Neon Genesis Evangelion SS.
The Cruel Angel.   episode - 3. write by 雪乃丞.




 さて。 シンジが便所コウロギと涙混じりに戯れている頃。
第三使徒サキエルの解体現場では、色々と問題が起こっていた。 こんな図体のデカイ代物、いつまでも放置しておくわけにはいかない。 しかし、そんな大至急撤去しなくてはならない代物なのに、運搬はおろか、解体すらも遅々として進んではいなかったのだ。

「なんだと?」

 遅々として進まない作業に文句をつけに来た男に、現場監督を任されていた男が砕けた口調で答えた。

「ですから、俺らの設備じゃあ、どうやっても解体できないんですよ」
「意味が分からん。 もうちょっと分かりやすく報告したまえ」

 その言葉に、現場監督はつくづく馬鹿らしいとばかりに答えた。

「ブッた切ろうとしても、ブッ叩いても、焼こうとしても、溶かそうとしても、ぜんっぜん、通用しないってことです。 まさに、お手上げ状態ってヤツですよ」

 そう両手を挙げて『こりゃあ、どうにもなりませんや』を表現する現場監督の男に、身なりの良い男は苦り切った顔で尋ね返した。

「・・・それは、なにをやっても、状態が変化しないという意味か?」
「現場の担当者達の共通の意見としては、一定以上の圧力をかけたり、刺激を与えると、そこに何か力場のようなものが発生して、それが体の損傷を防いでいるんじゃないかってことです。 ・・・もっとも、そんなのは見てれば一目瞭然だし、それが分かったからって、何の解決にもならないんですけどね」

 それは、二人の居るプレハブ小屋の窓から見える光景でも明らかであった。 巨大な腕に向かって振り下ろされるチェーンソーの刃を弾き返すのは、薄い色をした赤みのある壁だった。 それが力場と言われていた代物なのであろう。 その壁と呼ばれていたモノは、チェーンソーを押し付けられている箇所を中心として、体全体に浮かび上がっていた。

「なんだ、アレは?」
「おそらくですが、ネルフの連中の言ってたATフィールドとかいうヤツでしょう、 アレのせいで、戦自のミサイルも大した効果を上げられなかったんでしょうね」
「なにを呑気なことを・・・どうにか出来んのかね!?」

 ここが山の中や、辺鄙な町などなら良かったのかもしれない。 しかし、サキエルが横たわっているのは、第二東京の最も重要なライフラインである高速道路の真横であったのだ。 そんな箇所に、死体といえども、機密指定されている生き物の死体など置いて置けるはずがなかった。 しかし、ソレをどうにかしないことには、高速道路の封鎖を解除できないし、この辺り一帯の封鎖も解除できないのだ。 それは、第二東京に海外からの物資が持ち込めないという意味であり、時間と共に経済的な被害の桁が跳ね上がっていくことを意味していた。 だいたい、こんな場所にいつまでも放置しておいて良い代物ではないのだ。

「せめて、何処かに動かすとか・・・」
「あんな超重量、どうやって動かせってんですか?」
「しかし・・・」
「無理ですって。 アレをどうにか出来るのは、多分、ネルフの連中だけですよ。 ほら、エヴァとかいう巨大人型兵器。 アレを使って動かしてもらえば良いんです。 それなら今日中に撤収できますよ」
「それは出来ん!」

 そう妙案のつもりで進言した男の言葉を、政府高官らしい男は即座に遮った。 しかし、それが駄目だとなると、いよいよ手詰まりである。 壊せない、切れない、焼けない、溶かせない。 その上、動かすことも出来ないし、動かす機材をもった組織に協力すらも頼めないときた。 そんな条件で、どうやってここから撤去しろというのか? 現場監督の男の顔には、紛れもなく呆れが浮かんでいた。

「面子ってヤツですか? それとも、下らないプライドってヤツですか? そんなことよりも、まず自国民の安全が第一でしょうに。 それとも、まだ平和ボケしてるんですか? こんなヤバイ代物が、こうして目の前にあるってのに。 アンタらは、いつもそれだ。 利権のことしか、アンタらの頭にはないのかよ?」
「貴様・・・」
「万田さん。 俺を首にしたけきゃ、いつでもしてください。 俺には、アンタら政治家なんかと違って、どこででも食っていけるだけの腕と技術があるんでね。 国内で、アンタが再就職の邪魔をするってんなら、海外にいっても良い。 ・・・いや、むしろ、こんな危ない国になんて、とっとと見切りをつけるべきかな」

 そう平然と口にする男に、万田と呼ばれた男はギリギリと葉を噛み締めながら答えた。

「私を、ここまでコケにした男は、君が初めてだ。 ・・・いい度胸をしているとだけ言っておこう」
「ありがとうとでも言いましょうか?」
「ほめとらん!」
「冗談ですよ。 でも、俺を首にする前に、これだけは聞いておくべきです」
「なんだ!?」

 そう苛立ち混じりに怒鳴る万田に、男は平然と答えた。

「アイツ、まだ生きてますよ? 多分ですけど」
「なっ!? なんだとぉ!?」

 それを聞いた万田は、飛び上がらんばかりに驚いていた。

「俺の兄貴は、ネルフの技術屋で、連中の秘密兵器の整備部門でチーフなんてやってるんですよ」
「・・・それで?」
「兄貴から聞いた話によると、あの化け物はネルフの連中が抱えている兵器とよく似ているんだそうです。 それで、今度の仕事がアレの解体だって話をしたら、一応程度に教えてもらえたんですよ」

 その自分の兄に聞いたという話を、男は淡々と口にしていた。

「アレは、あんなナリをしていても生き物なんだそうです。 それで、死ぬとただの肉の塊になるはずだって聞いてます。 どんな強い生き物でも、死ねばただの肉になる。 それはライオンでもクジラでもシャチでも変わらない。 つまりは、そういう事でしょう。 でも、アイツは、まだATフィールドってのを展開出来ている。 つまり、まだ生きてるってことです」

 それは、いつ活動を再開してもおかしくないという意味だった。

「・・・な、なんということだ」
「多分、仮死状態なんでしょう。 下手にショックを与えると目を覚ますかもしれませんよ。 それじゃ」
「まっ、待て! いや、待ってくれ!」

 そう、もうココに用はないとばかりに出て行こうとしていた男を、万田は必死に呼び止めていた。

「・・・なにか?」
「お前を・・・いや、君をクビにするといった言葉を取り消させてくれ」
「俺に、どうあっても、あいつを片付けろっていうんですか?」
「ああ。 頼む」
「それじゃあ、とっととネルフの連中に協力を依頼してもらえませんかね? さっきも言ったように、俺達じゃあ無理だし、あんなブカブツが相手だと、俺達なんてアリンコ同然なんでね」
「・・・そ、それは・・・」

 それでもまだネルフへの協力を依頼することを渋る万田に、男は軽くため息をつくと、手を腰に当てながらツカツカと歩み寄った。 そして、万田の目の前に立つと、その俯かせていた顔を上げた。 そこには、凶悪な表情があった。 怒りに歪んだ、苛立ちしかない表情が。

「おい、クソ政治家。 テメエ、そのクソ虫よりも役にたたないプライドと見栄で、また間違いを繰り返すつもりなのかよ? お前だってセカンドインパクトの地獄を味わったんじゃないのか? ええ、おい?」

 そう胸倉を掴まれて凄まれた万田の腰は、完全に引けていた。

「き、君。 な、なにを・・・」
「そんなでも、一応は内務省長官様なんだろ? テメエなら知ってるんじゃねぇのか? あのセカンドインパクトが使徒のせいで起こったってことをよ!?」
「・・・」

 その言葉と険しい視線から、万田は視線を逸らせてしまっていた。

「知ってるみたいだな。 ・・・俺はな、あの悪夢の中で家族を全員亡くしたんだ。 親父も、お袋も、本当の兄さんも姉さんも・・・恋人だって、死んだ。 兄貴が拾ってくれなきゃ、こうして生きてなんていられなかった。 ・・・なんで、そんなことになったのか分かってるよな? お前ら、クソ政治家が、あの時に迅速に対応しなかったからだ! お前ら、また繰り返すつもりなのか! また、俺みたいな子供を作るつもりか!!」

 その叱咤に、万田は顔を歪めていた。 セカンドインパクトで家族を失ったのは、万田も同じだったのだ。 違ったのは、残された資産が豊富にあったことと、家が政治家の家系であったこと。 そして、大勢の親戚などが生き残っていたことである。 しかし、その叱咤は確かに届いていたのであろう。

「・・・分かった、ネルフに協力を依頼する」
「今すぐだ。 それが出来ないのなら、お前に政治家だなんて名乗る資格はない」
「分かっている。 電話を貸してくれ」
「OK。 アンタがちったぁマシな政治家で助かったぜ」

 それは、ほんの小さな歴史の変動。
この一件があったことが、後の歴史にどれだけの影響を与えることになるのかなど、その時の誰もが気がついていなかった。

「・・・ねえ、コオロギくん、JAとエヴァって、どっちが強いのかな?」

 唯一、それを知っていそうな不審人物は、独房の隅で、死にかけている便所コウロギを相手に、まだ呑気に話をしていたりした。







 シンクロテストもなしに、いきなりの稼動実験を行う。 しかも、パイロットは初搭乗で、パーソナルパターンは、ファーストチルドレンのデータをそのまま流用するという。 そんな悪条件で、シンジの初の起動実験及び機動試験が行われようとしていた。 無茶なのは、全員が分かっている。 しかし、早速やってきた汚名挽回のチャンスを見逃すことが出来ないほどに、今のネルフの立場は追い込まれていたのだ。 そんな中での、唯一の救いといえば、プラグスーツとヘッドセットを何とか用意できていたことであろうか?

「それじゃあ、良いわね?」
「いつでもどーぞ」

 通信機ごしに話しかけくるミサトに、シンジはのほほんとした返事を返していた。

「LCL注入。 それが完了次第、初期コンタクトに入って」
「了解。 LCL、注入します」

 ゴボゴボと足元からせり上がってくるオレンジ色の液体に、シンジは気味悪そうな目を向けていた。

「うわぁ・・・どろっとしてて、すっごく不味そう・・・。 しかも、臭いし!」
「我慢しなさい」
「人事だと思って・・・血のにおい嫌いなんですよ?」
「人事だもの。 それに男の子なんでしょ? それくらい我慢なさいよ」

 そんなやり取りはあったものの、シンジの初搭乗は至って順調に行われていた。

「初期コンタクト正常。 多少の誤差はみられますが、全て正常範囲内です」
「それじゃあ、第二次コンタクトに入りましょうか。 リツコ、どう?」
「ちょっと不自然なデータだけど、多分、問題ないと思うわ」
「・・・不自然なのに問題ないって、ホントにいけるの?」
「多分、シンクロ自体には問題ないと思うわ」

 はっきりしない親友の答えに顔をしかめながら、ミサトはシンクロ作業を続けるように指示を出した。

「続けて。 ただし、何か問題が起きたときにはすぐに中断。 気になることがあった時には、迷うよりも先に、まずリツコに報告して指示を仰ぐこと。 良いわね?」
「了解。 シンクロ、第二フェーズに入ります」

 作業は、至って順調だった。 それこそ、気味が悪いくらいに。

「・・・やっぱりおかしいわ」
「なにが?」
「彼のパーソナルパターンと、レイのパーソナルパターンの類似値が約85%なの」
「それって凄いの?」
「凄いわよ? 普通の兄弟で類似値は約75%、双子の兄弟でも類似値はせいぜい80%なんだから。 これだけ似ているから、初めての起動でも上手くいくのかしら?」
「・・・それって、双子以上に同じってこと?」
「ええ」

 そう答えながら、リツコはわずかに眉を寄せていた。

「でも、近すぎる。 ・・・いくらなんでも、ここまで似るはずがないのに」
「もしかして、双子の兄妹なのかしら」
「それはないわ」

 断定するリツコ。

「それじゃあ、原因は?」
「・・・偶然、かしら。 それ以外に理由が見当たらないわ」
「あ、あの・・・先輩」
「なに?」

 その女性オペレータの、どこか戸惑っているかのような声に、リツコとミサトは振り返った。

「シンジ君のとレイちゃんのパーソナルデータの比較結果なんですけど・・・本当に85%なんですか?」
「ええ。 それがどうかしたの?」
「私が昨日調べた時には、その・・・70%だったんですけど」
「・・・え?」

 その言葉に、リツコは数瞬固まった。

「もしかしすると、私の計測ミスなのかも・・・」
「マヤ、詳しく報告して。 昨日、アナタが調べた時にはどうだったの?」
「え? その・・・昨日、レイちゃんの設定をどこまで流用できるか調べるために、私、シンジ君のパーソナルデータとの類似値を求めてみたんです。 でも、その時には、70%くらいしか同じじゃなかったんです」
「・・・」
「・・・」

 それを聞いた二人は、顔を見合わせていた。

「ねえ、リツコ。 もう一回、最新のデータって取れない?」
「やってみるわ」

 そう答えると、リツコは端末を操作して、エヴァのプラグ内の観測装置からデータを直接取り出すと、それを自分の端末へと移動させた。 そして、そのデータからパーソナルデータを抽出して比較するための、リツコお手製の比較プログラムがスタートする。

「シンクロ、第二フェーズ完了。 双方回線開きます」

 二人の背後から、マヤと呼ばれた女性オペレータの報告が聞こえる。

「シンクロスタート」

 ニコニコ笑っているシンジの周囲の壁、プラグの内部が虹色に染まる。 シンクロは、当然のように成功。 シンクロ率は最低起動ラインを一瞬で突破してみせた。 それと同時に、リツコの端末の計算が完了した。

「そ、そんな・・・シンクロ率、きゅ、99.89%! ハーモニクス0! 起動、文句なしに成功です!」

 そんな化け物じみた結果を聞きながらも、リツコとミサトの表情は暗かった。 それは、偶然というには、あまりに出来すぎていたのだ。

「・・・類似値99.89%? これって・・・偶然なの?」
「そんなはずないでしょ?」
「じゃあ、これって、どういう意味?」
「彼、パーソナルパターンを操作できるのかも知れないわ」
「そんなのって・・・」
「普通の人間には無理よ。 パーソナルパターンを操れるってことは、自分の遺伝子を・・・ATフィールドを自在に作り換えているって事ですもの。 多分、シンクロ率も操作してるわね」
「・・・人間じゃないわね」
「ええ。 これではっきりしたわ。 彼、人間じゃないわ」

 その言葉に、ミサトはギョッとした表情を浮かべていた。

「そして、碇シンジでもないのかも知れない」
「なによ、それ」
「まだ判断するには、データが足りないわ。 でも、人間には不可能なことをやっているのは確かね」

 リツコはミサトと頷き合うと、発令所の最上部、司令席へと向かった。



── TO BE CONTINUED...





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