Neon Genesis Evangelion SS.
追憶 write by 雪乃丞




 ひらりひらりと舞い踊り、そして、舞い落ちる雪。
 それは、天使の羽にも似ていたのかも知れない。
 その純白の羽は、ふわりふわりと舞い落ちる。
 まるで・・・全てを覆い隠そうとするかのように優しく。

 この暗い闇の広がる空をも。
 湖を取り囲むようにして今も残る薄汚れた廃墟をも。
 この湖が出来る前の光景・・・元、第三新東京市と呼ばれていた場所の光景をも。
 雪は優しく僕の目から、それらを隠そうとしてくれているような気がした。

「夢のようだね。 こうして見ていると・・・ここに住んでいたことも、戦ったことも・・・。 全部・・・あれは、全部、夢だったんじゃないかって。 ・・・そんな気がしてくるよ」

 僕は、そう思い出の中の友人達に話しかけながら、持ってきた花束を湖の上に浮かべた。

「ここでは、色々あったよね」

 僅かに波紋を生んで遠くに流されていく花束を見送りながら、僕はあの短くも長かった日々に想いを馳せていた。

「でも、あれからも色々と・・・本当に、色々とあったんだよ」

 そう。 あれからもう10年以上の時間が経とうとしている。
 人は変わるというものだけど・・・僕も少しは変わったと思う。

「僕にも・・・色々あったよ」

 今では、もう誰もが忘れてしまったのだろうか?
 あの戦いの日々のことを。
 ・・・いや、忘れようとしているのだけなのかも知れない。
 あの悪夢の戦いの日々の事を。
 あの悪い夢のようで、こうして今も現実にその爪痕を残す・・・あの戦いの日々のことを、人は忘れるべきなのだろうか?

 そんな僕の想いを知るはずもなく、雪は、僕の目からあの日の光景を隠そうとする。 そして・・・僕の記憶をも。

「パパー! 雪だよ! 雪! すっごいねー!」

 そんな愛娘の声にゆっくりと振り返ると、僕は頷きながら答えた。

「そうだね。 こんな雪・・・始めてみるよ」

 僕の声に何を感じたのか、娘は首を傾げて僕を見あげる。

「パパ、初めてなの?」
「まあね。 古い映画とかで見たことはあったけど・・・実物は始めてだよ」
「じゃあ、ワタシとパパは同じ? パパとママとワタシは同じ?」
「ママは昔、凄く遠い場所に住んでいたそうだからよくわからないけど・・・パパは初めてだね」
「えへへ・・・嬉しい」
「嬉しい?」
「うん。 だって、パパと同じなんだもん」

 そう満面の笑みを浮かべる我が子の顔は、僕の心を暖かくしてくれる。
 この後悔しか思い出せない湖を見つめて・・・冷え切ってしまった、僕のココロを。

「つもるかなぁ?」
「つもるんじゃないかな? こんなに寒いし・・・きっと、つもるよ」
「なら、ワタシ、ユキダルマ作るの。 パパとワタシとママの3人のユキダルマ!」

 その無邪気な言葉に、僕のココロは少しだけ揺さぶられる。

『ママ、か』

 楽しそうにはしゃぐ我が子の背中まである空色の髪を見つめながら、僕は思う。

『・・・君には、二人のママがいるんだよ』

 かつては、いつか話そうと思っていたコトバ。

『・・・君には、二人のママがいたんだよ』

 そして、今は・・・いつか教えようと思っているコトバ。
 我が子の緋色の瞳から逃げるようにして視線を外すと、そこには闇色の空が広がっていた。

『・・・僕は、逃げてばっかりだ。 昔と・・・ぜんぜん、変わらないね』

 そんな自嘲気味の笑みを浮かべた僕の顔に何を感じだろうのだろう?
 いつしか、その深紅の瞳は、僕を心配そうに見上げていた。

「・・・どうしたの? パパ?」
「え?」

 白い肌は寒さのためか僅かに赤く染まり、その深紅の瞳には心配そうな色が浮かんでいた。

「なんでもないよ。 大丈夫。 パパは平気だよ」
「・・・ホントに?」
「うん。 ただね・・・だんだんと四季が戻ってきているんだろうと思ったんだよ。 冬らしい冬がくるようになってから・・・そろそろじゃないかって気はしてたんだよね」
「シキ? フユ?」
「うん。 日本にはね、四季っていって草が生えて、成長して、枯れて、土に還って・・・また生える。 そんな季節の移り変わりというのがあったんだよ。 もっとも、パパが子供のころにはなかったんだけどね」
「そうなの?」
「まあね。 一年中・・・ずっと暑い日が続いていたんだよ」

 そして、そんな四季を・・・。
時間というものを無くした季節の中で。
僕達は人類の未来をかけて戦ったんだ。
いつか君には全てを話してあげたいと思う。

 僕の父親のこと。
 僕の経験した戦いのこと。
 出会った人達のこと。
 居なくなってしまった人達のこと。

 親友、友人、家族。
そして・・・僕の仲間でもあった、君の本当の母親のことも。
でも。 でも、今は・・・。
まだ全てを思い出に出来ない今は、まだ。
いつか、きっと全てを話すから。
だから・・・許して欲しい。

「・・・ワタシ、寒いのキライ」
「そう?」
「でも・・・雪はスキ。 だって・・・綺麗だもの」

 そう僅かに笑みを浮かべて答えた顔に、かつて愛していた人の面影が重なる。

『あなたは死なないわ。 私が守るもの』

 僕は、ゆっくりと目を閉じて、そして開いた。
 そこには、この子の本当の母親の顔はなく・・・。

「パパ。 行こ」

 そう幼い手を差し伸べてくる我が子の姿があった。

「・・・そうだね。 もう、行こうか」

 そして、僕は歩き出す。 過去に背を向けて、明日へと。

「・・・レイ?」
「なあに? パパ?」
「アスカのこと・・・ママのこと、好き?」
「パパと同じくらい大好きー」
「・・・そう。 ありがとう」

 最後に振り返った僕の目に、かつての光景が浮かんで・・・消えた。



<おわり>





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