<山小屋>

アルプスの大空には、突き抜ける青空と流れる綿菓子の様な雲。小鳥達がピッピ、ピッ
ピと騒ぎたてるもみの木の後ろから、気持ちの良い朝日の光が、まるで山の神のオーラ
の様に差し込む。

ピッピッピ。

アスカ様の山小屋の2階に開けられた、丸い窓から小鳥達が入ってくる。アスカ様に相
手をしてほしいのだろうか?

ピッピッピ。

「ん〜。」

小鳥達に髪の毛を遊ばれるアスカ様の喉から、かすかに声が漏れる。気持ち良い朝焼け
の中、干し草のベッドの上で夢の世界を楽しんでいる様だ。

ピッピッピ。

「ん〜。」

アスカ様の片手がパサっと振られ、干し草のベッドが揺れる。小鳥達を払いのけようと
したのだろうか。

ピッピッピ。

むくっ。

お目覚めでしょうか? アスカ様。

「ウルサイ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

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アルプスの少女アスカ様
Episode 02 -中編その1-
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最近は、毎朝アスカ様に怒られることが日課になってきた小鳥達。今日も、アスカ様に
怒られると、もみの木に戻っていった。嫌がらせでもしているのだろうか?

再び、干し草のベッドで惰眠をむさぼるアスカ様。1階では、居候のゲンドウが朝食を
用意していた。そう・・・今は、ゲンドウが居候の身となっている。

アスカ様が、アルプスにやってきて既に一ヶ月。毎日が、こういった感じで始まってい
た。そして、アスカ様はシンジと山に登り、自然を楽しむ毎日を送っていたのだ。

                        :
                        :
                        :

メェェェ。

ヤギの声が聞こえてくる。

メェェェ。

シンジが二股に分かれた木の棒で、ヤギを先導しながら山を登ってきたのだ。アスカ様
命名、ロンギヌスの槍と言う木の棒である。

ドンドン。

「入れ。」

「うん・・・。」

毎朝、アスカ様を起こしにくるシンジだが、いつまで経ってもゲンドウの前ではおどお
どしている。

「アスカ、起こしてくるよ。」

「好きにしろ。」

居候と化したゲンドウは、アスカ様の朝食とシンジの朝食を用意すると、薪を割に外へ
出ていった。

「アスカ。アスカ。」

アスカ様の名前を呼び、体を揺するシンジ。干し草のベッドがふさふさと揺れる。

「もう、朝だよ。アスカ。」

「ん・・・シンジ? 嫌・・・起きない。」

「・・・・・はぁ・・・・。」

ため息をつくシンジ。

「好きだよアスカ。かわいいよアスカ。起きてよアスカ。」

「ふぁ・・・そこまで言われたら仕方無いわね。」

毎朝、この手のセリフを言わなければ起きてくれないのだ。かといって、ほっていくと、
自分に明日は無いことくらい、鈍ちんのシンジにでもわかる。

「んーーーーーーーーーーー!!! 今日もいい朝ねぇ・・・。」

丸い窓から差し込める光を背に、全身で伸びをするアスカ様。入り込むそよ風が、アス
カ様の髪の毛を、さらさらとなびかせる。そんな姿を見ると、どれだけわがままを言わ
れても、何も文句を言えなくなるシンジだった。

「じゃ、ぼくは下で待ってるから。」

「すぐ行くわ。」

アスカ様が着替えて下に降りると、シンジはゲンドウが作ったチーズと黒いパンを食べ
ていた。アスカ様も横に座り、一緒に食べ出す。

「サキエルとラミエルの鈴、交換した?」

「うん。かなり痛んでたからね。」

サキエル、ラミエルとは、アスカ様がヤギにつけた名前である。他にシャムシェル,マ
トリエル,ゼルエルなどいろいろいる。

ぎぃ。

扉の開く音。

「町まで買い物に出かけてくる。」

薪を割り終わったゲンドウである。

「ちゃんと買ってくるのよ!」

「うむ。」

今日ゲンドウは、アスカ様の命令で、町までフリルのついたスカートと、お猿の模様の
ハンカチを買いに行くことになっていた。ゲンドウは、買い物篭を持つと山を下ってい
く。

「さぁ、さっさとご飯を食べて、アタシ達も出かけましょ!」

「そうだね。」

パクパクと出来立てのチーズと、黒いパンを頬張るアスカ様。お口のまわりに、いっぱ
いチーズがくっついている。みっともない・・・。

「アスカ、チーズが口についてるよ。」

「ん。」

顔を差し出すアスカ様。仕方無いなぁ、という感じでそれを1つづつ指で摘まむと、自
分の口にほうり込み食べるシンジ。毎朝の平和な光景であった。

ぎぃ。

扉の開く音。

「何? まだいたの!?」

アスカ様は、ゲンドウを叱り付けるが、反応は無い。その代わり、奇妙な臭いが辺りに
立ち込める。

「ん・・・何・・・。」

突然、眠気に襲われるシンジとアスカ様。

シンジぃ・・・。
アスカぁ・・・。

数秒の間に、2人の意識は無くなってしまった。

                        :
                        :
                        :

「シンジ! シンジ!」

ゲンドウの怒声が聞こえる。

「ん?」

「シンジ!! 起きろシンジ!!」

「はっ!」

飛び起きるシンジ、辺りをきょろきょろと見渡しアスカ様を探すが、どこにも見当たら
ない。

「何があったんだ!! シンジ!!」

「アスカは!?」

「書き置きが残されていた。」

『
  長らくご迷惑をおかけしました。アスカを連れて帰ります。

                                                惣流・キョウコ・ツェッペリン
                                                                            』

その短い手紙が、全てを物語っていた。

「アスカ!!!」

アスカ様の・・・いや、既にゲンドウの手に返った山小屋を飛び出したシンジは、全力
で山を下る。そしてゲンドウは。

「勝手な奴だ・・・。」

ゲンドウが、手にもっていた袋を握り締める。

「この、フリルのスカート・・・どうするのだ。」

<駅>

山の麓まで駆け下りたシンジは、汽車の駅に一直線に向かった。駅には、かなり歳をと
った駅員が、椅子に座っている。

「汽車は!? いつ?」

駅員に、汽車の時間を聞くシンジ。

「今日は、もう無いよ。さっき出たのが最後じゃ。」

アスカ・・・・・・・・・。

全ては終わった・・・膝をがっくりと地面につき、シンジはその場で涙をこぼした。

アスカ・・・・・・・・・。

シンジの脳裏に、この1ヶ月のアスカ様の様子が駆け巡る。突然現れて、わがままの言
い放題だったアスカ様。
怒らせると山の神より恐いが、笑うと天使の様なアスカ様。

突然来て、突然帰るのかよ・・・。

シンジの涙が地面を濡らす。

アスカぁぁぁぁぁーーーーーーーーー。

<お屋敷>

ここは、ドイツ−フランクフルトのお屋敷。

「この子が、アスカですわ。リツコさんから頂いた眠り薬は、絶品ですわね。よく効い
  ています。」

ドイツの都会フランクフルトにそびえる大きなお屋敷に、キョウコとアスカ様は来てい
た。アスカ様は、まだ眠っている。そう、眠っている。

「当然でしょ。この私が作った薬なのよ。」

リツコと呼ばれた婦人・・・赤木リツコといい、このお屋敷に長く世話になっており、
お屋敷の一切を仕切っている三十路の女性だ。

ピシッ。

なぜか、リツコの額に青筋が浮かび上がるが、気のせいだろう。また、科学者としても
ドイツでは有名である。

「起きなさい、惣流・アスカ・ラングレー!」

ビシっと、厳格な態度で言い切るリツコ。

「起きなさい!! いつまで寝ているつもりなの!?」

「あ、あの・・・まだ起こさない方が・・・。」

慌てるキョウコ。

「駄目です。今日からレイ様のお相手として、しっかり働いてもらうんですから。」

「そ・・・そうですか・・・では、わたしは帰りますので。お金の方は、受け取りまし
  たから。ハハハ・・・。」

「あら? そう? じゃ、お気をつけて。」

「はい・・・それじゃ失礼します。」

なにか、慌てた様子で立ち去るキョウコ。アスカ様は、まだ寝ている。そう寝ている。

「いつまで寝ているの!! さっさと起きなさい!!」

アスカ様の肩を持ち上げ、がたがたと揺さ振るリツコ。その瞬間、閉じられていた瞼が
開き、アスカ様のサファイヤの様な瞳が、パチっと開く。その視線は、目の前にあるリ
ツコの目とぴったりと合っていた。

「ウルサイ!!!!!!!!!!!!!!!!」

バーーン、バーーン、バーーン!!!!!
バーーン、バーーン、バーーン!!!!!
バーーン、バーーン、バーーン!!!!!
バーーン、バーーン、バーーン!!!!!
バーーン、バーーン、バーーン!!!!!
バーーン、バーーン、バーーン!!!!!
バーーン、バーーン、バーーン!!!!!
バーーン、バーーン、バーーン!!!!!
ドカーーーーーン!!!

炸裂するアスカ様の平手。往復ビンタの連発。リツコの体は、宙に浮いたかと思うと、
3メートル程後ろにドサっと落ちた。

「ふぁぁぁぁぁぁぁ、せっかく気持ち良く寝てたのに・・・。」

伸びをするアスカ様。

「ん? ここは?」

「何をするんです!! 冬月!!!! 冬月!!!!」

殴り飛ばされたリツコは、錯乱状態で絶叫する。

「はい、なんでございましょうか?」

そこに、白髪の優しそうな老人が現れた。この老人、名前を冬月コウゾウといい、リツ
コの下で働いている。ニックネームでセバスチャンと言う者もいる。

「アンタ誰? ここどこ?」

冬月に、今の状況の説明を求めるアスカ様。

「わたしは、冬月と申します。ここは、ドイツのフランクフルト。貴方様は、このお屋
  敷のお嬢様であられるレイ様の、お相手役として招かれたのです。こちらにおられる
  方は、このお屋敷を任されておられる赤木リツコ様です。」

「お嬢様・・・ふーーん・・・。お金持ちなの?」

「はい、それはもう。」

ニヤリとするアスカ様であった。

「リツコ! 今日からしばらくアタシ、ここで暮すわ。ちゃんと世話をするのよ!」

「な・・・! 冬月、この乱暴な娘を、さっさとつまみ・・・。」

リツコが全てを言いおわらないうちに、アスカ様はずいとリツコに詰め寄る。

「何? 何か文句があるわけ!!!!!?」

リツコの胸座を掴み、自分の顔の前にリツコの顔を持ってくる。リツコの目の前、数ミ
リメートルの所に、睨み付けるアスカ様の目が見える。

「ひぃ・・・。」

「ア・タ・シ・は、ここで暮すの! いいわね!!」

「は・・・はい・・・。」

ガタガタと震えるリツコ。

「じゃ、さっそく、そのレイって娘に会わせなさい!」

アスカ様に言われ、震えながらレイを呼びに行くリツコは、アスカ様をレイの相手役に
選んだことを、猛烈に後悔していた。

「冬月、お腹がすいたわ。ご飯の用意をしなさい。」

「はい・・・かしこまりました。」

「なかなか素直でいいわね。」

最初から、従順な冬月をアスカ様はお気に召した様だ。
しばらくして、リツコに車椅子を押されたレイがやってくる。

「あら? アンタ歩けないの?」

「ええ・・・。」

五体満足なアスカ様は、車椅子に押されるレイの姿を見て可哀相になる。

「ちゃんと、お医者さんには見せてるんでしょうね!」

「貴方に言われなくても、見せてます。お医者様は、足には問題無いと言っておられるわ。」

「問題無いなら、どうして歩けないのよ!」

「あとは、心の問題だそうです。」

「そう・・・心の・・・。
  レイ、ご飯ができるまで、ちょっとお話しましょうか。」

アスカ様は、リツコから車椅子を受け取ると、屋敷の中を押して歩いた。

「アタシは、アスカ。惣流・アスカ・ラングレー。アンタは?」

「私は、綾波 レイ。」

「そう。仲良くしましょ。」

「必要があればそうするわ。」

レイの感情のこもらない言葉に、唖然とするアスカ様。

「変わった娘ね。」

しかしアスカ様は、今使命感に燃えていた。レイの足は、心の問題で歩けないという。
それならば、この娘を歩けるようにできるのは、自分だけなのだと。

「ねぇ、レイ。このお屋敷を案内してよ。」

「かまわないわ。」

「じゃ、早速しゅっぱーーーつ!!」

アスカ様は、レイと一緒に大きなお屋敷の中を探検する。

「ここが、応接室よ。」

「ふーーん。さすがにお金持ちの家だけあって立派ねぇ。」

そこは広い一室となっており、高価な花瓶や彫刻がいくつも並べられている。

「ここが、食堂よ。」

食堂には、白いクロスが掛けられた大きなテーブルがあり、中央には豪華な花を飾った
花瓶が置かれている。

「ここが、勉強部屋。」

「ここが、私の部屋。」

「ここが、あなたの部屋。」

淡々の屋敷の中を案内するレイに、アスカ様は疑問を感じた。

この娘には、表情が無いのかしら?

そう思うと、無償にレイの笑顔が見たくなるアスカ様。

「しっかり、掴まってるのよ!」

「え?   ・・・・・キャッ!」

車椅子を押して廊下を歩いていたアスカ様は、急にレイを押しながら走り出す。

「いくわよぉーーーーーーー!!! しっかり掴まってなさい!!!」

全力で屋敷の中を走り回るアスカ様。レイは、恐怖に目を閉じてしっかりと車椅子に掴
まっている。

ガラガラガラ。

疾走する車椅子。屋敷中に、車輪の音がこだまする。何の音かと、部屋を出てきたリツ
コの目に、暴走車椅子が飛び込んでくる。

「な、何をしてるんです!!」

あわてて、車椅子を止めようと前に立ちはだかるが・・・。

ドカーーーーン!!

ぶっとばされるリツコ。ちょうど、階段を登りきった所で立ちふさがっていた為、階段
の下まで転げ落ちる。

「アンタバカぁ? 車椅子は急に止まれないって、知らないのぉーーーー!? アハハハ
  ハハ。」

目の前で、鼻血を出すリツコの姿がレイの視界に入る。

「ぷっ。」

いつも厳格なリツコが、情けない顔で立ち上がろうとしている姿に、思わずレイも微笑
んでしまう。

「あ! 今、アンタ笑ったわね!!」

「え?」

車椅子を押しながら、レイの顔を覗き込むアスカ様。

「笑ったわ! アンタ、今笑ったわ!」

「ア、アスカ・・・前!!」

「笑ったじゃない!!」

「前!! 前!!」

突然レイの顔が引きつったので、何事かと、視線を前に向けると高価な花瓶が飾られて
いる、台が目の前に迫っていた。咄嗟に身を翻し、身を呈してレイをかばうアスカ様。

ドンガラガッシャーーーーーン!!

勢い余って花瓶に突っ込み、頭の先から足の先まで水浸しになる。

「だ、大丈夫?」

「痛たたたた・・・。こ、こんな廊下の真ん中に、花瓶があるからいけないのよ!!」

破片を1階に蹴飛ばし、花瓶に八つ当たりするアスカ様。

「あぁぁぁぁ、その花瓶は・・・旦那様の大事な・・・。」

鼻血を出して、ぼーーっと立ち上がったリツコの目の前で、旦那様がこの間買ってきた
ものすごく高価な花瓶の破片が、無残にも蹴り飛ばされていく。

「フン! このアタシを水浸しにするような花瓶なんて、ろくな物じゃ無いわ!
  えい! えい! こんなもん! こんなもん! えい! えい!」

次々と蹴り飛ばしていくアスカ様、最後には、花瓶を飾っていた高価な台まで、1階に
ほおり投げる。

「はぁぁ、びしょびしょじゃない・・・。」

全て投げおわって満足したアスカ様は、改めて自分の姿を見つめると、両手をぶらぶら
させて自分の情けない姿を嘆く。髪の毛からは、水がしたたり落ちている。

「ぷっ。」

その情けないアスカ様の様子を見て、再び笑ってしまうレイ。

「あ! アンタまた笑ったわね! レイが笑った! 笑った!」

自分のことの様に喜ぶアスカ様。

「だって・・・アハハ・・・アハハハハハハ。」

「アハハハハハハハ。」

アスカ様とレイは、なぜかそのまま笑い続けた。吹き抜けの1階から見える2階の廊下
の様子を見ていたリツコが愕然とする。

レイ様が笑っておられる。

「アハハハハハハハハハ。」

涙を流して笑うレイ。長年このお屋敷に勤めるリツコであったが、そんな姿を見たのは
初めてだった。

「あのアスカって娘・・・。」

すぐにでも、アスカ様を追い出そうとしていたリツコであったが、しばらくこのまま様
子を見ようと思うのだった。

To Be Continued.
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