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マイ ライフ
Episode 11 -レイの力,アスカの力-
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<ネルフ本部の司令室>

アスカは、1週間振りにネルフ本部へ帰還していた。本部のみんなは、アスカとマユミ
の帰りを喜んでくれた。

「お疲れ様ぁ。」

「ほんと、疲れたわよ。はい、これ。」

オーストラリアでの任務完了報告および、裏で調査を命じられていたオーストラリア支
部の内部情報をミサトに提出する。

「どうだった? コアラさんやカンガルーさん達と遊べた?」

「まったく・・・。」

人事だと思って何を呑気なことを・・・という白けた顔で、ミサトにじろりと目を向け
る。

「はいはい。お疲れ様でしたっ。」

「しっかし、あーんな所に配属されるなんて、ムサシ達が可哀相だわ。」

「そうかしら?」

「そうよっ。あんな所に配属されてたら、アタシも力なんて発揮できないわよ。」

「ふーん。じゃ、本部なら大丈夫?」

「はいはい。本部の良さが、よーくわかりましたぁ。」

「そう言ってくれると、嬉しいわねん。やっぱ、アスカを行かせて正解だったわぁ。」

「へいへい。」

「レイだったら、周りがどんな環境でもなーんとも思わないでしょうからねぇ。」

「!」

「でも、良くも悪くもあれが各地の支部の実態なのよねん。」

「・・・・・・・・・。」

「じゃ、報告書受け取ったわ。ゆっくり休んで。」

「・・・・・・・・・。」

ミサトは、アスカの報告書を膝の上でトントンと揃えると、司令室を出て行った。その
姿をアスカは、ズシリと心に重い物を感じながら見つめていた。

<休憩室>

アスカは自分のオーストラリア支部での行動を思い出しながら、ベンチに座ってジュー
スを飲む。

レイさんなら・・・。
アタシは、我慢できずにすぐに反抗していた。

アスカは、ミサトの言葉の結論が導き出せず、自問自答を何度も繰り返し心の中で悪戦
苦闘していた。

作戦部長が・・・リーダーが優れてないと、アタシは何もできないの?
ううん、アタシは一生懸命やった。
でも、レイさんならきっともっと・・・。
アタシも早く、レイさんみたいになりない!

「アスカ? どうしたの?」

休憩室の横を通り掛ったレイが、何か思い悩んでいる様なアスカを見つけて近寄って来
た。

「レイさん。」

「どうしたの? 帰ってきた途端、何かあったの?」

「あの・・・。」

シンジとは別の意味で最も信頼しているレイである。アスカは、先程ミサトに言われた
こと、自分が考えていることを、包み隠さずレイに話した。

「私の様になりたい???」

「早くアタシも、レイさんみたいにっ!」

「・・・・・・・・・。」

その一部始終を聞いていたレイは、しばらく黙って下を向いていたが、すっと立ち上が
るとアスカを手招きする。

「模擬戦をしましょう。」

「え?」

「時間ある?」

「ありますけど・・・どうして? 模擬戦?」

「1度アスカとやってみたかったの。」

「アタシと? そんな・・・レイさんの相手なんて、まだまだ。」

「私より強くなってるかもしれないじゃない。」

「またまたぁ。でも、相手して貰えるんならがんばってみますっ!」

「手加減無しで勝負よ。いい?」

「もちろんですよぉ。手加減なんかしてたら、勝てるはずないじゃないですかぁ。」

レイの考えがどの辺りにあるのかわからなかったが、アスカもレイとの勝負には興味が
あった。ミサトの言葉はひとまず置いておき模擬戦に集中する。

<弐号機エントリープラグ>

アスカは、弐号機のシュミレーション用エントリープラグ。レイは零号機のシュミレー
ション用エントリープラグに乗り込む。舞台は第3新東京市。

『実戦だと思って、真剣にね。』

「わかってます。よーしっ! 勝ってみせるんだからっ!」

『がんばってっ。始めるわ。』

こうして、人知れずレイとアスカの初の正面対決が始まった。アスカが本部に入隊した
頃、指導の為の模擬戦をして貰ったことがあるものの、今回は真剣勝負である。

勝つ自信は無い。
でも・・・。

アスカもレイの期待に答えるべく、ピリピリと全身を緊張させ真剣。勝てなくとも、無
様な負け方だけは失礼だ。

2体のエヴァがヴァーチャル空間にリフトオフされる。

まずは、レイさんの動きを見ないとっ!

相手は、他ならぬレイである。迂闊に近づけないアスカは、お気に入りの武器スマッシ
ュホーク片手に兵装ビルの間を、レイの出方を伺いながら駆け抜けて行く。

ズドーーーンっ!

アスカが走る目の前を、兵装ビルを突き破ってポジトロンライフルの閃光がかすめてい
った。見えない弐号機の直前へ正確な砲撃である。

「くっ!」

そのエネルギーの塊を回避しようとしたアスカは、走ってきた勢いを殺そうと無理矢理
倒れ込んで間一髪逃れる。

「さすがっ! でもまだっ!」

アスカは、そのままビルの上に飛び乗ると、スマッシュホークを零号機に向かって投げ
つけ、一気に反対側のビルの林に身を隠す。

<零号機エントリープラグ>

ガンッ!

アスカが飛び道具を持っていなかった為、遠距離攻撃で追い詰めて行こうとしていたレ
イは、突然スマッシュホークが飛んできたのでATフィールドを展開する。

「投げれば飛び道具・・・か・・・。」

目の前に落ちたスマッシュホークを見て、にこりと微笑むレイ。

「行くわよ。」

レイは兵装ビルから更にポジトロンライフルを取り出すと、両手に持って連射しながら
アスカが消え去った方向へ突進する。

<弐号機エントリープラグ>

ズドドーーーーーーーーーーン!!!
ズドドーーーーーーーーーーン!!!
ズドドーーーーーーーーーーン!!!
ズドドーーーーーーーーーーン!!!

「くぅっ!!!!」

絶え間無いポジトロンライフルの連続射撃。しかも、いくら隠れても的確に追い詰めて
くる。あちこちで吹き飛ぶ兵装ビルから、必死で逃げるアスカ。

に、逃げ切れないっ!

「ATフィールド全開っ! きゃーーーっ!」

ATフィールドで対抗するが、それと同時に角度を変えてポジトロンライフルの雨が襲
い掛かってくる。

「こんちくしょーーーっ!」

たまりかねたアスカは、ATフィールドを展開しつつビルの上に飛び上がったが、攻撃
する前に狙い撃ちされる。

「キャーーーーーーーーーーーーー!」

頭を押さえられ、そのまま地面に叩き落とされる弐号機。

さすがレイさん・・・。
攻撃するどころか、逃げることすらできそうにない。
せめて、アタシもポジトロンライフルをっ!

レイは今のアスカの弱点を心得ていた。アスカが、ポジトロンライフルが格納してある
兵装ビルへ向うと、先にビルを破壊する。
アスカは、アクティブソード1本取れたのが限界だった。

負ける・・・。
攻撃が1度もできずにっ!

右へ左へポジトロンライフルを回避しながら避けて行くが、何処へ向かってもすぐに閃
光の雨が四方八方から襲い掛かってくる。

なんとか、脱出しなくちゃっ!
でも何処へ・・・。

右も駄目、左も駄目。上に昇ると狙い撃ち。前進も後退も許されず、どんどん追い詰め
られていくばかり。

まだ、逃げて無い所は・・・。
はっ!!!

「ATフィールド全開っ!!!!」

次の瞬間、アスカは地面に向かってATフィールドを全開にした。

「これで・・・しばらく耐えれる・・・。」

<零号機エントリープラグ>

レイは砲撃を止めアスカの消えた場所をクスクス笑いながら見ていた。嬉しくて仕方が
無いといった感じだ。

確かに地面に穴を掘れば、狙えないわ。
でも、それじゃあなたも攻撃できないわ。

遠距離攻撃を封じられたレイは、ポジトロンライフルを1つ手にして用心しながら、こ
こはあえてセオリーに従い徐々に近付いて行く。

このまま距離を詰めたら、私の勝ちよ?
何を見せてくれるの?

確かに、目前の窮地を逃れることができたアスカだが、追い詰められて絶対絶命である。
ポジトロンライフルの砲撃角度が、穴の中に届けば袋の鼠なのだ。

「はっ!」

最初にアスカにスマッシュホークを投げ付けられた場所まで戻った時、レイは自分の目
を疑った。アスカがまさかの行動を取ったのだ。

「フフフフフフフ。」

それでこそアスカ。
あなた以外にそんなことを考える人なんていないわ。

「フフフフフフフ。」

珍しくレイが笑っていた。アスカが本部へ来るまで笑ったことの無いレイが、声を出し
て笑っていた。

<弐号機エントリープラグ>

その頃アスカは真剣だった。ATフィールドを何度も何度も地面に叩き付けて、モグラ
の様にトンネルを掘りレイの元へと進んでいたのだ。

これで、レイさんが真上にこない限り攻撃されないわっ!

いたって真面目に地面の中を掘り進むアスカ。少しづつレイとの距離が縮まってくる。

「あと少しっ!」

そして、レイが真上に来る。

「行っけーーーーーーーーーーーーっ!!」

頭上の地面を突き破って躍り出るアスカ。

ズドーーンっ!

地上に出た瞬間、レイの狙い打ち。
予想はしていた。

間髪入れずATフィールド全開。
レイの1射目回避。

飛び上がったまま、まだ宙に浮いている。
重力が、弐号機を引き戻す。

即座にレイがアスカのATフィールド中和。
レイのポジトロンライフル、第2射発射。

「勝負は3撃目っ!」

2射目のポジトロンライフルを、左半身に浴びながら回避。
右手にはアクティブソード。

落下速度が不思議な程ゆっくりと感じられる

「とりゃーーっ!」

レイに切り掛かる。

咄嗟にポジトロンライフルを投げつけるレイ。
アスカのアクティブソード回避。

ドーーーーン。

ポジトロンライフルが爆炎を上げる。
地面に叩き付けられるアスカ。

アスカの予想通りの展開。
レイに残るはプログナイフのみ。
自分には、アクティブソードが残っている。

アクティブソードを高々を振り上げ、間髪入れずATフィールドを中和しながら返す刀
で切り掛かる。

「うりゃーーーーーーーーーっ!」

レイが視界から消えた。
一瞬の出来事。

「なっ!」

地面に滑り込む零号機。

ズシャーーーーーーーーーーー。

下からスマッシュホークで切り上げるレイ。

縦一文字に空を切るアスカのアクティブソード。
下から逆真一文字に切断される弐号機。

「スマッシュホークっ!? どうしてっ!」

『あなたの投げたスマッシュホーク。偶然落ちてたの。』

「そっか・・・。さすがレイさんっ!」

ズドーーーーーーーーーーーーン。

アスカの弐号機がその場で爆発炎上し、勝負はついた。

<休憩室>

模擬戦の後、2人は再び休憩室へと来ていた。

「レイさんにはかなわないですよぉ。あーぁ、3撃目の切り込みで勝てると思ったんだ
  けどなぁ。」

「スマッシュホークが落ちてなかったら、アスカが勝ってたわ。」

「本当に偶然ですかぁ?」

「2度目のポジトロンライフルを、捨て身で避けるなんて思ってなかったもの。」

「右半分さえ残ったら、切り込めるって思ったんです。」

「どう? 私の様な戦い方できるようになる?」

「あんな精密な攻撃、真似できませんよ。」

「私も、アスカみたいな戦い方は無理ね。」

「え?」

「だって、私には私のやり方があるもの。」

「レイさん・・・。」

ぱっと顔を明るくして、優しい笑顔を見せるレイの瞳を見つめるアスカ。

「でしょ?」

「はいっ!」

アスカとレイはそれからしばらく、今の模擬線についてジュースを片手に楽しく語り合
った。

<司令室>

その頃、司令室ではミサトがアメリカ支部に何度も通信を送っていた。

「ちっ! 反応が無いわっ!」

アスカの国籍の問題を解決する為に加持に頼んで諜報部員をアメリカ支部に送り込んで
いたのだが、その全てが殺害されたのだ。

「日向くんっ! 応答するまで緊急通信を送ってっ!」

「はいっ!」

暗殺などと言うものではない。本部からのゲストということで渡米した諜報部員を、支
部についた途端門前でこれ見よがしに銃撃したのだ。

「こ、これはっ!!!」

青葉が悲鳴に近い声を上げた。

「どうしたのっ!!」

「宣戦布告ですっ!」

「なんですってっ!」

「今、打電が来ましたっ!」

「戦争だ? 上等じゃないっ!」

その強気な口調とは裏腹に、ミサトはいたって冷静。アメリカ支部単体の反乱くらいで
は、本部の戦力は揺るぎ無い。

「ヨーロッパ方面やカナダ支部はっ!!」

「沈黙を守っています。」

「ちっ!」

「状況を見て、どちらにつくか決めるつもりね。」

舌鼓を打つミサトの横で、リツコが冷静に言葉を吐いた。いざ戦闘に入って、こちらが
不利な戦局になると、それらの支部が一斉にアメリカにつく恐れがあるということだ。

「ハンっ! そういう連中よっ! 司令っ!」

「問題無い。殲滅だ。」

「はっ!」

事が事である。ミサトはゲンドウの指示を受け敬礼を1度すると、アメリカ支部殲滅の
作戦行動に移った。

<オーストラリア支部>

アメリカ支部が本部に宣戦布告をした情報は、世界各国の支部に伝わっていた。ムサシ
達はアンドリューのいる司令室で、その状況を聞いている。

「我々は有利になった方の支援に回る。出動準備をしておけ。」

それがアンドリューの指示。彼らしい作戦であった。

「あんなに、アスカさん達の世話になったのにっ! 本部の支援に行かないんですかっ!」

真っ先にムサシが反論した。まだ新米という意識からか、反抗などしたことのなかった
ムサシだが、この時ばかりは大声を張り上げた。

「ぼく達だけでも、支援に行きますっ!」
「わたしも、出動しますっ!」

続いてケイタとアリッサが声を上げる。

「駄目だっ! どちらが有利になるかわからない時に、動くもんじゃないっ!」

「そうよ。作戦部長の指示に従いなさい。」

しかし、アンドリューとシンディーに頭ごなしに押さえつけられる。その後も抵抗を続
けたが、何の権力も無い3人にはどうすることもできなかった。

<ドイツ支部>

司令達と緊急会議を終えた作戦部長は、チルドレンの前で今後の方針を説明していた。

「我々の動き1つで勝敗が大きく左右する。」

ここでドイツ支部がアメリカにつけば本部は苦戦を強いられるだろう。精鋭4人に、訓
練中のチルドレンが3人という一大組織だ。

「大丈夫ですわ。本部が勝つに決まってますもの。」

イライザはいたって冷静。

「そこが問題だ。なぜそんな戦いを挑んだのか、アメリカ支部の状況が不明だ。」

「そうですわね。」

「よって、第1級戦闘態勢に入ったまま待機してくれ。現状は、本部が危なくなれば支
  援に向かう方針で進める。」

「おほほほほほほ。玉虫色が、輝いて見えますわ。」

「そう言うな。上からの命令だ。」

結局どの支部も、2大勢力の激突をしばらくの間黙って見守ることとなった。

<アメリカ上空>

ミサトの取った作戦は、本部防衛のシンジとカヲルを除く全兵力の投入。短期決戦、一
挙殲滅であった。

輸送機に乗せられた7体のエヴァは、何基もの戦闘機に護衛されながら、アメリカ支部
上空へと差し掛かる。

『アメリカ支部にはエヴァ5体。こちらが有利よっ。そいつらを片付け次第、陸戦部隊
  が乗り込む手筈になってるわ。』

ミサトからの通信が、全エヴァのエントリープラグに流れる。いよいよアメリカ大陸へ
の降下。皆顔を引き締める。

『作戦開始っ!』

「「「「「「「了解っ!」」」」」」」

敵基地への直接降下。後方支援を役割とするヒカリとマユミは、ライフル。レイ,トウ
ジ,マナ,ケンスケは、ソニックグレイブとパレットガンの近距離装備。

<弐号機エントリープラグ>

そしてアスカは・・・。

「ひーーーっ! おっもーーーーーーーいっ!」

少し離れた所へ降下しつつ、4つのポジトロンライフルと、お気に入りのスマッシュホ
ークを両手一杯に抱かえて、ひーひー悲鳴を上げていた。

『アスカ? なに? その弁慶みたいな格好?』

降下しながらマナが飽きれた様な声を掛けてくる。

「だって、わけわかんない罠があるかもしれないじゃない。レイさんがそんなの気にせ
  ず戦えるようにね。アタシが長距離から目を光らせ様と思って。」

『それにしても・・・かっこ悪ーい。』

「それを言っちゃ嫌ぁ。」

そして、本部のエヴァが着陸するかしないかという時、兵装ビルが現れ敵エヴァ5体が
現れた。

「おいでなすったわねっ!」

支部の北に降下した本部部隊と、南に1人降下したアスカの間に敵エヴァが立ちはだか
る。

「よしっ! 狙い撃ちよっ!」

着地と同時に態勢を整え敵エヴァの狙いを定めていると、再び敵エヴァとアスカの間に
兵装ビルがいくつも立ち上がってきた。

「邪魔なのが出てきたわねっ。」

敵に狙いが定められなくなった為、超重装備を再装備し、じりじりと狙撃位置を移動し
始める。

「なっ、なにあれっ!」

その瞬間、今現れた兵装ビルが開いたかと思うと、11体のエヴァが新たに出現したの
だ。味方が7機に対して、敵は16機。

<ネルフ本部>

ネルフ本部でも、ミサトを始めとするスタッフはその様子を愕然として見ていた。

「16機ですってっ! そんな馬鹿なっ!」

戦局が映し出されるモニタを睨みつけるミサト。リツコはその横で、次々に送られてく
る敵の情報を分析していた。

「エヴァならともかく、いつの間にあんなにチルドレンをっ?」

「違うわ。」

「違う? どういうことっ!?」

マヤのサポートの元、データを分析していたリツコが出力された資料をミサトに手渡す。

「ダミープラグよ。」

「ダミー・・・、まだ製造してたってのっ!?」

「みたいね。」

エヴァが量産態勢に入った頃、不足するチルドレンの数を補う為に発案されたシステム。
しかし、所詮は自動コントロールシステムだった。一国をひたすら破壊し続けるという
目的ならともかく、実戦にはリスクが大きすぎて利用できず生産が中断された物だ。

「じゃ、アメリカ支部のチルドレンはどうなったのっ!?」

「わかるわけないでしょ。」

戦力を補う為、チルドレンの他にダミープラグも使うのなら十分考えられるが、ダミー
プラグで全機出撃の意図がわからない。

「葛城三佐っ!」

「どうしたのっ?」

アメリカ支部の状況を探っていた青葉が叫んだ。

「敵は、アメリカ支部じゃありませんっ!!!!」

「どういうことっ!」

「クーデターですっ! これを見て下さいっ! アメリカ支部でクーデターですっ!」

「なんですってっ!」

狭い司令室を走り、ミサトが青葉のコンソールを覗き込んだ。

”我々は既にアメリカ支部を制圧した。全ネルフに告ぐ。降伏せよ。”

「世界各国のネルフに送られていますっ!」

「ざけたことしてくれんじゃないっ!」

ミサトは、アメリカで作戦行動をしているチルドレンに通信回線を開いた。

「敵はダミープラグよっ! 機械仕掛けのマリオネット、一挙粉砕しちゃいなさいっ!」

<零号機エントリープラグ>

アメリカ支部のエヴァが最初に攻撃目標としたのはマユミであった。動きの鈍いマユミ
を集中的に攻撃してくる。

「山岸さんっ、左へ逃げてっ! 洞木さんっ、山岸さんの援護っ!」

『すみませんっ!』
『了解っ!』

足手まといになったという申し訳なさを感じながら、マユミは左周りで後方に退く。ヒ
カリはその間、マユミの援護に全力を尽くした。

『ヒカリまで、援護にいかなあかんのかいっ! 足手まといもええとこやでっ!』

今まで自分の援護についていたヒカリが、マユミの補佐に回ったので、トウジは苦戦を
強いられ悪態をつく。

『なんや?』

しかし、次の瞬間。突然、トウジへの砲撃が緩くなった。

「鈴原君っ! 全速力で右に展開っ! 山岸さんを追った敵を背後から攻撃っ! 相田君
  は逆周りで挟撃っ! 洞木さんは山岸さんを守ってっ!」

敵が動くのとほぼ同時。まるでその動きがわかっていたかの様に、レイの指示が各エヴ
ァに飛んだ。敵がマユミを狙うなら、それを利用して囮にしたのだ。

『ほういうことかっ! さすがやでっ!』

「霧島さんっ続いてっ! 敵の集結ポイント中央突破っ! 一撃粉砕するわっ!」

『わかったっ!』

味方のクロスファイヤーポイントへの突撃。敵からすれば大打撃であるが、危険極まり
ない作戦である。それもこれも、味方の実力への圧倒的な信頼があればこその作戦だ。

マユミに攻撃をかけていた敵エヴァは、3方からの攻撃を受けると同時に、レイとマナ
の近距離攻撃に一気に態勢を崩した。

<アメリカ支部司令室>

「さすがは、綾波レイと言ったところか。」

アメリカ支部でクーデターを起こした首謀者は、司令室で戦局を見てニヤリと笑った。

「潰しておいて損は無い。例の作戦を実行させよ。」

<地上>

レイとマナが貫通した穴を埋めようと、再び敵のエヴァ部隊が中央に集結し始める。

「後少しで敵は崩れるわっ! みんながんばってっ!」

左右に分断された敵エヴァは、トウジ,ケンスケ,そしてヒカリとマユミの3方からの
砲撃で、バラバラになりつつあった。

「霧島さんっ! もう一度っ!」

「まかせてっ!」

「ATフィールド全開っ! 行くわよっ!」

再びレイはマナを伴い、ソニックグレイブを構えて敵の中央に突撃する。この一撃で、
勝敗が決する。

「はっ!」

レイが中央に切り込んだ瞬間、敵が3体がかりでレイの強力なATフィールドを中和し
零号機に抱き付いてきた。

「くぅっ!!!」

ソニックグレイブで敵に切り掛かるが、3体がかりで押し倒され身動きできなくなる零
号機。

「霧島さんっ! 逃げてっ!」

『レイさんっ!!!!』

「逃げてっ!!!」

レイは全ての攻撃を止め、全ての力をATフィールドに集中するが、3体がかりの中和
の前には相転移空間を十分に作りきれない。

「くっ! 駄目・・・。アスカ・・・。」

ズガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

次の瞬間、3体の敵エヴァはレイを道ずれに自爆した。その場が大きなクレーターにな
り、周りのエヴァを爆風が襲う。

「レイ・・・さん・・・。いやぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

目を剥き両手を頬に当てて絶叫するマナ。

「綾波さんっ! 綾波さんっ! 応答してっ! 綾波さんっ! お願いっ! 応答してっ!」

ヒカリは、ひたすら通信で呼び掛ける。

「そんな・・・。」

信じられないといった顔で、茫然自失のマユミ。

「綾波・・・嘘だろ・・・。なぁ、嘘だろーーっ!!」

ケンスケが光を失った目で、その惨劇を呆然と見る。

「おんどりゃーーーーーーーーーーっ! なにしくさっとんじゃーーーーーーっ!!」

顔を真っ赤にして、頭に血を滾らせるトウジ。

そんなチルドレンの目の前に、敵のエヴァ集団からボロボロになった零号機がぐしゃっ
とほおり出される。

「よくもーーーーっ!!」

キッと目を吊り上げたマナがソニックグレイブを構えて突撃するが、ATフィールドに
阻まれ動けない。

「ちくしょーーーーっ!」

効果が有ろうが無かろうが、逆上してしまったマナは、ソニックグレイブを振り回して
敵に突っ込んで行く。

ズガンっ! ズガンっ!

何度も切り込んで行くが、ATフィールドに歯が立つはずもなくただただ跳ね返される
のみ。

「おどれらーーーっ!」

頭に血が上ったトウジも、むやみやたらと敵のエヴァへ砲撃する。

ズババババババ。

ATフィールドに向かって、パレットガンの一斉射撃。

「どつき倒したるっ! おどれらっ! どいつもこいつも、ぶっ殺したるっ!!!」

ズバババババ。

だが、パレットガンの残り弾数が一気に減少するだけ。

逆に位置するヒカリとマユミは、悲痛な叫び声を上げながらライフルを連射。
ケンスケも、ソニックグレイブでひたすら突進を繰り返すのみだった。

<ネルフ本部>

零号機大破の様子は、本部でもモニタされていた。レイがやられた瞬間、ミサトを始め
とするスタッフの幾人かが悲痛な叫びを上げたが、今はそんなことを言ってられない。

「みんなっ! 落ち着いてっ!」

逆上した本部のチームが、怒りも露にバラバラに攻撃を始めている。

『この野郎っ!』
『レイさんの敵よっ!』
『おどれら、ぶっ殺したるっ!』

エヴァからチルドレン達の声が時折通信で入ってくる。レイの大破が冷静さを完全に失
わせてしまい、統率を完全に欠く状況になってしまったのだ。

勝ちすぎた・・・か。

自嘲気味に苦笑するミサト。

本部のチームはとにかく強かった。負けること・・・逆境を経験していない。それが、
今回弱点となった。

「一旦退却よっ! 退却しなさいっ!」

ミサトは必死で通信回線に呼び掛け続ける。聞く耳を持たないチルドレン達に、何度も
何度も叫び続けた。

<アメリカ支部司令室>

「ふっ。本部もこんなものか。過大評価しすぎてたな。」

白けた薄ら笑みを浮かべてモニタを見つめる敵司令。その時、オペレーターらしき人物
が声を上げた。

「敵、エヴァ。1体ロストっ!」

「何?」

レイに気を取られていた敵指令は、本部のエヴァが1体足りないことに気付く。

「赤いエヴァか。探せ。」

あらゆるセンサーで、アメリカ支部の周りを探すが、どのカメラにも弐号機の姿は映っ
ていない。

ただ、降下してきた時に持っていたポジトロンライフルの残骸が、あちこちに転がって
いるだけである。

「やられたのか? いや・・・ドイツのイライザを倒したチルドレンだったはずだ。
  必ずどこかに・・・。どこだ?」

スタッフ全てを使って、地上に張り巡らせてあるあらゆるセンサーを駆使するが、弐号
機の姿は何処にも発見できなかった。

<地上>

残ったアメリカ支部のエヴァは中央に固まり、8方向にATフィールドを展開しつつ攻
撃をしてきた。13体が相互に共鳴し合いながらの8方向ATフィールド。どんなに攻
撃してもダメージを与えられない。

「弾がもうあらへんっ!」

「俺もだっ。」

トウジとケンスケが、パレットガンを捨てソニックグレイブで近距離戦闘態勢に切り変
える。

「洞木先輩っ! エネルギーが切れました。」

「こっちも・・・。まずいわ。」

マユミとヒカリもライフルのエネルギーが無くなる。残る武器はプログナイフのみ。ま
た、マナの持つソニックグレイブも幾度もの攻撃でボロボロになっていた。

”撤退”,”敗北”,”敗戦”・・・そして、”死”。

そんな文字が、チルドレンの脳裏を過る。通信からしきりに聞こえてくるミサトの退却
命令が、この時になって耳に入ってくる。

『零号機救出最優先っ! 退却っ!』

司令塔を失い、どう行動していいのかわからなくなったチルドレン達。そんな彼,彼女
達が全てを諦め退却態勢に入った・・・その時。

ズガーーーーーーーーーンっ!!
ズガーーーーーーーーーンっ!!

目の前で強力なATフィールドを展開していたはずの敵エヴァ2体が、見るも無残に木
っ端微塵に砕け散った。

ズガーーーーーーーーーンっ!!
ズガーーーーーーーーーンっ!!

瞬時に、更に2体。チルドレン達は、目の前で何が起こっているのかすぐにわからなか
った。

「レイさんを・・・レイさんをっ! 許さないっ! アンタ達っ! 絶対に許さないっ!
  こんちくしょーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!!!!!!!」

空高く日の光に反射し輝く真紅の機影。

ズガーーーーーーーーーンっ!!
ズガーーーーーーーーーンっ!!

そして、また2体。そのポジトロンライフルの閃光は、まさかの位置・・・誰もが考え
なかった位置・・・敵エヴァ部隊の直上から太陽の光を背に発射されていた。

前後左右、8方向にATフィールドを張り巡らし完璧な防御を誇っていた敵だったが、
頭上は無防備。エネルギーが直撃となり強襲する。

「鈴原っ! 相田っ! 左が開いたっ! 叩き潰してやんのよっ!」

レイの指示と比べると、なんともずさんな指示。しかし、消沈しかけていたチルドレン
の戦闘意欲を狩り立てるには最高の言葉。

『うっしゃーーーーっ!! 素手でもやったるわっ!!』

突撃するトウジとケンスケ。不思議なものだ。アスカの声が聞こえた瞬間、本部チーム
が一気に統制を取り戻す。いつしか、ミサトからの撤退命令も聞こえなくなっていた。

ズガーーーーーーーーーンっ!!
ズガーーーーーーーーーンっ!!

天空からエネルギー光線の雨を降らして飛来してくる弐号機。
エヴァは飛べないはず・・・想定外の攻撃にダミープラグが混乱しているうちに、敵は
残り6体まで撃ち減らされていた。

「マユミっ! ヒカリっ! 右っ! ライフルで殴りつけんのよっ!」

『ラ、ライフルで??』

「そうよっ! ライフルでも、殴りゃーどっか壊れるわっ!」

『わかったっ!』
『はいっ! 先輩っ!』

ライフル片手に、マユミとヒカリが踊り出た時、アスカはエネルギーの切れたポジトロ
ンライフルを敵に叩き付けながら、地上に舞い降りた。

「マナっ! レイさん救出っ! ぜーーーったい助けないと、許さないわよっ!」

『まかせてっ!!』

レイの敵とばかりに、四方から襲い掛かる本部のエヴァ。その中央で、アスカはスマッ
シュホーク片手に言葉通り暴れ狂う。

「こいつらっ! 死んでも許さないっ!」

抵抗することも禄にできず、破壊されていく敵エヴァ部隊。

敵がようやく地上に降り立ったアスカを捕捉し、攻撃を始めようとした時。既に、勝敗
は決していた。

<アメリカ支部司令室>

「ふっ。敵にはまだこんな駒があったのか。いいだろう。本番はこれからだ。くくく。」

敵司令は、ニヤリと笑うとアメリカ支部の司令室を出て行った。

<仮設病院>

まだ、敵基地では地上部隊が作戦行動をしている為、レイは本部が緊急で作った仮設病
院に収容されていた。

チルドレン達が見守る中、レイが薄っすらと目を開ける。

「レイさんっ! 気がついたのっ!? レイさんっ!」

「ん・・・? ア、アスカ?」

「レ、レイさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん。」

自分の胸に顔を埋めて泣きじゃくるアスカの姿が、レイの赤い瞳に映る。

「無事で・・・無事で良かったぁぁぁぁ。」

涙目で手を握り、意識が戻ったレイに安堵した微笑みを見せるアスカ。

「ごめんなさい。心配かけたみたいね。」

「レイさんが、無事ならいいんです。良かった。本当に良かった・・・ぐすっ。」

アスカも当然のことながら、トウジに抱き付いて喜びの涙を浮かべるヒカリ。手を取り
合って笑い合うマナとマユミ。皆嬉しそうにレイのことを喜んでいる。

「アスカ?」

「はい。」

「見てたわ。」

「え?」

「ねぇ。聞いていいかしら?」

「なんです?」

「どうやって空の上からなんて、攻撃できたの?」

レイのことが心配で皆口にする余裕などなかったが、誰しもが疑問に思っていたこと。
飛べない弐号機が、なぜか上空から飛来してきたのだ。視線が一斉にアスカに集まる。

「それは・・・。」

                        ●

レイが敵に攻撃を開始した時、アスカは兵装ビルが邪魔で遠距離攻撃ができず、狙撃位
置を探して移動していた。

「おっもいわねぇ。武器、持ってきすぎたわ。」

スマッシュホークにポジトロンライフル4つ。重くて当然だ。

「ひぃぃぃぃーーっ。おっもーーーい。」

ひーひー言いながら移動するアスカの前では、レイの指揮する部隊がかなり優勢で作戦
を進めていた。

さすがレイさんね。
今回、アタシの出番は無いんじゃないかしらぁ?

このままだと、自分が狙撃位置を確保した時には既に勝利している。そんな雰囲気だっ
た。

その時。

「レイさんっ!!」

敵の捨て身の攻撃にレイ大破。

「よくもっ! こんちくしょーーっ!」

思わずアスカは、全速力で援護に向かおうとしたが、敵が集結を始めてしまった。

「くっ! 間に合わない!」

今から援護に向かっては敵の集結を阻止できない。狙撃位置を探すが、敵がATフィー
ルドを8方向に展開し始めたのでそれも叶わない。

「はっ! 上っ!」

思うが早いか、アスカはATフィールドを展開しつつ、ポジトロンライフルを地面に向
かってゼロ距離射撃をし自爆させた。それが、アスカが飛び上がった推進力だった。

後は、上昇力が無くなると、次のポジトロンライフルを別のポジトロンライフルでゼロ
距離射撃する。それを繰り返して、空高く舞い上がったのだ。

                        ●

それを聞いたチルドレン達は、唖然としていた。ポジトロンライフルがあれば空を飛べ
るなど、見たことも聞いたこともない。そんな中、噴出してしまうレイ。

「クスクスクス。」

「もうっ! どうして笑うんですかぁ? 必死だったんですよぉ。」

「クスクス。ごめんなさい。でも、よく咄嗟に上に行こうと思ったわね。」

「だって、敵のATフィールド・・・上が開いてたから・・・。」

「フフフフフフ。確かにそうね。普通上なんかに張らないわ。クスクス。」

「もうっ! 何が可笑しいんですかぁ?」

「ごめんなさい。クスクス。」

そんな和やかな雰囲気の中、レイが助かったことをただただ喜ぶアスカだった。

「それじゃ、少し寝かせて貰うわ。」

「あっ、すみません。そうですね。また来ますね。」

目を閉じたレイを残してチルドレン達は出て行く。病室に残されたレイは、嬉しそうに
微笑んでいた。

<ネルフ本部>

レイの無事を確認したチルドレン達からの報告を通信で聞きながら、ミサトは陸戦部隊
の作戦を進めていた。

「よくやったわ。アスカ。」

『もう、レイさんがやられて、頭にきちゃって。敵を叩き潰してやったわ。』

チルドレン達は全員あの状況下で頭に血が上っていた。しかし、その状況でアスカ1人
だけがレイのいないチームの統率を成しえたのだ。

「敵の殲滅に成功したことじゃないんだけどねん。」

『え?』

「まぁいいわ。今日はみんな、ゆっくり休みなさい。」

今日の作戦行動を見たミサトは、今後のアメリカ支部への対応を楽に進められると、思
いを巡らす。

「おいっ、なんだこれ?」

「そっちにも映ったか?」

「あぁ、今。」

そんな中、青葉と日向がオペレーター席でぼそぼそと話を始める。

「どうしたの?」

何かあったのかと、2人の間に近寄るミサト。

「はい。使徒らしき影がレーダーに。」

「使徒っ!?」

「ただ、異常に速いですし、パターンも青を示していません。」

「そうねぇ。」

ミサトも不思議な顔でモニタを見つめる。

『何かあったの?』

通信を切ろうとしたアスカが、何が起こったのか聞いてきた。

「ちょっと待って。分析してるから。」

リツコとマヤが、データの分析を急ぐ。

「先輩っ!」

「これはっ! エヴァ!」

リツコが叫んだ。

「速すぎますっ!」

「アメリカ支部のチルドレンを改造手術して、150%シンクロすれば可能よ。1回の
  戦闘でおしゃかでしょうけどね。」

「そんな・・・。」

2人の会話を聞いていたミサトが、「エヴァ」という言葉に反応した。

「エヴァ???? どうして、太平洋上にエヴァなんか・・・? はっ! まさかっ!」

「そうとしか考えられないわ。」

ミサトの顔が一気に真っ青になる。
飛行能力を有するエヴァを持つ組織は、ただ1つ。

「みんなっ!」

今まで聞いたこともない悲痛な声で、アメリカにいるチルドレンに叫ぶミサト。

『なにがあったのっ!』

「逃げてっ!」

『えっ?』

シンジかカヲル無しでは、アスカ達が束になっても間違い無く1機も倒せない、シンク
ロ率150%のエヴァが3体、アメリカへ向かって強烈な勢いで迫っている。

「ゼーレよっ! みんなっ! 逃げてーーーーーーーーーーーーっ!!!」

To Be Continued.
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