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マイ ライフ
Episode 12 -アタシの生きる道-
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<ネルフ本部>

「ゼーレよっ! みんなっ! 逃げてーーーーーーーーーーーーっ!!!」

ミサトの悲痛な叫びが、ネルフ本部の発令所と通信回線の向こうにある仮説基地に響き
渡る。

『どういうことよっ!』

「シンクロ率推定150%のエヴァが、向かってるわっ! 直ぐ逃げてっ!!」

『ひゃ、ひゃくごじゅうぅぅぅっ!!? なによそれーーーっ!!!』

シンクロ率150という言葉に、仮説基地にいるアスカを始めとするチルドレン達は、
顔を真っ青にして互いに見合わせる。

「無駄だ。」

ゲンドウが口を開く。

「司令っ!?」

「間に合わん。」

「しかしっ! 他にはっ!」

ゲンドウの言うことももっともであった。今から輸送機で脱出していては、とても敵の
追撃を逃れることはできない。エヴァで逃げるなど、そんな敵相手では論外だ。

「葛城三佐っ! 新たな機影がっ!」

青葉が叫ぶ。

「なんですってっ!」

レーダーを見ると、同じ速度の機影が今度は1機、日本に向かって迫って来ている。

くっ!
やられたっ!

苦虫を噛み潰した様な顔で、血が出る程奥歯を噛み締めるミサト。先の戦いは、ミサト
がシンジとカヲルを本部に残すことを見越した、チームを分断させる作戦だったのだ。

「シンジを出せ。」

再びゲンドウが指令を出す。

「今からでは、間に合いませんっ!」

シンジを送れば可能性はある。しかし、今からアメリカ支部へ輸送していては、とても
間に合わない。

「ミサイルで、成層圏まで撃ち上げろ。」

「はっ!」

ゲンドウの言葉を聞いたミサトは、返事もせず通信回線をケージに開き大声で叫んだ。

「成層圏迎撃用ミサイル発射準備っ! 初号機を乗せてっ!
  全カウントダウン省略っ!
  本部が半壊してもかまわないわっ!
  1秒よっ! 1秒を短縮しなさいっ!」

連絡を聞きつけたシンジとカヲルが、発令所に上がってくる。

「シンジ。」

口の前に手を組み、鋭い眼光でシンジを見ながら、ゲンドウが静かに口を開く。

「構わん。」

「わかった。」

シンジが、ゲンドウを見据えて深く肯く。

「ミサトさん、アスカは?」

「回線を開くわ。」

メインスクリーンに不安気な仲間達の姿が映し出される。その画面に映ったアスカが、
シンジの姿を見つけて真っ直ぐ見つめてくる。

『シンジ・・・。』

「すぐにそっちに行くよ。」

『えっ? 間に合うのっ?』

シンジとアスカの会話に、資料を手にしたミサトが割り込んでくる。

「シンジくんを成層圏へ撃ち出すわ。敵到着は、約17分36秒後。シンジくんは、1
  8分28秒後に到着します。」

『52秒・・・遅れるのね・・・。」

「そう、遅れるわ。そこで、今回の作戦指示を伝えますっ!」

『52秒、時間を稼げばいいのねっ!』

「違うわっ!」

『えっ?』

「52秒。生きなさいっ。」

『ミサト・・・。』

「手段は問いません。何をしても構いません。エヴァを壊してもいいわ。
  でも、今回に限り命令違反は、絶対に許しませんっ!
  生きなさいっ!」

ミサトはアスカ達に、ニコリと微笑み掛けビッと親指を立てた。

『オーケーイ! ボスっ!』

そんなミサトに、アスカも親指を立てて微笑み返す。

「アスカ。」

シンジが真面目な顔でアスカに呼び掛ける。

『なに?』

「ぼくが行くまで、待っててね。」

『なんて顔してんのよっ!
  待ってるに決まってるでしょっ!
  好きな人が来るんだからっ!
  絶対待ってるに決まってるでしょっ!
  絶対に・・・絶対に・・・。
  決まってるんだから・・・決まってるんだからぁーーーっ!』

「約束だからねっ! 絶対に約束だからねっ!」

『うんっ! 約束っ! 約束よっ!!!』

「うん。」

そして、シンジはアスカに笑顔を見せると、準備が整いつつあるケージへ向かいカヲル
と共に発令所を出て行った。

<廊下>

プラグスーツに着替えた、2強チルドレンが歩く。

カツカツカツ。

2人のプラグスーツの足音だけが響く。

シンジはアメリカへ。カヲルは本部防衛。

カヲルと戦って以来の、シンジの戦闘態勢の出撃。
シンジとカヲルの双璧が並んでの、初出撃。

通路の中央を並んで、ただ前を見据えて歩く。
黒い瞳と赤い瞳を、共にキッと見据えて歩く。
薄暗い廊下の先にはケージの明かりが見える。

カツカツカツ。

廊下を行き違うスタッフ達は皆、サッと道を開ける。
双璧2人の出撃に、皆が緊張に顔を強ばらせている。
シンジとカヲルの出撃。もう、後が無いことの証。些細な失敗も許されない。

カツカツカツ。

無言で肩を並べて悠然と歩くトップを超えた2人の英雄。

カツカツカツ。

狭い空間が開け、ケージに辿り着く。
T字路になった通路。初号機は右、四号機は左。

ネルフ本部が誇る、群を圧倒的に引き離した世界最強のエヴァ2体に火が灯った。

「・・・・・・。」

カヲルが、シンジに赤い瞳を向ける。

「・・・・・・。」

シンジは視線で答え、くるりと右を向くと無言で背を向け初号機に向かった。
まだ出撃に余裕があるカヲルは、真に最強のチルドレンの後ろ姿を見送る。

「虎達を助ける為に、眠れる獅子が隠した牙を見せる・・・か・・・。」

ケージの端で、エントリープラグに乗り込むシンジが見える。
初号機に王者の精気が宿った。

「フッ。」

そっと目を閉じ、カヲルはすっと体を反転させると、四号機に向かって歩き出す。
自らの戦場へと向かって。

あの時の血の滾る興奮は、2度と味わえないだろうと思いつつも・・・。

<アメリカ秘密基地>

クーデターの首謀者は、アメリカ支部から少し離れた所にある、秘密基地でニヤリと笑
っていた。

「いよいよ本番だ。」

細く赤く横に伸びるゴーグルが、鈍く光を放つ。
モニタには、孤島で秘密裏に製造していた3体のエヴァが、太平洋上を飛行する姿が映
っている。その手に握られているのは、ロンギヌスの槍。

「勝ったな・・・。」

キールは、ニヤリと笑った。

シンクロ率150%。エントリープラグを使わず、脳とエヴァを物理的に直結すること
により、エントリープラグを介したシンクロ率の限界の約1.5倍を引き出す技術。

「碇シンジが到着する前に、本部のチームを殲滅すれば合計シンクロ率はこちらが高い。
  ロンギヌスの槍もある。ククク。ハハハハハハハっ!」

ロンギヌスの槍にかかれば、シンクロ率400%でATフィールドを張ろうとも、役に
立たない。切り札は全てこちらにあるとばかりに、キールは高笑いを響かせた。

<ドイツ支部>

ドイツ支部を始めとする世界各国の支部は、この非常事態に直面し再び緊急会議を開い
ていた。今回は、本部とアメリカ支部の戦いとは訳が違う・・・・・・敵はゼーレだ。

ゼーレは、世界各国のネルフの共通の敵である。しかし、今からでは本部の支援には間
に合わない。もし間に合ったとしても、シンクロ率150%のエヴァなど、ドイツの精
鋭を持ってしても、素手で猛獣に殴り掛る様なものだ。

ゼーレとの和解はありえない。本部がやられれば、残る道は降伏か玉砕の2つに1つ。
そんな会議が行われる中、ドイツのチルドレン達は休憩室に集合していた。

「イライザさん。援軍には行かなくてよろしいのでしょうか?」

「間に合うわけありませんわ。それに、シンジが出撃したと聞いてますし。」

「でも・・・。」

本部がやられれば、明日は我が身である。特に次のターゲットがドイツとなる可能性が
高い為、ドイツ支部のチルドレン達も不安でならない。

「大丈夫ですわ。少なくとも惣流・アスカ・ラングレーは、やられませんもの。」

「どうしてです?」

「決まってますわ。あの娘がやられたら、わたくしがシンジを奪いますことよ。」

「は?」

「あのクソ生意気で小憎たらしい娘が、そんなことをやすやすと許すとお思い? おほ
  ほほほほほほほ。」

「そ、そうですか・・・。」

「それより、そろそろ出撃の準備を致しますわよ。」

「出撃? 命令は出ていませんが?」

「そのうち出ますわ。おほほほほ。」

イライザは、チームの精鋭4人を引き連れると、なぜか最近プラグスーツの上から纏い
始めた金色のマントを翻して、ケージへと向かって行くのだった。

<アメリカ仮説基地>

今の世界の中で、最も緊張が高まっている場所がここであろう。本部のチルドレン達は、
無言の了解でアスカをリーダーとし、エントリープラグに搭乗していた。

敵の到着まで、後2分と少し・・・。

絶対に生き残る、みんなで生き残る、と誓ったアスカだったが、戦闘前に通信回線を開
き仲間に話し掛けずにはいられなかった。

「マユミ?」

『はい。先輩。』

「今度、遊びでオーストラリア行きましょうね。」

『はいっ!!』

不安気な顔を隠し切れないという様子だが、アスカの声を聞いて少し元気が出た様だ。

「鈴原?」

『精神を統一しとんじゃっ! こんな時に喋りかけてくんなっ! こんボケがぁっ!』

「な、なんですってぇっ!」

『じゃかーーし言うとんじゃっ!』

ブチッ。通信回線を切られる。

コイツとは、一生わかり合えそうにないわっ!

「ヒカリ?」

『なに?』

「一度聞いてみたかったんだけどさ、鈴原のどこがいいわけぇ?」

『うん。やさしい・・・ところかな。』

「・・・・・・・・。」

モニタの中で、頬を染めニコリと笑うヒカリに、アスカは勝手にしてくれという感じで
顔を背けた。

「マナ?」

『うん?』

「沖縄でやったとっておきってやつ。今度教えてね。』

「あれは、だめぇぇぇ。」

「ケチぃぃっ!」

無理矢理明るく振る舞おうとするマナに、アスカもおどけてみせる。

「相田?」

『愛しのシンジがもうすぐ来るからな。惣流も、がんばれよっ!』

「う・・・うん・・・。」

先制攻撃を受けちゃった・・・。

空の彼方に目を向けると、3つの機影が小さく見える。戦闘開始まで秒読み段階。
量産型エヴァはアンビリカルケーブル切断。内蔵電源の3分など、今は無意味。全ては、
52秒で決まる。

待ってるから・・・。
必ず生きて待ってるからっ!
みんなで、待ってるからねっ! シンジっ!

アスカはまだ空のずっと上、遙か彼方にいるであろうシンジに向かって、心の中で語り
掛けた。

<仮設病院>

早急に安全な場所へ移されたレイは、まだ自由に動かぬ体を起こして窓から本部のエヴ
ァチームの様子を見ていた。

こんな時に・・・私は・・・。

自分が出たとしても、シンクロ率150%の敵になど対抗することはできないだろう。
それでも、気持ちは焦る。しかし、身体も碌に動かず肝心のエヴァもない。

アスカ・・・あなたに全てを託すわ。
みんなを、守ってあげてっ!
碇君が来るまで、必ず生き残ってっ!

何もすることができず、ただ窓の外を断腸の思いでじっと見つめるレイ。

<弐号機エントリープラグ>

敵エヴァが、頭上から舞い降りてくる。アスカがキッと目を吊り上げ、チーム全員に叫んだ。

「遅れてきたシンジに、嫌みの1つでも言ってやるわよっ! みんなで声を揃えてっ!」

『『『『『了解っ!』』』』』

シンジ到着まで、後52秒。

「散開っ!」

一気に殲滅されるのを避ける為、各エヴァは散開する。

今回のアスカが立てた作戦方針は、ただ1つ。
エントリープラグへの直撃を防ぎ、やられたら味方のエントリープラグ救出。

地上に舞い下りる敵エヴァ。

戦闘開始。

ズガーーーーーーーン。

「なっ!!!」

一瞬であった。
敵の投げたロンギヌスの槍が、ケンスケの腹部を貫く。

「相田っ!!」
『ケンスケっ!!』

咄嗟にアスカとトウジが動く。

グサッ! グサッ! グサッ!

2人より遥かに速いスピードで、敵エヴァが3体固まり、ケンスケに襲いかかる。

『く、来るなっ! 逃げろっ!!』

ケンスケからの通信が入ってくる。

ズドーーーーーーーーーン。

「あ・・・相田ーーーっ!」
『ケンスケーーーーーーーーっ! おどれらーーーーーっ!』

ケンスケ専用量産機大破。

シンジ到着まで、後48秒。

「こんちくしょーーーーーっ!!!」

アスカが敵エヴァに向かってポジトロンライフルを連射。
ポジトロンライフルをATフィールドで阻止しながら、ゆっくりと立ち上がる敵エヴァ。

「後・・・48秒・・・。」

わずかなその時間の長さが、重くチルドレン達に圧し掛かる。

『惣流! ケンスケのプラグやっ! ワイが食い止めるっ!』

「わかったわっ!」

ケンスケを救出に向かうアスカ。それをトウジが援護する。
一気にトウジに襲い掛かる、敵エヴァ3体。
シンジを恐れてか、必ず3体一緒に行動している様だ。

『おんどりゃーーーっ! ぐわっ!!!』

応戦しようとしたトウジだったが、その足を3本のロンギヌスの槍が貫いた。
血を流し、ズタズタになる参号機の足。

『ぐわーーーーーーーっ!』

「鈴原っ!」

ケンスケのエントリープラグを抜き出したアスカが、応援に向かう。

『来るなボケがっ!』

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうがっ!」

しかし、駆け寄ってきたアスカを、血の吹き出る足で蹴り飛ばすトウジ。

『リーダーが先やられてどないすんじゃっ! クソがっ!』

足をやられ身動きがとれなくなったトウジに襲い掛かる敵エヴァ。

シンジ到着まで、後40秒。

『こんクソったれがーーーーーーっ!!』

ATフィールドを全開にし、両手を広げる参号機。
敵のロンギヌスの槍が、参号機に迫る。

『鈴原ーーーーーーっ!』

ズシャーーーーッ!

『ヒカリっ!!!』

しかし、敵の攻撃より一瞬早く、参号機を抱きかかえる様に、ヒカリ専用量産機が覆い
被さって来る。

『キャーーーーーーーーーーーーーっ!』
『ヒカリーーーッ!』

背中からズタズタにロンギヌスの槍を突き刺されたヒカリ専用量産機を、トウジが抱き
かかえる。

『ヒカリっ! ヒカリっ!』

トウジはすぐエントリープラグを抜き出し、敵から逃げるとそれをアスカに手渡す。

『惣流っ! ヒカリを頼むでっ!!!』

「わかったっ!」

その間、トウジを援護すべくマナが、敵の前に躍り出ていた。

『先にわたしが相手よっ!』

近づく敵エヴァ。しかし、マナには作戦があった。

ズドーーーーーン。

ポジトロンライフルを、地面に向けてゼロ距離射撃。
敵に攻撃される瞬間、空中へと逃げる。

『はっ! そんなっ!』

しかし、マナが空中へ飛び上がるより早く、更に高く敵エヴァが舞い上がっていた。

『キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』

飛び上がる頭上を押さえられるマナ。
ロンギヌスの槍が、マナ専用量産機を真っ二つに切り裂いた。

『キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』

上半身を2つに切られたエヴァが落下していく。

「マナーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

ヒカリのエントリープラグを受け取ったアスカは、その落下地点へ全力で走り、落下し
てきた全壊のエヴァを、がっちりと抱き留める。

「マナッ! マナッ!」

即座に、エントリープラグを抜き出す。
既に、手にはケンスケ,ヒカリ,マナのエントリープラグが抱きかかえられていた。

シンジ到着まで、後30秒。

「はっ!!!」

そんなアスカの周りに、敵エヴァ集結。

「こんちくしょーーーーーーっ!!!」

ATフィールドを全開にし、強行突破を図ろうとするアスカ。

『先輩っ!!!』

その時、アスカが向かった敵の背後から、自殺行為とも思える様なタックルを敵に向か
ってマユミがしてくる。

ズシャッズシャッズシャッ!

突然後ろから飛び掛かってきたマユミを、3本のロンギヌスの槍が串刺しにする。

『キャーーーーーーーーーーっ!!!』

「マユミっ!! くっ!!」

3本の槍突き上げられるマユミ専用量産型。

アスカは歯を食いしばると、すり抜けざまにマユミのエントリープラグを抜き取り、全
力で山手に逃げて行く。

マユミ専用エヴァが沈黙したことを知り、追いかけてくる敵エヴァ部隊。

シンジ到着まで、後25秒。

『惣流っ! みんなを頼むでっ!!!』

敵の進路を、漆黒のエヴァが防ぐ。

「鈴原っ! 逃げてっ!」

『もうすぐ、あいつが来よるわ。よろしゅう。』

「鈴原っ!!!!」

トウジは、ATフィールドを全開にしながら、足から血を流す参号機を敵エヴァにぶつ
けていった。

「ま、まさかっ!!! 鈴原−っ!!」

逃げていたアスカは、その足に全ての力を込めて参号機に向かい全力で駆け戻る。

ズシャズシャズシャッ!!!!!

敵に貫かれる参号機。

『グハッ・・・おんどれらっ! 調子にのんなやぁーーーーっ!!!』

「鈴原ーーーーーーーーーっ! やめてーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

その瞬間、参号機と敵エヴァ部隊は、熱風と光に包まれた。

ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。

自爆する参号機。
炎に包まれる敵エヴァ部隊。

「す、鈴原・・・。鈴原ーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

シンジ到着まで、後20秒。

燃え滾る炎を唖然と見つめるアスカ。その煙の中に3つの動く影があった。

「ま、まさか・・・そんな・・・。」

真っ黒な煙の中から、ATフィールドを全開にした敵エヴァがゆらりと現れる。

「そんな・・・そんなぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」

自分の腕の中には、仲間のエントリープラグがある。
トウジのことは気になるが、今は逃げなければならない。

「ちくしょーーーーーーっ!!」

全力で再び山へと向かって駆けるアスカ。

ズシャーーーーー!

そのアスカの足を1本のロンギヌスの槍が貫いた。

「キャーーーーーーーーーっ!」

もんどりうって倒れる。その上から、敵エヴァが襲い掛かってくる。

グシャーーーーー!

腹部を3本のロンギヌスの槍が貫く。

グサッ! ズシャーーーーーッッ!!

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

下半身を真っ二つに切り落とされ、その痛みを神経に感じたアスカは悲鳴を上げる。

ぐぐぐ・・・みんなだけでも・・・。

必死で爪を立て、腕だけで山を上って逃げる弐号機。
流れ出た血とLCLで、その体は既にどろどろになっていた。

シンジ到着まで、後13秒。

ズシャッ! ズシャッ! ズシャッ!

弐号機を容赦無く切り付けてくる敵エヴァ。
自らを盾とし、腕の中のエントリープラグを、必死で抱かえて守る。

グシャーーーーっ!

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

切り落とされる頭。

ズシャーーーーっ!

「グハァーーーーーッ!!!!!!」

切り落とされる右腕。

アスカは左腕に、残った精神力の全てを注ぎ込みエントリープラグを抱き締める。

後・・・10秒だったのに・・・。

シンジ到着までのカウントダウンは、まだ無情にも回り切っていない。

シンジ・・・・。

しかし、なぜか敵は突然攻撃を止め、上を見上げながら山を下り始めた。

『アスカっ!!! アスカっ!!!!』

その瞬間、通信回線にわずか42秒の間を、永遠と待ち続けた人の声が聞こえた。

「シンジっ!!!!!」

その声を聞いたアスカの目に、一気に涙が溢れ出る。

『アスカっ!!! よかった・・・。』

「待ってたよっ!
  アタシっ! 約束守ったよっ!
  アタシっ! ちゃんと生きて待ってたよっ!!!」

溢れてくる涙が、LCLの中を小さな水晶の様に浮かび上がる。

『うん。みんな生命反応あるよ。大丈夫、後はやる。』

「シンジぃぃぃーーーーーーーーーっ!!!」

<ゼーレ司令室>

シンジの到着を知ったキールは、ニヤリと笑みを浮かべてモニタを見ていた。

遅かったようだな。
こちらは、シンクロ率の合計が450。
碇シンジ1人では、敗れぬ。
ロンギヌスの槍の餌食だ。フフフ。

キールは、薄ら笑みを浮かべながら、ゼーレのエヴァ部隊に初号機殲滅の命令を出した。

<初号機エントリープラグ>

まだ遥か上空を落下しながらシンジは、モニタに映る地上の様子を見ていた。
下半身がなくなったエヴァや、真っ二つに切断されたエヴァの残骸が見え、その周りに
は、血とLCLでどろどろになった土が川へ向かって流れている。

その中央に立つゼーレのエヴァ部隊。それを見たシンジの脳裏には、アメリカ支部のチ
ルドレンと、去年楽しく夕食を共にした記憶が蘇る。

よくも・・・みんなを・・・。

事実上、既に殺され脳だけにされたチルドレン達が、敵のエヴァに乗っている。

みんなの敵は必ず取るよ・・・。
安心して眠って欲しい・・・。

シンジは、ぐっと瞳を見開けると本部に通信回線を開いた。

「父さんっ!」

ミサトを通さず、直接ネルフ本部司令であるゲンドウに呼びかける。

『やれ。』

その言葉を聞いたシンジは、キッと地上のエヴァを見据えた。

<弐号機エントリープラグ>

僅かに生きているモニタのノイズ混じりの映像を見つめるアスカ。

キラリ。

上空に紫色の初号機の姿が、小さく映った。

シンジ〜。

緊張していたアスカの心の糸が、ぷつりと切れた。

モニタに映し出された初号機は、地上に向かって円筒状に透過性すら無い真紅のATフ
ィールドを展開している。

アタシ・・・約束守ったよ・・・。
待ってたよ・・・。
ボロボロになったけど、生きてシンジを待ってたよ・・・。

意識が遠くなっていくアスカ。意識がなくなる寸前に、そのアスカの瞳が見た初号機の
背中からは、巨大な黄金の翼が天使の様に生えていた。

ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

強烈な大地震がアメリカ大陸を揺さぶる。

サードインパクト発生。

その地震は、またたく間に全世界に広がって行った。

<ゼーレ秘密基地>

「ば、ばかなっ!!!!!」

キールは揺れる床の上で、柱にしがみつきながら目を剥いていた。

「そ、そうか・・・あの時のセカンドインパクトは・・・。そうだったのかっ!!」

シンジとカヲルの戦いの最中、偶然発生したセカンドインパクトのせいでシンジは勝っ
たとされていた。中には何か特別な攻撃方法を持っていると怪しむ者もいたが・・・。

「あれは、碇シンジの力だったのか・・・。」

そして、地震がおさまる。キールは頃合いを見計らって部下と共に司令室を逃げ出そう
とした。

ドドドドドド。

「な、なんだっ!」

「ネルフの陸上部隊が取り巻いていますっ!」

「なんだとっ!!!!」

窓から外を見ると、いつの間にか包囲しているネルフの陸上部隊が見えた。その直後、
ゼーレ秘密基地の司令室から銃声が聞こえた。

<ドイツ支部>

イライザとドイツ支部のチーム達は、自分のエヴァに乗り出撃準備をしていた。大破し
た本部の護衛が目的だ。

「やっぱり、そうなると思いましたわ。さぁ、行きますわよっ!」

「「「はいっ!」」」

出撃するドイツチーム。護衛を建前としているが、アメリカへ本部が介入するのを阻止
する為の出撃だ。

時を同じくして、ロシア,イギリス,フランス,カナダ等、ヨーロッパ近辺各国は出撃
体制を整えていたが、イライザの気転でドイツの出撃が最もスムーズに進んだ。

<ネルフ本部>

まだ本部では、いよいよこれからカヲルと敵エヴァが戦闘を交えようとしている時だっ
た。そんな中、護衛に向かうという通信が各地支部から次々と入ってくる。

「今更っ何が護衛よっ! こっちは、まだそれどころじゃないっつーのっ!」

「葛城三佐、返信はどうしますか?」

次々と入ってくる通信を一手に引き受けている日向。

「邪魔よっ!」

「は?」

「『邪魔よ』と答えといてっ! 以後、その手の通信は無視っ! サードインパクトの状
  況はっ!」

マヤに世界各国の状況を求める。

「はいっ! セカンドインパクトの時はとは違い、シンジ君が円筒系のATフィールド
  を張ってましたので、被害も最小限です。」

「アメリカのみんなの状況はっ!」

「全員無事です。ただ、重傷のチルドレンもいます。」

「そう・・・。」

そうこうしているうちに、カヲルが戦闘態勢に入るが、なんといってもあのカヲルが相
手だ。シンジ以外の相手に、切り傷1つ負わされるとは思えない。

<アメリカ支部ICU>

ある程度落ち着いたアメリカ支部のICUで、シンジとレイ以外のチルドレンは全てI
CUで検査を受けていた。

「みんなはっ!」

「こらこら、君はまだ動いちゃ駄目だ。」

まだ自由に動かない体を引きずって、レイが医師に様子を聞きに来る。予想はしていた
が、本部チームの全滅を見たレイは黙って寝ていることができない。

「みんな、無事なの?」

「大丈夫、命に別状は・・・ただ、鈴原君と相田君が重傷でね。」

「鈴原君、生きてるんですねっ!」

「あぁ、敵の強力なATフィールドが、皮肉にも彼の命を救った様だ。」

「よかった・・・。でも、重傷って・・・。」

「足がね・・・。複雑骨折だ。骨も外に出ている。」

「治るんですかっ!?」

「あぁ、だが半年はかかるだろう・・・。」

「そうですか・・・。」

それでも、あの惨劇で全員生き残ったことを喜ぶべきだと思い直し、レイは看護婦に支
えられながら、自分の病室へと戻って行った。

                        ●

その後、重傷のトウジとケンスケ。そして看護に残ったヒカリと、ミサトからの命令を
受けたレイ以外は、皆本部へと帰って行った。

入れ替わりに、S2機関を搭載した零号機改及び四号機と共に、カヲルがアメリカへと
やって来る。

クーデターにより全滅したアメリカ支部の、次期司令に冬月が就任。
以下、各国の反対を押し切り、アメリカ支部の人事は全て本部の息の掛った人物となる。

今回の戦闘で使われたダミープラグの研究目的も兼ねて、リツコが技術部長就任。
作戦部長に、カヲル。
オペレーターに、青葉。
チルドレンとして、リーダーのレイ以下、トウジ,ケンスケ,ヒカリ。

それに伴い、本部も人事が変更された。
司令は、以前と同じくゲンドウ。
副司令に、ミサト。
技術部長に、マヤ。
作戦部長に、シンジ。
オペレーターに、日向と新しく入ったヒカリの姉、コダマ。
チルドレンとして、リーダーのアスカ以下、マナ,マユミ。それに加えて、新人チルド
レン2名。

全壊したエヴァは、全てS2機関搭載となり、各自専用のエヴァとなった。
零号機改。S2機関搭載及び、色がレイの希望により青くなる。性能は以前の20%増。
弐号機。以前の復元で同じ仕様。接近戦向き。
参号機。以前の復元で同じ仕様。機動戦向き。
マナ機。W型装備の他、専用の水中戦装備を付けることができる。世界初水陸両用機。
ケンスケ機。ノーマルタイプ。
ヒカリ,マユミ機。ポジトロンライフル2機の装備が可能な援護向き。

また、隠し通してきたセカンドインパクトの事実が明るみになり、初号機と四号機は凍
結。ただし、極秘裏に即時凍結解除ができる準備は施されている。

シンジとカヲルが、チルドレンを引退することにより、対外交政策を妥協的に図る。

<ネルフ本部応接室>

本部に帰ってから数日後、アスカはミサトに呼び出されて応接室へとやって来ていた。
ハーモニクステストをスキップしてまでのことなので、何事かと急いでくるアスカ。

『入るわよ。』

「どうぞぉ。」

プシュッとエアの抜ける音がして、扉が開きプラグスーツに身を包んだアスカが応接室
へ入って来た。

「なっ! パパ・・・ママ・・・。」

応接室に設置されたソファーの上には、アスカの両親の姿があり、入ってきた自分の姿
をじっと見つめている。

「ひさしぶりだなアスカ。」

「アスカちゃんっ! 電話1本よこしたっきり連絡も無しで、どれだけ心配したと思っ
  てるの!?」

「パパとママには関係ないでしょっ!」

「なんだ、その言い方はっ! そこへ座りなさいっ!」

「イヤよっ! 絶対に帰らないんだからねっ!」

「アスカちゃん? パパとママが、どれだけ心配したと思ってるの?」

フンっ!
ミサトの前だからってっ!
反吐が出るわっ!

アスカは、キッと両親を見据えたまま、ソファーに腰を降ろそうともせず反抗的な目を
吊り上げている。

「もうすぐ大学も卒業だろう? この大事な時に何をしてるんだ?」

また、その話・・・。
いいかげんうんざりだわっ!
大学なんて、うんざりなのよっ!

「アスカちゃん。とにかく、そこへ座って。」

「イヤっ! 絶対にイヤっ! アタシは帰らないっ!」

そんなアスカと両親の会話を、ミサトは口を挟まずただ傍観者という位置付けに自分を
置き、じっと見ている。

「今、アスカはチルドレンという仕事をしているそうだな。」

「そうよ。悪い!?」

「パパが許可しなければ、お前は除名されるんだぞ。」

「そっ! そんなことしたら、一生怨んでやるっ!! 絶対許さないっ!」

「立派な学者になるって言って、大学に行ったんじゃなかったのか?」

「仕方なく行ってただけよっ! 自分の果たせなかった夢を、娘に押し付けんじゃない
  わよっ!」

「アスカっ! 言い過ぎよっ! パパに謝りなさいっ!」

「無理矢理連れて帰っても、アタシは絶対学者になんかならないんだからねっ!」

「大学も中途半端で、こんな仕事が勤まるとでも思っているのかっ!」

「勤まるわよっ! パパは知らないだろうけどっ! アタシはチルドレンのリーダーよっ!」

パーーーーーーン!

それまで黙っていたミサトが、思いっきりアスカの頬を叩いた。突然のことに、頬を押
さえてミサトに振り返るアスカ。

「あなたをリーダーにしたのは、失敗だったわね。」

「えっ?」

「リーダーは、あなたのステータスじゃないのよっ。」

「そ、そんなつもりじゃ・・・。」

はっとして、自分の失言に気付き視線を落とすアスカ。

「それに、人の気持ちもわからないような人間を、リーダーになんてできないわ。」

「あっ、葛城さん。娘の気持ちもわかりましたので、それは・・・。」

そんなミサトに、口を挟んでくるアスカの父親。しかし、ミサトは止めずにアスカを見
据えて喋り続ける。

「お父様はね。チルドレンになることを認めて、書類にサインして下さってたのよ。」

「えっ!?」

「ただその前に、あなたの気持ちを確かめたいって・・・。」

「・・・・・・・。」

まさかのことに、アスカは何も言えず自分の両親の方へ黙って向き直り、父親と母親の
顔を交互に見つめる。

アタシは・・・。

少し前、両親と共に暮らし大学に通っていた頃の自分を思い出すアスカ。ただただ、エ
リートなだけで、何の為に生きているのかわからず、迷っていた。

アタシは、パパやママの気持ちなんか考えてなかった。
何の為に生きているのかわからなくて、自信が持てなくて・・・。
それを全て、パパやママのせいにしてた・・・。

「ごめんなさい・・・。でもっ! アタシっ! やっと、自分の道をみつけたのっ!」

「あぁ、これまでのことは葛城さんから聞いている。」

「パパがどんな思いで、アタシを育ててくれてたのか考えたこともなかった・・・。」

「そんなことはいいさ。子供はそういうものだ。」

「ごめんなさい。」

「アスカの気持ちもわかった。自分の人生を歩むといい。」

「ありがとうっ! パパっ! ママっ!」

「だがな、パパは中途半端は嫌いだ。チルドレンの仕事も大切だろうが、後は論文だけ
  で卒業できるじゃないか。折角がんばったんだ。卒業しなさい。」

「はいっ! わかったわっ!」

「葛城さん。こんな娘ですが、よろしくお願いします。」

「わかりました。全力を尽くして、安全を確保します。」

「本当によろしくお願いします。」

「パパーーー。ありがとうっ!」

自分の両親の気持ちを初めて知った気がしたアスカは、嬉しくなり父親に飛びついて笑
顔で笑った。

「おいおい、こんなことされるのは何年振りだ?」

「パパ。ありがとう。結婚式にはちゃんと呼ぶわね。」

「!」

娘に抱き着かれて、嬉しそうな顔をしていたアスカの父親の顔が、一瞬にして凍り付い
た。

「アスカ。なんだ、その結婚式っていうのはっ。」

「え?」

「アスカちゃん、どういうこと?」

微笑ましい親子の会話を嬉しそうに見ていたミサトが、手で目を覆って「あちゃーーー」
という顔で天を仰ぐ。

「あの・・・その・・・。好きな人が・・・。アタシの人生だもん、許してくれるよね
  っ。」

「ちょっと待ちなさい。これとそれは話が別だ。」

「ど、どうしてよっ!」

「そんなことは、葛城さんからも聞いていないっ! だいたい何処の男なんだっ!」

「なんて言い方すんのよっ! 素敵な人よっ!」

「駄目だっ! まだお前は14だろうっ!」

「関係無いでしょっ! パパが何と言おうと、アタシは結婚するのっ!」

プシュッ。

その時、ドアが開いた。

「あのぉ、ミサトさん。リツコさんから通信が、入ってるんですけど・・・。」

再び、「あちゃーーー」と言う顔で天を仰ぐミサト。とんでもないタイミングで、シン
ジが入ってきてしまったのだ。

「パパっ! この人よっ!」

「なんだとっ! なんだ貴様っ!」

「え?」

入るや否や、初対面の男性にいきなり「貴様」呼ばわりされ怒鳴られたシンジは、ビク
っとして尻込みする。

「ほらっ! シンジもアタシのことが好きなんでしょっ! ちゃんと、パパに言ってよっ!」

「パ、パパぁぁぁぁぁっ!?」

ぎょっとして、自分に怒鳴りつけた男性に目を向けるシンジ。

「お前に、パパ呼ばわりされる筋合いなど無いっ!」

「い、いや・・・その・・・ぼくは・・・。」

「見てみなさいっ! ちゃんと、婚約指輪も貰ったんだからっ!」

ビシっと、左手の薬指をシンジと父親に見える様に突き出したアスカは、得意満面の笑
みをニヤっと浮かべる。

「あっ! そ、それはっ!」

慌てるシンジ。

「なんだとーーーーーっ! 14歳の癖に、娘に婚約指輪とはどういうつもりだっ!」

「だ、だから・・・あれは、危なく無い様にって・・・。」

「そうよっ! 変な虫がついたら危ないって、シンジがくれたのよっ!」

「ち、違うじゃないかっ!」

「変な虫はお前だっ!」

「だから、違うんですってぇ・・・。」

心の準備も無くアスカの父親が現れたかと思うと頭ごなしに怒られまくり、その横では
アスカがあること無いこと言いまくっているので、シンジは混乱を極める。

「何が違うのよっ! ハワイで初めての経験までしたのにっ!」

「ちょっとっ! あれはおでこに・・・」

「なんだとーーーーーーーーーーーーーっ! 貴様ーーーーーーーーーーっ!」

「いや・・・だから、おでこに・・・」

「やかましいぃっ!!!! 貴様っ! 責任を取って貰うぞっ!!!!」

「せ、責任って・・・だから、ぼくの話もっ!」

「シンジっ! アタシが嫌なのっ!?」

「そ、そうじゃないけど・・・だから・・・はぁ〜。」

使徒の大軍だろうとゼーレのエヴァだろうと、恐いと思ったことはなかったシンジだが、
アスカにだけは勝てないと痛感したのだった。

<発令所>

雪崩式に正式に婚約してしまったシンジは、アスカのことが嫌いというわけではなかっ
たが、この婚約に自分の意志は尊重されてたのかと疑問に思いながら、アスカと一緒に
発令所に上がって来ていた。

「作戦部長。ハワイ諸島沖に使徒が2体現れました。」

新人のオペレータであるコダマが、かしこまってシンジに報告してくる。カヲルと並び、
世界最年少で作戦部長となった為、部下やオペレータは全て遥かに年上だ。どんな指示
を出すのも気が引ける。

「うん、その位置ならカヲル君がなんとかしてくれるよ。綾波1人で大丈夫さ。」

「はい。」

アメリカ支部では、まだトウジとケンスケが入院しているので、事実上レイとヒカリの
2人の戦力だ。何かあれば、本部が援護しなければならない。

「ねぇ、シンジぃ。アタシもパパを紹介したんだから、今度アンタのお父様にも会わせ
  てよ。」

「なんだ。」

その時、一段高い位置に座っているゲンドウが声を上げた。

「あっ、すみません。私語は慎みます。」

なんとなく、ゲンドウは雰囲気が恐いので、素直に謝るアスカ。

「ねっ。シンジ。お父様に会わせてよね。」

今度は、ひそひそとシンジに喋りかけるが、シンジはゲンドウの方を見ていた。

「なんだ。」

再び、ゲンドウが口を開いた。

「あっ、すみません・・・。ちょっと、シンジのお父様のことを、聞いてたんです。」

「だから、なんだ。」

「あの・・・アスカ? あれが父さんなんだけど・・・。」

「へ? あれ? へ?」

きょとんとした顔で、シンジとゲンドウを交互に見ると、2人とも自分の方を注目して
いる。

碇シンジ・・・。
碇ゲンドウ・・・。
碇・・・碇・・・。

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

「もしかして、知らなかったの?」

「う、うそーーーっ! えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

「とっくに知ってると思ってたけど。」

「だって、ぜんぜん似てないじゃないっ! シンジは、こんなにルックスいいのにっ!」

「どういう意味だ。」

再び、ゲンドウが、今度はいつにもましてムスっとした顔で口を開いた。

「あっ! いえ・・・その・・・あの・・・。」

先程のシンジとは取って代わって、心の準備も無しにいきなりシンジの父親の前に出た
状態になったアスカは、自分で何を言っているのかもわからず慌てふためく。

「そ、そ、そ、惣流・アスカ・ラングレーですっ! よ、よろしく。」

汗をだらだら流して、ゲンドウに頭を下げるアスカ。そんな様子を、またもや「あちゃ
ーーー。」という顔で天を仰ぐミサト。

「知っている。」

「あ、はい。知ってますね。本部の司令ですものね・・・ははは・・・はぁ・・・。」

「何か用か。」

「こ、こ、この度、シンジと・・・シンジ君と、婚約することになりましたぁぁっ!
  い、い、以後・・・以後御見知りおきを・・・。」

わけのわからない挨拶をするアスカだったが、その波紋は一気に広がる。

「「「「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」」」」

いきなりの発表に、驚いたのはオペレータを始めとするスタッフの面々。つい数日前、
ハワイで好きだと言ったかと思ったら、もう婚約である。

「そうか。」

「よ、よろしくお願いします。」

「問題無い。ただし・・・。」

それまで、無表情でいたゲンドウだったが、サングラスの向こうに見える目をぐいと吊
り上げる。その迫力に、何を言われるのかと冷や汗を流すアスカ。

「シンジより先に死ぬな。」

「え?」

「ユイは、先に行ってしまった。先に死んではならん。」

「は、はいっ!!」

なんとなく恐いイメージのあるゲンドウだったが、アスカはこの先うまくやっていける
ような気がするのだった。

<ミサトのマンション>

レイがいなくなり住む所が無くなったアスカは、正式に親の許可も出たので寮の申請を
していたが、両親から頼まれたミサトが、一緒に暮らそうと言い出したので、ミサトの
マンションに引越しをしていた。

「ようやく片付いたわね。」

「なんだよっ。どうして、ぼくが狭い部屋に行かなくちゃいけないんだよ。」

「女の子は荷物が多いのよっ。不満なら、相部屋でもいいわよ?」

「うっ・・・いえ・・・狭い部屋でいいです。」

「もっ! どうしてアンタは、いつもそうなのよっ!」

そう言いながら、ニコニコ笑ってシンジを無理矢理自分の部屋に引き込もうとするアス
カ。その微笑みがシンジは恐くて仕方が無い。

「もうっ! いくじがないわねぇっ! さっ! 今度はアタシが、サードインパクト起こ
  してあげるわっ!」

「た、たすけてーーーーっ!」

その時、まるで天の助けとも言うべきミサトが帰宅してきた。シンジには、少し歳の老
いた天使に見えたとか見えないとか・・・。

「どうしたのぉ? シンちゃん。情けない声出しちゃってぇ。」

「ミサトさんっ! おかえりなさいっ!」

「もうっ! なんで帰ってくるのよっ!」

「ご挨拶ねぇ。わたしの家よぉ。それより、大事な話があるんだけど?」

「はぁ、これでミサトがいなけりゃ最高なんだけどねぇ。また、前みたいに一緒に寝よ
  うねぇーー。シンジっ!」

「あっ! あれはっ!!!」

「えっ? なによ、またってっ?」

ぎょっとしてミサトが覗き込んできたので、シンジはブルブルと首を振って何もしてな
いと体で表現する。

「あら? 気付かなかった? ミサトに内緒でシンジと一緒に寝たのよ?」

「わーーーっ! だから、あれはアスカが寝るとこ無いって言うからっ!」

「シンちゃんっ! いつの間にっ!」

「いつって、まだアタシがネルフに入った頃よねぇ。」

「シ、シンちゃんっ! じゃ、会ってすぐにぃ?」

「だから、アスカが泊まる所が無いって言うから、一緒に寝ただけでっ! ぼくは何も
  っ!」

「シンちゃんもやるわねぇ。子供だけには、まだ気をつけるのよん。」

「だからっ! ぼくはっ!」

「はいはい。で、大事な話だけどねん。」

必死で言い訳しようとするシンジだったが、軽くはぐらかされてしまい、口の中でモゴ
モゴと不満の言葉を言う。

「食事,洗濯当番を決めなくちゃいけないでしょ? わたしも仕事してるから、毎日っ
  てのはねぇ。」

「毎日? 何もしたことないじゃないか・・・。」

ボソリと呟くシンジ。

「何か言ったかしらぁ?」

「い・・・いえ・・・。」

「まっ、それくらいはしゃーないわね。家賃もタダだし。で、アタシは何をするの?」

「それじゃ、ジャンケ・・・。」

「ジェンケンは嫌ですよっ!」

ジェンケンに弱いシンジは、即座に抗議してきた。以前、それで酷い目にあったのだ。
まぁ、勝っていてもシンジが全てをやることになっていただろうが・・・。

「別にアタシがしてもいいわよ。レイさんとこじゃ、ほとんどアタシがやってたから、
  結構料理も上手くなったんだからぁっ。」

確かに、レイと暮らしてたら家事ができるようになるだろうと、シンジもミサトも納得
する。

「じゃぁ、アスカに任せちゃっていいの?」

「そのかわり、毎日シンジはアタシのマッサージをすることっ!」

ギクッ!

やばいと咄嗟に思うシンジ。

「いいわよん。シンちゃん、がんばってねっ。」

「えーーーーっ!!!」

嫌な予感が全身を突き抜けるシンジをよそに、家事をしなくても良いという甘美な飴を
ちらつかされた一家の主ミサトは、その条件にあっさりとOKしてしまった。

「それとさ、ミサトぉ。お願いがあるんだけど?」

「なーに?」

「アタシさぁ、同年代の子と学校に行ったことなくてさぁ。シンジ達と一緒に中学校に
  行きたいんだけど・・・。」

「え? 大学に行ってたのに?」

「うん・・・。学歴は関係ないの。みんなで一緒に学校に行きたいの。あっ、ちゃんと
  チルドレンの仕事は今まで通りするわよっ! だから・・・。」

「そっ。わかったわ。やっぱ、リーダー合格ね。」

「え?」

「大丈夫。ミサトお姉さんにまっかせなさいっ。」

お姉さん?
公共広告機構に訴えようかしら・・・。

と、思ったアスカだったが、中学校へ行きたかったのでその言葉は胸の中にしまってお
くことにした。

<ネルフ本部>

数日後、中学校から帰ってきたアスカは、新しく入ったチルドレンにリーダーとして初
顔合わせをしていた。

「洞木ノゾミですっ! 惣流先輩のことは、お姉ちゃんからよく聞いてます。よろしく
  お願いしますっ!」

ヒカリの妹のノゾミである。中学1年でヒカリの1つ下だが、顔立ちは委員長をやって
いたヒカリとは違い、末っ子らしくおぼこいイメージがある。

「鈴原ナツミよ。あんたが、惣流さん? 兄貴の言ってた通りみたいね。リーダーって
  ことだけど、ワタシの邪魔しないでよねっ!」

トウジの妹のナツミ。兄譲りの気の強さと、先日のテストで一発で25%のシンクロ率
を叩き出したアスカ顔負けの天才かもしれない、小学5年生というチルドレン最年少の
少女である。

「アタシがリーダーをやってる、惣流・アスカ・ラングレーよ。」

ふぅ・・・リーダーか・・・。
アタシも、ちょっと前はこうやってみんなに挨拶してたのよねぇ。
レイさん、元気かなぁ。

ひとまず挨拶を終えたアスカは、2人の新しいチルドレンを連れて彼女達にエヴァを見
せる為、ケージへと降りる。

「そっちのがノゾミので、こっちのがナツミのね。」

「お姉ちゃんのエヴァですね。」

「ふーん、これが昔兄貴が乗ってた奴ね。」

「そうよ。鈴原やヒカリの想いが宿ってるから、きっと守ってくれるわ。」

「フンっ! ワタシは、実力で自分を守るわっ!」

「そうね。でも、仲間の想いってのは大切よ。いざって時にわかるわ。」

ハハ・・・アタシも偉そうなこと言ってるわね。
でも、今まで何度もみんなに助けられたから・・・。

天才と言われ他に追従を許さぬ勢いで成長したアスカだったが、それもこれも自分だけ
の力でなかったと今までのことを思い返す。

自分が危なくなった時、危険を省みず助けてくれた仲間。
アメリカで、自分を信じてくれた仲間。
苦しい時、悩んだとき、励まし元気付けてくれた仲間。

そんな仲間がいたからこそ今までやってこれたと、今になってしみじみと感じることが
できる。

<ケージ>

それから、アスカはマユミ,ノゾミ,ナツミの指導に専念していった。マナには、今と
なっては本部に残った良き理解者として、経験豊富な先輩として色々と相談に乗って貰
っている。

「ノゾミっ! いつまでエントリープラグ磨いてるのっ! いい加減にしなさいっ!」

「すみません。つい自分のエヴァが持てて、嬉しくて・・・。」

「もう、その辺でやめときなさいっ!」

「はい、わかり・・・キャーーーーーーーーーっ!」

その時、エントリープラグに貼られていた”NOZOMI”と書かれているステッカー
が、ベロンと剥がれた。

「だから、磨きすぎだって・・・。」

「こ、これ・・・どうしましょう・・・。」

しょんぼりして、そのステッカーをペラペラと手にしてアスカの前へ寄ってくるノゾミ
を見て、思わずクスリと笑みが零れる。

「整備員の人に渡しておきなさい。後はやってくれるから。」

「はい・・・。」

<シュミレーションルーム>

マユミは既にかなりの戦力になっているので、新人2人のシュミレーションを中心に、
模擬戦も毎日やった。

「ナツミっ! 周りを良く見てっ!」

『フンっ! こんな敵っ! どうってこと無いわっ!』

「突っ込むんじゃないっ! 連携プレイを重視しなさいっ!」

『これくらい1人で・・・キャーーーーっ!』

いつの間にか、背後に回り込んでいたゼルエルに攻撃されるナツミ。しかし、アスカは
敢えて助けに行かなかった。

カシュー。

シュミレーション用のエントリープラグから出てくるナツミを迎えながら、アスカは思
いっきり叱咤する。

「アンタっ! 何考えてんのよっ!」

「後ろにいたんだから、助けてくれてもいいじゃないっ!」

「最初からそう考えてたわけ? ただ目の前の敵に突っ込んでいったら、背後を取られ
  ただけでしょうがっ!」

「だから、ワタシが戦ってる間に援護をっ! それがチームワークでしょっ!」

「そんなのチームワークでもなんでも無いわっ! そんなことしてたら、アンタ死ぬわ
  よっ!」

「そう簡単に死んでたまるもんですかっ!」

「それが・・・死ぬのよ・・・。」

ロシアでの自分に、ナツミを重ねてしまう。しかし、あくまで強気なナツミは、アスカ
に食って掛ってくる。

「死んだって、敵を殲滅してからよっ!」

パーーーーーーンっ!

アスカは、ナツミの頬を思いっきり叩いた。さすがのナツミも、驚いてアスカを見上げ
る。

「今のは、アンタの兄さんが叩いたと思いなさいっ!」

「くっ・・・。」

目を逸らして床に視線を落とすナツミ。

「言っておくわよっ! 全作戦において、アンタに違反を許さない命令をしておくわっ!
  無様でもいいっ!
  泥塗れになって、地べたを這いずってもいいっ!
  それでもっ! 生き残るのっ! 何をしてでも生き残るのっ! わかったっ!」

「はい・・・。」

そのアスカの剣幕に、ナツミは赤く腫れた頬を手で押さえて、素直に返事をした。

                        ●

その後、少し甘えが残るノゾミと相変わらず反抗してくるナツミを根気強く指導し続け
ていく。

実戦では、マユミは打つ前に響く様な反応をしてくれるまでになった心強い味方。
マナは、逆に叱ってくれることもある大切な仲間。

そして、今日も使徒を倒してアスカは4人の仲間と一緒に帰還してくる。

「ご苦労様。」

ケージにはいつもの様に、シンジがジュースを持って発令所から降りてきていた。その
ジュースを受け取り、アスカも笑顔を返しいつもの言葉を言う。

「ただいま。」

そんな2人の後ろから、本部のチルドレン達がエヴァから降りてくる。戦闘での失敗や
功績よりも、その仲間の元気な姿を見るのが1番嬉しい。

きっと、レイさんもこんな気持ちだったのね。
今から思えば、悩んだ時にはいつもレイさんが側にいてくれた。
偶然通りかかったんだと思ってたけど、こうやって帰還した時みんなの顔を見てたのね。

人類を守る為に戦うみんな・・・。
アタシは、その仲間を守る為に戦う。

ドイツにいるとき、アタシは自分のことしか考えることができなかった。
パパの気持ちすらわからなかった。

シンジ・・・レイさん・・・ミサト・・・みんな・・・。
ありがとう。

ネルフにきてアスカは、急激にチルドレンとしての頭角を現し、エヴァの操縦が上手く
なった。だが、今のアスカにとってそんなことはどうでも良かった。

トントン。

エントリープラグから降り、リーダーである自分の所へとケージの通路を歩いてくる仲
間を見ていたアスカは、突然肩を叩かれ振り返る。

「久しぶりね。」

「レイさぁんっ!」

新しい零号機のパーツができたということで、それを試しに来日したレイだった。

「アスカ、いい顔になったわ。」

「え? いい顔?」

「ええ。」

レイは、ニコリと微笑み掛けてくる。その横で、シンジも並んで笑い掛けてきた。

「うん。ぼくもそう思うよ。」

「そう・・・それなら、そうかもしれない・・・。
  だって、アタシは見つけたんだもんっ!」

そんなアスカに、マナを先頭として近寄ってくるチルドレン達。皆、今日の戦勝に笑顔
である。

そう・・・。
アタシはみんなのこの笑顔を見たいんだ。
これがアタシのやりたかったことなんだっ!

そんな仲間達を、澄んだ笑顔を浮かべて迎えるアスカ。

だからアタシは、精いっぱい努力するっ!
みんなが笑顔でいれる為に、アタシはがんばり続ける。
みんなが笑顔でいれる為に、生きている限りアタシはどこまでも歩き続けるっ!








                そう・・・・・それが、アタシの見つけた物・・・・。








                         それが、アタシの生きる道。








                               It's my life.








fin.
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