Neon Genesis Evangelion SS.
The Cruel Angel.   episode - 6. write by 雪乃丞.




 戦闘待機中のパイロットが仮眠をとることは作戦上、それほど悪い話でもない。 ただし、それがコクピットの中だというのは少し問題があるだろう。 ましてや、全てのセンサーと監視装置をオフにしろだなどと、常識外れも良いところである。 そんなことをしては、微調整作業など出来るはずもないのだから。 しかし、その全ての要求を、ゲンドウは許可してしまっていた。

「・・・ユイくんが、本当に帰ってくるのか?」
「アイツの言葉を信じるのならな」
「信じているのか?」
「可能性は0ではないだろう」
「正直、信じられんがね」
「試してみるだけなら問題ないだろう。 失敗しても失うものはなにもなく、成功すれば・・・」
「お前には幸せが戻ってくるという訳か」
「冬月先生も、会いたいのでは?」
「それはそうだが・・・しかし、良いのか?」
「なにがですか?」
「今、ユイ君が居なくなっては、初号機が・・・」
「心配要りませんよ。 アイツなら、素のエヴァンゲリオンでも乗りこなすでしょう」
「・・・信用しているのだな?」
「自慢の孝行息子ですよ」

 そんなどこか白々しい会話を、本来なら、苦々しく聞いているはずのリツコではあったが、その姿は発令所にはなかった。 そして、ミサトの姿もなかった。 指揮を執らねばならないはずの上級幹部が二人して何をしているのであろうか? その答えは、論議だった。

「あの子、なにか企んでるんじゃないかしら」
「企んでるって、何を?」
「・・・わからない。 でも、私には、どうにも、そう感じられて仕方がないの」

 淹れたばかりのコーヒーをサーバーからマグカップに移しながら、リツコは不愉快そうな表情を浮かべていた。 まるで、気になることがどうしても思い出せないかのように。 まるで、魚の小骨が喉につかえているかのように。 小さな不安が、大きな懸念へと繋がり、それが底なしの悪い予感を呼ぶ。 それは、漠然とした勘だった。 なにげない情報の山が、無秩序に繋がり、一つの結論を生み出そうとしているかのように。

「あの子は、色々知りすぎているわ」
「ええ」
「それでも、あの子は、今のネルフ本部に欠かせない戦力なのよ」
「そうね」
「レイは動けない。 アスカはドイツ。 弐号機もドイツ。 その上、零号機は起動すらもままならない」
「・・・」
「そして、それを最初から知っていたのかも知れない」
「知ってたわよ、彼」
「そうなの?」
「ええ。 私が銃を抜こうとしたら、今、自分を殺したら後悔するぞって脅されたもの。 レイが重傷で動けないこと、最初から知ってたみたいね」
「・・・やっぱりね。 だから、あんなに挑発的なんだわ」
「なんでよ?」
「なにをしても、今なら大した問題に出来ないって承知しているのよ」
「ヤな性格ね」
「・・・それだけなら良いんだけどね」

 わずかにマグカップを傾けながら、リツコはつらつらと言葉を並べてゆく。

「きっと、あの子は知っていたんだわ」
「なにを?」
「初号機の中に、自分のお母さんがいることを」
「・・・どういうこと?」
「碇ユイ博士。 幼いシンジくんの目の前で、初号機に飲み込まれてしまった人」

 もしかすると、サキエルが死んでいないことも知っていたのかも知れない。
そんな言葉にされなかった小さな疑念が、なぜだか妙に当たっているような気がするリツコである。 だからこそ、ミサトに、あんなことを言ったのではないかと感じたのだ。 そんな小さな疑念を皮切りにして、リツコの思考が迷走を始めようとしていた。 だんだんとリツコの目は焦点を結ばなくなり、発想の飛躍が始まる。

「本来なら、彼女が居なくては、シンジ君がエヴァにシンクロは出来ないはず」
「・・・」
「でも、今の彼なら・・・彼女が居なくても、彼には問題がないのかも知れない」
「・・・」

 ミサトは黙ってリツコを見つめていた。
リツコは、壁や問題にぶち当たった時、時々、こうして人に自分の考えを・・・考えの羅列を聞かせることがあった。 そうやって、人に話して聞かせることで、自分の中でさえ未整理で結論が出ていない思考を整理するのだ。 そんな時に、ミサトは、いつも簡単な相槌を返すだけだった。 もちろん、それを聞いて気がついたことなどを指摘することがあるのだが、今はまだその段階ではないのだろう。

「限りなく使徒に近い人間、それがリリン。 シンジ君なら、たぶん・・・素のエヴァでも乗りこなせる」

 強固なATフィールドさえあるなら、人間でもエヴァを抑え込むことが出来るはずだから。

「でも、なぜ? なぜ、今のタイミングでユイさんを降ろすの?」

 今のあの子の能力なら、ユイさんが居ても居なくても大して変わらないはずなのに。

「邪魔だったの? 自分が、ダイレクトに素体にアクセスするためには、ユイさんという緩衝材が邪魔だった。 だから、エヴァの中から引きずり出そうとしている?」

 自分でも疑問に感じているのであろう。 その疑念への答えは、疑問系だった。

「その目的は? なにをしたくて、ユイさんを排除するの?」

 それは、多分、状況を有利に運ぶために。

「司令達を味方につける意味は? あの子の本当の狙いは何なの?」

 何かが欠けていた。 全ての情報をつなげる事を可能とする、大事な情報の一ピース。 それが綺麗に抜けていた。 しかし、リツコの天賦の才は、それをつなげることを可能とする。 無造作にかき集められ、記憶された情報の山。 発想の飛躍と、無秩序な結合。 それこそが天才だけに許された、一瞬の煌き。

「あの子は、いつ、リリンとして目覚めたの?」

 第一の謎。 報告書にある内容とは、あまりにかけ離れた姿。 本来の内気な性格をした少年は、どこに?

「あの子は、なぜ、エヴァに乗るの?」

 第二の謎。 なぜ乗るのか? なぜ、見たこともないはずの兵器に乗ることを二つ返事で受けたのか?

「あの子、なにをしようとしているの?」

 漠然とした不安。 何かを狙っているかのような気がして仕方がない。

「あの子に足りないものは?」

 力。 他者を排除する、圧倒的な力。 それさえあれば、すぐにでも行動を起こしていたはずなのに。

「それが、エヴァなの?」

 否。 電源ソケットを必要とするエヴァでは、力足り得ない。 役不足なのだ。 今のエヴァでは。

「なぜ、ユイさんを邪魔だと感じたの?」

 それは、素体に触れるため。 邪魔の入らない状態で、素体に心を開くために? 否。 素体を支配するために。 意思と意思のぶつかり合いに、余計な人格は邪魔だった?

「なぜ、初号機なの?」

 初号機は他の機体とは異なる。 余りに多いブラックボックスが自分ですらも知らない機能を実現する。

「・・・初号機で、なにをするつもり?」

 わからない。

「なにをしたいの?」

 わからない。 でも、なにか目標はもっているはず。 目的、意図、行動の理念。 それは・・・。

「・・・足りない・・・」

 何かを見落としている。 何かが足りない。

「何が足りないの?」

 ・・・私は、何かを見落としている。

「何? それは・・・なに?」

 無数に浮かび上がる、過去の光景。 その中に、きっと何かがあるはずなのに。

「それは、きっと」

 違和感。

「そこに、きっと」

 答えがある。

「あくび・・・彼は、なぜ眠たくなっていたの?」

 その言葉が、妙に引っかかった。

「リツコ!!」

 その瞬間、リツコは現実に引き戻された。

「強羅絶対防衛線を突破されたわ。 いくわよ!」

 掴みかけていた何かが指の間から抜け落ちていくのを感じながら、リツコはミサトに引きずられるままに発令所に戻っていった。 そこにあったのは、エントリープラグの中で漂う一人の少年と、その少年の腕の中で眠る、一人の女性の姿だった。







 ネルフ本部直上、第一次会戦。
サキエルは、すでに第三新東京、ネルフ本部天井都市へと踏み込んでいた。 しかし、未だ初号機は迎撃に出ていない。 つい先ほど、ようやく出撃可能になったばかりだった。

 使徒が、強羅絶対防衛線を越えたとき。 ゲンドウは、約束どおりにシンジの眠っていたエントリープラグの電源を再起動させた。 再び火の入るセンサー類、そして監視装置。 スクリーンに映るのは当然のようにシンジだった。 しかし、そこには、シンジの言葉どおり、一人の女性が漂っていた。 碇ユイ。 ゲンドウの亡き妻であり、シンジの母である女性である。 それを見たゲンドウは、ただちに碇ユイの回収と検査を指示。 その間にサキエルは誰にも邪魔されることなく、ネルフの直上へと迫っていた。 しかし、なぜだか一切の破壊行為は行っていない。 ただ、足を機械的に動かし、本部の直上を目指すのみである。

「司令は?」
「今はただの男よ。 ・・・役にはたたないわ」

 リツコの態度は、余りに冷たかった。

「死んだはずの奥さんが帰って来てくれたんだもの。 我を忘れても仕方がないんじゃない?」
「それが、誰かサンの狙い通りってことにならないと良いのだけどね」

 大して意識もしないで思わず口にしていた。

『・・・え? 邪魔をされない?』

 その皮肉混じりの言葉に、リツコは、自分の背筋がゾッと冷たくなっていくのを感じていた。

『今、発令所には司令は居ない。 副司令も。 ・・・あの二人がユイさんに拘っていたことを、あのシンジ君が知らないはずない。 となると・・・あの二人を排除するために、今でなくてはならなかった? ・・・狙い通り? 司令を、副司令を指揮系統から外すことが、彼の狙いだったの?』

 果たして、その意図とは?

『何かをするのに、邪魔されたくなかった? あの二人なら邪魔出来て、私達なら出来ないこと。 ・・・それは、なに? あの二人が指揮系統から外れることの意味は? その意図は・・・なに?』

 困惑と渦巻く思考に、リツコは頭痛すらも感じていた。

「マヤちゃん、使徒は?」
「本部直上で停止。 今は何もしていません。 ただ、立っているだけです」
「何を狙っているのかしら?」
「さあ・・・私には、なんとも・・・」
「まあ、いいわ。 それよりも、初号機を使徒の後ろに出せる?」
「いけます。 7番ルートを使用します」

 発進準備が進む中。 リツコは、なおも考え続けていた。

『なぜ、使徒は何もしないの? それとも・・・待っている? 誰を? ・・・シンジくんを? それとも初号機を? ・・・なぜ、待つの? 彼らの目的は、この地下にあるはずなのに』

 聞こえてくるのは、ミサトとシンジの会話だった。

「覚悟は良い?」
「バッチリです」
「もう眠くない?」
「眠気の原因は排除しましたし、仮眠もとったし、ジャージ完了って感じです」
「それにしては、なんだかゲッソリと疲れてない?」
「ちょっと疲れるような事しましたからね。 でも、後は簡単だし、平気です」
「言うじゃない?」
「あんな立ってるだけのデクノボー、一撃ですよ」

 ピクッ。 リツコは、自分の体が震えるのを感じていた。

『なぜ、シンジ君は、サキエルに勝てて当たり前のようなことを言うの?』

 それは・・・勝てることが分かっているから。

「進路オールグリーン。 発進準備OKです」
「それじゃあ、行くわよ、シンジ君」
「いつでもどうぞ。 っていうか、さっさといきましょう」
「OK。 エヴァンゲリオン初号機、発進!」
「待って! ・・・彼を、射出しては駄目!」

 その言葉は、少しだけ遅かった。

「あはははははっ」

 顔を真っ青にしたリツコの耳に、シンジの嬉しそうな笑い声だけが響いていた。



── TO BE CONTINUED...





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