作者より、これを読まれる読者さまへ
今回少々凝ったことをしてみようと云うことで、お話をふたつに分割しました。
Dreamのパートとconclusionのパートに分けてあります。
別々に読んでも通して読んでも話の筋は通る様になっています、が大差はないでしょう。
もちろん何も意図せずにやったのではなく、それなりに意図したところはあります。
ではめくるめく幻想の世界をどうぞ。
作者
「ねえ」
彼は尋ねる。
「なに?」
優しい、包まれるような声。
「夢って、なに?」
「夢?」
不思議そうに尋ねる彼の一番側にいる女の子。
「そう、夢」
そしてここにいる最後の女の子の、声。とても落ち着いた響きがその場に響き渡った。
そして、再び彼の問いかけ。
誰に?・・・きっと、それはすべてのヒトに。
かいたひと:てらだたかし
Dream:1
彼の手から白い砂が零れ落ちた。
「アンタ、さっきからなにしてるのよ?」
不思議そうな、でも何処か呆れたような問いかけに彼は顔をあげる。
そしてその彼の視界を塞ぐ紅い髪。
一瞬とも永遠ともつかない間を挟んで、それでもシンジはアスカに答える。
「さあ・・・わかんないや」
「ふーん・・・わかんない、ねぇ・・・
アンタらしいわ」
彼女は肩をすくめて、ちょっと微笑んだ。納得したのか、それとも・・・?
そしてそんな彼女の声の余韻が消え去る前に被さる別の声。
「理由が、ほしいの?」
静かな問いかけにアスカは頬に手を当ててちょっと目を閉じた。
考え込む様に、そしてしばらくそのポーズでフリーズしてから、ゆっくり答えた。
「どうして・・・かしらね?
ホント、そう考えてみるとアタシも今自分のしていることなんかどうでも良いのかも知れないわね」
「な〜んか難しい話してるんじゃない?」
さっきから彼等のやり取りを見ていたけど、それは彼と、髪の長い彼女がここにいても良いと云うことを最初に教えてくれた『家族』
見上げたところにあるのは、黒い虹。
届かなかった想いと、果ててしまった願いの象徴。
何処までも何処までもそれは続いていて、やがて彼方へと回帰する。
「いつから・・・かしらね?
私たちがこうしているのも」
優しく被さってくる声は、そのまま安息への願いであると同時に停滞への拒絶。
「アタシもそんなこと憶えてないわ。
そうでしょ?」
別に自分には関係ないとでも云いた気な声。
大切なのはもっと他にあると云いたそうな・・・
そしてその大切なものへの信頼が彼女自身の自信へと直結する。
「そうね。
わたしもそう思うわ」
レイの水色の髪がふわりと揺れた。
その紅い瞳が見つめる先には何があるのだろう・・・?
「そう云えば、アンタ夢がどうのこうのって云ってたわよね?」
不意に思い付いたかのように彼女は僕に話を振った。
「どうしてそんなこと思ったのよ?
なんか理由があったら聞かせてよ」
conclusion:1
「何処かで聞いたような気がしたんだけど・・・『夢は現実の続き、現実は夢の終わり』って。
だったら僕にとって夢ってなんなんだろう・・・って思って・・・
気付いたら聞いてたんだ」
彼は半ばあの時のことを回想するかのようにしてアスカに話す。
そんな彼の横に腰を下ろしていて、その紅い髪が彼の肩にも触れる。
「ふ〜ん・・・それって、アンタが云ったんでしょ?」
レイを振り返りながらアスカは尋ねた。
「・・・そう・・・」
そして僅かにその瞳を蒼い髪で隠しながら彼女も彼の横に腰掛ける。
「わたしは、そう感じたわ」
「ちょっとぉ、アタシにも解るように説明してくんない?」
「・・・ダメ」
そっと紡がれた言葉に彼らは目を見張った。
「自分で見つけないといけないものだから、だからダメ」
そう云うとレイはシンジの頬をその白い両手で優しく包み込む。シンジの瞳をまっすぐに覗き込んだ。
「失った自分の姿は、自分で取り戻すものよ・・・」
深紅の瞳に魅了されたかのように彼はまっすぐにレイの瞳を見つめ返した。
「失った自分?」
ミサトは不思議そうに聞いた。
「アンタの云うことって抽象的すぎるわよ。
もう少し具体的にならないの?」
アスカの紅い髪を風が僅かにそよがせて、レイの蒼い髪が波打つ。空気の波動が拡散する。
「でもレイ、あなたの云いたいことは解るわ」
後ろからそっと告げられた声に彼と彼女は振り返る。
「どうして教えてくれないのよ?」
「どうして・・・綾波?」
同時に発せられた声がそのまま同調してひとつの波となって散乱する。
二人の視線を感じて、レイは二人に背を向けたまま答える。
「わたしが教えることは出来る。
でも・・・それでは本当に碇君や惣流さんが分かったことにならないもの。
そしてそれこそが『失った自分の姿』・・・
他人の価値観に呑み込まれる様な自分ではいけないわ」
ミサトが納得した様に、感心した様にレイに同意を示した。軽くレイの肩に手をのせると、二人に云った。
「私もレイに賛成だな。
アスカもシンジ君も・・・もっと明確なヴィジョンを自分自身に持ってみたら?
此処でなら・・・すべてはあなたたちの思い通りになるわ。
だからこそ自分をイメージ出来ることが必要になるのよ」
ミサトは彼等に話しかけながら、自分自身に話し掛けるかの様に話した。
どれだけ経ったのか、まったく判らない場所 に四人。
でも・・・その均衡は、この世界にしか起こり得ないもの。
Dream:2
「僕は『夢』にぜんぜん良いイメージを持っていなかったんだ。
その言葉そのものが幻想みたいな感じがして・・・」
シンジは遥か彼方を見つめながらそう呟く。
小さな声で、それでも傍らの三人には十分すぎる声で以て。
最初に反応を示したのはアスカだった。
「はぁ、アンタバカ?
夢って云ったら可能性そのもののことじゃないの!?
まったく・・・そんな消極的な思考してるからアンタはいつまででもバカシンジのままなのよ。
もっと積極的な考え方は出来ないの?」
腰に手を当てたポーズで、シンジに告げる。
「碇君。
なら貴方にとって・・・この世界は何?」
静かにレイが問う。
彼方からの光を一身に浴びて、神々しく光り輝くその肢体。
遥か空の星を見据えながら、シンジはやがて答えを導きだした。
「・・・判らない」
ミサトはそっと彼の肩に手を置いた。
「そう・・・
じゃあ、それをこれから一緒に探しましょ。
独りでは出来ないことでも、二人なら、三人四人なら、きっと出来る様になるわ。
そのためにヒトは独りじゃないもの」
シンジはふと顔をあげる。
決して明るいものとは云い難い表情。
それはシンジのミサトの言葉への返答か、それとも自分自身の意図なのか。
「でも・・・この現実は僕に優しくない。
僕を大切にしてくれない。
かといって夢は嫌だ・・・
ねぇ、どうしたら良いの?」
諦めとも、そして贅沢とも捉えられ得る問いにレイは答えた。
「優しくされたいの?
無条件に優しくされたいなら・・・わたしは碇君のためになんでもするわ」
そう云って背後からシンジの身体を抱きしめる。
アスカも、ミサトもその光景を自然に受け止めている。
「綾波?」
戸惑った声に、レイはその手にいっそう力を込めた。
「わたしとひとつにならない?
それは・・・気持ちの良いことなのよ?」
conclusion:2
「シンジ君。
貴方は何がしたかったの?
いきなり指令に呼び出されて、エヴァに乗せられて、命を何度も失いかけて、『命令で』アスカと私と一緒に暮らして・・・
どうして嫌だと反発しなかったの?」
ミサトは相変わらずシンジの背後からそっと語りかける。
シンジは動かずに目の前のアスカと、その背後のレイの双方に視線を彷徨わせる。
「アンタ、どうしてアタシやレイのことを見るのよ?
そんなに他人の目が気になるの?
そんなふうだからアンタは苦しむことになったんじゃないの?
もっと自分から割り切ってみなさいよ。
自発的に、前向きに物事を考えてみなさいよ」
「碇君・・・わたしは云ったわ。
自分のことを明確にイメージする力が貴方を造るって。
他のヒトを気にしていてはどうにもならないわ。
貴方自身のイメージが他人に干渉されるほど弱いと云うことは・・・それは優しいことと同義ではないわ。
意志が弱いだけ・・・」
二人に促されるかの様にシンジは口を開く。
「・・・・・・どうでも良かったと思うんだ。最初は、別に死ぬことだって怖くないと思っていたのに・・・実際に死がそこまでやってくるとどうしようもなく怖かった。
父さんが優しくないことは僕にとっては当たり前の既成事実だったんだ。
それでも、心の底では僕が捨てられたと云うことを受け入れたくなくて、よくやったなって云われたことが本当に嬉しくて・・・」
アスカの手がシンジの頬を優しく包み込んだ。笑みを浮かべて語りかける。
「ほら、自分でも判ってるじゃないの。
アンタがやってきたことはアンタ自身の価値観で支えられてるんでしょ?
どうして自分の価値観を信じられないのよ?」
「そうよ、シンジ君。
貴方は立派なことをしたって、最初に云ったでしょ?
いくら立派なことをしたって貴方自身がそのことに価値を持たなければそのことは何の意味も持たないわ。
そうでしょ?」
「碇君。
わたしはかつて、貴方が好きだった。
どうしてかって云われたら、きっと貴方自身のその純粋さに惹かれたからだと想うの。
ほんの一言のために何かをやる勇気。
そして・・・わたしと出逢ってからわたしにかけてくれたコトバ。
今でも貴方のことが好きだから」
Dream:3
「でも・・・綾波。綾波とひとつになったら、僕と綾波の区別がつかなくなっちゃんだろ?
それって・・・イヤだよ。
僕は僕。綾波は綾波で・・・そして僕は綾波を綾波として接していきたいんだ」
悟ったかの様なシンジの声。
その背中からレイが離れると、アスカがシンジに話しかける。
「ようやく判ったわね。
まあ・・・アタシもレイに云われてから気付いたんだけどね。
こんな世界にいるんだから、自分で自分を決めることが必要なのよ。
それは・・・確かにアタシたちにとって制約以外何者でもないかもしれないの。
でも、それと同時に大きな可能性でもあるのよ」
「そうよ、シンジ君。アスカの云う通り。
すべてのことが可能な世界には可能性なんて必要無いもの。
不可能かもしれないけど、それでも可能かも知れないっていうことが大切なの」
シンジの前にアスカとミサト、そしてレイが並んで立つ。
「そう、碇君。
わたしたちが完全に解りあうなんて不可能なこと。
それでも必死になって解りあおうとすることにヒトがヒトでありつづける理由があるわ。
それが解れば・・・大丈夫。もう一度わたしたちは出逢うことが出来るわ」
その場に差し込んで来たのは、紛れもない朝日の光。
原始の地球から永劫続くこと。
彼等が戻る先・・・それは・・・
conclusion:3
「ありがとう」
シンジは云った。
「ふふ・・・どういたしまして、バカシンジ」
「まあね、シンジ君」
「ありがとう・・・碇君」
「今までの自分にどうして自信がなかったのか・・・解ったような気がする。
独りじゃどうしようもないって知ってたくせに、それでも独りになりたかったんだ。
ううん、独りになっている自分のことを知って欲しかったんだ。
本当は独りになんかなりたくなかったんだ」
「良く解ってるじゃない、バカシンジ。
まあ・・・これからもどうせ一緒だしね。
アタシももう独りなんか嫌だし、レイもミサトも一緒でしょ?」
振り返った先にあるのは二人の浮かない顔。
「・・・どうしたのよ?」
「ごめんなさい。
アスカ、シンジ君がそれに気づけるまでなの。私たちが一緒にいられるのは」
「わたしたちはもうこの世の存在ではないわ。
LCLの中だから、こうしてあなたたちに会うこともできる。
でもあなたたちが自分を取り戻したのだから、実体を取り戻すわ。
だから・・・これでお別れ。
碇君、アスカ。ありがとう・・・」
それはひとときの夢・・・?
シンジとアスカが、再びそこに存在した時にはお互いの姿しか見えなかった。
否定することを敢えてせずに、現実を受け入れたカタチ。
そして此処から・・・
輪廻が始まった。
決して神話などではなく、百万の苦しみの中にたったひとつの喜びを探し求める様な途方もない現実が・・・・・・
Fin
あとがき
実は・・・以前書いた別の完全オリジナル小説の手法を再び使用しています。
そのデータは壊れてしまって手元にないし、プリントアウトしたものもTさんしか持っていません。
敢えて云うならそのリメイクみたいなカタチで書きました。
劇場版実写パートのシンジ君の言葉がモチーフになっていますが・・・自分なりの答えを探してみました。時間系列としては・・・劇場版で実写パートのあたり、シンジ君の意識と云うことになりそうです。
なんだか抽象文ばりばりの良く分からないものになっていますが・・・
でわでわ 自分でももっと納得の行くものを書けるよう日々精進したいです。
'00 07/07
てらだたかし