西暦5015年。
それは地球連邦政府直属の特務機関、時空間管理局の局長室で始まった。

「時空連続体への干渉だと?」
『確認しました』

 その声を通信端末から聞いた初老の男は、『またか』と忌々しそうに顔を歪めていた。 時空間管理システム《クロノスゲート》の雛形となるシステムが完成したのは、今から25年ほど前のことである。 その翌年に時空間管理法が制定され、地球連邦政府は、いかなる理由や平和的な目的があとうとも時空連続体への一切の干渉を禁じてきた。 これが、俗にいう《タイムトラベラー法》である。 だが、出来ることをやらずには居られないのが人類という生き物の宿業であったのだろう。 最初の違反者は、よりにもよってクロノスゲートの開発者達であった。 だが、それは結局失敗に終わり、人類史上初のタイムトラベラー法違反で死刑となった男の名を歴史に刻むことになるのだが、地球連邦政府は、その出来事を重く見て、クロノスゲートの管理・研究の権限を、当時、研究施設を管理していた民間の研究所から強制的に取り上げ、それ以降は、連邦直属の特務機関によってのみ、研究・運用してゆくこととなった。 そんなクロノスゲートの運用管理のみならず、時間旅行者が引き起こす時間への干渉を取り締まるための機関、時空間管理局、通称・時間局の設立である。

 男は、その2年後に局長に就任後、これまで時間局が担当したほぼ全ての案件の処理を指揮してきていた。 だが、ここ数年、時間旅行者の手による時間への干渉が飛躍的に増えてきており、時間局の執行官の殉職者の数も、それに比例するように増加の一途を辿っている。 任務のあまりに特殊な性質上、特務執行官は、危険な上に長い時間を訓練に必要とするのだが、時間旅行者の引き起こす事件の増加と共に、その数が激減しており、深刻な人手不足が連邦議会でも幾度となく取り上げられてきたのだが、根本的な解決策は未だにみつかっていなかった。 それが、男の眉間に刻み込まれた皺をますます深くさせ、額を広くする原因となっていたのであろう。 男は、まだ50にもなっていはずのに、どう贔屓目に見ても60を超えているようにしか見えなかった。

 最初、世界にクロノスゲートは一つだけ・・・スペースシップの技術開発を専門としていた時空間航法の研究所だけにしかなかった。 だが、今では、世界の各地に似たような施設が点在してる。 無論、その全てが非合法であることが言うまでもないだろう。 なぜ、そんなことになったのかというと、時空間航法研究所で作られ、最高機密として研究が行われていたはずのゲートの機密に関わる情報の一部・・・もっとも根幹にあたる時間移動に関する部分の技術情報が、管轄の移動の際のゴタゴタの中で犯罪組織に流れてしまっていたのだ。 その時、人類の活動範囲は、地上と空、そして宇宙だけでなく時間流の彼方へも広がってしまったのであろう。 粗悪なゲート発声装置の乱造によって、二度と戻ってこられないことを覚悟しつつも過去に向かう犯罪者の数は増加の一途を辿っており、そんな犯罪組織の手によって研究され続けたゲート発生装置は、未だに一方通行という欠点を抱えてはいたものの、性能だけは飛躍的な向上を見せていた。 本来のゲート発生装置は、クロノスゲートと異なり、体一つで時間を移動することしか出来なかったはずなのに、最近の時間旅行者に共通する重武装化が、それが覆されたことを証明しており、結果として派遣執行官の殉職という事態を招いていた。

 今年に入ってて、この類の報告を聞いたのは何度目のことなのであろう? そして、部下の殉職の報告を聞いたのは、そのうちの何割に上るだろう? そういえば、一課の新人が派遣先で消息を経ったことで死亡が認定され、その葬儀に参列したのは、つい一週間前のことではなかっただろうか?

『私は、また・・・部下を死なせなくてはならんのか?』

 男は、胸の奥でわだかまる叫びだしたくなるような衝動をむりやり抑え込むと、出来るだけ平静な声で指示を出した。

「・・・ポイントは?」
『PNTAD2015-10245T78H96D3J。 データのIDは端末に転送してあります』
「わかった」

 それを聞いた男は、音声入力による検索の指示を出した。

「コンピュータ。 ポイントサーチ」
『ポイントPNTAD2015-10245T78H96D3Jヲ検索シマス』
「情報は、局長室の端末にデータ転送。 プロテクトレベルトリプルA」
『リョウカイ』

 指示を出されてから、数秒後。 局長室の端末に暗号化されたデータは届けられた。 男は、それを手元の端末に差し込んだ暗証キーによってデコードする。 トリプルAのプロテクトにはフラクタルパターンの暗号式が使われている。 そのデコードに必要になる計算式や方法などは、男ですらも知らされてはいなかった。 しかし、そのやり方を知っていれば十分だったし、暗証キーによるデコードには、キーだけでなく他にも幾つもの条件をクリアする必要がある。 それがトリプルA。 最高機密に関する情報のガード方法であり、それは導入以来、一度も犯罪組織に情報の流出を起こしていないことからも、その有効性が証明されていた。

『これもいつまで有効なことやら』

 犯罪者組織が、時間局の管理する情報を狙っていることは今に始まったことではなく、今の方法が通用している間に、更なる高度な情報のプロテクト方法を導入すべく、その方法が日夜模索され続けていることを男は知らされるまでもなく承知していた。 無論、犯罪者組織とのイタチごっこであることは言うまでもなく、いつまでたっても人類の心は成長しないのかと男にため息をつかせる原因にもなっていた。

『デコード完了』

 耳に響くマシンボイスの音と共に、画面に無数の情報が表示された。
幾つも開かれる情報窓の中に浮かび上がるいくつかのキーワードが男の目を嫌でもひきつける。

 AD2015年。 JAPAN。 THE THIRD NEO TOKYO CITY。

 時空連続体への干渉ポイントは、男の表情を歪めるに十分な場所だった。

「西暦2015年だと? ・・・しかも、よりにもよって《聖地》での干渉か!」

 いまから3000年ほど昔のこと。
その地で人類は未知の巨大生命体と戦うことになった。 一説には、古代文明の残した自動兵器群だとも言い伝えられているが、その正体は未だに不明とされ、その正体を研究することすら忌避されるほどだった。 そのせいもあってか、今では神話の中に、その存在が記されているだけである。 そんな最も新しい神話の時代への干渉など行われて、未来にどれほどの悪影響が及ぶかなど考えるまでもないことだった。

「なんということだ・・・」

 下手をすると、人類が滅びる可能性すらある。 それは、それほどの出来事だった。

『一課では、すでに特務執行官の選定に入っています』
「ポイントがポイントだ。 慎重に事を運べと指示しておけ」
『わかっています』

 この一件に限らず、時間局の任務の特質上、担当者の選定は常に慎重に行われていた。

「執行官の選定が完了するまで、あとどれだけかかる?」
『4時間以内には担当執行官の決定が可能です』
「2時間だ。 2時間以内に、派遣執行官の選定を済ませろ」
『しかし・・・』
「二度は言わん! 2時間以内だ!」
『・・・了解しました』

 そう有無を言わせず指令を出した男は、椅子に倒れこむように座り込むと深くため息をついていた。

「厄介な時間へ干渉されたものだ」

 そう答えた男は手元の端末を片手で操作しながら言葉を続ける。

「・・・まさか、この鍵を使うことになるとはな・・・」

 引き出しの中から取り出されるのは、データのデコードに使われる暗証キーだった。 しかし、その暗証キーは、先ほどまで使われていたものは異なり、随分と毒々しい赤い色をしていた。 その色は、見るものに意味もなく気味の悪い何かを感じさせるだろう。 そういった本能に訴える色であることを男は知識としては知ってはいたが、それを使うことには、相変わらずためらいを感じていた。

「・・・」

 無言のままに僅かに震えている腕を、もう片手でもって抑え込み、男は二つの暗証キーを端末に差し込んだ。 一つは、最高レベルのセキュリティを解除するための暗証キー、そして、もう一つは、今のような《聖地》へ関わる時空連続体への干渉という特殊な事情のある非常事態の時に、初めて使用を許可される暗証キーだった。 これまで、触れてはならないとされ、忌避地となっていた聖地に関わる時間に干渉する者は皆無だった。 どのような凶悪な犯罪者であれ、人類を滅亡させなねないポイントへの歴史の干渉など、恐ろしく感じて出来なかったのであろう。 それは、時間局の職員達でも同じだった。 そして、男も、その暗証キーを使うのは、二十年以上もの時間の中で初めてのことだった。

 誰もが興味をもっていながらも、恐ろしくて触れることすら出来なかった時間帯。 それが、もっとも新しい神話の時代・・・西暦2015年。 今から3000年ほど昔の時代にあったとされる、たった一年間の神話の時代だった。 その時代に何があって、どのような結末を迎えたからこそ、今の時代があるのか。 それを知るものは、もはや歴代の連邦政府議長ただ一人だけであり、その内容も口伝・・・つまり、口で説明するといった形で言い伝えられていた。 無論、それを済ませた後に、前任の議長への記憶消去処置が行われるのは言うまでもない。 人類は、それほどまでに、その神話の時代に関わることを恐れていた。 宇宙にまで活動範囲を広げたとはいえ、本能的な恐れを人類はまだ克服していなかったのであろう。

「・・・」

 無言のままに二つの暗証キーは差し込まれ、同時に回された。

 カチリ。

 小さな音はやけに大きく聞こえた。
そして、数秒が何事もなく過ぎ去った後。 端末に、唐突に一人の男の顔が写された。

「・・・議長・・・」

 それは、地球連邦政府の議長である男への直通回線を開くための手順でしかなかったのだろう。 それすらも知らされていなかった男は、てっきり機密情報への閲覧権を与えられるものだと思っていたせいもあって、少なからず面食らった表情をしていた。

「そろそろだと思っていたが・・・そうか。 いよいよ始まったか」

 そんな男に、議長はため息混じりに言葉を返していた。

「局長」
「はい」
「我々と、かの神話の時代の人類、双方を救うための聖戦が、今まさに始まろうとしている。 ・・・忌むべき技術の集大成クロノスゲートも、時空間管理局も、そして、これまで君と君の大勢の部下達に課せられていた任務という名の試練の時間の全ては・・・今、まさに、この時間のために存在していたといっても過言ではないのだよ」

 その言葉に、男は困惑を隠しきれなかった。

「だからこそ、君は、これから私の指示の通りに事をすすめねばならない」
「その理由は、お聞かせ願えるのでしょうかな?」
「それでは出来ない」
「・・・」
「わずかな歯車の狂いが、容易に過去の時間において人類の滅亡という最悪の事態を招き、結果として我々の消滅という事態を招くことを・・・それを君は、誰よりもよく知っているはずだ」
「・・・はい」

 そういった最悪の事態を回避するための機関が、時間局なのだから。

「だからこそ、今は、なにも聞かずに、私の指示の通りにしてくれたまえ」
「了解しました」
「それでは、まず最初の指示を出す」
「はっ」
「西暦2015年、第三新東京市へ派遣する特務執行官は、カザミミドリ執行官とする」
「カザミ執行官・・・ですか?」
「うむ。 他の者では、無理だからな」
「お言葉ですが、議長。 カザミ執行官は総合評価B−の査定を受けているカテゴリBランクの執行官です。 しかも、まだ二年目の新米執行官なのです。 そんな彼女よりも、より適任の執行官は大勢いるのでは?」
「それは、私もわかっている。 だが、伝承では、彼女だけが歴史を変えることが出来るのだ」
「・・・」

 これから起こるはずのことが、すでに過去の時間に影響を与えており、そしてその結果が伝承として言い伝えられているという矛盾。 そんな複雑な時間の流れに関わる問題が男の困惑を深めさせていた。

「過去の歴史が・・・人類が滅亡したという歴史が、今、この時間の中で変わろうとしているのだ。 それを成すことが出来るのは、今、あの時間帯に干渉しているもう一つの時間の流れ・・・かの神話の時代において二つに分かれてしまった時間の流れの果てからやってくる、余りに大きな力をもった存在だけなのだ。 我々は、その存在を、特定の歴史に誘導することでしか、生き延びることが出来ない。 それが、今の我々の時間を・・・この時間へと歴史を導く唯一の方法だ。 ・・・それを忘れないようにな」
「では・・・」
「いや、彼女には何も知らせてはならない」
「・・・それも伝承の通りだというのですか?」
「そうだ。 だが、全てが終わった後ならば・・・君と彼女に・・・全てを教えよう」

 そう約束することで、議長は、男の協力をとりつけた。
そして、この瞬間より、地球連邦政府と時間局の双方の承認の上での、初めての過去の歴史への干渉・・・今の時代を歴史上に残すための試みは始まったのだった。 それが、遠い過去の時間において、命すらも捨てて歴史を変えようとした一人の少年の儚くも尊い願いを踏みにじり、一人の女性の心を深く傷つけることになることなど、男達に分かるはずもなかった。









リヴァイアサン
作:雪乃丞









 西暦5016年。
昨年に起こった連邦政府史上最大の危機を回避したということで、時空間管理局特務執行官、風見ミドリは、局長に連れられて、地球連邦政府の議長室へと呼ばれていた。 その用件は表向きは表彰ということになっていたのだが・・・そこに到着するなり、ミドリは別の場所へと移動を命じられることとなった。

『・・・何処に向かってるんだろう?』

 僅かな音をたてて雲の上を飛行する機体の窓から、飽きることなく雲海を眺めていたミドリであったが、個人所有の超音速旅客機で数時間もの時間をかけて向かう先という事実に段々と不安を感じてもいたのだろう。 もっとも、なぜそんなに時間がかかるのかというと、特定の手順に従って、移動先を変えながら飛んでいるからであって、一直線に向かっていれば、それほど時間はかからなかったのだが・・・。 それを知らされていなかったミドリには、それが奇妙に気になっていたのであろう。

「・・・局長、何処に・・・?」
「君にとっては懐かしい場所だよ」
「・・・そんなに遠い場所なんですか?」
「いや、単に回り道をしているのと、時間を合わせているだけだろう」
「時間?」
「・・・月の光が必要なのだよ」

 そんな謎なやり取りのあと、ミドリはやたらと広大な敷地をもつ国立公園へと案内されていた。

「ここって・・・聖地・・・ですよね?」

 そこは一年に一回だけ・・・一日だけ一般人に開放される、とてつもなく広大な敷地をもつ公園だった。 その場所が、過去・・・今から数千年もの昔に人類の滅亡を防ぐことに成功した地だとして、聖地の名で呼ばれていることを、ミドリはおろか、そこにミドリを連れてきた局長と議長が知らないはずもない。

「そう。 ここは聖地と呼ばれている」
「一般人の立ち入りを禁止しているとはいえ、そういった場所に勝手に入り込む者が後をたたないのが常なのに、ここにはなぜだか誰も踏み込もうとしない。 その理由が・・・分かるかね?」

 地球連邦政府の最高権力者、そして、そんな組織の直属の組織のトップに何十年間もあり続ける男。 ミドリにとっては、こんな二人と話をしたというだけでも夢のような出来事なのに、こんな風に他者の目を盗むようにして、一緒に何処かにいくということは、まさに一生の語り草であろう。 そんな自分に先行するかのように舗装路を歩く雲上人二人の言葉に、ミドリは慎重に言葉を選びながら答えていた。

「いえ。 ・・・私には、分かりません」
「恐ろしいからだよ」
「おそろ・・・しい?」
「空を見たまえ」
「え?」
「鳥すらも、ここには近寄らない」
「そういえば・・・」

 自然公園なのに、この公園の空には一羽も鳥の姿がない。 それは考えてみれば奇妙な話だった。 これほどの敷地があれば動物が居つくことになっても不思議でもないはずなのに、鳥はおろか野犬の姿すらない。 それほど離れていない場所にある辺鄙な田舎町には、野良犬やカラスの姿すらあるというのに。 ・・・それは、まるで野生の勘が、それを避けさせているかのように。 そんな今更なことにようやく気がついたらしいミドリに、議長は苦笑を浮かべて言葉を続けていた。

「なぜ、動物が寄り付かないのか。 それが、人間が無意識のうちにココを捨ててしまった理由だよ」
「捨てたって・・・なぜ、そんなことに?」
「ここは、他者を寄せ付けない拒絶する心が色濃く漂っているのだろう。 かつて、この地には大きな街があったのに、そこから自然と人が居なくなった。 今では、この通り、誰も住みたがらないせいで公園になってしまった。 ・・・それは、きっと、そこに居ることが耐えられなくなったのだろうな」
「・・・」
「かつては、この地で死んでいった無数の人間達の怨念と、神の使いによってかけられた呪いのせいだなどという輩も居たがね」

 それを聞いたミドリは、周囲に広がる果てすらも見えない広大な・・・生き物の姿のない寒々しい光景が薄気味わるく感じたのであろう。 自分の腕を抱くようにして、小さく震えていた。 だが、その視線は議長の背中から外していない。

「・・・だが、真実は違う」

 そんな震えながらも自分の言葉に真摯に耳を傾けているミドリに、議長は背を向けたまま言葉を続けていた。 その足は、まだ止まっていない。 話をしながら、ミドリをどこかに誘おうとしているのだろう。 そんな三人の歩む道の先には、巨大なオブジェが月明かりの下でシルエットを作っていた。

「少し昔話をしようか。 ・・・今から、3千年ほど昔のことだ」

 空の満月を見上げながら男は言葉を続けていた。

「ここは、第三新東京と呼ばれていた」
「えっ? ・・・それじゃあ、聖地って・・・」
「そう。 君が、かの存在と出会った、あの街だった場所だよ」

 そう答えながら、更に一歩踏み出した議長は、淡々と言葉を続ける。

「君は、あの少年をどう見る?」
「・・・」
「あの人の身で、神の使いですらも退けることが出来るほどの・・・人類が仰しきれないほどの力をもった、かの人類の救世主・・・守護天使の名を与えられた怪物を・・・」
「シンジさんは、怪物なんかじゃありません! ・・・って、え、あっ、す、すみません・・・」

 おもわず怒鳴ってしまったミドリであったが、次の瞬間に、相手がとんでもなく雲上人であることを思い出し、思い切り恐縮してしまうことになった。 もっとも、相手は、そんな小さなことを気にするほどに心が狭い男ではなかったのであろう。

「いや、構わない」

 そう答えた男の目の前に、この公園の中央に位置する巨大なオブジェが見えていた。

「今日は、君にお願いがあって、ここまで来て貰った」
「お願い・・・ですか?」
「そう、これは君にしか出来ないことだ」

 そう言って、議長は自分の首にかけられていたペンダントを外して、ミドリに手渡した。

「このオブジェの中には下・・・地下のジオフロントに通じる通路が隠されている」

 それを聞いたミドリは、一瞬だけ呆然となっていた。
自分が幼い頃に、いくどとなく訪れ、親子で記念写真をとった記念公園のオブジェに、そんな秘密があろうとは・・・想像すら出来なかったに違いない。

「ここの地下には、広大な迷宮が広がっているのだよ」
「・・・」
「そこには、15の巨大なガーディアンが居て、侵入者を排除しようとするだろう」
「・・・ガーディアン・・・」
「あらゆる兵器が通用せず・・・いや、違うな。 かつて、一回だけ君に使わせた、例の重力子放射線射出装置。 アレでなら、ようやく傷つけることが出来るほどの相手だ」

 時間局の保有する個人が携帯できる中では、最強の威力を誇る兵装。 それが、重力子放射線射出装置である。 その重力制御技術の極みともいえる兵器は、原理としては、特定範囲内に射出した重力子を磁力で制御してマイクロブラックホールを形成するといった代物であり、その射線上にあるあらゆる物質・・・光さえも飲み込むという代物なのだ。 これは最早武器などといった生易しい代物ではありえない。 なにしろ、地球上のあらゆる兵器・・・軍の保有する機動兵器すらも打ち抜けるという代物なのだ。 だからこそ、これは兵器と呼称されるのだし、その使用には色々な承認が必要になる。 それをもってして、ようやく渡り合えるかもしれないという相手・・・それが、聖地をまもる守護者ガーディアンだった。

「生半可なダメージでは数秒で回復してしまう上に、通常の兵器群では簡単に無力化されるそうだ。 それに加えて、地下は狭いからな。 ・・・物量作戦がとれない以上、あのガーディアンどもはまさに無敵の存在だった。 そのお陰か・・・今までこの聖地の地下に入り込んで生きて帰ったものはいない。 その正体が何か、君になら分かるだろうな」
「・・・まさか・・・」
「そう、エヴァンゲリオンだよ」
「!?」
「零号機、初号機、弐号機。 そして、無数の量産機達。 それらが、君が今の時代に帰ってきた後に、さまざまな改造を施され、この地への侵入者を排除する役目を課せられ、何千年もこの地を守り続けていたのだろう。 だが、かの人造の天使達の本来の役目とは、地下に閉じ込めた存在を地上に出さないためだったとも言われている。 15の心の壁。 その天使の力によって、地下で眠る存在を封じてきたとも言われているのだ。 だが、そんな天使の模造品たちに守られた、人類の守護天使・・・彼の力が、今の時代に、もう一度必要とされているといえば、君は、どうする?」
「・・・ま、まさか・・・」

 だんだんと話が見えてきたのだろう。 ミドリの目に涙が浮かんでいた。

「そう、君だけにしか出来ないことというのは他でもない。 かの人類史上最強の存在、我ら人類の守護天使、碇シンジ氏を、地下から連れ出すことなのだ」

 その言葉にミドリは驚愕の表情を浮かべていた。

「ほ、本当に・・・シンジさんが、ここに居るんですか!?」
「居るはずだ。 そして、私の知る伝承では、ここのガーディアンが見逃すのは、君一人・・・カザミミドリの遺伝子をもつ人間だけなのだよ」

 それを聞いたミドリは、満面の笑みで答えていた。

「分かりました。 行きます! 行かせてください!」
「そう言ってくれると思っていたよ」

 そう嬉しそうに微笑むと、議長はペンダントを手渡した。

「それを持って近づけば、入り口が開くはずだ。 それに、それを君が身に着けておけば、エヴァンゲリオンたちも攻撃してこないはずだ。 ・・・頼んだぞ、風見執行官。 彼を、ここから連れ出してやってくれ」
「はい! それじゃあ、いってきまぁ〜っす!」

 そう駆け出したミドリを見送った男達の顔に嬉しそうな微笑が広がっていたのだった。







 記念公園のオブジェの中にあった昇降機は、後から作られたものだったのだと思う。

 ガラガラガラガラ・・・。

 そんな音をたててフェンスの上がった昇降機から降りた私を待っていたのは薄暗い上に、やたらと広い敷地をもつ空間だった。 原生林のような森の広がる地下空洞。 そんな地下に、天井部のあちらこちらから光が入り込んでいた。 月明かりのある地下空間は、ものすごく幻想的で・・・どこか寒気を感じる場所だった。

 ズゥン。 ズゥン。

 そんな地下に広がる森の中を、くすんだ上にボロボロになっている灰色の装甲で覆われた巨大なシルエットが闊歩していた。 あれが・・・量産機。 エヴァンゲリオンの成れの果てなのだろうか?

 フォン。

 そんな音が聞こえたような気がする。
侵入者に気がついたのか、10体近くいた量産機が一斉に私のほうを向いた。 その緑色に輝く12の瞳は、ひたすら薄気味が悪い。 いくら自分の髪が緑色をしているからっていっても、あんなデッカイ生き物の・・・しかも額のあたりに一個しかない目の緑色までは、流石に好きにはなれそうにもない。 ・・・なんか段々と近づいてきているような気がするのだけど、アレって本当に私に攻撃してこないのかしら? ・・・なんだか凄く危険なような気がしてきたのだけど・・・。

「・・・こっちよ」

 それは、そんな時のことだった。

「ひゃぁあああ!!」

 急に声が聞こえたような気がした私は、おもわず飛び上がってしまった。

「だ、誰かいるの!!?」

 慌てて見回してみたのだけど、周囲には・・・誰も居ない。 ・・・居ないはず。 動体センサーに反応があるのは、12体。 つまり、ジオフロントの中で放し飼いにされている野良エヴァンゲリオン量産機だけ。 でも、声は・・・聞こえるよぉ・・・。

「・・・こっちよ」

 そんな正体不明の声が怖かったのは確かだけど、どんどん近づいてくる野良エヴァの方はもっと怖かった。 だから、仕方ないんだって自分に言い聞かせながら、私はその声のする方に走っていくしかなかった。 そして、走り続けること数十分。 私は、ボロボロの半壊状態になっているピラミッドの形をした廃墟に案内されることになった。

「・・・ここの下よ」

 そう言い残して、声は聞こえなくなったのだけど。 ・・・あの声って、何だったのだろう?







 ずいぶんと長い時間、夢の中を漂っていたような気がする。

 『・・・碇君・・・』

 でも、そんな僕に声をかけてくる人が居た。

 『・・・碇君、目を覚まして・・・』

 それは、懐かしい声だった。

 『・・・碇君・・・』

 その声に導かれるようにして、僕はゆっくりと目を開く。

 コポッ。

 僕の口から泡のようなものが出て。 それがゆっくりと上にむかって上がってゆくのが見えていた。 ・・・周囲にある赤い色の水は何だろう? それに、なぜ水の中なのに呼吸できるのだろう? もしかして、これって、LCLなのだろうか? でも、僕は、なぜLCLの中に沈んでいるだろう? ・・・いや、そもそもの問題として、ここは何処なのだろう? 僕は、あの時、確かに・・・胸を撃たれて死んだはずなのに。

 ズキッ!

 胸の傷を確かめようと左腕を動かした僕の胸が、不意に、ひどく痛んだ。 でも、それも数秒のことだった。 意識を集中させたことで、体の隅々まで力が広がって、傷ついていた損傷部を回復させていく。 ・・・ボロボロになって溶け始めていた四肢が回復し、力が体中に漲り始めた。 ・・・でも、この感触は何だろう? なぜ、僕の体の中には、二つの力が宿っているのだろう?

 『碇君』

 誰かの呼び声はまだ聞こえている。

 『・・・綾波・・・』

 体の回復が済んだ僕は、ゆっくりと声のする方へと泳ぎ始めた。







 崩れかけた廃墟の中を潜ってゆくのはひたすら怖かったのだけれど、シンジさんが居るって・・・そこに閉じ込められているんだって思うと、不思議と怖くなくなくなった。 だけど、私を閉口させたのは、崩れて先に進めなくなった通路の存在だった。 過去の経験から、一応、ここの地下の構造は把握してあったのだけど・・・ここまで壊れていると、それも怪しいものだし、昔にはなかった知らない通路とかも出来ていて。

 結局、何が言いたいかというと・・・。

「迷っちゃったかも」

 議長さんが迷宮っていっていた意味がよく分かった。 ここは、侵入者が下にいけないような構造になった迷宮だったのだと思う。 そして、私は、ここで迷子になっている・・・。 どうしよう。

『・・・まっすぐ』

 そんな泣きべそをかいていた私に、あの声がまた聞こえた。

『・・・そこをまっすぐいったところに、アナタをまっているモノがあるわ』

 そんな声を頼りに、私は、その部屋にまで辿りつけていた。

「ようこそ、風見さん」

 そう錆びた扉に書かれた部屋に。 私は、そんな部屋に入るべく、携帯していた重力子銃で扉を壊して進入したのだけど・・・。 急に部屋の中に何かの稼動音が聞こえて、数秒後。 そこには、あの人が居た。

「・・・そんな・・・」

 呆然となった私の前・・・部屋の奥に、あの人が浮かんでいる。

「お久しぶりね」

 その人の名前は・・・確か、アカギさん。 私が、あの時代で最後に言葉を交わした人。 三千年前の人。

「あらかじめ言っておくわ。 この部屋にいる私は、ホログラフ映像なの。 つまり、実際に言葉を交わすことは出来ないわ。 だから、質問とかしても無駄よ?」

 そう微笑みながら言うアカギさんの言うとおり、この部屋に動体反応はなかった。

「アナタとシンジ君のお陰で、私達の馬鹿げた計画は白紙に戻ったわ。 アナタの最後の望みどおりに、彼には今後、一切触れないことが国連でも決定されたし・・・なんとか、私も幸せになれそうなの。 だから、お礼を言わせてちょうだい。 ・・・ありがとう、風見さん」

 そんなアカギさんの話を聞きながら、私はセンサーを使って、部屋の様子を調べていた。 独立系のシステムと非常用のバッテリー? そういったものを組み合わせて、この部屋を用意したってことかしら?

「だから、私の恩人にもなってくれたアナタに、私から一つだけプレゼントさせて欲しいの」
「・・・プレゼント?」

 答えが返らないことを知っていても思わず答えてしまう。

「アナタが未来から来たというのは、私達の時代でも予測できたことなの。 つまり、未来に帰ったアナタが、いつの日かシンジ君を目覚めさせるかも知れないって予測していたってことよ。 それがいつになるのかはさすがに分からなかったけど・・・。 それを出来るように、ここの番人にはアナタを攻撃できないようにしてあるわ。 それに、こうしてアナタ宛のメッセージも用意出来ていたってことよ」

 そう優しい笑みを浮かべるアカギさんに、私も思わず微笑み返してしまった。 ・・・相手は映像なのに。 もしかして、私って、お馬鹿さん?

「だけど、一つだけ承知しておいて欲しいことがあるの」

 そうちょっとだけ怖い顔をしたアカギさんの言葉に、私も気を引き締めなおす。

「シンジ君は、基本的に不老不死の存在なの」
「・・・」
「つまり、目覚めさせても100年も経たずに別れが待ってるわ」
「・・・」
「そして、アナタを失った彼が、どんな行動に出るか・・・私には分からないの。 彼を止めることは、おそらく人類には不可能よ。 なにしろ、単体でインパクトを発生できるのが、今の彼なんですもの。 まさに、歩く爆弾ね。 人類の守護天使は、人類を滅ぼす力も持っているというわけよ。 なかなかに皮肉がきいているわ。 ・・・そういえば、彼のこと、私達の時代では『リヴァイアサン』って呼ぶことになったわ。 ・・・まあ、そんなこと、アナタにはどうでもいい話ね」

 そう薄く笑うアカギさんの言葉を・・・。
彼が人類を滅ぼせる力をもっているということを、私は否定できなかった。

「でも、もしも・・・アナタに、彼と一生・・・それこそ、時の果てまで彼と一緒にいるという覚悟があるのなら、私からのプレゼントを使いなさい。 それを使えば、アナタは彼に似た存在に・・・進化の階梯を無理矢理上がって、私達がリリンと呼んでいる存在になれるわ。 大きな怪我以外では死ぬことのない、不老不死の存在になれるの。 つまり、シンジ君といつまでも・・・何百年でも一緒に居られるわ。 もちろん、これを使うのも使わないのも、アナタの自由よ」

 不老不死になって・・・彼といつまでも一緒にいる。 それが、どれだけ魅力的なことで、そして辛いことなのかも、なんとなく分かっていた。 永遠に生きることがどれだけ辛いことかなんて、物語の中で何度も何度も語られてきたことで・・・昔からずっとあるテーマだから。

「あと、一つだけ許して欲しいことがあるの」
「え?」

 視線を俯かせて、アカギさんは謝っていた。

「この実験・・・つまり、アナタへのプレゼントが実際に使い物になるかどうかを試すために、私達は一人の人間を犠牲にしたわ。 一回も使っていないものをアナタへ残すわけにはいかなかったし、本人が、それを望んでいたから。 ・・・だから、そのことを許して欲しいの」
「・・・」
「その子・・・綾波レイって名前の女の子なのだけど・・・彼と一緒に居させてあげてちょうだい」
「・・・アヤナミ・・・レイ」
「もともと、その子の魂の形質は、人間のものではなかったわ。 私達が使徒と呼んでいた、今のシンジ君と同じ系統の生き物の魂を封じられいた存在で、その精神構造も、私達人類の貧弱なものとは大きく異なっていたの。 そんな彼女の精神構造なら、きっと何千年もの孤独にも耐えられる。 私達は、そう判断したわ。 そして、おそらくだけど・・・アナタの近くか、彼の近くにレイは、居るはずなの」

 ということは・・・あの声って、彼女だったのかも知れない。

「だから、ここから彼を連れ出すのなら・・・彼女も一緒に連れてあげていって欲しいの。 それが、私達の時代の人類が、彼の行為に対して払う報酬よ。 あと、彼女には、私からのプレゼントの使い方も教えてあるから。 もし、使いたくなったら、彼女に頼みなさい。 私からの話は、これで終わり」

 そういうと、アカギさんは深く頭を下げた。

「最後にもう一度だけ言わせて貰うわ。 ・・・ありがとう。 それに、今度こそ、幸せになりなさい」

 それがアカギさんからの・・・あの時代の人達からのメッセージだった。







 ミドリが地下に入り込んでから数時間が経ったときのこと。

「しかし、考えたものですな?」
「なにをかね?」
「特務執行官に、彼を採用しようだなどと・・・」
「彼なら、どんな相手を敵に回しても楽に生きて帰ってこれるだろうからな。 それに能力の点でも文句もなどあるはずもない。 これで長年の問題だった執行官の人手不足が一気に解決だ」

 そう笑みを浮かべる議長に、局長は少しだけ呆れた風に答えていた。

「神をも恐れないとは、アナタのためにあるような言葉です」

 そう苦笑混じりに告げた局長に、議長は質の悪い笑みを浮かべていた。

「フッ。 問題ない。 昔から、結果オーライというだろう?」
「まあ、それはそうですが・・・。 時に、議長」
「なんだね? 局長」
「自分の家の数千年も前のご先祖様に合うことになった気分というものを、ぜひお聞かせ願いたいですな」
「そうだな・・・悪くない気分だ」

 そう碇と呼ばれた男・・・議長は、月を見上げながら答えていた。

「これで、一族の誓いは果たされたのだからな」
「そうですな。 ・・・我らが一族の誓いも・・・。 いや、碇、冬月、赤木。 連邦の御三家の誓いが、これで果たされそうですな」

 そう答える男の顔にも笑みだけが広がっていた。







 それは、溶け崩れかけた白い巨人の見守る部屋でのこと。

「・・・緑色の髪・・・アナタが、風見ミドリさん?」

 その薄明かりの中で、気を失っている少年を膝枕しているのは、床にまで広がった青い髪をした少女だった。 その数千年という時間の中で、ただ少年の眠りを見守り続けることを己に課してきた少女に、ミドリはゆっくりと歩み寄ると、自分の着ていた上着を差し出した。 実のところ、少年も少女も何も身に着けていなかったのだ。 あるいは、それが何千年もここに居たという証なのかも知れない。

「・・・これ、どうぞ」

 そんなミドリを緋色の瞳で見返しながら、その少女は、なおも尋ねていた。

「アナタ・・・私が怖くないの?」

 そんな問いに返される答えは一つだけだった。

「私、シンジさんが好きですから。 だから、シンジさんと同じアナタも怖くありません」

 そう言って手を差し出してきたミドリに、その少女は嬉しそうに微笑んだのだった。







 西暦5026年。

「・・・また遅刻したのね?」
「ご、ごめんなさぁ〜い」

 地球連邦政府直属の特務機関、時空間管理局の局長室には緑色の髪の女性の姿があった。 ちなみに、その制服は局長のものであり、そんな服装でひたすら謝っている女性を前に冷たい視線を向けるのは、背中まである青みがかった白い髪が美しい抜けるような白い色の肌をした少女だった。 ちなみに、そんな彼女は、ツワモノぞろいの時空間管理局の中でも1〜2を争う筆頭特務執行官の一人だったりする。

「これで、今週は二度目なの」
「まあまあ、アヤナミも勘弁してあげなよ」
「・・・イカリくんがそういうのなら」
「二人ともゴメンねぇ〜」
「そう思うのなら、明日からはもうちょっとだけ早く来てくださいね。 局長」

 そんな二人に、その局長と呼ばれた緑色の髪の女性は、申し訳なさそうに口を開いた。

「それじゃあ、二人に指令を出しますね」
「はい」
「・・・今度は、何処にいけばいいの?」
「アヤナミ」
「かまわないわ。 それに特級執行官は立場的には私と同格なんだから問題もないはずよ?」
「・・・わかりました」
「コホン。 それじゃあ、改めて。 特級執行官リヴァイアサン、並びに特級執行官リリス。 このたび、貴方達二人を、ポイントPNTAD2020-241T059678HD3Jへ派遣することが決定しました〜」

 どこか間延びした声から、これが重大な問題ではないことを理解した特級執行官リヴァイアサンではあったが、それにしては、時間局のもう一人の切り札、リリスまで投入することが不可解だったのであろう。 そして、なによりも、派遣先の時間帯が問題だった。

「ポイントPNTAD2020っていったら・・・」
「・・・そうね。 あの時代だわ」

 特級執行官リリスが今のような不老不死の存在となった翌年のことであるので、それを忘れるはずがない。

「ちなみに、今回は、私も一緒で〜す」
「へ?」

 呆然となるのはリヴァイアサンだった。 犯罪者達に悪魔のように恐れられる恐怖の代名詞、身体一つで航空母艦すらも撃沈すると噂される人類史上最強の特級執行官の浮かべて良い表情ではない。

「・・・なぜ? アナタは局長だわ」
「だって、私も行きたいんだもん」
「行きたいからって・・・」
「・・・タイムトラベラー法違反」
「だって、アレが壊れてて、ぜんぜん使い物にならないんですもの。 仕方ないでしょ〜?」

 アレとは、聖地の地下にある紫色の巨人のことである。

「・・・議長が怒りますよ?」
「それなら大丈夫。 ちゃ〜んと許可貰ってきたから♪ ほら、これ証拠〜♪」
「・・・アナタ、そんなに私の邪魔をしたいの?」
「フフ〜ン。 このナイスバディでアナタと同じ風になったら、もう勝ち目ないわね?」

 この十年ですっかり綺麗になったとは本人の弁である。 ついでに、ちょとだけ強気にもなったらしい。

「・・・負けないから」
「うん。 私も負けない」

 そんな果てしなく脱線していく二人の会話から何を想像したのか、なぜだか頬を赤くするリヴァイアサンである。 ちなみに、これはまったくの余談ではあるが、この三人、一緒の家に住んでいるのだとか。 ・・・まあ、そういうことであるので、深くは追求しないように。

 そんなこんなでクロノスゲートの中に入った三人であったのだが。

「ホントはね。 ・・・これまで決心がつかなかったの」
「・・・ミドリさん」
「ずっと・・・レイちゃんみたいに、何千年もアナタのことだけを見ていられる自信がなかったのね」
「・・・なら、なぜあの時代に行ってまで、私と同じ様になろうとするの?」
「好きだから。 ・・・ううん、それくらい好きだったんだってことに、ようやく気がつけたから・・・だからかな? なんか怖くなくなっちゃった。 ・・・あとは、アカギさんに、ちゃんと見せてあげたかったの」
「リツコさんに?」
「あの人、きっとレイちゃんに対して凄い罪悪感を抱えてるはずだから。 だから、私達、三人で幸せになりに来ましたって・・・そう言ってあげたいの。 今の私達を見せてあげたいの。 ・・・そうすれば、きっと、あの人も幸せになれるはずだから」

 局長に加えて、特級執行官が二人とも派遣されるということで、周囲は随分と反対したのであろうが・・・それでも、ミドリはいつまでもシンジと一緒に居ようと決めたのだろう。 その決心がつくまでに10年もの歳月を使ったのだから、その決心が、一時の気の迷いなどであるはずがない。

「シンジくん、私、ずっと一緒にいても良いよね?」

 そう涙を浮かべて尋ねたミドリに、シンジは優しい笑みを浮かべたのだった。



 Fin.





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