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アルプスの少女アスカ様
Episode 04 -後編-
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アルプスの冬は厳しい。山の上では生活ができない為、村へ降りて生活をすることにな
る。今、アスカ様は村でシンジと一緒に生活をしている。

<愛の城>

アスカ様とシンジが冬の間過ごすこととなる家・・・アスカ様いわく”アスカとシンジ
の愛の城”は、小さな部屋が2つと少し広い部屋が1つという2人で生活するにはもっ
てこいの家だ。

シンジとアスカ様は、一つの食卓に隣り合って座り夕食を食べている。食事時は、2人
で生活しているという実感が沸く時間でもある。

「ねぇ、シンジ。明日から学校なんでしょ。シンジには友達とかいるの?」

「うん。3人程。」

「明日、紹介してね。」

「うん。」

チーズを口いっぱいに頬張るアスカ様を見ながら、シンジは久々に会える友達のことを
思い出していた。

ん?

口をもぐもぐさせながら、アスカ様がふと横を向くとシンジが嬉しそうな顔をしている。

「シンジ、嬉しそうね。」

「え? うん。久しぶりに友達に会えるからね。」

「いいなぁ。アタシ、友達っていなかったんだ。」

「どうして?」

「大学なんて行ってたから、周りにいる人はみんな年上だったし。」

そんなアスカ様の顔は、どことなく寂しそうに見える。

「明日、ぼくの友達を紹介するよ。これから作ればいいじゃないか。」

「でも・・・アタシ・・・同い歳の子と遊んだりしたことないから。」

要するに、アスカ様は明日から学校だというので、友達とうまくやっていけるかどうか
が不安で仕方が無いのだ。

「みんないい奴だよ。」

「わかってる。シンジの友達だもんね。」

「どうしたんだよ。いつものアスカらしく無いじゃないか。」

「うん・・・。」

「アスカなら、大丈夫だよ。ぼくがちゃんと紹介してあげるから、任せといてよ!」

「うん。わかった。」

少し元気を取り戻したアスカ様は、口いっぱいにパンを頬張って食べ出した。

もぐもぐ。

シンジは、そんなアスカ様の様子を見て微笑む。

もぐもぐ。

「どうしたの?」

「え? いや・・・それだけ食べれるんだから、もう大丈夫かなって。」

アスカ様の口の周りにいっぱいついているパンくずを、シンジは摘まんで取ってあげる
と、微笑んでみせた。その笑顔を見ていると、何も心配することなど無い様に思えてく
る。

星空の下で眠る2人。シンジの腕が、アスカ様の指定枕だ。

「ねぇ、シンジ。」

「何?」

「あのね・・・。」

「ん?」

「なんでもない。」

アスカ様は、シンジに寄り添って目を閉じた。夜は更けてゆく。

翌日。

「アスカ、起きてよ。今日から学校だよ。」

「ん・・・むにゃ。」

「頭どけてよ。手がしびれて動かないよ。」

「いーーーや。」

はぁ・・・。

「好きだよアスカ。かわいいよアスカ。起きてよアスカ。」

「そこまで言われたらしょうがないわね。」

もそもそと起き上がるアスカ様。完全にしびれてしまった手をぶらぶらさせながら、シ
ンジも起き出す。

「ほら、急がないと学校に遅れちゃうよ。」

「うん。」

今日から、学校である。シンジは久々に会える友達のことを考え、アスカ様は初めて会
うシンジの友達に不安を抱きながら学校へ向かった。

<学校>

教会の側に立つ小さな学校。教会の援助で成り立つこの学校は、子供たちが仕事ができ
なくなる冬の間だけ開校する。学校と言っても、数学などの学問を勉強する所では無く、
牧師の話を聞いたり、読み書きの勉強をする程度の所だ。

「よぉ、シンジ久しぶりやのう。夏の間はどないしとったんや。」

アスカ様と一緒に登校したシンジに、最初に声を掛けてきたのは同じヤギ飼い仲間の鈴
原トウジだった。違う土地で生まれ育った為、少し方言掛かった喋り方をするスポーツ
少年である。

「うん。元気にしてたよ。」

「さよか。ワイの方は、ヤギが逃げ出したことがあってなぁ。おうじょうしたわ。」

「そうなの? で、どうなったのそのヤギは?」

「近くの知り合いにも頼んで探し回ったあげく、結局みつからへんかったわ。もう、大
  目玉くろうてもうたわ。」

「そういや、ぼくも1度、ヤギを連れて帰るのが遅くなって、怒られたことがあったよ。」

アスカ様との再会を果たした日のことである。アスカ様の土産話を永遠聞かされたシン
ジは、真っ暗になってから山を降りたのだ。

「そないなことが、あったんかいな。シンジも大変やのう。」

シンジの袖口をアスカ様がくいくいと引っ張る。

「ん?」

「ねぇ、紹介しなさいよ。」

「あ、うん。この娘が、今一緒に住んでいるアスカ。仲良くしてやってくれないかな?」

「いつのまにか結婚したんかいな、そりゃぁまたえろう早いな。」

「違うよ! 一緒に住んでるだけだよ。」

そこへ今度は、眼鏡をかけた少年がやってくる。

「なんか、お前ら嫌〜んな感じ。」

身を悶えさせながら、嫌々している少年は相田ケンスケ。将来はドイツの兵隊になるこ
とを夢見る少年である。

「あ、ケンスケ。久しぶり。」

「碇が一番最初に結婚するとは、思ってなかったな。」

「だから違うって!!」

そんなに、ムキになって否定しなくてもいいじゃない!

だんだんアスカ様のご機嫌が悪くなってくる。

「で、こっちがトウジ、こっちがケンスケ。2人ともヤギ飼い仲間だよ。」

シンジが、トウジとケンスケのことをアスカ様に紹介している所へ、1人の女の子が手
を振りながらやってきた。

「碇くん。久しぶりね。」

「あ、委員長。久しぶり。」

握手を交わすシンジとヒカリ。

ムッ! 女の友達がいるなんて聞いてないわよ!!

完全にご機嫌斜めになったアスカ様は、ヒカリのことをギロっと睨み付ける。
アスカ様に睨み付けられた少女・・・洞木ヒカリは、将来看護婦になろうと日夜真面目
に勉強する優等生だ。この学校の委員長でもある。

「委員長にも紹介するよ。この娘が・・・」

「はいはーーい、シンジと一緒に暮している、惣流・アスカ・ラングレーでーーす!!
  仲良くしましょーーーねーーー!!」

シンジが紹介しようとしたとたん、手を上げて自己紹介するアスカ様。『一緒に暮して
いる』の所をやたらと強調して、シンジの独占権を主張しているつもりらしい。

「え・・・あ・・・うん・・・。私は洞木ヒカリ・・・よろしく。」

ひとまず、ヒカリはアスカ様に挨拶をした後、シンジの側へ寄って行く。

ムムムム!!!

そんな様子を睨み付けるアスカ様。

ヒカリは、シンジの耳元で一言、

「碇くんフケツ!」

と言うと、フン! という感じで去って行く。

な・・・なんでだよ・・・。

ライバル撃沈と見たアスカ様は、急に機嫌が良くなりニコニコしていた。

昼過ぎ。

学校も終わり、皆家へ帰って行く。

「なぁ、シンジ。ソリ滑りやりにいかへんか?」

トウジとケンスケである。

「うん・・・ぼくはいいけど。」

「ねぇ、鈴原! ソリ滑りするの? 私も行っていいかしら?」

「を、委員長も来るんか? よっしゃ、久しぶりにみんなで行こか!」

ぎゅっとシンジの手を握るアスカ様。シンジは、そんなアスカ様の手を取ると安心させ
るかのように、ゆっくりと握り返す。そして、シンジがアスカ様も一緒に連れて行きた
いと言おうとした時。

「惣流さんも一緒に行きましょうよ。」

ヒカリが、真っ先にアスカ様に声を掛けてきた。

「え?」

予想外の展開に、アスカ様は唖然としている。まさか、ヒカリが自分に声を掛けてくる
なんて思いもしてなかったのだ。

「ね、せっかく友達になれたんだし、一緒に行きましょうよ。」

「そやそや。みんな一緒や。」

ヒカリに続いて、トウジもアスカ様を誘う。

「ええ、もちろん行くわよ!!」

きっぱりと言い切るアスカ様。しかし心の中では、シンジは別として生まれて初めてで
きた友達に感動していた。

<山>

ソリを持って、山へ向かう一同。ぎゅっぎゅっと雪を踏みしめる音が心地よい。

シンジが自分のソリと、アスカ様のソリも持ち、山を上がる。前には、トウジとヒカリ
が並んで歩いており、ヒカリのソリをトウジが持っていた。後ろからは、1人分のソリ
を持つケンスケが・・・。

「アスカ。ソリはやったことあるの?」

「無いわ。」

「じゃ、最初は一緒に滑ろうか。」

「え? うん。そうする!」

アスカ様は、シンジと一緒に滑れることに心躍らせて、山を登っていった。

「ん?」

ある程度山を登り、いよいよ滑り出そうとした時。1つのソリにトウジとヒカリが乗っ
ているのが目に入る。

「ヒカリも滑ったこと無いの?」

「え? そんなこと無いわよ。」

「じゃ、どうして鈴原と一緒にソリに乗ってるの?」

「え・・・こ、今年は・・・初めてだから・・・その・・・最初・・・だから・・・。」

ふーん。そういうことか・・・なーんだ。心配して損しちゃった。

「わかったわかった。じゃ、行ってらっしゃい!」

アスカ様が、トウジの背中をドンと押すと、2人を乗せたソリが風を切って滑走して行
く。見ているだけでもわくわくしてくるアスカ様。

「シンジ! 次はアタシ達よ!」

「うん。じゃ、行こうか。」

ソリの上に乗るシンジ。そして、シンジの前に抱きかかえられるアスカ様。

「アスカ、しっかり掴まっててね。」

「うん。」

少し緊張。

「行くよ。」

「うん。」

かなり緊張。

ぎゅっとアスカ様がシンジの腕を握った時ソリが滑り出す、思ったより速い。

「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

アスカ様は、予想以上のスピード感にシンジにしがみついた。

「わっ!! ちょっと!! わっわっ!!」

必死で、バランスを取るシンジ。ソリは、螺旋を描いて滑っていったが、なんとか無事
下までたどり着くことができた。

「ふぅ・・・面白いわね!!」

よく言うよ・・・。

それからしばらくみんなでソリを楽しむ、アスカ様もだんだんと慣れてきて自分で滑っ
て楽しんだ。

そんな生活が冬の間、ずっと続いた。アスカ様の持ち前の明るさで、学校の中では人気
者となり、出会いはアスカ様の勘違いで険悪なムードだったヒカリとも親友になれた。
家に帰ると、シンジとの甘い生活。もうこれ以上アスカ様の望む物は無いというくらい
幸せな生活をしていたのだが、一つだけ心にひっかかることがあった。そのしこりを残
したまま冬が過ぎ去る。

<愛の城>

春。

もう学校は終わり、学校の子供達はヤギ飼いや畑仕事など、それぞれの仕事へと戻る。

そんなある日、一通の手紙が舞い込む。

差出人・・・・・・・・・・綾波レイ。

「アスカ! アスカ!」

干し草のベッドで、うたた寝をしているアスカ様を起こすシンジ。

「ん? 何?」

「手紙が来てるよ。」

「手紙?」

「綾波レイって人から。」

「え!!!!」

アスカ様は飛び起きると、手紙を読みはじめた。

『
  親愛なる惣流・アスカ・ラングレー様へ

  アルプスでの暮らしはどうですか?
  元気になりましたか?
  私はアスカに言われた様に、いつも笑顔で過ごしています。

  もうすぐ春ですね。
  リツコさんに、春になったらアルプスへ行きたいとお願いしました。
  近々、そちらへ遊びに行くことになりそうです。
  その時は、また仲良くしてください。

                                                                綾波レイより
                                                                            』

レイ・・・。レイが来る!!

読み終わったアスカ様は、その手紙を胸に抱きしめてレイの顔を思い浮かべる。

「シンジ!! シンジ!!」

「何?」

「山へ戻るわよ!! 引越しの準備をしなさい!!」

「いきなりどうしたんだよ。」

「レイよ! レイが来るのよ!」

「レイ? この手紙を書いた人?」

「そうよ!! レイが来るのよ!! 春になったら来るって!!」

「春って、もう春じゃないか・・・。」

「だから急ぐのよ!! いつ来てもいいように、山小屋を掃除しておかなくっちゃ!!
  さぁ忙しくなるわよ!!!」

忙しくなるのは、シンジとゲンドウである。

<山小屋>

ようやく掃除も終わり、いつレイが来ても良い状態になった。干し草のベッドも、レイ
と一緒に寝ることができるくらいの大き目の物が作られている。

いつ来るんだろう?

レイが来る日が待ち遠しい。毎日シンジと一緒に山を登ると、レイに教えてあげたい場
所をチェックする。
奇麗な場所を、いろいろと見つけたが、やはりお花畑が最初だろう。

そして、数日後。

「アスカーーー!!! アスカーーー!!!」

朝、アスカ様が寝ていると、外からシンジの声が聞こえてきた。

「もう、何よ。」

アスカ様は、ぱふっと干し草のベッドの上に座ると、丸い窓から体を乗り出し外を眠た
い目をこすって眺める。

「アスカ!! 降りておいでよ!! 来たよ!! 綾波さんが来たよ!!」

「え!」

山の下から、2人の人影が近付いてくる。1人は、ハンカチで汗を拭きながら登ってく
る婦人。もう1人は、少し歳を取った男性。リツコと冬月である。そして、冬月の背中
に背負われているのは・・・。

アスカ様は、ベッドを飛び降りると黄色いワンピースに急いで着替える。

レイだ! レイが来たんだ!!

猛烈な勢いで、ドタドタドタと山小屋を飛び出すアスカ様。

「レイ!! レイーーー!!!」

「は!」

冬月の背中に背負われていたレイが、アスカ様の声に反応する。

「降ろして!!」

地面に降ろされたレイが、山の上を見上げると駆け寄って来ているアスカ様の姿が見え
る。

「アスカ!!」

「いらっしゃい!! レイ!!」

再会を喜び抱き合う2人。その横では、冬月が車椅子を組み立てている。

「疲れたでしょう。早く山小屋へ行きましょうよ!! シンジ! シンジ!」

2人の対面を自分のことの様に嬉しそうに見ていたシンジが、アスカ様に呼ばれてやっ
てくる。

「ほら、ボケボケっとしてないで、車椅子押しなさいよ!」

「うん。」

シンジが押す車椅子の速度に合わせて歩くアスカ様。

「アルプスって奇麗ね。」

「でしょ? でもね、もっともっと奇麗な所あるのよ。後で山の上へ行ってみましょう
  よ。」

「でも・・・。」

レイは、歩けない自分の足を悲しげな赤い瞳で見つめる。

「大丈夫よ! ゲンドウに背負わさせるから。」

「ゲンドウ?」

「あぁ、居候のおやじよ。だから、一緒に行きましょ!!」

「うん!」

アスカ様とレイそして車椅子を押しているシンジが山小屋へ入る。少し遅れて、リツコ
と冬月が、山小屋へ入ってきた。

「お世話になります。」

冬月がゲンドウに挨拶をする。

「うむ。」

木の椅子に腰掛けていたゲンドウは、木のテーブルに肘をつき、口の前で手を組むポー
ズで答えた。

「あ、あなたが碇ゲンドウさんですか?」

「そうだ。」

そんなゲンドウの様子を、リツコは、ぼーーっと見ていた。

「ゲンドウ! 今から山へ登るわよ! アンタはレイを背負って一緒に来なさい!!」

「そうか。」

ゲンドウは、背中に背負う木でできた椅子を取り出すと、肩に担いでレイの前に座った。

「さぁ、レイここに座って。」

「すみません。」

アスカ様に促されたレイは、ゲンドウに軽く会釈をすると、冬月の力を借りて木の椅子
に座る。

「じゃ、しゅっぱーーーーーつ!!!」

アスカ様とシンジそして、ゲンドウに背負われたレイは、朝日を浴びながら山を登る。

<山の上>

ゲンドウは、また夕方になると迎えに来ると言って山小屋へ帰った。シンジがヤギに草
を食べさせている間、アスカ様とレイはお花畑で腰を降ろしている。

雪の残るアルプスの山々に囲まれ、青い空に流れる白い雲の下、辺り一面に広がる色と
りどりの花が咲き乱れるお花畑。

「奇麗ねぇ。」

レイは、お花畑の中に腰を降ろし、瞳を輝かせて辺りを見渡す。

「でしょう!! レイにも一度このお花畑を見せてあげたかったのよ!!」

「私、ここに来たら歩けるかもしれない・・・そう思ったの。」

「え?」

「アスカから聞いていたアルプスの山は、私にとって憧れだったの。」

「憧れ?」

「そうよ。どんなに奇麗な所だろうって、毎日想像してたわ。」

「想像通りだった?」

「ううん。予想以上に奇麗で、素敵なところね。私、歩ける様にがんばってみる。」

「そうよ! 絶対歩けるわ!!」

「うん。アスカと一緒にここで練習したら、私もそんな気がする。」

2人が、瞳を輝かせ手を取り合っていると、山の上からシンジの声が聞こえた。

「アスカぁ、そろそろお昼ご飯にしようよ。」

「そうね。じゃ、シンジレイを迎えに来て!」

シンジは、レイを背負い、アスカ様と一緒に山を登って行く。
少し登った所・・・ヤギ達がいる草原までたどり着いた時、歌声が聞こえてきた。

「ルルルルーーーーーー。」

3人が、声のした方向を見ると、1人の少年が大きな石の上に座っている。

「歌はいいねぇ。歌は心を潤してくれる。人の生み出した文化の極みだよ。そう感じな
  いか? レイ。」

「ど、どうして私の名前を?」

突然、自分の名前を見ず知らずの少年に呼ばれ困惑するレイ。

「知らないわけないさ。失礼だが、君は自分の立場を、もう少し知った方がいいと思う
  よ。」

「あなた、誰?」

「僕はカヲル。渚カヲル。青葉さんが病院から離れられないから、レイについて来た医
  者の卵だよ。」

「そ、それなら最初っから、レイの医者っていいなさいよ!! 何が君の立場をもう少
  しよ!!」

「それは悪かった。ところで君の名は?」

「アタシは、アスカ。で、こっちのボケボケっとしているのがシンジ。」

「ボケボケはないだろ!! あの、渚君・・・。」

「カヲルでいいよ。」

「じゃ、カヲル君。今からぼく達、お昼ご飯を食べようとしてるんだけど、カヲル君は?」

「アンタの分まで持ってきて無いわよ!!」

「かまわないさ。」

アスカ様,レイ,シンジは食事を始める。カヲルはずっと、石の上に座ったまま空を眺
めて歌を歌い続けていた。

「気持ち悪い奴ね・・・。」

「そう?」

「ずっと、歌なんか歌ってさ。ま、いいわ。ほっときましょ。」

そして、夕暮れ。

ゲンドウがレイを迎えに来るのを待って、アスカ様達は山を降りた。

<山小屋>

ヤギを連れて山を降りていくシンジに、山小屋の前で手を振るアスカ様。

「シンジぃぃ! 明日は迎えに来なくていいわ!!」

「わかってる!! がんばって綾波さんを歩けるようにしてね!!」

「まかせといて!!」

シンジの姿が見えなくなると、アスカ様は山小屋へ入っていった。
その後、大勢での食事が終わり、ベッドに寝転ぶアスカ様とレイ。

「わぁ、ふかふかね。このベッド。」

「でしょ。干し草が入ってるのよ。」

「干し草? 素敵ね。星空を見ながら、干し草のベッドで寝るなんて。」

「今日は、初めて山に登って疲れたでしょ? 明日から特訓よ! 早く寝ましょ。」

「そうね。」

アスカ様とレイは、干し草のベッドの上で仲良く並んで眠りについた。

翌日。

アスカ様は、レイを車椅子に乗せると、山小屋の前に打ち付けてある柵の所まで連れ出
した。

「まずは、この柵を持って歩く練習よ。」

「ええ。」

両手でしっかりと柵につかまり、車椅子から立ち上がろうとするレイ。

ドサッ。

しかし、足がふらつきすぐに倒れてしまう。

「痛・・・。」

「大丈夫???」

アスカ様が、レイの側へ駆け寄り、レイを再び車椅子に座らせる。

「怪我は無い?」

「ええ。」

「最初から1人で立ち上がろうとしたのが、悪かったのね。まずは、アタシが支えにな
  るわ。」

アスカ様がレイの体を支え、レイは両手で柵にしがみつき車椅子から体を遠ざける。
おぼつかない足取りで、少しづつ前に進むレイ。

「わ、私・・・車椅子無しで・・・。」

「そうよ!! ちょっとづつ練習すれば、きっと歩ける様になるわ!!」

「ありがとうアスカ!! ありがとう!!」

「これから毎日練習よ!!」

それから、アスカ様とレイは毎日毎日練習を繰り返した。シンジも、山から降りてきた
時、2人を励ます。
その間カヲルは、レイとは付かず離れず、ただじっと見守っているだけだった。

そして、一ヶ月後。

リツコと冬月は、仕事がある為フランクフルトへと戻っていた。たまにリツコからゲン
ドウへ手紙が来ている様ではある。

「さぁ、レイ今日も練習よ!!」

朝食も終わったので、アスカ様は柵の側まで、レイの車椅子を押して行く。車椅子から
降り、地面に座るレイ。

「さぁ、柵を持って立つ練習よ。」

「ええ。」

しかし、レイは動こうとしない。

「どうしたの? さぁ練習よ!」

「ええ。」

動こうとしない。

「ほら、こんな風に立ち上がるのよ。」

アスカ様が、ちょうど柵に掴まって立ち上がった様な格好をレイに見せる。

「・・・・。」

「どうしたのよ?」

「アスカはいいわよ。」

「何が?」

いつまで経ってもレイが動こうとしないので、体調でも悪いのかと心配になり顔を覗き
込むアスカ様。

「だって、アスカは歩けるんだもの。私には、無理。」

「そんなことないわよ。練習すれば・・・。」

「もう、何度もやったじゃない。やっぱり私には無理なのよ。」

「諦めるの?」

「だって・・・。」

「アンタは、それで諦めるのね?」

「無理なものは、いくらやったって無理なのよ。」

「アンタバカぁ!? ちょっとしかやって無いじゃない!! これくらいで無理なんて口
  にするんじゃないわよ!! そんなに、歩きたくないんならずっとそうしてればいい
  んだわ!!」

「ア・・・アスカ?」

今迄、レイに対しては怒ったことの無い、アスカ様のキツイ怒声に驚くレイ。

「今迄、アンタなんかに付き合ってきたかと思うと、自分が嫌んなるわ!」

「アスカ? ねぇアスカ?」

アスカ様に嫌われたのかと・・・レイの目に涙が浮かぶ。

「もう、アンタなんか知らない!!!!!!!!」

それだけ言うと、山を駆け下りるアスカ様。その瞳からは溢れ出る涙が、風に流されて
飛んでいく。

レイなんか・・・レイなんか・・・!!

駆け下りていくアスカ様。

「アスカ!!!!!!!」

アスカ様の後ろから、レイの叫び声が・・・初めて聞くレイの叫び声が聞こえる。
その声に、振り向くアスカ様。

「!!!!」

「レ・・・レイ・・・。」

「アスカ・・・お願いだから待って・・・。」

「レイ・・・アンタ・・・。」

「お願い・・・。」

涙を流して自分を見ているレイを、呆然と見つめるアスカ様。

「レイ・・・立てたの??」

「え?」

アスカ様の言葉に、自分の姿を見つめるレイ。

「私・・・立ってる・・・。」

アスカ様の顔が、笑顔に包まれる。レイを目指して走り出すアスカ様。

「私、立ってるのね。自分の足で、立ってるのね。」

「立てたのよ! レイ! 自分だけの力で立てたのよ!」

アスカ様は、まるで自分のことの様に、いやそれ以上に喜び、レイの周りを走り回った。

「レイが立った! レイが立った!」

そんなアスカ様の様子を、レイは涙を流しながら、2本の足で立ち上がって見ていた。

「レイが立った! レイが立った!」

「アスカのおかげよ。」

レイの手を取るアスカ様。

「そんなこと無いわ。アンタは自分の力で立ったのよ!」

「ありがとうアスカ。」

「おめでとうレイ! おめでとう!!!」

レイの両手を取り、涙を流して喜ぶアスカ様。そして、レイも涙を流して喜ぶ。さっき
流した2人の涙とは違い、朝日に照らされた2人の涙は、どんな宝石よりも輝いて見え
た。

To Be Continued.
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