雄大で、奇麗な山々が連なるアルプス山脈は、幾つかの国にその裾野を伸ばしている。
それらの国は、アルプスという広大な自然の恩恵を受け発展してきた。

そして、それらの国の1つ・・・最もアルプスに依存していると言ってもよい国スイス。
この話は、ここスイスを舞台として始まる。

「♪♪♪♪♪♪♪」

山の麓から女の子の歌声が聞こえて来た。その奇麗な歌声に耳を傾けてみよう。

「ランランラン。」

大人の女性1人と、赤毛の女の子が山を登って来ている。

「♪口笛はなぜ〜〜♪遠くまで聞こえるの?♪」

周波数が高いからよ!! 決まってるでしょ!!

「♪あの雲はなぜ〜〜♪アタ〜シを待ってるの?♪」











                        このアタシが、アスカ様だからよ!!!!!!










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アルプスの少女アスカ様
Episode 01 -前編-
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作者注:この小説を執筆するに当たり、アドバイスを下さいました”どてちん嶋野”さ
        ん並びに、チャットの場を提供して下さったPureAsuka!の”未神 
        瞬”さんに、この場を借りてお礼を申し上げます。
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<山の麓>

アルプスの山を悠然と登るアスカ様と、大量の荷物を持たされアスカ様の後を付いて登
るキョウコ。

「ママ! 早く来なさいよ!」

彼女の名前は、惣流・アスカ・ラングレー。14歳にして町の大学を卒業している。端
から見ればすばらしいことなのだが、両親を無くした彼女を引き取ることとなった親戚
のキョウコの家には、それほど金銭的な余裕は無かった。最初はアスカ様の財産目当て
だったのだが、逆に絞り取られることになってしまう。

「ちょっと、待ちなさいよ。荷物が沢山あるんだから、そんなに早く登れないわ。」

後から付いてくるこの女性が、惣流・キョウコ・ツェッペリン。大学を卒業したアスカ
様が、「スイスの山で暮したいわ!」と言い出したのを良いことに、山の変わり者の所
へ預けようと早急に決めたのだ。

「先に行ってるわよ!」

夢にまで見たアルプスの山々。アスカ様は山上の小屋を目指して駆け出して行った。

「はぁ・・・いい空気ね。もうドイツになんて戻りたくないわねぇ。」

山々が作り出す、おいしい空気を胸いっぱいに吸い込んだアスカ様は、どさっと草の上
に倒れ込む。空に見える雲が、アスカ様を待っていたと言わんばかりに悠々と流れて行
く。

「もうちょっとで、山小屋ね。あとひとっ走りだわ!」

山での生活・・・アルプスでの生活・・・。

アスカ様はどんどん駆け上って行く。

「あれかしら?」

山の中腹まで来ると、大きなもみの木の横に立つ山小屋が見えてきた。目的の小屋が見
えて、自然と足も早くなる。

タッタッタッタッタ。

山小屋がどんどん大きくなってくる。その山小屋の近くまで来ると、そこには髭面のお
やじが薪を割っていた。

「アンタが変わり者のゲンドウね! 今日からここで暮すわ! アタシの世話をするのよ!」

薪を割っていた人物は、町の人間から変わり者と言われ、山の上で生活をしている碇ゲ
ンドウである。突然現れたアスカ様に、腰に手を当て得意のポーズで宣言され、唖然と
するゲンドウ。

「もうすぐ荷物が届くわ。あとよろしく。」

アスカ様は、返事も聞かずに小屋の中へ入っていった。唖然と見送るゲンドウの足元に
は、割っていた薪がむなしく転がっている。

<山小屋>

ふーーー、ここが山小屋ね。いいわぁ、この木の臭い。ん? あそこから2階へ登るの
かしら?

アスカ様が、木でできたはしごを登ると、そこは荷物が並べられている屋根裏の物置だ
った。埃っぽい中、周りを見渡すと丸い窓・・・といってもただ穴が開いているだけだ
が・・・から光が差し込んでいた。

おしゃれな窓ねぇ。自然って感じがしていいわねぇ。

興味を持ったアスカ様が、窓から体を乗り出して外を覗くと、大きなもみの木とそれに
群がる小鳥達が見えた。

ピッピッピッピッピ。

その中の青い小鳥が、アスカ様の肩にとまる。

人懐っこい小鳥ねぇ。やっぱり都会とは違うわねぇ〜。

小鳥にそっと指を差し出すと、その小鳥はアスカ様の人差し指に飛び移ってきた。

かわいいわね。アンタの名前はピッチよ! いい?

ピッピッピ。

ピッチと戯れるアスカ様。その時、ようやくキョウコが小屋にたどり着いた。

「どういうことだ。」

サングラスで表情は見えないが、突然の訪問にいささか怒ったような口調でキョウコに
説明を求めるゲンドウ。

「あの子が、突然アルプスで暮したいというものですから。」

おどおどしながら、なんとかアスカ様を押し付ける口実を模索するキョウコ。

「やはり・・・アスカをここに置いていくのは駄目でしょうか?」

「問題無い。は!」

質問されると、ついいつもの口癖を言ってしまうゲンドウ。

「じゃ、あずかってくださるんですね。」

「いや・・・そういうことでは・・・。」

「後はよろしく頼みましたよ!! それじゃ、失礼しまーーーす。」

長居をしてゲンドウの気分が変わってはいけないと、持ってきた荷物を山小屋の前にほ
おり出し、キョウコはさっさと山を降りて行ってしまった。

「ふっ・・・シナリオ通りだ・・・。」

ゲンドウは、泣きそうな顔で負け惜しみをいうと荷物を持って小屋の中に入る。

「ちょっと! ゲンドウ! 荷物を上まで運びなさい!」

小屋に入ったとたん、屋根裏から威勢の良いアスカ様の声が響き渡る。

「なぜ、そんなことをしなければならん。」

重い荷物を小屋にほおり込むと、不機嫌そうに椅子に座るゲンドウ。その時、屋根裏か
らアスカ様が、一気に飛び降りた。

「なんですってぇ!!!」

ゲンドウに詰め寄るアスカ様。

「もう一度言ってみなさいよ! アンタ! このアタシに向かって、そんな口を聞いてい
  いと思ってるわけ!?」

恐い・・・。

「いや・・・。」

「さっさと運びなさい、いいわね!! やるわね!!」

「問題無い・・・。」

ゲンドウは、再び泣きそうな顔でアスカ様の大量の荷物を屋根裏に運ぶと、部屋の掃除
を始めた。

さって、下僕のおやじが掃除をしている間に、山の見物にでも行ってこようかしら。

アスカ様が意気揚々と小屋を出ると、そこにはカタツムリを食べているセントバーナー
ド犬が、のっそりと横たわっている。

あら? さっきは気付かなかったけど・・・犬がいるのね。

ゆっくりと近寄るアスカ。

「アンタ、名前なんてーの?」

「その犬は、ヨーゼフだ。」

屋根裏部屋から、アスカの様子を見ていたのだろう。ゲンドウの声が聞こえる。

「アンタは掃除してなさい!! だいたいヨーゼフなんてダサイわよ!! 今日からアン
  タはペンペンよ!!」

「ペ・・・ペンペン・・・なんだそれは・・・。」

「この犬は、ペンペン。今日からそう呼びなさい!」

「6年もヨーゼフと呼んできたのだ。急に・・・・」

「ペンペンって言ってるでしょ! 文句でもあるの!」

「問題無い・・・。」

アスカ様の怒声に、たじたじになったゲンドウは再び屋根裏部屋の掃除を、埃にまみれ
ゴホゴホと言いながら始めた。

しかし、1人で山に見物に行っても、どこに何があるかわからないわねぇ。

メェェェェ。

ヤギ?

ヤギの声がした方を見ると、たくさんのヤギを連れた少年が山を登ってきていた。

ちょうどいいわね。しかもアタシの好みの子だわ(はーと)。

アスカ様は、ヤギ飼いの少年の所へ駆けていく。

「アンタ、名前は!?」

「え・・・ぼく? 君は?」

「アンタバカぁ? 人に名前を聞く時は、まず自分から名乗りなさいよ!」

「・・・・・・・・先に聞いたのはそっちじゃないか・・・・。」

「何!? 何か言った!?」

「いや・・・その・・・ぼくはシンジ。碇シンジ。」

「碇? あのオヤジの親戚か何か?」

「うん・・・遠い親戚らしいけど・・・。君は?」

「アタシも遠い親戚らしいわ。アタシは惣流・アスカ・ラングレー。アスカって呼びな
  さい!」

「うん。」

その時、ビューーーーーーっと強い風が吹き付けアスカ様のスカートが捲れ上がる。

「し・・・白・・・。」

シンジの脳裏に焼き付く白い三角形の絶景。

パーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!  ゴロゴロゴロゴロ。

「見物料よ! 安い物でしょ! あら? シンジは?」

アスカ様が、平手を繰り出した理由を説明しているが、殴られた本人は山の麓まで転が
り落ちていた。

                        :

しばらくして、再び山を登ってくるシンジ。頬には紅葉模様がしっかりとついている。

「ひどいよ・・・。」

「遅いわねぇ。じゃ、さっそくアタシに山を案内するのよ! いいわね!」

「え? 山を? でも、ぼくはヤギに草を食べさせに行くんだけど。」

「そこでいいわ。さ、行きましょ!」

アスカ様とシンジは、ヤギを連れて山を登っていった。アスカ様には見る物全てが珍し
く、奇麗な世界が繰り広げられる。

<アルプス>

素敵ねぇ・・・ずっとここで暮したいわねぇ。
もう、あんな殺伐とした都会に戻るなんてこりごりだわ!

シンジの後を付いてアスカ様が、山を登って行くと、奇麗なお花畑が眼前に広がる。

「わぁ! 奇麗!」

お花畑に飛び込むアスカ様。

「アスカ、ぼくはこっちでヤギに草を食べさせているから。」

「え? そこでヤギに草を食べさせるの? 見たい見たい!」

お花畑の中から駆け寄ってくるアスカ様は、まるで花の妖精の様にシンジには思えた。

「何ボケボケっとしてるのよ! さっさと行くわよ!」

ぼぅっと自分の世界に入っていたシンジが、現実に引き戻される。

「え・・・あ、そ、そうだね。」

シンジは、アスカ様とヤギを連れて少し登った所にある草原にたどり着いた。ヤギ達は
思い思いの場所で草を食べる。

「ねぇ、シンジ、お腹減ったわ。」

「え・・・じゃ、半分食べる?」

今日の分のお弁当として持ってきたパンとチーズを、カバンから取り出し、半分に分け
てあげる。

「それでいいわ。ところで飲み物はどこにあるの?」

「それは、こうやって飲むんだ。」

シンジは、近くにいたヤギの下に潜り込むと、ヤギの乳をしぼってミルクを絞り出した。
シンジの口に、ピュピュとミルクが飛び出る。

「あっ面白そう!! アタシもやってみる!!」

シンジの真似をして、アスカ様もヤギの乳をしぼる。生ぬるいが、なんだか自然を堪能
している様で心地よい。

はぁ、自然の中でパンとチーズを食べて、絞りたてのミルク。もう最高ね!!

シンジに貰ったパンをかじりながら、アスカ様は上機嫌だった。

「ねぇ、シンジ! 明日からは、アタシのお弁当も持ってきなさい! いいわね!」

「え!?」

「明日から、アタシも毎日一緒に来るから、ちゃんと持ってくるのよ!」

「うん・・・わかった・・・。」

ご満足のアスカ様は、ヤギ達の間を駆け抜け山の上を走り回る。頬に当たるひんやりと
した風が気持ちいい。

風が気持ちいいわぁーーー。

「アスカ! そっちに行っちゃダメだ!!」

「何〜? 何があるの〜?」

シンジの言葉に耳を傾けず、走っていくアスカ様。

「アスカ!!」

アスカ様の進む先は、草で隠れてわかりにくいが崖になっていた。シンジは、のんびり
と食べていたパンを投げ捨てると、アスカ様を追いかける。

「きゃーーーシンジが追いかけてきたわ!!」

追いかけっこと勘違いしたアスカ様は、崖に向かって逃げる。

「アスカ!! 待つんだ!!」

「待てと言われて、待つ人がいると思ってるの!?」

その時、アスカ様の足がずるっと滑り落ち、落下して行くアスカ様。

「キャっ!」

「アスカ!!」

咄嗟に、アスカ様の手を掴むシンジ。ぎりぎりで間に合った様だ。

「ふぅ・・・だからこっちに来たらいけないって・・・。」

恐る恐るアスカ様が目を開けると、自分の手を持って微笑むシンジの顔が、太陽をバッ
クに輝いていた。

ぽっ。

「よいしょっと!」

勢いをつけて、アスカ様を引き上げるシンジ。アスカ様の体は、一瞬宙に浮いたかと思
うと、シンジの上に落下した。

ドサッ。

シンジ・・・。

シンジの上で、じっとしているアスカ様。

「ちょっと、どいてよ。」

真っ赤になったシンジは、アスカ様の体を起こそうとするが、へばりついて動かない。

「ちょ、ちょっと・・・。」

「ダメ・・・。足をくじいたみたい・・・。」

嘘である。

「え!!」

女の子に怪我をさせてしまったと、焦るシンジ。

「おんぶ。」

「え・・・あ、うん。」

シンジは、素直にアスカ様を背負うと先程お弁当を食べた所まで戻り、アスカ様を座ら
せる。

「大丈夫?」

「足首が痛い・・・さすって。」

「え・・・う・・うん。」

シンジは、顔を真っ赤にしながらアスカ様の足首を丁寧にさすった。さすり続けた。

                        :
                        :
                        :

そして、夕方・・・まだシンジは、アスカ様の足首をさすらされていた。

「もういいわ。そろそろ帰りましょ。」

「あ、そ、そうだね。」

ずっと顔を真っ赤にしていたシンジは、我に返るとヤギ達を集め出す。
そんな様子を、頼もし気に見つめるアスカ様。

「ねぇ、シンジ、今から山降りるんでしょ?」

「そうだよ。」

「アンタん家、案内しなさいよ!」

「べつにいいけど・・・オンジの所に帰るのが遅くなるよ。」

「そんなの、迎えにこさせたらいいのよ!」

「む、迎えにって・・・。」

村の人々から怖がられるゲンドウを、ここまでこき使うアスカ様のことを恐ろしくも思
い、尊敬もするシンジだった。

山を下るシンジとアスカ様、途中ゲンドウの山小屋に寄る。

「ゲンドウ! アンタしばらくしたら、シンジの家までアタシを迎えに来なさい!」

「な・・・。」

「今日の晩御飯はシンジの所で食べるから、用意しなくてもいいわ! わかったわね!」

「なぜ、わたしが・・・。」

「わ・か・った・わ・ね!!!」

「問題無い・・・。」

ゲンドウが承知した?ので、アスカ様はシンジと一緒に山を降りていく。ヤギを返さな
いといけないので、一度村まで降り、再びシンジの家に向かう。

「もう、暗くなってきたわね。」

「そうだね。」

「お腹がすいたわ。早くアンタの家に行ってご飯食べましょ!」

「うん、もうすぐだよ。」

ゲンドウの家と、村の間くらいに少し小さな小屋が見えてくる。中からは、キコキコと
なにかを編む音が聞こえてきた。

「誰かいるの?」

「うん。さ、中に入ってよ。」

<シンジの小屋>

シンジに招かれて、小屋の中に入るアスカ様。中には編み物をしているおばあさんがい
た。このおばあさん、碇ユイといい、既に目は見えなくなっている。

「シンジのおばあさん?」

「そうだよ。」

「誰が、おばあさんよ!」

「どうみても、おばあさんじゃない!!」

ムッっとするユイ。女性はいくつになっても、若くみてほしいものだろうか。

さぁ、ご飯を食べようよ。

3人分のパンとチーズとミルクを用意するシンジ。薄暗い蝋燭の下で、木々のささやき
を聞きながら食べる食事も、アスカ様にとっては嬉しいシチュエーションだった。

「今日は、女の子も来ていてうれしいねぇ。」

ユイが、パンをかじりながら独り言を言う。そのパンは、黒い固いパンでお年寄りには、
辛いのだろう。なかなかかみ切れない。

「ねぇ、シンジ? どうして、白いパンをおばあさんに買ってあげないの?」

「うん・・・白いパンは高くって・・・。」

「ふーーん。そうなんだ。」

再び、パンをかじるユイを見つめるアスカ様。

「ねぇ、おばあさん、今度アタシが白いやわらかいパンを持ってきてあげるわね!」

「そうかい・・・期待しているよ。」

笑顔でアスカ様に答えるユイは、本当に期待しているのかどうかはわからないが、嬉し
そうだった。

ドンドンドン。

突然、シンジの家の扉を叩く音がする。

「下僕のおやじが来たのかしら? シンジ、出てみて!」

シンジが扉を開けると、アスカ様の予想通りゲンドウが迎えに来たのだ。背中には、ア
スカ様を背負う為に、木でできた椅子が背負われている。

「じゃ、アタシ、そろそろ帰るわ。明日、お弁当持って迎えにくるのよ!」

「うん、わかった。」

アスカ様は、シンジに別れを告げるとゲンドウが持ってきた椅子の上に座った。

「アンタもなかなか気がきくじゃない。」

木の椅子が気に入った様である。

「行くぞ。」

ゲンドウに背負われて、満点の星の下アルプスの山を登っていくアスカ様。夜の山々が
アスカ様を迎え入れる。

今日は、最高の1日だったわね。

初めて山に来て、遊びまわったアスカ様の目が、だんだんと重たくなってくる。山の神
様が眠りの魔法をかけているのかもしれない。

スースースー。

ゲンドウの背中から、寝息が聞こえてくる。そんなアスカ様を起こさない様に、ゲンド
ウは、ゆっくりとゆっくりと山を登っていく。その顔が微笑んで見えるのは気のせいだ
ろうか?

『シンジーーーーー早く来なさいよ!!』

『待ってよぉ。』

『アハハハハハ。追いつきなさいよ、男でしょ! アハハハハハ。』

「むにゃむにゃ・・・。」

アスカ様は、夢の中でもアルプスの大自然の中を、黄色いワンピースをなびかせて、シ
ンジと一緒に駆け回っていた。

To Be Continued.
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