Neon Genesis Evangelion SS.
大人達の憂鬱 write by 雪乃丞




 チルドレン達が感動を胸に部屋を後にしてから数分後のこと。

「大したものだわ」

 その部屋で後かたづけをしていた加持に、そんな言葉をかけてくる女性の姿があった。

「嘘も方便とはよく言うけれど・・・」

 チラリと視線を近くにある電源の入りっぱなしの端末へとむけながら。

「こんなデータまで偽造して・・・よくやるわね」

 そんな苦笑を浮かべた女性の名は、赤木リツコといった。

「惚れた弱みってヤツだろうな」
「・・・なぜ、こんな茶番劇をしてみせたの?」
「言っただろう? 惚れた弱みだって」
「冗談でしょう?」
「・・・彼らの乗る兵器の特異性については、俺なんかがわざわざ言うまでもないよな?」
「少なくとも、アナタよりは詳しいわね」
「それなら君にも分かるんじゃないか? 彼らは、全員、替えのきかないパイロットなんだ」
「そうね」
「そんな彼らのメンタルケアは、周囲の大人の仕事さ」
「たしかに、その必要性は私も認めるわ。 でも、それはアナタの仕事ではないわね」
「自分の管轄じゃないからって、相談があると言って頼ってきた彼らを見捨てるっていうのは・・・良識ある大人と対応しては、どうだろうな?」
「良識のある大人・・・ね」
「これでも、子供達の間では"頼れるお兄さん"で通っているんだ。 そんな俺が、彼らを見捨てるはずがないだろう?」
「それにしては随分と念の入ったことだこと・・・」

 カタカタと端末を操作しながら、リツコは苦笑を浮かべていた。

「・・・呆れたわね」
「なにがだい?」
「こんなくだらないモノをマヤに作らせていたの?」

 そんな余計な真似をするなとでも言いたげなリツコに、加持は笑みを崩すことなく答えていた。

「無駄になんて、なっていないさ」
「そう?」
「今の彼らの精神状態はベストに近い数値になっているはずだ」
「それはどうかしらね」
「なにか問題でもあったか?」
「あんな無茶なこと吹き込んで・・・全部嘘だってバレたら、どうするつもりなの?」

 そんな言葉に、加持は口元の笑みを大きくしていた。

「まず生き残ることさ。 その後で文句を言われるのなら、甘んじてそれを受ければいいだけの話だ」
「呆れたわね。 ・・・大胆不敵というか、何というか」

 そんな苛立ちすら見せるリツコに、加持は少しだけ笑い声を漏らしてしまっていた。

「・・・なに?」
「いや、ずいぶんとピリピリしているんでね。 ・・・葛城と喧嘩でもしたのか?」
「・・・」
「図星、か」

 そんなどこまでも余裕を崩さない加持に、リツコの苛立った声が返された。

「・・・アナタ、彼女に何を吹き込んだの?」
「何って、葛城にか?」
「ええ。 ・・・あの子にあそこまで影響を与えることが出来る人なんて、アナタ以外にいないわ」
「おいおい、俺は何も吹き込んでなんていないぞ?」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃないさ」
「でも、嘘は得意なんでしょう?」

 ついさきほどまで、ここで嘘の上に嘘を塗り固め、偽造したデータまで用意して嘘八百な熱弁を振るっていたのだから、それに反論できるはずもない。 普通なら、そう考えても仕方ないだろう。 だが、ここに居たのは普通とは少しばかり言い難い性格をした男だった。

「参ったね。 ・・・すっかり嘘つきってことになってるらしい」
「道化を気取るのもいい加減にすることね」
「・・・どういう意味かな?」
「どれだけピエロの振りをしていようとも、アナタの行動は常に監視されているという意味よ」
「司令から何か吹き込まれたのかい?」
「・・・警告しておくわ。 これ以上、引っ掻き回さないで。 でないと・・・」
「始末される、か」
「・・・私としても、友達であるアナタに居なくなって欲しくは無いの。 これは、友人としての最後の警告。 覚えておくことね」
「覚えておくよ」
「覚えておくだけ?」
「ま、その時の状況次第ってな」

 そんなどこまでも余裕を崩さない加持に、リツコは小さく舌打ちしていたのだが。

「あっ、そうそう」

 そんな言葉と共に扉のところで振り返った加持のニヤケ顔に、リツコは苛立ちを隠そうともしていない視線を返していた。

「・・・なに?」
「さっき、君のいっていた言葉を一部訂正させてもらおうかと思ってね」
「どの部分を訂正するのかしら?」
「葛城のことさ」
「ミサトの?」
「確かに、俺が用意したデータは全部デタラメも良いところな代物だ。 それに、あいつが有能かどうかって質問に対する答えとしては、あの話は相応しくなかったかもしれない。 それは俺も認めよう」

 だが、と加持は言葉を続ける。

「アイツが私怨のために戦っていると思っているのなら、それは君の勘違いだ」
「・・・また嘘? それとも、私まで騙し通せるとでも?」
「疑り深いヤツだなぁ」
「アナタ、信用って言葉知ってる? それとも誠意とか・・・誠実さでも良いわね」
「悪いな。 生憎と、そういったモノはお袋の腹の中に忘れてきたらしい」
「・・・ほんとに、呆れた人だこと」
「そうかい? まあ、その答えが気に入らないっていうのなら、今は品切れってことにしといてくれ」

 そんな加持に歩み寄ると、リツコは冷たい微笑を浮かべて見せていた。

「このままだと、死ぬわよ?」
「誰がだい?」
「アナタよ。 それくらい察して下さらないかしら? 日本政府、内務省調査部所属の加持リョウジさん?」
「・・・なにを言ってるんだ?」
「バイトも大概にしておかないと、本来のクライアントの不興を買うと言ってるのよ」
「やれやれ。 嘘つき呼ばわりの次は、スパイ容疑か。 ずいぶんと嫌われたものだな」
「その言葉、司令達の前でも言えるかしら?」
「言えるぜ? なにせ、嘘なんて言ってないからな。 ・・・なんなら、これから証明してみせようか?」

 そんな加持の平然とした態度に、リツコは馬鹿らしくなってきていたのかも知れない。 その表情から毒気と一緒に覇気まで抜けてしまっていた。

「・・・もう、いいわ」
「なんだ、もう話は終わりか」
「付き合ってられないって言ってるの。 でも、とりあえずこれだけは覚えておきなさい」
「なにをだい?」
「アナタ、もう・・・どうにもならないくらい危険な場所に立っているわ」
「ありがたく拝聴しておくよ」
「せいぜい、彼女を泣かせないことね」

 そんな捨て台詞を残して部屋を後にしようとしていたのだが。 そんなリツコの背に、加持の背中越しの声がかけられた。

「じゃあ、君も、これだけは覚えておくと良い」
「・・・」
「確かに、昔のアイツは親父さんの復讐に狂っていたかもしれない。 だが、今のアイツを同じように見ていると、いずれ大火傷することになるぜ?」
「・・・脅しのつもり?」
「いいや。 君達二人の共通の親友としてのアドバイスさ」
「そう」

 すこしだけ沈黙を挟んで、リツコは笑みを含んだ声を返していた。

「それ、多分、アナタの勘違いよ?」
「なぜ、そう思うんだい?」
「・・・人は、そう簡単には変われないわ」
「そうかな?」
「私は、あの子の側で・・・アナタが、あの子を捨てて逃げ出した日から、ずっと一番近い場所で、あの子のことを見てきたのよ? そんな私が、そんな変化に気がつけないとでも?」
「近すぎると、かえって見えなくなることもある。 灯台下暗しっていうだろ?」
「それだけはないわ」

 そう断言するリツコの言葉には、なぜだか絶対の自信が見え隠れしていた。 しかし。

「ところがあるんだなぁ・・・。 人の成長は一日で終わることもあるんだぜ? ・・・もっとも、何年かかっても、ちっとも賢くなっていないようなヤツも居るが。 まあ、だから人間ってのは面白いんだろうがな」
「・・・それは、誰のことかしら?」
「俺のことさ」
「・・・」
「もっとも、今の言葉で君が誰を思い浮かべたのかは知らないがな」

 そんな加持にリツコは怒った風に背を向けていた。

「リッチャン、人は変わるんだよ。 人も、世界も、組織だってそうだ・・・人の心だって同じなんだ。 君たち二人の関係だって同じなんだよ。 いつまでも昔と同じだなんて思わないほうが良い」
「・・・もう、黙って」
「君が何を企んでいるのかなんて、今のアイツは気にしてなんていない。 君が何を言おうと、もうアイツは気にしない。 ・・・例え、大事な君を敵に回すことになってでも、自分が、あの子達を守りきるんだって言ったんだろう? そんなアイツの見せた余裕みたいなものに、そんなに危機感を感じているのか?」

 なおも追いすがる言葉に、リツコは奥歯を噛み締めるだけだった。 それは、まるでそうしていないと何を口走るか分からないといった風情だった。

「自分と同じはずだったアイツが変わったことが、そんなに怖いのか? 君だけが、いつまでも過去に縛られて変われで居ないだけなんじゃないのか? そんな君に、アイツは何って答えた? 答えろ!」

 その静かに追い詰める声が、リツコの足を速めさせていたのかも知れない。 駆け足で逃げ出したリツコの通った後には、転々と水滴が染みを残していた。 その涙の染みを避けるようにして追いかけたのは、加持なりの優しさであったのだろうか?

「来ないで!」

 開いた昇降機の扉の開閉スイッチを押すよりも早く加持に扉を押さえられたリツコは、背を向けたまま震えていた。

「たのむから・・・来ないで」
「・・・リッチャン」

 乱れた呼吸音と嗚咽、軽く乱れた呼吸音。 それだけが、昇降機の中に響いていた。

「・・・アイツが変わったのなら、君も同じように変われば良いだけなんだ。 そのことに早く気がついて欲しいだけなんだよ。 アイツも、俺も・・・君のことを嫌っているわけじゃないんだからな」
「・・・憐れんでくれているの?」
「そうかもな。 それに少しだけ嫉妬もしているかも知れない」
「・・・」

 もう、これ以上話しても何の進展も無いだろう。 そう判断した加持は、軽くため息をつきながら扉を押さえていた手を離していた。

「・・・悪かったな、怒鳴ったりして」
「・・・」
「君の忠告、覚えておくよ」
「・・・最後まで、そうやって道化を気取るつもり?」
「誰かがやらなくちゃいけないことだからな」
「それが原因で・・・私を殺すことになっても?」
「ああ」
「それが原因で・・・こうして、私がアナタに銃を向けても・・・同じ事が言える?」

 振り返ったリツコの手の中にあったのは、黒光りする銃だった。 そんな危険な代物に額を狙われているというのに・・・。 それでも、答える声は、ひどく優しいものだった。

「君に、そんなことは出来ないさ」
「・・・ズルイ人。 ・・・昔から、そういった所は全然変わってないわね」
「人は、そう簡単には変われないものさ。 君だって、そう言っただろう?」
「・・・そうだったわね」

 フゥーと体の強ばりをため息ではき出しながら。

「最後まで、舞台の上で踊りきれるなんて思わない事ね。 ・・・ネルフは、そんなに甘くないわ」

 そんな言葉を最後に、昇降機の扉は二人の間に壁を作っていた。

「・・・道化だって、最後まで踊りきれば道化でなくなるかも知れないんだぜ?」

 閉じた扉に背を預けて、男は口元に笑みを浮かべていた。


 口元にゆれるのは、一本のタバコ。


「・・・苦いな」


 その煙は、ひどく苦い味がした。



<おわり>





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