TECHNO ANGEL 1.05【ghost】

「お疲れさまです、伊吹博士、クランシー博士。」

北島が空港に出迎えに来ていた。
「成果、ありました?」
「ええ。」
「ごめん、北島君、急いでくれる?」


「六号は?」
リツコは?と聞けない彼女だった。

「吉見と木崎が面倒見てます。あれ、早いですよ。今までの
うちのオンボロと大違いです。」
「設計がよかったからね。」
ニースは北島にそう告げた。
「いえいえ。何をおっしゃいます。パフォーマンスの調整、見事ですよ。」
「そ。ありがと。」
ニースはほほえんだ。
笑うとこの子は無邪気になる。すごくかわいらしいと思った。

窓をマヤは開けた。
今日も積乱雲が大きく見えた。
そこには広がってゆく空間とどこまでも大きな宇宙があるんだと感じた。


車がMAGI六号の駐車場に入るなり、吉見が駆け寄ってきた。

「先輩、大変ですっ。」
吉見が駆け込んでくる。
「どうしたの?」
「松本のMAGI二号が・・・落ちました。」


マヤは落ち込んでいた。
やはりか、という気持ちがしてならない。
事態を解決する間に相手の方が遙かに先へ進んでいる。
この圧倒的時間差。
いかにして詰めようと言うのか。
おそらく時間をかければかけるほど奴らは被害を大きくする。
一刻も早くなんとかする以外に方法はない。

何とかするって・・・・どうすればいいのよ。

小田が聴取を受ければおそらく裏がとれるには違いない。
複数か、あるいは単独か。
動機は何か。
混乱なのか、虚栄心の満足なのか。
わからない。

情報が不足していた。

少なくとも、MAGIをハッキングしたものは人ではあるまい。
つまりは、イロウル。第11使徒。

余計なことをしてくれる。
マヤはいやな気持ちになった。

「5号機、2号機は・・・死んだといえるかしら。」
「いえ。自滅プログラムを打ち込めば、奴は共存を選ぶはずよ。」
「自爆システムがなくてよかったわね。ホント。」
一号機はネルフという組織の都合上、自爆システムがあったが、現在ははずされて
第三新東京市のシステム管理用となっている。

だから、「自殺」=「運営停止」でとどまっているのかもしれない。

「あとは三号と一号機。それに、RITUKOだけね。」

「三台で奴に勝てるのかしら。どこに潜伏してるのかもわからない相手に。」
それに答えることをマヤはしなかった。


「マヤの先輩ってどんな人」
昼食に出た天ぷら屋でニースが尋ねた。
ニースは和食がとても好きだ。
特に天ぷらに目がない。
マヤは油っこいものはあまり好きではないが、たまにはいいものだった。
「そうね、強い人ってみんな思ってた。」
強い人。
人の強さ、と聞いてマヤが思い出すのは最初にリツコの強さだった。

「でもね。すごく壊れそうで、優しくって。なんか、アンバランスなの。」
アンバランス、いい表現ではなかった。でも当たっているような気がした。

「ふーん。わかる気がする。」
ニースは天丼をつつきながらそう答えた。
「子供みたいなのね、その人。」

マヤは口を閉じた。
子供みたい?先輩が?
先輩は私よりずっと大人だったはず。

でも。
マヤが好きだったのは、子供っぽいリツコだったのかもしれない。
『先輩って、大人ですよね。』
ふふ、とリツコは笑った。唐突なマヤの言葉に驚いたらしい。
『そお?私、自分ではまだまだ子供だと思うんだけど。』

『大人ですよぉ。かっこいいし、私あこがれちゃいます。』

苦笑してリツコはレポートに目を戻した。
あのとき、先輩は何も言わなかった。

もしかしたら先輩は自分のことがわかっていたのかもしれない。
大人になりきれない、大人のふりをした自分自身を。


「ごきげんよう。」
濃い灰色のスーツで丸顔で目が細くてバカ丁寧な笑顔の男。

佐野である。
「小田がはきましてねぇ。よかったよかった。素直な人で。」
佐野は一段とうれしそうなに言う。
素直にならない奴などいない。それだけのこと・・・たぶん拷問もしているのだろう。
マヤは少し小田に同情した。

「複数でした。どうもやっかいな話になりそうです。」
佐野は地図を広げた。
といってもその地図は大陸の形が正しいわけでも、距離と方位が正しいわけでも
緯度と経度が垂直なのでもない。

放射状にのびる線が雲の糸のように絡んでくる。

ネットの地図である。

「10:02、10:34、10:38、」
佐野は手帳と照らし合わせながら、いくつかのサーバ経由地を指し示していく。
決して中身を見たくない手帳だ。

「順路はこういう感じになってます。」
「ねぇ、マヤ。”イロウル”を打ち込んだってことは、
プロクシサーバも汚染されていると考えるべきじゃない?」
まっとうな意見だった。
「たしかに。MAGIを落とすウイルスならほかの有機コンピュータも汚染されたと見て
間違いはないわ。」

「でも、違うんでしょ?」
佐野の方をマヤは向いた。
それならこの男はここへは来ない。
吐いたとも言わない。

「ご名答。実際にはプロクシを通したのは12回。
13回目にイロウルを直接中に入って打ち込んでます。」
「なぜ12回を?」
「下準備だと思う。」

MAGIの内部に入るためには物理的にだけでなく論理的にも突破しなければならない。
ルート権限とパスコードをとり、なおかつ網膜や指紋情報を書き換える。

今回はモスクワの管理者のチェックが甘かったために発覚が遅れたのだろう。
問題が出るまでは気がつかないこともあるものだ。

「それじゃ、13回目にウイルスを本体にいれたってこと?」
「そうね。」
だがそれなら何も怖いことはない。
直接打ち込まれて落ちたのがモスクワ端末だけならば。

「ほかに痕は残っていないの?」
「わかりません。調べていますけどね。」
「小田の話では?複数犯なんでしょ?」
「奴らの目的は、1号機です。」
佐野は短く言った。

「松本の二号は一号に行く途中にイロウルを見つけて
消しにかかったので逆にやられたみたいですね。」

逆に?
進化したのか。
「どうも2015年の報告よりもあざとくなってます。自滅促進抗体も2号に入ってたんですが・・」
「効いていない。」

「ええ。とんでもないものを使ってくれましたよ。小田がネルフで手に入れたタンパク壁から
自分のコンピュータにフリーズ状態で移転させて。金になると思ったんでしょうね。
純粋な興味もあったようですが。」

佐野は目を細めた。小田のしゃべる様子を思い出しているようだった。
「なぜ1号機を?」
「細かいことはまだ言えないんですがね。ネルフのE型データねらいみたいです。」

マヤには、わかった。
E型データ。それはリツコとマヤ以外にはゲンドウと冬月さえもさわらせていないデータ。
EとはエヴァのE。つまり全実験情報と制作データである。

「消して・・・・なかったんだ。」
青ざめた顔でマヤは言った。
消したはずだったのに。最後に消したはずだったのに。

「消えて、と言うべきですね。実際、我々もサルベージを何度も繰り返しています。
あなたが消した行為自体は非常に正しい。報告をしないのは、少し問題はありましたけどね。」

「有機コンピュータの問題点ですよ。データは完全にデリートできない。物理的に消さない限り。
現在の情報を残したまま、完全に消せる情報なんてないでしょう?」
フォーマットをかけるべきだったのかもしれない。
たとえ第三新東京市が死んだとしても。

でもそれはあのころのマヤにはできなかった。
この事件の責任は自分にあるのかもしれない。

「サルベージは成功していませんよ。ですが・・イロウルならばどうでしょうか。
奴ならデータを探し当てるでしょう。そしてデータを繋ぐはずです。生き物が怪我を
直すように。」
「そして、E型データが完成するってわけね。細かいことは知らないけどやばいもんでしょ?」
ニースがマヤに聞いた。
彼女はマヤの答えを知っていて、マヤの動揺を知っていてそう聞いた。
「あれがあればエヴァが作れる・・・そんなこと・・・」

ニースはつまらない、というような顔をした。

「問題は奴らがいかにしてイロウルを使いこなしているかと言うことです。」
どうも制御できていないような気がする。
気休めか?楽観的観測か?

違う。
マヤは意識した。客観的に考えて制御できるようなものじゃない。

「データが完成したって取り出せるわけがないでしょ?イロウルなんてウイルス込みじゃ。」
「一つだけ。ファイルの確認しておきたいんですがね、伊吹さん?」
語尾を上げ調子で佐野は笑った。
こういうときの奴が一番危険だ。

「赤城ファイル、A11。持ってますね。」
心底恐ろしい男だ。佐野。所長も知らない事実をつかんだのか。

「よくもまぁ見事な隠し方をしたもんですが・・・それ以上に問題があります。
この情報はね小田が教えてくれたんですよ。」
小田が?・・・ということは
「敵は、赤城博士の周辺にいた、ということになります。」

誰だ。
恐ろしい速度でマヤの前を多くの顔が横切る。
誰だ誰だ誰だ?

わからない。
あれについて話した覚えがない、ネルフの時代にA型のファイル、
つまり使徒対策ファイルの
存在を知ってた人なんていないはずだ。

「わかりません、どこから漏れたのか・・」
マヤはクビを振って答えた。
「死守してください。あれが解読の鍵のはずです。自己変化プログラム。
佐野は帽子を手にとって立ち上がった。

「一つだけいいですか?伊吹さん。」
佐野は彼女にそう言った。
「あなたと、あなたの先輩を信じてください。それだけは絶対なはずだから。」


ドイツ四号機。
その通路図が示された。
「まさかねぇ。おもしろいところで飼ってるのね。」
佐野の情報によれば
イロウルを飼育し、制御していたのはドイツ四号機であった。
自己防御システム。
生物の基本本能だ。
自分が生き残ることを最優先とする。

ドイツの四号機がメンテナンス中という事実にもっとはやく気づくべきであった。
世界でたった一台、被害を免れる可能性のあるMAGI。

「A11はマヤが持ってるのよね。」
ニースがそう尋ねた。
「いえ。私じゃないわ。」
マヤはそう答えた。


北島とニースがドイツ支部に潜入→北島ニースをかばって撃たれる
ニース、四号機の潜入に成功。
ニース四号から六号にハッキングをかける
六号、マヤとリツコの戦い

小田とニースがつながっていた。
ニースが黒幕。
なぜ六号は汚染されてない?
それは六号をハッキングに使おうとしたため
自分の道具を汚す人間がいると思う?


version1.06:



山口さんの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る
inserted by FC2 system