エピローグ
 
 
 目が痛くなるほど白い部屋でマリアベルは目を覚ました。
 全身に走る激痛に顔をしかめ、その時になって初めて自分に感覚が戻っていることを悟った。
「アッシュ?」
 傍らにはアッシュが座っていた。
 春の木漏れ日を思わせる微笑みがどことなく翳っているように見えた。その認識は正しいのだろうが、マリアベルは敢えて指摘しなかった。
「目が……覚めましたか?」
 アッシュの背に漆黒の翼はない。
 普段と変わらない姿にマリアベルは昨日の出来事が夢ではないかと夢想した。
「見ての通りじゃ……姉上は……」
 その問いかけにアッシュは頷くべきか、首を横に振るべきか迷ったが、何も言わないままマリアベルの寝ているベッドに移動し、腰を下ろす。
「そうか……あれは現実だったのじゃな」
 マリアベルにとって昨夜の出来事は夢のように思えた。
 目を覚ませば、姉がいる。
 そんな期待は見事に打ち砕かれた。
「はい」
 そう言うとアッシュは優しくマリアベルを抱きしめた。
 優しい感触を感じながらマリアベルは涙を流した。
 胸にわだかまる哀しみを全て吐き出せればと思ったが、涙が零れるたびに息が詰まり、激しく感情が渦巻いた。
「マリアベル様……僕がずっと側にいます。何もできないかも知れないけれど……貴方の側にいたい」
「……後悔はせぬか?」
 涙混じりの言葉にアッシュは静かに頷く。
 だが、立ち塞がる運命に叩きのめされたとき、心がすれ違うときに、後悔をするかもしれない。
 
「僕は貴方を愛しています」
 
「愚か者、それはわらわも同じじゃ」
 
 白い光で満たされた空間で、ゆっくりと二人の唇が重なる。
 未来に不安を、残酷な世界に恐れを、過酷な運命に苦悩を抱いたとしても、二人なら立ち向かえる。
 そう……一人では飛ぶことのできない空も、二人でなら飛んでいけるから……
 
 
 カラス……END……
 
後書き
 
 初めての後書きなので、どのようなことを書けばよいのか見当もつきませんが、拙作を最期まで読んでくれた方々に心から感謝を込めて「ありがとうございます」。
 この『カラス』と言う作品は私が所属している大学の会誌に書いたものでした。大幅に加筆修正をしているので別の作品となっていますが、そう言う経緯で生まれた作品です。
 自分の書いた作品を多くの人に読んでいただきたいと考え、投稿しました。
 これが初めての投稿ではなくアリスソフトのホームページに「アユム」と言うPNで小説を送っていたりもしますが、オリジナルでは初めての投稿です。
 取り敢えず、マリアベルとアッシュのお話はこれで終わりです。
 続編も考えていますが、予定は未定と言うことで……。
最期に感想を送って下さった、てぃーげる様、ロマキシ様、LEY様、TIO様に心からの感謝を、掲載してくださった DARU様に愛を込めつつ感謝を……
 
おまけ
 
限定オマケ劇場「カラス……番外編」
 
「と……言う訳でオマケコーナーじゃ」
「カラスの番外編ですね」
「……どちらかと言えば削除したエピソードの一つじゃ」
「物語の初めに出てきた『私(アッシュ)』のエピソードです。では」
 
第0.5話 そして……
 
 雨が降っていた。激しい雨ではなく、かと言って弱い雨でもなかった。
 そんな雨の中を一つの影が歩いていた。
 泥と雨で見る影もなく汚れてしまった外套を羽織り、よろめきながら歩く姿は敗残兵を思わせた。
 だが、薄汚れた姿とは対照的に双眸はギラギラと飢えた獣のように輝き、この世界の全てを憎むかのように激しい感情を漂わせていた。
 その人物は憎んでいた。
 人を……自分から全てを奪い、存在さえ消し去ろうとした人を。
 国を……自分たちを犠牲に一部の人間達だけを守った国を。
 世界を……自分を現在取り巻く世界を。
 そして、自分を憎んでいた。
 歩き続け、歩き続け……その人物は倒れた。
 雨が容赦なく体から体温を奪い、意識を塗りつぶす。
 倒れてもなお、その人物の憎しみは消え去らなかった。
 その人物の持つ力は脆弱で、敵は万能に近かった。
 その人物に権力はなく、敵の権力は大陸全てに及ぼうとしている。
 戦うには余りにも、その人物は無力だった。
 だが、戦おうとしていた。
 『自由』のために……?
 殺された『彼女』のために……?
 残された『力』を振り絞り、立ち上がったその人物は叫んだ。
 世界を呪う言葉を、自分を呪う言葉を。
 
 再び、その人物は歩き始めた。
 独りぼっちで……道を歩き続けた。
(……幸せになるの。ちっぽけな幸せを手に入れるの)
 一人で空を飛ぶことなど叶わない。



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