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星の煌き
Episode 05 -王子-
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<アルファドーム>

幾人もの諜報部員に護衛されながら、シンジはアスカと共にアルファドームを出て行く。
あんな所で王族直属の諜報部員と長々と話をしていては目立って仕方がない。

「あのさ、アスカ。」

「はいっ! なんで御座いますかっ!」

「・・・・・・。」

悲しい。本当なら2人で勝利の喜びを分かち合っているはずだったのに、突然現れた諜
報部員の為に、全てがおかしくなってしまった。

「宮殿には戻るから、先に戻っててくれないかな?」

「なりません。必ず護衛して戻れとの命令です。」

「大丈夫だよ。第3新東京市迄、後少しじゃないか。」

「なりません。王子の命が狙われているやもしれません。」

「はぁ〜あ・・・。」

父がそう命令を下しているのなら、逆らうことはできないであろう。それ以上、無駄な
説得をするのは諦める。

「じゃ、護衛はいいけど、ぼくは自分の馬車で戻るよ。」

「結構です。周りを護衛させて頂きます。」

「わかったよ。」

完全に諜報部員と別行動というわけにはいかない様だが、なんとかこれでアスカと2人
っきりの空間を確保することはできた。

「じゃ、ぼく達は荷馬車へ行こうか。」

「かしこまりました。」

「・・・・・・。」

とにかく今はまだ周りに諜報部員がいる。まずは2人きりになって話をすることを優先
し、荷馬車へ急ぎ乗り込んだ。

<荷馬車>

ゴトゴトゴト。

ホロ付きの荷馬車が、セカンドインパクト後も全線舗装されている国道1号線へ向かい
走る。国道1号線だけは、たまに王族関係の自動車が走ったりもする。

「ねぇ、アスカ?」

「なんで御座いますか・・・。」

「なんでそんな喋り方するんだよ・・・。」

「身分もわきまえず、今迄の御無礼。どうか、どうか・・・お許しを。」

「今迄通り喋ってよ・・・。」

「滅相も御座いません。そんな、恐れ多いことなんて・・・。」

初めて出会った時のアスカに戻ってしまった様だ。頭をぺたりと荷台の板に押し付け、
終始丁寧な言葉使いで喋ってくる。

どうしよう。
どうしたら、わかって貰えるんだろう・・・。

今、自分とアスカの関係は微妙なバランスを保ちながら立つ砂上の楼閣。下手なことを
すると一気に瓦解してしまいそうだ。

横には土下座したまま平伏すアスカ。腫れ物に触る様に、慎重に話を進めなければ何が
どうなるかわからない。

「あのさ。」

「はい、何で御座いましょう。」

「・・・・・・。チルドレンショー、圧勝だったね。」

「王子様に、訓練して頂いた賜物に御座います。心から感謝致しております。」

「・・・・・・。」

先程から全く顔を上げ様とせず、荷台に頭を擦り付けて最上級の丁寧語で返答を返して
くる。身が切られる様な気持ちになるが、なんとかこの状況を打開したい。

「後4回勝てば、アスカも市民だね。一緒に頑張ろうね。」

「滅相も御座いません。これ以上、王子様のお手を煩わすことなんて・・・。」

「今迄、一緒に頑張ってきたじゃないか。」

「ありがたき幸せに存じます。」

「そんな喋り方止めてよっ! なんでそんなこと言うんだよっ!」

「申し訳ありませんっ! 申し訳ありませんっ!」

頭を荷台の板に押し付けたまま、土下座の体制で怯え、ズルズルと少し下がりつつ平謝
りするアスカ。

駄目だ。
ぼくが感情的になっちゃ。
落ち着いて・・・。
落ち着いて・・・。

荷馬車は走る。後少しで国道1号線。そこ迄行けば1本道。早ければ明日には王宮へ辿
り着く。それ迄になんとかしなければならない。

このペースで行ったら、明日には王宮だ。
時間が無い。

もっとゆっくりと進んで時間を稼ぎたいが、諜報部員が急かして来るので、かなりのハ
イペースで馬車を進ませることになる。

だいたい、急に戻って来いってどう言うことだよ。
今迄、こんなことなかったのに。
まさか、父さんが病気に・・・。
・・・それなら、先にそう言うはずだな。
違う・・・。
じゃぁなんなんだろう。

アスカが真実を知るタイミングが悪かった。もっと後からゆっくりと、せめて市民にな
ってから・・・いや、もっと早くに伝えておけば良かったのかもしれない。今から思え
ば後悔することが多い。

「とにかく、顔を上げてよ。そんな格好のままじゃ、辛いだろ?」

「滅相も御座いません。」

「顔を上げるくらい、いいじゃないか。」

「そんな・・・恐れ多いこと・・・。」

「はぁ〜・・・。」

ここ迄来ては、主人と奴隷という立場だった時の比ではない。遙かに頑なに心を閉ざし
身を固くしている。

「ぼくは、アスカの顔が見たいんだよ。」

「・・・・・・。」

「ぼくが、アスカを好きだって言ったのは本当なんだから。」

「・・・・・・。」

「好きな娘の顔見たいって、普通だと思うけど・・・どうかな。」

「・・・・・・うっ。」

「ん?」

「うっ。うっ。」

「アスカ?」

アスカの様子がなんだかおかしいことに気付いた。諜報部員に合図して、馬車の進行を
止めて貰い、ホロ付きの荷台へ入って行く。

「どうしたの?」

「うっ・・・。うっ。」

「!!」

今迄、諜報部員の馬車に付いて行くことと、アスカの説得に必死で気付かなかったが、
暗い荷台に入って見ると、アスカが平伏していた場所の板には、涙の池ができており
アスカの胸元迄涙に濡れていた。

「アスカっ! どうしたのっ!? アスカっ!?」

「うっ・・・。」

「ねぇっ! どうしたのさっ!?」

肩をぐっと掴み持ち顔を上げると、力無く頭がだらりと横に落とし、止めど無く涙を流
し続けるアスカがいた。

「アタシ・・・うっ。うっ。」

「アスカ?」

「1人で舞い上がっちゃって・・・。うっ。うっ。」

微かな声を漏らす。

「市民になれたら、結婚できるかもしれないって・・・。うっ。うっ・・・。」

それまでの丁寧語は、気丈に振る舞う為に必死になっていた現れだったのだろう。しか
しもう、声は涙声になりかすれてしまい・・・。

「好きだって言われて、1人でときめいて・・・。」

「アスカ? アスカっ!」

「奴隷のアタシでも、恋ができるかもしれないって・・・うっ。うっ。」

「アスカっ! 何言ってんだよっ! アスカっ!」

肩をぐらぐらと揺する度に、アスカの頭が力無く揺れる。

「市民になったって、市民になれたってっ! 王子様となんて絶対無理じゃないっ!
  うっ! うっ! わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

その場にうっぷし、とうとう感情を吐露して大泣きに泣き出す。

「アスカっ! アスカっ!」

崩れ落ちたアスカを、力強く抱き起こし力一杯抱き締める。何処かへ行ってしまいそう
なアスカを、この場に留め様と抱き締める。

「関係ないじゃないかっ! アスカも好きで奴隷になったんじゃないだろっ! ぼくだっ
  て好きで王子になったんじゃないよっ!」

目を見て訴え掛け様とするシンジ。しかし、視線を逸らしてしまうアスカ。

「どうしたんだよっ!」

涙をぽろぽろ流し視線を逸らしたまま、アスカは反応せずただじっとしている。

「ぼくの顔を見てよ。」

「身分が違い過ぎます。」

「関係ないだろっ。」

「王子様と奴隷。ははっ・・・。アタシ、バカみたい。」

「!!」

シンジの顔が引き攣った。

「わかった。わかったよ。」

それ迄なんとか説得しようと懇願する様な顔をしていたシンジだったが、アスカから手
を離すとキっと目を見開いて立ち上がり荷台から出て行く。

「みんな、食事にする。手近な店に入ってくれっ!」

諜報部員全員に号令を掛ける。

「「はっ!」」」

それから20分程馬車を走らせると、国道1号線沿いに大きなレストランが見つかった。
そこを貸し切りにして、シンジ達は入って行く。

「さぁ、好きなの食べて。」

「ありがとうございます。」

「これが、最後になるかもしれないから、美味しいのを食べるといいよ。」

「・・・・・・はい。」

これ迄入ったことの無い様な立派な店で、アスカはステーキを食べた。その間、終始無
言。

「ちょっと、トイレに行って来る。すぐ戻る。」

「はっ。」

諜報部員に断り席を立つ。

「アスカ、おいで。」

「かしこまりました。」

シンジはアスカを連れて、レストランのトイレへと向かった。

「こっちだ。」

「え? そちらは・・・。」

「早くっ!」

「でも・・・。」

「いいから、早くっ!」

裏口から、レストランを出て行く。不信に思うアスカの手を引き、裏手の畑を横切る。
そのまま川辺の草むらを突き抜け、ただひたすら走り続ける。アスカは、手を引かれた
まま、わけがわからず付いて行くことしかできない。

「王子様。何を・・・。」

「説明してる余裕無い。とにかく、急いで。」

レストランの方が騒がしくなってきた。どうやら諜報部員に気付かれた様だ。時折、諜
報部員の叫ぶ声が聞こえる。

『何をしていたっ!』
『今がどれ程大事な時かわかっていた筈だっ!』
『1秒でも早くお探ししろっ!』

シンジも王宮の諜報部員の実力は良く知っている。今、下手に動くと直ぐに見つかるだ
ろう。丁度そこに、川辺に突き出ていた土管が見えたので、しばらくその中に身を潜め
ることにする。

「ごめん・・・アスカ。」

「いったい、何を・・・。」

「よく聞いて欲しい。それから・・・ぼくを信じて欲しい。」

「はい?」

「もう王宮へは戻らない。」

「え? ど、どうして・・ですか?」

「後で父さんには連絡するよ。親子の縁を切ってくれって。」

「親子の縁?」

シンジが何を言っているのかわからず、また今自分がどうしてここにいて何をしている
のかわからないアスカは、唖然とシンジの前に立ち尽くす。

「ぼくが王子だからいけないんだ。王子を捨てる。」

「そんなこと・・・。」

「できるさ。昔好きな人と一緒になる為に、身分を捨てた人はいくらでもいる。」

アスカの目にほろりと涙が浮かぶ。

「そのかわり、もうぼくには何の力もない。」

涙を流しながらこくりと頷くアスカ。

「食べる物にも困るかもしれない。」

「いい。」

「アスカを市民にしてあげることも、できなくなるかもしれない。」

「いい・・・。」

「それでも良かったら、ぼくと来てくれないかな。」

「アタシ、ずっとシンジに付いて行く。だから、だから、アタシの為にって言うんなら、
  王子をやめなくていい。アタシの為に無理しないで。結婚できなくても、メイドとし
  てでも、シンジの側にいさせてくれたらそれでいいから。」

「アスカ以外の娘と結婚なんて嫌だよ。王子だったら、たぶん好きでもない娘と結婚さ
  せられる。ぼくは、アスカがいい。」

「シンジっ!!!!」

シンジに抱き付き、その胸を涙で濡らすアスカ。シンジは堅く決意する。例え何があっ
ても、アスカだけは幸せにするんだと。

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                        :

2人はそのまま下水の土管の中で物音を立てずに抱き合っていた。

本来ならそろそろ箱根の山で一夜を明かす準備をしていた頃だろう。

「ねぇ、シンジはアタシのこと、いつ好きになってくれたの?」

「うーん。わからないんだ。」

「アタシは、買って貰ったその日に惹かれたわ。それから日を追うごとに・・・。いつ
  の間にか、心の全てをシンジが支配してたの。」

「ごめん。最初は好きってわけじゃ・・・。可哀想だなって。」

「そりゃ、そうよ。」

土管の中の壁に凭れて座るシンジに抱かれながら、アスカは人差し指で首元をなぞる様
に動かしてくる。

「どうして、キスもしてくれなかったの?」

「本当はアスカが市民になってから、好きだって言おうと思ってたから。」

「いいのに・・・。」

「くだらない身分の違いなんて、関係無い立場で付き合いたかったんだ。」

「フフフ・・・。市民になったって、王子様じゃ身分が違うじゃない。」

「今はもう違うよ。」

「シンジ・・・。好き・・・。」

アスカが顔を押し付ける。横顔が胸に当たる。自分の鼓動がアスカに反射して、トクト
クと聞こえてくる。

ガサガサガサ。

その時、川辺の草むらを幾人かの人間が走る音がした。とっさに身を固くするシンジと
アスカ。

『王子ーーっ! 王子ーーっ! 何処におわすっ!!! 王子ーーっ!」

諜報部員の声だ。

警戒しながら、視線を外へ向けてみる。すると、既に外は夜のはずなのに空が赤い。

「なんだっ? ちょっとアスカ・・・。どいて。」

「どうしたの?」

不信に思ったシンジは、様子を見にゆっくりと土管から顔を出した。

「な、なんだっ!! これはっ!!!?????」

空が赤かった。海のある南の方向を除き、全ての空が赤黒い。

「王子っ!!!!」

外に出て唖然と立ち尽くすシンジを見つけた重宝部員が、一斉に駆け寄って来る。

「ここにおいででしたかっ!」

「これはっ!」

「おたわむれをなされた時はどうしようかと思いましたがっ! 結果として助かりまし
  たっ!」

箱根の山が燃えている。今晩泊まるはずだった箱根の山が。その向こうからも、あちこ
ちの山からも火が上がっている。王宮のある第3新東京市の空が真っ赤だ。

「今、連絡が入りましたっ! 王宮が落ちましたっ!」

「なんだってっ!」

「革命ですっ! レジスタンスの革命ですっ!!!!!」

「じゃ、と、父さんはっ!」

「王も・・・冬月様も・・・。お亡くなりになられたと・・・。」

「なっ! なんだってっ!!!! そ、そんな・・・。あ、あの・・・父さんが・・・。」

愕然としその場に膝を折る。あれ程迄に絶対的な力を誇っていた父が、1夜にして倒れ
たのだ。

「レジスタンスって、いったいっ。」

「葛城ミサト率いる、奴隷や下級市民の反乱ですっ!」

「葛城ミサト・・・。そう・・・あの人が・・・。」

「貴族内部にも根が伸ばされており、あらゆる砦が外部と内部から、一度に攻められ・・・
  無念です。」

あの時のミサトの言葉を思い出す。

『市民や貴族のパイプも広げないといけないのよ。今後の為にも・・・。』

そういうことだったのか・・・。
あの人が・・・。

「とにかく、ここは危険です。王子は王国の要です。なんとしても逃げて下さい。」

「そうか・・・。アスカ、ちょっといいかな。」

「シンジ・・・。」

土管からゆっくりとその姿を現すアスカ。

「聞いての通りさ。もうアスカは奴隷じゃない。市民だ。」

「で、でもシンジは?」

「もう、ぼくはアスカを守ってあげれないよ。 追われる立場なんだ。ぼくといたら、
  不幸になる。最後にアスカに会えて嬉しかった。」

「ちょ、ちょっと待ってっ! どういうことっ!」

「ぼくと一緒にいたら、アスカまで狙われる。一緒に来ちゃいけない。」

「イヤっ! そんなのって酷いっ!」

「仕方ないだろ。」

「ダメっ! 酷いじゃないっ! イヤっ! イヤッ!」

逃がすまいといった感じで、しっかりとシンジの胸に抱き付いてくるアスカ。それを引
き離そうとするが、両手を背中に回し離れ様としない。

「アタシが身を引こうとした時は許してくれなかったじゃないっ! それなのに自分だ
  けっ! そんなのってないっ!」

「事情が違うじゃないかっ! ぼくと一緒にいたら、殺されちゃうんだっ。」

「いいっ! それでいいっ! 」

「駄目だよっ! アスカは幸せになって欲しいんだっ。」

「なれないっ! シンジと一緒じゃなきゃなれないっ!」

「だからっ! ぼくと一緒にいたらっ!」

「殺されてもいいっ! シンジと最後まで一緒にいたいっ!」

「駄目だよっ!」

「ずっと一緒って約束したじゃないっ!」

「アスカを不幸にしてまで嫌だっ!」

「自分が危なくなったら、アタシを捨てるのっ!?」

「ちがっ・・・アスカの命が・・・。くっ・・・。」

シンジは迷った。アスカを連れて行ってもいいのだろうか・・・。みすみす死ぬことが
わかっているにもかかわらず・・・。

シンジは考える。もし、自分がアスカの立場だったとしたら・・・。

もし、ぼくがアスカの立場なら・・・。
アスカが、追われたとしたら・・・。
アスカが、ぼくを置いて行こうとしたら・・・。

そして、決意を固めた。

「付いて来てくれる?」

搾り出す様なシンジの言葉に、涙に潤んだ顔を上げるアスカ。

「シンジ・・・。」

「付いて来てくれるかな?」

「うんっ! 行くっ! たとえ、あの世迄でもっ。」

「ありがとう・・・。ありがとうっ! 行こうアスカっ!」

『王子、時間がありません。急いで下さい。』

それからシンジとアスカは、戦火の中へ入って行った。

途中、アルファドームが焼かれている所が見えた。
アスカが戦ったアルファドーム。

幾人もの奴隷が散って行ったチルドレンショーの象徴であるコロシアム。
もう、あそこでチルドレンショーが開催されることもないだろう。

次々と倒れていく諜報部員に守られながら、シンジとアスカは追っ手に追われて逃げて
行った。

                        :
                        :
                        :

昨夜の死者、数知れず。
まだ日本全国の戦火は完全に収まっていない。

ただはっきりしているのは、王族であった、碇家,冬月家,赤木家は全て滅びた。

新たに王宮に立った葛城ミサトは、全国民に対し号令を発布する。
日本は民主主義国家になったと。

そんな中、王族で2人の人物だけが生死不明となった。

王子、碇シンジ。

将軍、加持リョウジ。




混乱がまだまだおさまらない朝。

それは、日本の動乱の夜明けだった。

To Be Continued.
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