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マイ ライフ 外伝 02 -Brown Mermaid-
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<研究室>

ネルフ本部。日本の第3新東京市に発見されたジオ・フロントに、世界で最初に設立さ
れたネルフ機関であり、以後次々と設立されるネルフの頂点を維持し続ける最大の組織。

この組織が勢力を維持し続けるのは、単に歴史が長いという理由だけでなく、総司令た
るゲンドウを頂点として、有能な人材が集結していたことも1つの理由に上げられる。

「どうして今になるまで判明しなかったのっ?」

ネルフを支える組織は大きく8つに分かれるが、中でも戦闘レベルで軸となる作戦部,
技術開発部の枢軸に加え、保安諜報部のヘッドとして君臨しているのが、作戦部長ミ
サト,技術部長のリツコ,諜報部長の加持である。

今そのリツコが、研究室に入ってきた技術部の部下に、珍しく声を荒げて叱咤していた。

「あれで力を抑制していたとは、想像もつきませんでしたので。」

「っ!」

舌鼓を打ちながら、目を吊り上げて報告書とカヲル専用に開発していたエヴァ弐号機の
設計図に目を通す。部下は、神妙な顔でただリツコの前に直立不動で立つのみ。

「駄目ね。現時点をもって、弐号機の開発を中止。新しく四号機を基礎設計からやり直
  すわ。」

「初号機と参号機は?」

「初号機は、四号機の開発が軌道に乗るまで一時停止。参号機は、目処が立たないわ。
  弐号機同様、当面は凍結ね。」

シンジとカヲルの専用エヴァを設計開発していた技術部であったが、ここに来てカヲル
の能力に大きな見込み違いが発覚した。

今まではエヴァの能力が付いて来ない為、カヲルが自分の力を抑止していたのが判明。
全力を出した場合、カヲルの特殊能力であるシンクロ変動がミリ秒単位で行えるのだ。

大幅に遅れるわね・・・。
ミサトに、笑われるわ。

この時をもって、初期設計段階のトウジが乗る予定となっていた参号機と、弐号機の開
発は停止する。

この基礎をカヲルに設定された高性能機は、将来再び急ピッチで開発が進められること
になるのだが、今のリツコには四号機の開発しか頭になかった。

<発令所>

リツコが苦いコーヒーを飲んでいる頃、ミサトはあっけらかんと美味しいコーヒーをチ
ルドレン達の前で飲みながら、とある人物を紹介していた。

「喜べー男子ぃっ! 今日からしばらく一緒に訓練することになった、霧島マナさんよ。」

「霧島マナです。戦自でロボットを使って、水中戦の訓練をしています。」

ぺこりと頭を下げるマナをチルドレン達は見つめる。喜べと言われても、真横にヒカリ
がいる手前、トウジは露骨に反応することができるはずもなく、目の色を輝かせたのは
ケンスケだけだった。

「あの戦自が珍しく、水中戦のノウハウを教えてくれるってんだから、みんながんばん
  のよっ!」

当時ネルフ本部のエヴァ部隊は、陸上戦は得意としていたが、水中戦のエキスパートが
おらず、対ガギエル及びサンダルフォンとなると苦戦が強いられていた。

そこに目をつけた戦自は、水中防衛の枠を確保しようと水陸両用ロボットを開発し、パ
イロットを育てていたのだ。

「じゃ、レイ? 霧島さんにネルフを案内してあげて。」

「え?」

ミサトの言葉に、少し驚いた表情で目を開けるレイ。まさか自分にそんな役柄が回って
来るとは思っていなかった様だ。

「私?」

「そうよん。あなたも、たまにはそういうこともした方がいいわ。」

「はい。」

命令を受けたレイは、それ以上特に反論する様子もなく、マナを連れて発令所を退室し
て行く。そのレイの後ろ姿を、じっと見送るミサトの姿があった。

「更衣室。着替える所。」

「へぇ、ここで着替えるんですかぁ。」

「休憩室。休む所。」

「あっ、わたしあのジュース好きっ。」

「エレベータ。移動する物。」

「なんか、レトロなエレベーターね。」

「シャワールーム。汗を流す所。」

「わたし、シャワー大好き。」

ネルフ本部内で部外者が入って良い場所を、淡々と説明していくレイに、マナは1人で
はしゃぎながらその後を付いて行った。

「あっ。ここは何なんです?」

「駄目・・・そこは・・・。」

「えっ!?」

マナが何気なく1つの扉に手を掛けた時、レイは初めて感情らしき焦りの表情をほんの
僅か見せ、扉とマナの間に立ち塞がる。

「ここはコンピュータルーム。部外者は駄目。」

「そう。そうなんだ。ごめんなさい。」

素直に頭を下げて謝ったマナは、直ぐに扉から離れレイの後を付いて行ったが、その視
線はしばらくコンピュータルームの扉に向けられていた。

<トウジの家>

両親のいないトウジとナツミの家に、今日もヒカリは夕食を作りに来ていた。今夜のメ
ニューは、蟹スキである。

「おおっ! ほんまに蟹スキっきゃっ!」

「明日、蟹スキって言ってたでしょ?」

大喜びするトウジに、ヒカリは料理を続けながら微笑み掛ける。

「こらっ! アニキっ! まだヒカリさんが、料理してるでしょうがっ!」

「ほやかて、もう待てへんがなっ。」

「いいわよ。ナツミちゃんも、もう食べて。」

まだキッチンで細々した用事をしているヒカリは、畳の上に置かれた日本風のテーブル
に座るトウジとナツミに声を掛けてくる。

「こりゃ、美味いわっ!」

「何言ってんのよ。ヒカリさんが作ってくれる度に、いつも同じこと言ってるじゃない。」

「ほんま美味いんやて。お前もはよ食えっ!」

そうこうしているうちに料理を終えたヒカリは、蟹スキの材料を半分持って帰り支度を
始めた。次は自分の家で、姉妹の料理を作らなければならない。

「それじゃ、ナツミちゃん。後片付け宜しくね。」

「うん。またね。」

「じゃぁね。」

2人分の食事を作り終えたヒカリは、暗くならないうちにそそくさと家へと帰って行っ
た。トウジの家では、残された兄妹の2人の食事風景が繰り広げられる。

「ほんま、美味いわ。お前も女やったら、これくらい作れなあかんで。」

「ワタシは、そんなタイプじゃないのっ! それより、やっぱりエヴァに乗りたいなぁ。」

「またその話かい。こないだ怪我したとこやろがっ。やめとけ。」

「アニキやヒカリさんだって乗ってるじゃないっ!」

「お前、まだ小5になったばかりやろが。あかんあかん。」

「なんでよっ! ワタシだったら、絶対世界一になってみせるんだから。」

「わははははは。そんな、簡単ちゃうわい。」

「なによっ! 絶対にチルドレンになるんだからっ! チルドレンになったら、アニキに
  教えて貰うんだからっ!」

「わかったわかった。それより、早よ食わんかい。」

この時トウジは、妹が気まぐれで言っている程度にしか思っていなかった。いや、むし
ろ妹への愛情からか、危険なエヴァに乗る才能を否定したかったのかもしれない。

しかし、後にナツミの持つたぐいまれ無い才能は、まだ見ぬ別の人物によって大きく開
花されることとなる。

<ネルフ本部>

翌日。暫定的に開発されたマナ用のシュミレーションプラグに乗ったマナは、シンジ,
カヲルを除くチルドレン達と、対ガギエルの模擬線を行っていた。

「鈴原さん? 水中では武器の威力が弱まるから、もっと引き付けて下さい。」

『ほないなこと言うたかて・・・。あぁっ! 思う様に動かんがなっ!』

「駄目ですよぉ。そんな、無理やり動かしても。」

『でけへんもんはでけへんのやっ! しゃーないやないかっ!』

地上では高速移動を得意とするトウジだけに、自分の利点を全て否定される水中戦は、
嫌で仕方が無かったが、これも訓練なので我慢してやるしかない。

「あっ。洞木さん。駄目よ。その距離から援護射撃しても、弾のスピードが遅くなるか
  ら逃げられるわ。」

『そ、そうね。ごめんなさい。』

「遠距離からするときは、敵の進路を予測して弾幕を張るの。」

『わかったわ。』

今まで自分が学んできたノウハウを、次々と教えていくマナだったが、やはり経験が違
う為か、群を抜いているレイ以外なかなか物になりそうになかった。
マナもちょっと見ただけで、直ぐに真似できるなどと思っておらず根気強く教えていく。

「ミサト? いいかしら?」

「なに?」

チルドレンの訓練の様子を見ながら、陽気にコーヒーを飲んでいたミサトの側に、デー
タを印刷した資料を持ってリツコが近寄ってくる。

「彼女、シンクロ率11%よ。即席コアで。」

「ええ。わたしも考えてたのよ。あの水中戦のノウハウだけでも、欲しいわ。」

「加持君・・・なんとかならない?」

「さすがにね。戦自の唯一のパイロットでしょ? あまり圧力掛けるのもねぇ。」

「そうね・・・。」

ミサトとリツコは、その後もおあずけを食らった犬の様な目で、シュミレーションをす
るマナの姿を見つめ続けるのだった。

「どうだった? 霧島さん。初めてのシュミレーションプラグは?」

「LCLはびっくりしましたけど、ロボットより動きやすいですね。」

「そりゃレバーやペダルと、シンクロじゃ違うわ。」

模擬線が終わり、発令所に上がって来たチルドレン達を前に、ゲストという立場である
マナに労いの言葉を掛けるミサト。

「じゃ、霧島さん。お疲れさま。マヤ。霧島さんに、お昼ご飯出してあげて?」

「はい。」

ゲストであり部外者という立場のマナを、マヤと共に送り出した後、ミサトはチルドレ
ン達に視線を向け直す。

「鈴原くん・・・。苦手なのはわかるけど、もうちょっとがんばってくれないと・・・。」

「わかっとりますけど、動けんのですわ。」

「その為の訓練でしょ。ガギエルやサンダルフォンが出る度に、苦戦してるわけにいか
  ないのよ。」

「ほれやったら、もうちょっとよう動けるように、W型装備の出力上げれまへんか?」

「速く動けたらいいってもんじゃないでしょ。液体の中ではそれなりの動き方を身につ
  けて欲しいのよ。」

「はぁ。ほでも、やっぱ苦手やなぁ・・・。」

「せっかくの機会だから、もう少しがんばって。じゃ、解散。」

今の本部の体制ではレイの指揮の元、最前線として最も期待の掛かるのがトウジ。その
トウジが水中に入った途端、ケンスケやヒカリと肩を並べるまでパワーダウンしてしま
うのが悩みの種だった。

やっぱり・・・あの娘欲しいわね・・・。

<廊下>

「あのロボット見たかい?」

廊下を歩きながら、シンジに話し掛けるカヲル。

「あの娘のシュミレーション結果も見たけど・・・勿体無いよ。」

「そうさ。シャンプーを持って、プールに行く様なものさ。」

「カヲルくんが何を言っているのか、ぼくにはわからないよ・・・。」

「そうかい?」

シンジとカヲルは、特にマナとの訓練に参加する必要も無い為、ネルフの銭湯に行こう
と廊下を歩いている。

「ん?」

丁度その時、廊下の向こうにあるオペレーター用のコンピュータールームから、マナが
出てくるのが見える。思わず陰に身を隠すシンジとカヲル。

「さぁ、どうするんだい?」

「うーん。とにかく銭湯に行こうよ。」

「いい考えだね。」

マナが通り過ぎたことを確認したシンジとカヲルは、その後何事も無かったかの様に銭
湯へと向かって行ったのだった。

<ゲート前>

人目を気にしながらネルフから出たマナは、携帯電話を取り出し物陰に隠れて電話をし
ていた。

「言われたアクセスキーでは無理でした。」

『そうか。エヴァには乗ったか?』

「いえ。シュミレーション用のプラグだけです。」

『それだけでも、成果か・・・。』

「はい・・・。」

『また、新たなアクセスキーを送る。ATフィールドの情報を少しでも入手したらすぐ
  撤退したまえ。』

「はい。」

電話を切ったマナは、再びネルフ本部へと入って行く。その表情は、堅い決意に満ちた
物だった。

お父さん、お母さん。
わたしが、楽させてあげるからね。

マナの父親は大企業の役員を務めていた。しかし先日、リストラの対象となり、買った
ばかりの家のローンを残したまま収入が途絶えてしまった。

そんな時、戦自で訓練を積んでいたマナに、ネルフ潜入の話があった。ロボットにもA
Tフィールドがあれば、ネルフに対抗できると考えていた戦自首脳は、マナの家庭の危
機を利用しスパイ行為を計画した。

成功すれば、家のローンを肩代わりするという約束の元で。
ただし、失敗した時は全てマナ個人が責任を取るという契約を交わして。

<休憩室>

一通りの訓練が終わったレイは、1人休憩室でジュースを飲んでいた。トウジ,ヒカリ,
ケンスケは既に帰宅しており、残っているのは自分だけである。

鈴原君に水中戦は無理。
洞木さんはバックアップ。
やっぱり、相田君に・・・。

ケンスケは目立った特徴は無いが、逆に決定的な欠陥もない。オールマイティにそつな
くこなすパイロットだ。

相田君を、前面にして私が中央に・・・。

頭の中で様々な状況を想定しシュミレーションするレイだが、どうしても不安が残る。
自分が前に出れればいいが、それをすると特に水中では指揮が取りにくい。

水中専門のチルドレン。
できることなら、リーダーがもう1人。

水中を得意とするパイロット候補は既に近くに存在していたが、もう1つのレイの希望
が叶うのは、まだまだ先のこととなる。

「どうしたんだい?」

「なんでもないわ。」

思い悩むレイの側を銭湯から戻って来たカヲルが通り掛かった。1度顔を上げたレイだ
ったが、その赤い瞳を再び下に落としてジュースを飲み始める。

「みんなもう帰ったよ。どうしてまだ残ってるんだい?」

「あなたは?」

「銭湯に行ってたからね。」

「そう・・・。」

「じゃ、帰るよ。」

「ええ。」

カヲルは、ニコリと微笑み掛けるとレイの前を通り過ぎて行く。そして、休憩室を出よ
うかという時、微笑を浮かべて軽く振り返った。

「コンピュータールームに、行ってみればいいさ。」

「え?」

意味が良くわからないという顔で見つめ返すレイを残し、カヲルはそのまま休憩室を退
室して行くのだった。

<コンピュータルーム>

部屋の電気もつけず、コンピュータにアクセス記録を残さない様、マナはコンソールを
操作していた。

見つけたわ。
コア・・・。
このデータを持って帰れば。

一通りのデータを抜き出したマナは、記録したディスクをスカートのポケットに押し込
み携帯電話を取る。

「成功しました。」

『では、タイミングを見計らって帰還せよ。』

「本当に、お父さんの借金を肩代わりしてくれるんですね?」

『それくらい大丈夫だ。だが、失敗した時はわかっているな。』

「はい。」

携帯電話を切り、コンソールのまわりを全て元に戻したマナは、人目をはばかりながら
コンピュータールームを出て行く。

お父さん・・・。

そんな彼女の様子の一部始終を見つめる赤い2つの瞳が、暗いコンピュータルームの陰
で、静かに床を見つめていた。

<シュミレーションルーム>

翌日、今日もまたマナの指揮の元、水中戦の訓練が繰り返されていた。レイは、ケンス
ケを前面に出して訓練を続けるが、いまいち上手くいかない。

「相田くん。無理に動こうとしちゃ駄目よ。」

『あぁ。わかってるんだけどな。』

マナの指示の元ケンスケもがんばるが、やはりフォワードとなるとケンスケには荷が少
し重い所がある。かといって、他に人材がいない。

「あっ、駄目駄目。」

『わっ!』

近づいてきたガギエルに近接戦闘を仕掛け様としたケンスケだが、体の動きが遅く逆に
はじき飛ばされてしまった。

「いい? こうするの?」

マナがお手本を見せ様と、ガギエルとの近接戦闘を繰り広げる。そんな様子をレイは、
じっと見つめていた。

『霧島さん?』

「あっ、なんですか?」

『一度、霧島さんがフォワードでシュミレーションしてみていいかしら?』

「え? わ、わたしが? はい・・・いいですけど。」

『葛城三佐。いいですか?』

『面白いじゃない。やってみて。』

レイの提案に、ミサトもかなり乗り気である。まだシュミレーションの途中であったが、
一旦中断され、ガギエルの配置を変えて再スタートとなった。

「始めるわ。」

『はい。』

フォワードにマナ。少し後ろにレイ,ケンスケと並び。バックアップにトウジ,ヒカリ
の配置で、対するガギエルは7体。普段なら苦戦する状況である。

ゴーーーーー。

ガギエル7体が一直線にエヴァ部隊に突っ込んで来る。その状況を見たレイは、トウジ
とヒカリを左右に回り込ませ、弾幕を張りつつ集中砲火させる。

「相田君っ! 霧島さんに近づくガギエルの阻止っ! 私が右からっ! 霧島さんは左!」

『はいっ!』
『わかった。』

ATフィールドで対抗しながら、突撃して来るガギエルに対抗するレイ。左翼では、マ
ナが水中を自在に動き回り来る敵来る敵を粉砕している。

「鈴原君っ! 洞木さんっ! 包囲網をしぼってっ。ガギエルを中央にっ!」

『おうっ!』
『はいっ!』

ガギエル7体という大群であったが、集結を阻止するケンスケと、誘い込むトウジとヒ
カリ。普段ならここで戦闘に集中しなければならないレイも、マナのおかげで指揮に余
裕ができ、難なく敵を撃退するに至った。

やっぱり霧島さんが。
でも、霧島さんには・・・。
引き止めては駄目。
・・・・・・・・。
ううん・・・戦自はそんなに甘くないわ。
引き止めた方がいいの?

シュミレーションが終了した後、レイはLCL中に肺から浮かび上がる気泡を浮かべ、
目を閉じしばらく想いにふけるのだった。

<銭湯>

その日の午後、レイは男湯の前に立っていた。銭湯から上がって来たシンジとカヲルは、
その姿を見付け歩み寄る。

「どうしたの?」

「ええ。」

いつものレイらしからぬ様子に、シンジが声を掛ける。レイは何か言いたそうだが、上
手く言葉にできない様だ。

「霧島さんのことかい?」

「ええ。」

そんなレイに、カヲルが助け船を出した。

「僕でいいかい?」

「ええ。」

「じゃ、頼むよカヲルくん。」

シンジがレイのことをカヲルに任せて去った後、2人はしばらく休憩室で話をするのだ
った。

<発令所>

それからしばらくして、チルドレン達に召集が掛かった。シンジとカヲル以外のチルド
レンと、マナが発令所に上がって来る。

「みんな。訓練の直ぐ後で悪いけど、使徒が来たわ。出撃して頂戴。敵は、マトリエル
  3体よ。」

「「「「了解。」」」」

「それから。不振なコンピュータへのアクセスが発見されたの。スパイの可能性もある
  から、気をつけるように。今調査してるから、直ぐにわかると思うけどねん。」

ミサトはそれだけ言うと、出撃していくチルドレン達を見送る。そんな中、1人残され
たマナは、足の震えが止まらなくなり恐怖に顔を引き攣らせていた。

どうして?
どうして、ばれたの?
逃げなくちゃ・・・。
今なら、使徒が来てるから・・・。

思うが早いか、マナは格納庫の自分のロボットに向かって走り出していた。

<格納庫>

格納庫に辿り着いたマナは、ロボットにエネルギーを充填させると、戦自に向かって発
進しようとしていた。そこへ、ミサトからの通信が入ってくる。

『霧島さんっ! 何してるの? 使徒が来てるのよっ!?』

「はいっ。わたしも戦自に戻って戦います。」

『何言ってるのっ!? そんなロボットで、しかも陸上戦で戦えるわけないでしょっ!』

これ以上ミサトと話をしていると、発進を阻止されかねないと恐怖したマナは、通信を
切り無理矢理ロボットを起動させる。既にマトリエルは直ぐ側まで来ていた。

わたしが、スパイなんかになったら、・・・。
せっかく、お父さんやお母さんに楽させてあげれるのに。

<地上>

ジェットエンジンを全開にして、第3新東京市を飛行するマナは、通信回線を開き戦自
に繋いだ。

「今から戻ります。」

『なんだと? 使徒が来てるんだぞっ!」

「スパイ行為がばれそうになったので、撤退しました。」

『なっ!』

「使徒が来てる今なら、脱出できますっ!」

『そうか。今回のことはお前が勝手にしたことだ。自分で責任を取りたまえ。』

「えっ?」

『我々は、一切関知せん。』

ネルフの報復を恐怖した戦自の幹部は、スパイ行為が公になったことを知るや、即座に
マナを切り離し。自らを守る体制に入った。

そ、そんな・・・。
そんなのって・・・。

使徒の迫る第3新東京市に出たマナは、戻る所も失いネルフからも追われる立場となり、
唖然としてその場にロボットを停止させる。

お父さんごめんなさい。
お母さんごめんなさい。
やっぱり、こんなことするんじゃなかった・・・。

ネルフから盗み出したディスクを手に取り、涙を流す。そんなマナの前方から、マトリ
エルが3体迫って来ていた。

とにかく、逃げなくちゃ。

元々水中戦用に開発されたロボットである。まともに戦えるはずもない。

ゴーーーーーー。

エンジン全開で離脱しようとするマナ。しかし、ロボットを捕捉した使徒が、一斉にマ
ナに襲い掛かって来た。

「キャーーーー。」

蜘蛛の様な足が次から次へとマナに襲い掛かる。いくら攻撃しても、敵にはATフィー
ルドがあり、全く効果が無い。

わたしが、あんなことしたらか・・・。

「くぅぅぅ・・・。」

家族の為に何もしてあげることができないばかりか、犯罪者となってしまったマナは、
悔し涙を流しつつ、溶解液で溶かされるロボットのコックピットで泣き崩れるのだった。

<零号機エントリープラグ>

その頃レイは焦っていた。使徒が来るであろうと想定していた場所で待ち構えていたの
だが、遥か前方でマナが交戦体勢に入ってしまったのだ。

まさか、こんなことになるなんてっ。
無理矢理にでも引き止めておくべきだった・・・。

「みんなっ! ケーブルパージっ! 霧島さん救出最優先っ!」

世界初の専用エヴァに乗るレイだったが、まだS2機関は搭載されていない。それでも、
状況が状況であるため、命綱とも言えるアンビリカルケーブルを切り離し、全力でマト
リエルへ向かう。

「私と鈴原君が先行っ! 後はバックアップとして合流っ!」

「「了解」」

「うっしゃ。これを待っとったんやっ!」

機動戦となると、トウジはチルドレン切っての力を持つ。最近、水中戦の訓練ばかりで
イライラしていたトウジは、目を輝かせエヴァを走らせた。

『うっしゃっ! 捕捉したでっ!』

ヒカリとケンスケを遠く引き離しトウジが辿り着いた時には、既にマナのロボットはボ
ロボロになっており、マトリエルの溶解液で溶かされていた。

「私が霧島さんを救出。鈴原君は残り2体をっ! すぐ洞木さんと相田君も来るわ。」

『まかせときっ!』

「霧島さんっ!」

マナに襲い掛かっていたマトリエルと正面衝突したレイは、敵の1体を攻撃しつつマナ
を救出する。

その後ヒカリ,ケンスケと合流し、マトリエルを粉砕したレイは、エントリープラグを
駆け下り、ロボットのハッチを開けてマナを救出した。

「霧島さんっ!?」

コックピットの中を覗き込むと、怪我は無い様だが俯いて言葉も出さずにがっくりして
いるマナの姿がある。

「霧島さん?」

「・・・・・・。」

「大丈夫みたいね。」

「・・・・・・。」

「一度、戻りましょ。」

「・・・・・・。」

「どうしたの? 戻るわ。」

「・・・・・・はい。」

神妙な顔で立ち上がったマナは、レイに促されてコックピットから出ようとする。その
時、シートの上に転がるディスクに気付くレイ。

「霧島さん?」

「はい。」

「あれ・・・いいの?」

「えっ?」

その言葉に真っ青になったマナは、即是にディスクを隠す様にポケットに入れ、足をガ
タガタ振るわせながらコックピットから出て来る。

「あの・・・。」

「なに?」

「知ってたんですか?」

「ええ。」

「どうして、言わなかったんですか?」

「言ったわ。」

「え?」

「あの後。葛城三佐に。」

「そうですか・・・。」

一瞬レイが見逃してくれるのではないかと、微かな期待をしたマナだったが、観念して
迎えに来たネルフの車の後部座席にトウジとペアで乗り込んで行った。

<車>

車の後部座席に神妙な顔をして小さくなって座るマナの横で、トウジは両手両足を大き
く広げてふんぞり返っていた。

「お前も無茶するやっちゃなぁ。」

「・・・・・・。」

「ワイはなぁ、命を粗末にする奴が大嫌いなんやっ!」

「・・・・・・。」

「ほれに、コソコソする奴もスカンっ!」

「・・・・・・。」

「ほやけどな。ほやけど・・・もし、ワイが妹の為に何かせなあかん様なったら、同じ
  ことするかもしれんなぁ。」

「えっ?」

「まったく、しゃーないこっちゃでぇ。こればっかりはなぁ。わははははは。」

「・・・・・・。」

マナはトウジの言っていることの意味がわかったようなわからないような顔をしながら、
別の車に乗ったレイ達と一緒にネルフ本部へ帰って行った。

<ネルフ本部>

帰還したチルドレン達は、今回の戦況報告を受けに発令所に上がって来ていた。そんな
中、ガタガタと震えながらマナはじっとしている。

「お帰りなさい。霧島さん。」

「・・・・・・。」

「戦自から連絡があったわ。あなたを除名するって。」

「・・・・・・。」

「さてっ。」

チルドレン達に囲まれるマナを腕組みをして見下ろすミサト。マナの目の焦点は定まっ
ておらず、歯が恐怖にガチガチと鳴っていた。

「あの・・・すみませんでした。わ、わたしには、家族が・・・。」

思いきって言葉を出すマナだが、ミサトは聞いているのか聞いていないのかわからない
様な雰囲気で、視線を全く違う所へ移して喋り出す。

「それがねぇ、よくわかんないのよねぇ。戦自が言うには、スパイとかなんとか・・・。
  何のことかしら?」

「えっ?」

ミサトの言葉に驚いて顔をあげるマナ。わからないはずがないのだ。

「霧島さん? あなた、スパイでも命じられてたの?」

「え・・・すみません。」

「そう・・・それなら、話がわかるわ。」

ウンウンと頷きながら、腕を組むミサト。

「本当にすみません。わたしが勝手にしたんです。お父さんや、お母さんはっ。」

「ん? 何をしたの?」

「これを・・・。」

せめて家族にだけは被害が及んで欲しくないマナは、観念した様にポケットからディス
クを差し出す。

「ふーん。」

ミサトはそのディスクを受け取ると、そのままゴミ箱に投げ捨てた。

「あっ!」

「こんなダミーデータなんかどうでもいいわ。もっと重要なデータ盗んだんでしょ?
  何したの?」

「え?」

「スパイ行為は、何したの?」

「ダミ・・・って・・・。いえ・・・なにも・・・。」

「そ。ならいいわ。じゃ、みんなもご苦労様。解散っ!」

ミサトはそれだけ言うと、全員を解散させて退室してしまった。マナはどうしたらいい
のかわからず、その場に呆然と立ち尽くす。

「霧島さん。行きましょ。」

そんなマナに声を掛けるレイ。

「レイさん・・・わたし。」

「ちょっと、話したいことがあるの。」

「はい・・・。」

その後、マナはレイにチルドレンになることを薦められ、ミサトも交えた話し合いの結
果シンクロの訓練を受けた後、正式にネルフに所属することが決定した。

後にマナの功績を見た戦自の首脳部は、逃がした魚が大きかったことを実感することに
なる。

                        :
                        :
                        :

その日の夕刻。今度はシンジやカヲルも交えたチルドレン全員の前で、マナが改めて紹
介された。

「霧島マナです。迷惑を掛けました。それから・・・これから宜しくお願いします。」

「霧島さんは、1ヶ月の訓練で正式なチルドレンになるわ。その間にエヴァも用意しと
  くわね。」

ミサトの言葉を聞き、笑顔でマナを迎え入れるチルドレン達。

「これで、水中戦も完璧やで。」

「毎日水中戦の訓練もできるしね。」

「えっ・・・。」

水中戦の訓練から解放されて喜んでいたトウジに、シンジの突っ込みが入る。そんな和
やかな雰囲気の中、マナは少し笑顔を浮かべて佇む。

わたしの水中戦の力が、自分を助けたのね・・・。
これでお父さんやお母さんに、迷惑かけなくて済むわ。

マナの紹介も終わり、解散するチルドレン達。マナもそれに伴ない発令所を出て行こう
とした時、カヲルがそっと呼び止めてきた。

「レイにお礼を言っとくといいさ。」

「え?」

「なにも言わないけど、かなり悩んでたからね。」

「レイさんが? え?」

「そうさ。君を引き留めた方がいいのか、帰した方がいいのかをね。」

「わたしを・・・。」

「レイには両親がいないからね。なんとかしてあげたかったのさ。」

「・・・・・・。」

「君がチルドレンになるように説得するという条件で、スパイ行為を黙認して欲しい。
  そう、ミサトさんを説得してくれたのさ。」

カヲルは小さい声でそう言うと、マナの横を通り過ぎ発令所を出て行った。その後ろ姿
を見ながら、マナは心を締め付けられる。

わたしの為に。
それなのに・・・わたしは・・・。
自分が恥ずかしい・・・。

マナはそのまま廊下を歩くレイの後を追いかけて行く。

「レイさんっ!」

「なに?」

マナに呼びとめられて、振り向くレイ。

「ありがとうっ! レイさんっ! ありがとうございましたっ!」

「そう。」

それだけ言うと、またレイは振り向いて更衣室へ向かって行く。しかし、その無表情な
レイにマナは戦自では感じたことの無かった暖かい物を感じていた。

わたし・・・レイさんに付いて行こう。
レイさんに付いて行けば、きっと大丈夫っ!
ありがとう・・・。

この時を持って、マナのレイに対する信頼は絶対的な物となり、またこれがマナの人生
に日の光が当たり始めた転機でもあった。

ネルフ本部。

この組織が勢力を維持し続けるのは、単に歴史が長いという理由だけでなく、総司令た
るゲンドウを頂点として、有能な人材が集結していたことも1つの理由に上げられる。

そして今またここに、新たに強力な仲間を得るに至った。

同じ様に数日前まで、優秀なパイロットであるマナを有していた戦自はなぜ手放してし
まったのか。

それは、”少女の心”と”組織”を天秤に掛けた時、その傾き方が僅かに双方で違った
のだろう。

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2週間後。

元々戦闘訓練を受けていたマナは、シンクロ率だけ上げれば良かった為、予定の半分で
訓練過程を終え、正式なチルドレンとなった。

そして、今まさにできたばかりの量産型マナ用エヴァンゲリオンに乗り、初の水中戦を
行おうとしている。

『霧島さんっ! 初陣が水中戦よっ! がんばってっ!』

発進直後にミサトからの命令が入ってくる。今回の出撃は、レイ,マナ,ケンスケ。敵
はガギエル4体。

「はいっ!」

ロボットに比べると、シンクロするエヴァは遥かにスムーズに動く。レイの指揮の元、
恩返しとばかりに気合いを入れて出撃していくマナ。

『相田君は、私に続いて。霧島さんは、バックアップ。』

思い掛けない指示がレイから飛びこんで来た。陸上戦ならともかく水中戦なのだ。自分
がフォワードに行くはずである。

「わたしが、フォワードじゃないんですかっ?」

『まだ駄目。』

「どうしてですか? 初陣だからですか? それならっ。」

『違うわ。もう少しリラックスしてからお願いするわ。相田君、来たわ!」

『おうっ!』

リラックス・・・。

レイに言われ改めて自分を見つめ直すと、恩返ししようと気が焦っている自分を発見する。

レイさん・・・。
そうね。
焦る必要なんてないわ。

「了解っ!」

その後、バックアップではあるものの、水の中を自在に動きながらレイとケンスケをバ
ックアップするマナ。

レイはモニタに映し出される、マーメイドの様に舞うエヴァを優しい目で見守りながら、
新しいチルドレンの初陣を完璧な勝利で飾るのだった。

fin.
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