閃光が走る。
その一瞬の後に鈍い音が発生し、血飛沫が舞い上がる。
断末魔を上げる暇さえ与えず、ただひたすらに自分以外のモノの生命を奪う者が居る。
その者が腕を横に払うと再び血が飛び交う。
そしてその血を浴びながらもその者は闘う事をやめない。

その者の目は鋭く優しさの欠片も無い。
口は異常に裂け、その中から牙が見え隠れする。
耳は発達し、人の可聴周波数を遥かに上回る。
腕は外見上は人のモノと何ら変わりはないのだが、尋常ならざる力を秘めている。
その腕によって殺されたモノは10や20ではきかない。
足は獣皮のようなモノで覆われ、その脚力は神足に及ぶ。
その足を踏み込めば、大地は砕け散る。
そして背中にはコオモリの羽根が生え、闇を跳梁する。
人を越えた戦闘能力、異常なまでの闘争本能、そして悪魔と呼ぶに相応しい姿。


オオオオォォオォォオオオオォ!!


その者が咆哮を上げる。
闘う事への歓喜なのか、自分の存在を示す為なのか、或いは誰かを呼んでいるのか...
辺りにはその悪魔に殺されたモノが所狭しと転がる。
だがそれらもまた悪魔だった。
人では無い、人に在らざりし姿を形作る。
その姿はまさしく闘う為に進化を重ねてきた。

闘い−−− それが悪魔の存在理由。
闘う為に、闘いがある為に彼等はそこに集う。
その先は無い。 彼等にとって今が全てであるのだ。
そしてその業から解き放たれた時は安らかなる死−−−
生きている限り彼等は闘い続ける。 相手がどんなに強大であっても...

バッ!

悪魔が漆黒の羽根を広げる。
その時悪魔の辺りの空気が不自然な動きをする。
僅かだが羽根が鈍く光る。


グォオオオオォォオォォオオオオォ!!


再び悪魔は雄叫びを上げ、闇に向かって跳躍した。
踏み抜いた大地は大きな音を立てて崩れる。
そしてその悪魔は新たな闘いを求めて闇の中へと消える。

その方向にはエアーズロックがあった。











DEVIL MAN
もう一つの最終戦争


力を求めるモノ











バババババババババババ...

爆音を鳴らしながらヘリは雲一つ無い大空を駆け抜け、エアーズロックを目指す。
そのヘリの中には3人の人間が居た。
不動アキラ、飛鳥リョウ、ソニア=フィールドである。
彼等3人がヘリに乗ってからかなりの時が経つ。
アキラとリョウは既に飽きてしまったのか、ぼんやりと外を眺めているだけだった。
それでもヘリはエアーズロックへと突き進む。
そこで待っている筈の父親との再会を果たす為に...










「二人には心配を掛けてしまった様ね。」
「ゴメンナサイネ。」
「いや、いいんだよ母さん達。」
「そうそう、無事で何よりだよ。」

時間は少しさかのぼって場所は財団施設内のラウンジ、そこでアキラとリョウは母親達と再会した。
母親達の話をまとめると、行方不明となったのは調査現場に行っていた父親達だけで、目の前に居る母親達はその時は此処に居たらしい。
そして二人は夫を捜す為に捜索隊と一緒に調査現場へと向かった。
その為、日本に連絡を入れた頃は二人とも居なくなり、何処でどう話がねじれたのか両親とも行方不明となってしまった。

何はともあれ、アキラとリョウは無事を祝い、そして久しぶりの再会となった。
アキラとリョウの父親達が研究の為に日本を離れて既に2年の年月が経っていた。
何も変わらぬ母親達を見て喜ぶアキラとリョウ、しかしその席に父親達が居ないのを不思議に思った。

「ところで母さん、父さん達はどうしたの?」
「そうだよ、折角息子であるオレ達が来たのに父さん達が居ないなんて...」

二人の質問に母親達は少し困った顔をする。そして助けを求めるかの様にソニアの顔を見る。
するとソニアが母親達の変わりに説明を始めた。

「その事は私から説明します。それから、これから話す事は全て口外しないと誓って下さい。
 それだけ重要な話ですので。」
「わ、分かりました...」「オレも誓います。」

真剣な顔をしてアキラとリョウは返事をする。
それを見たソニアは微笑んで話し始めた。

「ありがとうございます。
 先ず、アナタ達のお父様達はエアーズロックに居ます。
 そこで事故に巻き込まれた時、偶然に遺跡を発見したのよ。」
「「遺跡?」」
「そう、遺跡はエアーズロックの地下にあるのよ。
 事故にあった時、教授達はその遺跡へと通じる路を見つけたのよ。」










☆★☆★☆











「二人とも、エアーズロックが見えたわ。」

つい先程の事を思い出していた矢先に、突然ソニアに声を掛けられた。
彼女の言う通り目の前にエアーズロックが小さく見える。
時刻は夕方だったのでその姿は赤く染まっていた。
遠くに見えるその目的地を見てアキラは身震いをした。

(まるで血の色だな...)

ヘリはその血の色に染まる目的地を目指して進む。
恐らくはあと数分の内に着くであろう。
それを察してソニアはアキラとリョウの方を向いて話し始める。
だが気の所為か彼女はリョウにだけその視線を向けていたかもしれない。

「さて、目的地に着く頃ね...そろそろ準備が必要ですね。」
「あ、その前に聞きたい事があるんだけど。」

リョウが質問をする為に話の腰を折る。
だがソニアは温かい目でリョウを見てその問いに答える。

「ええ、構いません。
 で、質問は何?」
「何故、エアーズロックなんですか?
 あそこには何も無くてとてもじゃないけど遺跡があるとは思えないんだけど...」

リョウは自分が感じた疑問を投げかけた。
その事は地形的な条件やオーストラリアの近代化に至るまでの文化形態からするとおのずとその疑問が湧き上がる。
そのもっともな問いにソニアは笑顔を絶やさずに答える。

「そう思うのも無理はありませんね。
 そもそもオーストラリアの先住民族は第4氷河期の時に移り住んだと言われています。
 しかもその先住民族は狩猟民族で定住の習慣はありません。」
「じゃあ何故遺跡なんて大それたモノが? 話がまるでかみ合っていないじゃないですか...」

自分だけ黙ってるのもなんだから、と考えていたアキラも話に加わる。
その言葉に待ってましたとばかりにソニアは満面な笑みをたたえる。

「遺跡は第4氷河期以前の地層から発見されたのです。」
「「え?」」

アキラとリョウは同時に疑問の言葉が出た。










☆★☆★☆











「ハァ...ハァハァ...」

林は片手で胸を押さえ、走っていた事により乱れた呼吸を整える。
そしてもう片方の手の中には拳銃があった。

彼のその目は何かに脅えているようで、あたりに注意を払っている。
周りに危険が無い事を確認すると再び走り出す。
場所は財団の施設内で、彼はその中心を目指していた。
彼は何故か中心に行かなければならない、そんな思いに囚われていた。
細心の注意を払い僅かな情報も見逃すまいと目と耳とカンを最大限に働かせる。

コトリ...
「!」

僅かな音だったが林はその音に過敏に反応して音のした方に銃を向ける。
銃の先には女性が立っていた。 しかも林にはその女性と面識がある。
その女性の口が歪む。
笑った−−− いや、嘲笑したのだ。

ゾクッ!

その笑みを見ると林の背中に殺気と気配を感じた。
彼の背後にはいつの間にか人が立っていた。 その人も女性であり面識もある。
二人の女性に挟まれた事により何故か林の恐怖心が煽られた。
歯がガチガチと鳴り、銃を持つ手が震え、頬には冷や汗が流れる。

「貴方には感謝しているわ。
 だって息子を−−− あの御方を連れてきたのだから...」

目の前の女性が林に対して感謝の言葉を告げた。
その言葉が合図となって銃の引き金が引かれた。

ターーーーーン!

弾丸は目の前の女性の眉間にあたった。
その時に作られた穴から赤い血が流れる。

「ヒぃッ!」

ターン! ターン! ターーン! ...ガチッガチッガチッ

恐怖心から目を硬く閉じ、更に銃の引き金が引かれ弾丸が発射された。
弾切れになったにも拘わらず引き金を引く。
林がその事に気付き引き金に掛けられた指が止まった。
そして目を開こうとした時、鈍い感触といやな音が走る。

ドン!

最初に見えたモノは真っ赤な色をしていた。
それどころか次第に開けてきた視界全てのモノが赤く染まっている。
そして女性の赤く染まった顔が見えた。
しかし彼女の顔が赤く染まって見えたのではなく、眉間から流れた血によって赤に彩られていたのだ。

ビュルン!

奇妙な音が林の耳に着く。
その音と同時に自分の体が引っ張られたような感覚に陥った。
だがそれ以外の感覚が働かなくなってきた。
目の前はぼやけ始め、体から力が急速に失われ、そして前のめりになって倒れ込んだ。
林の倒れ込んだ床の辺りに彼自身が流した血溜りができる。
その光景を前にして二人の女性が微笑む。

「さようなら...そして本当にありがとう。」

最後にもう一度感謝の言葉を投げかけたが林の耳にはその言葉は最早届かなかった。










☆★☆★☆











キィン!

透き通るような金属音が発生した。
時間は昨日、場所は日本−−−−−
しかしその音は人の可聴周波数を越えているので気付く人間はいない。
僅かな動物達だけがその音に気付いた。

そして音の発生した遥か上空に二つの人影が現れた。
そのどちらも白い翼と光り輝く輪を持つ。
一人は男、もう一人は女、性別で分けるとしたらそうなる。
男が女に話す。


「さて、私達は同志を目覚めさせなくてはなりません。
 この星に散らばった同志をです。
 彼等を集めたその時こそ、アノ時の計画を創めなければなりません。
 全ては神の御心のままに...」
「ハイ...」


その一言に男は微笑む。
女の目には何が映っているのか? 数分前までミキと呼ばれた少女は何を願うのか?
そして二人は飛び立つ。 自分に課せられた使命を果たす為に。










☆★☆★☆











「ねえ、キミ達に質問したい事があるんですけど...構いませんか?」

二人の質問に答えていたソニアが逆に質問してきた。

「ええ、構いませんが。
 それよりもソニアさん、敬語なんて使わなくて結構ですよ。
 オレ達の方が年下なんだし、その方が息が詰まらなくていいんです。」
「アリガト、私もその方が話し易くて良いわ。」

ソニアは幾分くだけた口調で答える。
その時に見せた表情は先程までの笑顔とは違い、弟を可愛がる姉の様な感じがした。

「質問って言ってもそんなに大それたモノじゃなくて個人的なモノなの。
 キミ達は神とか悪魔と言った存在を信じる?」
「「神と悪魔...ですか?」」

意外な質問に二人は顔を見合わせて考える。
神と悪魔、どちらも馴染みの無いモノなので漠然とでしか考えられないのだろう。
名前だけしか知らない存在、見た事は無いがそれがどの様なモノかは知っている。
人を護ってくれるモノ、そしてそれに対立するモノ。それが神と悪魔の関係。

「私は信じてるわ。
 なんたって今回の発見は、まさしく神様の悪戯って気がするからね。」
「アハハハ、そうですね。
 こんな偶然、神様が仕組んだとしか思えませんもんね。」
「この幸運を与えてくれた神様に感謝しなくちゃいけませんね。」

アキラとリョウは笑って答える。
だがアキラは考える。
神だけを信じていいのだろうか? だとしたら悪魔はどうなのか?
吉報の時は神を、凶報の時は悪魔を。

今回の発生した事故は怪我人は出たものの、重傷者、死人は出ていないと聞いている。
だが一歩間違えれば重大な惨事になっていたのでは...
これが本当に神の悪戯と言えるのだろうか?
いや、神だからこそこの様なギリギリのバランスを成し得たと言えない事も無い。
だがそれは悪魔にも出来る事ではないのか?
最初は凶報で、今は吉報、しかしこの先は分からない。
このまま吉報で終わればいいのだが、凶報に変わる事も考えられる。
アキラはその事をずっと考えていた。





ヘリはいつの間にか目的地に、父親達が居るエアーズロックの上空に着いた。
その事を確認するとソニアが再びアキラとリョウに話し掛ける。

「貴方達は神の存在は信じると言ったけど、じゃあ悪魔は居ると思わないの?」
「「あ、悪魔ですか?」」

その言葉にリョウはただ反応しただけであったがアキラのカンが騒ぎ立てられた。
心臓の鼓動は激しくなり警戒本能が働いて身を縮こませる。
ただ目の前にいるソニアが怖かったのだ。

「私は信じているわ、だってそこに居るじゃない。」

ドン!

アキラの胸が貫かれた。
だが痛みは無く、流れ落ちる自分の血を見ても他人事の様に感じ、自分に起きた事が嘘の様に思えた。
その証拠に目の前に居るソニアは自分に対して微笑んでいる。
違う所といえば、目だけだった。
人外の目、人でないモノの目、人を超えたモノの目、残虐な目をしていた。
そしてリョウの叫び声で、自分に起こった事が現実である事を理解した。

「うああああああああああああああああああああああああああああああ」

リョウの目はアキラの胸の位置で止まっていた。
アキラの喉の奥から熱い物が込み上げて吐き出す。
吐き出した物は赤く、鉄に似た嫌な味が口いっぱいに広がり声が出せない。
自分の胸に背後から何かが突き刺さっている事が分かった。

「矢張り不動の息子か...勘の鋭さは侮れんな。」

ビュルン!

その言葉が終わると同時に、アキラの胸に刺さった何かが引っ込む。
大量の出血とショックの為に前のめりに倒れ込み、そして流れ出る血の為に床を赤く染める。
ソニアはその光景を見て笑い、リョウは素早くアキラの元へ駆け出した。
しかし素人が見ても助からない事がすぐに分かった。
アキラの虚ろな目は焦点が合わない。
血が溢れ出た口からは力無い呼吸がヒューヒューと聞こえてくる。
リョウは涙を流して自分の親友のアキラを気遣うが、ソニアは気にも止めない。
それどころか不思議そうに聞く。

「何故、貴方が涙を流すのですか?」
「何故だって? アキラが死ぬんだぞ!
 ...なんでこんな事をする!!」
<矢張り...人として過ごした時間が長かった様ですね。>

誰も口を動かさなかった。 なのに誰かがしゃべっていたのだ。
そしてリョウは異様な気配を感じた。
それと同時にリョウは、自分の感覚が飛躍的に鋭くなるのを感じる。

ドクン!

普段感じる事の無い異様な気配を感じて、全身に鳥肌が立つ。
聞こえる筈の無い声が聞こえてくる。
見る事の出来ないモノが見えてくる。
脳裏には自分の記憶に無い情報が溢れ出した。
それら全ては、人のモノでは無かった。
目の前に居る財団の人間、外見は人なのだがリョウには人では無い何かを感じた。
そして溢れ返る自分の記憶の情報から、ある一つの名前を拾う。

「...シ...レェ...ヌか...」

ソニアがその言葉を聞くと再び笑う。

「お待ちしておりました。
 我らが一族の神にして偉大なる指導者よ。」

パキィン!

シレーヌと呼ばれたソニアの言葉に反応してヘリが九つの破片に砕け散った。
しかし破片は大地に落ちる事無く宙に浮いたままであった。
そしてリョウとソニアも浮かんでいる。

パキ......パキパキ...

周りに浮かぶヘリの残骸が変形を始めた。
無機的なモノから有機的な物体へと変貌する。
人型のモノもあれば鳥のような翼を持つモノも居る。
9コの物体が9種類の形態に変わる。 どの姿を見てもそれぞれが似ても似つかぬモノ達だった。
似ている所と言えば意志を持っている事−−− それだけであった。

「お待ちしておりました、悪魔神−−−」

キィィィイイン!!

その時発生した音により言葉が遮られる。
音が消えるとその場に居た全員が異変に気付いた。

「...どういう事だ?」
「少年が消えたぞ。」

リョウとその傍らに居るソニアを中心に囲んでいるして9体の悪魔がその事に気付く。
アキラはリョウの元から忽然と姿が消えたのだ。
なんの力も無い人間に、まして死に掛けたモノにそんな事が出来る訳が無い。
ならば誰が何の為に−−−−−
その事を考えている時、リョウが静かに話す。

「心配無い...アキラの肉体は『彼』が持っていった様だ。」
「彼、ですと?」
「今の彼には肉体という器が無いからな。」
「ああ...なるほど、彼ですか...」
「その通り、勇者の仕業だ...それよりも皆が集まってくる。」
「心得ております...今度こそ傲慢な神を...」

リョウは笑っていた。
ソニアと周りに浮かぶ悪魔達も笑う。
そして彼らの視線は、遠く彼方−−− 財団の施設を見据える。
その先にいる勇者を感じて笑っていた。










☆★☆★☆











ピシィ!

一瞬だが大気が震えた。
異様な気配が大気を駆け抜けたのだ。

その事に気付く人間は居ない。
動物達ですら感じられない。
だがその刹那の気配を感じたモノ達がいる。

オーストラリアから更に南の地−−−−− 永久凍土に覆われた南極大陸でその異様な気配を感じたのだ。
そのモノ達は氷の奥深くに閉じ込められている。
全ての感覚が凍り付いているにも関わらず感じたのだ。

そして彼らは目覚め始める。
幾千、幾万の年月を経て覚醒する。

あるモノは人を超えた力を持って氷の壁を破壊する。
またあるモノは人を超えた能力を持って氷の壁を溶かす。
瞬間移動、自らの形を変化させるモノもいる。
それら全ては人ではなく、数多の神話や伝説、逸話に出てくる悪魔そのモノだった。

彼らは、先程感じた懐かしき気配にして、偉大なる気配を辿る。
悪魔達はその気配を感じて歓喜の叫びを上げる。
それは闘う事への、戦への、自分達の存在理由への悦びだった。
そして彼らは向かう。
その気配の元、自分達の神の元、悪魔神の元へと...





その気配は財団の施設の中に居たモノ達も感じた。
その中に居た人間達全員が突然変形を始める。
自分の在るべき姿に戻っていったのだ。

そして遂に施設内に人間は居なくなった。
そこに居たモノは全部が悪魔へと変形を完了したからである。


オオオオォォオォォオオオオォ!!


その時、中心施設から咆哮が上がった。
咆哮により空気が震え、地鳴りが発生する。
その中心施設は凄惨な光景が広がっていた。
壁や天井は赤や緑に彩られ、床一面には引き千切られた肉片や原型を留めていない悪魔の死体が転がる。
床に転がる死体やそれから流れ出る体液や血液により異臭が放つ。

中心施設内で立っているモノは一人の悪魔だけだった。
手や足から血が滴り落ち、肌は緑と黒にに彩られ、背中には蝙蝠を連想させる羽根が生え、目は狂気に染まっている。

バサァ!

コウモリの羽根が大きく広げられた。
悪魔が見上げると天井は突き抜けられ月が見えた。
月の光を浴びて力を蓄えているのか、しばらくは動かなかった。
だが悪魔の目が一瞬正気に戻る。


グォオオオオォォオォォオオオオォ!!










☆★☆★☆











(ここは...)

アキラが気付いた。
しかし声を出そうにもそれだけの力が無い事を思い出す。
つい先程、自分が殺された事をおぼろげながら理解していた。
ならばここは何処だという疑問が沸きあがる。
ひょっとしたらここがあの世−−− そう思うがそれにしては見慣れたところが良く目に付いた。
更に違和感を感じ、一点を見ている筈なのに視界が上下左右にぶれる。
何故−−− と思ったが周りの景色が目まぐるしく変わる事から自分が歩いている事に気付いた。

(どう言う事なんだ、これは?
 それにオレは何処に向かって...な、なんだこれは...)

アキラは更に違和感を覚える。
自分の体の筈なのだが自分の意志で歩いていなかったのだ。
その戸惑いの中、直接頭に語り掛ける声があった。

<どうやら目覚めたようだな、人間よ>
(だ、誰だオマエは!)

突然の事にアキラは混乱する。
自分の体なのに自分の意志では動かせず、頭に直接語り掛けてくる声は情の欠片も無いように思えた。
何が自分の身に起こっているのか? ここは何処なのか? 語り掛けてきたのは誰なのか?
そして自分は死んでしまった筈では...
理解を遥かに超えた事が振りかかり、アキラの思考は出口の無い迷路にはまってしまう。

<落ち着け、人間よ。
 まあ無理も無いか...とにかくオレの邪魔だけはしないでくれよ>

アキラが今の状況を理解しきれない事に気付いたのか、再び頭に直接響く声がした。
それと同時に自分が再び移動を開始した事に気付く。
理解する事が多すぎるのでアキラは話し掛けてくるのが誰かを先ず確認することにした。

(オレは不動アキラと言う...一体誰なんだ、アンタは?)
<オレか? オレの名はアモン>
(アモン...日本人じゃないよな)
<アキラよ、その表現は適切ではないな>
(適切って...どう言うこ...)

アモンの言葉に何か言おうとしたが、その時視界に入ってきたモノがあった。
その事に反応したのか移動が止まり、視界に入ってきたモノと対峙する。
室内の照明は落ちて何も見えない筈なのだが、アキラにはそれがなんなのかを知っていた。

(か、母さんじゃないか...ん? なんだこの感じは...母さんじゃないのか?)
<ホウ、人間もやるではないか。
 オマエの思う通りだ、アレはオマエの母ではない>
(どういう事だアモン、あの人は誰なんだ?)
<また間違えたな...アレは人ではないぞ、アキラ>

アモンの言葉が終わると突然目の前に居るアキラの母と思える人が急に震え出した。
苦しそうに震え、訳の分からぬ呻き声を出し、服が破れていく。
それは異常な事なのだが、何故かアキラは落ち着いてそれを見る。

(何処かで見たような...そうだオレは確かヘリに乗って父さんに会いに行く途中...)

だんだんとアキラの記憶が整理されていく。
脳裏には断片的だがその時の光景が甦って大量の情報が溢れ出す。
フラッシュバックのように一瞬現れては消え、消えては現れる。
そして目の前の人の体は徐々に大きさを増していく。

「勇者様ではありませんか−−−」

苦しみ悶えていた筈なのに目の前に居る人からははっきりとした口調で話し掛けてきた。
それと同時にアキラの脳裏には自分の体が何かで貫かれた姿が現れ驚愕する。
その時周りの景色がぼやけ、目の前に居る人との間合いが一気に縮まり一条の閃光が走った。
そしてその一瞬遅れて目の前に血飛沫が上がり視界を赤に染める。
自分が背中から何かで貫かれ殺された光景、目の前の人が人以外のモノに変形する様子、そして自分の体にかかる血飛沫と何故か分かるその匂い。

日常では−−− 今までの生活では経験した事が無い、人の理解を超えた事が起こるのを目の当たりにし、アキラの理性のタガが外れ絶叫する。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

アキラの心が砕けた時、アモンの意志が一気にアキラの中に侵食してくる。
アモンとしての記憶がアキラの脳に書き込まれ、五感が急速に取り戻されていく。
すると自分の手が何かを握り潰そうとしているのが分かった。
次第にアキラとしての意識がはっきりとして行くと、その手の中で何かがメキメキと音を立ててきしみ、「グシャ!」 と嫌な音を出して潰れた。
しかしそんな事には興味が無いのか、アキラはただ荒々しく肩で息をして呟く。

(同化が終わったのか...
 ...同化だって? オレは何を言っているんだ?)

アキラは自分が口にした言葉に戸惑いを覚えた。
そして自分の意識と感覚がはっきりしている事に気付く。
視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚−−− 五感全てが自分の制御下に置かれているのがその時になってやっと理解した。
だが目の前に広がる血溜りと、ぐしゃぐしゃに潰れた肉片がなんなのかが分からないでいる。
アキラはただ呆然として赤い血溜りを見つめるが、その時ちょうど血が鏡の役割を果たし自分の姿が映し出された。
しかしそこに映る姿はアキラの−−− 人の形を取っていない。
そこに映っていたモノは人外のモノ−−− 人を超えた存在−−− 話でしか聞いた事の無いモノ−−−
悪魔と呼ばれるモノだった。

アキラはそれが自分だと信じられず、体を震わせてピタピタと手で自分の顔を触る。
そして血の鏡では悪魔の手が顔を恐る恐る触る仕草をする。
それでも認めたくないのか今度は自分の体を確かめる為、視線を更に下ろす。
徐々にだがスクロールするアキラの視界に足と思われるモノが見えてきた。
それは獣のような黒い獣皮で覆われ、人間では考えられないほど筋肉が盛り上がっている。
次に視界に入ってきたのは手と思えるモノだった。
だがそれも人間のモノとは到底思えない色−−− 緑色の肌をしている。
そして爪は鋭く伸び、手の平は血に濡れていた。

「あ...ああ...あ...」

アキラは恐怖に駆られた。
その時、急に照明が着き室内は明るくなる。
その一方外は夜なので暗く、窓がちょうど鏡の役割を果たし、アキラの全身を映し再び絶叫する。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

そこに映し出されたモノは血の鏡で見た姿と同一のモノ−−− 悪魔の姿だった。
アキラの叫びは何時果てるとも分からないまま続き、その恐怖を感じたのか悪魔達がアキラの元へと集まってくる。
悪魔が好むモノは闘いと−−− 血と−−− そして人の恐怖の感情−−−
そこにはその全てが用意されていた。
瞬間移動でいきなりアキラの目の前に現れる悪魔もいれば壁を突き破って現れるモノもいる。
悪魔の数は時間と共に増えアキラを取り囲み、幾重にも包囲され逃げ出す事は最早叶わない。
そしてアキラの絶叫が止まらないまま悪魔達はアキラに襲い掛かった。
血を求める為−−− なによりもその恐怖に反応して闘いは始まる。










−−−その数分後、悪魔達は全て殺され、最後に立っていたのはアキラと言う名の悪魔だけだった。










☆★☆★☆











悪魔は再び咆哮を上げる。
その叫びには僅かだが哀しみが篭められていた。
広げられた漆黒の羽根が僅かだが光を放つ。
その時悪魔の辺りの空気が不自然な動きをする。


グォオオオオォォオォォオオオオォ!!


再び悪魔は雄叫びを上げ、闇に向かって跳躍した。
踏み抜いた大地は大きな音を立てて崩れる。
そしてその悪魔は新たな闘いを求めて闇の中へと消える。

その方向にはエアーズロックがあった。



力を求めるモノ  完



sugiさんの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る

inserted by FC2 system