Neon Genesis Evangelion SS.
ナナシカムイ 〜 last episode 〜 |
write by 雪乃丞 |
ゆっくりと舞い踊り、杖は円を描く。
口にされる言葉、揺らめく視界。
力いっぱい拳を握り締め、僕は悲鳴を堪えていた。
『封殺!』
また一つ、消えた。
天使はいなくなり、あの人も居なくなる。
僕が痛めつけ、彼女が封じる。
それが、最初から変わらない、僕と彼女の戦い方だった。
いつか平和になる。 いつか天使がいなくなる。
そう、信じることが出来るからこその自己犠牲。
だけど・・・敵は強かった。
白い閃光だった。
胸を焼き、目を焼いた閃光。
そんな光と激痛の中で、あの人は消えていった。
余りに巨大な力を防いだ代償は、完全な・・・消滅、だった。
消えた後には、僕と天使だけが残されていた。
初めての敗北。
完膚なきまでに、僕は惨敗した。
天使を封じるためではなく、僕を守るための犠牲者。
忘れることの出来ない、敗北の記憶。
勝利の記憶はなくなり、敗北だけはいつまでも残されていた。
繰り返される挨拶。
繰り返される戦い。
日常、会話、言い争い。
そのたびに忘却は繰り返され、ふりだしに戻る。
ただ、人は忘れることしか出来ないのかもしれない。
なんとなく心に痛みを覚えているだけ。
なんとなく悲しくて、なんとなく悔しくて。
朝、目が覚めたときになぜか泣いているような。
そんな・・・はかない記憶の一欠片。
それだけが、彼女の残していったモノの全てだった。
僕は、ただ覚えていることだけしかできなかった。
忘れないこと。 考えること。 そして、みんなに伝えること。
何度も何度も繰り返し、僕は、自分に問い続ける。
もっと力になれる方法があるんじゃないかって。
もっと他に良い方法があるんじゃないかって。
彼女が犠牲にならないで済むような良い方法が・・・。
他にもまだ天使を封じる方法があるんじゃないかって。
そう、足掻くことしか出来なかった。
天使が攻め込んでいたことをみんなは覚えていない。
カムイさんが犠牲になったことすらも、みんなは忘れてしまう。
覚えているのは、僕のミスで負けてしまったときの事だけ。
それですらも、周りの人達は、なぜ僕が助かったのかに気がつけない。
カムイさんが使徒の攻撃を何度も受け止めてくれたから、僕はこれまで生きてこれたんだと思う。
でも、そんな敗北の記憶も、僕が勝った瞬間には消えてしまう。
撤退を命じる父さんの声。
今みたいな精神状態では戦えないって判断されたんだと思う。
それを聞いて、疑問をなげつける葛城さん。
赤木さんも損傷率は軽微だって判断する。
守りたい人を守れず、死んで欲しくないのに犠牲になってもらうしかない。
そんな気持ちを・・・罪悪感と苦しみ持つことが許されたのは、僕と父さんだけだった。
『はじめまして、名無神威です』
その声は、泣きたくなるくらいに綺麗で。
それ以上に、僕に恐怖を感じさせる声になってしまっていた。
聞きたくない言葉。
新しい人に会いたくないのに会わないといけない瞬間。
繰り返される出会いと別れ。
苦悩の時間の終わりと始まり。
そしてやってくるのは、断罪される瞬間。
僕のせいだ。
お前のせいで死んだんだって。
また、殺してしまうんじゃないかって。
また、僕のために死んでしまうんじゃないかって。
そう、思い知らされる。
それに、結局は・・・勝っても負けても、見殺しにするんだろう?って、僕が僕に言うんだ。
偽善者めって。
「なんで、僕なんかのために死のうとするんだ!」
『それが正しいことだと思えるからです』
「僕なんて・・・死んでも良いのに!」
『違います。 私の代わりは、まだ居ます。 しかし、貴方様の代わりは居ません』
「僕の代わりなんて、いっぱいいるじゃないか! 碇家の人間なら、誰でもいいはずじゃないの!?」
その時になるまで、僕は知らなかったんだ。 彼女だって怖かったんだってことを。
『私たちにとって、儀式の瞬間は恐怖であり喜びです』
僕は知らなかったんだ。 彼女達がなぜ、父さんでなく僕を選んだのかってことを。
『ですが、碇家の御方に見守られることで、私は恐怖を感じずに済むのです』
僕は知らなかった。
彼女達が、僕と一緒に戦えることに、どれだけの幸福感を感じているかを。
彼女達が、僕や父さんが居ることをどれだけ感謝しているかも。
僕や父さんが、ただそこに居てくれるだけでなくて、一緒に戦おうとしていることで、どれだけ勇気付けられてるかってことも。
『生涯で最高の栄誉を授かる瞬間を、誰よりも側で貴方様に見守られる。 その喜びがどれほどの大きさであるかを、貴方様には理解して頂きたいのです』
だから、彼女達は、死ぬことを恐れない。
僕のために命を捨てることもいとわない。
だから、命を捨てることが出来るんだって。
僕は知らなかったんだ。
「なぜ、死んでしまうのさ? 僕は、君たちに死んで欲しくないのに・・・」
答えは、一つしかなかった。
『私たちに、貴方様の未来を守らせて下さい』
だから、僕は強くなるしかなかったんだと思う。
僕なんかのために犬死になんてさせたらいけない。
絶対に、あんな意味のない死を選ばせてはダメなんだ。
死ぬことが・・・。
消えてしまうことが避けられないというのなら。
僕のために死なせてはいけない。
僕なんかのために死んで良い人達じゃないんだ。
苦しんで欲しくない。
怖がって欲しくない。
最後の瞬間まで、安心させて上げたい。
だから、一緒にいることを選んだんだ。
少なくとも、見せかけだけでも笑っていよう。
どんなに悲しくても、苦しくても笑っていなくてはいけないんだ。
嘘の仮面をかぶって・・・それが、自分でも本物だと思えるほどに演じよう。
その全てが僕を追いつめていくとしても。
それが少しでも彼女たちの心を慰めてくれるのなら、僕はどうなっても構わない。
それが、僕の戦いだった。
夢の中で僕はいつものように戦うことになっていた。
繰り返し、繰り返し。 僕は何度も悪夢を繰り返す。
あのとき、こうしていればよかった。
あのとき、ああしていればよかった。
そんなミスを何度も何度も思い知らされ、あの瞬間を繰り返す。
微笑み。 光の中に、あの人は消えていく。
「っぃぁああああああ!」
跳ね起きた僕に、小さく声はかけられた。
『大丈夫、ですか?』
それは、とても小さなナナシカムイ。
どれだけ部屋が暗くても、彼女たちには関係なかった。
盲目の音使いの巫女が、彼女達だったから。
「え? あ、う、うん。 ・・・大丈夫」
最後の一人は、やっぱり僕と一緒にいることを選んだ。
だから、僕は最後の最後まで仮面を外さない。
「少しだけ、怖い夢をみただけなんだ」
悪夢を見るのはいつものことだけれど、ここまで酷いのは久しぶりだった。
これまでに襲来した使徒の中で一番強かったヤツ。
そんなのを相手に、カムイは二度挑み二度とも失敗した。
封じようとして、逆に封じられたのかもしれないっていってた。
それだけ、力っていうか・・・敵の魂の力が強かったのかも知れない。
シンカクが高いっていってたっけ・・・。
結局、あの凄まじい強さをもっていた使徒を封じることができたのは三人目のカムイだけだった。
何度も・・・失敗して、消えていくのを見ているだけしか出来なかった。
あのときほどの自己嫌悪を、僕は未だに知らなかった。
・・・なさけない。 この程度のことで心配させてどうするんだよ。
それでも、額を流れ落ちる汗を枕元のタオルでぬぐい取りながら、僕はいつものように微笑みを作る。
父さんみたいに表情を完全に消せるようになればやりやすいのかも知れないのだけれど、弱くて不器用な僕にできるのはせいぜい、これくらいだった。
「起こしてゴメンね」
『いえ。 でも・・・不安、です』
「なにがだい?」
『シンジ様の心が、ひどく傷ついているのではないかと思ったんです』
この子は、まだ小さいせいか、今までのカムイさんよりは言葉使いが幼かった。
感覚的には、カムイさんというよりも、カムイちゃんってかんじかな。
そんな子だったせいか、僕はこれまでのさん付けの呼び方をすてて、カムイって呼び捨てにしていた。
そしてカムイも僕のことをシンジ様って呼んでる。
・・・ほんとは、シンジさんとかそういった風に呼んで貰いたかったんだけど、そこまで求めるのも間違っているような気がしたから、好きなように呼んで貰うことにしたってことだよ。
「明日は少しだけ遠くにいくんだから、早く寝たほうがいいよ?」
『少しだけ、側にいさせてください』
「なぜだい?」
心配させてはいけない。 僕は笑っていて欲しいんだ。
「僕は大丈夫だよ。 こう見えても、結構ず太いんだから」
そんな僕の手を掴みながら、カムイは泣きそうな顔になる。
『だったら、なぜ・・・泣いているんですか?』
頬を流れる無意識の涙が、僕がこれまで犠牲にしてきた人たちの・・・罪の証だったのかもしれない。
「泣いてる? ・・・ほんとだ。 ・・・変だね。 なぜ、僕は泣いているんだろう?」
それでも僕は微笑んでしまう。
逆効果だって感じているのに、僕にはそれしかできない。
情けないヤツ。 どうしようもないほどに女々しいヤツ。
心配をかけたくない相手に同情なんてしてもらってどうするんだ!
『・・・お願いですから、無理に笑わないで下さい。 私まで・・・泣いてしまいます』
どうしようもないくらいに大きい悲しさと苦しさが。
これまで必死に押し隠してきていた弱い心が原因だったのかもしれない。
それが、もうボロボロになってしまっていたらしい心の隙間からこぼれてしまったのかも知れないね。
「僕って、泣き虫なんだね」
少しだけ泣いて良いかな?
ようやく絞り出せたちっぽけな勇気で、彼女はようやく笑ってくれた。
声だけを漏らさないように。 ただ、それだけを気をつけながら。
僕はようやく泣くことができたのかもしれない。
涙は、心が流す汗だって誰かに聞いたような気がする。
それを実感してる僕がいる。
心が、軽くなっていくのを感じながら、僕は必死に嗚咽を堪えながら泣いていた。
ゴメンなんて言葉じゃ償いきれない。
それを分かっていたはずなのに。
僕は少しだけ楽になってしまっていた。
安堵感と、罪悪感。
安堵感が大きくなって、罪悪感が強くなる。
でも・・・少しだけ、楽になったような気もする。
心の痛みがぶりかえし、涙が止まらない。
そんな僕の手をカムイはずっと握っていた。
安心して良いんだって。
死んだカムイも誰も・・・僕のことを恨んでなんていないからって。
そう、慰めてくれた。
これじゃあ、立場が逆だよ。
・・・どれくらい泣いたんだろう?
タオルがかなりの湿り気を持ってしまった頃になって、ようやく僕の激情は収まろうとしていた。
・・・眠かった。
これまでどれだけ大きいストレスを抱え込んでいたのか分かるほどに。
多分、今の僕は、休息を必要としているんだと思う。
『体を休めましょう』
「そうだね」
すごく自然な流れのままに、僕とカムイは一緒に眠っていた。
・・・疲れていたからだと思う。
それが、自然なんだって。
それが、必要なんだって。
そう、心が命じたのかもしれない。
僕の腕の中で、体に抱きつくようにして眠るカムイの背中を抱きながら、僕もゆっくりと目を閉じていた。
『・・・おやすみなさい』
その言葉に、僕は微笑みを浮かべていたような気がした。
to be continue next part.
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