長い長い道程で有った。

 

  子供の頃、確かに思い描いた夢が有った。

 

  それはその男にとってはあまりにも果てしない夢で有った・・・。

 

  大きくなり年を取り物事が分かり出すと現実をしだいに突き付けられた。

 

  かなわぬ夢で終わりかけていた時も有った・・・。

 

  しかし時代が変わり、それが向こうからやって来たのだ。

 

  そしてそれはその男達が苦難の道程を挫けず走って来たお陰であろう。

 

  きっと傷つき、諦めそうに成っても突き進み歩んで来たお陰であろう。

 

 

  時は動き出す・・・プロフェッショナルと言う道を。

 

 

  カルチョの新世紀を。

 

 

  日本のプロサッカーが始まる。

 

 

 

 

[Eファンタジー]

 

[第五節]

 

 

{夢への道、棘の足跡}

 

 

 ☆この物語はフィクションです。

 実在の人物、名称、団体とは関係ありません。

 

 

 

 

 「どうだ?ミキヨ、ひざの仕上がり具合は・・・?」

 「あぁ・・・大分良い感じになって来たよ、痛みもほとんど無い」

 

 「・・・これでもこの道16年のプロだからな・・・ま、お互いに」

 「ふっ、全くだ」

 

 「何だよぉ・・・嫌みに聞こえるぞ・・・ミキヨ」

 「ふっふふふふ・・・」「ふふふ・・・・・」

 

 いつもの感じの二人の会話・・・

 だが今日の日は、いささか様子が違うようだ。

 

 「・・・いよいよ明日か・・・」

 「あぁ・・・いよいよだ・・・まあ、まだプレステージってとこだがな」

 

 「明日、明日か・・ウーン」

 

 <1992年 10月5日>

 

 <Jリーグ プレシーズンマッチ ナビスコカップ第一節>

 

 来年のJリーグ開幕に向けて行われるいわば“前夜祭”の様なものだ。

 各チームの状況を見極めるには、持って来いのカップ戦。

 

 それにミキヨには台頭しつつある各チームにいる若手、新しい選手の

  実力も見極めて置きたかったのだ。いわゆる“スカウティング”である。

 

 それは新たな仲間でもあると同時にライバルである。

 ましてや同じポジションで代表入りでもしてくれば・・・。

 

 ミキヨの輝かしい代表歴。日本リーグでの数々のタイトル・・・。

 しかし、Wカップ本大会もオリンピック本選出場もその中には入っていない。

 

 ミキヨのプロサッカー人生もそう長くは無いだろう。

 おなじレベル、実力であれば将来の事を考えれば一目瞭然であろう。

 

 そうなればいままでの経歴など、何の役にも立ちはしない。

 

 ミキヨにとっての正念場であった。

 

 

 「何にも出来ないまま引導を渡されちゃかなわん」

 ミキヨがポツリとつぶやく・・。

 

 「はぁ?なんか言ったか」

 「いや・・・なんにも」

 

 「ときに、ミキヨさぁ」「ん?」

 「あいつ、どうしたのかな・・・」

 「あぁ、あいつな・・・」

 

 あの少年、碇シンジが姿を消してもう2週間が経っていた。

 あれから何の音沙汰もない。

 宏もその、“葛城ミサト先生”の所には連絡はいれて無かったので、

 まあいれる必要も無いであろうと判断したためでもあるのだが。

 

 「まあなぁ、こっちも今はそれ所じゃ無いからな」

 「・・・そうだな」

 あきらめておとなしく帰ったのだろうか?

 そんなタマにはとても見えなかった。あれだけ食い下がったのだ、

 ここで無くとも色々とやっているのでは?と。

 ふと、ミキヨの頭をよぎる。

 

 

 宏にも気には成っていた事があるのだ。

 

 自分のハリの腕の気に、引っ掛かった、あれは気のせいだったのか?

 あのとき、自分の指にはトップアスリートの予感が、

 確かにあったのだ。だが果たして・・。

 

 (まあ、たまに気だけ先天的に強い人もいるからなぁ・・しかし)

 だが宏は、それ以上考えるのをやめた。

 

 「ミキヨ!おれ、仕事して来るよ、このままじゃいかんから、な」

 「ん、そうだな」

 「じゃ、明日だ、な!」

 「あぁ!」

 

 

 今は自分にとってもミキヨにとっても、とても大事な時期で有るのだ。

 (いかんいかん!集中しなきゃ!ミキヨのためにも、チームのためにも)

 

 そう自分に言い聞かせると、宏は頭を切り替え、選手達が待つ、

 マッサージルームに向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、駒場スタジアムPM1:00。

 

 Jリーグ、ナビスコカップ、第一節。

 

 浦和レッドダイヤモンズ対ジェフユナイテッド市原戦、当日。

 

 サブトレーナーの声が、集まってるレッズ選手の面々に響く。

 「それでは!アップ、始めます!お願いします!」

 

 きびきびとした、声が控室に響いた。

 それに答えるように、

 「「オッシ!」」と選手達の掛け声も響いてきた。

 いよいよで、有る。選手達が次々とピッチの中に出て来る。すると、

 

 「「「ワー!ワー!ワー!」」」

 

 「うっわー・・すげぇ・・」

 

 レッズのホーム、駒場スタジアムは、超満員の観客で有ったのだ。

 こんなことは、ミツビシ時代から考えても、初めての出来事だった。

 宏もミキヨも、その客席の埋まり方、その大歓声に、

 呆然として、しばらく我を忘れた。

 

 駒場スタジアムは観客動員数2万人以上を誇る埼玉最大のスタジアムである。

 そのスタジアムが満員に成ることなどほとんど記憶に無い。

 

 それが超満員札止め状態で有ったのだ。

 

 宏やミキヨにとっては信じられない光景だった。

 

 

 

 「お、おいおい・・」

 「これ、全部そうかよ?」

 「うっそだろう・・」

 「うっうっ・・・こ、こんな日が本当に来るなんて・・・」

 突然、涙ぐんだのは、あるベテランのコーチであった。

 

 JSL(旧日本サッカーリーグの事)の頃はとても考えられない

 大観衆であった。

 

 来る日も来る日も、多くて千人や二千人程、少ないときは

 百人にも満たない観衆の中で、試合をやって来た事もあった。

 十数年、そんなのが当たり前の様に続いていたのだった。

 

 と、そんな感慨にふけっているベテラン達を尻目に

 若手達の軽口が後ろから響いて来る。

 「なぁに言ってんだか?これだから年寄りは」

 「そうそう!高校選手権なんか、もっと入ってましたよぉ」

 「やだなぁ年寄りは涙もろくて」

 「バッカヤロー!100人や200人の中で試合したことの

  ある奴じゃなきゃ、この気持ちはわからんわい!!」

 「「フハハハ、くっさぁ」」

 

 またも価値観の違いが、と言う感じであろうか。

 だか、それはうれしい変わり方でもあった。

 

 「宏・・」

 「ん?」

 「・・本当にこういう日が、来たんだなぁ」

 「あぁ、そうさ」

 「みんな、待っていたんだなぁ」

 「そうさ、ミキヨ!」

 

 二人の胸に来るものは確かなものだった。

 だが、それはまだ始まりに過ぎないのだ。

 

 「よし!行くぞ!」

 

 「ピーーーーーーー」

 その掛け声、そしてそのホイッスルと共に、

 “ミツビシ浦和レッドダイヤモンズVSジェフユナイテッド市原”

 のナビスコカップ第一節がついに始まったのであった。

 

 

 “ヴェルディ川崎VSサンフレッチェ広島”

 

 “名古屋グランパスエイトVS清水エスパルス”

 

 “ASフリューゲルスVS鹿島アントラーズ”

 

 “横浜マリノスVSパナソニックガンバ大阪”

 

 

 各地で始まり、繰り広げられる、ゴール!

 

 ゴール!

 

 ゴール!

 

 ゴール!

 

 ゴール!

 

 

 そして・・・

 

 

 

 レッズVSジェフは前半、後半にジェフにそれぞれ先制されて、

 苦しい展開であった。

 

 <さあ、2点、先制されて苦しい、レッズ!

  どうするコーナーキック?!>

 

 コーナーキックを蹴るのは、当然キャプテンのミキヨである。

 残り時間はあと、20分少々である。

 ここまで良い形は作るものの、決定的場面を作れないレッズ。

 キッカーのミキヨも慎重になる。

 {フクダ、もっと上がれ}

 目で、合図をFWのフクダに送るミキヨ。

 それにすぐ反応して前のめりになるフクダ。

 {よぉし、うまく合わせろよフクダ}

 

 “ガッン”とボールをコーナーから蹴り出すミキヨ。

 そしてフクダが、そのボールに頭を合わせる、すると!

 

  <<ゴーーーーーール!!!>>

 ちから強いアナウンサーの声が、テレビに、そして

 駒場スタジアム中に響き渡る。

 「いいぞ!フクダ!」

 「ナイスヘディング!ミキヨのキックも良かったぞ!!」

 「まだまだいけるでぇ!!」

 「よーし!いいぞもう一点だ!!」

 「「「オッシ」」」

 選手達の掛け声が再び響く。一つになる瞬間だ。

 

 <レッズ、インターセプト!>

 <そしてそのままキープしながらゴール前にボールを持ち込む!>

 

 {みんな待っていた}

 

 {{みんな待っていた!}}

 

 {{{みんな待っていた!!}}}

 

 <さあ、いい形を作って追い上げるか?レッズ!>

 「良し!フクダにいいボールが出たぞ」

 「あっ」

 

 フクダがボールを持った瞬間、ジェフDFが一斉に

 前に上がり始めた。

 「しまった!オフサイドトラップだ!」

 「うまくDFに上がられた!」

 

 だが、ジェフDFが、前に上がっていたミキヨに、

 並び掛けようとしたその時であった。

 

 「フクダ!俺に!」

 と、叫びながら、ジェフDFと共に突然、並んで走り始めた。

 

 「オ、オッシ!」

 その声と共に、ミキヨに向かってボールを蹴り出すフクダ。

 その時、突然、後ろを振り向き、再びゴール前に走りだしたのだった。

 

 突然のUターンに戸惑うジェフDF達。

 しかし一歩遅れを取ると命取りなのが、サッカーである。

 

 フクダからのボールは、うまくミキヨの前に落ちたのだった。

 「旗、上がって無いぞ!」

 「江藤!」

 「ミキヨ!」

 皆が思わず叫ぶ、声を揚げる。

 うまくトラップをかわして、ゴール前に走り込むミキヨ。

 キーパーがミキヨの前に思いきり飛び出した、その瞬間・・。

 

 「ミキヨ!いけぇ!」

 そう叫んだ宏と、それは同時に。

 

 ミキヨの右足は、敵、ジェフゴールにボールを

 押し込んでいたのだった。

 

 「「「ゴール!!!」」」

 「「「やったね、ミツビシ同点じゃん!」」」

 「「「江藤、うまいなぁ!」」」

 「「「さすが、ベテラン!歳の候!」」」

 さまざまな歓声が観客席から上がる。

 盛り上がる、レッズのホームスタンド。そしてベンチも。

 

 「やった!やったぜ、ミキヨ!」

 「入れやがったよ!FW顔負けじゃ無い?!」

 「とっさに、トラップ掛けたDFと一緒に走り上がり、

  パス出させてUターンしてトラップの網をくぐってゴールなんて、

  ベテランならではの芸当だよぅ・・」

 

 

 おまわず見とれていた宏であった。

 そしてあの頃をまた思い出さずにはいられない宏でもあった。

 

 かつて宏もサッカー選手であった頃、彼の江藤ミキヨは憧れの選手であった。

 高校、大学とサッカーをやっていた宏にとっては、同じ世代の

 共通の憧れであり目標でもあったのだ。

 

 そしてひょんな事から、同じチームで立場は違えど一緒に

 苦労を共にして来た2人。

 ガッツポーズを取るその姿は歳を食っても変わらないもの。

 それを見て、やはりやはり、

 また思わず口にせずには居られなかった宏であった。

 「・・だから言ったろぅ、引退なんか5年早いって!」

 

 

 しかし、同点に追いついた後、

 延長で、サドンデス(現在のVゴール)の1点を取られ、

 3対2で敗退。

 

 

 三菱浦和レッドダイヤモンズの、

 公式戦、初勝利はお預けとなったのであった。

 

 

 

 

 

 

 「ちっ・・・おしかったっすねぇ」

 「あぁ、新ルール(現在の延長Vゴール方式の事)じゃ

  無かったら延長で、追いつけたかも知れなかったのになぁ」

 試合後の興奮も冷めやらず、口々に引き上げて来るレッズの選手達。

 

 試合には負けはしたものの、その表情には

 初めての公式戦を戦った、充実感が滲み出ていたのだった。

 

 「ミキヨ!ナイスキック!ナイスシュート!」

 そう、ミキヨに声を掛け背中を思いっきりひっぱたく宏。

 事のほかうれしそうな、表情をしていたのは、

 だれ有ろう宏で有った。

 

 「おいおい、いたいよ、勘弁してくれ、

  大体、負けちゃ仕様が無いよ、宏」

 「ま、確かに、でもさミキヨ、調子良さそうだな安心したぜ」

 「うん!コンディションは良かった、お前のお陰さ、だから」

 「うん?」

 「よろしく頼むぜ!トレーナー!」

 「いってー!おいおい!」

 「アッハッハッハッハッー!」

 と、声を掛けると同時に、今度はお返しとばかり、

 宏の背中を、思いっきりひっぱたき返したミキヨで有った。

 

 

 

 

 試合が終わってしばらくして、

 レッズの面々が、帰りのバスに乗り込むために

 裏の駐車場に降りて来ていた。

 

 と、選手の一人がバスの前に人が立っているのに気が付いた。

 「おいおい、何だぁ!ファンかなんか分からないけど

  バスの前をだれか塞いでいるような・・・」

 「おっおい!あいつ!」

 「あー!あいつ!」

 一斉に、騒ぎだす選手達。その前に立っていたのは・・。

 「おい・・宏」

 「へっ何だよミキヨ、何か有るのかっ・・て、えぇ!!あいつは!」

 

 「ヤッホー!」

 思いっきり、バスの前に立ち塞がっていたのは、

 だれ有ろう、

 

 あのくそガキこと、

 碇シンジで有った。

 

 またも、波乱がレッズの選手達と

 

 ミキヨと宏を

 

 襲うので有ろうか?

 

 それを知るのは、

 

 カルチョの神のみで有る。

 

 

 ◇第六節に続く。




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