------------------------------------------------------------------------------
パラレル
Episode 05 -願いよ叶え-
------------------------------------------------------------------------------

<ネルフ本部>

松代での事故後、参号機は再度建設され新たに加わったトウジを交えた3人のチルドレ
ン達は、その後ゼルエル,アラエルと2つの使徒を撃退していた。

それからしばらくの時間が経ち、使徒の来襲も無くネルフのスタッフ達にもようやく休
養が取れそうになった頃、アスカはシンジに連れられてネルフ本部へ来ていた。

「ネルフに入るの始めてだろ? 最近平和だし、1度アスカに見せようと思って。」

最近来てないけど、何度か来たことあるのよねぇ。
でも、シンジが誘ってくれるなんて、どういう風の吹き回しかしら?

「ケージに行ってみる?」

「うん。エヴァ見たい。」

「あれ? どうして、ケージにエヴァがあるって知ってるの?」

「あっ・・・。な、なんとなく、名前からそうかなって。」

「ふーん。」

危ない、危ない・・・。
注意しなくちゃボロがでるわ。

アスカはシンジに連れられてケージまでエレベーターを降りて行く。そこには、初号機
と零号機、そして復元された参号機の姿があった。

「へぇ、エヴァって3体もあるのね。」

「知らなかったの?」

「だって、アタシいっつもシェルターの中にいるじゃん。」

「はは。そうだね。」

「ぼくが乗ってるのが、この初号機なんだ。」

「かっこいいわね。」

「鈴原がこっちの参号機。綾波がこっち。どっちのエヴァが格好いいかな?」

「そうねぇ。零号機かしら。」

「ねぇ。アスカ?」

「えっ?」

「どうして、零号機って名前知ってるの?」

「え・・・。」

「ねぇ。どうして?」

「あっ・・・あの・・・。だって初号機だから、零かなって・・・。ははは。」

「だって普通さ、初号機と参号機だったら、残りは弐号機って思うと思うんだけど?」

「あっ、そ、そうね。気付かなかったわ。あははははは。」

瞳の奥底を貫く様な目で、シンジが見つめてくる。アスカは冷や汗を掻いて、何も言う
ことができなくなってしまった。

さっきからシンジの様子がおかしい・・・。
まさか、探りを入れてる?
まずいわ・・・。

「疲れたね。休憩室に案内するよ。」

「うん。アタシも喉乾いちゃったぁ。」

まずい・・・。
なんとかしなきゃ。

アスカはなんとかボロが出ない様に要注意しながら、シンジと一緒に休憩室へと上がっ
て行った。

<休憩室>

休憩室でアスカの好きなミルクセーキを買ってあげたシンジは、自分はコーラを買って
隣に座る。

「何度かさ、僕達がピンチになった時にさ。」

「うん。」

「ミサトさんって言う作戦部長が現れたんだ。」

ギクッ!

端から見ても分かるくらい、おもむろに体をピクリと震わせ、全身で緊張していること
を現すアスカ。

「いろいろお世話になったしさ、もう1度会いたいんだけどね。何処へ行ったかわから
  ないんだ。」

「ふーん。」

「綺麗な人だったんだ。」

そう言いながら、アスカの顔をちらりと見るシンジ。もうアスカは何と答えていいのか
わからず、ひたすら誤魔化すことだけを考え、表情に何も現れない様に意識を集中する。

「そう・・・。す、好きだったの?」

「そうかもしれない・・・。」

そういいながら、またシンジはアスカの反応を見る様に視線を移してくる。普段であれ
ば嫉妬心も沸こうものだが、とてもそんな余裕は無くアスカの額に脂汗が滲み出る。

「あはは。シンジってさ。む、昔からさ。あはは。先生とか、す、好きだったからね。」

ばれてる?
ばれた?
どうしよう・・・。

ふと胸に視線を移すと、ペンギンに貰った銀色ペンダントが光っている。このペンダン
トがあるということは、まだ完全にはばれていないのだろう。

まだ、大丈夫?
まだ・・・。

「ア、アタシ。そろそろ帰るわ。邪魔でしょ。」

「そんなことないけど。わかったよ。」

居ても立ってもいられず、なんとかこの場から逃げ出そうとした時、ネルフ全体に警報
が鳴り響いた。アルミサエル来襲である。

「使徒っ!? アスカ。こっち来てっ!」

「うんっ!」

<発令所>

シンジは急いでアスカを連れて発令所へ上がって行く。モニタを見ると、使徒はドーナ
ツ状に空中に円を描いているだけで、まだこれといった動きを見せてはいなかった。

「まず、レイとトウジ君を出して様子を見ましょう。」

それが、リツコの出した作戦だった。命令を受けたレイとトウジは、シンジとアスカを
残し出撃して行く。

「大丈夫よね。シンジ。」

「うん。」

しかし、トウジとレイが出撃すると使徒は一気攻撃を開始し、零号機と参号機の腹部へ
とめり込み始めた。

『くっ!』
『こ、こいつっ!』

レイとトウジの悲鳴が通信回線経由で聞こえてくる。

「駄目ですっ! 精神汚染始まりますっ!」

「シンジくん、直ぐ救出に向って。」

「はい。」

2人の危機を見ていたリツコからシンジへの出撃命令が出る。

「アスカはここで待ってて。直ぐ戻るから。」

「直ぐって。どうやって倒すの?」

「わからないけど、やれるだけのことはするよ。」

「そんなのっ! 綾波さんと鈴原の2人掛かりで駄目なのに、どうするってのよっ!」

「ミサトさんに言われたんだ。仲間を大切にって。命掛けで守って来るよっ。」

シンジはそう言って、休憩室を出て行く。その姿をアスカは、困惑した表情で見送って
いた。

命掛けでって・・。
イヤよっ!
シンジっ! 死んじゃイヤっ!

<廊下>

発令所を飛び出し、人気の無い廊下の角に身を隠すアスカ。

「これが、本当の最後っ!」

アスカは服の中に隠していた銀の十字のペンダントを取り出し、ミンキーステッキに姿
を変えさせる。

「ピピルマピピルマプリリンパっ! パパレホパパレホドリミンパっ!」

その瞬間、廊下の前を誰かが横切る気配がした。体から光を放ちながら、そちらに目を
向けると、目の前の人物も突然の光に驚いてこちらに視線を向けていた。

「ア、アスカ・・・。」

「シンジっ!!!!!!!」

アスカの青い瞳にシンジの姿が映ると同時に、髪は紺色にも見える黒髪に染まり、背は
伸び、シンジを映す青い瞳は黒い瞳へと変わっていく。

「イ、イヤっ!」

「アスカ・・・やっぱり・・・。」

「イヤぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

アスカは背が伸びた自分の体を隠す様に、丸くなってその場にうずくまる。その時、通
信回線からリツコの声が聞こえて来た。

「シンジ君急いでっ! レイと鈴原君が持たないわっ!」

「アスカ・・・。とにかく発令所から出ない方が安全だって言いに戻ったんだ。あっ、
  だから、後でねっ!」

今は早く出撃しなければ、トウジとレイの命が危ない。シンジはアスカにそれだけ言い
残すと、初号機で出撃して行った。

見付かっちゃった。
とうとう・・・。
だから、変身なんてもうしたくなかったのに・・・。
はっ!
今は、シンジを守らなくちゃっ!

何よりも1番大切なことを思い出したアスカは、今後のことは後で考えることにして、
一目散に発令所へ駆け上がって行った。

<発令所>

発令所では、リツコが作戦の指揮をするが、元々技術部が専門である為シンジを出した
ものの打開策を見付けられずにいた。

『キャーーーーーっ!』

レイの悲鳴が聞こえる。スタッフ達もなんとかしようと、アルミサエルの情報を分析す
るが、コアも見付からずこれといった有効な手段が見当たらない。

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

沈黙が発令所に静寂をもたらす。

ネルフスタッフ達は、いつしか皆同じことを願っていた。

窮地に陥った時、何処からともなく必ず現れる奇跡の人。

葛城ミサトの到来を。

カシュー。

その時、発令所の扉が開く音がする。

「状況はっ!」

発令所のスタッフ達は一斉に振り返った。

「葛城さんっ!」
「葛城作戦部長。」

皆が、彼女の名前を呼ぶ。
安堵の息を漏らす。
そして、誰しもがこの時点で勝利を確信した。

「的確に報告してっ!」

「あ、はい。今、シンジくんが出撃したところです。零号機と参号機、使徒の攻撃に苦
  戦中!」

青葉が端的に状況を報告する。

「葛城作戦部長。」

ゲンドウが口を開いた。

「全権を任せる。」

「はっ!」

ここに、葛城ミサトが世に送る最後の作戦が開始された。

「鈴原くん? レイ? まだ動けるわね?」

『は、はい・・・。』
『なんとか、動けんことないっすわ。』

「悪いけど、後少し頑張って。」

ミサトは、視線を初号機のエントリープラグが映し出されるモニタに移す。

「シ・・・。」

シンジの名前を呼ぼうとするが、躊躇してしまい声が続かない。

『はいっ! ミサトさんっ!』

シンジ・・・。

『もうすぐリフトオフします。ミサトさん。作戦を伝えて下さいっ!』

「・・・・・・。」

『そこにいるのは、ミサトさんなんでしょっ! ミサトさんっ!』

「き、聞こえてるわっ! そうね・・・。」

レイとトウジが苦戦を強いられる中、射出される初号機。今は神経を作戦に集中しなけ
ればならないと言い聞かす。

「ATフィールドは中和してるはずよっ! ポジトロンライフルで殲滅してっ!」

『はい。』

シンジ・・・。

ミサトの指示に従い、レイとトウジに両端をめり込ませるアルミサエルの中央部にポジ
トロンライフルを発射するが、その衝撃を全て柔らかい体に吸収されてしまう。
コアの位置が特定できない為、ATフィールドを中和しての砲撃も意味が無い。

「くっ!」

爪を噛むミサト。リツコを始めとするオペレータ達も、後はミサトに全てを託すしかな
く、ただ黙って不敗の作戦部長を見つめる。

ダメ・・・。
集中できない。
シンジ・・・集中できないよっ!

膨大な知識があるとは言えど、メンタルな部分は14歳の女の子である。シンジに見ら
れたことのショックから、なかなか立ち直れずどうしても集中できない。

『ミサトさん・・・。』

その時、シンジからの通信が入って来た。ミサトの中のアスカは、恐々その声に耳を傾
ける。

『今は生き残ることだけを考えましょう。ぼくの命は、ミサトさんに預けます。』

シンジの言葉にハッとなるミサト。シンジの命は、今自分の手に掛かっているのだ。こ
こで負けては全てが終わるのである。

シンジ・・・。
わかったっ!

ミサトは他のことは全て脳裏の外へ追い出し、再び状況を分析し始める。固唾を飲んで
見守るネルフスタッフ。

「冷却パイプっ! 射出っ! シンジくんっ! 受け取ると同時に、敵へ放射っ!」

『ミサトさんっ! はいっ!』

ミサトの指示に笑顔で答えるシンジ。ありったけの冷却パイプが地上へ射出される。シ
ンジはその束を抱きかかえると、使徒へ照準を合わせる。

「レイっ! 鈴原くんっ! 冷却開始と同時に、そのまま両端へ全力離脱っ! コアがわ
  からないなら、全体を一気に破壊してやるわっ!」

『はいっ!』
『よっしゃっ!』

「シンジくんっ! いいわねっ!」

『はい。』

「スタートっ!」

シンジが冷却パイプから液体窒素を射出。それと同時に凍り付くアルミサエルの体。そ
れを確認したトウジとレイは、腹部の痛みをこらえながら反対方向へ全力疾走を開始。

ビキビキビキ。

ヒビがアルミサエルの体に入る。

液体窒素を噴出し続けるシンジ。
ATフィールドを中和しつつ、両端からレイとトウジが引き千切る。

バキバキバキ!
ズドーーーーーン!

弾力性を失った使徒は、その全身に無数にヒビを浮かばせ粉々に砕けながら、その場で
爆発した。

「「「わーーーーーーっ!!!!」」」

歓声が上がる発令所。しかし、作戦が終わったミサトの顔は一気に暗くなり、そっと通
信回線に声を掛ける。

「レイと鈴原くんは、直ぐ帰還して体の検査。シンジくんは、零号機と参号機をリフト
  に乗せてから帰還して・・・。」

ミサトはそれだけ言うと、とぼとぼと発令所を出て行き、女性用のトイレへと入って行
った。

<トイレ>

シンジと会うのが怖い・・・。
アイツ何て言うだろう。

足を震わせながら、女性用トイレの個室で銀の十字のペンダントを手にし、元の姿に戻
ろうとする。

「えっ?」

ミサトは目を見開いた。元に戻れない。何度も何度も試すが、アスカに戻ることができ
ない。

そ、そんな・・・。
どうしてっ!?

「はっ!」

その時、あの奇妙なペンギンとの契約を思い出す。人に自分の力を見られた場合、その
力は吸い取られてしまうと言っていたことを。

「そ、そんな・・・。じゃ・・・戻る力が無くなったってこと・・・なの・・・。そ、
  そんな・・・。」

その場に泣き崩れるミサト。よりによってこの姿のままになるとは、思ってもみなかっ
たのだ。

「うっうっうっ・・・。」

しばらくその場で泣いていたミサトだったが、そろそろシンジが戻ってくる時間である。
このままここで泣いているわけでもいかず、全てを話そうと赤い目を腫らしながらゆっ
くりとケージまで降りて行った。

<ケージ>

ケージにミサトが降りて来ると、今回も完璧な作戦を実施したミサトにスタッフが拍手
を送る。そんな中、エントリープラグから降りて来るシンジ。

「ミサトさん。ただいま。」

「シンジ・・・。」

「え?」

「アタシ・・・アタシ・・・。」

「家に帰ってから、話しようよ。」

「ダメなの。もう帰れない。」

「どうしたの?」

「元に戻れなくなっちゃった・・・。アスカに戻れなくなっちゃったのよーーーっ!」

「えっ!????」

ビーーーーーーーーーーーーーン。

その瞬間、辺り一面が真っ赤に染まり周りの景色が見えなくなる。それと同時に、シン
ジとアスカの体が宙に浮き、セントラルドグマへ向って落下し始めた。

<発令所>

同時刻、発令所はパニックに陥っていた。

「パターン青っ! 使徒ですっ!」

「位置はっ!?」

「セ、セントラルドグマっ!! シンジくんと、葛城作戦部長が取り込まれましたっ!」

「なっ、なんですってっ!!!!」

状況を分析しようと、あらゆるセンサーを駆使するが、電波,電磁波,音波,光などの
全てが完全に遮断され何もわからない。

「そ、そんな・・・。どうなってるのっ!?」

唖然とする発令所のスタッフには、パターン青のインジケーターがセントラルドグマに
向って降下して行く様子だけが見えていた。

<セントラルドグマ>

浮遊感に捕らわれながら、落下して行くシンジとミサト。そこにふっと、銀髪の少年が
現れる。

「アンタはっ!?」

「僕かい? 君は僕を知っているはずさ。」

「えっ?」

「以前、君と天使の契約をしただろ?」

「じゃ、じゃぁ、あの時のペンギン。」

「そう・・・。そして、君は契約をした。」

赤い目,銀色の髪をした少年を中心に、シンジとアスカはふわふわと螺旋を描きながら
ゆっくりと落下して行く。辺りはいつしか真っ白な光に包まれ、暖かいものを感じる様
になっていた。

「だけど・・・惣流・アスカ・ラングレーさん。君は契約を破ってしまった。」

「・・・。」

「彼女の秘密を見たのは、君だね。碇シンジ君。」

「うん・・・。」

「君には天使と契約する権利がある。」

「ぼく?」

「そうさ。君は選ばれたんだ。」

何が起こっているのかよくわかっていなかったシンジだが、そっとアスカに目を向ける
と、ミサトの姿をしたアスカが目に涙を溜めて自分のことを見ていた。

「シンジ・・・これからアタシはこの姿のままなの・・・。」

「えっ?」

「アンタ、ミサトのこと好きだったんでしょ?」

「・・・。」

「シンジが好きでいてくれるなら、それだけで・・・。アタシ・・・。」

「・・・。」

再び銀髪の少年に目を向ける。少年は微笑を浮かべシンジのことを見ている。

「君は恵まれた少年だね。理想の女性を手にしたんだ。後は何が欲しい? 財産かい?
  名声かい? 人にあらざる力をあげてもいいさ。」

「・・・。」

「さぁ、言ってごらん。」

「ぼくは・・・。」

「なんだい。」

「ぼくは・・・。」

「さぁ、なんでも君の思いのままさ。」

「ぼくは・・・。」

そっと視線を逸らすと、目に涙を溜めながらミサトの姿をしたアスカは笑顔でシンジの
ことを見つめている。

「ぼくはっ! ぼくはっ!」

「なんだい?」

「アスカをっ! 元の姿に戻して欲しいっ!」

白い光の中、落下して行くシンジとアスカ。

暖かいものが2人を包んで行く。

「フッ・・・。今、願いを叶えてあげよう。」

銀髪の少年は、視線をアスカに向けるとフッと光の中に溶け込んでいく。

2人を包む光が増す。

意識が遠くなっていくシンジとアスカ。

視界が真っ白になり、2人の意識は遠くなっていった。

<発令所>

「パターン青、消滅っ!」

「なんですってっ!」

今迄、セントラルドグマへ向けて作られていた結界とも言える未だかつて無い強力なA
Tフィールドが一瞬にして消えた。

「状況はっ?」

「何も無かったかの様に、静まり返っていますっ!」

「葛城作戦部長はっ! シンジ君はっ!?」

「わかりませんっ! 完全にロスト・・・いえ、シンジくんは地上の公園に女の子と倒
  れていますっ!」

「じゃ、葛城作戦部長はっ!?」

「わかりませんっ!」

「そんな・・・。まさか、17番目の使徒を彼女が倒したの? 何が起こったの?」

17番目の使徒は突然現れそして消えていった。なにも状況がわからないスタッフ達。
そんな中、冬月がそっと囁く。

「終わったな・・・。」

「あぁ。終わった。」

それまでじっと腕を組んでいたゲンドウは、そっと立ち上がり冬月と共に発令所を出て
行くのだった。

<公園>

チチチチ。

先程までの戦闘が嘘の様に静まり返った第3新東京市に、暖かく眩い日の光が差してい
る。

チチチチ。
チチチチ。

木にとまった小鳥の囀りの中、避難により誰もいなくなった街の公園に1人の少年と1
人の少女が倒れている。

「ん・・・。」

少年は、体に照り付ける暖かい日差しの光に刺激され、ゆっくりと目を覚ました。

「ここは・・・ぼくは・・・。」

うつろな意識の中、辺りにゆっくりと目を向けると、傍らで倒れる赤い髪の少女が見え
た。

「あ、アスカっ! アスカっ!」

少年は、少女を抱き起こす。少女はゆっくりと目を開けた。

「ん・・・・・シ、シンジ・・・? ・・・・・はっ! ア、アタシっ!」

慌てて自分の姿に目を向けた少女の目に、14歳の女の子の体が映る。

「アタシ・・・。アタシっ!」

目に涙を浮かべる少女。

「アスカっ!」

そんな少女をしっかりと抱きしめる少年。

「シンジーーーーっ!」

少女も少年に抱き付く。

「シンジっ? 本当に良かったの?」

「側にいて、当たり前だったんだ。」

「え?」

「当たり前過ぎて、失いそうになるまで気付かなかった。ぼくは、アスカが好きなんだ。」

「シ・・・。」

アスカが青い宝石の様な瞳を、涙を溜めて大きく見開く。

抱き合う少年と少女を、眩い日差しの真っ白な光が包み込む。

本来であれば、冬も終わりそろそろ公園に裁つさくらが花を咲かせるべき季節の出来事
であった。

<通学路>

3年生になったシンジとアスカは、学校へ向って走って行く。

「もうっ! いつまでもボケボケっと寝てるからっ! 始業式から遅刻しちゃうでしょう
  がっ!」

「ごめん・・・。」

「いいから、速く走しんなさいよねっ!」

戦いが終わり、平和になった第3新東京市を2人が走る。

「アタシに待たせたお詫びに、始業式が終わったらミルクセーキおごんのよっ!」

「えーーーっ!」

「返事は、『はいっ!』っていつも言ってるでしょっ!」

「はい・・・。」

もうチルドレンとしてネルフへ行くことのなくなったシンジは、毎日アスカに付き合わ
されている。

キーンコーンカーンコーン。

ぎりぎりで今日も滑り込んで行くシンジとアスカ。なんとか、初日から遅刻はしなくて
済んだ様だ。

<教室>

アスカが、シンジの頭をこづきながら教室へ入ると、そそくさと鞄から1時間目の教科
書を出し椅子に腰を落ち着ける。

3年もアイツと同じクラスなんだ。
これも、天使のおかげかな。

出席番号順で並ぶ机や椅子。左前に目を向けると、のろのろと授業の用意をしているシ
ンジの姿が目に入る。

へへへへ。
アタシのこと好きだって言ったもんねぇ。
願いが、叶ったんだぁ。

あの時のことを思い出すと、ついつい顔がニコニコ顔になってしまうアスカ。万事順調
で幸せな学生生活を送っている。

ガラッ。

その時、教室の扉が開き教師が入って来た。

「えっ!?」
「あっ!?」

目を見開くアスカ。
視線をシンジに向けると、向こうもこっちを驚いた顔で見ている。

3年最初の挨拶が始まる。

「今日からこの学校に来ることになったぁっ! ずっとドイツにいたから、日本はよく
  わかんないっ! 歳は切り捨て二十歳よんっ!」

ドンっ!

こともあろうか短いスカートで教卓に座り、その前にエビチュをどっかと置く新担任。

「あ・・・あ・・・あ・・・。」

開いた口が塞がらないアスカ。
シンジは、アスカと新担任をきょろきょろと交互に見ている。

グビグビ。

「プハァァァァァ。授業中のこれがたまんないのよねぇーっ!」

グビグビ。

「さぁーて、自己紹介をするぅ!」

カッ! カッ! カッ!

黒板に、汚い字で名前を必要以上にでかでかと書き始める新担任。

「今日から1年の間、みんなの担任になったぁ。よろしくねん! わたしの名前はっ。」

アスカと、新担任の視線が一直線に合う。

「葛城ミサトよんっ!」

その胸には、銀の十字のペンダントがキラリと輝いていた。

fin.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
inserted by FC2 system