Neon Genesis Evangelion SS.
こんにちわ。
シンジくんの個人的アイドルこと、渚カヲルです。
もっとも、もう死んでしまっているから、この名前に意味なんてないかも知れないけどね。 まあ、使徒タブリスだろうと、フィフスチルドレンであろうと、僕にとっては同じ事なんだけど。 生と死と同じで、共に無意味・・・等価値でありながらも、同時に価値などないって意味さ。
さて、前置きはこれくらいにして、そろそろ本題に入ろう。
この話は、僕の愛するシンジくんが、最後の戦いを迎える日の事なんだ。 場所は、会ったことはないけれどデータだけは見たことがあるセカンドチルドレンの入院している病室。
なぜ、そんな場所から始めるのか。
それを不思議に思う人も居るかも知れないね。 だから、ヒントだけはあげておくよ。
生きていれば、競争しなければならない。
それは、リリンだけじゃなくて、動物全てに言える事さ。 無論、使徒だって同じなんだ。 次世代の支配者階級を選ぶための生存競争。 生き残る種となるための・・・アダムへの回帰。
何処にだって、競争はあるってことさ。
何かを手に入れるという事は、他の誰かが手に入れるはずだったものを、横から奪いとるって事だからね。
それに、僕たちのように生命の実・・・リリン達の言う永久機関、S2機関の事だね。 それを持っていない以上は、生きていれば何かを食べてエネルギーを補給しなきゃいけない。 当然の事かも知れないけど、生きている以上、何かを食べなきゃ生きていられないのだからね。 でも、それはやっぱり、他の誰かが食べるはずだったものを奪っている事になるんだ。
それに、生きていれば、当然のように誰かに勝ったり、もちろん負けたりする事もあるんだよ。 だから、シンジくんに負けてしまった誰か・・・たとえば、セカンドチルドレンである惣流さんと、シンジくんが衝突する事になる事なんて、考えてみれば当たり前の事だったのかもしれない。 シンジくんは、父親であるゲンドウ氏に誉めてもらいたい、認めて貰いたい・・・そんな気持ちで戦っていた。 でも、それは惣流さんだって同じだったのかも知れないね。
結論からいうと、そんな二人がぶつかり合う事になるなんて、考えるまでもなく当たり前の事だったのさ。 でも・・・シンジくんには、惣流さんでは決して叶わないだけの才能があったんだ。 使徒である僕や、リリスにどれだけ慕われる事になったか・・・。 彼の魂は、僕たちのような生き物に、ひどく親和性があったんだと思う。 だから、僕たちは彼に惹かれたし、僕たちと同じモノで出来ているエヴァを操る事で、惣流さんが敵うはずがなかったのさ。 それが・・・シンジくんにとって、どれだけ嬉しくない事であってもね。
おっと、少しばかり喋り過ぎてしまったようだね。 でも、最後にもう一つだけ言わせて貰えないかな? リリンの悲しみに満ちた世界ではね、気かついた時には、すでに奪ってしまっていたという事もあるんだよ。 母に苦痛を与え、血を流させて生まれてくるリリンのもつ原罪のようにね。
つまり、そういう事なのさ。
何を想って、少しだけ残っていた自由時間をここで過ごそうと思ったのかは自分でもよく分からない。 でも、ブリーフィングルームを出てから、しばらく歩いていて・・・気が付いた時には、ここに居たんだ。
「・・・最初は頬を叩かれたっけ。 いい気になるなって」
痛かった。 叩かれた頬以上に・・・胸の何処かが痛かった。
「あの時、君の目は・・・とても怖かったよ」
それに、僕の事をまるで憎んでるみたいな目だった。
・・・ううん、アスカから色々なモノを奪っちゃったのは僕だから。 だから・・・憎んでいたのかも知れないね。
「でもさ。 僕だって、誰かに勝って嬉しいって気持ちが・・・誰かに認めてもらえるモノとか、誉めてもらえるモノとか・・・そういったものが見つかって嬉しいって気持ちは、あったんだよ。 ・・・人間、だからね。 君には言い訳にしか聞こえないかも知れないけど・・・でも、これは本当の事だから。 ウソは言わないよ」
何処に行っても、何一つ取り柄らしいものが見つからなかった。
習っていたチェロはヘタではないけど上手くはない。 ・・・そんな中途半端なものばかり。 そんな僕に、初めて人から誉めて貰えそうなモノが出来たんだ。 僕は、その事に・・・そんな嬉しい出来事に、有頂天になっていたんだろうね。
「でも有頂天になっていい事なんかじゃなかったんだよね? 確かに、そのしっぺ返しはあったよ。 君の言う通り・・・へんな影の使徒に飲み込まれたちゃったしね」
何かに喜んで、有頂天になって、やっぱり失敗して・・・みんなに、怒られて。
「こうして思い出しても・・・後悔ばっかりだね」
父さんと向き合えるかも知れないチャンスが幾つもあったのに、それから逃げちゃったこと。 アスカやミサトさん達と、もっと本当の・・・家族みたいな感じになれていたかも知れないのに、本心を隠して、いつも人の顔色ばかり伺って・・・そんな自分が嫌になって、やっぱり一人で閉じこもって。
「ねえ、アスカ?」
僕の声は、君に届いているのかな?
「後悔って、知ってる? 後で悔やむって書くんだけど・・・」
来日したばかりならともかく・・・今なら、もう知ってるよね。
「後で悔やむって事はね・・・もうやり直す事が出来ない事だから、それを悔やんで悲しんだり嘆いたりするって事なんだって。 時間は・・・巻き戻せないから」
・・・あの頃に、戻りたいな・・・。
「みんなで笑っていられた頃に戻りたいね? 綾波が居て・・・僕が居て、アスカが居て。 ミサトさんが居て、加持さんが居て・・・トウジが居て、ケンスケが居て、委員長が居て・・・楽しかったなぁ。 なんで、昔に戻れないんだろう? ビデオみたいに・・・巻き戻せれば、良いのに・・・」
楽しかった思い出のはずなのに・・・なんで、こんなに悲しいんだろうね?
「な、泣かないって決めたのに・・・駄目だね、僕って・・・」
だから何時も人の顔色を伺う事になるんだ。 それが、ますますアスカを苛立たせて・・・。
「どうすれば、良かったんだろう?」
僕は、どうすれば良かったんだろう?
「ねえ、アスカは、どんな僕なら・・・」
認めて・・・くれたの?
「・・・時間だ。 もう行かなきゃいけない。 ゴメンね、グチばっかり聞かせて」
でもね・・・これだけは言わせて欲しいんだ。
「アスカは、僕が守るよ。 ううん、アスカだけじゃない、みんなを・・・きっと守ってみせるよ」
今まで逃げてばかり居て、君にだけ負担をかけてしまってた僕の言って良い事じゃないとは思うんだけどね。
「・・・こんな事ばっかり言ってるから、アスカに怒られるのかも知れないね。 でも・・・もう、僕は逃げないって決めたんだ。 ・・・アスカ。 僕は、負けないよ。 相手がゼーレのエヴァでも、僕は、負けない」
例え、相手が人間でも。
「シンジくん、ついに始まったわ」
ミサトさん・・・。
「やっぱり、相手は人間なんですね?」
「ええ。 ・・・とりあえず、最初は戦自。 ・・・日本という国よ。 でも、その後にはゼーレが来るでしょうね」
「量産機って・・・ヤツですか?」
「ええ。 飛行能力に加えて、S2機関搭載、ダミープラグ制御の最新式・・・しかも、いっぱい」
でも、最初は人間相手に戦うしかないんですね。
「わかりました。 僕は初号機のケージに行きます。 アスカを・・・お願いします」
僕は、人間相手でも戦ってみせる。
だって・・・ここには僕の守りたい人達が、いっぱいいるから。
「シンジくん!」
「・・・なんですか?」
「こんな事言うのも今更なんだけど・・・人間相手に、本当に戦えるの?」
・・・正直、嫌だなぁって思う。 でも・・・。
前みたいに、どれに人間が乗ってるから攻撃出来ないとか、そういった事は気にならなくなった。
「僕の右手って・・・悪い手なんです」
あの時。 ・・・右手で、カヲルくんを握りつぶした時から。
「誰かから、何かを奪う事しか出来ないような・・・そんな手なんでしょうね」
親友の足を奪った手。 親友を殺した・・・カヲルくんを、握りつぶせた手。
「だから、心配いりません。 もう何を相手にすることになっても、大丈夫ですよ」
この手は、何かを奪うことしか出来なかった。
必死に、何かを守ろうとしてみたけど・・・やっぱり駄目だった。 綾波は自爆しちゃったし、アスカは壊れた。 ・・・原因は、多分、僕だ。 それに、加持さんが居なくなって泣いていたミサトさんを慰める事すら出来なかった。
これまで色々あって、僕は間違いに気が付いた。
守れないのに、守ろうとするから、失敗するんだ。 だったら・・・徹底的に奪えば良い。 ・・・簡単な事だよ。 今の・・・僕と初号機なら、僕たちから何かを奪おうとする誰かを・・・全部、壊せるはずだから。
「結局・・・僕の手は、何も守る事は出来なかったんだと思います」
でも。
「でも、この手は壊すことは出来るんですよ」
何かを守るのは、何かを壊す事よりも難しい。
作る事が、壊す事よりも難しくて、時間がかかる事と同じようにね。
料理だって、音楽だってそうなんだ。
料理を上手く作るのはとても難しい。 だって、食べる人の好みとかまで計算しないといけないんだから。 だから、上手く作れた時は、嬉しいんだけどね。 でも、不味い料理を作るのは簡単なんだよ。 少しでも塩加減が間違っていれば、途端に不味い料理になるから。
音楽とかも同じなんだろうね。 上手く演奏するのは難しいし、それを維持するのも難しい・・・。 ヘタになるのなんて、もの凄く簡単な事なんだから。
「私達のために戦ってくれるの?」
「・・・言ったでしょう? 僕には、守ることなんで出来ないんですよ」
僕は・・・。
「全部を、壊すために戦います。 僕たちから何かを奪おうとするモノを全部・・・壊します」
僕は・・・僕から何かを奪おうをするモノを、決して許さない。
|
---|
さて。
狂言回しのようで気に入らないのだけどね。
この話はここで終わりということになっているよ。
結果だけ言おうか。
量産機は再生能力が凄かったからね。
いくら愛しのシンジくんであろうとも、一人で何機も相手にして勝てっこなかったのさ。
え? サードインパクトかい?
・・・起きたよ。 中途半端に成功するような代物じゃなく、見事なインパクトがね。 その結果・・・何とも凄い事になったよ。
まず、量産機が吹き飛んだ。 跡形もなくね。
まさに、完璧な破壊のお手本のような光景だったよ。 その後には日本列島、ついで北半球・・・。 地球が吹き飛んだのは、何分後だったかな・・・。
しかし、初号機の翼は綺麗だったねぇ。
セカンドインパクトの時に見えたという翼の比じゃなかったと思うよ。 でもね・・・その翼の色って、真っ黒だったんだ。 夜の闇よりもなお深い・・・鮮血の赤を含んだ漆黒の翼。 まさに、その色は、あの時のシンジ君の気持ちそのものだったのかも知れないね。
彼は、まさに『奪う者』だった。
だから、僕の愛は、彼だけのものなのさ。 君だって、こんな予感がしていたんじゃないのかい?
シンジくんが何を望んでいたのか。
そして、シンジくんは、何を間違ってしまったのか。
全ての疑問に答える鍵は、そこにあるのかも知れないね。 でも、僕は答えを出そうとは思わない。 答えは、きっと君の心の何処かにあるよ。
・・・それじゃあね。
あ、そうそう。
肝心なことを言い忘れていたよ。
インパクトの核となったリリンは、進化の階梯を昇って神となるらしいよ? つまり、好きな世界を作れるだけの力が手に入るってことさ。 だから、ゼーレのご老人方も張り切って、補完計画なるものを進めていたのだろうね。
そんな神様が・・・どんな世界を作ったと思う?
|
---|
いきなり、頬を叩かれた。
「あのねぇ。 アンタ、いい加減にしなさいよぉ?」
痛かった。
また彼女の声が聞けたことは嬉しかったけど・・・。 でも、やっぱり痛いものは痛いんだ。 それに・・・怖かった。
「・・・目が怖いんだけど・・・」
「あったりまえでしょう!!」
うーん・・・やっぱり、怒ってるよなぁ。
「でもさ。 僕だって、誰かに誉めて欲しかったんだよ。 一生懸命頑張ったねって」
「・・・そりゃあ、まあ、確かに大変だったのかも知れないし、頑張ったのは認めるけどさぁ」
「君には言い訳にしか聞こえないかも知れないけど・・・でも、これは本当の事だから。 ウソは言わないよ」
「でも、これはないんじゃない?」
見渡す限りの大草原。
遠くに見えるのはモクモクと煙を上げる火山。
あそこを走っているのは、多分だけど・・・マンモス、かな? うろ覚えの知識で、よくこんな世界が出来たよなぁ・・・とか。
「・・・見渡す限り、後悔するようなモノばかりだね」
そりゃあ、昔に戻りたいって思ってたのは認めるよ。 でも・・・ここまで昔に戻らなくても良いんじゃないかって気もする。
「あったりまえでしょーが!」
「ご、ゴメン!」
「あやまるなぁ!!」
「だって、他に言いようなんてないじゃないか!」
そんな逆キレ気味の僕に彼女は・・・アスカは怖い笑みを見せる。
「ねえ、シンジ。 後悔って、知ってる? 後で悔やむって書くんだけど」
知ってるよ。 ついでに、君の手にある棍棒で何をされるのかも、だいたい見当ついているけど。 ・・・見当がついても、ぜんぜん嬉しくないんだけどね。
「後で悔やむって事はね・・・もうやり直す事が出来ない事だから、それを悔やんで、悲しんだり、嘆いたり、怒ったりするって事なんだって。 時間は・・・もう巻き戻せないから」
確かに、そうなのかも知れない。
「で、でもさ・・・」
「なに? 遺言なら聞いてあげるわよ?」
「・・・あの頃に、戻りたいなぁ〜って」
「いちおー聞いといてあげるけど、どのころ?」
「えーっと・・・2015年くらい」
「あと何千年か生きたら、戻れるわよ」
今の僕なら、もしかすると二千年くらい生きていられるかも知れないけど・・・。
「でも、無理ね」
何が?
「アンタ、ここで死ぬんだから」
・・・は、ははは。
「な、泣かないって決めたのに・・・駄目だね、僕って・・・」
僕、ここで死ぬのかな?
「覚悟は良いわね?」
棍棒を手に、迫り来るアスカを前に、僕は一人呟いた。
「どうすれば、良かったんだろう?」
本当に、僕は・・・どうすれば良かったんだろう?
「ねえ、アスカは、どんな未来なら・・・」
認めて・・・くれたの?
「今すぐやりなおせぇ!!!」
とりあえず・・・逃げることから始めよう。
<終わり>
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
御意見、御感想、叱咤、なんでも結構ですので、メールや感想を下さると嬉しいです。
雪乃丞さんの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る