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ジェネレーション
Episode 05 -さよなら そして-
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<応接室>

応接室に通されたシンジとアスカは、ソファーに座って待っていた。アスカにとっては
勿論のこと、シンジにとっても見たこともない設備の整った場所で勝手がわからない。

「シンジ、なんか怖い。」

「大丈夫だよ。父さんが何とかって言ってたし。」

「うん・・・。」

シンジの暮らしていた2015年でもおっかなびっくりのアスカだったのだ。ここまで
科学的な空間に入れられては対応できるはずもない。

「シンジのお屋敷に帰りたい・・・。」

「悪意があるみたいじゃないから、すぐ帰してくれるよ。」

「ほんと?」

「うん。僕達の用事が終わったら帰れると思うよ。」

アスカは何もかもが怖い様で、ここへ来てからというものシンジの腕にしがみ付いて離
そうとしない。

カシュッ。

「ひゃっ!」

エアの抜ける音がして扉が開き、金髪の女性が入ってくる。その音に驚いたアスカの腕
に、ぎゅっと力が入る。

「待たせたわね。私は赤木リツコと言います。」

「はい。」

応接室に入って来た白衣を着た女性は、簡単に自己紹介をすると、シンジ達と対面する
形でソファーに座った。

「こんな形で呼び寄せて、驚いたでしょ?」

「はぁ。」

「ごめんなさいね。でも、私達にも時間が無いの。」

「あの・・・ぼくが過去に行ったりしたのは、みんな?」

「ええ。私が操作したのよ。」

「そんなことができるんですか?」

「できるわ。元はあなたのお母さんの研究でね。」

「えっ? 母さんっ?」

「ええ。まだ、タイムトラベルまでは進んでなかったけど、あなたのお母さんが確立さ
  れたディラックの海の技術の応用なの。」

「なんです? それ?」

「虚数空間。空間と時間は同列の物。つまり、虚数空間の技術を応用することにより、
  虚数の時間を導き・・・」

「????????????????????????」

シンジ聞く気も無し。

「とにかく・・・まぁそういうことで、話を進めていいかしら?」

「はい。」

技術的な説明を諦めたリツコは、まずシンジの時代から今に至るまでのネルフの経緯を
説明した。それに続き、今まさに使徒が襲い掛かって来ているという事実を説明する。

「じゃぁ父さんは、その使徒と戦う為にこのネルフを作ったんですか?」

「ええ。予想では、2015年に接触するはずだったんだけど、死海文書の解読ミスで
  100年時期がずれてたのね。」

「そうだったんですか。」

「今はあなたの孫が、総司令をしているわ。」

「えっ? ぼ、ぼくのっ?」

「じゃ、じゃぁ、ぼくはっ?」

「あなたの未来については、これ以上言えないわ。自分で作るものでしょ。」

「そうですか。じゃ、孫にも会えないんですか?」

「いいえ。会うくらいはかまわないけど、今はここにおられません。」

「そうなんですか・・・。」

「そのかわり、ひ孫になら会えるわ。」

「本当ですかっ!?」

「ええ。というより、もう会ったはずよ。」

「えっ? あっっ! まさかあの娘。」

そう言われて始めて、先程会った娘が自分の母親に似ていたことに気付く。髪の色など
が違うものの、まさに母親を若くした感じの娘だった。

「だいたいのことはわかりましたけど、ぼく達はどうしてこの時代に呼ばれたんですか?」

「エヴァンゲリオンという人造人間のパイロットをして貰うわ。」

「パイロット?」

「エヴァに乗れる人間は限られてるの。それで・・・」

エヴァは3体あり、零号機には先程の少女が乗る。だが、今度の敵はそれでは勝てない
為、残りのエヴァに乗れるパイロットを歴史の中から呼び寄せることになった。

本来なら、直接アスカを呼び寄せるべきだったのだが、時空の流れの問題でどうしても
シンジを中継しなければならなかったというのだ。

「じゃ、ぼくとアスカが、そのエヴァというのに乗るんですか?」

「ええ。あなたもエヴァに乗れるけど、別にどっちでもいいわ。」

「え?」

「欲しいのは、惣流・アスカ・ラングレーの力よ。あなたも、暇なら乗ってくれてもい
  いわ。」

なんだよそれ。
ぼくは、ただの伝書鳩かよ・・・。

ふてくされるシンジだったが、それはともかく一通りの説明も終わり、その後再びやっ
てきたレイとカヲルによって2人はケージへと案内された。

<ケージ>

ケージへ連れられて来たシンジとアスカは、目の前に聳え立つ巨大なエヴァを見て目を
見開いた。

「こ、こんなのに、乗るのかよ・・・。」

「シ、シンジっ!」

シンジが唖然としていると、エヴァを見上げていたアスカが大声を上げた。

「鬼よっ!」

「は?」

「これはっ! 赤鬼と青鬼だわっ! きっとそうよっ!」

「違うと・・・思う・・・。」

赤い弐号機と青い零号機を見て鬼と勘違いしたアスカが大騒ぎしたが、シンジの心境は
もっと深刻だった。

「鬼じゃないわ。これが弐号機。ひいおばあさんのエヴァ。」

弐号機を指差し、そう言いながら見つめてくるレイに、ムッとなるアスカ。

「ダレが、おばあさんよっ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。君がぼくのひ孫で、アスカがひいおばあさんってことは・・・。
  ぼくとアスカが、結婚するのっ?」

「駄目。それは言っては駄目。秘密。」

「・・・・・・。」

言ったのと同じじゃないか。
やっぱり、母さんの子孫だよ。
間違いないよ。
絶対!

「さぁ、シンジ君。ハーモニクステストってのを、しなけりゃいけないんだ。」

「君も、ぼくの子孫なの?」

「そうさ。ぼくはカヲル。渚カヲル。レイとはちょっと違う流れの子孫さ。」

「そうなんだ・・・。」

ビーーービーーーー。

その時、ネルフ本部に警報が鳴り響いた。それと同時に、先程の白衣を来た赤木リツコ
という科学者が走ってくる。

「使徒よっ! 予想よりかなり早いわっ!」

「私は・・・。」

「零号機は、まだ片腕が修理できてないわ。惣流・アスカ・ラングレーさん。出撃して
  貰えるかしら?」

「出撃?」

「そんなのっ! 見たことも聞いたことも無いのに、いきなり無理ですよっ!」

突然の出撃に、シンジはアスカを守るようにリツコとの間に立ち塞がる。

「シンジ・・・なんなの? 怖いわ。」

シンジ達が話していることも、周りの状況も何がなんだかさっぱりわからないアスカは、
先程から怖そうにしっかりとシンジの腕にしがみ付いている。

「大丈夫。そんなことさせないよ。」

「でも、時間が無いの。お願いだから、出撃してくれないかしら?」

「駄目です。無理ですよ。」

「ねぇ、シンジぃ。出撃ってなに?」

「うーん。戦に行くってことだよ。そんなの、いきなり無茶苦茶だよ。」

ギラリ。

それまで怖がっていたアスカだったが、”戦”という言葉を聞いた途端、急に青い瞳に
輝きが増した。

「戦なのっ!?」

「そうだよ。そんなのいきなり無理ですよっ!」

いきなり戦えと言われてもできるわけがないと、抗議していたシンジだったが、そんな
シンジの言葉など無視してぐいと体を前に出してくるアスカ。

「なに言ってんのよっ!」

「へっ?」

「いざ鎌倉よっ! ぐずぐずしてらんないわっ!」

「ちょ、ちょっとアスカ・・・。」

「鬨の声よっ!」

「あ、あの・・・。だから、急に言われても、ね。アスカ。」

シンジは必死で止めようとするが、こうなってしまっては押えが効かない。

「鎧を持てーーーっ! 馬を引けーーーっ!」

「駄目だ・・・。目がいっちゃってるよ・・・。」

ジャキーーーーーーーーーーーーン!!

スカートにぶら下げていた、でっかい日本刀をケージの天井高く突き上げるアスカ。

「出陣よーーーーーーーーっ!!!!!」

もうどうしようもなくなってしまったシンジは、しぶしぶアスカと共にエヴァに乗る準
備を始めるのだった。

<弐号機エントリープラグ>

アスカが弐号機,シンジが初号機のエントリープラグに入り、ようやくLCLに慣れて
きた頃、リツコから通信が入って来る。

『どう? 動かせるかしら?』

「大きな鎧ねぇぇ。大丈夫よっ!」

『シンジくんは?』

『大丈夫みたいです。』

『じゃ、出撃して。』

「ちょとっ! 弓はっ!? 刀はっ!?」

『弓は無いけど、アクティブソードっていう刀を用意したわ。地上に出ると同時に受け
  取って。』

「わかったわ。」

こうして、未来へ来た途端アスカとシンジは、戦闘に出撃することになった。敵は、最
強使徒ゼルエル。

「リツコっ!」

『どうしたのっ!?』

「大変よっ!」

アスカが地上に出た途端、大声を上げた。何事が起きたのかと、リツコは焦って通信回
線に向かい返事をする。

『何があったのっ!?』

「馬が無いわっ!」

『う、馬って・・・。そんなのいらないでしょ?』

「ダメよっ! 馬が無いと戦えないわっ!」

『人型決戦兵器は作ったけど、馬型決戦兵器なんて無いわ。我慢して。』

「無理よっ! 馬無しで戦えなんてっ!」

『無いものは仕方ないでしょっ!』

「このアタシに、足軽をやれってーのっ! これでもアタシは、尾張の国では兵100
  人を預かる武将をしてたのよっ!」

『・・・・・・。仕方無いわね。シンジくん。馬になって。』

『えーーーーーーーーっ!』

まさかの展開に情けない声で抗議するシンジ。

『使徒がすぐそこまできてるのよ。急いで。』

『・・・・・・そんなぁ。』

リツコに言われたシンジは、しぶしぶ四つん這いになると、アスカを背中に乗せてパッ
パカパッパカと初号機を走らせた。

「シンジっ! 鳴かないと馬じゃないわっ!」

『えーーーーーーーーっ!』

『シンジ君っ! 時間が無いわ。ここはアスカの言う通りにしてっ! 早く!』

『・・・・はい。ひひーーーん。ひひーーーん。しくしく。』

「よーーし、ノってきたわよぉぉっ! いくわよっ!!!!」

シンジはエントリープラグの中で涙を流しながら、アスカを背中に乗せてゼルエルに向
かって走って行く。

「あれが敵ねっ! リツコっ! 見つけたわっ! 一騎打ちよっ!」

『敵は1体しかいないから。好きにして頂戴。』

その瞬間。アスカは大変なことに気付く。

「あっ! リツコ戦えないわっ!」

『どうしたのっ!?』

「アイツ、刀を持ってないわっ! 丸腰相手に、戦いを挑むなんて武士道に反するわっ!」

『だ、だからっ! あのねっ! 刀じゃないけど、武器は持ってるから戦っていいのよっ!」

「そうだったのねっ! わかったわっ!」

アスカはゼルエルを目前にして、一旦止まるとアクティブソードを天高く突き上げた。

「やぁやぁっ! 我こそは、尾張の国のぉ・・・」

ズビシーーーーーーーーーっ!

その時、ゼルエルの手が帯の様に伸びてアスカを攻撃してくる。それを紙一重で避ける
アスカ。

『使徒相手に、名乗りをあげてどうするのっ! 早く戦ってっ!』

リツコは、顔を真っ青にして叫んでいる。

「こンのバカっ! 人が名乗ってる時に攻撃してくるなんて、何考えてんのよっ!!!」

礼儀を知らない敵に、ブチ切れるアスカ。

「行くわよっ! シンジっ!!! こンのバカに、武士道を叩き込んでやるわっ!!!」

『ひひーーーーん。』

『なんでもいいから、早く戦って頂戴っ! お願いだからっ! 本当に・・・。』

シンジもリツコも、もう泣きそうな気分だった。しかし、使徒が武士道を理解するのだ
ろうか・・・。

「うりゃーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

パッパカパッパカ。

初号機に乗り、ゼルエルに向って突進していくアスカ。再びゼルエルの手が、帯の様に
伸びてくる。

バシっ!

それを軽々と払い退けると、アスカは敵の懐に飛び込んでアクティブソードを高々と掲
げた。

「フッ。これが木の葉返しよっ! でやぁぁぁぁーーーーーっ!!!!!!!!」

そして、アスカのたぐいまれない剣術と戦闘能力により・・・いや武士道を違反した敵
への怒りにより、ゼルエルは無事倒すことができた。

『ひひーーーーん。』

後には、悲しいシンジのいななきばかりが、響き渡っていた。

<ネルフ本部>

アスカとシンジがケージへ帰還すると、リツコを始めとして、カヲルとレイが笑顔で迎
え入れてくれた。

「さすが、戦国武将だわ。大したものね。」

「あんなのどってことないわ。大きいだけよ。」

勝ち名乗りを上げ、ゼルエルの首をぶら下げて帰ってきたアスカは、得意満面顔である
が、整備班は使徒の首みたいな邪魔な物をケージに入れられ、処理に困っていた。

ぼくは、馬になりに未来までやってきたんだ・・・。
ぼくは、馬になりに未来までやってきたんだ・・・。
ぼくは、馬になりに未来までやってきたんだ・・・。

しくしく。

隅っ子で”の”の字を書くシンジ。

「あなた達にお礼がしたいんだけど、何がいいかしら?」

「お礼って、何でもいいのっ?」

リツコの言葉を聞いたアスカの瞳が輝いた。

「ええ。できる範囲のことなら。」

「じゃ、この鎧をちょっと貸してくれないかしら?」

「え? エヴァを?」

「そうよ。アタシにはやらなきゃならないことがあるのよっ!」

<本能寺>

時に、1582年。

天下統一を目前に控えた信長は、本能寺で休息を取っていた。

「敵は本能寺にありーーーっ!」

「「「おーーーーっ!!!」」」

下克上の世。わずか100人ばかりの兵しかいない信長が眠る本能寺に向かって、明智
光秀が軍を進める。まさに本能寺の変が起こらんとしているところだった。

「信長様っ! 謀反ですっ!」

「なんじゃとっ! どこの者じゃっ!」

「明智ですっ! 明智の旗が見えまするっ!」

「あの者か・・・。そうか・・・。」

本能寺の中もパニックの状態に陥っていた。あちこちから火の手が上がり始める。さす
がの信長も敵が明智光秀だと知り、死を覚悟した様だ。

ピカッ!

その時、本能寺の門前が青い光りに包まれた。

ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

「信長様っ! 明智なんかに討たせないわよっ!!!」

本能寺の門前に突然現れる巨大な人型決戦兵器、エヴァンゲリオン弐号機。シンジと共
にエントリープラグに入ってやってきたアスカは、明智光秀の軍勢の前にアクティブソ
ードを振り翳して躍り掛かる。

「わーーーーっ!」
「鬼じゃーーーっ!」
「赤鬼が出たーーーーーっ!!!」

戦国時代にエヴァなど現れては、どんな猛将だろうが名将だろうが腰を抜かしてしまう。
明智の軍が総崩れとなったばかりか、本能寺の中の信長ですら泡を拭いていた。

「ひ、比叡山を焼いたからじゃ・・・。ひーーーーっ!!!」

信長には、鬼が出てくることに思い当たる節が山程あった。側近の兵士と共に、腰を抜
かしてジリジリと本能寺の中へ逃げて行く。

「信長様は、アタシが守ってみせるわっ!」

ブーーーーーーーーーーン。

そんな中、アスカはアクティブソードを振り回して、明智の軍勢を追い払って行く。兵
達も弓をエヴァに射てくるが、かすり傷1つ付こうはずもない。

「うりゃーーーーーっ!」

ブーーーーーーーーーーン。

「そりゃーーーーーっ!」

ブーーーーーーーーーーン。

「ほりゃーーーーーっ!」

ブーーーーーーーーーーン。

「はりゃーーーーーっ!」

ドスーーーーーン。

本能寺の周りに群がった明智の軍を追い払っていたアスカだったが、勢いあまって本能
寺に尻餅をついてしまう。それでも、アスカは明智の兵を次々と追い払っていった。

「撤退じゃーーーっ! 撤退するのじゃーーーっ!」

さすがに適わぬと思った明智光秀は、全兵を引かせ始める。その様子を見たアスカは、
高笑いを浮かべながら、信長を助けた喜びに打ちひしがれていた。

「シンジっ! 信長様を助けてみせたわよっ!」

「でもいいのかなぁ。歴史を変えちゃって・・・。リツコさんは、そう簡単には変わら
  ないって言ってたけど・・・。」

「信長様ぁーーーっ!」

久し振りに信長に会ってお褒めの言葉を頂こうと、アスカがエントリープラグから出よ
うとした時、エントリープラグの中のシンジとアスカを青い光が包んでいった。

<川辺>

次にシンジが気づいた時、見慣れた川辺の土管の中で折り重なるように眠っていた。

「んーー・・・。ん? アスカ? アスカ?」

目を覚ましたシンジは、アスカの体を揺すって起こそうとする。

「ん・・・。はっ、アタシ達どうなったの?」

「なんか、帰って来たみたいなんだ・・・。」

「そう・・・あっ! 歴史の教科書はっ!」

先程、信長を助けた記憶が蘇ったアスカは、自分の鞄から慌てて歴史の教科書を取り出
す。

「信長様は・・・。えっ!? どうしてよっ?」

「どうなったの?」

「・・・・・・。」

きっと信長は助かったであろうと信じて広げた教科書だったが、内容は一切変わってお
らず、本能寺で討たれたことになっていた。

「どうしてっ!? ねぇ、シンジっ! どうしてなのっ!?」

「やっぱり、歴史はそう簡単に変わらないんだよ。」

「だってっ! アタシが、明智の軍を追い払ったじゃないっ!」

「そうだけど・・・。やっぱり歴史はどこかでつじつまが合うんだよ。」

「・・・・・・。」

「仕方ないよ。」

「そう・・・。そうなの。」

がっかりしたアスカを励ましながら、シンジは家へと帰って行く。歴史は変わらなかっ
たが、アスカは信長への忠誠は最後まで果たしたのだと。

ところでみなさんは、ご存知だろうか。比叡山から出てきた赤鬼の尻の下に、信長が踏
み潰されたのだという昔話を・・・。

<学校>

翌日、シンジとアスカは学校へ向った。アスカもさっぱりした性格で、昨日はがっかり
していたが、駄目だったものは駄目だったのだと今日は元の明るさを取り戻していた。

「マナぁ、おはよぉっ!」

側室となると勝手に決め付けているマナに、元気良く手を振って挨拶をするアスカ。そ
の腰にはやはり日本刀がぶら下がっている。

「あっ。おはよう・・・。」

「ん? どうしたの? 元気無いみたいだけど。」

「そんなことないけど、お母さんとお父さんが離婚しちゃったから。」

「離婚? 離縁?」

「そう。でも、お母さんのこと好きだから大丈夫よ。ちょっと、これからどうしような
  かなぁって考えてただけなの。」

「アンタのことは、シンジがしっかり面倒見てくれるわよ。」

「もうっ! でも、アスカと話してたらなんだか元気出てきたわ。」

両親のこともあったせいか、マナはアスカと仲良く話をしながら教室へと入って行く。
そんな2人を見ながら、シンジはなんとなく嬉しそうに付いて行くのだった。

「今日は、みんなに大事な連絡があるぅっ! よーく聞くのよっ!」

朝のホームルームが始まり、ミサトは教室に入ってくるや、いつも以上に明るい様子で、
大きな声を出した。

「心して聞けぇっ! 今日から、家の事情で霧島さんの名字が変わったわっ! いいこと
  っ! みんなっ! 名字が変わったからって霧島さんは今迄と変わらないってことを、
  しーーーっかり覚えておくようにっ!」

いつになくミサトが気を使った喋り方をしている。そんなことを聞きながら、シンジも
マナのことをこれからはいろいろ気遣っていかなければいけないと思う。

そうだよな。
霧島も大変だから、できるだけの手助けしないとな。

「で、新しい霧島さんの名字は、お母さんの姓に戻って渚になったわっ! みんな、覚
  えたぁっ!?」

「「「はーーーーーーーい。」」」

そうかぁ。渚になったのか・・・ん?
渚っ????
ちょっと待てよっ!?

シンジは未来に行った時に会った子孫を思い出す。ユイにそっくりなアスカと自分のひ
孫のレイに会った。そして、もう1人の男の子の名前は・・・渚カヲル。

「だーいじょうぶよっ! いくら名字が変わったって、すぐシンジんとこに輿入れする
  んだからっ!」

どこからか、アスカのとんちんかんの声が聞こえてきた。マナを始めとするクラスのみ
んなは相変わらず引いているが、シンジにはその声が深刻だった。

ちょっとぉ。
まさか、ぼくは・・・。
そんなことしないよなぁ。

不安で仕方がなくなるシンジだったが、アスカとマナの顔を見ているとだんだんと自信
がなくなってくるのだった。

<JRの駅>

放課後、シンジとアスカは昨日買い物に行く予定だった物を買いに行こうと、JRの駅
へと来ていた。

「この白い線より後ろにいるんだよ。」

「ここでいいのね。」

「うん。それ以上前に行くと危ないからね。」

アスカと一緒に電車を待っていると、間も無くアナウンスが流れて電車が入ってきた。

ゴーーーーーー。

「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

「ど、どうしたんだよっ!?」

「龍よっ! 龍だわっ!」

「ち、違うよこれに乗るんだよ。早くっ!」

開いた扉を前に、シンジはアスカの手を引っ張って乗ろうとするが、その場で尻餅を付
いてしまい微動だにしない。

「イヤァァァっ! 龍神様よぉぉぉぉぉぉっ!!!」

「ち、違うよっ! 電車って言う乗り物だよっ!」

「イヤァァァっ! 食べられるぅぅぅっ!」

「ちょ、ちょっと。静かにしてっ。」

「イヤァァァっ! 龍神様ぁぁぁ、お許しをぉぉっ!」

シンジは、奇異な目で見ながら乗って行く周りの人々の視線を気にしながら、必死でア
スカの口を押える。

ピリリリリリリリ。

結局、アスカは乗らないまま発車のベルが鳴り始めた。

「ほ、ほらっ! お怒りになって、雄叫びをお上げになってるじゃないっ!」

「違うよっ! 発車の合図だよっ! お願いだから乗ってよ。」

「イヤァァァァァァァァっ!」

ほとほと困り果てるシンジ。

「アスカって、武将の癖に臆病なんだね。」

シンジは呆れて、ボソっと呟いた。

「ムッ!」

「こんなに、アスカが弱虫だなんて思わなかったよ。」

「乗るわよっ! の、乗りゃーいいんでしょっ!」

なんだか、上手く行ったよ。
まぁいいや。乗ったら後は大丈夫だ。

「じゃ、早く乗ろう。」

「わかったわっ。」

ジャキーーーーーーーーーーーン!

「うりゃーーーーーーっ! 怖くなんかないわよーーーーーーーっ!
  そうよっ! アタシは怖くないわーーーーーーーーっ!
  でやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

「わっ! アスカっ!」

こともあろうか、刀を抜き振り翳して電車に飛び込んで行くアスカ。シンジは慌ててア
スカを背後から羽交い締めにする。

「キャーーーーーーーーッ! 刀よーーーーーっ!」
「わーーーーーーーっ! 人殺しだーーーーっ!」
「いやーーーーーーーーーーっ! 助けてーーーーーっ!」

驚いたのは、電車に乗っていた乗客である。一斉に波が引く様に車両の端へと後づ去っ
て行く。

「す、すみません。学校の劇の練習なんです。すみません。すみません。ほら、アスカ。」

いそいそと刀を納めさせたシンジは、アスカと並んで電車の椅子に腰を落ち着かせる。
ひとまず混乱は納まったが、シンジの周りには誰も座る者はいなかった。

<喫茶店>

未来から戻ってから数日経ったある日、シンジはアスカに始めて食べるパフェをご馳走
していた。

「どう? パフェだよ。」

「わぁ、美味しい。こんな美味しい物食べたの始めて。」

奇麗にトッピングされているパフェを、口のまわりにいっぱい付けながらもパクパクと
頬張り、幸せの絶頂という感じだ。

「凄いわよねぇ。アタシ達の時代から400年経ったら、こんな世界になるのねぇ。」

ようやくアスカも、この時代がどういった世界なのか漠然とわかってきた様で、少しづ
つ慣れて来た様だ。

「ねぇ、アスカ?」

「ん?」

「昔に戻りたいとは思わないの?」

「そうねぇ。あの時代の方がアタシには合ってるわね。」

「そう・・・。」

シンジは目の前にいるアスカが、いなくなってしまうような気がして、少し寂しそうな
顔をする。

「最近、体がなまっちゃって・・・。」

そう言いながら、スカートに肌身離さずぶら下げている刀に手を掛けるアスカ。最近で
は、むやみやたらと抜くことはなくなったが命より大切にしていることに変わりは無い。

「どう? 美味しかった?」

「うんっ。」

「そろそろ行こうか。」

「そうね。」

アスカがパフェを食べ終わったことを確認したシンジは、清算を済ませて喫茶店を出て
行った。

<河原>

シンジとアスカは再び土管のある河原の横の土手の上を歩いていた。全てはあの土管か
ら始まったのだ。

「ねぇ。シンジ。あそこからアタシここへ来たのよねっ!」

そう言って土管に向って走り出すアスカ。

「あっ!」

シンジはあれ以来、土管には近寄らない様にしていた。あそこに行くと、アスカがいな
くなってしまいそうな気がして仕方がなかったのだ。

「アスカっ! 駄目だっ!」

必死でアスカを追う。

「あはははは。追い付いてみなさいよっ!」

「お願いだから、行かないでっ!」

追い掛ける。

「あはははは。」

「アスカっ! お願いだからっ!」

土管が近付いて来る。

「あはははは。」

土管が目前に迫る。

「あはははは。」

土管に触れるアスカ。

「アスカっ!」

ピカッ!

青白い光がアスカの体を包む。

「アスカっ!」

「シ、シンジ・・・。」

光りの向こうにシンジの姿が見える。

「シンジ? シンジ? シンジっ!!」

互いに手を伸ばすが、光に阻まれ届かない。

「アスカっ!」

「シンジっ!」

2人の耳に、声が聞こえた。

「時空に歪みが生まれてるの。」

蒼い髪の少女の声。

「このままでは時空が持たないことがわかったの。」

赤い瞳の少女の声。

「そんなっ! アスカが元の時代に戻ったら、君はどうするんだっ!?」

シンジが声を出す。

「歴史はそう簡単に変わらないわ。私は生まれて来る。」

「そんなっ!」

「シンジっ! アタシ、独りで戻るのは嫌っ!」

「じゃ、じゃぁ、ぼくが戦国時代へ行くよっ! ぼくが、今の時代を捨てるよっ!」

「駄目。もうあなたの時の螺旋は、戦国時代へは行くことができないの。」

「そんなっ!!!!!」

必死で光の中のアスカを掴もうとするシンジ。

「イヤーーーーーーーっ! シンジっ!!!」

アスカの姿が光に包まれ白く輝いて行く。

「その刀は、織田信長の刀。それが歪みを生んでるの。」

「えっ! 刀が?」

「そう。あなたが、その刀を手放せば、あなたはここに残れるの。」

アスカは、命より大事にしてきた信長から直々に頂いた刀を手に掛ける。

「武士の魂・・・。」

アスカはそう言いながら、刀を抜き取る。

「武士の命より大切な刀・・・。」

アスカの刀が、光輝く。

「そう・・・そうなの。」

アスカの瞳に、涙が輝く。その先に、シンジの姿が見えた。

「さよなら。」

「アスカーーーーーーーーっ!」

「やっぱり、アタシは捨てられない。」

「アスカーーーーーーーーっ!」

「刀は武士の魂。」

「アスカーーーーーーーーっ!」

「さよなら・・・。さよなら・・・。」

アスカの目から、キラキラと輝く涙が光の中へと落ちて行った。

                        :
                        :
                        :

<シンジの家>

シンジはベランダで夜空を見上げていた。その夜空にはキラキラと輝く満点の星が輝い
ている。

全てはあの土管から始まったんだ。

今迄の事を思い起こして、何気ない平凡な生活を送っていた自分が体験した不思議な数
々の経験を思い出す。

戦国時代へ行ったよな。
いきなり、神様に間違えられてさ。
アスカったらさ・・・。

突然過去の古びた小屋に落ちて、刀を突きつけられるわ、神様に間違えられるわ。戸惑
うことばかりだった。

でも、まさか本当に信長に会うなんてなぁ。
殺されそうになって、アスカに助けられたっけ。
桶狭間のアスカは、凄かった。やっぱり武将なんだな。

桶狭間で見せたアスカの姿を思い出すと、やっぱり彼女は武将なんだと思わずにはいら
れない。

そんなアスカが現代に来ちゃってさ。
やることなすこと、めちゃめちゃでさ。

アスカが我が家に来た時の、はちゃめちゃさを思い出すと思わず笑みがこぼれてしまう。
それでも、スカートを始めて履いた時のアスカはかわいかったとも思う。

未来へ行った時も、アスカは凄かったな。
ぼくなんか、あたふたしてるだけだったのに・・・。
よっぽどアスカの方がしっかりしてたっけ。

使徒というわけのわからない怪物との戦いを思い出す。ひひーんと叫んでいただけで情
けなかったが今となっては良い思い出。

「アスカ・・・。」

シンジは、遠い目で夜空を見上げながら、突然現れひっちゃかめっちゃかに掻き回した
少女の名を口にする。

「本当に、あれで良かったの?」

横で一緒に夜空を見上げていたアスカは、満点の星空の下でシンジの腕に全身で抱き着
く。その腰には、既に日本刀は無い。

「いいの。アタシにシンジとの愛を捨てれるわけないじゃん。だから、さよならした刀・・・
  アタシの武士の魂のかわりに、シンジがアタシの刀になってね。」

「うん。」

シンジはアスカの肩を抱いて、再び夜空を見上げる。そこには、大きな満月が輝いてい
る。

「ひ孫、見れるかな?」

「難しいわね。」

「見れるさ。」

「無理よ。100年よ?」

「大丈夫さ。」

「どうして?」

「400年以上の時を越えて、アスカは来たんだから。100年くらい。」

「やっぱり駄目ね。」

「どうして?」

「だって・・・。」

アスカはシンジの瞳を見上げて、そっと微笑んだ。




アタシの愛に比べれば。

たかが400年なんて一瞬よっ!




でも、100年は長いわ・・・。




アスカの瞳に、これから長い人生を共に生きる人の姿が映し出される。

時を越え互いに見つめ合う2人を、空に輝く満月が祝福するかのように照らしていた。




2015年の時の中で・・・。

fin.
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