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パラレル
Episode 01 -願いよ届け-
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<シンジの家>

今日も朝早くから、アスカは隣に住むシンジを起こしに、碇家へとやって来ていた。学
校へ行く日は勿論のこと、日曜日でもその日課は欠かされることなく容赦無し。

「おはようございまーすっ!」

勝手知ったる碇家の玄関を、いつもの挨拶をユイやゲンドウにしてシンジの部屋に入っ
て行く。部屋には高いびきで寝ているシンジがいるはずだ。

ガチャ。

「こらぁっ! シンジーーーっ! あっ!」

戸を開けて部屋に飛び込んだアスカの目に、パジャマからYシャツに着替えていたシン
ジの背中が飛び込んで来た。

「おはよう。アスカ。」

「なんだ・・・起きてたの・・・か。」

「うん。」

「今日って、行く日なの?」

「うん。朝から行かなくちゃいけないんだ。」

「そう・・・なんだ、そっか。じゃ、アタシ帰るね。」

「うん。ごめん。」

「いつ終わるの?」

「昼には終わるよ。」

「じゃ、アタシ。いつもんとこで待ってる。」

「早目に行くよ。」

「お弁当持ってくわ。早く来んのよっ。」

シンジが早起きする日は、アスカが1番嫌いな日。エヴァの適格者となったシンジが、
ネルフへ行ってしまう日なのだ。

はぁ・・・。
なんでシンジがパイロットなんかに。

父親の仕事のことを考えると、それ程意外なことではなかったが、シンジがパイロット
になったことが、どうしても嫌で仕方が無い。

もう、使徒なんかこなけりゃいいのに。

シンジがエリートとして祭り上げられ、自分から離れて行きそうだとか、一緒いられる
時間が減るとかいう理由も無いことはないが、アスカの気持ちはもっと深刻だった。

もう、ネルフになんか行かなきゃいいのに。

アスカは見てしまったのだ。サキエルと戦い病院に担ぎ込まれる姿を。シェルターから
抜け出した自分をエントリープラグに乗せたシンジが、涙を流しながら戦っている姿を。

シンジ・・・。

いつ死ぬかもしれないパイロット。アスカはシンジがネルフへ行く度に、いつもの待ち
合わせの時間まで、使徒が来ないことを祈りつつ空ばかり見上げる様になってしまった。

<ネルフ前の公園>

その日もアスカは、いつもの場所で待ち合わせをした時間にお弁当を持ってやって来て
いた。

シンジ遅いなぁ。
お弁当冷めちゃうじゃない・・・。

幼い頃からいつもアスカは、シンジに待たされると怒鳴りつけてきた。だが、今回ばか
りはわけが違う。シンジの無事な姿を見ただけで、胸を撫で下ろしてしまう。

もうっ!
アンタがアタシを待たせるなんて、10年早いんだからねっ!

「アスカ、待ったー?」

公園のベンチで弁当を膝の上に乗せ待っていたアスカの耳に、今日も何事も無く帰って
来たシンジの声が聞こえて来る。

「もうっ! 遅いじゃないっ!」

「ごめん。ごめん。でも、時間通りだよ?」

時計をチラリと見ると、シンジと約束した時間よりも5分程早い。

「ウルサイっ! それでもアタシは待ったのよっ!」

「そんなぁ・・・。」

「許して欲しかったら、お弁当残さず食べることっ! いいわねっ!」

「うん、ありがとう。」

心地良い日差しの中、2人はベンチに並んで座り弁当を食べ始める。ずっとこんな平和
な時間が続いて欲しいと、願ってならない。

「今日はネルフで何したの?」

「簡単なテストと、後は話を聞いてばかりだったよ。」

「どんな?」

「リツコさんていう人が、技術部長と作戦部長してるんだけどさ。兼任は無理とかなん
  とか・・・よくわかんなかったよ。」

「ふーん。そのリツコさんって美人なの?」

「へ? どうして?」

「別にぃ。」

昔からシンジはお姉さんに弱い。小学校の時も、担任の若い先生にくっつき回っていた。
その為、シンジが名前で呼ぶ年上の女性には必要以上に警戒してしまう。

「美人は、美人なのかもしれないけど・・・なんか怖いよ。」

「ふーん。」

なら・・・安心かな。

「どっちかって言うと、リツコさんの後輩のマヤさんの方が、やさしくていいなぁ。お
  姉さんって感じだよ。」

「ムムムッッ!!!!!!」

危険である。非常に危険な兆候である。アスカの頭の中からは、既にリツコの名前はす
っかり消し飛んでおり、マヤという名前がしっかりインプットされていた。

「マヤさんって美人だしなぁ。」

「シンジっ!」

「ん?」

「アンタっ!」

のほほんと、マヤのことを思い浮かべるシンジの横で、アスカが額に青筋を立てて睨み
付けている。

「アタシという・・・」

ウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

アスカが怒鳴り声を上げ様とした時、街中に非常事態宣言のサイレンが鳴り響いた。使
徒来襲である。それは、シンジの出撃を意味していた。

ポロリ。

勢い良く迫っていたアスカの表情が一気に陰り、その手に持たれていた弁当の箸が地面
に落ちる。

「シンジっ!」

アスカが目を見開いて振り返ると、シンジは食べ掛けの弁当をベンチの上に置いて、立
ち上がっている。

「行かなくちゃ。」

「行くのっ?」

「うん。アスカは、直ぐシェルターに逃げるんだよ。」

「アタシもっ! アタシも行くっ!」

「駄目だよ。危ないから。」

「アンタはっ! じゃぁっ! アンタはっ!」

無理なことは重々承知していたが、どうしてもシンジを引き止め様とする言葉が口から
零れそうになってしまう。

「じゃっ! ちゃんとシェルターに行くんだよっ!」

「あっ!」

それだけ言い残すと、シンジはネルフ本部へ向かって走って行く。アスカは、成す術も
なくその場に立ち尽くすのみ。

シンジが行かなくちゃ、みんながやられちゃう・・・。
でも、どうしてシンジなの?
シンジじゃなくてもいいじゃないっ!

周りをシェルターへ避難する人々が走っている中、アスカはただシンジの去って行った
方を独り見つめ続ける。その時、頭上に轟音が響き渡った。

「なにっ!?」

視線を空高く上げると、そこには使徒ラミエルが飛来していた。それと同時に初号機が
地上に射出されて来る。アスカは我を忘れて、その戦いを公園から見守る。

やられないでっ!
怪我しないでっ!

初号機の無事を祈りながら、想いを込めた瞳を向けた瞬間、轟音が轟いた。

ズドーーーーーーーーーーーーーン。

「えっ!?」

ラミエルの加粒子砲が、地上に打ち出されたばかりの初号機の胸部に直撃したのだ。

「キャーーーーーーーーっ!
  イヤーーーーーーーーっ!」

沈黙した初号機が引き戻されて行く。その光景をまざまざと見せられたアスカは、絶叫
ともいえる悲鳴をあげる。

「シンジがっ! シンジがぁぁぁぁっ!」

眼前で繰り広げられた光景が信じられず、しばらくその場で頭を抱えていたアスカだっ
たが、ふらふらと使徒が猛威を振るう火の海と化したネルフ本部へと向かい歩き始める。

きっと、大丈夫よっ!
シンジがっ! シンジが、やられるはずないじゃないっ!

自分の身が危険であることも忘れて、ネルフ本部目掛けて走る。加粒子砲に燃やされた
ビルの瓦礫が、周りにドサドサと落ちてくる。

アタシにもっと力があったら・・・シンジを助けてあげれるのにっ!
シンジだけに、こんな危険なことさせないのにっ!

命を危険にさらしながら戦っているシンジを想うがあまり、アスカは何もできない自分
を責めながら、せめてシンジの側に行きたいと走り続ける。

ガラガラガラ。

「キャッ!」

アスカの前に燃えたビルの内装物が落ちて来る。その炎の熱気を体に浴び、焼けそうな
熱に見回れるが、火の粉を振り払い走る。

早く行かなくちゃっ!
はやくっ! シンジっ!

ドドーーーーーーーーーーーーーーン!!! ドカーーーーーーーーーーーーーン!!!

「キャーーーーーーーーーーーっ!」

<ネルフ本部>

発令所では、緊急作戦会議が開かれていた。シンジの父親であるゲンドウを筆頭に、作
戦部長を兼任するリツコ,冬月,青葉,日向,マヤが列席している。

「肉眼でも確認できる程のATフィールドに加え、あの加粒子砲です。成す術がありま
  せん。」

リツコが唇を噛み締めながら、MAGIにより叩き出された大量の資料に目を通し、ゲ
ンドウと冬月に報告する。

「既に敵の先端が、ジオフロントの防御壁に進入しています。」

リツコに続く青葉の報告に、冬月は顔を歪めながら口を開いた。

「初号機のパイロットはどうか?」

「命に別状はありません。しかし、再度出撃させても作戦がありません。」

「ふむ・・・。」

会議は、長時間に渡った。

<第3新東京市郊外>

ここはどこ? 優しい感じがする・・・。
ここはどこ? 暖かい感じがする・・・。

アスカが何か暖かい物に包まれた感じを受けながらゆっくりと目を覚ますと、そこは光
り輝く銀白の世界だった。

「ここは?」

「クェッ!」

見たこともない光り輝く場所の中央に位置するアスカが辺りを見回すと、1羽のペンギ
ンがアスカの傍らに立っている。

「なに? ペンギン?」

「そうさっ。ぼくは温泉ペンギンの、ペンペンさ。」

「ペンペン?」

「そう。君に会いに来たんだけどね。危険な目に合ってたから助けたのさ。」

「危ない・・・? あっ! シンジっ!」

「大丈夫だよ。彼は元気さ。」

「そ、そう・・・。」

シンジの無事を聞き胸を撫で下ろすアスカだったが、1度落ち着くと今度は自分の置か
れた奇妙な状況に沸々と疑問が沸いてくる。

「どうでもいいけどっ! ペンギンの癖に何で喋ってんのよっ? ここは何処なの?」

「僕は天使さ。君の純真な愛の心に好意を感じて降りて来たんだ。」

「天使? 愛? 何言ってんの? アンタバカっ?」

「バカ・・・は、ないんじゃないかい? 僕は天使なんだけどね。」

「じゃっ! アンタ何かできるのっ!?」

「君の願いを1つだけ叶えてあげるのさ。」

「本当にっ!? なんでねもっ!?」

「そうさ。僕はその為に来たのさ。君は選ばれたリリンなのさ。」

「そう・・・じゃ、シンジを助けてあげることができる力が欲しいわっ!」

「そうかい。わかったよ。その願いを適えてあげるよ。」

薄れて行くペンペンの姿。

アスカの周りが光り輝き、銀一色の視界がフラッシュしていく。

薄れて行く意識の中に、ペンペンの言葉が聞こえてくる。

いいかい? これは、君と天使の間で交わされた聖なる契約なのさ。
その秘密を人に知られた時、その力は君の元から去って行くのさ。

わかったかい? リリン・・・。また会うこともあるかもね・・・。

                        :
                        :
                        :

ふと気がつくと、アスカはネルフ本部近くの燃えさかる街の中で倒れていた。顔を上げ
ると、ラミエルがネルフ本部への進入を試みている。

「ア、アタシはっ!?」

先程のことは夢だったのだろうかと思ったが、見知らぬペンダントが自分の胸にぶら下
がっており、その使い方と天使との契約が、アスカの記憶と知識に刻み込まれている。

「とにかく急がなくっちゃっ!」

すっくと立ち上がったアスカは、ゲートを抜けて大騒ぎしているネルフ本部へ入って行
った。

ここなら大丈夫・・・。

人のいない廊下の中央で、周りを見渡すアスカ。

誰も見てない・・・。

胸にぶら下がっているペンダントを手に取ると、ポムッという音と共にそれはステッキ
に姿を変える。

いくわよっ! アスカっ!

そのステッキ握り締め、くるくると振り始めるアスカ。

「ピピルマピピルマプリリンパっ! パパレホパパレホドリミンパっ!」

天使に植え付けられた知識と記憶を頼りに、ミンキーステッキを振って呪文を唱えると、
アスカの体は大人になり、その頭脳にはとてつもない知識が湧き出てくるのだった。

<会議室>

会議室では、現状を打破できなくなった面々が、しかめっ面で対策会議を続行していた。
既に誰も口を開かなくなっており、沈黙が続いている。

カシューー。

その瞬間。扉が開き、1人の見知らぬ女性が入ってくる。突然の女性の来訪に、リツコ
が驚いて視線を向けた。

「ちょっとっ! 関係者以外立ち入り禁止よっ!」

「わたしは、ここの作戦部長になりにきた者よっ!」

その女性は、リツコの言葉にシレっと答える。

「作戦部長ですって?」

「そうよ。今の状況を打破してあげるわ。」

「フンっ! そんなのっ。いきなり現れて、素人のあなたに何ができるって言うのっ?
  さっさと出て行きなさい。」

「そうかしら? こんな状況くらい簡単よ。戦自で開発中の陽電子砲を使えばいいのよ。」

「ふん。これだから素人は・・・。あんなのを使うエネルギーなんて、直ぐにあるわけ
  ないでしょっ。」

「あるわ。」

「はぁ?? まったく・・・。何処にあるっての?」

「日本中よ。全日本から電気を集めればいいわっ!」

「なっ!」

そのあまりにも無謀な案に、リツコは目を見開いた。しかし、逆にゲンドウのサングラ
スに光が宿る。

「君の名は?」

「わたしの名前・・・うーん、えっと何でもいいけど?」

「何でも・・・とは?」

「あっ、こっちの話よ・・・えっと。そう、そうだわ。わたしの名は。」

「ふむ。」

「葛城ミサトよんっ!」

この時をもって、人類史上に奇跡の作戦とその名を残すヤシマ作戦が発動する。

そしてそれは・・・。

伝説の作戦部長、葛城ミサトの奇跡の物語の始まりであった。

To Be Continued.
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