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マイ ライフ
Episode 08 -Eye Of The Tiger 前編-
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数ヶ月前、メルボルンに設立されたネルフの支部には、総勢4人のチルドレンが配置さ
れていた。

チルドレン達は、オーストラリア支部作戦部長の指揮の元、過去3度の使徒戦を繰り返
し、先日サキエル2体,イスラフェル3体というかつて無い最も困難な戦局に面した。

作戦部長はアメリカ支部へ出動要請を出したが、無視。対外交政策に敏感なアメリカ支
部にしては珍しい対応であった。

結果、ブラジル支部が対応することとなったが、到着までにチルドレン4人中3人が戦
死。ブラジル支部のチルドレンも、1人重傷を負う結果となった。

<ネルフ本部>

そこで、オーストラリア支部に新たに雇用したチルドレンの養成支援として、本部にチ
ルドレンの派遣要請が来たのだ。

「えーーーーっ! アタシぃ?」

「そうよん。アスカ以外に誰がいるっていうの?」

「そういうのは、レイさんの方がっ!」

「レイは本部から外せないわ。」

「じゃっ! マナが。」

「あっらぁ。あなたのことを、外に出しても恥ずかしくない実力だって言ってるのよ?」

「じゃっ! カヲルがっ!」

「出せるわけないでしょ。」

「じゃっ! ヒカリがっ! そうよっ! 面倒見いいし。」

「アスカ? 何か行きたくないわけでもぉ?」

「うーーーー。」

「大丈夫、あなた1人ってわけじゃないわ。」

「えっ!? シンジも? ならっ!」

「シンジくんを行かせられるわけないでしょ。山岸さんよ。」

「・・・・・・。」

しまったーという顔で、ミサトをジロリと見上げるアスカだったが、ミサトは意識した
様子も無く淡々と説明を続けていった。

<休憩室>

いつもの様にアスカは、シンジと休憩室でジュースを飲んでいた。これでしばらくシン
ジと会えなくなる。

「どれくらい行くの?」

「1週間って聞いてるけど、長引くかもしれないって。」

「それなら、すぐじゃない。」

「そうだけどさ・・・。」

「どうしたの?」

アスカは少し拗ねた様な仕種で、シンジを見上げる。何かの言葉を期待しているらしい
が、その意図がシンジにはよくわからない。

「アンタは、アタシがオーストラリアに行ってもいいの?」

「1週間だろ?」

「もし、ずっと行くことになったら?」

「うーん。寂しくなるね。」

「・・・・・・。」

そっか、その程度か・・・。
ま、そんなもんかもねぇ。

少し寂しい気持ちになるアスカであったが、間違いなく1週間から10日で戻ってこれ
る為、続きはその後じっくり攻めるということでこの場は納得する。

「あー。また、ここにいたのね。お邪魔だったかしら?」

そこにミサトが、ニヤニヤとアスカに微笑み掛けながら近寄ってきた。アスカは、邪魔
者を見る様な嫌な顔でミサトを睨み返す。

「リツコから、ちょっちアスカに渡す物を頼まれてね。」

「なに?」

「これなんだけどねぇ。」

握り拳大の箱をポケットから出すと、それを2人にちらちらと見せて、シンジに手渡し
た。

「ぼく? アスカにじゃ?」

「シンジくんから、渡してあげて。」

「え? はい・・・。」

言われたまま受け取った箱をひょいと手渡そうとするシンジだったが、すぐにミサトに
止められる。

「中身だけでいいのよ。」

「中身? はい。」

箱を開けると、そこには飾りっ気の無いプラチナの様な指輪が1つ入っていた。それを
怪訝な顔をしながら、指に摘まんで取り出すシンジ。

「それはね。本部に絶えずシグナルを発進するリングよ。いざとなったら、それを壊し
  なさい。すぐに全兵力を持って駆けつけるから。」

「ミサトっ!」

そういった、気持ちの面での細かい配慮にも嬉しくなるが、いざと言う時の充分な伏線
を張っておくミサトの配慮にも関心する。

「ということで、シンジくん付けてあげて?」

「はい。」

シンジが、その指輪を指に付けようとしたので、アスカは即座に左手の薬指をあくまで
何気なく出してきた。

スポっ。

何も気にせず、指輪をはめてしまうシンジ。さすがに驚いたのはミサトである。

「うっわーーーっ! アスカぁ!」

「シッ!」

ウインクしながら事の重大さを隠そうとするアスカを見たミサトは、シンジがなし崩し
のうちに陥落するのは時間の問題だと確信するのだった。

「シンジくん、そんなんじゃアスカに完敗するわよん。じゃね、お2人さん。」

「へ?」

きょとんとして見上げるシンジに、ミサトも軽くウインクをしてお邪魔虫は退散すると
ばかりに、そそくさとその場を去って行った。

<オーストラリア支部>

その日、2体のエヴァと共にアスカとマユミはオーストラリア支部へと飛んだ。

護衛に加持の配下の諜報部員を30名同行させた当りから、万全の警戒態勢であること
が伺われる。

「あら? マユミもその指輪貰ったのね。」

「はい。葛城三佐に。」

「ふーん。最後の命綱だから、大事にね。」

「はい。」

アスカとマユミが、オーストラリア支部に到着すると、オーストラリア支部作戦部長の
アンドリューが2人を出迎えた。

「これはこれは、待ってたよ。おや? 君達は?」

アンドリューは親が元軍関係の参謀であり、自分も軍の仕官学校を主席で卒業したとい
うエリートのボンボンである。

「この間本部に所属した惣流・アスカ・ラングレーと、こっちはアタシの後輩の山岸マ
  ユミよ。」

「この間? ちっ、綾波レイじゃないのか・・・。うちも舐められたもんだ。」

てっきり、レイかトウジを支援に回してくると思っていたアンドリューは、新米のチル
ドレンをよこされたということで、ぼそぼそと悪態をつく。

「後でうちのチルドレンに紹介するよ。ったく・・。」

アンドリューは、不機嫌そうな面持ちで部下にアスカとマユミを任せると、さっさと車
へと乗り込んで行った。

「なによっ! あの態度っ!」

「先輩。私達も乗りましょ。」

「気に食わないわねぇ。」

頭にきたアスカだったが、他国の作戦部長でもあるので出国前ミサトに注意されたこと
もあり、自分の立場をわきまえその場は感情を押さえることにした。

「へぇ、ここがオーストラリア支部かぁ。」

「意外と小さいですね。」

「そうねぇ。なんかただの軍事基地って感じ。」

それはそうであろう。ジオフロントが世界中にあるわけはないので、本部以外はそんな
ものである。

「お帰りなさい。」

支部の敷地内に到着したアスカ達の乗る車の窓から、アンドリューを迎える1人の女の
子の姿が目に入った。

「本部の新米チルドレン2人を紹介するよ。来なさい。」

「はい。」

新米を強調して会話をしながら近寄ってくるアンドリューを、アスカは車から降りてム
ッとした顔つきで睨み付ける。

「こちらが、シンディ。我がオーストラリア支部の誇るエースパイロットだ。」

エースパイロットとはいうが、シンクロ率15%前後でありマユミとほぼ同レベルであ
る。また、18歳というチルドレンにしては高齢のパイロットでもある。

「惣流・アスカ・ラングレーよ。よろしくね。」
「山岸マユミです。よろしくお願いします。」

「フンっ、先日入隊したばかりなんですって? どういうつもりかしら? 本部は。せい
  ぜい私の足手まといにはならないでね。」

シンディーは、バカにした様な目付きでアスカやマユミを見下すと、わざと聞こえる様
に陰口を叩き自分を誇示する。

「おいおい、シンディ。そう言うな。新人の育成が任務だから、君の邪魔はさせないよ。」

「そうですね。」

「ぬ、ぬわんですって・・・」

今まで我慢してきたアスカが、先程からの言いたい放題の物言いに殴り掛からんばかり
の勢いでいきり立ったので、後ろからマユミが慌てて止めに入る。

「先輩・・・本部代表ですから。」

「ぐぐぐ・・・。」

「任務だけやって帰りましょう。」

後輩のマユミに制され、ミサトからきつく言われた「本部代表」という言葉を奥歯で噛
み締めたアスカは、他の本部の皆に迷惑をかけない為にも怒りを押さえる。

「おう、ようやく来たか。遅いぞ。」

そんなアスカ達の前に、支部のゲートから3人のチルドレンが走ってやってきた。シン
ディとは打って変わってこちらは少し幼い様だ。

「アスカ君。この3人が、先日所属することになった。ムサシ。ケイタ。アリッサだ。」

この3人は12歳で、ほぼマユミと同時期に入隊しており、ムサシとケイタは起動指数
ぎりぎり、アリッサに至ってはまだ起動指数にも満たない。

「ということで、アスカ君、山岸君、君達はこの新米パイロット3人の訓練をお願いし
  たい。」

「ムサシです。宜しくお願いします。」
「ケイタです。よろしく・・・お願いします。」
「あの・・・アリッサです。」

「お前達より、少し先輩だ。少しは参考になるだろう。」

一応感情は押さえている物の、ムカムカしているアスカは無言でジロリをアンドリュー
を睨み付ける。

「はい。わかりました。全力を尽くしてがんばります。」

そんなアスカの前に出て、マユミが当たり障りのない挨拶をする。

「まぁ、せいぜい君達のレベルにくらいは、して貰いたいものだな。はっはっはっ。行
  こうか、シンディ。」

「ええ。それじゃ、せいぜいがんばってね。フフフフ。」

アンドリューは、シンディーの肩を抱いて司令室を出て行った。本部に対して、対外的
な受け取り確認などの連絡があるのだろう。

ドスッ!

アンドリューが視界から消えた途端、それまで黙っていたアスカは、はらわたが煮えく
り返る思いで横にあった柱に蹴り付ける。

「な、なによっ! アイツはーーーっ! なんで、アタシがあんな奴の命令を聞かなくち
  ゃいけないってーのっ!」

「先輩、気持ちはわかりますけど、その為に来たんですから。」

「それなら、それなりの対応ってもんがあるでしょーがっ!」

「先輩・・・。」

横に立つ3人の新米チルドレンに目配せをして、アスカをたしなめるマユミ。アスカも
それに気付き目を吊り上げながらも、気分を落ち着かせる。

「ごめんごめん。アンタ達には関係無いわね。」

そう言いながら、ムサシ達の前にスススと進み出るアスカ。それまで冷や汗を掻いてい
た3人の新米チルドレンも、ようやく笑顔を浮べる。

「訓練って何処でやるのかしら? アタシ達、こっちのことはよくわからないから、教
  えて貰えるかしら?」

「はい。こっちです。」

アスカが優しく声を掛けたので、ようやくムサシが口を開き2人をシュミレーション用
のプラグがある所へ案内した。

<シュミレーションプラグ室>

ひとまずアスカは、3人の力がわからないので、模擬線をやって貰うことにした。全て
はそれを見て判断してからである。

「あの・・・。アスカさん・・・。」

そこへアリッサが、言い難そうに近寄ってくる。

「どうしたの?」

「わたし、まだエヴァの起動ができないんです。」

「え?」

「まだ、シンクロ率が、7%なんです。」

「えーーーっ!」

本部で育ったアスカにしてみれば、驚くのも無理は無い。ドイツ支部やアメリカ支部な
どは別格として、まだまだ世界のレベルは本部のレベルに比べて大きな開きがあるのだ。

「そう。じゃ、マユミ? 本物のエントリープラグで、シンクロのやり方教えてあげて。」

「はい。」

アリッサの場合、シュミレーションプラグを使っても意味がないので、まずはシンクロ
できるようにマユミに頼むことにした。

「それじゃ、ムサシ? ケイタ? シュミレーションをスタートするわよ。」

「はい。」
「はい。」

シュミレーションの組み立て方は、マユミの時に散々やっているのでお手の物である。
コンソールをちょいちょいと叩き、セッティングしていく。

「まずは、サキエル1体からいきましょうか。はいっ! 開始っ!」

『はいっ!』
『はいっ!』

2人の戦い方をモニターで眺めるアスカだったが、あまりの酷さに目を覆う。マユミの
最初のシュミレーションと比べても、あまりにもレベルが低い。

あっちゃーー。
何してんのよぉ。
わっちゃーーーーーぁぁ・・・。
こんなの、レイさんが見たら卒倒するわよ。
あっ、あちゃーーー。

あまりにもその内容が酷く、助言をする余地すら無い。たかだかサキエル1体に、一方
的にやられている。

「2人ともっ! ATフィールド中和しないと、パレットガン撃っても無意味よっ!」

なんとか絞り出したアスカの言葉を聞いたムサシは、ATフィールドを中和しようと近
寄って行くが、すぐにサキエルに殴り飛ばされる。

あっちゃーー。

「もういい、もういい・・・。終了ぉ〜。」

ムサシとケイタは、しょんぼりとしてエントリープラグから出てきた。自分達のふがい
無さくらいはわかっているのだろう。

「すみません・・・。」

ムサシが、申し訳なさそうにアスカに謝る。

「あっ、いいって。それより・・・そうねぇ。ムサシは、むやみに突っ込みすぎね。」

アスカ自信にもそういう傾向はあるが、アスカの場合そのまま力づくでも押し切る力が
ある。しかしムサシの場合、近づいては殴り飛ばされて終わりだ。

「ケイタは、逆にもう少し積極的にね。」

ケイタの場合、びびってしまって後方からむやみやたらとパレットガンを撃ってばかり
だ。最悪、その弾丸がムサシに直撃している。

「でも、ムサシ? もうちょっとで、ATフィールドの中和ができそうになった時があ
  ったじゃない。」

「でも・・・まだ中和ってしたことがなくて・・・その、よくわからなくて・・・。」

「そうなの? えっとね。アタシがエヴァで、アンタが使徒だとするとね。こうやって。」

アスカは、ムサシに自分の身体を接近させると、あたかもそこにATフィールドがある
ことを想定して、中和の方法を教えていく。

「で、このあたりで、ATフィールドを展開するの。」

「は、はい・・・。」

「もし、敵がそこで攻撃してきたら、そのまま懐に入り込んでね。」

ムサシの横に身体を押しつけ、実際にエヴァの動きを見せるアスカ。その間、ムサシは
ずっと顔を真っ赤にして固まっていた。

「わかった?」

「は、はい・・・。」

「じゃ、ちょっと休憩しましょうか。」

「は、はい・・・。」

もう、ムサシは「は、はい・・・。」しか言うことができず、こそこそとケイタと一緒
に休憩室へと、逃げ出すように出て行ったのだった。

<休憩室>

オーストラリア支部の休憩室は、本部とは違いファーストフードショップの様な少しお
しゃれな作りになっている。

「アスカさんって、美人だし、優しいし、格好いいし。いいなぁ。」

ムサシはジュースを飲みながらぼぉーっとして、ケイタに話しかけていた。少し誤解が
混じっているかもしれないが、アスカに対する理想が膨らむ。

「うん、そうだけど・・・。」

「アスカさんって、彼氏いるのかなぁ。」

「ムサシ、なに考えてるんだよ。」

「俺なんか、相手にして貰えないかなぁ。」

「やめといたほうが、いいと・・・思うよ。」

ぼそりとつぶやいたケイタを、じろりと睨みつけるムサシ。ケイタはびくっとして身構
えてしまう。

「どうして、そんなこと言うんだよ。」

「だって・・・。」

「まさか、お前もっ!」

「ち、違うよ。そんなんじゃないよ。」

「じゃ、応援してくれよな。」

「でも・・・、アリッ・・・」

「友達だろっ!」

「・・・う、うん・・・。」

奥歯に何かが詰まった様な返答をするケイタを、ムサシが強引に押し切る形となり、そ
の休憩時間の会話は終わった。

<司令室>

その日の午後、オーストラリア支部近辺にラミエルが3体現れた。アリッサを除く全チ
ルドレンは、司令室に召集される。

「・・・という現状だ。シンディーをリーダーとして、全員出撃して貰う。」

「みんな? 私の足手まといにならないでね。」

「へいへい。」

あまりシンディーの下には付きたくなかったアスカだが、自分達は部外者ということで、
適当に返事をすると指示に従い出撃して行った。

<地上>

5体のエヴァはムサシ,ケイタ,マユミ,アスカ,シンディーの順で隊列を一列に整え、
地上へ射出された。前方より、ラミエル3体が三角形の陣を敷いて接近して来る。

なによ・・・この陣形・・・。
何、考えてんのよ。

いままで、こんな隊列で出撃したことなど無いし、どこに戦術的利点があるのかもわか
らない。

マユミに左翼を押さえさせて・・・。
アタシは、ムサシとケイタと一緒に右翼からっ!

『ムサシは左っ! ケイタは右っ! 前面に出て遠距離射撃っ!
  シンディーは、後方からポジトロンライフルで中央ラミエル殲滅っ!
  アスカさんと、山岸さんは、左右からシンディを援護っ!』

アスカが作戦を組み立てていると、突然司令室からアンドリューの指示が通信回線に飛
び込んで来る。

「な、なんですってーーーっ!」

その通信を聞いたアスカは、自分の耳を疑った。ラミエル相手に、遠距離射撃が通じる
はずもない。それどころか、ムサシとケイタを見殺しにするようなものである。

『アスカさん? あなたのことは調べさせてもらったわ。ロシアの時みたいに、うちの
  チームワークも乱さないでね。』

続いて、シンディーからの通信が入ってくる。確かに、ロシアでは失敗したのは認める
が、いくらなんでもこの作戦はひどい。

「くぅぅぅ。」

下手に作戦無視をするわけにもいかず、どうすればムサシとケイタを助けられるか、下
唇を感で悩むアスカ。

なに考えてんのよっ! あの作戦部長はぁぁっ!
なんとか、しなくちゃ・・・。
なんとか、しなくちゃ・・・。

前面のラミエル3体よりも、後ろにいる味方に恐怖を覚えながら、ギリギリと下唇と噛
んで思考を巡らせる。

「アタシも最前線に出るわっ!」

『なにを馬鹿なこと言ってるんだ、君はっ! 戦術の初歩もしらないのか? まぁ、初心
  者じゃ仕方ないが、わたしの作戦に従っていればいいっ!」

「くっ!」

そんなこと言ってるからっ!
たかが5体の使徒相手に、3人もチルドレンを殺すのよっ!

頭にきたアスカだったが、今つまらないことでもめている場合ではない。ラミエルは次
々とムサシたちに接近している。

『ムサシ。ケイタ。兵装ビルを盾にして、徐々に接近するんだ。』

再び、アンドリューからムサシとケイタに指示が飛んだ。

「ア、アンタバカぁぁぁぁぁっっっ!」

ラミエル相手に、兵装ビルなどが盾として役に立つはずもない。アスカは我慢できなく
なり前線に躍り出ていた。

「作戦部長っ! ラミエルが右に寄ってきたわっ! 右翼強化の為前進するからっ!」

『勝手なことをするなっ!』

「通信不調・・・。」

何考えてんのよっ!
あのバカっ!
いちいち作戦部長が、戦闘指揮に首を突っ込んでくんじゃないわよっ!

これにおいては、アスカは勘違いしているところがあった。ミサトの場合、出撃前に的
確な作戦方針を立てるだけで、実戦にはほとんど口を出すことはない。それは、本部の
チルドレンが優秀であることから、現場の迅速な判断を優先している為であり、通常は
そうではないのだ。

「お願いっ! 間に合ってっ! 」

兵装ビルの間をすり抜けて、危険を省みず前衛に位置するムサシ達の所まで走って行く
アスカ。

「ま、まずいっ!!!」

その時、ラミエルの表面に加粒子砲の光が見え始めた。ロシアでは自分も木っ端微塵に
叩きのめされた強力な主砲である。

『アスカさんっ! 砲撃の邪魔よっ!』

『アスカ君っ! シンディーの邪魔だっ! 引き返さないかっ!』

ざけんじゃないわよっ! 
たかだか、単発のポジトロンライフルの砲撃くらいでどうしようってのよっ!

ズバーーーーーーーン。

あっ!
間に合わなかったかっ!!!!

全力で走って行くアスカの前で、加粒子砲の光が横一直線に輝いた。目の前でムサシの
エヴァがどろどろに溶けていく。

『キャーーーーっ! 作戦部長っ! 敵が発砲しましたっ!』

『なんだとっ! 撤退するんだっ!』

シンディーの叫び声を聞いたアンドリューは、焦って全員に撤退の指示を出す。シンデ
ィーも武器をほおり出すと、即座に兵装ビルの陰に隠れた。

ムサシがやられたってのに、何やってんのよっ! あのバカッ!
はっ! ケイタっ!

そのムサシの惨状を見たケイタは、アスカとは全く逆方向に疾走していた。その後を1
体のラミエルが追い掛ける。

「待ちなさいっ! 単独で逃げたらやられるわよっ! マユミっ!」

『駄目ですっ! 妨害されて追走できませんっ!」

指令系統が麻痺したので、マユミもライフルを連射しながらムサシを追撃するラミエル
を追い駆けるが、残りのラミエル1体に妨害されて進路を遮断されている。

「くそっ!」

アスカも追撃しようとしたものの、同様にケイタを攻撃したラミエルがアスカに照準を
定めており迂闊に動くことができない。

ラミエルを倒してたら、間に合わない・・・。
けど、ほおって置いたらケイタが・・・。

『おーーーほほほほほほほ。あーーーらまぁ。なーに、無様な戦いをしてるんですの?』

その時、予想外の声がアスカの弐号機の通信に入ってきた。きょろきょろと見上げると、
オーストラリア上空を何かの作戦を終了してきたのか、エヴァ輸送機が4体飛んでいる。

『今逃げている、チルドレン・・・死にますわよ? 無様な作戦をしてますわねぇ。』

「イ、イライザ・・・。」

『どうするつもりですの?』

「見てるんだったらっ! さっさと、援護しなさいよっ!」

『やけに偉そうですわねぇ。『助けて下さいませ、イライザ様』じゃないかしらぁ?
  おほほほほ。』

「ぐぐ・・・。」

一瞬ためらったアスカだったが、ケイタの命が風前の灯火となってしまっている。

「た、助けて・・・下さい・・・ませ・・・イライ・・ザ・・・様。」

『おーほほほほ。よろしいでしょう。キャンディー。ニール。アニー。行きますわよっ!』

『はい。』
『はい。』
『はい。』

イライザの号令の元、4体のエヴァが上空から飛来してくる。その1体が、間違いなく
イライザの機体であろう。

「な・・・なにあれ・・・。あれが、ドイツ支部初の専用エヴァ?」

それは、黄金で全身をあしらわれており、体中に紫の薔薇の模様がでかでかと散りばめ
られていた。

「しゅ・・・趣味悪ぅ・・・。マユミっ! アタシ達は、こっちを片付けるわよっ!」

『はいっ!』

一方、ドイツ支部部隊は、早くも臨戦体制に入っていた。突然の戦闘行動に、ドイツ支
部からイライザに通信が入る。

『イライザ、そんな所で何をしているっ?』

「あーら、ちょっとした余興ですことよ。」

『そんな命令出して・・・』

ブチッ。

「男のお喋りは、嫌われますことよ。おほほほほほほ。」

『配置完了。』
『射撃開始っ!』
『射撃開始っ!』

それぞれのドイツ支部のメンバーから通信が入ってくる。オーストラリア支部の部隊と
比べて、その動きの正確さと速さには雲泥の差があった。

「みなさん? こんな敵、10秒でケリをつけますことよっ! やーーーーーーっ!!」

ケイタを追走していたラミエルも、さすがにドイツ支部が世界に誇る精鋭4人に囲まれ
ては、瞬殺に近い状態で撃破された。

そして、アスカとマユミも、目の前の敵に集中できた為、難なくラミエル2体の撃破に
成功し、作戦は終了した。

<ドイツ支部輸送機>

作戦が終了して、散々アスカに悪態をついて撤退したイライザは、オーストラリア大陸
を飛行機の上から眺めていた。

どうして、あの娘がこんな所に・・・。
このわたくしと決着を付ける前に、死んだらただじゃ済みませんことよっ!

イライザは、自分の胸に飾っていた薔薇を一輪指で摘まむと、輸送機の窓からオースト
ラリア大陸にふわりと投げる。

「グッドラック。」

<司令室>

作戦終了後、負傷したムサシを除く作戦に参加した全チルドレンは、司令室に呼ばれて
いた。

「アスカ君、君が勝手な行動をしたおかげで、危ない所だったっ。しかも、ドイツ支部
  の手助けを借りるとは、恥じを知り給えっ!」

「ぐぐ・・・。」

「上に報告しなければならない、わたしの立場も考えてくれ給えっ!」

反論したいのはやまやまだったが、言ったところで無駄でもあるし、今自分が解任にな
ったらムサシとケイタの命が危ないので、唇を噛んでこらえるアスカ。

「おかげで、シンディーの持つポジトロンライフルも、使う機会が無くなった。以後は
  自重してくれたまえ。」

「まったくよ。手柄を立てたいってのが、見え見えだわ。やぁねぇ。」

ちっ!
ポジトロンライフル、ほおりだして隠れてたのは誰よっ!

「以後は、わたしの作戦に従って貰うぞっ!」

「はい・・・わかりました。」

嫌みったらしく、敬語で返事をすると、アスカはマユミを伴って司令室をズカズカと後
にして行く。

「何考えてんのよっ! あのバカっ!」

ガンっ!

マユミと2人っきりになった途端、壁を拳で叩き付けてブルブルと震えるアスカ。

「・・・・。」

「レイさんとまではいかなくても、アタシが指揮してたらラミエル3体くらいっ! 味
  方を無傷でっ! 味方を無傷でっ! 味方を・・・くそっ!」

ガンっ!

思いっきり壁を殴り付けるアスカ。作戦部長に対するよりも、みすみすムサシを目の前
で撃破されたことに対して自分を攻めている様だ。

「先輩。」

ガンっ!

キッとマユミを睨み付けるアスカ。

「手から、血が・・・。」

「え?」

ふと、自分の拳を見るといつの間にか、うっすらと血が滲み出していた。

「先輩がいなければ、ムサシ君もケイタ君もおそらく死んでました。」

「ケイタを助けたのは、イライザよっ! このアタシが頭を下げてねっ!」

再び、ブルブルと肩を震わせて怒りを堪えるアスカ。

「ドイツ支部のチルドレン4人も動かしたんですもの。少々言いたい放題言われても、
  安いものですよ。」

「・・・。」

「それに、みんな無事だったんだから、それだけでも。」

「・・・ごめん・・・そうね。」

「ええ。」

「なんか、ミサトがマユミを同行させた理由がわかった気がするわ・・・。」

「ムサシ君の、お見舞いに行ってあげたらどうですか?」

「うん・・・。アンタもくる?」

「いいえ。アリッサの訓練がありますから。」

「そう。じゃ、がんばってね。」

マユミはそこでアスカと別れると、アリッサのいる控え室へと歩き始める。その脳裏に
は、今後の自分のこと、そしてアスカのことが巡っていた。

先輩は、天才・・・。
それも、たぐいまれない天才。

でも、今、先輩は檻の中・・・。

私は・・・。
私はどうすれば・・・。

To Be Continued.
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