Neon Genesis Evangelion SS.
続・追憶 write by 雪乃丞




 今思えば、それは何気ない一言が原因だったのかもしれない。
 たった一言。
 あの一言が、今という時間を作り出した原因になっていたかもしれない。
 僕は、それを嬉しくも思うし・・・悲しくも思う。

『いつだって、きっかけは些細な事に過ぎない』

 そう、何かの本で読んだ事がある。
 蝶の羽ばたきが風を生んで、それはいずれ大きな嵐になる、と。
 無論、現実には、そんなはずもなく・・・。
 それは、単なる比喩に過ぎない言葉なのだろうけども。
 でも、その言葉は『些細な出来事が原因で、大きな結果を生む事になる』という現象を、端的に表している言葉だとも思う。
 だから、名前までは知らないまでも、そう過去の偉い人は言ったのだろう。

「・・・確かにそうなのかも知れない」

 我知らず、そんな呟きが漏れる。
 僕が、この歳で一人の娘と、二人目の奥さんをもつ事になったのも・・・。
 きっと、なにか些細な言葉なり、行動が原因になったのだろうと思うから。

『笑えばいいと思うよ』

 思い出されるのは、月の下で薄い笑みを浮かべた、あの子の顔。
案外、あの一言が・・・僕達の関係の始まりになったのかも知れないから。 でも、僕は、こうも思う。 その一言だけじゃなくて、もう一言あったなら・・・いや、あの時、もし違う言葉を言ったなら?

 ・・・未来は、どう変わっていたのだろう?

『・・・綺麗だ』

 あの子の笑みに、僕は何も返せなかった。
もし、あの時の気持ちを素直に口に出来ていたのなら。
もっと・・・もっと、違う未来もあったんじゃないかと思えてしかたない。

『昔言えなかった言葉というものは、やっぱりいつまで経っても言えないものさ』

 言えなかった言葉を抱え込んだまま死んでしまった恩人が居た。 その言葉を聞いていたら、あるいは生きていられたかも知れない恩人も居た。 もしも、僕が、あの時、何かを言えていたのなら・・・。

「もっと色々な思い出を残せていたのかも知れない」

 そんな無駄な仮定と知りつつも、僕は思い出に縛られる。
僕たちが互いの気持ちに気が付いた時には、もう街は壊滅状態になっていた。 常に死の恐怖という名の死神が、僕たちの首に鎌を押し当てていたような・・・そんな追いつめられた日々の中で。 僕たちは、残り少ない時間を・・・最後の瞬間に向かって、駆け抜けたように思えるから。

「でも、もしも、あの時、僕が・・・」

 繰り返される自問。

「・・・後悔しない。 そう約束したはずなのにね」

 それは、絶対に口にしてはいけない言葉。

『正直、お勧めは出来ません。 もしも、子供を産みたいのなら・・・死を覚悟してください』

 脳裏によぎる、いつかの問い。

『証が欲しいの』

 それに返される、言葉もまた。

『・・・私が、生きていたという証が・・・貴方との絆の証を、残したい』

 もしも、僕が、あの時、他の言葉を選んでいたら?
あの憤りにも似た、激情の赴くままに、子供を生む事ではなく・・・。 余命が短いと分かっていても、自分の側で最後の瞬間まで生きていて欲しいと願っていたらのなら?

「これほど、胸の奥に痛みを感じる事はなかったのかな?
 それとも、やっぱり・・・こんなに痛かったのかな?」

 そんな僕の問いに、手の中にある写真の彼女は、何も答えてはくれなかった。







 とある休暇の昼下がり。 僕はたまたま押入の荷物の整理をしていた。

「パパー、おつかれさまーって、ママからー」
「・・・そう、ありがとう」

 荷物の整理を初めて、早数時間。
探していた昔の思い出の詰まったアルバムなども何とか見つかり、後は出したものを片づけるだけとなっていた。 これが、アスカならもう片づけも済んでいたのかも知れないのだけど。 でも、僕は、倉庫の奥の方から出てくる思い出の品々に心を奪われ、なかなか片づけははかどらなかった。 そして、そんな声と共に差し出された冷たい紅茶で一息入れていると・・・。

「ねぇーパパー」
「なに?」

 そこには、なにやら思い悩む風の我が子・レイの姿があって。
そして、僕の周囲には、色々な・・・本当に色々なモノが広げられていた。 それらは、僕がまだ子供だった頃からの色々な思い出がある品ばかりで・・・。

「どーして、ママのオメメは青い色なの?」

 そんなレイの無邪気な言葉に、僕はしばらく空白の時間を刻んだ。
昔の僕ならきっと・・・それに答える言葉はなかったと思う。 でも、今の・・・嘘をつく事を覚えた僕になら、違う言葉も返せる。

「ママの目の色・・・嫌い?」

 問いに、問いを返す事で・・・僕は、最初の問いを有耶無耶のうちになかった事にしようとしていたのかも知れない。

「ううん・・・綺麗」
「じゃあ、ママの目の色、好き?」
「うん!」

 それは、僕が未だに逃げ癖に捕らわれていた証のようなものだったのかもしれない。 でも、そんな僕の誤魔化しに答えるレイの緋色の瞳は、どこまでも真っ直ぐで・・・。

「ママの目、すっごく綺麗!」
「そうだね・・・ママは美人だからね」

 いつまで、この子に黙っていられるのだろう?
 いつまで・・・僕は、逃げ続けるのだろう?

『君のママは、本当のママじゃないんだよ』

 ・・・そんな事、言えるわけ、ないじゃないか・・・。

『ほんっと融通がきないっていうか・・・バカよねー』

 そんな僕の苦悩に、心の中で声が返される。

『いい? 正直に答えたからって良い結果になるとは限らないのよ? アンタだって、そんな風に言ったら、どう思うか・・・よく、知ってるでしょ? そういう時にはね、ほんの少しだけ・・・言い方を変えれば良いのよ』

 ・・・そうだったね、アスカ。
大切なのは・・・過去じゃないんだよね?
今、僕たちが、この子の事を・・・レイの事をどれだけ大事に想っているか・・・それを教えて上げるのが一番大事な事なんだよね?

「・・・パパ・・・」
「なに?」

 そんな僕の決意も、時々空回りする事もある。

「このシャシンの人・・・誰?」

 僕は、最悪のタイミングで手にしていたアルバムの人を・・・レイの本当の母親を見られてしまっていた。







 その日の夜。
僕は、レイを連れて、僕は町外れにある共同墓地へとやってきていた。

「あの写真の人はね、ここに眠っているんだよ」

 そんな僕の言葉を、レイは黙って聞いていた。

「あの写真に写っていた人の名前は、綾波レイ」
「アヤナミ・・・レイ?」
「そう、レイと同じ・・・レイって名前の女の子だったんだ」

 僕たちの戦った短くも長かった、あの暑い夏に・・・僕は、彼女と出会った。

「僕が昔・・・まだ子供だった頃に、命がけで僕の事を守ってくれた人だったんだ」

 純情というには、あまりにも汚れのない・・・無垢というイメージそのままの彼女に、僕は幾度となく戸惑った。 そんな彼女に心惹かれて、僕は、幾度となく彼女と話しをするようになり・・・。 そんな僕に、彼女も興味をもってくれたのか・・・段々と二人で居る時間が増えていった。 そして、気が付いた時には、僕は、彼女を誰よりも好きになっていた。

 そんな僕たちの気持ちとは裏腹に、使徒と呼ばれた巨大生命体との戦いは激しさを増していき・・・。 そんな中で、僕は、命の危険を幾度となく味わい、その度に助けられた事で、さらに想いを強くしていった。 きっかけと過程は異常といえるかも知れないけれど・・・僕は、彼女の事を本気で愛していた。 そして、彼女も、僕の事を愛してくれたのだと思う。

 だけど・・・僕たちの恋愛は、押し潰されそうな死の恐怖と、隣り合わせの代物だったのかも知れない。 目にするのは、廃墟と化した街と、無人の焼け野原。 そんな夕日に染まった瓦礫の中を、僕たちは手を繋いで歩いていた。

 ・・・いつか、これよりも綺麗な景色を・・・。
あんな荒涼とした風景ではなく、命の営みを感じられる風景を二人で見よう。

 そう、心に誓いながら。
でも・・・その約束は、結局果たせずじまいに終わってしまった。

 僕達は・・・幸せだったのだと信じたい。
ストレスで心をおかしくしそうな中で育まれた、二人の愛の証。
でも・・・その証を残す事を選んだ彼女は・・・。

 もう、居ない。

『私は、幸せだったと思う』

 それは、微笑みと共に告げられた、最後の言葉。

『ありがとう。 貴方に会えて・・・良かった』

 彼女は、あと数年しか生きられないと知っていたのだと、誰かに聞いた。 専門的な事はよく分からないけれど、特殊な遺伝子構造をもつがゆえの短命だったのだとか・・・。 人生というモノの楽しさを、殆ど知らないままに、死んでしまった彼女。 僕の体だけじゃない、僕の壊れそうになってしまっていた心をも守り、癒してくれた彼女に・・・。 僕は、何を残してあげられたのだろう? 僕は、彼女に、何を返せたのだろう? それは、これから二人で幸せになろうと願っていた・・・そんな矢先の事だった。

 僕の頬に涙が伝う。

『・・・幸せって何だろう?』

 今でも、僕は、時々、そう思う。

 僕たちの時間は、余りに短かった。
 最後まで生き残ろう。
 生き残って、二人で幸せになろう。
 僕達は、そう誓い合ったはずなのに。
 そのためなら、僕は何でも出来たはずなのに・・・。

 そんな僕を残して、彼女は一人去っていった。
 僕たちの何処までも澄んでいながらも、歪んでいた愛の証を、僕に託して。

「彼女は・・・レイ、君のママなんだ」

 これは、いつか君に言わなければならないと思っていた言葉。

「レイ、君には、ママが二人居るんだよ」

 ようやく果たせた、いつかの誓い。

「ママが・・・二人?」
「そうだね。 二人とも、レイの事を凄く大事に想ってくれているんだ」
「・・・」

 まだ早かったかも知れない。
僕は、何も答えないで黙り込んでしまったレイの横顔を見ながら、内心後悔を感じていた。

「・・・パパ?」
「なに?」
「ママは? ・・・もう一人のママは?」

 もう、僕は、逃げない。

「・・・死んじゃったんだ。 レイがまだ生まれたばかりの頃に」
「・・・もう、会えないの?」
「うん。 僕も、会いたいけどね。 でも・・・もう、会えないんだよ」

 段々と目の縁に溢れていく涙を見ていられなくて。

「・・・レイ、おいで」

 レイの感じている大きな悲しみを、少しでも和らげてたくて。

「ママは・・・レイは、幸せだったって・・・そう言ってたよ」

 腕の中で静かに泣き続ける我が子の背を撫でながら。

「最後まで・・・笑っていたよ」

 僕は、強くなるよ。
この子を・・・レイとアスカを守れるくらいに。
そう僕は、墓前に誓う。

「泣かないで、レイ」

 かつて、その存在を恨んだ事すらもあったけれど。

「生まれてきてくれて、ありがとう」

 だけど、今は素直にそう思える。

『・・・レイ、この子を残してくれて、ありがとう』

 夜空に浮かぶ蒼い月を見上げた僕の目に。
 あの日の微笑みが浮かんで・・・消えた。



<終わり>





 ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
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