------------------------------------------------------------------------------
アルプスの少女アスカ様
Episode 03 -中編その2-
------------------------------------------------------------------------------

<お屋敷>

リツコは悩んでいた。
アスカ様が来てからというものレイは明るくなり、予想以上の効果があったことは確か
であるが、アスカ様の振る舞いがあまりにも独創的で荒っぽい。このままでは、お屋敷
の調和が保たれない・・・というのは建前で、自分の身が危ない。

そこでリツコは、『アスカにも教養を身に付けさせれば、大人しくなるのでないか?』
という結論に達する。山で暮していた為、教養が身についていないのが原因だと。

「マヤ! マヤ!」

「なんですか? 先輩。」

リツコに呼ばれてやってきたのは、この屋敷でメイドを勤めるリツコの後輩、伊吹マヤ
である。彼女は良い家で育った為、メイドをしなくても十分生活ができるのだが、科学
者という側面を持つリツコに憧れ、弟子入りという形でこのお屋敷のメイドとして勤め
ている。

「今日から、レイ様と同じ様にアスカにも先生をつけます。手配しておきなさい。」

「はい。わかりました。」

「あ、マヤ?」

「まだ、何か?」

早速手配に向かおうとしたマヤだが、リツコに呼び止められ扉の前で振り替える。

「今日は、私も状況を見に行きます。先生にはそう伝えておいてね。」

「はい。わかりました。」

アスカ様の困った顔が初めて見られる・・・リツコの顔はほくそえんでいた。

「えーーーーーーーーー!! 勉強!?」

「はい、リツコ先輩が、今日からアスカ様にもお勉強をさせてあげなさいと、おっしゃ
  ってました。」

今更勉強なんて・・・はぁあ・・・。

アスカ様に伝えたマヤが、リツコにその時の様子を報告すると、リツコはしてやったり
という感じだった。そして、いよいよ授業時間。数学を専門としている年老いた先生が
やってくる。先生が前に立ち、レイとアスカ様が並んで座る。後ろでは、リツコが眼鏡
を光らせて様子を見ていた。

「で、ありますからして・・・。」

抗議を続ける先生。退屈そうなアスカ様。

「アスカ! しっかり先生のおっしゃる事をお聞きなさい!」

リツコの叱咤が飛ぶ。

「だって、この先生退屈なんだもん・・・。」

「あなたには、レイ様と同じ授業を受けるのは無理だったかしら? ほほほほほ。」

「せめて、このくらいはやってもらわないとねぇ〜。」

突然アスカ様が、先生の横に立つと大学で研究していた学問の中でも、数学絡みの所を、
解説しはじめた。
リツコも有名な科学者である。アスカ様の説明していることは理解できるが、つい数年
前に自分が大学卒業前に勉強した内容を14才のアスカ様が、淀み無く解説しているの
である。口が開いたまま閉じることができない。

「あ、あなた・・・。」

「この先生、無能よ! 明日からレイには、アタシが教えてあげるわね。」

アスカ様の弱点を見出すことができないリツコは、その日からもんもんと毎日を暮して
いた。

そして、2ヶ月後。

アスカ様とレイは、毎日を楽しく過ごしていた。まさに2人は姉妹の様であり、親友の
様でもあった。あまり外の世界を知らないレイに、いろいろとアスカ様が教えてあげる
と、レイは喜んだ。外へ2人で散歩に出かける時に見せるレイの笑顔は、アスカ様の心
もなごませてくれた。

そんなある日のこと、1通の手紙がお屋敷に紛れ込む。

「レイ様。レイ様。」

リツコが、嬉しそうな顔をして、アスカ様と一緒に詩集を読んでいた、レイの側へ駆け
寄ってくる。

「お父様とお母様が、帰ってこられますよ! お手紙が、今届きましたよ!」

------------------------------------------------------------------------------
作者注:原作では父と祖母という設定ですが、ストーリー展開の都合上、両親となって
        います。
------------------------------------------------------------------------------

「え? お父様とお母様が?」

飛び上がらんばかりに喜ぶレイ。そんな様子を、アスカ様は羨ましそうに見ていた。

それから、さらに3日後の昼下がり。

冬月が、リツコの部屋へ入ってくる。

「旦那様が帰られました。」

「え! お早いわね。わかりました。すぐに向かいます。」

「かしこまりました。」

リツコが玄関に出て行くと、そこにはレイの父親であるリョウジと母親のミサトが立っ
ている。

------------------------------------------------------------------------------
作者注:レイは・・・2人が16歳の時の子供ってことになりますね(^^;
------------------------------------------------------------------------------

「どうだった? リッちゃん。ゲンキしてた?」

ギロっとミサトに睨まれるリョウジだが、気にする様子も無い。

「はい・・・私は特に問題は無いのですが、先日からこのお屋敷に招かれているアスカ
  という娘が問題でして・・・。」

それとなく告げ口するリツコ。

「ふむ・・・。まぁ、一度会ってみたいものだな。ところでレイはどうしてる?」

その時、吹き抜けの1階から見渡せる2階の廊下から、カラカラという車椅子の音が聞
こえてきた。

「なんだか、騒がしいわねぇ。」

「ええ。」

「何かしら?」

2人が廊下を通り抜け1階の視界が広がった瞬間、レイの顔が笑顔に包まれる。

「お父様! お母様!」

「え?」

レイの視線の先を見ると、そこには男性と女性の姿が見える。リョウジとミサトは、今
迄見たことも無いレイの明るさに驚きを隠せない。

「レイ・・・。」

歩けない・・・それが原因で、ずっとレイは氷の様な冷たい目をしていた。そんなレイ
をなんとか助けてやりたいと願っていたミサトの目に、涙が浮かぶ。

「レイ!!」

「お父様!!」

リョウジが階段を駆け上がり、車椅子に乗るレイを抱き上げると、レイも嬉しそうに微
笑んだ。

「君がアスカちゃんかい?」

「ええ、そうよ。」

親子の対面を羨ましそうに見ていたアスカ様が、リョウジの言葉に我に返る。

「ありがとう。レイをこんなに明るくしてくれて。」

「・・・当然よ。」

「旦那様、ありがとうではありません。見て下さい、この廊下に飾ってあった花瓶や彫
  刻が減っているのは、全てこのアスカが壊したからなんですよ。」

「いいさ、そんなもの。レイの笑顔に比べれば、どうってことは無い。これからも、レ
  イと仲良くしてやってくれないかな? アスカちゃん。」

「もちろんよ!」

優しい言葉をかけてくれるリョウジに、父親の姿を投射したアスカ様は、気恥ずかしさ
を隠す様に答えた。

食事時。

食事の用意が整ったことを知らせる鐘が鳴る。
アスカ様は、食事が大好きで、美味しい物をレイと一緒に食べるのは、最高の時間であ
った。

コンコン。

レイを部屋まで迎えに行くアスカ様。

コンコン。

「レイ! ご飯よ!」

返事が無い。

おかしいわね。

扉を開けて、中を覗き込むとレイの姿は見えない。

あれ? 珍しいわね。先に行ったのかしら?

食堂へ急いで走っていくアスカ様。食堂では、リョウジ,ミサト,レイの3人の親子が、
楽しそうな会話をしながら食事をしている。

久しぶりに両親と会えたんだもんね。よかったねレイ。

アスカ様が食卓に付くと、食事が運ばれてきた。出来立ての食事・・・。
リョウジ,ミサト,レイの前には、半分食べおわった食事が並べられている。

さって、ご飯ご飯〜!

黙々と無言で食事を食べるアスカ様。横からは、家族の楽しい会話が・・・アスカ様の
知らない家族にしかわからない会話が・・・聞こえてくる。

・・・・・・・。

食堂にレコードが奏でる音楽と歌が、静かに流れる・・・ハーレルヤ ハーレルヤ♪

そして、食事が終わる。アスカ様も遅れて来たが、黙々と食べたのでレイとほぼ同時に
食べおわった。

「レイ、じゃ部屋に帰りましょうか。」

「いつも、アスカちゃんがレイの車椅子を押して帰ってくれているのかい?」

アスカ様がレイの車椅子を押そうとした時、リョウジの声が掛かる。

「ええ、そうよ。」

「いつも悪いね。ありがとう。せめて、俺達がいる間くらいは休んでくれていいよ。こ
  れくらは、親の俺達がするからね。」

リョウジのアスカ様を気遣った言葉・・・。

「そう、悪いわね。」

アスカ様は、独り、手ぶらで自分の部屋へと帰る。いつもなら、レイと楽しく遊んでい
る時間だが、今日は独りでベッドに寝転ぶ。

「はぁ・・・。」

眠たくは無いが、寝ようとするアスカ様。今日はあまり起きていたくない。

シンジ・・・。

それから、長い時間寝れない時間を過ごすしていたが、知らない間に眠りに落ちていく
アスカ様。そのまぶたの隙間からは、本人も気がつかないうちに涙が一筋こぼれてい
た。

翌日からアスカ様がレイと口を聞く時間が少なくなった。楽しそうに会話をする親子の
間に入ることがどうしてもできない。

アタシは何の為にここにいるの?
アタシはもういらないの?
アタシは必要無いの?

自分の存在意義がわからなくなるアスカ様。

アタシを見て!

いくら仲良くなっても、家族の絆以上の物になれないことはわかっている。親友だと思
っているレイ。その姿に父親を投射したリョウジ。その存在が遠くに感じる。

アタシを見て!

数日後。

今は夜中。アスカ様は夢を見ている。

アルプスのお花畑を歩く2人。

『ねぇ、シンジ、あの花とってきて!』

『えぇーーーまた?』

『文句があるってーの?』

『わかったよ・・・。』

花を取りに行くシンジ。

『はい。』

アスカ様に花を手渡した時の、シンジの顔はアスカ様の大好きな笑顔だった。

                        :
                        :
                        :

そして、朝になった。

「ふぁぁぁぁぁぁ・・・。」

アスカ様が目覚める。

はぁ、夢か・・・やだな、また1日が始まるの?

着替えを済ませた後、うかない顔をして食堂へ向かうと、なにやら食堂が騒がしい。

「見たんです! 本当です! 白いぼーーっとしたものが、お屋敷の中をスーーーーーー
  っと歩いていたんです!」

「マヤちゃんが嘘を付くとも、思えないが・・・。」

「旦那様、なんとかしてください。これでは、夜もおちおち眠れません。」

会話の内容がよくわからないアスカ様。

「何? どうしたの?」

「あ、アスカ・・・あのね。幽霊が出たそうなの。」

脅えた表情をしたレイが、車椅子を押してアスカ様の側へ寄ってくる。

「幽霊?」

「そうなの。白い物がふわふわと・・・。恐いわ・・・。」

「錯覚よ。そんなわけないじゃない。」

「本当です!!!」

アスカ様の馬鹿にした言葉を聞いたマヤは、真剣に抗議する。

「はいはい。わかったわよ、顔でも洗って寝ぼけた頭を冷やしてきたら?」

「本当なんですって!!!」

「わかってるって言ってるでしょ。それより、早くご飯にしましょうよ。」

ここで、これ以上議論していても解決しない。皆お腹も空いてきたので、アスカ様の言
葉を切っ掛けに、食事の時間となる。
幽霊騒ぎの件は、泥棒の可能性もあるということで、今日からリョウジと冬月が交代で
見張りをすることになった。

夜。

蝋燭を片手に屋敷を見回るリョウジ。幽霊ならともかく、泥棒や強盗だと冗談にならな
いと思ったリョウジは、銃を持って見回っている。

ふぅ・・・マヤちゃんの見間違いかなぁ。寝ぼけてたのかな?

数時間、屋敷の中をうろついているが、何も変化は現れない。

また、寝ぼけてないか、マヤちゃんの様子を見に行ってみるか・・・。
そういや、夜も眠れないっていってたなぁ、寝かしつけてやるかな。

リョウジは、銃となぜか蝋燭まで廊下に置いて、暗闇の中マヤの部屋へ近付く。
手探りで、ドアのノブに手を掛けようとした時。

ビクッ。

誰かに掴まれる腕。真っ暗で相手の姿は見えないが、それが誰であるかはリョウジには、
すぐにわかった。

「こんなところに来て何してるのかしらん?」

「いや・・・見回りに・・・はは・・・。」

「なら、ここはわたしが見てるから、他の所を見てきたら?」

「そ、そうだな・・・。じゃ、まかせるよ。」

「まかせといてねん。」

「よーーし、じゃぁ気合を入れて見回ってくるか!」

「気合を入れるの手伝ってあげるわ。」

パーーーーーーーーン!!!!

頬に紅葉の模様をつけたリョウジは、再び蝋燭と銃を持って見回りを続けた。

はぁ・・・痛い・・・。
彼女とは、遥か彼方の女と書く・・・どこに現れるかわからんよ・・・はぁ・・・。

「ぎゃーーーーーーーーーーーー!!!」

リョウジがしおしおと、見回りを続けていると、先程のマヤの部屋の辺りからミサトの
叫び声が聞こえた。

「どうした!!!」

あわてて、駆けつけるリョウジ。その表情は、先程と違い凛々しいものとなっていたが、
現場についたリョウジの顔に、笑みがこぼれる。

「召し捕ったわよ。これが幽霊の正体よん。」

ミサトの叫び声と、突然駆けつけてきたリョウジ・・・そして、毛布をかぶってなぜか
その場に立っている自分を発見したアスカ様は、唖然と2人の顔を見つめていた。

翌日。

幽霊の正体は、アスカ様ということで屋敷の皆々は安堵したのだが、事態は深刻だった。
夜にふらふらするのは、何か体に異常があるのかもしれないと判断したリョウジが、町
の有名な医者青葉とその助手日向にアスカ様を見てもらった所、夢遊病であると診察さ
れたのだ。

「お父様、なんでしょうか?」

レイがリョウジの部屋へやってくる。

「レイ・・・大事な話があるんだ。」

「はい。」

「アスカちゃんに、アルプスへ帰ってもらおうと思う。」

「えっ!!」

「嫌か?」

「ええ。」

「俺も、ずっとここにいるわけにはいかない。もうすぐ、またお母様と仕事に出かける。
  レイには寂しい思いをさせてしまうが・・・。」

「それなら・・・。」

「でも、アスカちゃんのことも考えてあげなければならない。」

「・・・・。」

「わかるね。」

「・・・・。」

「レイはアスカちゃんに、いろいろな楽しいことを教えてもらっただろ? かなり世話に
  なったはずだ。」

「ええ。」

「なら、今度はレイからアスカちゃんの一番喜ぶことをプレゼントしてあげなさい。」

「・・・・わかったわ。」

「寂しいか?」

「ええ・・・でも、大丈夫。私とアスカの間には絆があるもの・・・また会えるもの。」

「そうだ。それでいい。」

リョウジは、愛おし気に娘を抱きしめた後、次は入れ替わりにアスカ様を招いた。

「何?」

リョウジの部屋へやってくるアスカ様。

「お医者様の診察結果を聞いたんだが・・・。アルプスへ帰るのが一番だということだ
  った。」

「そう・・・アタシはもういらないのね。」

「・・・・・・。」

その時、なぜ急にアスカ様が夢遊病になったのか、なぜアルプスへの里心が急に強くな
ったのかを、リョウジは悟った。

「アスカちゃん。俺達が帰ってきて、一人ぼっちにさせてたみたいだな。すまない。」

「そんなことないわ。」

「でも、決してアスカちゃんのことをいらないなんて思っていない。」

リョウジは、先程のレイとの会話の内容、そしてレイのアスカ様への想いを話した。そ
してその後に・・・。

「だから、決してアスカちゃんのことをいらないだなんて思っていない。むしろ、どれ
  だけ感謝しても、しきれないくらいに思っている。」

「・・・・・・。」

「だが、考えてみてくれ、アスカちゃんが心細く思った時、まぁ、俺のせいなんだが・・・、
  その時、一番に頭に思い浮かんだのは何だい?」

「は!」

シンジ・・・。

「アルプスの山での生活ではなかったのかい?」

最近、毎日見ていた夢・・・アルプスの夢。その夢に必ず登場するは、笑顔を浮かべた
シンジ。シンジへの愛おしさが込み上げてくる。

シンジ・・・。
シンジ・・・。
シンジ・・・・・・・・・・・・・。

「レイも言っていた。アスカちゃんとの間には絆があるから、必ずまた会えるって。」

レイ・・・。

シンジのことで頭がいっぱいになっていた、アスカ様の頭の中にレイの笑顔がよぎる。

「どうだい? アルプスへ帰らないかい?」

「少し、レイと話をさせて。」

「わかった。」

リョウジに呼ばれたレイが、再びリョウジの部屋へ入ってくる。

「じゃ、俺は外へ言ってるからね。2人で話をするといい。」

代わりにリョウジが、出て行く。部屋には、アスカ様とレイの2人きり。

「レイ、アタシがアルプスへ帰るって聞いたのね。」

「ええ。」

「アタシは、今聞いたわ。」

「そう。」

「アンタは、それでもいいの?」

「うん・・・アスカに元気になってほしいから。」

「そう・・・じゃ、アタシは帰るわ。」

覚悟は決めていたが、アスカ様の言葉を聞いた途端、レイの顔に寂しさがありありと現
れる。

「アタシとアンタは親友よ。少なくともアタシはそう思ってる。」

「私も・・・そう思ってる。」

「そう、じゃ、親友からお願いがあるわ。最後に1つだけ、約束してほしいことがある
  の。」

「何?」

「アタシと一緒に過ごした2ヶ月・・・その時の笑顔を忘れないでほしいの。」

「え!」

「約束よ! いつも、笑顔を絶やさなければ、きっと幸せになれるわ!」

寂しそうにうつむいていたレイが、はっとしてアスカ様を見つめる。
レイの目に映るアスカ様の笑顔。レイの頭によぎるこの2ヶ月で過ごしたアスカ様との
思い出・・・その時の笑顔。
レイは、アスカ様に向かって最高の笑みを浮かべて約束に答えた。

<フランフフルトの駅>

そして、アスカ様がアルプスへ帰る日がやってきた。

駅まで見送りにくるリツコ,冬月,マヤそして、レイ。リョウジとミサトは既に仕事の
為、家には居ない。

「手紙書くわ。」

名残惜しそうに、汽車の窓から乗り出すアスカ様の手を握るレイ。

「うん。待ってる。」

固く握手をすると、アスカ様も答える。
汽車の汽笛が鳴る。もう出発だ。

「何て顔してるのよ! また会えるわよ!」

「うん。そうね。」

「約束忘れたの?」

「ううん。そんなことない・・・そんなことないけど・・・。」

必死で笑顔をアスカ様に向けようとするレイだが、どうしても涙が浮かんでしまう。

「それでいいわ。奇麗よ、レイ。」

「え?」

汽車が動き出す。車椅子の車輪を自分で回して、アスカ様を追いかけるレイ。

「さよーーならーーー!!」

「さよならなんて言うんじゃないわよ!!! またね!!!!」

アスカ様が小さくなっていく。両手をめいいっぱい動かし車輪を回すレイ。

「またね〜!!」

レイもアスカ様に答える。もう、2人の声は届かない。

またね・・・。

レイは、泣き出しそうな自分をこらえながら、アルプスの山々を目指して遠ざかる汽車
を笑顔で見送っていた。ずっと、ずっと、汽車から登る煙が見えなくなっても見送って
いた。

汽車は、走る。

アルプスを目指して、走る。

アスカ様を乗せて、アスカ様の帰るべき所へ向かって走り続ける。

<アルプス>

汽車から、赤毛の少女が1人で降り立つ。

バッ! っとアルプスの山を見上げるその少女の青い瞳は、輝いている。
少女は、全ての荷物を駅にほおり出すと、黄色いワンピースを翻して、山を駆け上って
行く。

                        :
                        :
                        :

                       登る。

                        :
                        :
                        :

                       登る。

                        :
                        :
                        :

                     駆け登る!!!

                        :
                        :
                        :

走っても、走っても疲れは感じない。

真っ赤な夕日が、真っ赤な少女の髪の毛を神々しく照らしつける。

真っ赤に染まったアルプスの山々の中、真っ赤な髪の毛をなびかせて駆け上がる少女。

                        :
                        :
                        :

                      駆ける。

                        :
                        :
                        :

                      駆ける。

                        :
                        :
                        :

その少女の顔は、アルプスに咲き乱れる花々さえくすんで見えるほど輝いて見える。

揺れるもみの木。

ピッピと鳴く小鳥達のさえずり。

メェェェェェェ。

山の上から聞こえるヤギの声。

仕事を終え、山から降りてくるヤギ飼いの少年。

少年の目に、駆け上ってくる少女の姿が映し出される。
信じられない光景。もう会えないと思った人。

少女の目に、少年の姿が飛び込む。
夢にまで見た光景。待ち望んだ人。

「ア、ア、アスカ!!!!!」

「シンジぃぃぃ!!!!!!!!」

シンジは、こけそうになりながらも全力で山を駆け下りる。

駆ける。駆ける。駆け下りる。

さらに、勢いを増して駆けていくアスカ様。

駆ける。駆ける。駆け上がる。

2人の距離が、一瞬のうちに無くなる。

地を蹴り、飛ぶ。飛び込む。シンジの胸に飛び込む。
自分がいるべき場所へ、本来いるべき場所へ、飛び込むアスカ様。

重なる2人の影を、真っ赤に照らす夕日。

「アスカ・・・・・・・アスカ・・・・・・・アスカ!!!」

「シンジぃ! ただいま!!!」

「おかえり、アルプスへ・・・。」

To Be Continued.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
inserted by FC2 system