気を取り直してカヲルは答えた。

「一つはごく個人的な用事さ。
 シンジ君と同じくらい、僕が気にかけているヒトの幸せに関する問題でね。
 どうしても地上に戻らなきゃいけないと思うんだ」

そして、加持の方を見て、

「彼の言葉を借りるなら、
 『これは僕にならできる、僕にしかできない事』だと思うんだ」
「そうなんだ」

シンジが相づちを打つ。

「もう一つはね。
 僕自身の問題だよ。
 今まではただ漫然と時を過ごしてきたけれど、
 君に会えて、ようやく見つけることができたように思うんだ」
「見つけるって、何を?」
「キボウ、かな。
 リリンが見つけたモノを僕も今なら少しは理解できる気がするのさ。
 だから、悪いね、シンジ君。
 一緒には行けないんだ」
「ううん。そんな事はないよ、カヲル君。
 これでお別れだと思うと少し寂しいけど...」
「お別れとは限らないよ、シンジ君。
 生きていれば、また出会える事だってあるさ。
 使徒には寿命といったモノは無い。
 永遠の生命を持っているんだからね。
 これも、一つのキボウだよ」
「うん。そうだね」
「シンジ君....」
「カヲル君....」

二人の視線が交錯し、しばらくの間そのまま見つめ合った。










「じゃあ、そろそろ始めますか」

ようやくにしてシンジがそう言った。

「途中まで、御一緒してもいいかな?」
「ええ、いいですよ」

加持の要望をシンジは気軽に許可した。
それを見たカヲルが何か言おうとしたが、その前に

「じゃ、アスカ、綾波、行くよ」
「ええ」
「いいわ」

シンジを中心に手を繋いだ3人は消えてしまった。
気がつくと、加持とミサトの姿も見えない。

「行ってしまいおった」
「ああ、そうだね」
「お前は行かないんか?」
「ああ。忘れたのかい?僕は行かないんだ」
「そやったな」
「そして、僕には、もう一つ、仕事が増えた」
「なんや?」
「キミを無事、地球に送り届ける事さ」
「ほうか。スマンのう」
「気にすることはないよ。
 キミに果たすべき使命があるように、
 これが僕の果たすべき役割だったんだ。
 一見偶然に見えても、全ては収まるところに納まるようになってるんだ」
「ワイの果たすべき使命って...、なんや?」

トウジは訊いた。加持もそんな事を言っていた。
だが、彼には思い当たることはまったくなかったのだ。

「還る事。キミには地球で待っているヒトがいるのだろう?
 そして伝える事。ここで起きた事。これから起きようとしている事を。
 そのために加持さんはキミに真実を話したのさ。
 最後に、育てること。今日、キミは父になった。
 チルドレン。次の世代の人類のために....」
「そうか。そうやったのか...」
「だが安心していい。まだ始まらないからね」
「なんやて?」
「まだキミがココに残っている間にはね。
 彼らを置いて、始めるわけにはいかないだろ?」
「ああ。そら、そやな」
「お父さんとのお別れは済んだのかい?」
「なんや、ひょっとしてそれを待ってくれとったのかい。
 気ぃ遣いすぎやでセンセ」
「それが、シンジ君の良いところさ」
「まあ、そうやな」

  ありがとさん、シンジ。

もう逢えないであろうシンジに、頭の中でひとこと礼を言い、
それから思考を切替えて、ココロの中を探る。

「お父ん。これで、お別れやな」
(ああ。そうだな。
 ナツミの事は、頼んだぞ、トウジ。
 私は親として何もしてやる事ができなかったが...)
「みなまで言わんと、わかっとるわ」
(そうか。ならいいが、ヒカリさんともしっかりヤレよ。
 あれはいい娘さんだ。どことなく母さんにも似て...)
「他のみんなも今までワシを支えてくれてありがとうな」
(ああ。これでようやく、全てが終わる)
(私達はもう疲れたのだよ)
(長かった....)
(ココに連れてきてくれてありがとう、トウジ君。
 始まりの場所。そして終わりの場所、黒き月...)
(さあ、帰ろう。魂のふるさとへ...)

「いいのかい?」

カヲルが訊く。

「ああ」

少し寂しげにトウジが返事をした直後、
衝撃が奔流となって彼の脳味噌を直撃した。

そして、彼の意識はそこで途絶えた。









      *      *      *









ポタッ、ポタッ

顔にかかった液体の感触に、彼は再び目を覚ました。

彼が気を失っている間にエントリープラグはどこかの島に辿り着いたらしい。
打ち寄せる波の音がする。

既に救助隊が駆けつけ応急手当をした後で、随所に絆創膏が張られていた。
そしてプラグから出されて、今は担架の上に横たえられていた。
怪我はたいしたことはなく、せいぜい打ち身や軽度の火傷(日焼け)程度だが、
それ以上に疲労による身心の衰弱が激しく、点滴がすぐそばにぶらさがっている。
もちろん、こういった事は後から彼が知ったことだが。

うっすらと目をあけると、彼の目を覚ましたものの正体がわかった。

  なんや、ヒカリやないか。

彼の顔を心配そうに覗きこんでいる女性をうつろな目で見つめても、
彼女はまだそれに気付かずに、泣きつづけていた。

彼は彼女の頬にそっと手を伸ばし、
流れる涙を拭ってやった。
ハッとしたように彼女は目を開き、潤んだ瞳で彼を見た。

ポツリと彼はつぶやいた。
心の底から、想いをこめて。








「腹減った」



















終劇








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次話予告



「あれ、終ったんじゃなかったの?」
「あんたバカ〜?
 こんなんで終わられた日には、寝覚め悪くってたまったもんじゃないわ!

「大丈夫だよ、アスカ。
 僕が優しくキスで起こしてあげるから。」

「(ポッ)
 あ、あ、あ、アンタ何言ってんのかわかってるの?」

「勿論。だって僕達、夫婦じゃないか」
「そう言うこと言ってんじゃないわよ、バカシンジ。
 大体、何よ、最後の『腹減った』ってのは。
 ラストがジャージバカってのも何考えてるのよコイツって感じだけど、
 『腹減った』てのはもうチョー最悪って奴よね。
 あやうく史上最低の最終回になる所だったわ」

「『気持ち悪い』って終わり方と、どっちが最低かな」
「フッ、フンっだ。あ、あれは台本が悪いのよ」
「あ〜あ、スネないでよ、アスカ」
「何よ、早射ちシンジのクセに」
「あ、あれは...」
「何よ」ギロッ
「あ、アスカがあまりにも魅力的だから...」(^^;
「な、なら仕方がないわね」(^.^)




次回、エピローグ

 

  「Be free !」




「とにかく、アタシとシンジはどうなったのよ。それをハッキリさせなさい!」





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