Death Trap. |
part 5. 〜発現〜 |
write by 雪乃丞. |
一ヶ月ぶりの扉。
その一ヶ月という時間は、無限を感じさせた。
それが、シンジくんの感じていた事だったのかも知れない。
「・・・た、ただいま」
死ぬかもしれない。
もう、ここに帰ってこられないかも知れない。
そんな不安に、常に怯えていた一ヶ月だった。
「・・・おかえり、シンちゃん」
感極まっても仕方ないだろうな。
「よく頑張ったな、シンジくん」
そうシンジくんの頭に手を乗せる俺は、葛城に視線を向ける。 そこには、うれし涙を浮かべているアイツが居て・・・その腕の中には、シンジくんが居て。
「・・・しかし、なんだな」
「なに?」
「こうして見てると、お前、お姉さんって感じだな。 まあ、スキンシップが少しばかり激しいような気もするが」
その言葉に、僅かに頬を染めると。
「・・・そうかも。 シンちゃんってば、カワイーから」
「わ!」
「おいおい。 今度こそ、シンジくんが帰ってこられなくなるぞ」
まあ、こうしてじゃれあう姿が、本当の家族みたいに見えるのは、あいつの人徳ってなモンかもな。
「でも、それをいうなら、加持さんはお兄さんって感じですよ」
お、これは思わぬ反撃だったな。
「そうか?」
「ええ」
迷いのない目だ。 きっと、シンジくんは、俺と葛城が仲良くしているのが嬉しいのだろう。
「ちょっと早いけど、食事にしましょうか」
「そうだな・・・5時か。 もうそんな時間だったんだな」
「よかったら寄ってきなさいよ」
「・・・じゃあ、ご相伴に預かろうかな」
そう俺は、シンジくんを伴ってダイニングへ向かう。 葛城は、そのまま自室へ。 シンジくんは私服姿だったから、着替える必要はないのだろう。
「俺も手伝うよ」
「え? 加持さんって自炊できるんですか?」
「まあ、長いこと一人で暮らしてるとな。 簡単なモノなら作れるようにもなるさ」
「じゃあ、おミソ汁をお願い出来ますか?」
「いいとも」
シンジくんは、危なげなく包丁を扱っている。 ・・・杞憂、だったのかもな。
「どうしたんですか?」
「・・・いや、やっぱり痣になったとおもってな」
その手首には、一ヶ月間の監禁同然の生活の名残が残っていて。
「・・・もう良いですよ」
終わったんだから。 そう言う彼の言葉に、俺は短く答えた。
「そうだな」
そして、互いに料理をすること十分。
「アレ? アンタ、なにしてんの?」
白のジャージを着た葛城が、台所に姿を表した。
「さっきのお詫びに、なんか作ってやろうと思ってな」
「ふーん・・・あっ。 おみそ汁?」
「タマネギと卵入れたヤツ、好きだっただろ?」
「・・・まあ、ね」
昔を懐かしむ雰囲気に、シンジくんが無邪気に尋ねてくる。
「加持さんって、ミサトさんの事、好きなんですよね?」
その妙に声に抑揚のない問いに、俺は視線を合わせないままに、答えた。
「ああ。 俺が好きなのは、今も昔も葛城だけだ」
「加持・・・アンタ、本気?」
「冗談で、こんな事は言わないさ」
そして。
ザクッ
奇妙な音を耳にして、振り返った俺の目の前で。
「・・・し、しん・・・ちゃん・・・?」
葛城は、シンジくんに腹部を刺し貫かれていた。
ゆっくりと広がっていく鮮血。
その赤い色は、葛城が白のジャージを着ていたせいで、酷く鮮やかに見えた。
「・・・ああ・・・」
ゆっくりと、シンジくんが、離れて行く。
ズズ・・・。
腹部から引き抜かれる刃。
その先、10センチくらいは、真っ赤な液体で染まっている。 考えるまでもない。 葛城の血だ。
「・・・あああ・・・」
カラン。
震えて頭を抱えたシンジくんの手から、血塗られた包丁が落ちた。
ドサっ
葛城は、呆然となった表情のまま、床に崩れ落ちる。
「・・・あああああああああ!」
滂沱の涙を流して吼えるシンジくんに、俺は謝る事しか出来なかった。
「・・・すまない」
床の上で倒れたまま腹部から血を流す葛城を前に、シンジくんは、自分が何をしたのか、ようやく理解したのかも知れない。
「・・・ぼくは・・・ボクハ・・・なにヲしたンダ・・・」
そんな呆然となったまま、床に突っ伏した彼の首に、噴霧式の注射器を押し当てて。
「君は、悪くない」
俺は、引き金を引いた。
プシュ。
二度目の記憶消去処置を待つ俺の元に、赤木がやってきた。
「終わったわ」
「ご苦労さん」
その手には、ゆっくりと紫煙をたなびかせる一本の煙草。
「苦いわ」
「なら辞めたらどうだ?」
「カフェインとニコチンの中毒症のようなの」
「今更やめられないか」
「そうね」
短いやりとり。
「ミサトは?」
「治療室だ」
「事前に知らせておいてあげたら良かったのに」
「あいつは演技が下手だからな」
「しかし・・・苦いわね」
「だったら辞めれば良い」
「無理ね」
流れるのは、沈黙。
「子供達を戦わせて、子供達にこんなに負担をかけて・・・終いには記憶までいじくり回して・・・私達のやってる事は、何なのかしらね?」
「馬鹿なんだよ。 誰も彼も・・・みんな、大馬鹿野郎ばっかりだ」
「一番の馬鹿者は誰?」
「さあな」
「じゃあ、貴方は何?」
「フッ・・・かもな」
みんな馬鹿ばっかりだ。 だから、優しいヤツが苦労をする事になる。
「さてっと・・・」
「逃げないでね」
「わかってるさ。 シンジくんによろしくな」
俺は、ゆっくりと通路を歩いて行く。
あの男が仕掛けたトラップは、一個だけだったのだろう。 その他は、全てブラフ。 俺を挑発するためだけのハッタリだったわけだ。 だが、その一つは、えらく姑息で・・・そして、効果的な代物だった。
アイツは、俺に大事なヤツを殺された。 だから、俺の大事なヤツを殺す。
そんなトラップだった訳だ。 まあ、今にして思えば、ちょっと考えてみれば分かりそうなものだったんだがな。 だが、あの時の俺には、そんな確信はまだなく。
『・・・君が幕を降ろすんだ。 いいね?』
確かに、幕を下ろしてくれた。
こんな誰もが望まないであろう結末の劇の幕を。
なぜ、俺を狙わない?
お前の女なり恩師を殺したのは、俺だぞ。
なぜ、シンジくんを巻き込んだ。
いや・・・本当は、自分でも、分かっていたんだ。
これが、一番劇的で、俺にダメージを与える方法だという事は。
ベッドで眠るアイツを前に、俺は・・・。
「すまない。 こうする以外に、シンジくんにかけられた暗示を解く方法がなかったんだ」
胸の奥に広がる、苦い味。
こんな後味の悪い事件は、もうこりごりだ。
「・・・起きてるか?」
そんな俺の声に、アイツは目を開くと、怒ったような笑みと共に答えた。
「モッチロン!」
バキッ
「イタタ・・・」
頬に一発もらった俺は、アイツにネクタイを引っ張られた。
「玉のお肌に傷つけたんだから。 この借りは、おっきいわよ?」
「傷っていったって、痣だけだろ?」
保安部の防護服に使われる特殊繊維を編み込んだ特製のジャージだったんだ。
あの血糊で多少下着は汚れたかもしれないが、怪我などあるはずがない。
「わかってないわねー。 女の柔肌を怪我させて、アンタ平気なわけぇ?」
ま、確かに何も言ってなかった俺が悪いんだがな。
咄嗟のアドリブで、こいつもよく合わせてくれたよ。 伊達に、長い付き合いじゃないって事かな?
「・・・分かったよ。 これで勘弁してくれ」
「え? ちょ、ちょっと・・・」
オレ達の間に言葉はいらない。 俺はアイツを黙らせた。
── THE END.