「ねぇねぇ!加持さん、車停めてよ。」

「あぃよ。」

助手席で落ち着きの無かった少女が口にした要望に応え、ゆっくりと速度を落とし路肩に停めた。

その途端派手な音を上げ扉が閉まる。


「ヤレヤレ、元気なお嬢さんだ。」



停める間もなく飛び出していったその少女の背中に苦笑して加持は胸ポケットから煙草を出して火を点した。

煙草の先端からゆらゆらと煙が燻る。

外は車道を除いて辺り一面雪景色の舞台、その中央で一人の可憐な妖精が舞い踊っている。

その情景をしばらく眺めた加持は煙を深く吸い込み深々とシートに凭れると、煙のうっすらと漂い白く霞む天井を見上げ呟いた。

 

「無邪気なもんだ、、、まだ14歳だもんなぁ。」

自分の前ですら大人ぶってみせるアスカ…産まれたときから父親のいないあの娘はここ数年、

母親と切り離されて只一人、真っ直ぐ前を向いて走り続けてきた。

母”惣流・キョウコ・ツェッペリン”に会いたい、その為だけに大学を幼き歳で修了し、

側に少しでも近づきたい一心で、VRのパイロットとしての存在を見いだしネルフに入った。

その純粋であるが故の気持ちを利用しネルフは彼女をエースパイロットとして育て上げていった…彼女の想いが昇華し

育った天才とも呼べる才能を『さすがネルフの誇る三賢者の一人、惣流・キョウコ・ツェッペリンの娘だ』と、唯一言で片づけて。

そして今、その守るべき、寄りかかるべき優しき女性は今もうこの世にはいない。

 

残ったのは、母が残した真紅のVR、VRパイロットとしての存在。



「別に良いわよ……、他にやることだって無いしね。暫く加持さんと一緒にいるのも良いかも」


そう言ってアスカは笑ったが、加持は知っていた。彼女は自分から何かが失われることを恐れて、

いつもどこか心の片隅で怯えているのだ。だからこそ、彼女はココに居る。

薄汚い欲望と悪意が支配するVR産業のステージに。



だが年端もいかぬ、心に影のある彼女を利用し続けるネルフに自分は口出しも出来ないでいるのだ……。

 

 

「おっと、、、、」

 

思考の渦にに囚われていたらしい、煙草の灰がほんの少しの振動で落ちそうになっているのにも気が付かない程だった。

そんな自分にため息をつき、用の無くなった煙草をそのまま灰皿に押しつける。

燻っていた炎はフィルターの焦げるイヤな匂いを残して煙と共にかき消えた。

 

 

 


 電脳戦記バーチャロン

〜福音の名を背負いしモノ達〜


 

 

 



暫く走ったアスカは、真っ白な新雪の上をゆっくりと確かめるように踏みしめてみた。

一歩踏み出す度に足下で雪が小さく悲鳴をあげる。

アメリカから今日ドイツ支部に異動になって初めて見た白銀のキャンパス。

セカンドインパクト以降地軸のズレで、アメリカではちらつく事は有っても積もるということは無かった。

そんな神秘的な光景に心が躍り遂に我慢できなくなって彼女は車を飛び出したのだ。

ここは冬山の中腹、太陽がお昼の手前まで昇っているとは言え、気温は「寒い」を通り越し、肌を鋭く刺す程に

冷え込んだままである、、、にもかかわらず、彼女はその寒さを感じた様子もなくしゃがみ込み雪をそっと掬い取った。

 

「ふーん、思ってたよりもサラサラしてるのね」

手の間からサラサラと零れ落ちる雪に独り言。

何故だかとても楽しくなってありったけの雪を空に向かって撒いてみる。引力によって地面へと戻ってゆく粉雪が

太陽の光を浴びてキラキラと虹の色を見せた。

 

「綺麗だなぁ」

自然が垣間見せる美しさに見惚れ、そう呟いた彼女はそのままゆっくり後ろに倒れこんでみた。

ぼすっ、くぐもった音が鳴り自分を型取った雪の窪みが出来上がる。倒れ込んだ衝撃で舞い上がった雪が

自分の顔や体に降りかかってくるのが楽しくて、無性に可笑しかった。

 

ひとしきり笑った彼女は静かに目を閉じた。周囲は雪による防音効果で静かなものだ。

彼女はやや間をおいてから目を開いた、目に映り込むのは雪のやんだ後特有のどこまでも突き抜けるような蒼い空。

その下で澄み切った空気を肺に満たしたアスカは、ゆっくりと己の吐きだした白い息がそよ風に流されてゆくのを

目で追いながら自分の置かれている状況を思い出した。

 

 

「ドイツ、か」

つい先程まで浮かれ気分であった自分が馬鹿馬鹿しくなってくる、、、遊びではないのだ。自分はここに任務を帯びてやってきたのに…。

そう思うと今まで暖かかった周りを取り囲む雪が自分の体温を急激に奪い去っていくような感覚を受けた。

 

「寒い」

身震いして慌てて立ち上がったアスカだったが再び目に入る白銀の景色に目を奪われ動きが止まる。

相変わらず周囲に音はない。

 

 

見つめた先には自分の乗ってきた黒光りする車も小さくだが見える、が何やらそこに動くものが見える。

よく注意して見ると傍らで加持が手を振っている、どうやら遊びの時間はここまでのようだった。

 

「戻らなきゃ」

アスカは軽くため息をつき一歩また一歩とノロノロ進みだした、俯き加減で歩くその姿は登校をぐずる子供と似ている。

彼女を知る者がその姿を見れば自身に満ちあふれるネルフ期待のエースパイロット、惣流・アスカ・ラングレーだとは信じなかったろう。

 

「日本に帰りたいな……」

 

ため息代わりに懐かしさとも弱気ともつかない言葉が漏れる。

その言葉に思い出の扉が開く、母と幼き頃に過ごした地。同い年の男の子の友達もいた。

だがそれも扉が閉まればそれまでの事。

一瞬灯った思い出という明かりが消えると心はまた闇に覆われる。

 

「ダメよ」

今自分を照らす光源はネルフだけ。今そのネルフを出てしまったら、また自分を見てくれる人が居なくなる…

…縋れるものがまた無くなってしまう。今更一人で日本に戻れる勇気を彼女は持ち合わせていなかった。

 

「イヤ!一人はイヤなの!」

暗くなる考えを激しく頭を振り追い払う。だが容易に闇は消え去ろうとはしない。

それどころか深く濃くアスカにまとわりついてゆくばかり。

 

 

「ママ……」

 

俯いたまま歩むアスカの頬に涙がつと流れる、その事にも気が付かないまま心の扉と向かい合ったが、

しっかりと閉じられた扉が再び開くことは無く、記憶の奥底に封じ込めた思い出が

浮かんで冷え切った心を温めてくれることは無かった。

 

――― 結局、今の私にはここが一番落ち着く。誰にも偽りを見せる必要がないから ――

 

ドイツでは着くなり実機での模擬戦闘を命じられた。

どうやらパイロットよりも先に届いていた自分の愛機の性能に上が興味を持ったらしい。

彼女は疲れてはいたがそんなことで弱みを見せたくはなかった。それに、自分への評価があまり高くないと感じられたからだ。

それに上が言うとおり確かにアメリカで実際の戦闘経験は無かった。

 

適当に見繕われたパイロットを相手にする。

小娘がと、鼻で笑った彼らを相手に十対一。威勢がいいだけでシンクロ率は低い、狙ってくれと言わんばかりの動き、

鈍い機体を相手に無駄無くペイント弾をお見舞いしてやった。

でも遠距離だけじゃ納得しないだろうから、とサービス精神旺盛に今度は接近戦で打ちのめす。

あっという間に全機撃墜、称賛を浴びる。現存のVRでは最も扱い辛いとされる伝説的機体ライデンを

思うがままに操る天才は伊達ではないな、と。

だが、それだけだ。

 

―― だから私は必要とされている? 必要とされているのは私自身? 
                         VR? でもどちらにせよそれが必要なくなる時が来たら? ――


度々浮かぶ考えを突き進める前に辞めてしまう、そこから先はただの闇。

今が大事な彼女には、闇の向こうに何があるのかなんて知りたいと思うわけもない。

 

 

 

 

そして今アタシは、とある極秘任務を負い思い出の日本へと戻ってきていた。

でも、アタシの胸の内はザワザワと荒れ狂っている。この任務で無ければこんなにイヤな思いをしないですむだろう、

固く結んだ唇から滲む苦い鉄の味が彼女の心を代弁していた。

 

 

漆黒の闇に浮かぶ満月を背にアスカは愛機を大地に固定しエネルギー充填を開始する。

 



Episode.1 求めるもの求められるもの
#3


 



「目標をセンターに入れてスイッチ…目標をセンターに入れてスイッチ…目標をセンター……」

 

映像で再現された第三新東京市の兵装ビル群を一機のVR、テムジンに似た機体が疾駆する。

夕陽を跳ね金色に煌めくそのフォルムから一定の間隔をおき放たれるビームが目標物を一分の狂い無く次々と撃ち抜く。

 

「今のところパーフェクト。流石、新型のテムジンだけありますね、先輩!」

刻一刻と変化するデータ結果に感嘆するマヤの声を後目にリツコはモニタ−を見つめる、その先にはトリガーを

弾き続ける感情の無きシンジの姿があった。

 

「そうね…でも乗っているのが彼だからこそ、この結果が得られるのよ」

 

例え仮にVR戦闘に関するプロが突破できないであろうシミュレーションをこの彼に行ったとして果たして何の意味が

あるのだろうか、その時、彼は何を求めようとするのだろう。

操る機体で旋風の如く舞うシンジの醒めた表情、算出され続けている膨大な情報の波を見つめるうちリツコは

そんな考えを浮かばせた。

 

「あっら〜どうしたのかしら、リツコぉ?熱心にシンジ君見つめちゃってぇ」

 

「別に……シンジ君、もう上がっていいわよ」

いつの間に立っていたのであろうミサトの冷やかし声に耳を貸すことなくシンジに終了を告げる。

 

『…ハイ』

表情を崩しもせずコックピットを後に更衣室へと歩む彼のその背中は、モニターしている彼女らには

あまりにちっぽけで、あまりに儚げなイメージを持たせた。

 

「連れない返事ね」

 

 

「その言葉、なんと答えればいいのかしらね?」

「さぁね。ところで例の新型はどうなの、使えそう?」

 

話題を変えましょう、そう言外に促すミサトの言葉に先ほどまで記録されていたデータを画面に呼び出す。

「何とも言い難いわね……どちらにせよこの機体自身はもう生産出来無いし」

「え?生産できないって?」

 

私そんな話聞いてないわよ?そんな態度の彼女にリツコは苦笑いで説明する。

 

「この機体、コストが掛かりすぎるのよ、一機で旧型の二十倍、ライデンのベースを造るのと殆ど変わらない…

幾ら生産用に調整してももっと安く仕上がらないと駄目なのよ」

 

「じゃぁ、あれは此処にある一機だけってこと、か」

落胆のため息が出る……それもその筈、ネルフに…否この世界中に一機しか厳存しない機体[高汎用性標準機体:テムジン] 

これこそが企業間で制約の基執り行われる『限定戦争』の主役の一翼を担うマシンだったからだ。

その為に、技術課はリツコを中心に、旧テムジンを総てのパーツを検討し装甲材質、機動性、エネルギー消費効率を格段に

上昇させ新型を開発したのである。だがあまりに資材を贅沢に使いすぎた、確かにその性能は先ほどのマヤの一言が表す通り

旧型のそれを遙かに上回る。一機あたりの生産に億単位の金額が要るVRだが、戦場に出る機体数を制限されるとは言え

一対一の対決など無いに等しいのだ、数がなければ幾ら戦術に長けていても勝ち目はない。

 

「本当なら、少なくとも全部で10機有ったのにね」

先日の暴走事件によりシンジが操ったテスト機09、それ一機を残してすべて失われた。

その事はネルフにとってもリツコにとっても辛い結末であった。

 

「終わったことは仕方ないとして、もう新しいVR開発してるんでしょ?」

「えぇ、殆ど旧型そのままになりそうだけど」

 

「無いよりはマシ、よ?」

笑って答えたミサトはふと気になったことを口にする。

 

「リツコ、残った一機はどうするつもりなの?」

「…恐らくシンジ君専用になると思うわ」

 

「え!?シンジ君の?」
         ―彼にそんな価値が?


「これを見て…」

リツコの見つめる先に、数値の幾つかと波形のデーターが表示されている。

波形は、VRの中枢・Vコンバーターとシンジの脳波、そのシンクログラフが数秒ごとに変化していった様を示している。

 

 

「最初はバラバラなんだけどね…」

双方とも全く異なった山と谷の波であったが、開始と共に徐々にシンジの脳波がVコンバーターの突飛な波形に

近づいていき、やがて100%で同調した。そしてそれはリツコの終了の声が掛かるまで全く乱れることはなかったのである。

 

「これって!」

 

「そう、彼は適格者よ、それも最高の。でも…」

 

リツコが言葉を継ぎかけたかけたその時、この施設に設置されてから二度目になる警報が鳴り響いた。

が、如何せん試験室では状況が判らない。通路に飛び出したミサトは発令所へと急いだ。

 

「前にもこんな事有ったわね」

愚痴る間にも事態は進行しているようだ。本部内が慌ただしい。

おまけに兵装ビルまで出しているらしく、独特の振動がジオフロントを包む。

 

「何があったの!」

 

発令所に飛び込み状況を確認する。

 

「第三新東京市が何者かによる超長距離からの攻撃を受けています!現在兵装ビルを出して対応!」

「目標の妨害電波により通信機器、レーダー共に使用不能!」

 

メインの巨大スクリーンに問題の攻撃を行っている敵の方向を拡大した映像が映る。

ミサトはその意味を持たない映像に顔をしかめた。

 

「もっと近いカメラはないの?」

「これが、限界です!」

 

警報の騒音に負けないミサトの怒鳴り声に日向は叫びにちかい声で答える。

映像から確認できるのは双子山の向こうからの攻撃であることだけで、敵の姿は全く確認できない。

MAGIは兵装ビルの展開中のため考えを保留している。

 

「ったく条約違反よ…上の被害状況は?」

「今のところ民家への被害はゼロ。どうやらウチの施設だけを狙っているようです」

 

「施設だけ…?」

 

双子山に遮蔽される形で、ソレが打ち上げる蒼い柱だけが夜の空に見える、その閃光が消え数秒後天空の一点が

強く輝き第三新東京市目がけ光は落ちてくる。

普通に狙うだけでも並の腕では不可能なのに天空の何かで角度調整してそれをやってのけているようだ。

 

「あのレーザー、ライデンしか有り得ないわね、恐らく衛星軌道上にレーザー反射パネルでもあるんでしょう」

遅れて発令所に入ったリツコは映像を眺め兵器の名前を挙げた。それを聞いたミサトは矢継ぎ早に指示を出す。

 

「衛星の割り出し急いで!それと、シンジ君は?」

「いつでも出撃できます!」

 

シミュレーションの直後であったことが不幸中の幸いだった。

否応なしにコックピットに詰め込まれたシンジだがこの事態に相も変わらず無表情でいた。

落ち着き払っているのか何事も諦めてしまったのか。

 

「指令、構いませんね?」

「あぁ、構わん遣りたまえ」

 

黙って現状を眺めているゲンドウに最終確認を取り、ミサトはモニターの中のシンジと視線を合わせる。

「シンジ君、第三新東京市に攻撃を加えている敵機の捕獲或いは撃墜を行いなさい。いいわね?」

 

『…ハイ』

 

「尚、妨害電波の関係上無線等の指示は一切こちらからは出せないからそのつもりで!」

シンジの頷くのを確認したミサトはシンジのVR、テムジン改を発射口へ進めさせる。

リフトが停止し上への射出用意が整う。

 

「発進!」

 

その言葉と共にシンジは地上に打ち出された。

急速に打ち上げられたお陰で機体にGがかかる、コックピットのシンジはその重圧感に顔を僅かに歪めた。

数秒後、機体は地上に出た。地上の第三新東京市は深夜とは言えあまりに静かだ…だがその静けさをうち破る雷光が

上空から相変わらず精密射撃で落ちてくる。

リフトから安全装置を解除されシンジは一歩踏み出した。その一歩が静まりかえった街に響き渡る。

 

残り稼働時間 18:54:13

 

これがシンジにとって自分をアピールできる全時間。

目標まで最短の位置にある射出口から出たとは言え双子山を越え戦闘を行うには心許ないエネルギー量。

 

「行こうか」

ゆっくりとバーニアに直結するペダルを踏み込む。機体はそれに応えるように僅かに浮上し兵装ビルに囲まれた

アスファルト四車線の滑走路を滑り出した。

 

コックピットの端末は妨害電波のお陰で殆ど死んでいる、そんな意味のない雑音を拾うぐらいなら、と

外部マイクに音を拾い集めさせた。加速中のVRとぬるくなった大気がすれ違い生じる風の唸り声が、狭い空間を満たす。

 

街を抜けアスファルトの大地が途切れる。第三新東京市の周囲は都市開発時に手を入れていない自然のままだ。

道無き道をそのまま直進というわけにも行くまい。滑る様な動きからシンジはバーニアを一瞬遮断、その僅かながらの

空走距離が機体を地面へと引っ張る。両足が土に触れた瞬間、衝撃を殺したシンジはバーニアをやや強め

高々と空へ舞い上がった。

 

発令所のモニターには、天に向かって放たれ続ける光の柱とそれに向かうテムジン改の同じく蒼いバーニアの光が

儚げに揺らめいている。

 

「死なないでよ、シンジ君」

見守ることしか出来ない作戦課部長はそう呟くことが限界だった。

 

 


「……そろそろお終いね」

フル稼働でレーザーを放ち続けるライデンのエネルギー出力を眼で確認したアスカは、ジャミングをかける直前に確認した

衛星の現在座標を暗算で導き出した。あと数分で衛星は第三新東京市の上空から外れる筈だ。

やっとこの悪夢から解放されるそんな思いだった。

防衛設備は整っている第三新東京市だが、そのエリア外からの攻撃には全くと言っていいほど機能しない。

おまけにパイロットも居ないが為に反撃にも出られない…それが本部だ。

正確に民家を避け施設だけを狙うのは至難の業だったが、上の支持通りに街を火の海にするよりは良かった。

同じネルフだというのにドイツは本部に背きゼーレと結託しようとしている、根も葉もない噂だと思っていたそれは、

自分が口火を切る形で今現実のものとなっている。この襲撃もゼーレへの手みやげ代わりと言うところだろう。

 

アスカは撤収のためライデンの姿勢を元に戻す。漆黒の空を見上げていたコックピットもその動きに併せ

通常の姿勢に戻り、モニターは緑で覆われた山々を映し出す。

 

「……サヨナラ」

 

いくら相手にVRが無くともそろそろ迎撃があって当然だろう。離脱用の船が停泊している浜辺まで追撃されるわけにはいかない。

二度と足を踏み入れることはないだろう日本の地に別れを告げた。

 

そのアスカの目に信じられないモノが映った。

 

「嘘、テムジン…」

 

山陰からかなりの速度で飛行してくるのVR、今の今までジャミングを解除しなかったことが裏目に出た。

精密射撃用の機体ロックが完全には外れていない。

 

「でも、ここで終わるわけにはいかないのよ!」

 

 

 

「あれが敵」

闇を切り裂きながら飛び越えた山の向こうに真紅のVRが見えた。

重々しいその機体もどうやらこちらに気が付いたらしい、肩の兵器が開口する。

 

「!」

一瞬何かが光った。

何かを感じバーニアを逆噴射させる、その直後進んでいく筈だったコースを途轍もなく太い光の柱が襲う。

その光に一瞬だが彼は死の存在を感じた。

 

「うぁああああああああ!!」

 

その冷たいモノのイメージに踊らされるように無我夢中で突っ込む。

 

そのバーニアの炎を背負った一陣の風は、レーザー射出直後の硬直で身動きがとれないライデンの左脚を

すれ違いざま斬りつける。が、ライデンの重量クラス特有であるその硬い装甲が脚を一撃で失わせるダメージを

許さなかった。剥き出しになった部分から火花が飛び若干だが煙が上がる。

その一撃を与えたテムジンは勢いを殺しきれずそのまま大地を滑った。

 

「ちっ!」

果たしてその舌打ちはどちらのものだったのか…。

 

―― 仕切直しできるほど自分には余裕はない ――

そう感じたシンジは距離を置くことなく全速力でライデンの胴を薙払うモーションに移る。滑り込む動きに土煙が上がる。

対してアスカはその迫り来るテムジンに対し躊躇無くレーザーの照準を合わせ引き金をひいた。

 

相手の動きより一瞬早く一直線に目標に向け光が迸り、目前の敵は燃え落ちる…。

 

 

 


そう、その筈だった。

 

「う、嘘ぉ!?」

 

不愛想なエラー音が鳴る。アスカはカチカチと虚しい音を起てるだけのトリガーと目前に迫る敵を何度も見比べた。

レーザーが…出ない。厳ついフォルムの割に、最もデリケートで常にメンテナンスを必要とする機体ライデン、どうやら先程の

固定解除中の無理矢理の照射で回路に負荷がかかったらしい。だが改めて回避行動を取るには既に遅すぎた。

自分の命を一瞬で消し去るであろう剣が避けようのない速度で迫っている。

 

「いやぁああああああ」

思わず頭を両腕で覆い、きつく目を瞑る。

そして幼き日の記憶にある母の優しい顔を思い浮かべ最後の刻を待った。

だが無音の刻が幾ら過ぎようとも、己を砕く一撃はやってくる気配が無い。

 

 

「!?」

 

怖ず怖ずと見開いたアスカの涙を湛えた瞳には、寸での所でその剣を収めたテムジンの姿が映った。

どうして? そう彼女が疑問を抱く前にその敵機は何か仕草をしてみせる。さっさと何処かへ行ってしまえ、そう言っている。

隙を見て反撃しようにもレーザー以外の武器をこの作戦で搭載してこなかった彼女のVRでは無理だ。奴の意図は掴めない

けれど逃がしてくれるのだからそれに従わない手はない…悔しいけれど。

 

そう判断を下した彼女は敵に背をマシンを走り出させた。

 

 

「この借り、いつか返すわよ」

 

自分の萎みゆく心を奮い立たせる一言を口にして。


−Next−
Episode.2 交錯するもの
#1




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