終末の果て
THE END OF EVANGELION after story
序章に代わる二つの光景
「気持ち悪い」
彼女は云った。
でもその言葉とは裏腹に、彼女の右手・・・包帯に包まれたままの右手は僕の頬をなでている。
ぎこちなく、でも微かに優しく。
僕がどうしても思い出せなかった、そしてさっきようやく逢うことの出来た母さんと同じように、そっと。その温もりまでも同じ様に感じられる。
本当は僕の首を絞めようとしているのかも知れないに、『僕に関心を示してくれた』と云う事だけが、ただただ嬉しかった。
僕の醜い心の中を知られて、もう僕の二度と手の届かないところに行ってしまっても文句は云えなかったのに。
全てを崩壊に誘ってしまった僕だったけど、それでも彼女が此処にいてくれると云うのは嬉しかった。それが例え僕に復讐するためであったとしても構わなかったから。
ひょっとしたら・・・・・・僕自身の罪の為にも彼女の復讐は為されないといけないのかも知れないけど。
だから僕は泣くしかなかった。彼女の上に臥せったまま、彼女に僕の姿を晒したままで。
それだけが・・・・・・最後の最後で僕の背中をひと押ししてくれたミサトさんからもらった人間らしさだと思って。
他のヒトには出来ない、でも僕になら出来ることを精一杯やれ・・・・・・そう云ってくれた加持さんの遺志と思って。
すまなかったな、と謝った父さんの純粋なまでの本心を思って。
この世の終末に引きずり込んでしまった彼女への全ての想いを吐き出すように・・・僕は泣いた。
アスカには何の責任もなくて、僕があのとき勇気を持たずにどうしても自分のしたことに決着をつけられなかったばかりに・・・・・・・・・・起こってしまった、起こるべくして起こった『終焉』。
僕にはエヴァしかないと思っていたのに、エヴァに乗っていたその自分さえも疑って。
最後の最後まで自分自身の甘さを理解出来ずに。
そして一番してあげたいことを、一番大切な人にしてあげられなかった悲しみで・・・涙が瞳から零れ落ちた。
・・・・・・誰よりも僕自身が一番知っていたはずじゃないか。周りに対して虚勢を張っている事の辛さを。
それが光と影の様な関係だったから気付かなかったなんて・・・・・・彼女のあの態度が本心じゃないって分かってた以上云えるわけないじゃないか。
それが例え彼女にバカにされるような考えであっても、出来なかったことが悔しいことに変わりはない。逆に・・・・・・またバカにされる様な日が戻ってきてくれた方が嬉しいに決まってる。
だから・・・・・・
気づいたら、アタシたちは海辺にいた。
LCLの波が絶え間なく単調に打ち寄せる、何処までも無機的な浜辺。
アタシとシンジの手は触れあわない。
近い様で遠すぎる、スキマ。
それはきっと、今のアタシのシンジの心の隙間。
物理的距離感なんて関係ない。
少なくともアタシはシンジの考えていたことを知ってしまった。
それが故に何も云えない。
不意にシンジがアタシに馬乗りになったかと思うと、アタシの首を絞めた。ゆっくりと、でも確実に。気管が悲鳴をあげて、意図せずに声がもれる。
でも、もうそんなことはどうでも良い。
アタシが此処にいる必要なんかない。
もう誰もアタシを見てくれないもの・・・・・・
虚勢を張る必要だってないけど、今までのアタシの築き上げたものはエヴァとシンクロ出来なくなったとき以上に虚しく感じられた。
過去の自分に縋る事は、あのときなら未だ出来た。でも今となっては・・・・・・
・・・・・・?
苦しいよ・・・
痛いよ・・・
辛い・・・
もう、やめてよ・・・
アタシの体が悲鳴をあげると同時にその手から流れ込んでくる想い。
それは補完計画の発動中にも感じた、アタシの中にアタシでないものが入ってきたときにも感じた痛み。苦しみ。辛さ。アタシが壊れる前に感じていたのと同じ感情。
アタシのものでもないのにアタシ自身が感じていたものそのままの様に感じられてならなかったもの。
悲しみ?
そして、寂しさ?
・・・・・・
そっか・・・コイツも辛かったんだ・・・
今更のようにそのことに気がついて、自分のしてきたことの意味を、どれだけコイツを傷つけたのかを思って・・・・・・・・・叫びたいくらい悲しい気持ちになった。
ミサトが云ってた『家族』がどんなものかなんて知らないし、ミサトがどうしてあそこまで『家族』にこだわったのかも知らない。
けど、最後までアタシの心の何処かにコイツが残っていた事は確かな事。
コイツが壊れる寸前まで・・・・・・アタシの事を見ていたかも知れないのは確かな事。それが例え赦し難い行為を通してのことであったとしても。
勿論シンジの辛さを知ったからと云って赦してやる気なんかまったくない。
第一アタシにそんな権利はない。・・・・・・アタシこそコイツに赦して貰わないといけないんだから。
あるとしたら・・・そう、今あるのは・・・
認めること。
赦しはしないけど、責任は負ってもらうけど、それでも存在だけは認める事。
コイツとアタシのしてきた事を全て認めて、その上で受け入れる事。
・・・・・・・・・今だけだから・・・・・・・・・
自分に云い聞かせて、アタシはシンジの頬をなでた。
辛かったとき、アタシが一番してほしかったこと。
してほしかったのに・・・・・・誰にもしてもらえなくて、悲しかった思い出しか残っていない事。
優しくなでて欲しかった
思いっきり抱きしめて欲しかった
アタシが生きている意味を肌で感じさせて欲しかった
アタシは此処にいても良いと云う事を証明して欲しかった
それはココロの何処かに封印していた記憶だけれど、
消し去ってしまうには痛すぎるほど大きな『記憶』
涙がアタシの頬に落ち、流れ落ちていくのを待たないで嗚咽が届く。
一言
この一言を云わないと・・・
シンジにとって、何よりアタシにとって辛いことであっても、それはアタシ達の犯した罪なのだから。
アタシはアタシであって、決してシンジじゃない。だからシンジの辛さが解るって云っても・・・・・・それは解った気でいる事にしかならないんだから。
同じ様にシンジだってアタシの気持ちは絶対に解らない。
だって・・・それが『他人』ということなんだから。ファーストが云ってたみたいに、他人を受け入れる事なんて辛い事でしかないんだから。
だから・・・・・・云う。
シンジ自身が選んだ道をこの言葉が表しているんだから。
この世界を撰んだシンジへのコトバ。
「気持ち悪い」
全てのものが。
そんなものに『幻想』を抱いていたアタシ自身が。
そして・・・拒絶しても、やっぱり拭い切れない想いが。
このときだけは
全てが
気持ち悪い
THE END OF EVANGELION
The story after conclusion
Episode:0 罪と罰
僕は今、崩れ落ちたリリス・・・いや、綾波を見ている。
横にそっと座るアスカと共に。
正確には彼女が見ているのかどうか知らない。
少なくとも綾波の方を見て、座っているのが僕には判る。ただ・・・アスカの顔を正面から見る勇気は僕にはなかった。
あからさまに拒絶の意志を示されるのが怖かったから。今の関係すら壊れてしまうくらいだったら、進歩しなくたっていいからこのままの関係でいたいから。
あのとき、綾波やカヲル君に云った言葉が刺の様に突き刺さる。
他人の恐怖が産まれる事の辛さ。
あのサードインパクト最中には忘れていた恐怖。
でもあの自分が自分でない様な、他人と自分の境界すら解らない様な脆弱な世界、何よりも脆弱な自分よりは今の方がずっと良いかも知れない。
それだけの為に・・・僕はこちらの世界を撰んだのだから。
今まで僕が拒絶し続けてきた『他人』に、心の壁に、対峙する気になったのだから。
あの一言から、彼女が話すのを聞いていない。
ただ、黙って遥か彼方を見つめるだけ。
冷たいのでもなく、どちらかと云えば慈愛に満ちた瞳で以て。
表面だけでなく、ココロの奥まで見透かされそうな透明な視線。
本来ならば嬉しいことなのかも知れないけど、今の僕にそれ以上の苦しみはない。
確かに・・・・・・アスカが入院していた頃にはまたこんな瞳で僕を見てくれる日のことを待ち望んでいたけれど。
いっそのこと罵ってくれれば、冷たく凍りつくような視線をぶつけてくれれば、気が楽だった。
僕がしたのは確かにそれだけの罰が与えられて然るべき罪だったのだから。
自分のしたことが判っていて・・・なおかつ自分自身に罰を加えることすら出来ないなんて・・・
罪の意識ばかりが僕の心を責め続ける。
自分自身のふがいなさを思って噛みしめた唇からは、いつしか錆びた鉄の味が広がっていた。
あれから・・・どれくらいこんなふうにしていたのかも忘れてしまった。
ただ記憶の端に居座っているのは、あれ以来変わらないLCLの海と白すぎる砂。その向こうで空ろに虚空を見つめる綾波の・・・瞳。
僕は座っている彼女の横に立つと一言だけ漏らした。
これはきっと、本心。
何も出来なかった自分に対する、懺悔のココロ?
・・・・・・ううん、違う。
懺悔なんてものじゃなくて、単なる自己嫌悪。
「もういちど・・・やり直せないかな・・・」
その言葉を聞くとアスカの肩が動いた。
ザッと、砂を踏み締める音がしたかと思うと僕の視界は弧を描いて、地面に叩き付けられていた。
何が起こったのか理解出来ないままに顔をあげると怒りを露にしたアスカの視線が僕を攻める。
「だったらあんた、最初っから必死になりなさいよ!
何もしないで!
他人の顔色ばかり伺って!
何もしようと思わないで!!
アタシやミサトに頼ってばかりで!!
アタシがどんな思いでエヴァシリーズと戦っていたのか分かってるの!?
あいつらにカラダもココロも陵辱されてどんなに辛かったか分かってるの!?
それなのに、何よあんたは。
何もしなかったくせに、まだそんなに甘いこと云ってるの?
ふざけるんじゃないわよ」
最後の一言はまさに『吐き捨てる』と云うのが正しい様な云い方だった。
云いたい事をあらかた云ってしまった様に、ただ僕の方を睨み付けている彼女は動かない。何故か解らないけどその視線は何処か寂しそうだった。
僕が何もしなかったがために・・・?
そうだ、諸悪の根源は、僕なんだ・・・・・・当然じゃないか。僕がいなければ、僕と云う存在そのものがなければサードインパクトなんて起こらなかったんだから。
そうして容赦なく叩き付けられた刃物だったけど、僕にはそれで初めて安心出来た気がする。『責任』と云うカタチで存在理由を与えられたような気がして・・・
ようやく彼女から僕の存在を認めてもらえた様な気がして・・・・・・・・・
本来ならば、決して云ってはいけない言葉だった。
アタシは、自分の意志でエヴァに乗った。
けどこいつは、シンジはいきなり乗せられて、強制的に価値観を植え付けられて、気づいたら・・・全てを失っていた。
フィフス・・・渚カヲル、だったっけ・・・
ファーストもアタシも出来なかった、シンジのココロに初めて触れることが出来た・・・・・・使徒。ヒトではないもの。
人間は本当に欲しいものが手に入ってしまうと今度はそれを失う恐怖に戦くって云うけど・・・シンジにとっては、そいつの存在そのものだったのよね。一番大切なものを、ようやく手に入れられたものを、自分自身の手で消滅させてしまったその気持ちはきっとアタシにも理解出来ない。
そして・・・・・・多分シンジにとって最も恐れていたことを現実化した世界、そしてより具現化した世界が、此処だと思う。
きっと、シンジが求めていたと思ったのにそれを裏切ったアタシしか側にいない世界。
シンジにとっては、きっと苦痛でしかない世界・・・
自分自身が赦せなかったがために・・・自分にとって一番辛い現実を選んだのかも知れない。自ら『この世の果て』という地獄に身を投じたのかも知れない。
でも、アタシにとっては・・・
自分の感情に整理がついて、それなのに遅すぎるってことしか気づかせてくれない世界。
もう、アタシにはシンジのことをどうこう云う権利なんかない。
嫌われて当然だし、首を絞められたのも・・・・・・シンジが一番必要としていたときにシンジの事を拒絶したアタシだったらそんな終わり方が相応しいのかも知れない。
ユニゾンの訓練で気づき始めた自分の気持ちは、シンジにシンクロ率で負けることで何処かにいってしまった。
使徒に心を犯されたことでアタシを支えていた自信さえも無くなった。
シンジのことを素直に気づかうことの出来るファーストのようにはなれずに、いつもやきもきした。
劣等感ばかりの自分に、最後までシンジなりに何とかしようとしてくれたっけ・・・
それなのに・・・・・・
アタシハ・・・ナニヲ、シタノ?
いつもシンジのことをバカって呼んでいたけど、バカは・・・アタシか・・・・・・
包帯に隠れた左目から涙が一筋零れ落ちて、頬を伝う前に味気なく包帯に吸い込まれていった。
そう、今はこれで良い。
シンジに同情してもらえるほどの事はしていない。
もう少しだけ、シンジの前では自分と云う名の仮面を被っていないと・・・・・・
でもこれだけは云える。
アタシはもうシンジの死んだ眼なんか見たくない。
今を超えることが・・・・・・大切なんだと思う。
それだけが、今までさんざん辛くあたって、サードインパクトのときにも感情のまま云いたいことを云ってしまったアタシに対する罰。
それだけしかないんだから。
アタシが自分の罪を償う方法は・・・・・・
あれから幾つか夜が過ぎたような気もする。
相変わらず、アタシもシンジも何も云わない。
お互い動く事も出来ず、ただただ海の向こうを見つめるだけ。
空腹感とか、そんな事を一切感じなかったのは極限状態に陥ったときのヒトの常。
シンジがどうかは知らないけど、アタシの方は一方的に責任を押し付けた様で罪悪感だけがココロに固まっている。
「ねえ、アスカ?」
「・・・なによ」
やっぱりお互いの顔は見ないままで言葉が行き交う。
もう半ば無意識に出てくる無関心な声。
シンジは遠くを見つめたままでアタシに聞いた。
「アスカは・・・
どうしてエヴァに乗ったの?」
いつかと同じ問いかけ。
答えは、あのときとは違う。
けど、返す言葉は同じ。
意図的にウソをつく。
今のアタシの気持ちに気づくようなことがあってはいけないから。
それは、シンジを傷つけるものでしかないのだから。
「アタシが一番なんだって、世界中の人に見てもらうためよ。
別にエヴァじゃなくたってアタシが認めてもらえればそれで良かったのよ」
ウソ
本心ではエヴァに乗ることでママがココロを開いてくれるんじゃないかって。
もう一度・・・アタシをアタシとして見てくれるんじゃないかって。
そんな甘い幻想を抱いていたから。
幻想と呼んでも辛すぎるほどの事がアタシには確かにあったんだから。
だから・・・・・・選んだ。
ふっと、シンジの顔が遠くへと向けられた。
何かを云い出そうとするかのように口が開かれる。
「僕は・・・」
辺りを支配する静寂がふいに途切れた。
液体をかき分ける音。
LCLの海を横切っているのは、ネルフのマークの入った船だった。
to be continued
御意見、感想、その他は
てらだたかし までお寄せ下さい。またソースにも幾らか書き込みがあるのでよろしければ御覧下さい。
’99 May 18 初稿完成
’99 Aug 04 改訂第二稿完成
’00 Mar 15 改訂第四稿完成