Neon Genesis Evangelion SS.
指揮官の憂鬱 write by 雪乃丞




 それは、彼の何気ない一言がきっかけだった。

「あの・・・加持さん、ちょっと良いですか?」
「ん? シンジ君か? どうしたんだい? アスカなら、ここには居ないぞ?」
「いえ、そうじゃないんですけど・・・」

 なにか相談したいことがあるのかも知れない。
そう感じたらしい加持は、執務室に訪れたシンジを連れて喫煙所へと場所を変えた。

「なにか飲むかい?」
「いえ、いいです」
「そうか。 それじゃあ、話というのを聞かせてもらおうかな?」
「・・・」

 そう喫煙所のベンチに腰掛けて湯気を上げるコーヒー片手に話を促したのだが。 そんな加持の横に座ったシンジは、視線を床に向けたまま黙り込んでいた。

「話しにくいことなのかい?」
「・・・はい」
「アスカのことか?」
「・・・いいえ」
「それじゃあ、レイちゃんのことかい?」
「・・・違います」
「難しいな」

 そうシンジの用件が恋愛絡みでないことを察した加持は、苦笑まじりに白旗を揚げていたのだが。

「・・・その・・・ミサトさん・・・の、こと・・・なんですけど・・・」
「葛城のこと?」
「はい」

 葛城ミサト三佐。 それは、特務機関ネルフ作戦部の代表であり、シンジたちチルドレンの乗るエヴァンゲリオン部隊の指揮官でもある女性であった。 そして、加持にとっては大学時代からの恋人であり、シンジにとっては、保護者であり家族でもある姉のような存在でもあった。

「葛城の何を聞きたいんだい?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

 その問いかけを最後に、二人は黙っていた。
シンジは、慎重に言葉を選んでいるのか、まるで痛みに耐えているかのように眉間に皺を寄せ、眉を歪めているし、そんなシンジを横目で見やりながらも、加持は、シンジの答えを促すことはなかった。

 そして、流れる沈黙が100秒を数えた時。

「ミサトさんって・・・本当に、有能な人・・・なんでしょうか?」

 その悲しみすら滲む問いかけが行われたのだった。







「難しい質問だな」

 加持は、そう答えるだけで精一杯だった。
なぜなら、その問いかけとは、現場で命をかけて使徒と戦っているシンジらチルドレンが、指揮官であるミサトの適正・・・能力自体に疑問を感じ初めているという意味だったのだ。 そんな、本来あってはならないはずの亀裂の発生を感じ取った加持は、冗談めいた言葉で場を和ませながらも、瞳にやどる光を強いものに変えざるを得なかった。

「シンジ君は、葛城のことを信じてやってるのか?」
「それは・・・信じています。 ・・・いえ、多分ですけど・・・信じたいんだと思います」

 シンジがわざわざ素直な気持ちの方を言い直したのは、口の端に笑みを浮かべながらも、自分のことを真摯な瞳で見つめている加持の瞳に気がついたからなのであろう。

「そうか」

 そう短く答えた加持は、まるで間をもたせようとするかのようにポケットからタバコを取り出すと、口にくわえて、火を灯もす。 そして、ゆっくりと紫煙と共に言葉を続けた。

「アイツの指揮能力に問題があるのかい?」
「・・・」
「それとも、アイツの指揮の内容に、何か疑問でも感じたのか?」
「・・・聞いたんです」
「なにをだ?」
「その・・・職員の人が、ミサトさんの作戦が・・・無謀すぎるって。 ・・・アレで勝ててるのは単に運がよかったからだって。 ・・・そう、言ってたんです。 それ、聞いたとき、なにか・・・怖かったんです」

 俯いたまま膝を掴み、小さく肩を振るわせるシンジに、加持はあえて何も答えないでいた。

「その人達・・・ミサトさんの指揮って無茶苦茶だって言うんです」
「具体的に、何か言っていたのか?」
「僕が始めて戦った時、ミサトさんって何もしてなかったじゃないかって」

 それを聞いたとき、加持の眉がピクリと動いた。

「それに、その次の時だって・・・民間人をエントリープラグに乗せて、どうやって勝つつもりだったんだって・・・正気を疑うとまで言ってたんです」
「・・・そうか」

 それを聞いて、改めてシンジはこれまでの戦いを振り返ってみたのかも知れない。

 第三使徒戦。 第一次直上会戦。
 その戦いの寸前に、迎えに行ったミサトによって本部へと連れてこられたサードチルドレンこと碇シンジは、脅迫まがいの説得によってエヴァに乗せられ、使徒の前に射出された。 ロクな訓練もなしに、いきなり素人のシンジを敵の前に晒したのだ。 そんなミサトが、最初に指示したことは『まず、歩いてみろ』というものだった。 ・・・繰り返すが、その時のシンジは素人だった。 搭乗の直前に、簡単にリツコにレクチャーを受けただけのど素人であり、起動実験すらもなしにエヴァを起動させ、その上、機動テストもなしに使徒と戦えとシンジに要求されていたのだ。 それに加えて、射出した場所は、敵の目の前だった。 そんな無謀な行為の結果は、エヴァの大破の末の暴走による薄氷の勝利というものだった。

 ・・・これを無茶といわずして何というのか。

 そして、その次の戦いでも、それは似たようなものだった。 ようやく実戦配備に漕ぎ着けたばかりのパレットライフルを、シンジの乗る初号機に使用させたのは良かったのだろう。 そのためにエヴァによる仮想訓練場での射撃訓練などをシンジに行わせていたのも、前回の戦いで接近戦はまだ難しいと判断したためであったのだろうから。 しかし、そんな二度目の戦いの序盤においてさえ、ミサトは、またしても有効な指示を出せていなかった。 ミサトの指示によって、シンジは、パレットライフルを使徒に向かって撃ったのだが、その弾丸は劣化ウラン弾であり、使途の体表の硬度に負けた弾丸は、残らず砕け散ることとなり、結果として、シンジの目から視界を奪ったに過ぎなかった。 ちなみに、その時にミサトが口にした台詞はというと・・・。

『馬鹿! 前が見えない!』

 そんな有効な指示をミサトが何一つ出せないままに、戦いは佳境を迎えつつあった。 最初の反撃の一撃でパレットガンを切り裂かれ、逃げ回っていた所を使徒によって吹っ飛ばされ、山肌に叩きつけられた。 そんなシンジが機体からのフィードバックに耐えながらも目を開けた時、そこには、自分の乗るエヴァの指の間で震える二人の民間人が写っていたのだ。 トウジとケンスケである。 そんな二人に愚痴をこぼしながらもエントリープラグにかくまえと指示を出すミサトに、技術部の代表である赤木リツコは越権行為だと文句を言い、そんなリツコと口論をしていた始末である。 そんな口論の果てに、責任は全て自分がとると口にし、シンジに二人を収容することを指示。 エントリープラグを射出した。 敵が目の前にいる状態で、パイロットと機体を切り離すという暴挙の果てに、異物を混入した状態で、再起動。 シンジには退避命令が出されるも、それが出来ないと思い込んだシンジは命令違反の特攻を仕掛け、ほとんど相打ち状態で勝利したのだった・・・。

「・・・そういえば、その時には、独房で謹慎を食らったんだったな?」
「あれは・・・僕が全面的に悪かったんです」

 そんなシンジの三度目戦いでは、ろくに相手の情報が分かっていない状態で初号機を射出。 地上に出たところを敵に狙い撃ちにされ、意識不明の重体に追い込むという始末だった。 ・・・これでは、チルドレン達の命が幾つあっても足りないだろうとは、職員が漏らしていた愚痴であり、そんな作戦部のミスにより大破する機体の修理と整備に追われる技術部の面々に疲れが見え始めたのは、丁度、そんな時のことだった。

「もし、あのタイミングでアスカがドイツから来てくれなかったら・・・きっと、僕、死んでたんじゃないかって。 そう、あの人達、言ってました」
「・・・」

 その言葉に、加持は何も答える言葉を持たなかった。 確かに、作戦のミスが目立つ結果が多いのは事実であり、そんな作戦部の指揮でシンジが幾度となく死にかけていたのも事実なのである。 現に、第三使徒戦から第五使徒戦までシンジ一人で戦っていた時期には、一歩間違えば死んでいたような戦いばかりだったのだから。 もっとも、今では、シンジを助けることが出来るだけの能力をもった正規のパイロットがであるアスカが戦列に加わっているお陰もあって、死にかけるような戦いは少なくなっていたのだが・・・。

 今度の戦いばかりは、嫌でも命がけにならざる得ない内容だったのだろう。

「今度は駄目かも知れないって・・・三人とも死ぬかもって・・・アスカが始めて弱音を吐いたんです」
「・・・」
「あんな超質量、どうやって受け止めていいのか分からないって・・・」

 衛星軌道上から自らの質量を武器にして突っ込んでくる使徒を迎え撃つために、作戦部は『手で受け止める』というシンプルにして、もっとも危険な方法を選んでいた。 それ以外に、この戦いを最後まで乗り切って、勝つ手段がないという理由で、シンジたち三人のチルドレン全員の命を危険な賭けに賭けるというのだ。 そんな無謀としか思えない作戦内容に、不安を感じないはずもなかったのだろう。

「葛城は勝算はゼロじゃないって言っていたんじゃないのか?」
「・・・100でも、1でも・・・0.000000001でも・・・ゼロじゃないんですよね」
「フッ。 オーナインか」

 それがエヴァの起動確率だった。

「まあ、そうだな。 確かに君の言うとおりなのかも知れない」
「・・・」
「だが、君たち三人は、そのオーナインを一回は潜り抜けているはずだぞ?」
「・・・そういえば、そうですね」
「それに、それは単純な数字のトリックだが、真実でもあるんだ」
「え?」
「結局のところ、成功率がどれだけ低かろうと、君たちの戦いには答えは二つしかないのさ。 DEAD OR ALIVE。 勝利か死か。 酷い言い方だが、使徒との戦いというものは、最初からそういうモノなんじゃないのか? この戦いに、最初から退却なんて選択肢はなかったんだからな」

 だからこそ、どれだけ分の悪い賭けであっても乗るしかないのだろう。

「・・・分の悪い賭けですよね」
「でも、君たちはやろうとしているな?」
「それしか・・・ないじゃないですか。 成功させて、奇跡を起こすしかないんです。 ・・・みんなで生き残るためには、それしかないんだって・・・僕達にだって、分かってるんです。 でも・・・本当に、それしかないんでしょうか? ここを捨てて、他の基地に移るって選択肢は、本当に最初からなかったのかって・・・そんな疑問が、どうしても消えてくれないんです。 それに・・・なんだか、最近のミサトさん、怖いっていうか・・・」

 そう言葉を途中で飲み込むようにして黙り込んだシンジに、加持は『重傷だな、これは』と内心で軽いため息をつきながらも、なんとか普通の声で答えていた。

「今更という気もするが・・・。 君も知ってる通り、俺は、作戦部の人間じゃないんだ。 そういったことは、日向君に聞いた方が良かったんじゃないか?」

 もっとも、あの眼鏡君がアイツのことを悪く言うはずもないだろうが。 そう内心で皮肉っぽく考えつつも、口にしない辺り、加持の人の悪さというものが見え隠れしているのだが、そこには、シンジを安心させたいという気持ちも少ながらずあったのかも知れない。 だが、その言葉をシンジは首を横に振るという行動によって否定した。

「駄目ですよ」
「なぜだい? 日向君には、こういったことは言えないか?」
「それじゃあ、まるで・・・告げ口してるみたいじゃないですか」
「そうかな? 作戦の内容が不服だが、最近の葛城がおっかないから、葛城の副官である日向君に相談してみるというのも、選択肢の一つなんじゃないか?」

 それが無駄だという点に問題があるような気もするが。

「まあ、良いだろう。 俺なりに、君たちの不安というものを消してやるさ」

 そう加持は口にすると、シミュレーションルームへとチルドレンたちを全員集めて話を始めたのだった。







 加持が指示したこと。
それは、まず、アスカに対して、用意したデータの使徒を撃退してみせろというものだった。

「どういう使徒なんですか?」
「それは、君が、これから調べることさ」

 そう答えると、加持は端末を操作して招き猫の格好をした使徒(なのであろう。 多分)を表示させた。 適当にデータを用意しているらしく、それはひどい違和感を感じさせる代物だった。

「・・・加持さん。 これって、なんの冗談ですか?」
「これが、今回の使徒だ。 ・・・さて、アスカ。 君ならどう攻める?」
「移動速度は二番目の使徒と同じ、か」
「・・・どうする? 敵は待ってくれないぞ?」

 考え込む間にも使徒は本部に迫っていた。

「まず通常兵器で様子をみます」

 端末を操作するアスカの指示によって、画面上に写る使徒に天上都市の兵器が使用された。 だが、次々と叩きこまれる兵器群は、当然のことだが何の効果も上げていない。 ATフィールドがあるかぎり、無駄な攻撃であるのは常識といえるだろう。 つまり、何の成果も上げられないということだ。

「直上まで来られたな?」
「だって、使徒相手に通常兵器なんて通じませんよ・・・」
「じゃあ、どうする?」
「・・・このままだと埒が明かないから、エヴァを射出してみます」

 なにをするにせよ、まずはATフィールドを無効化するしかないのだから。

「まあ、そうだろうな。 だが・・・」

 射出された初号機に対して、招き猫の目がピカーンと光って。 一瞬後には、その胸部が閃光によって貫通されていた。 どうやら、外見は抜きとしても、データの中身はラミエルに準拠していたらしい。

「あぁあっ!」
「ゲームオーバー、だな」
「な、なんで!?」
「もう一回やってみるか?」
「はい!」

 そうイライラした様子を見せながら、今度は慎重に行動しようとしたアスカであったが。

「通常兵器じゃあ、何の効果もない。 当然、相手も何もしてこない」

 天井都市の上でどっかりと座り込んだまま、招き猫は夕日にそまっていた。 ・・・シュールである。

「・・・エヴァを、コイツの背後の・・・離れた距離に射出してっと・・・」

 どっかーん!

「ええぇえ!」
「悪いな。 今度のヤツは、半径1キロ以内にATフィールドを感知すると自爆するヤツだったんだ」
「そんなの分かりっこないじゃないですか!?」
「まあ、そうだろうな」

 それに加持は苦笑で答えた。

「だが、これが葛城の戦いなんだ」

 それを聞いた三人は、黙って加持を見返していた。

「通常兵器じゃあ、何の反応も引き出せなくて当然なんだ。 なにしろ、相手には何のダメージもないんだ。 つまり、偵察程度の攻撃じゃあ、相手には脅威でも何でもないってことだ。 そんなの相手にエヴァをいきなりぶつけるのは非常識だと思うかい? ・・・だが、それが駄目だというのなら、どうやって相手の反応を引き出すせば良いんだろうな?」

 それが出来るように、ミサトはできるだけ威力のある通常兵器を摘発してきた。 自走臼砲なども、その一つであるし、自衛隊の研究所からポジトロンライフルを摘発した時などは、その最たるものだろう。 だが、それらの多くが、使徒の攻撃の前に蒸発させられてしまっていた。 使う端から、欠片も残さずなくなっていくのだから、指揮官にとっては頭の痛い話である。

「アイツはいつだってぶっつけ本番で戦ってきたんだ。 ・・・これは辛いぞ? なにしろ、事前に、敵の能力が予測できない戦いがほとんどなんだからな。 しかも、やり直しなんて最初からありえない。 成功しか許されない戦いばかりなんだからな。 それこそ、並みの指揮官なら、ノイローゼになってるところだろうさ」

 そう答えると、加持は使徒という敵生体がどれだけ非常識な存在かを強調していた。

「これが、君たちの戦いであり、あいつの戦いなのさ」
「・・・しかたなかったんですね?」

 なにも分かっていない戦いの中で出来ることなど、まずエヴァをぶつけてみて、そこで活路を見出すしかないのだから。 そして、そんななけなしの手段の中で、ラミエルの狙撃によってシンジは死にかけた。 しかし、そんな時、咄嗟に戻せと声をかけることが出来ていたのはミサトだけだったのだ。

「シンジ君には悪いが、最初の戦いでアイツが・・・いや、司令部か。 君のお父さん達が選んだ戦法は、エヴァを暴走させることだったんだろう。 そのため、君を死にそうになるまで追い込むしかなかった。 何の訓練もしていない君をエヴァを乗せる以上、暴走することを期待するしかなかったんだ」

 そう言うと、端末に次の使徒の映像が表示された。

「次の使徒の戦いの中で、葛城にはとてつもなく大きな選択をすることが課せられた」
「戦うか、逃げるかですか?」
「いや、シンジ君。 君に、クラスメートを見殺しにしたという十字架を背負わせるかどうかさ」

 それを聞いたシンジは、顔を真っ青にしていた。

「本来なら、戦闘中に・・・しかも敵の目の前でエントリーを解除してプラグを射出するなど、正気の沙汰じゃない。 それこそ、自殺行為でしかないんだ。 だが、それでもアイツは君にクラスメートを助けることを優先させた。 ・・・命令違反で独房に入れられていた君は知らないだろうが、あの後、アイツは司令達から厳重注意を受けているんだぞ? なぜ、あんな余計な真似をしたってな? それに、アイツが何と答えたと思う?」

 ・・・余計な真似、か。 ・・・たしかに、父さん達なら、それくらい言いそうな気がする。 それに、ネルフの人達からしてみれば、興味本位でシャルターから抜け出してきたような子供なんて、助ける必要がないって感じても当然なのかも知れない。 だけど・・・ミサトさんは、なんで、あの時トウジたちを助けてくれたんだろう?

 そう考えたシンジは、素直に答えていた。

「・・・わかりません」
「シンジ君の心を守るためです、だそうだ」

 それを聞いたシンジの目から涙が溢れていた。

「君達は、忘れているかもしれないが、学校の生徒達の多くは、ネルフの関係者の子供達だ。 そんな彼らのなかに、君がクラスメートを見殺しにして戦ったという噂が広がったら、どうなっていたとおもう?」

 良くても非難されるであろうし、無視くらいは当然か。 罵声を浴びせられるのも覚悟せねばならないだろうし、下手をすると、シンジが集団リンチを受けていたかもしれない。

「・・・そういうことだったんですね」
「君が少しでも戦いやすくなるように、アイツは不利を承知でプラグの中に避難させるしかなかったんだろうな。 それに指揮官の立場としても、それは必要だったのさ。 なにしろ、エヴァっていう兵器はメンタル面の悪影響が嫌になるほど現れる代物だからな」

 そう苦笑を浮かべた加持に、アスカが不思議そうに尋ねていた。

「でも、なぜ割と近い場所にシャルターがあったのに、そこに避難させなかったんでしょうか?」
「アスカは知らないだろうが、その時の彼らは腰を抜かしていたんだそうだ。 そんな彼らが、近くとはいえ、そこそこ遠くにある場所に逃げるまで待っていては、シンジ君は死んでいただろう」

 ないも出来ずに耐えるしかなかったシンジとは違って、相手は好きに攻撃出来ていたのだ。 シンジの乗る初号機がいつまでも鞭を手放さないと分かれば、今度は荷電粒子砲を使ってきたかも知れない。 そうなれば、近くにいたトウジたちは余波だけでも蒸発してしまっていただろう。

「結果として、そこにしか逃げ場所がなくなっていたんだな」

 威力こそまちまちではあるが、荷電粒子砲を使える使徒との戦いのなかで地表に居ては、安全な場所など何処にも無い。 そんな戦いの中で、一秒でも早く安全な場所に避難させるには、エヴァの中しかなかったのだ。 ATフィールドと分厚い装甲に覆われたコックピット。 そこが一番安全な場所であるからこそ、そこにかくまうしかなかったのだろう。

「こうして振り返ってみても・・・本当に、ギリギリの綱渡りな戦いばかりだったな」
「そんな中で、ミサトさんは一度も諦めたりなんてしなかったんですね」
「そうだな。 おそらくは、諦めの悪さがアイツの一番の持ち味だ。 そういえば、こんなデータもあるぞ」

 そういうと、加持はなにかのシミュレーションを表示させた。

「アイツは、本当の意味での軍人とは違うんだろう。 一般的にいって、互角の戦力同士をぶつけ合って、戦力の20%を失うと勝ち目はないと言われている。 つまり、そうなったら、全滅するか撤退するしかないんだ。 その理由は分かるかな?」

 それに答えたのは今まで黙っていたレイだった。

「自分の戦力をAからEまでの5つに分けて、相手の戦力をA’からE’に分けたとする。 その戦いの中でA’と交戦結果、Aを失ったとする。 その際、相手のA’が残っていた場合。 それは、BからEが互角の戦いを出来ていたとしても、どこかの部隊は、敵の残存兵力であるA’に挟撃されるということ。 それがBだったとすると、BはA’とB’の双方を相手にするということであって、結果は、Bを失う。 そして、CはA’とB’、そしてC’とも戦うことになって・・・」

 そう淡々と戦闘の推移を予測するレイに、加持は苦笑を返した。

「まあ、そういうことだ」
「普通なら、全滅するまでは戦わないってことですね」
「そうだな。 だが、アイツは序盤戦で25%の戦力を失っても諦めなかったんだ」

 それは攻防戦だった。 結果的に、守備側が兵力の80%近くを失う結果となったが、ミサトは残りの戦力を奇抜な運用によってゲリラ作戦を展開。 敵の補給路を完全に断つことに成功して、敵兵力を撤退に追い込んだのである。 そんな敵の損害は、結果的に20%を超えていた。

「もっとも、勝っても負けても次がない勝利だ。 普通なら、これは勝ちとはいわないんだろうがな」

 だが、そのデータの意味は、そういった意味ではなかったのであろう。

「あの・・・加持さん」
「なんだ?」

 アスカは手元の端末を操作して情報を確認していた。

「これって、最初から倍以上の兵力差がありませんか?」
「ああ。 だが、これにチャレンジした連中は全員、互角の兵力差だと最初に聞かされていた」

 互角の戦いだと思っていたのに、いざ始めてみると相手は自分の倍以上なのだ。 ほとんど詐欺のような問題である。 これでは、あらかじめ戦い方を考えておくことなど出来るはずもない。 そんないきなり指揮官の考えていたプランをぶち壊すところから始めるというのだから質が悪い。

「・・・無茶だわ、これ。 普通なら戦おうとするだけ無駄って感じ・・・」

 それに頷いた加持はゆっくりと答えた。

「これが、ネルフの選抜試験だったのさ」

 そこで試されたのは、どこまで諦めずに済んだかということだった。

「これにチャンレンジした中で、全滅を免れた者達は、約半数。 兵力の損失率でいけば、アイツは最低の成績だった。 だが、最初から敵に背を向けて逃げることを選ばず、しぶとく戦い抜いたからこその結果なんだろう。 結果的に撤退にまで追い込めたのはアイツだけだったそうだ」

 それは撤退を許されない戦いに必要になる資質を確かめるための戦いだったのかも知れない。

「これが、君達の指揮官だ」

 そう微笑みと共に口にした加持に、シンジとアスカも苦笑を浮かべていた。







 成層圏からの特攻という自殺行為同然の攻撃をしかけてきた使徒を何とか撃退できた日の夜。 チルドレンたちとミサトの4人は、作戦前の約束どおり一緒に食事に行こうとしていたのだが、市民全員が避難していて、その避難勧告が解除されたのが、ほんの数時間前だったという事情もあってか、どこも閉まっていた。 その結果として、食堂で何かを奢るということになってしまっていた。

「ほんとにゴメンねぇ〜」

 給料日前の財布の方は、大助かりであろうが。

「そう思うのなら、今度の休みの日、何か食べにつれてってよ?」
「こ、こんどの日曜? 次の週じゃ駄目かなぁ〜?」
「・・・金欠なのね・・・」
「あ、綾波・・・そんなこと言ったらミサトさんに悪いよ」
「来週の木曜日は給料日なの。 それはとてもとても嬉しい日。 だから、私は、ここが良い」

 そう言って指差す先にあったのは、アスカのガイドブック。 そこは豆腐料理専門店だった。 京都に本店があるという有名店の支店で、その分、お値段も結構張るのだとか。 ちなみに、そこにはゲンドウや冬月がよく行くそうなので、きっとレイもそこに連れて行ってもらった時に食べた豆腐の味を気に入ったのであろう。 それを見た時のミサトの顔が、僅かに引きつっていたとはシンジの弁である。

「なに勝手に決めてんのよ! 行くのは、ココ! 中華ならアンタだって大丈夫でしょ?」
「・・・お豆腐が食べたいの」
「駄目!」
「なぜ、そんなこと言うの?」
「ちゅ、中華にだって、ほら、マーボードーフとかあるじゃない!」
「・・・ひき肉が入ってるわ」
「きっと、ほかにもあるわよ!」
「・・・お豆腐」
「うっさいわねぇ。 ・・・じゃあ、ここならどう?」

 そんなどこかずれている二人の噛みあっていないようで、不思議と噛みあっている会話に苦笑を浮かべながらシンジはミサトを横目で見ていた。 そこには、なにか嬉しそうに微笑んでレイとアスカが言い争っているのを見つめる姿があった。

「どうしたんですか?」

 そう小さな声で尋ねたシンジに、ミサトは微笑みを受けべたまま答えた。

「なんっていうか・・・ようやく実感できたのかもね」
「なにをですか?」
「守り抜いた実感っていうか・・・みんなが、生きて帰ってきてくれたんだなぁって・・・ね」

 そんなミサトにシンジも微笑みを浮かべて答えていた。

「ご苦労様でした」

 そんなシンジの言葉に、ミサトが嬉しそうに微笑んでいたのは言うまでもないことだった。



<おわり>





 ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
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