------------------------------------------------------------------------------
マイ ライフ 外伝 01 -Golden Rose-
------------------------------------------------------------------------------

<ドイツ支部>

時に、西暦2013年。

ドイツ支部には、女性の作戦部長であるカーン、そして当時唯一のチルドレンであった
15歳の少女ティナが所属していた。

「この娘がイライザだ。シンクロ率はティナとほぼ同じの18%というとこか。よろし
  く頼む。」

副司令が、訓練過程を終えたイライザを、正規のチルドレンとして作戦部長とティナに
紹介する。

「ふーん。あなたが、あの有名なイライザお嬢様ね。」

財閥の娘のイライザは、試験も無く適格者となり、訓練も多額の予算を投入し英才教育
を受けた経緯があった為、彼女のことを良く思っていない人間は少なからず存在する。

「おほほほほほほ。この美貌が、わたくしのことを有名にしていますのね。美しさとは、
  罪ですわぁ。」

「・・・・・・。」

嫌味のつもりで言った言葉を、あっさり返されたティナは、ムッとしてイライザを睨み
返す。

「では、わたくしはこれで・・・。」

イライザはそんなティナなど気にとめる様子もなく、さっさと退室しようと体の向きを
変えた。

「待ちなさいっ! チルドレンとなったからには、今後の作戦行動について・・・。」

今度は、作戦部長であるカーンが、立ち去ろうとするイライザを呼び止め、話し掛けて
来る。

「必要なことは副司令から伺いましたわ。わたくし多忙ですの。」

「まだ、話がありますっ!」

「お相手して欲しいのですの? また、今度して差し上げますことよ。おほほほほほ。」

「ちょっとっ!」

しかし、イライザは高笑いを響かせながら、カーンを無視して発令所を退室して行く。
その後ろ姿を、ティナは不機嫌に睨み付けていた。

「ティナ? あんな娘だけど、成績はまぁまぁなのよ。上手くやっていくしかないわ。」

「はい・・・。」

作戦部長という立場上、あまり大っぴらにイライザのことを悪くは言わなかったが、カ
ーンも彼女のことを良く思っていない人物の1人だった。

「でもね。どうしてもチームワークが取れそうになかったら、相談しなさい。なんとか
  してあげるから。」

「はいっ。」

当時のイライザのシンクロ率は18%だった。あれだけの資金を投入すれば、それくら
いは当然だろうと言う見方もあり、その実力は妬みも伴なって過小評価されていた。

<日本>

その頃、日本のミサトのマンションでは、ささやかなパーティーが催されていた。長い
訓練生活を終えたケンスケが、念願の4人目のチルドレンとなったのだ。

「おめでとうっ! ケンスケっ!」

「ほんま、念願が叶って良かったでぇ。」

ヒカリが作った料理を前に、シンジとトウジがケンスケの肩を叩いて、訓練カリキュラ
ムの終了を喜び合う。

訓練カリキュラムを受けずにチルドレンとなったのは、当時はシンジとレイのみ。将来、
更に2人のチルドレンが、この異例に名を連ねることとなるが、それはまだ先の話。

「ありがとう。うっうっうっ。やっと俺も本物のエヴァに乗れるんだ。」

感極まって男泣きに涙を流すケンスケと、肩を組んで喜びを分かち合うシンジとトウジ。
ミサトも、世界で最多の4人チルドレン体制となり、ビール片手に満足気だ。

「みんな、ありがとう。委員長もがんばれよな。」

「えっ? あぁ、私はゆっくりやるから。」

自分がチルドレンになれたことは嬉しいものの、まだ訓練カリキュラムを終了していな
いヒカリに対して気が引けるのか、ケンスケが応援のエールを送る。

「ほやほや、後は委員長が来たらみんな揃うんや。ワイも協力すんでっ。」

「ありがとう鈴原・・・。」

同じ水を飲んだ仲間というわけではないが、シンジもヒカリを応援している。そんな中、
レイは先程から何も喋らずジュースを飲んでいた。

「帰るわ。」

その時、オレンジジュースを飲み終えたレイが、すっと立ち上がる。

「どうしたのさ? 綾波?」

「ほやほや、パーティーはこれからやないかぁ。」

シンジやトウジが声を掛けるが、レイは何も言わずに玄関へと歩き出すと、ミサトのマ
ンションを出て行ってしまった。そんなレイを、じっと見送るミサト。

「ほらほら、レイもなにか用事があったのよっ。よーーしっ! 残ったメンバーで盛り
  上がろうっ!」

場の雰囲気を盛り上げようと、ミサトが必要以上に大きな声ではしゃいでみるが、トウ
ジはブスッとした顔でレイの出て行った玄関を眺めている。

「なんやねん、あの女。むなくそ悪いわ。」

「いいじゃないか。」

「えーことあらへんっ! だいたい、あの女がリーダーっつーのが、ワイは気にくわん
  のやっ!」

「トウジぃ。そんなことより、委員長のケーキ食べようよ。」

「ほ、ほうか・・・。ほやな。よっしゃぁ。」

なんとか気を紛らわそうと、シンジがケーキを皿に乗せ目の前に出してきたので、トウ
ジも一先ず機嫌を直してパーティーの続きをやることにした。

「うっしゃっ! 今日は特別にこのミサトさんが、手料理をみんなにご馳走してあげる
  わねんっ!」

ミサトが、場の雰囲気を明るくする為に、精一杯のもてなしをしようと、今思い付いた
名案を、何も考えず直ぐに口に出す。

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

盛り上がり掛けたその場の雰囲気が、一気に凍りついてしまう。

被害を免れたのは、レイだけであった。

<ドイツ支部>

翌日、ネルフ直通の電車に乗って来たティナがゲートまで歩いてきた時、1台の黒いリ
ムジンが目の前に止まった。

「お嬢様。行ってらっしゃいませ。」

「ご苦労様ですわ。」

そのリムジンから出てきたのは、紛れも無くイライザである。その姿を見たティナは、
先輩の自分が歩いて来ているのに・・・と不愉快に顔を歪める。

「あらぁ? さすがはお嬢様。立派な車でいらっしゃるのね。」

「当然で御座いますわ。このわたくしが電車になど、冗談じゃございませんことよ。」

「くっ。」

「毎日、電車になど乗っておられるんですの? どうりで、お足がお太ぉございますこと。」

「なんですってっ! も、もう一度、言って・・・」

「1度言って覚えられない人とは、お話致しませんの。おほほほほほほ。お先にぃ。」

イライザは、ティナの嫌味も怒りも気にする様子を見せず、さっさとゲートを潜って行
く。残されたティナは、怒りも露にイライザの後ろ姿を睨み付けていた。

<シュミレーション用エントリープラグ>

その日の午後、正規のパイロットとしてのイライザの初シュミレーションが行われよう
としていた。

『まずは実力を見たいわ。ティナの指示のに従って、サキエル2体を撃退して頂戴。』

エントリープラグの中でシュミレーション開始を待つイライザの耳に、カーンの指令が
入ってくる。

「わかりましたわ。スタートして頂けますこと?」

『それじゃ、ティナも宜しくね。』

『はい。』

カーンの合図と共にシュミレーションが開始され、イライザは素直にティナの指示に従
って動く。

『敵は分断されたわっ! パレットガン連射っ!』

「パレットガン・・・ですの? ふーん。まぁ・・・宜しいでしょう。」

2人目のチルドレンの初シュミレーションということもあり、ドイツ支部の指令など多
くの首脳部の人間が見ている。ティナも自分の実力の見せ所と、必死で指示を出す。

ズドーーーーン。

わずか2分で、サキエル1体撃破。モニタを見ていた人達の間から喚声が漏れ、指示し
ていたティナも作戦部長であるカーンも得意気だ。

『残るは1体よ。ATフィールドを展開しつつ、接近してっ!』

「わかりましたわ。」

気を良くして強気な指示を出すティナに対し、1つのミスも無く忠実にこなしていくイ
ライザ。そして、その後1分と少しで2体目のサキエルの撃破に成功する。

『見事だ。』
『これで、我が国の戦力も倍増されたわけだな。』

イライザの耳に、首脳部の人間の声が通信を介して入ってくる。皆、今の戦闘を見て満
足気な様子だ。

おめでたい方達ですこと・・・。
正規のチルドレンと言っても、この程度の指示しかできないんですわね。

シュミレーション終了後から、耳にざわざわと入ってくる歓喜の声を、イライザは白け
た顔で耳にしていた。

わたくしより、実力のあるチルドレンと会ってみたいものですわ。
ま、もし、そんなチルドレンがいればですけど・・・おほほほほほほっ!

「宜しいかしら? 作戦部長?」

ニヤリと笑みを浮かべたイライザは、モニタに映る作戦部長のカーンに向かって話し掛
ける。

『何かしら?』

「わたくしの独断でやって宜しいかしら?」

『どうしてなの?』

「だって、ゲームは自分でやってこそ楽しいものでしょ? おほほほほほほ。」

多額な予算を投資して作ったシュミレーションシステムをゲーム扱いするイライザに、
集まっている首脳部への対面もあり、カーンはムっとしてモニタを睨み付ける。

『いいでしょう。もし、今のタイムより早く敵を倒せるの自信があるなら、やってみて
  もいいわ。どう?』

このあたりで、イライザの鼻を折っておく必要があると考えたカーンは、意地悪な顔で
その条件を叩き付けてきた。

「おほほほほ。おやすいご用ですわ。」

『ちっ。良く言ったわ。早く始めてっ!』

イライザに自分の言葉を笑い飛ばされたカーンは、イライラしながらオペレーターにシ
ュミレーションのスタートを命じる。

サキエル2体に3分も掛けるなんて、お笑いですわ。
ラミエルやゼルエルならともかく・・・。
アニー1人でも、そんなに掛かりませんことよ?

まだ、訓練過程に身を置いている後輩3人を思い浮かべる。近い将来、イライザという
強力なリーダーの元、ドイツ支部精鋭四天王の名を欲しいままにすることになる、キャ
ンディー,アニー,ニールであるが、今はまだ水面下の存在であった。

わたくしの華麗な舞い。
とくと、ご覧あそばせ。

シュミレーションスタート。

眼前に先程と同じ様に、密着した形でサキエル2体が映し出される。

イライザは両手にプログナイフを持ち速攻を仕掛けた。

<発令所>

シュミレーション用のエントリープラグから降りてきたティナは、モニタに映し出され
るイライザの特攻をあざけ笑いながら見ていた。

「猪突猛進とはこのことね。」

ティナの言葉を受けるかのように、カーンもこれでイライザの鼻が折れると、ニヤリと
して笑みを浮かべる。

これで、指示が出しやすくなるわ。

2人が特別にイライザを非難したわけではない。この突撃を見ていたほとんどの人間は、
1体のサキエルは倒せたとしても、密接した残りの1体にやられると確信していた。

ズシャーーーー。

眼前に立ち塞がるサキエルに向かって、滑り込むイライザ専用量産型エヴァ。そのあま
りの無謀さに、ティナはバカにして笑い出してしまう。

「アハハハハハハハハ。」

しかし、それから秒針が数針進んだ時、ティナのその顔は笑みから引き攣りへと変わっ
ていた。

ピシッ! ピシッ!

人間技とは思えぬ素早さで、各サキエルのATフィールドを前後時差をつけて中和。
赤い光が、フラッシュの様にピシッ! ピシッ!と、2度モニタを点滅させた。

ズドーーーーーンっ!

そして、次にモニタが映し出したのは、コアにプログナイフを突き立てられた2体のサ
キエルだった。

「さ、作戦終了。16・・・秒?? サキエル2体撃破っ、16秒です!!」

静寂の中、オペレーターの発するシュミレーション終了の報告が司令室に響き、その直
後沸き上がる怒涛の歓声。

「おおおおおおっ!」」
「すばらしいっ!」

今迄訝しげに見ていた首脳部の偉いさん達は、一斉に感嘆の声を上げると、拍手喝采で
その場を立ち上がった。

『ゲームにしての面白味に欠けましたかしら? おほほほほほほ。』

唖然とモニタを見つめるカーンとティナの目に、イライザの顔が映し出される。そのイ
ライザは、他を圧倒する様な目でこちらに視線を送っていた。

『これを、戦闘と言いますのよ? おわかりかしら?』

「ぐっ・・・。」

何も言い返すことのできないティナは、ぐっと拳を握りしめて発令所を出て行く。それ
を見たカーンも、彼女を慰め様とゆっくりと発令所を退室して行った。

「これは・・・。」

そんな中、1人顎鬚に手を当てて今のシュミレーションのリプレイ映像を見ている人物
がいた。その人物が、辺りを見回すと歓喜している人の姿が見える。

「ドイツ支部の為には、彼女を手放してはいけない。なんとしても。」

この人物こそ、イライザの才能を高く評価したことにより、後にドイツ支部作戦部長と
なる現オペレータ。ゲルハルトであった。

<休憩室>

休憩室でティナは、ジュースを片手に持ったまま飲むわけでもなく、俯いてギリギリと
歯ぎしりをしていた。

「ティナ。あなたの作戦は間違っていなかったわ。」

そこへやってきたカーンが、ゆっくりとティナの肩に手を置き、優しく励ましの言葉を
掛けてくる。

「あんなのシュミレーションだからできるのよ。所詮は、お嬢様のお遊びだわ。」

「そ、そう・・・かしら。」

「実戦になれば、あなたの実力の方が上よ。本物の使徒に、あんな無茶できないわ。」

「え、ええ。そう、そうよね。」

この時ティナは、イライザとの決定的な実力の違いに気付き初めていたが、カーンの言
葉とドイツ支部のファーストチルドレンというプライドから、その思いに蓋をする。

「そうですよね。カーンさんが、そう言うんだから、間違いないですよね。」

「勿論よ。」

その時、シュミレーションを終えたイライザが、そんな2人の前を偶然通り掛かった。
カーンは、ティナとの話を止め視線をイライザに向ける。

「あら、イライザ。さすがはお嬢様ね。偉い人への媚び方を良く知ってるわ。」

嫌味をめい一杯込めてカーンが声を掛けるが、イライザは気にする様子もなく、2人の
前に歩み寄り、笑みを浮かべて見下ろす。

「仲がおよろしいですこと。よろしいですわね、傷を舐め会う間柄っていうのも。おほ
  ほほほほほ。」

「なっ!」

ムカッとして立ち上がるカーンを後目に、イライザはスタスタと休憩室を出て行く。こ
の時をもって、カーンとイライザの亀裂は決定的なものとなった。

<郊外>

その日の夕方、イライザは付き人を何人も伴って、デパートへと買い物に来ていた。付
き人とは言っても諜報部員でなく、イライザが個人的に雇っている私兵である。

「あれ? 何かしら?」

デパートの4階に上がってきた所で、洋服売場の一角に人集りができていることに気付
く。

「ちょっと、見て来て下さらないこと?」

普段あまり人のことを気に掛けないイライザだったが、なぜかむしょうに気になり、付
き人にその人混みを見てくる様に指示する。

「アタシの勝手でしょうがっ! アンタにとやかく言われたくないわよっ!」

「子供なら子供らしく、そんな服買うんじゃねぇよっ! エリート振りやがってっ!」

「うっさいわねぇっ! 留年した腹癒せを、アタシに向けないでよねっ! バカ学生っ!」

「なんだと、てめーーーっ!」
「よせよ。たかが、スキップして大学に来ただけのガキじゃないか。相手にすんなって。」

少女と揉めている22,3の男。しかし、その友人らしき人物が、人目を気にする様子
で止めに入ってくる。

「ハンっ! アタシだって、好きで大学なんかに行ってんじゃないわよっ! バカっ!」

その少女は最後に悪態をつくと、買おうと思っていた服をほおり出して、デパートの洋
服売場を後にして行ってしまった。

「ただの喧嘩の様です。あそこにいる男の学生が、エリートと・・・」

その様子を見て来た付き人は、イライザに事の次第を的確に説明する。イライザも、い
つに無く、なぜか興味深そうにその話に聞き入った。

「そう・・・。エリートの悲しさですわね。まぁいいですわ。先を急ぎますわよ。」

このことは、時が経つにつれてイライザの頭から忘れ去られて行く。しかしこの時、出
会うこと無く去った少女は、後に忘れようとしても忘れられない存在となる時が来る。

その少女が再び姿を現した時、彼女は巨大な壁となり、拭いようの無いプレッシャーを
与えて、イライザの眼前に立ちはだかってくることとなる。

彼女こそが、まだ学生に身を甘んじていた、後の真紅のエヴァのパイロット。
イライザにして、生涯最大のライバルと認めさせる程の天才チルドレン。



                            惣流・アスカ・ラングレー。



しかし、この時代を代表する2人の天才少女の時の歯車が、互いに互いを噛み合わせる
迄には、後少しの時を必要としていた。

<ケージ>

それから2週間後、ドイツ支部に本部の碇シンジが、加持に率いられた護衛の諜報部員
50名を伴ってやってきていた。

共同作戦をスムーズに進める為、各国のチルドレン同士の交流を深め様と定期的に開か
れているパーティーに招待されたのだ。

「これが、ドイツの新型だ。」

「少し、今迄のと形が違いますね。」

「あぁ、チルドレンの能力を最大限に引き出せるように、パイロットの特性に合わせて
  エヴァを作る計画がある。これにもその研究の一旦が、組み込まれているんだろう。」

まだ量産型に少し改造を加えた程度の物で、専用エヴァとは呼べる物では無い。既に専
用エヴァの研究に取り掛かっている本部に追いつこうと、試行錯誤している段階だ。

「そう言えば、綾波専用のエヴァ零号機を研究しているってミサトさんが言ってました。」

「まだまだ研究段階みたいだがな。最初からシンジ君用のを作るのには、無理があるん
  だろう。」

そこへ、エントリープラグの調整を行っていたイライザが、ケージの向こうから歩いて
来る。

「あら。本部から来られた方達ですわね。偵察が任務ですの?」

「あっ、ごめん・・・そんなつもりじゃ・・・。」

「君がイライザか? この子が本部のチルドレンのシンジ君だ。」

「そうですの。シンクロ率は、どれくらいなのかしら?」

数ヶ月後、世界を震撼させることとなるカヲルの強襲が勃発する。後に言うエヴァ史上
最大の決戦だ。この戦いで、唯一真っ向から激突したシンジは、世界的に有名になるが、
この当時、本部が情報を公開していないこともあり、その名前は知られていなかった。

「加持さん・・・。」

イライザの質問に、困った顔で加持を見上げるシンジ。そんな彼の前に1歩出た加持は、
おどけた笑いを見せ、イライザに少し近付く。

「うーん。君も後10年したら、俺の彼女にしてやるんだがな。」

「言いたくないなら、それでもいいですわ。わたくしを、驚かす程のシンクロ率とも思
  えませんけど。おほほほほほ。」

イライザは加持の言葉を軽くかわして、ケージを去っていった。後に残された加持は、
頭をポリポリと掻いて視線をシンジに向ける。

「やれやれ、あんな子供に・・・。」

加持は肩を竦めて、自嘲気味に笑いながら照れ紛れにシンジにおどけて見せるのだった。

<発令所>

その夜、パーティーの1時間前となった時、突如使徒来襲の警報が鳴り響いた。パーテ
ィーで浮かれ気分だったスタッフ達は、大慌てで所定の位置に戻って行く。

「まったく。失礼な使徒ですこと。」

イライザもパーティードレスから白い自分用のプラグスーツに着替えると、文句を言い
ながら発令所に上がって来る。

「イライザ、遅いわよ。」

「お急ぎなら、出撃しますわよ?」

「まだ、敵の行動がはっきりしないわ。出撃はもう少し近づいてからよっ。」

「なら、来るのが早過ぎたのですわね。おほほほほほほほほ。」

「くっ。」

何を言ってもいつも言い返されるカーンは、ジロリとイライザを睨みつけたが、最後に
その顔はニヤリと笑っていた。

「敵の進路、やはりドイツ支部へ向かって来ます。」

オペレーターのゲルハルトから報告が入る。それと同時に、カーンからの出撃命令が出
された。

敵はサキエル3体と報告を受けている。さして厄介な敵ではなかった。カーンの作戦で
は、イライザを前衛に出し後方支援にティナとなっている。

<地上>

エヴァで地上に射出されたイライザに、発令所にいるカーンから通信が入ってきた。

『イライザっ! この間のシュミレーションが、実戦でも役に立つことを見せて頂戴っ!』

「おかしいですわね・・・。」

『どうしたのっ?』

「敵は、本当にサキエル3体ですの?』

『えっ・・・そ、そうよ。決まってるでしょ?』

「そう・・・。わかりましたわ。行きますわよっ!」

ソニックグレイブ片手に突撃して行くイライザ。その後方から、ティナが援護射撃を雨
霰の様に打ち込んでくる。

ズガガガガガガガガガ。

援護をしているのか、自分を狙っているのかわからないような、援護射撃がイライザ専
用量産型エヴァの周りに撃ち込まれて来る。

「何をしておられるのっ! 狙いをもっと定めて下さらないことっ!」

『周りが暗くて焦点が定まらないのよっ!』

「最悪ですわね・・・。」

そして、イライザが弾幕を回避しつつサキエルと戦闘を開始した瞬間、流れ弾がソニッ
クグレイブを直撃した。

「なっ! 」

もう、敵は目の前である。丸裸状態で敵の前に立たされた状態になったイライザは、烈
火の如く怒りの声を上げた。

「なんて、援護するんですのっ!」

通信回線に向かって叫ぶが、マイクが故障しオンにならない。その時、ティナからの通
信が入ってきた。

『駄目ですっ! エヴァの調子がおかしいですっ!』

『仕方ないわっ、撤退しなさいっ!』

『はい。』

カーンから指令を受けたティナは、援護を止め撤退して行く。イライザはマイクも無く
武器も無く、敵の真ん中に孤立する形となった。

「はかられましたわね。でも、これくらいの敵・・・はっ!」

イライザがプログナイフを取り出し、迫り来るサキエルと戦闘を開始しようとした時、
地中から突然ラミエル3体が出現した。

出撃の時の違和感は、これでしたのね・・・。

ラミエル3体、サキエル3体に囲まれるイライザ。さすがにラミエル3体に包囲されて
は、対抗しきれない。

かなり・・・まずい状況ですわね・・・。

じりじりと後退しようとするが、既に包囲網の真ん中に位置しており、撤退もままなら
ぬ状態となっていた。

『調子に乗るから、こういうことになるのよ。カーンさんを敵にまわすと、どうなるか
  思い知るがいいわ。あははははははは。』

既にケージへ撤退したティナから、通信を介して勝ち誇った様な声が入ってくる。その
声を聞いたイライザは、苦笑いを浮かべた。

よくこんな通信・・・送ってこれますわね・・・。
わたくしが生還したら、どうするつもりなんですの?

ティナの通信記録は、イライザ専用量産型エヴァのボイスレコーダーに記録されていた。
しかし、その記録も生還できなければ、無に消え去る運命。

<発令所>

その様子を見たゲルハルトは、カーンの襟首を吊るし上げて烈火の如く責め立てていた。

「あんなに近距離にラミエルがいるのに、気付かないわけないだろうっ!」

「レーダーに映ってなかったものは仕方ないでしょっ!」

「そんなわけがあるかっ!」

「ゲルハルトっ! オペレーターの癖に、知った風な口をきくんじゃないのっ!」

「貴様っ! イライザを殺すつもりかっ!」

「まさか。でも、今となっては撤退も危ないわね。」

「くそっ!」

イライザからの通信は、途絶したままである。ゲルハルトは、これ以上ここで何を言っ
ても無駄だと悟り、発令所を走り出て行った。

しぶといわね・・・。

カーンは、一オペレータであるゲルハルトなど無視して、なかなかやられないイライザ
を焦りながら見ていた。

「援護射撃してっ!」

「援護射撃ですかっ!? 今の位置では、アンビリカルケーブルに当たる危険がっ!」

カーンの命令に射撃担当のオペレータが驚いて反論してくる。

「このまま手をこまねいているよりマシでしょっ! さっさとしなさいっ!」

「は、はい・・・。」

援護射撃が開始される。それと同時に、オペレータが危惧した通り、イライザのアンビ
リカルケーブルは、味方の射撃により切断されてしまった。

「あっ! なんてことをするんだっ!」

丁度その時戻ってきたゲルハルトが、その様子を映し出すモニタを見上げて、悲痛な叫
び声を上げる。

「暗がりで、狙いが定まらなかった様ね。仕方無いわ。」

「加持さんっ!」

ゲルハルトは、カーンを睨み付けながら、同行して来て貰った加持に呼び掛ける。

「あぁ、わかってる。ちょっと、ターミナルを貸して貰えるかな?」

「どうぞっ!」

急いで自分のオペレータ席に加持を案内して、マイクを手渡す。それと同時に、加持は
回線を本部に繋いだ。

『あっらぁ、加持じゃないっ。どうしたの?』

通信が繋がった途端、そのモニタには足を組んでコーヒーを飲んでいるミサトの姿が映
し出された。

「よぉ、葛城。このゲルハルトが、頼みたいことがあるらしいんだが? いいか?」

『頼み? 何かしらん?』

「葛城作戦部長っ! 碇シンジ君を貸して下さいっ! うちのチルドレンが危ないんだっ!」

『シンジくんっ!?』

シンジの名前が出た瞬間、ミサトのおどけていた顔が緊迫した物に変わった。

『ちょっと待ちなさい。』

状況がわかったミサトは、シンジのこととなると独断では決められず、即座にゲンドウ
に相談する。

『OKよ。そのかわり、情報採取は一切行わないこと。もし露見したら、ただじゃ済ま
  さないわっ!』

もし、カヲルとの戦いで窮地に陥ったシンジが、偶然暴発してしまったセカンドインパ
クト以降なら、こんな許可は降りなかっただろうが、まだそれ程シンジの能力の隠蔽が
強くなかったことが幸いした。

「わかってますっ。彼は必ず無事に帰しますっ!」

ゲルハルトは、頭を下げてミサトに礼を言った。そんな様子を、今更無駄な足掻きを・・・
といった顔で見つめるカーン。

『無事にって・・・誰を貸すと思ってるのよ・・・。』

ミサトは、聞こえるか聞こえないかわからない程の声で、ぼそりとそれだけ言うと回線
を切った。

「シンジ君。いいぞ。」

それと同時に、ティナのエヴァに乗っていたシンジに出撃命令が出される。

『はい。』

加持が言葉を発した途端、ティナのエヴァに電源が投入された。そんなエヴァを見て、
加持はニヤリとカーンに笑い掛ける。

「おや? 不具合があって撤退したはずだが・・・問題無いみたいだな。」

「・・・・い、一時的な物だったのかしら。それより、コアの違うエヴァなんかに乗っ
  て、あのチルドレン大丈夫なんですか? 戦うどころか、碌に動かせないんじゃ?」

「まぁ、見ていろ。シンジ君、シンクロスタートだ。」

『はい。』

シンジがシンクロをスタートさせる。その途端、辺りのオペレータが悲鳴に近い声を次
々と上げ出した。

「カーンさんっ! シンクログラフがっ! だ、駄目ですっ! 暴走しますっ!!!」

あちこちの計器が振り切れ、シンクロ率がレッドゾーンに突入していく。全ての数値は、
止まる所を知らず急上昇し続け、オペレータはパニックに陥った。

「ほらっ! 見てごらんなさいっ! コアの違うエヴァに乗せたりするからっ! 電源を
  直ぐに切断っ!」

さすがに暴走されてはまずい。カーンも慌てて電源切断の指示を大声で出す・・・が。
その命令を加持は制すると、通信回線に向かいシンジに話し掛けた。

「調子はどうかな?」

『違和感が、やっぱりあります。』

量産型エヴァに乗ったシンジのシンクロ率は、200%強である。今回は、コアが違う
為、その8割くらいで安定する。

「行けるか?」

「160くらいでなら。」

その短い会話を聞いて、カーンを始めとするスタッフ全員が目を剥いた。加持に支援を
要求したゲルハルトですら、自分の目と耳を疑ったくらいだ。

モニタには、シンクロ率160%という理論値をオーバーした値でシンクロしながら、
苦しみもせず平然としているチルドレンの姿が映っている。

「なら出撃だ。俺は缶ジュースでも買って待ってるよ。」

『ジンジャエールがいいです。』

「ははは。わかったよ。」

ドイツ支部のスタッフ達は、狂った様に乱れる計器を前に、シンジが出撃して行く様子
を、声も出せず唖然と見送ることしかできなかった。

<地上>

イライザは、3方を完全にラミエルに囲まれてしまっていた。サキエルと戦いながら、
加粒子砲を交わすのも、既に無理な状態である。

さすがに、このわたくしをもってしても・・・。

サキエルをなんとか1体撃破したものの、イライザの逃げ場は何処にも残っていなかっ
た。

くっ・・・。

3体のラミエルの加粒子砲の光が、イライザを捕らえ輝き始める。

ここまで・・・ですわね。
はっ!

その時、目の前にティナの量産型エヴァが、とても信じられない跳躍を見せて舞い下り
て来た。

「なっ! なんですのっ!?」

『よくがんばったね。』

モニタには先程ケージで会ったシンジの顔が映し出される。

「何をしているんですのっ! 死にますわよっ!」

大声で叫ぶイライザだが、マイクが壊れており、こちらからの通信は聞こえていない様
だ。

なんて、馬鹿なことを・・・。

自分を助けに来たのだろうが、こんな死地に飛び込んで来るなど、みすみす自殺しにき
たようなものだ。シンジの精神を疑わずにいられない。

ズドーーーーン。ズドーーーーン。ズドーーーーン。

ラミエルの加粒子砲が、シンジの乗るエヴァとイライザの乗るエヴァに向けて、発射さ
れる。

「うっ!」

思わず伏せた目を、恐々開けたイライザの瞳には、あのラミエルの強力な加粒子砲を3
方向に展開したATフィールドで、軽々と受け止めているシンジの姿があった。

「なっ! なんなんですのっ!?????」

信じられないと言う様な目で、その光景を眺めるイライザ。

ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。

そして、次の瞬間。ラミエルの強力なATフィールドなどもろともせず、シンジは瞬時
に全ての敵を殲滅してしまった。

なっ!!! なんて人・・・ですの・・・。

目を剥いてその光景を見つめるイライザ。その耳に、優しいシンジの声が入って来る。

『戻れるね。』

「は、はいっ!」

シンジに聞こえないとわかりつつも、つい返事を・・・素直に返事をしてしまうイライ
ザ。

こんな・・・こんなチルドレンもいるんですのね・・・。

自分に対抗しうるチルドレンなど見たことが無かったが、彼にだけは対抗どころか足元
にも及ばないと痛感する。

それでも、シンジに連れられたイライザは、爽やかな気持ちでケージへ戻って行くのだ
った。

<発令所>

イライザが発令所に上がって来ると、カーンは苦虫を噛み潰した様な顔で、迎え入れた。

「無事に帰ってこれて良かったわ。心配してたのよ。」

「こ、このっ!」

しれっと言い放つカーンに、ゲルハルトが食らい付こうとしたが、その前に金色の巻き
毛をふわりと揺さ振りながら、イライザがゆっくりと出て行く。

「手の込んだ演出ですこと。」

「何の事かしら?」

「加持さんでしたかしら? これ、プレゼントですわ。」

とぼけようとするカーンを無視して、イライザは1つのチップを加持に手渡す。

「これは、なんだ?」

「エヴァのボイスレコードですわ。好きにお使いになって。」

「おいおい、どういうことだ?」

「聞けば、おわかりになりますことよ。」

その瞬間、ティナの顔が真っ青になる。

「あらあら、身に覚えがある様ですわね。この娘の声が入っていますの。」

「あ、あなたっ! 何か言ったのっ!」

カーンが慌ててティナに詰め寄ると、ティナは恐くなってしまったのか、泣き出してし
まい一部始終を話始めた。

「ちょっと待ちなさいっ! 何をわけのわからないことをっ!」

焦ってその言葉を止め様とするカーン。

「だって、カーンさんが・・・。イライザを殺すって・・・。わーーーーっ!!!」

それを聞いたドイツ支部の司令は、近くに本部の加持がいる手前、冷や汗を流して焦り
始める。これを口実に、本部が介入してくる事態だけは避けなければならない。

「後のことは頼みますわよ。ゲルハルト。おほほほほほほほほほ。」

そんなことは我関せずと、事後処理をゲルハルトに任せて、悠々と発令所を退出してい
くイライザ。

しかし、事後処理を任せた裏には、イライザの思惑があった。次期作戦部長にゲルハル
トが就任すれば都合が良い。イライザは、その切っ掛けを与えたのだ。

<パーティー会場>

上層部のごたごたとは別に、翌日1日遅れで各国のチルドレンを交えたパーティーが開
かれた。

「シンジ? お宜しいかしら?」

その席上で、シンジが加持と食事をしていると、薔薇の模様をあしらった黄金のドレス
に身を包んだイライザが、ゆっくりと近寄って来る。

「昨日は助けて下さいまして、感謝致しますわ。」

「あぁ。いいよそんなこと。」

「お礼と言ってはなんですけど・・・。」

「そんな、お礼なんて・・・。」

「わたくしの、フィアンセにして差し上げますわ。」

「は、はぁぁぁぁ?????」

それを聞いたシンジは、いきなりのことに目を見開いて驚き、素っ頓狂な声を上げる。
横にいた加持も、目をぱちくりさせた。

「フィ、フィアンセぇ??? い、いいよ。別に・・・。」

「何を照れているんですの? さぁ、ご遠慮なさらずに。」

「か、加持さーんっ!」

助けを求める様な顔で、シンジは加持に泣きつく。

「おいおい・・・まだ、俺は何も食ってないんだが・・・。」

「さぁ、わたくしの家へ参りますわよ。家族に紹介致しますわ。」

「わぁぁぁぁっ! い、いいよっ! 加持さんぁぁん。ねぇ、加持さぁぁんっ!」

「やれやれ・・・。おっと、そろそろ帰る時間だ。そうだよな。シンジ君。」

「そ、そうですよね。もう帰る時間なんですよねっ!」

「あら、おかしいですわねぇ。パーティーは始まったばかりですわよ?」

「よっしっ! シンジ君行くぞっ!」

「はいっ!」

イライザを後に残して、シンジと両手一杯にチキンを持った加持は、碌に食事もせずパ
ーティー会場を走り出て行く。その姿をイライザは、愛おし気な目で見送るのだった。

「そんなに・・・。照れなくてもお宜しいのに・・・。」








1年と数ヶ月後、シンジとアスカの婚約を聞いたイライザは、アニーにこんなことを語
った。

「もし、惣流・アスカ・ラングレーが、わたくしに勝っていることがあるとすれば・・・。」

「はい。」

「理屈や道理を度返ししてでも、行く手を遮る壁を壊してでも、無理矢理捻じり出す最
  後の1歩ですわ。」

アニーは、そんなイライザに聞き返す。

「なら、イライザさんも、そうすればいいじゃないですか?」

イライザは高慢な笑みを浮かべて、アニーを見返した。

「無理ですわ。」

「どうしてです?」

「だって、彼女と違ってわたくしは、気品と優雅さを捨てきれませんもの。」

「は?」

「このわたくしを誰だとお思い?」

イライザは、他の全てを圧倒する様な瞳で、胸を張って立ち上がる。

「このわたくしは、黄金の薔薇を纏うクイーンっ! イライザですわよっ!
  おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーほほほほほほほほほほほほほほ!!!」



イライザ。



財閥の娘であり、高慢で人を見下す癖がある。

プライドが高く、金使いが荒く、派手好みで、欠点の多い少女。



だが、その欠点を補っても余りある程の才能を秘めるチルドレン。

他を寄せ付けぬ力量とリーダーシップを発揮し、ドイツ支部のリーダーを務める。

ドイツ支部が世界No.2を誇示する要となるなど、凡人には真似できないだろう。




イライザ。彼女も、紛れも無くこの時代を代表する天才チルドレンの1人であった。



fin.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
inserted by FC2 system