* 愛と爆炎の聖誕祭 *

吉田











  それは、20XX年の12月25日、午前0時01分より始まる。


  つまり後三百を数える程度の時間しか残っていない。
  それを、たったの五分で!、と叫ぶ者もいるだろう。
  あるいはそれを、五分も!、と嘆く者もいるだろう。
  それ以外の答えを返す者も多いだろう。
  場所にもよる。
  環境にもよる。
  時間帯によっても、それは大きく変化するだろう。


  つまるところ、宇宙には時間に密度というものが存在する。


  密度が薄い瞬間を平和と呼ぼうが、特別に濃い瞬間を事件と呼ぼうが、それを何と言おうと構わない。
  だが一つだけ、たった一つだけ、絶対に、断じて忘れてはならない事がある。


  嵐の前には空気はピタリと動きを止めるのだ。
  都市を根こそぎ飲み干すような大波の前には、必ず潮は引き、波は動きを止めるのだ。
  信じ難い悲報を目の当たりにした時、人は動きを止めるのだ。
  大声を上げる前には、息を吸うために沈黙するのだ・・・・・ほんの一瞬だけ。


  だが『そこ』にまったく無知な第三者がいたら、彼―或いは彼女―は『それ』をどう考えるだろう?


  事の全容を知る者、あるいは『それ』を一度でも経験した者がいたらこう叫ぶだろう。
「早くそこから逃げろ!さもないと恐ろしい事に巻き込まれるぞ!」
  だが『それ』を知らなかったら?


  銃弾の雨をかいくぐり、幾度も棺桶に片足を突っ込みながら戦場を走りまわっていた兵士がいたとする。
  そして唐突に辺りの銃声が止んだ事に気付いたら、その兵士は何と思うだろう?
  その一瞬後に核ミサイルが爆発する事を知らなかったら!?




  五分。
  それは短くもある。
  もしも、何かが起こる事を知っていたとしても、たったの一分では『それ』を回避する事は出来る
だろうか?


  五分。
  それは長くもある。
  もしも何かが起こる事を知っていたら、『それ』が起こるまでの時間は拷問であり、苦痛ではないのか?


  五分。
 『それ』が起こる事を知っていたら、それは不幸、或いはそれは幸運になり得るかも知れない。
  だが『それ』が起こる事を知らなかったとしても、それはやはり不幸で、或いは幸運になり得るだろう。


  彼らについて言えば――碇シンジと呉越同舟の愉快な一蓮托生の旅の道連れにとって言えば――
『それ』が起こるという事を知らなかった事は非常に、それこそ彼らだけでなく彼らに現在関わって
おり、また将来関わるであろう多くの人々と、さらにまたその人々が後に関わるであろう更に多くの
人々にとってこれからの彼らの人生に大打撃を与え、或いは終止符を打たれる事になりかねないほどの
最大級の不幸だったに違いない。
  何故なら、もし知っていたら、彼らは『それ』を避ける事が出来たかも知れないのだから。


  それは静の後に動がくる。
  静寂と平和の後に事件と変革が訪れる。
  ただ一つ、運の悪い事にそれは三段飛びの要領で訪れてしまったのだ。


  それは、20XX年の12月25日、午前0時01分よりはじまり、それは今より約三百秒後より始まる。


  より正確に言えば12月25日午前0時01分06秒から・・・・









第37章 碇シンジ への ささやかな贈物 A little present for Sinji Ikari.

12月24日、深夜23時56分08秒。 その時、彼らは何をしていただろう? 暗闇を走るトラックは星空の監視の元、鋼の血管を流れる熱い血液を心臓に送り込み続けていた。 青白い月の女王は冷酷な微笑みを浮かべて小さな雲の断片を照らしながら、いつもの様に天空を泳いでいた。 深淵の闇に身を浸す森は、恐ろしいほどの速さで前から駆け寄り、近づいたかと思うと後ろに逃げ去った。 大地の巨大な手の平に横たわる道は、冷たい視線を投げかけ、口を閉ざしたまま彼らが去るのをジッと待つ。 夜の闇に蠢く小さき虫共は、彼らを待ち受ける運命を噂した。 12月24日、深夜23時56分10秒 その時、彼らは何をしていただろう? 彼らはこれから起こるであろう三段飛びの第一歩たる、最初の事件に遭遇しようとしていた。 トラックの中は静かだった。 赤木博士と伊吹二尉が小さな声で魔法について議論している。 エンジンのおこす力強い唸りが、小刻みに床を振動させている。 チャーリーの座る運転席に据え付けられた電波無線機から、暴徒達を情報が流れてきている。 時々、耳から火花を散らすPI-3と言う名の人形は頭からシーツを被っている。 どれも非常に静かだった。 分厚い装甲の中までは、いつもは煩わしいほどの虫の音も聞こえず、夜鳥の鳴く声も聞こえない。 そしてシンジの前には一人の髪の長い少女が白くてシーツにくるめられ、静かに横たえられていた。 碇シンジは床の上に横たわるブラボーこと東天に取り憑かれていた死体にして別所ナツミの身体に 恐る恐る手を伸ばした。 静寂の中で、皆が見つめる中で、シンジの手が真っ白いシーツに触れた。その時、 「彼女はもう死んでいます。」 突然、背後からかかった声に、シンジはびくりとして動きを止めた。 テンゴは鉄板の床に膝をつき、伸ばしかけたシンジの腕に手を置いた。本心からにせよ、演技にせよ、 彼女は悲しげに目を伏せた。だが、それに被さる長い睫毛は『どう?私って綺麗でしょ?』と大々的に 自己主張していた。 「!・・・・でもっ!!」 その瞬間、シンジの中でなにかが弾け飛んだ。 今まで、事件はあまりにたくさん起こり過ぎていた。 キリキリと胃を締め付ける不快な痛みが、彼の頭の中で『それは駄目だ!』と強く警鈴を鳴り響かせ ていた。 だが止まらなかった。 止める事は出来なかった。 心のどこかでそれを欲していた事を、彼は頭の片隅で理解していた。 「でも・・・でも!さっきまで別所さん、あんなに元気に動いてたし、今は怪我はすっかり治ってるし、 ミサトさんのカレーも食べてないし、・・・・・・桜井さんだって別所さんはこんな事で死ぬようなヤワな 人じゃないって言ってたじゃないか!なのに・・・・・どうして、死んだなんて言えるんだ!この・・・この 人でなし!彼女が死ななくちゃいけない理由なんて無かったじゃないか!彼女はべつに何もしていな いのに!そうさ!どうせ死ぬならここにいる奴等の方がよっぽど死んだ方がマシだ!僕の方がよっぽ ど今までに人をたくさん殺して、傷付けてきた!君だって何とか言う病気を理由にして登校拒否をし てる不良生徒じゃないか!赤羽さんだっていつも偉そうにしてて学校のみんなから避けられてる! 狭量で高慢な馬鹿女だっている!暗くて無愛想な奴だっているし、ただでかい声で喋るしか能の無い ロクでなしだっているじゃないか!なんでこんな目に遭わなくちゃいけなかったんだよ!―――――」 シンジは自分でも理解できないほどの激情に駆られて、瞳を潤ませながら言葉を立て続けに並べ立てた。 中には何を言っているのか分からない部分もあったが、これまでの、それこそ休む暇も無く襲いかかって きた数える事さえできないほど大量の事件の数々によって生まれ、そして間断無く引き起こされた状況の けたたましい変化の連続のせいで発散する事の出来なかった心理的な鬱屈が、唐突に訪れた静かな時間と 環境によって爆発した。 葛城家の部屋を出てから、つい先程までのシンジは一時的に低レベルの精神的不感症ともいえる状態に 陥っていた。それが元に戻った時、今まで、本来なら一度ずつ受けているはずだった衝撃が、その瞬間、 一気に、土石流のように彼に襲い掛かった。 今のシンジは噴火した休火山か、決壊したダムのようなものだった。 吹き出すきっかけは何でもよかった。激水の流れる方向はどこでも良かった。周囲にどれだけの 被害を与える事になろうと構わなかった。ただ、溜まった物を大いに爆発させ、発散させ、外に吐き 出す事が必要だった。 人によっては彼女たちを押し倒していたかも知れない、あるいは彼女たちに暴力を振るっていたかも 知れない。だがシンジは、決して人を傷付けない事を主眼に置いた人生を歩んでいた彼は、普段なら何が あろうと決して口にはしないだろう言葉を羅列し、自分でも驚くほど豊富だったボキャブラリーを用いて 罵詈雑言を続けざまに並べ立て、頭の隅っこで、『頭が悪い』という意味の単語一つに一体何個の表現 方法があるんだろう?、と驚きながらも、驚愕し、脅えた表情を浮かべ、呆然として自分を見つめる少女 達を罵り、あざけり、口汚ない言葉で傷つけた。 もしも彼女たちが普通の少女なら、彼女達がただ単にシンジに惚れているというだけの普通の少女達 であったなら、碇シンジの口にする言葉の一切れに触れただけでも自己嫌悪と絶望のあまり喉をかき切っ ていたか、あるいは即座に耳を塞ぎ、遺書に書く文面と富士の樹海が良いかビルの屋上が良いかを考え 始めていたに違いない。 しかし、その時、その場にいたのは怪物の如き精神力もしくは腕力の持ち主、或いは英雄的自己犠牲 精神の持ち主、言語を絶する楽天家、悪魔的もしくは悪魔そのものの頭脳の持ち主、現代科学に有り得 ない力をおもうがままに行使できる超人、もしくは怪人達だけだった。彼女達の中にはただの一人として “普通の少女”という貴重かつ奇天烈な生命体は存在していなかった。――とても不幸な事に。 普通の少女が一人でも混じっていたら、事態は多少なりとも変化していたかも知れない。 だが、ある意味当然とも言えた。 一介の“普通の少女”がここまで生きて辿り着く事は至難の技だろう。或いはここまで生きて辿り 着いた時点で彼女は“普通の少女”から大きく逸脱した存在になってしまうだろう。いや、もっと 根本的に、ここに辿り着こうと考えた時点で彼女は事態を変え得る“普通の少女”ではなくなって いるとも言えるかも知れないのだから。 シンジの爆発は続いた。 延々と続いた。 だが、少女達はシンジの言葉に(命を断とうという程ではないにしろ)傷つき、絶望しながら直感した。 『彼は癇癪を起こしているだけだ! 』 鋭い直感はアルファだけの専売特許ではなかった。特定の環境下における雌体のホモ・サピエンスは 時として悪魔の如き閃きを得る。これはその至極小さな一例にすぎない。 そして、その答えの根拠は。 『私がこんな感じの癇癪を起こした数は一回や二回じゃ済まないんだから!』 もしくは、 『私がこんな感じに癇癪を起こした人を見た数は十回や二十回じゃ済まないんだから!』 で、圧倒的に後者が多かった。 しかし、綾波レイと赤木リツコと伊吹マヤはの三人は別だった。 リツコとマヤは魔法とやらについて科学的な議論を通わせるのに夢中でシンジの爆発に気付いて いなかった。 レイは、碇司令にそっくり、と、シンジが聞いたら脳卒中でひっくり返った挙げ句、自己嫌悪と 絶望で向こう一週間は登校拒否になる事100%請け合いの思考を巡らせていた。 今のシンジの爆発を止める手段はないように思えた。やがてシンジが自然に落ち着くのを待つ しかない様に思えた。それ以外には奇跡を期待するより他に存在なかった。 そして、奇跡とは往々にして極めて確率の低い偶然の事を言い、多くの場合、何も知らぬ者にとり、 それは様々な行為や言葉が複雑に絡み合ったせいで奇跡が起ったように見えるだけであって、全てを 見通せる者や過去の歴史家に言わせれば、奇跡は奇跡でもなんでもなく、それはただの必然であり、 当然の結果なのだから。 「生き返らせることもできますよ。」 テンゴは言った。 それは『魔法』のように聞こえるが『魔法』ではなく、『奇跡』のように思えるが『奇跡』ではなく、 彼女にとってそれは、今までに学んだ知識と経験と本能によって培った『技術』に過ぎなかった。 シンジはピタリと口を閉じた。 彼にとって、それは『奇跡』に等しい意味合いを持っていた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」 彼はまるで呆けたように、間抜けな顔で聞き返した。 「生き返らせる事もできます。」 彼女は小学校の教師のような辛抱強い口調で言った。 シンジは唖然とした顔のまま何かを聞こうとして、何を尋ねるのか分からない事も分からないまま、 何も言えずに口の中で意味の成さない言葉をモゴモゴと呟いた。 テンゴはシンジの手を優しく握りしめた。 「・・・・・・それには三日程かかります。後遺症も残ります・・・。それでも・・・そうしますか?」 シンジはしばらく呆然としていたが、やがてゆっくりと肯いた。 「・・・・うん・・・・・」 シンジの中で暴れまわっていた暴風は、瞬きする間にどこかへ消え去っていた。 テンゴは黙ったまま優しく微笑み、シンジの手を離した。 シンジの突発的な怒りを正面から浴びせかけられた少女達もいまだにショックから抜けていないのか、 静かに座ったまま沈黙し、口を開こうとしなかった。 エンジンの唸りが彼女達の耳にもどった。 PI-3というシンジにそっくりの人型が火花を放った。 リツコ達の専門的な会話も耳に届き始めた。 絶えず無線から入ってくる暴徒の情報もゆっくりと帰ってきた。 しかしそれらが彼女達の脳に浸透する事はなかった。 そこは静寂に包まれていた。 どれくらい時間が経ったのだろう。やがてシンジが恐る恐る口を開いた。 「・・・・あの・・・」 少女達の視線が彼に集まった。 「・・・・・・ごめん。」 その声に自己嫌悪と自虐的なまでの罪悪感が含まれていた。 彼女達の耳にはいつも彼が反射的に言う言葉には聞こえなかった。考え抜かれ、苦しんだ末に 彼の本心から出た言葉に聞こえた。 「良くあることです・・・・」 テンゴは困ったような笑みを浮かべ、繊細な顎をしゃくってアスカやアルファ達を指し示した。 「・・・・彼女達の癇癪はもっと酷いんですよ・・・・」 呟くように言った彼女の言葉に、シンジはようやく微笑んだ。 そして、彼女達の耳にすべての音が舞い戻った。 車に据え付けられたデジタル時計から響く電子音が、その瞬間24日から25へ日付が変わった 事を伝えた。 メリークリスマス! その日がクリスマスであることを思い出した彼女達は心の中でそう叫んだ。 サンタクロースから子供たちへの贈り物は一体何か? プレゼントは《危機》という名の多様な音響だった。 その音は彼女達の耳に警鈴のように鳴り響いた。 荘厳に響く『キリエ』の合唱は公平分割機構戦車部隊の接近を。 森の奥深くから轟く、大地を揺さ振る雄叫びは幾千幾百の暴徒の群れの接近を。 無線からの声は、それらの敵対的な存在全てが彼女達のすぐそばに迫っている事を。 その時、唐突に鋼鉄の杭が天井を突き破り、シンジの目の前に降ってくる。 同時に、後部の扉が吹き飛び、狂暴な色をその瞳に宿らせた少女達が車内に乱入してきた。
「暴徒とパイロット護衛班が接触!!」 NERV第二発令所にオペレーターの声が響いた。 「無線はまだ通じんのか!?」 「応答ありません!」 冬月は顔を上げた。 メインスクリーンには、恐らく第三新東京市の中心街から一直線に、深い森と急な坂道を強引 にショートカットしてきたと思われる少女達の群れ、そして後方の戦車部隊から抜け出した脚の 速い車両が映し出されていた。 トラックは森から飛び出してきた少女達を際どく摺り抜け、あるいは跳ね飛ばして爆進していた。 だが、トラックの上に一つの人影が飛び乗り、両手に持った長大な棒を鋼鉄で装甲された天井 に突き刺していた。 冬月は素早く手元のディスプレイに目を走らせた。 ディスプレイには兵装ビルのミサイル装填の状況とその照準の対象が映し出されていた。 照準はエヴァパイロット達を載せたトラックと並走する戦闘車両と暴徒達に向けて再セットされていた。 彼は思わず、撃て!、と叫んでしまいそうになる欲求をぐっと堪え、いつものように両手を後ろに組んで 直立姿勢を正した。 「無線で彼らを呼び続けろ。兵装ビルの照準はそのまま固定。二班は地図と重ね合わせて護衛班の 新たな逃走経路の割り出し。一班は監視衛星のカメラとIRモニターを使って他に潜伏している 敵対集団がいないか再チェックを急げ。」 冬月は矢継ぎ早に命令を飛ばし、オペレーター達が従順かつ迅速に命令を実行していく様を見ながら、 小さく息を吐き、手の空いた一人に尋ねた。 「手の空いた空戦部隊はないか?」 声をかけられた長髪のオペレーターはコンソールを素早く叩き、確認した。 「第1アパッチ小隊と第4アパッチ小隊。両隊とも、Cブロックの敵戦車部隊の殲滅を終え、 現在Aブロックで足止めされている歩兵小隊の救援に向かう途中です。」 「かまわん。第1アパッチ小隊を臨時護衛班の援護に回せ。」 「了解。」 冬月は後ろ手に組んだ両手を強く握り締めた。 その時、衛星からの映像を監視していたオペレーターの叫び声が上がった。 「副司令!HRVで高熱を発しながら低空を高速で飛行する未確認飛行物体をキャッチ!高度 五十メートルで護衛班までの距離三百!現在地D−208−43。一直線で護衛班に接近して います!」
12月25日深夜0時0分3秒。 三段飛びの二歩目。 多くの事象が一瞬で起きた。 シンジの目の前に突如現われた鋼鉄の棒は天井に突き刺さった部分を支点に弧を描き、シンジの 胸を叩きつけた。枕で身体を力一杯叩かれたような衝撃で、シンジは後方に弾かれた。痛みを感じ なかったことに拍子抜けした戸惑いを浮かべた顔のまま、シンジの身体は緩やかに放物線を描き、 開け放たれた扉に向けて飛んでいった。SILF外務局長にして、とても中学生には見えない長身と 凹凸を持つ長茶髪のシエラは身を仰け反らし、拳銃を漆黒の鉄棒を突き立た根元、襲撃者が立っている だろう天井に向け、引き金を立て続けに引いた。が、銃口から放たれた9ミリ弾は四十四口径の銃弾 ですら止めると言われる多重構造の装甲の前に虚しく弾き返された。運悪く、車内に侵入してきた少女 三人が跳弾に倒れた。「チッ!」シエラは舌打ちしながら銃を投げ捨て、床の上に無造作に転がって いるM16アサルトライフルを手にした。そのままレバーをフルオートに合わせると、弾が入ってい るかどうかも確かめずに引き金を引いた。M16からの徹鋼弾が乱れ飛び、天井にボコボコと穴が開 いた。だが車内に乱入してきた少女達は脇目も振らずにシンジめがけて殺到した。それを阻止せんと 綾波レイ対策委員会、通称、黒魔術研究会の長たる金髪のテンゴは双眸に怪しげな赤い光を宿らせて 侵入者を睨み付けた。と同時に先頭にいた乱入者二人が、突然膝が砕けたようにしてその場に崩折れた。 「破っ!!」時を同じくして同副会長たるショートボブカットの少女が裂帛の気合を上げた。気合を 正面から受けた四人の乱入者の身体が、まるで車に跳ねられた猫のように中に舞い、開け放たれた扉 から外に投げ出された。テンゴはその間に中指を人差し指を口に咥え、鋭く口笛を吹いた。それを聞き、 一体何をしているんだ、と考えながら惣流アスカは乱入者に鉄拳をお見舞いした。拳を一降りする度 に骨の砕ける感触を味わい、そこに残忍な喜びを見出していた。その時、開け放たれた扉から新たな 人影が飛び込んできた。アスカはその人影を確かめることもなく、ただ原始的な喜びと本能のままに 裏拳を振るった。が、空を切り裂いて放たれた拳は、ゴン、という音と共に受け止められた。見ると 白木の木刀で受けられていた。間一髪で必殺拳を受け止めた公安局長兼惣流アスカ対策委員長その他 諸々のデルタは叫んだ。「一次休戦中だろう!」その彼女の頭の上を掠め、シンジが宙を飛んで行った。 その身体を引き戻そうと総務局長アルファや法制局長エコーの咄嗟に伸ばした手がシンジを掠めて空を 切った。二人は思わず呻き声を漏らした。シンジが車の後ろから飛び出てしまう直前、もう駄目だ、と アルファ達が観念したその時、開け放たれた扉の代わりに八角形の光の壁がそそり立った。シンジの 身体が光の壁にぶち当たった。その瞬間、シンジは全身の細胞という細胞がバラバラに霧散するような 衝撃を受け、一瞬で気を失った。シンジの体は壁に当たったテニスボールのように跳ね返り、今度は 車の奥に投げ返された。 深夜0時0分7秒。 その頃までにはほぼ大半の侵入者がデルタの木刀やアスカの鉄拳に頭を潰されていたか、あるいは テンゴや副会長の妖かしの技により床に倒れ伏していた。最後の一人を綾波レイのATフィールドが 吹き飛ばした瞬間、天井の上から何か重い物が幾つも飛び乗って来たような物音と振動を感じた。同時 に黒光りする金属の棍が引き抜かれ、空を切る音と共に肉が弾け飛び、骨がひしゃげるような音の後、 幾つもの人影がもつれ合って天井から落ちた。そしてキャァッ、という少女の悲鳴と同時、毛むくじゃ らの得体の知れない生き物と一緒に制服を着たショートカットで両手に金属の棍を持った少女ももつれ 合って道路に落ちた。アスカやデルタ達がその落ちた少女が魔焔鬼頭三姉妹の次女『雷』と分かった瞬間 遠くからアスカ達の耳に唸り狂う風の中で不気味なほどはっきりと聞き取れる呪文が響いた。『われ功聖 先師に頼み奉る。肥遺の凶、酸与の魔を受け、以って土巫を召ず。公輸班、公輸盤、公輸依智、魯班公―― 諸土仙尊王よ、吾れに天呉の精妙力を与えたまえ。急急如律令、勅!勅!勅!』次の瞬間、シンジ達の 乗るトラックのすぐ後ろの道路に5mを超える巨大なアスファルトの壁が生じた。トラックを追跡して いた戦車や高機動車が岩壁を避ける事ができず、次々に玉突きを起こしてスクラップになった。アスカ達 は突然の出来事に唖然としながら声をした方を見上げた。頭上には真っ赤な炎に包まれ、八つの頂点に 青白い炎を燃え盛っている円盤が深淵の闇を湛える夜空に漂っていた。その上に一人の少女が屹立して いた。黒魔術研究会長のテンゴの暗闇を見通す妖眼にはその正体がわかった。(彼女は鬼頭三姉妹の末妹 の『雨』?それにあの円盤は八燈玄冥盤? あれは《火》の上級導師しか教えられないはず?〈雨〉は 《水》の方術師の筈。それに今の壁を作った術は間違いなく《土》の方術・・・・・まさか彼女は《玉》の 方術師!だとすると見た目通りの歳でないわね・・・)テンゴは僅か0.1秒でそこまで考えをまとめると 普段の彼女からは考えられないほどの大きな声で、「@/!#☆aaGH!Ъзкк!!」と叫んだ。外務局長を 務める語学堪能なシエラの耳にそれはラテン語の非常に古い型のように聞こえたが意味は不明だった。 が、その叫びと同時に天井に残っていた毛むくじゃらの『獣』達は疾走するトラックの屋根から道路へ 飛び降りた。棍を持った少女と一緒に落ちた『獣』達は弾かれたように立ち上がった。そして、シンジ 達を追いかけていた暴徒達に襲いかかった。暴徒達は常識的生物の生態学的限界と物理法則を土足で 踏みにじった上に唾を吐き掛ける非常識な能力を持った『獣』達に為す術もなく蹴飛ばされた。噛み 付かれた。押し倒された。殴り潰された。シンジの体がトラックの床に音を立てて落ちた。「玉移離!!」 いきなり頭蓋を殴り付けるような凄まじい気合が上空から降ってきた。同時にシンジの体が青白い球体の 膜に包まれた。彼の身体が膜ごと宙に勢い良く飛び上がった。咄嗟にレイのATフィールドを広げ、アスカ が殴り掛かった。第三新東京市最強の二人からの同時攻撃に球体が弾け飛び、シンジの身体が宙に投げ 出された。 12月25日深夜0時0分10秒。 黒魔術研究会のボブカットの副会長が素早く懐から血で厭魅の呪の描かれた呪符を取り出し、念を 込めた。『吾れ無上三天四海覇王に頼み奉る。獣在り、その状は虎の如くして巨大。天を疾り、八つの 人面を有す。その名は天呉。声は地鳴りの如し。無極老祖、無生老母、太上玄君の嚇を受け、以って 厭魅を召ず。天呉召喚!』。その瞬間、呪符が青白い電光を放ったかと思うと、一瞬にして巨大な虎に 変じた。「討て!」副会長の声がかかるや否や、八つの人の顔を生やした虎は〈雨〉に向かって疾った。 余りのスピードに〈雨〉は反応することもできずに妖虎の体当たりをまともに食らった。炎に包まれた 円盤が妖虎の身体に触れた途端に掻き消えた。瞬間移動でもしたかのような余りの速さにワンテンポ遅れ て衝撃波が生まれた。〈雨〉が空から落ちた。妖虎がそれを追った。トラックの中で生まれた衝撃波が 副会長達の鼓膜を打つけた。髪や制服がはためいた。彼女達を載せた兵員輸送用装甲トラックはただ 一台、速度を落すことなく道を疾走した。 深夜0時0分13秒。 シンジの体が音を立てて落ちた。 その下にはPI-3を言う名の壊れた人型ロボットがあった。 床に横たえられていた人型に被せられていた布が落ちた。 碇シンジそっくりの顔が剥き出しにされた。 嫌になるほど碇シンジそっくりの顔が剥き出しにされた。 碇シンジそっくりの耳が一際大きな火花を放った。 惣流・アスカ・ラングレーがそれを見た。 綾波レイがそれを見た。 赤木リツコがそれを見た。 伊吹マヤがそれを見た。 第三新東京市にその名を轟かせるSILFの頂点に君臨する者達もそれを見た。 そして壱中の制服を着た本物の碇シンジは黒いロングコートを着た偽者と縺れ合って気を失っていた。 きっかり三秒、皆の視線が集中した。 「・・・・・なるほど・・・・・そういう事だったの・・・・。」 深夜0時00分16秒。 トラックの中で、重い、重い、地の底から染み出てくるようなアスカの声が響いた。
「護衛班と暴徒との距離250!」 「暴徒は後方の集団と合流しました!」 「距離300に拡大!」 冬月は唖然としてその様子を見守っていた。 まさか彼らがあの絶望的状況を打破できようとは予想だにしていなかった。 分類不能にして未知の生物群の発見と信じ難い事象とがいくつか同時に起こったが、その説明付けは 赤木博士のために取って置くことにした。 なによりも今の冬月コウゾウにとって未知の事象など取るに足らない出来事だった。 感動? 今の冬月は身体の芯から熱い物が込み上げてきていた。だがそれとは別物のような気がした。 その熱いものは身体のもっと奥底、ずっとずっと深い所から来ているような気がした。 久しく感じたことの無い感覚。 長い間、それが在る事すら忘れてしまっていたもの。 彼、NERV副司令官にして司令官代理の冬月コウゾウは全ての発端から一部始終を見ていた。 多くの危機が彼らの前に立ち塞がる所。その危機を友や新たな仲間が力を合わせて次々と撃退して いく所。愛する者を守る為にその身を犠牲にする者。盲目的な愛情ゆえに手段を選ばず、あえて非人 道的な行いに手を染める者達。その愛ゆえに最愛の者に牙をむけた者。絶望的な状況の中にあってさえ 決して諦めずに戦う者達。惜しくも敗北した者達。そして打ち勝った者達。 彼の体の中で何かが動いた。 今この瞬間、冬月コウゾウはNERVの副司令官でもなく、司令官代理でもなかった。 一個人、冬月コウゾウは理解した。 彼は気がついた。 彼は発見した。 彼は再発見した。 彼は思い出した。 一人の女を賭け、親友と殴り合ったのはいつだったか。 一個のボールを追い掛け、必死になって駆けたのは何故だったか。 初めて買ったバイクを夢中になってチューンしたのは何故だったか。 ただそれだけが世界の全てに見えていたのはいつの頃だったか・・・・・・ 冬月コウゾウは理解した。 「暴徒と護衛班との距離は350です!!」 彼は発見した。 「未知の生物群は逃走!暴徒集団は再び追跡に入りました!」 彼は思い出した。 熱いものが込み上げる。 震えるものが込み上げる。 はちきれんばかりのものが込み上げる。 そして全身全霊全力全神経全体力を込めて叫んだ。
「今だぁ!!!!ミサイル全弾発射ぁっ!!!!!」 彼は叫んだ。 思い切り叫んだ。 これでもかというほどに大声を出した。 爽快だった。 それは『感動』ではなかった。 そう、それは『熱血』だった。
12月25日深夜0時00分16秒。 「・・・・・なるほど・・・・・そういう事だったの・・・・。」 アスカの低い声が狭いトラックの中に響いた。 綾波レイがふと顔を上げる。 「なにが?」 レイの瞳には、何を言ってるのよ。この赤毛猿は、とでも言いたげな光が宿っていた。 「これよ。」 アスカが首をしゃくってPI-3というシンジにそっくりの人形を示した。 そしてゆっくりと人形に向けて足を運ぶ。 「この人形の存在意義よ。あたしとした事がとんだ大馬鹿だったわ。こんな事に気付かなかったなんて・・・」 レイの赤い瞳がまるで、もったいぶらずに早いとこ本題をいいなさい、とでも言うようにスッと細まる。 アスカが続ける。 「どうりで変だと思ったのよ。大した伏線もないくせに登場して、下手したら、主役であるこの私よりも たくさん描写されるなんて。しかもその描写の仕方が奇妙にしつこいし・・・・。でも、なるほど、こういう 事なら納得できないこともないわ。」 SILF総務局長アルファがポンと手を叩いた。 「なるほど。つまりPI-3は今この瞬間に碇シンジのダミーとして私たちを追ってきてる奴等にばら撒く 訳ね。その隙に敵との距離を開けてNERVからの援護射撃を待つ。」 「駄目よ。」 口を挟んだのは外務局長のシエラだった。 「そんな事ダメに決まってるじゃない。第一、これをダミーの代用品にするには高く付き過ぎるわ。 何億かかってるかわかってるの?」 「命には代えられないわよ。」 「だって来週、日本重化学工業と新規契約の交渉なのよ。これがないと技術の売り込みができない じゃない。」 「代用品ならあるじゃない。粗悪品だけど。そこらへんはあなたの腕の見せ所。」 「ズールーに絞め殺されるわよ。あの子、ずいぶん入れ込んでたから。」 その言葉に唸りながらアルファが腕を組んだ。 「いちいち、うっさいわね!!!考えることなんて無いでしょうが!」 アスカが苛立って叫んだ。自慢の豪腕でPI-3の襟首を掴み上げる。 それをアルファは覚めた目でアスカを睨み付け、冷ややかな声で言った。 「これの持ち主は私達なのよ。それともあなたが勝手に壊して、6億7500万円弁償してくれる?」 「な・・・・あ、あんたら一体こんなもんにいくら使ってるのよ・・・・」 突然現われた膨大な数字に、アスカが思わずタジタジとなった。 知らず知らずのうちに貧乏性の主夫であるシンジの影響を受けていたのかもしれない。 「どうでもいいけど早く決めてちょうだい。」 そこに今まで黙って運転に集中していた情報局長チャーリーが割り込んだ。 「とっとと決めないとまた追いつかれるわよ。」 ハッとして振り返ると、一時期は動きが止まった群衆が再び追いかけて来ているのが見えた。 「・・・・OK。それじゃ決をとるわよ。PI-3を囮に使うことに賛成か?チャーリー?」 「賛成。」 「デルタ。」 「好きにしてくれ。あたしゃ疲れた。」 「棄権と判断するわよ。次、エコー。」 「反対。あとでズールーに絞め殺されるのはごめんだもん。」 「シエラ。」 「断固反対。」 「テンゴ。」 「賛成。」 「私は賛成。結果は賛成三票、反対二票、棄権一票。よって可決されたものと見なします。いいわね。」 最後の言葉はシエラに向けて発せられた。シエラは小さく溜息を付くと仕方なさそうに口を開けた。 「ちゃんとNERVに報告してからにしてちょうだい。本物と間違えて何の行動も起こさなかったって んじゃ、泣くに泣けないわ。」 アルファは肯くと運転席のチャーリーに手を振った。 合図を受け、チャーリーが無線機のスイッチを入れようとハンドルから片手を伸ばす。 その時、無線機に伸びた彼女の手を骨張った男の手がガッシリと掴んだ。 「無線はやめておいた方が良いな。」 「加持さん!!」 思わずアスカが叫んだ。 いつのまにか助手席に侵入していた加持は、よっこらせと掛け声をかけて後ろに移ってきた。 「助けに来てくれたの!?」 媚びたような声でアスカが加持にすがりつく。 だが赤木リツコはそう簡単に納得しなかった。 「それよりも一体どうやって入って来たのよ!?」 「助手席から。窓が開いてたんでね。」 加持は肩を竦めていとも簡単に言うと、マジマジと自分を見つめる全員に目を向けた。 「無線は盗聴されてるよ。どうしてあちらさんの別動隊が簡単に接触できたと思ってたんだ?」 皆がハッと息を呑む。 それを無視して、加持は制服を着て眠ったように横たわるシンジの人型の襟首を鷲掴みにした。 「もっとも、本部もここにこういう物があるってことは確認している。だから、ちゃんと判断して くれるさ。」 ヨッ、と声をかけて人型を持ち上げ、アスカに押し付ける。 「と、言う訳だから思いっきり投げちまってくれ。」 アスカは加持の勢いに押されたまま人型を受け取る。 「良いの?」 薄気味悪いほど碇シンジそっくりの顔を見詰めながら聞き返した。 加持は力強く肯くとアスカのからだを反転させ、後ろを向かせる。 アスカの正面には壊れたままの扉が視界に入った。その向こうに長い道路が走り、遠くからは百を 軽く超える追跡者のヘッドライトが猛獣の瞳のようにこちらを睨み付けている。その間を小さな人影が 躍るように地を蹴っていた。 アスカは軽く深呼吸する。ヒンヤリとした人型の襟を掴み直し、投擲体勢に入った。 申し合わせたようにアルファ達が脇に退く。 加持リョウジが薄っすらと笑みを浮かべている事に気付かない。 唯一、ただ一人だけ気付いているリツコはいつもの事だと気にもしていない。 アスカが一歩踏み出した。 レイは目を逸らした。例え人形とは言え、碇シンジと瓜二つの物が無下に投げ捨てられるのは 見るに堪えない。 その目に入ったのはボロボロになった『黒いロングコート』だった。 綾波レイは気が付いた。 彼女は驚愕しながら振り返り、制止の声を上げようとした。 制止の声を上げようとして一瞬迷ってしまった。 SILFの面々も気が付いた。 アスカの手の内にある物が『第壱中学校の制服』を来ていることに。 彼女達は驚愕しながら、慌てて制止の声を上げようとした。 制止の声を上げようとして一瞬迷ってしまった。 (ここで惣流アスカに『本物』の碇シンジを投げ捨てさせてしまえば、争奪戦のライバルの一人を 完全に脱落させる事ができるのではないか・・・・・・) 惣流アスカがもう一歩踏み出した。 『普通の少女』が一人でも混じっていたら、事態は変化していたかも知れない。 『普通の少女』が一人でも混じっていたら、素直に制止していたかも知れない。 アスカが床のなくなる一歩手前で待ち止まり、ハンマー投げよろしく腰を捻る。 だがここには『普通の少女』はただの一人として存在していない。 ここにいる少女達は功利心が強すぎた。 ここにいる少女達は独占欲が強すぎた。 ここにいる少女達は利己心が強すぎた。 アスカが左足を軸に一回転し、釣られて洗濯機の中の洗濯物よろしく『本物』のシンジの回転する。 ほんの一瞬の迷い。 ほんの僅かの迷い。 普通ならば有り得ないような迷い。 そこに至って赤木リツコがその事に気が付いた。 「やめ・・・・・」 声をかける。 だが、ほんの一瞬遅かった。 12月25日深夜0時01分06秒。X−TIME ±00:00:00。 三段飛びの最後の踏み切り。 その瞬間、アスカが左足を思い切り蹴った。 気合の声が上がった。 両手がシンジの襟を離した。 碇シンジの体が宙に舞った。 少女達が慌てて手を伸ばした。 ほんの一瞬の迷い。 ほんの僅かの迷い。 普通ならば有り得ないような迷い。 ほんの一瞬、しかし決定的な一瞬。 碇シンジの体が憎たらしいほど綺麗な放物線を描いてトラックから放り出された。 アスカの両手が負荷から解放された。 惣流アスカは満足感を憶えたまま、美しい放物線を描いて離れてゆく『偽シンジ』を見た。 惣流アスカの左右2.0の目に『偽シンジ』が薄っすらと目を開けるのが見えた。 (芸が細かい。) そう思った。 『偽シンジ』の目が大きく開かれた。 (本当に芸が細かい・・・・わね?) 少し不安に思った。 『偽シンジ』の両目に恐怖の光が宿った。 (・・・・・・!?) 『偽シンジ』が口を開けた。 「あ・・・・・・・・・」 碇シンジが状況を認識した。 「・・・・・・わ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 碇シンジが絶叫した。 「ありゃ、本物だったか。」 加持リョウジのすっ呆けた声は聞こえた。 「え?」 「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・!」 少女はその声を決して忘れないだろう。 「ええ!?」 「ァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」 トラックはスピードを落すことなく、走り去った。 シンジの叫び声は聞こえなくなった。 暴徒の群れが亡者の如く、シンジに群がっていく様子が微かに見えた。 唖然とした雰囲気が漂っている。 ただ一人、情報局長チャーリーは何も知らずに車を走らせていた。 道は緩やかなカーブに差し掛かり、深淵の森が完全に彼女達の視界を遮った。 何も見えなくなった。 「・・・・・・うそ・・・」 アスカが呟いた。 そう、とうぜん嘘に決まっている。 こんな事があってはならない。ということはつまり、ある筈がないのだ。 惣流アスカは黒いロングコートを着た『本物の偽シンジ』に駆け寄り、襟首を掴み上げた。 「お、起きなさいよ、馬鹿シンジ!!いつまで気絶してるつもりなの!!」 彼女はPI-3をガクガクと壊れんばかりに揺さぶり倒す。 アスカは罵りながら揺さぶり続けた。 「いい加減にしなさい!!怒るわよ!!」 アスカは揺さ振った。 まだ揺さ振った。 まだまだ揺さ振った。 そして、彼女の仕打ちに音を上げたように、本物の偽シンジの首がぽろりと取れた。 「へ?」 首が床に音を立てて落ち、コロコロと転がって許しを請うようにアスカの足元で止まった。 首が、パチリと最後の火花を上げた。 アスカの膝がカクンと抜けた。 床にへたり込む。 目の下には縦筋が何本も走り、口元には力無い絶望の笑みが浮んでいた。 「・・ハ、ハハ・・・・・」 力無い笑い声が漏れた。 今まで自分は一体何を必死になってやって来たのだろう? その時、絶望に打ちひしがれる少女達に止めを刺すように、夜空を切り裂いて飛ぶ甲高い音が聞こえた。 (見たくない!) 少女達の願いは僅かな差こそ在れ、全て同じ願いだった。 彼女達は恐怖と共に空を仰いだ。 (ああ、神様。もしあなたに慈悲の心が在るのなら私になにも見せないで下さい。) 神には慈悲の心はない。 有るのは忍耐。そしてほんの少しの茶目っ気。 少女の視界に幾筋もの白煙を引いて何百本というミサイルが飛翔する壮観な様が目に入った。
えええええええええええ!!!! 少女達が驚きの声を上げた。 ちょっと待て!いくら何でもそれはやり過ぎじゃないのか!?皆殺しにするつもりなのか!? 民間人を!? 白煙はまるで吸い込まれるように遠い森の向こうに消えていく。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 三段飛びの着地。 そこはまるで夕日の如く、紅く、美しく、神々しく照らし出された。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そして、臓腑を揺さ振り、鼓膜を打ち付ける爆音がようやく彼女達の元へ届き、 え゙ええええええええええええええええええええええ ええええええええええええええええええええええええ ええええええええええええええええええええええええ ええええええええええええええええええええええええ ええええええええええええええええええええええええ えええええええぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!! 爆音は少女達の叫びで掻き消された。

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