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星の煌き
Episode 06 -闇心-
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<山中>

革命が起こった日から、シンジには安息の地も心休まる時も無く、それはまさに地獄の
日々であった。

「王子っ! ここは自分にお任せ下さいっ!」

革命軍に行く手を遮られ、諜報部員の男が逃げる様に指差す。静岡県を脱出する際、幾
人もいた諜報部員は目の前にいる男を除いて全て殺されてしまっていた。

「も、もう嫌だっ! ぼくが投降すればっ!」

「王子っ! あなたは、王国再興の要ですっ! 生き残る義務がありますっ!」

「もう嫌なんだっ! もう、もう嫌だっ!」

「王子っ! 王国の為ですっ!」

「なんで王国がそんなに大事なんだよっ!」

「王は偉大な方でした。いずれわかる時が来ますっ! それまでっ! 必ずっ!」

革命軍が、銃を撃ちながら前方から迫って来る。諜報部員の男は、シンジとアスカを荷
馬車に無理矢理押し込み、馬のペンペンの尻を剣で軽く切り付ける。

突然の痛みに驚き、ペンペンが一目散に走り出す。荷馬車のホロから顔を出すと、追っ
て来る革命軍が撃つ銃を、体に浴びながら盾になっている諜報部員の姿が見える。

「うわーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

狂った様に叫んだシンジは、剣を手に取り馬車から飛び降り様と腰を浮かしたが、その
腰をアスカが飛び付いて抱き締めた。

「シンジっ! ダメっ!」

「うわーーっ! うわーーっ! うわーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

「あの人の命をムダにするのっ!?」

「みんなを犠牲にして、ぼくだけ生き残るのかよっ!」

「まだアタシがいるじゃないっ! 最後はアタシが守るっ!」

その間もペンペンは狂った様に走り続け、既に諜報部員の姿も追っ手の姿も見えなくな
っていた。

「もう嫌なんだっ! ぼくのせいで人が死ぬのっ! もう嫌なんだっ!」

「もう嫌って、何人の死ぬとこ見たのよっ!」

「諜報部員の人達、みんな死んじゃったじゃないかっ!」

「アタシは、仲間の奴隷が死ぬとこばっかり見てきたわよっ!
  あの人達の何倍も、何十倍も、仲間が殺されるとこ見てきたわよっ!」

「ぼくには耐えれないよっ!」

「シンジが死んだら、アタシも後を追うわっ!」

「なっ! 駄目だっ!」

「生き様と思ったら、生きれるわよっ! アタシはそんな中で生きてきたんだからっ!」

「でもっ!」

「生きてっ! 王子様から、突然こんなになって辛いのはわかるけど、生きてっ!」

「くっ!」

「生きてたら、必ず日の光を見る時が来るっ!」

「そんなの来ないっ!」

「来るっ!」

「なんでそんなことわかるんだよっ!」

「アタシも日の光なんて見る日は来ないと思ってたものっ!
  でも、アンタは現れたっ! 生きてたから、アタシは光に巡り合えたのっ!」

「アスカ・・・。」

「だから、生きてっ!」

「ごめん・・・わかった・・・。」

激戦区から少し遠ざかり、阿鼻叫喚が聞こえなくなってきた為か、アスカの説得のお陰
か、少しシンジも落ち着きを取り戻して来た。

しかし、アスカはまだ不安を拭い切れなかった。自分の様に物心ついた時から奴隷とな
っていた者はまだ幸せなのだ。シンジ以上の年齢になって、貴族から奴隷に転落した者
はそのほとんどが、3日から10日の間に自殺するのをその目で見てきた。

しかもシンジの場合奴隷どころではなく、国中から狙われているのだ。正気を保ち続け
ることすら難しい。

<第3新東京市>

周到な根回しの結果、1夜にして日本の主要都市の軍事及び政治拠点の大半を押さえた
ミサト率いる革命軍は、根強く抵抗する碇王朝の残党に対し掃討作戦に乗り出していた。

しかし、それは容易ではなかった。碇王朝と根強く癒着していたブルジョア階級が、そ
の財力に物を言わせて反旗を翻すという不測の事態を招いてしまった。

「仙台で、また火の手が上がりましたっ!」

「何をしてるのっ! 拠点は全て押さえたはずでしょっ!」

「しかし、敵は一向に降伏する様子を見せません。」

「殲滅なさいっ!」

「はっ!」

「いつ迄も掛かってたら、足下掬われるわよっ!」

既にその力を全世界に知らしめた碇ゲンドウはこの世になく、全ての拠点は押さえてい
る。にもかかわらず、革命から数日が経過した現在も抵抗が激しい。ミサトは、爪を噛
んでいらつく。

「ミサト様っ!」

「何っ!?」

扉がけたたましく開き、また別の部下が飛び込んで来る。昼夜を問わずこの数日、元は
ゲンドウの部屋であり今のミサトの司令室となっているこの部屋は、こんな状態が続い
ている。

「神戸が落ちましたっ!」

「なんですってっ!」

「旧王朝軍に、芦屋の財閥が軍事物資を大量に援助した模様でっ!」

「そんなことはいいわっ! 敵の様子はっ!」

「三宮を拠点に、六甲をほぼ全面奪われましたっ!」

「痛いわね。福知山方面から軍を進めて、山を焼きなさいっ!」

「そ、そんなことをしたら、民衆の反感をっ!」

「くっ・・・。とにかく、大阪への進出はなんとしても食い止めてっ!」

「しかし、軍は仙台へ向かった所でっ!」

「仙台は、いいわっ! まず、大阪を守ってっ! 姫路より西はっ!?」

「状況が伝わってませんっ!」

「死守なさいっ!」

「はっ!」

セカンドインパクトで連絡網が混乱した状態での内戦であった為、全てにおいて連絡が
遅れる。第3新東京市を押さえたミサトですらこの状況なのだ。日本全国の混乱は、相
当なものであった。

王子を逃がしたのが、痛かったか。
まさか、王宮にいなかったなんて・・・。
もっと情報を集めておくべきだったわ。

革命軍にとって、シンジと加持を逃がしたことは大きな痛手となった。この2人を旗印
に旧王朝を指示する民衆が根強い反抗を続けることとなってしまった。

碇シンジ・・・何処かで聞いた名前ね。
王子だから聞いていても不思議じゃないか・・・。

ミサトは反旗を翻した旧王朝軍の討伐に合わせ、王子と加持将軍の捜索に全力を注ぐの
だった。

<村の外れ>

アスカはペンペンの手綱を握り、激戦区となった静岡から日本アルプス方面へ向け、少
しづつ移動していた。

「おいっ! 止まれっ!」

「また・・・。シンジ、隠れてっ!」

革命軍の検問である。川を渡ろうとする度に、こういった検問に出くわす。アスカは、
ホロの中で隠れるシンジに小さな声を掛けると、何食わぬ顔で荷馬車を進める。

「検問ですか?」

「こっちに、王子が逃げたと情報が入っている。」

「王子様が? それで、この辺りって検問が多いんですね。」

「あぁ、ちょっと中を調べさせて貰うぞ。」

「いいですけど、ちょーっと下着だけ片付けていいでしょうか?」

「ははは。あぁ、構わん。急いでくれよ。」

「はい。」

ごく自然に返事を返したアスカは、のろのろとホロへと入って行く。そこには、ボロ布
れにくるまったシンジの姿があった。

「人が来るわ。馬車の下に・・・。」

「うん・・・。」

アスカに言われるがまま、シンジはホロの後ろからそっと抜け出すと、荷馬車の下の僅
かな木の突起にへばりつく。

「いいですよ。」

「すまんな、すぐ終わる。」

「荒らさないで下さいね。」

「そう心配するな。これも仕事でな。」

アスカの声を聞いた検問の男達は、ホロの中を簡単に調べる。さほど大きな荷台でもな
いので、簡単に見るとそのまま出て行った。

「いいぞ。行け。」

「はい。」

許可も下りたので、アスカはペンペンの手綱を握り荷馬車を走らせる。その間、シンジ
は爪が剥がれそうになりながら、荷台の下に必死でしがみ付いていた。

もう駄目だ。
ゆ、指が千切れそうだ・・・。

ゴトゴトゴト。

あまり作りの良くない狭い木の橋を渡っている為、荷台がかなり揺れる。これ迄も何度
も荷台の下にしがみ付いてきたシンジの指は、もうボロボロになっていた。

ぐぐぐぐっ!
だ、駄目だ。

そして、とうとうシンジの指が限界に達した。

ザッバーーーーーン。

川から水飛沫が上がる。その音に、検問をしていた男達が一斉に振り返った。

「何の音だっ! 何か落ちたぞっ!」
「そこの荷馬車っ! 止まれっ!」

一瞬にして何が起こったのかを悟ったアスカだったが、ここで慌てては疑われるので、
一先ず検問の男達に言われるがまま、荷馬車を止めた。

ゴボゴボゴボ。

その間、シンジは泥まみれになりながら、川の底を泳いでいた。これが澄んだ水の川な
ら一発でばれただろうが、泥やヘドロで汚れきった川がその姿を隠してくれる。

い、いたっ!

目も開けられない様な汚れた川の底で、息も出来ず泥にまみれて手探りで泳いでいたシ
ンジはその足に痛みを覚えた。ガラスかなにかの破片が川底に落ちていたのだろう。

ちくしょう・・・。
とにかく、川辺へ行かなくちゃ。

先程ホロから見ていた様子だと、右手へ泳いで行けば水辺に長い草も生えていた。また
土手の上の道もそちらへ繋がっていたので、アスカと合流できるだろう。

苦しい・・・。
何処が川辺なんだ。

息も出来ず、手探りで右前へ右前へ進んで行く。顔や首にどろっとした気持ち悪い物が
いくつも纏わりついてくるが、そんなことを気にしている場合ではない。

ガサガサ。

手に草らしきものが当たり始めた。できるだけ、体勢を低くし泥水の中にその身を埋め
て草むらへ潜り込んで行く。

「ふはぁ。」

ようやく、草にその身を隠して息ができるところまで来れた。しかし、上体を起こすと
直ぐに見付かってしまうくらいしか草が無い。そのまま泥にまみれながら、まるで潰れ
た蛙の様な格好をし、体から顔,髪の毛まで泥とヘドロに塗れ腹ばいで川辺を前進する。

くそっ! くそーっ!

手や太股にたくさんのヒルが吸い付いてくる。あちこちに痛みが走るが、払っている余
裕もなく、ただひたすら泥の中に身を埋めて進む。

ガサッ。

その時、草が揺れる音がした。身を硬くしてその場で息を潜ませる。体がガチガチと震
えている自分に気付く。

震えてる?
やっぱり死ぬのが怖いんだ・・・。
情けない・・・。

草を掻き分ける音が近付いて来る。ヒルが体中に付いて痛くて仕方無いが、我慢して身
を硬くする。

「シンジ? シンジ?」

アスカの声。それ迄歯を震わしていたシンジだったが、心の底から安堵しゆっくりと体
を起こす。

「アスカ、ここだよ。」

「あっ。良かった・・・。物を落としたって言って拾いに来たの。あそこの土手の切れ
  目見える?」

「うん・・・なんとか。」

目に掛かる泥を除けながら見ると、それらしき場所が見える。手で顔を拭ったが、それ
でも泥水が目に入り涙が出てくる。

「あそこで待ってるから。あと少し、頑張って。」

「ごめん、ぼくのせいで。」

「何言ってんのよ。じゃ、気をつけてっ。」

「うん。」

アスカはそれだけ言うと、手に持って来た物をあたかも拾ったものであるかの様に見せ
ながら土手を登って行った。

あそこ迄行かなくちゃ。
あそこ迄・・・。

検問の男達に悟られない様、泥にまみれて川辺をはいずりながらゆっくりと進む。

ガサッ。

近くで草が揺れる音がする。

ビクッ!

思わず身を硬くし泥の中に体を埋めると、少しだけ目を出して辺りの様子を伺う。どう
やら、風で揺れただけの様だ。

だ、大丈夫だ・・・。

再び前進を始める。冷たい水に体を浸し、あちこちに怪我をし、汚い水が目に入り、検
問の男達に悟られない様にする為、わずか2,3百メートルを進むのに何十分も掛かる。

「シンジっ! こっちっ! こっちっ!」

「あっ、アスカ。」

いつしか、言われた場所迄来ていた様だ。アスカに手を引かれ、ようやく生きた心地が
する。

助かったんだ・・・。

シンジは、土手の死角からアスカに手を引かれ馬車の中へと乗りこんで行った。

<廃屋>

廃墟となった村に差し掛かったシンジは、その一角にあるまだ屋根の残る廃屋で一息つ
くことにした。

「やっとすっきりしたよ。」

「怪我はどう?」

「大したことないよ。」

近くに流れる小川で泥や汗を流し落とし帰って来ると、アスカが夕食の準備を整えてい
る。ようやく、ゆっくりと腰を落ち付けて食事にありつけそうだ。

「今日で食料が底ついちゃったの。」

「そう・・・。あんまり蓄え無かったからね。」

「明日買い出しに行ってくるわ。」

「ごめん・・・なにもかも。」

「ちょっと買いに行くだけよ。さ、ご飯食べましょ。」

夕食を真ん中に並べアスカと対面して座る。その時、ガラガラと荷馬車が近付いて来る
音が聞こえたかと思うと、廃屋の前でぴたりと止まった。

「シンジっ! 隠れてっ!」

「うん。」

表には火を使った跡が残ったままである為、ここに人が居ることは一目瞭然。アスカが
様子を伺いながら玄関へ出て行く隙に、シンジは裏口から納屋へ入りその身を隠す。

ガラ。

表の扉が開く音がする。

「おいっ! ここで何をしているっ!」

「旅の途中よ。今晩は、ここに泊まろうかなって。」

「こっちに、お前と同じ年くらいの少年が来たと聞いたんだが、知らないかっ!?」

「え? 少年? さぁ???」

「とにかく、中を探させて貰うぞ。」

「あっ!」

「どうした。」

「いえ・・・。」

下手に隠そうとするとかえって怪しまれるだろう。アスカは、どやどやと入ってきた革
命軍の人間を監視しながら、いざとなったら飛び掛かれる様に剣の位置を確認する。

ガタン。ガタガタ。

納屋のすぐ近くで、男達が家捜ししている音が聞こえる。シンジは、湿った藁に身を埋
めて身を隠す。

「そっちはどうだっ!?」

「居ませんっ!」

「良く探せっ!」

もう納屋のすぐ前迄男達が来ている。とにかく音を立てない様に息を潜めているしかな
い。

剣を持って来ておくんだった・・・。
早く行ってくれ。

「おいっ! こっちにも何か小屋があるぞっ!」

「見て来いっ!」

納屋の扉が開く音がした。隠れている藁の近く迄、男が近付いて来る足音が聞こえる。
シンジは体をガチガチにして、身を強張らせる。

「けっ。なんでー、藁だけか。」

グサッ。

シンジの顔の真横に剣が突き刺さる。恐怖に声が出そうになるが、冷や汗を流しながら
もなんとか堪える。

グサッっ! グサッ!

あちこちを無造作に剣で突いている様だ。時折、体の真横に剣が突き刺さり、心臓が跳
ね上がる。

いっそ、素手でも戦った方が!
いや・・・駄目だ。
そんなことしたらアスカが・・・。

あまりの恐怖と緊張に大声を出して飛び出したくなるが、ここに自分が隠れていたこと
がわかればアスカにまで被害が及ぶ。それだけは避けなければならない。

お願いだ。
気付かないでくれ。

「そっちはどうだっ!」

遠くから男の声が聞こえてくる。

「誰もいねーよ。」

「そうか。もういい。引き上げるぞ。」

「あぁ。ちょっと、用をたしていくわっ!」

ようやく剣を納めてくれた様だ。藁の中でシンジがほっとした瞬間、体に生暖かい物を
感じ異臭が漂ってきた。シンジの隠れている藁にその男が小便をしたのだ。

「早くしろっ!」

「おうっ!」

シンジを見つけることができなかった男達は、廃屋から出て行く。それを確認したアス
カが、大慌てで納屋へ入って来た。

「シンジっ! 大丈夫だったっ!?」

「ちくしょーっ! ちくしょーっ!」

藁から上半身を出したシンジは、男の小便に汚された自分の体を湿った藁で拭いながら
下唇を噛み締めた。

<漁村>

シンジの逃亡生活も1週間以上になった頃。

ここは日本海に面した小さな漁村。漁業で生活を成り立てている人が多く住んでおり、
食料品店や飲食店もまばらに点在する。

「すみません。大根とお味噌。それからお米を少し下さい。」

「おや? お嬢さん。」

「え? なに?」

「そんなもの、早目に取っちまった方がいいよぉ?」

人の良さそうな店のおばさんが、アスカが頭に付けているインタフェースヘッドセット
を指差して、気さくに喋り掛けて来た。

「あぁ、これね。時間ができたら取って貰いに行くわ。」

「そうかい? そんなもんは、できるだけ早目に取っちまった方がいいと思うけどねぇ。」

「ありがと。おばさん。」

店の奧から出して来てくれた米や味噌を買ったアスカは、笑顔で礼を言って店を後にし、
荷馬車を山へ向かって走らせ始める。

これねぇ。
そうよね。アタシもお買い物とかできるようになったのよね。
もうこんなのいらないのよね。
でも、これ取ろうと思ったら街迄行かなくちゃいけないのよねぇ。

インタフェースヘッドセットは神経接続されている為、特殊な装置が無ければ取り外す
ことができない。それがあるのは、ある程度大きな街の役所に行かなくてはいけない。

すぐは無理よね
ま、いっか。

既にインタフェースヘッドセットを制御していたMAGIは破壊されており、今ではマ
ジックも使えないただの飾り。それを手で撫でながら、アスカはペンペンを走らせる。

カッポ。カッポ。カッポ。

いつしか周りには木が覆い茂り、渓流が脇を流れている。ペンペンを走らせ、アスカは
どんどん山奥へと入って行く。

<山中>

人里離れた山の奥のそのまた奥。獣しか近寄りそうにない草木が多い茂った場所に、小
さな洞穴がある。

「・・・・・・。」

その洞穴の中で顔を膝の間に埋め、両手で膝を抱いてうずくまるシンジ。

「・・・・・・。」

追ってから逃げて逃げて、命からがらここへ辿り着いたのは昨日。

ガサッ。

「!!」

洞穴の外の木々が揺れる音がする。それと同時に、ぎょろっと痩せこけた目を剥き、体
を振るわせながら外の様子を伺う。

カサカサカサ。

カサカサカサ。

どうやら、風の音の様だ。

「・・・・・・。」

今、シンジはアスカが食料を買って来てくれるのを、誰にも見つかれない様に洞穴の中
でじっと隠れ、風の音に怯えながらじっとしている。

「はぁ。」

両手で膝を抱いたまま、少し顔を上げ虚ろな目で溜息を溢す。

ぼく、どうして生きてるんだろう・・・。
身分制度も無くなった。
ぼくなんか、生きてたって仕方ないのに。

少し上げた顔をそのまま洞穴の土の壁にも垂れ掛け、自嘲するかの様な笑みを浮かべる。
草が揺れただけで怯える自分。アスカがいないと食べる物すらなんともできない自分。
何もかもが嫌になっていた。

アスカがいないと生きていけない癖に・・・。
その癖、死ぬのを怖がってる。
最低だ。

今迄は家出をしていても紛れもなく王子であった。父の事を嫌っていても、いざとなれ
ば助けてくれるという甘えが心の奥底の何処かにあったことにようやく気付く。

カポカポカポ。

馬の近寄って来る音。おそらくアスカだろうが、出迎えに行く気力すら無い。ただ、今
日も食事にありつけ、生き長らえることができそうだということだけがわかる。

カポカポカポ。

馬の樋爪の音が止まり、ゴソゴソと洞穴の外で音が聞こえる。ペンペンを木に結わい付
けてるのだろう。

「シンジぃ。ただいまぁ。」

「・・・・・・。」

「今日は、ご飯と大根のお味噌汁ができそうよっ!」

やはりアスカだった。笑顔一杯で両手に先程買った食材を持って、洞窟の中へ入って来
る。

「さっ、お腹空いたでしょ? ご飯作るわねぇ。」

「・・・・・・。」

「ほらぁ、おっきな大根でしょう。きっと美味しいわよ。」

「・・・・・・。」

必要以上に明るく振る舞うアスカ。それに対してシンジは無言。

グツグツグツ。

洞穴の入り口で火を炊き、シンジと旅をしていた時と同じ様に夕食を作り出す。美味し
そうな味噌汁の香りが、穴の中に充満して来る。

「もうちょっとでできるからねぇ。」

「・・・・・・。」

「ほらぁ、美味しそうな香りでしょ。」

「・・・・・・。」

ただ無言で出来上がって行くお粥と味噌汁を見つめる。そうこうしているうちに、夕食
の準備が整い、アスカがお椀2つにみそ汁とおかゆを入れ差し出す。

「はい。お待ちどう様。」

「ごめん・・・。」

無気力にそのおわんを受け取ると、手渡されたスプーンで、何を味わうでもなく機械的
に喉に通す。

「さって、アタシもお腹ぺこぺこぉ。いっただっきまーすっ!」

元気な声でいただきますをすると、目の前でアスカも夕食を食べ始める。

「うん。なかなか美味しくできてるわっ!」

「・・・・・・。」

「どうっ? あまり美味しくないかなぁ?」

「ううん・・・。ありがとう。」

「良かったぁっ! まずかったら、どうしようかと思っちゃったぁっ!」

「・・・・・・。」

「ねぇ、足らなかったらさ、まだ大根あるからね。」

「・・・・・・。」

「アタシもおかわりしちゃおっかなぁっ!」

「・・・・・・。」

「はは。ダメね。太っちゃう。シンジと一緒に食べてたら、美味しくってついつい食べ
  ちゃうわ。あはははは。」

元気に1人で喋り続けるアスカを前に、もくもくとお茶碗一杯の味噌汁とお粥を食べる。

「訓練もしなくて良くなっちゃったしさぁ。これから、2人で何しようかしら?」

「・・・・・・。」

「何か、芸術でも始める? あははは・・・。」

元気に笑っているが、アスカは必死だった。今迄貴族から転落し奴隷となった仲間でも、
何か目的を持っている物はがむしゃらに生き残った者が多い。アスカは、なんとしても
シンジに生きる目的を失わさないようにしようとしていた。

「ご飯って、美味しいわね。シンジが生きててくれるから、アタシもこんな美味しいの
  食べれるのよねぇ。神様に感謝しなくちゃ。」

「・・・・・・。」

「ほんと、シンジのお陰よね。」

シンジが死んだら自分も死ぬ。それはある意味、汚いやり口だったかもしれないが、ア
スカには手段を選んでいる余裕は無かった。

「ねぇ、アスカ?」

「えっ! な、なに? なに? なに?」

「身分制度も無くなったし、日本は良い国になったんだろ?」

「え?」

「革命軍が民衆の為の国を作ったんだろ?」

「まだ、あちこちで争いをしてるじゃないっ!」

シンジは時折自分が生きていたら、折角平和になった国の争いの元になっているんじゃ
ないかと言う様なことを口にする。最も危険な兆候だった。

「でも・・・ぼくなんかが・・・。」

「シンジを必要としてる人が、まだまだいるのよっ!」

「そんなの・・・・・・。」

「いるっ! 絶対いるっ! だから、生きなくちゃダメっ!」

「・・・・・・。」

「アタシには、シンジが必要なのっ!」

「ごめん・・・ぼくなんかと会っちゃったから・・・。」

「違うっ! 違うっ! アタシは、アンタに会えたからっ!」

「・・・・・・もう寝るよ。」

「だからっ・・・うん・・・。」

人工物が何も無い山の中。焚き火を消すと真っ暗である。今日も害虫が入らない様に洞
穴の入り口に網を張り、2人は横になる。

「シンジ?」

「・・・・・・。」

「アタシの為だけでもいい。だから、生きて。」

「・・・・・・。」

「ごめん。我が侭ばかり言って・・・。でも、生きて欲しいの。」

「・・・・・・寝るよ。」

「そうね・・・おやすみ。」

あの革命があった日から、極端に粗食になったわけではないのだが、シンジはげっそり
とやつれ頬がこけていた。追っ手に追われる恐怖と、生きている意味を失ったことから、
精神的に限界に来ていることがありありとわかる。

ごめん・・・アスカ。
もう、ぼくには耐えれそうにないよ・・・。

背中にアスカの温もりを感じる。しばらく風呂にも入っておらず、異臭が漂っている自
分に寄り添って眠っている。

「くっ!」

シンジは少しアスカと距離を置くと、背を向けたまま洞穴の天井を見上げ、ただただ情
けない自分に涙を流した。

<町中>

解放された奴隷達に対して、これまで働いた分の給料を支払う様に、かつての主人には
命令が出されていた。今後奴隷が自立して生活していく為だ。

そんな中、実際に給料が支払われた奴隷は、現状では0.1%にも満たない状況であっ
た。それでも、初めて自分の金銭と自由を手にした元奴隷達の中には、友人と街に繰り
出す者も現れていた。

「おい、1度レストランってのに入ってみないか?」

「そうだなっ! 1度行ってみたかったんだ。」

ここにも2人、元奴隷の少年達が町中に遊びに来ていた。そんな彼らの目に止まったの
は、元主人がよく行っていたレストラン。馬引きとしてこれまでは前を通り過ぎるだけ
だった憧れの場所。

「よし、行こう。」

片方のやや背の高いやせ気味の少年が、レストランに率先して入ろうとすると、店前に
立っていたボーイに呼び止められた。

「申し訳ありません。当店では、ネクタイを締めておられないお客様は入店できかねま
  すが。」

「ど、どうしてだよ。」

かつて主人がネクタイなど締めずに入っていたことを知っている少年は、不平を申し立
てる。

「申し訳ありません。規則ですので。」

「・・・・・わかったよ。」

規則と言われては仕方が無い。しぶしぶ去っていく少年。そのネクタイの条件は、革命
の後できた元奴隷の締め出しの口実であった。1度根付いてしまった身分制度はいろい
ろな形に姿を変えて、今なお受け継がれている。

さて、一方。別のレストランでもこんなことがあった。

「堪忍やぁ。いっぺん入ってみたかったんやぁ。」

「すーずーはーらーっ! わたしが、夕食の準備してるってのに、そんなにレストラン
  がいいってのっ!」

ゴチッ☆

「ちゃうがなぁ、ヒカリぃ。いっぺん自分の金で食べてみたかったんやぁ。」

「自分のお金で食べたいなら、毎日お金あげるから食べに行ったらいいでしょっ!」

ゴチッ☆

「ちゃ、ちゃうがなぁ。」

「そんなに、わたしのご飯が嫌いなら、もう作ってあげないわよっ!」

「ほないなこと言うてへんがなぁ。ヒカリの飯が1番美味いんやがなぁ。」

「じゃ、なんで断りもなくここに入って来たのよっ!」

ゴチッ☆

「ほやから、金持っとったさかい、ついやなぁ。」

「どーせ、わたしよりコックさんの料理の方が美味しいわよっ!」

「ほ、ほやから、ほないなこと言うてへんいうとるがな。」

「もう知らないっ!」

ゴチッ☆

「堪忍してーなぁ。」

奴隷差別とは、別次元の様なので話を戻そう。

<旧王宮>

ミサトは1枚の写真をデスクの上に置き、こめかみに指を当てて難しい顔をしていた。

「ふぅ・・・。」

溜息を付き見つめる写真は、ようやく手に入れたこの国の王子の写真。それは、ミサト
には見覚えがある顔だった。

「いかがなさいますか。ミサト様。」

「まさか、この子だったとはねぇ。」

「は?」

「いえ、何でもないわ。全国にこれを公開して、指名手配して頂戴っ!」

「はっ!」

それはいつ迄経っても見つからない王子と加持将軍をなんとか捕まえ様と、ミサトが作
らせたモンタージュ写真だった。

部下はミサトの命令を受け、全国にその写真を張り出す準備を始める。多額の賞金を付
けて。

<山の中>

翌朝アスカが目を覚ますと、シンジは昨日張った網の外へ出て雨の振り出しそうな曇っ
た空を見上げていた。

「おはようっ! シンジっ!」

「・・・・・・。」

「イヤな天気ねぇ。」

「・・・・・・。」

風が強く木々がガサガサと揺れる耳障りな音を聞きながら、シンジは両手で膝を抱かえ
色の無い目で空を眺め続ける。

「昨日の大根もまだあるしさ。今日は、ここでのんびりしてましょうか?」

「・・・・・た。」

「え?」

「もう・・・疲れた。」

「どうしたの? よく寝れなかったの?」

「・・・・・・。」

「さ、中入って。」

「ごめんね。アスカ。」

「どうしたのよっ!?」

シンジの目が虚ろで、言葉もしっかり聞き取れない。様子が明らかにおかしい。シンジ
が一言喋る度に、恐怖に近い物がアスカの背筋を氷らせていく。

「とにかく中に入ってっ!!」

大声で半ば怒鳴りながら、アスカが手を引いて来る。

「ごめん・・・。」

「何してんのよっ! ほらっ! 早くっ!!!」

「ごめんね・・・アスカ。」

「何がごめんなのよっ! 風の音で聞こえないっ!!」

「ごめんね・・・アスカ。」

「聞こえないっ! 聞こえないっ! 風の音で聞こえないっ!!!」

「山・・・降りるよ。」

「イヤッ! イヤッ!」

「風の音に怯えて・・・暗闇に怯えて・・・。はははは・・・もう狂いそうだ。」

「アタシが守るからっ! 大丈夫だからっ!」

「ごめんね・・・アスカ。
  ごめんね。
  ごめんね・・・アスカ。」

光の無い目で同じことばかりを、ぼそぼそと繰り返す。アスカの顔が真っ青になってい
く。

以前、仲間の奴隷で似たような少女を見たことがある。彼女は自殺はしなかった。しか
し、精神崩壊を起こしてしまったのだ。まさに、今シンジは同じ様な目をしている。

「日本も平和になったんだ・・・。もうぼくなんて・・・。」

「そんなことないっ! そんなことないっ!」

「ごめんね・・・アスカ。」

「イヤ!!!!!」

思わず飛び掛かる様な勢いで、離れて行ってしまいそうなシンジを繋ぎ止め様と抱き付
くアスカ。

「はは・・・情けないね。ぼく。」

「そんなことないっ! そんなことないっ!」

「今になって、アスカの気持ちがやっとわかった気がするよ。ごめんね・・・。」

「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

無気力にだらんとするシンジの手を引っ張り、ズルズルと無理矢理穴の中へ引っ張って
いくアスカ。今迄こういう状態になった奴隷をアスカは何度も見てきたのだ。そして、
翌日死んでいる仲間を、精神崩壊している仲間を。

「シンジっ!!!!」

穴の中へシンジを引き摺って入ったアスカは、その顔を力強い瞳で見据える。

「2人で頑張って行こうって約束したじゃないっ!」

「ごめんね・・・アスカ。」

「まだ、始まったばかりでしょっ! 諦めてどうするのよっ!」

「ごめんね・・・アスカ。」

「どうして謝んのよっ! 2人で頑張ろうよっ!」

「ごめんね・・・アスカ。」

「ね、シンジ。頑張ろっ?」

「人に迷惑をかけて生きるのが・・・こんなに辛いなんて・・・。
  こんなに、生きる意味がなくなることが辛いなんて・・・。
  ごめんね・・・アスカ。」

ほとんどかすれる様な涙声になり、顔を膝の間に埋め込んで丸くなるシンジ。

「シンジ・・・・。」

もうアスカには何と声を掛けていいのかわからなかった。下手に優しさを見せると逆に
シンジの精神を痛めつける。かといってつき放つと、立ち直れる状態だとはとても思え
ない。

最後にアスカにできることは、1つしかなかった。

「シンジが死ぬなら、アタシも死ぬ・・・。」

卑怯だと言われるかもしれない。しかし、もう他に何も思いつかなかった。

「・・・・・・。」

「お願い、死なないで。」

「ごめんね・・・アスカ。」

「!!」

目を見開くアスカ。もう駄目だ。自分の言葉が耳に届いていない。何を言ってもシンジ
は虚ろな目であらぬ方向を見ている。時折、言葉らしきものを話しているのがわかる。
今が精神の崩壊を防ぐ瀬戸際かもしれない。

「シンジっ!!」

泣いてシンジに抱き付くアスカ。

「ごめんね・・・アスカ。」

「シンジっ! シンジっ! シンジっ!」

「もう、日本は平和になったよ。良かったね。アスカ。
  でも、ぼくは・・・もう。」

「シンジっ! シンジっ! シンジーーーーーーーーーーっ!」

「よかったね。アスカ。
  ごめんね・・・アスカ。」

「シンジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

結局アスカは何もできないまま、シンジと共に夜を迎えた。シンジが寝ついたことを確
認して自分も寄り添って寝たのだが、それからしばらくしてシンジは1人で月を見上げ
ていた。

ごめんね・・・アスカ。
この国は平和になったんだ。
アスカはきっと幸せになれるよ。
ごめんね・・・アスカ。
ごめんね・・・アスカ。

                        :
                        :
                        :

ヒヒーン!
ヒヒーン!

ペンペンが先程からけたたましく嘶いている。それ迄眠っていたアスカだったが、その
鳴き声に目を覚ます。

「もぉ、ペンペン。ウルサイわよぉ。えっ!?」

目を擦りながら起き上がったアスカは、周りに目を向けぎょっとその目を見開いた。シ
ンジの姿が何処にも見えない。

「シ、シンジっ!」

洞窟から一目散に飛び出す。

「シンジっ! シンジっ!」

外を見回しても、やはり何処にもシンジの姿は見えない。ただペンペンが悲しそうな嘶
きを上げるばかり。

「バカっ!」

シンジの去って行ったであろう方向をキッと見据える。

「ペンペンっ! 行くわよっ!」

ヒヒーーン。

シンジは金品は勿論のこと、護身用の剣迄置いて行っている。何かあってからでは取り
返しがつかない。アスカは、ペンペンから荷台を外すと、その上に跨り森の中を駆けて
行った。

その頃シンジは、その身1つで山を下っていた。生きる目的を失い、人に追われ逃亡し、
その身を隠して怯えて生き長らえる。自分がいることで、アスカに迄危険な思いをさせ
る。そんな生活は、シンジの精神を極度に痛めつけていた。

「ごめんね・・・アスカ。」

そんなことをぶつぶつと口にしながら、革命軍の誰かが自分を見つけてくれることを祈
ってただただ山を下りて行く。狂人に身間違われても不思議ではない程、その目には生
気が宿っていなかった。

「ごめんね・・・アスカ。
  ごめんね・・・アスカ。
  ごめんね・・・アスカ。」

うわ言の様に同じことばかりを機械的に言いながら、ふらふらとどれ程山を下りたこと
だろうか、しばらくすると山の麓に明かりが見えてきた。最初は人の家の明かりがよう
やく見えたと思ったが、様子がおかしい。

もう少し近づいてみると、家が燃えている。

「か、火事だっ!」

かすかにシンジの瞳に色が戻った。

もしかしたら、まだ人がいるかもしれない。シンジは思わず走り出していた。ある意味
この火事という簡単なショックがシンジを救ったのかもしれない。

もし、この火事が無く山をさ迷い続けることとなっていれば、シンジはそのまま正気に
戻ることなく精神を完全に崩壊させることになっていただろう。

だんだんとその家が近付いて来ると、状況が見えてきた。家の中からは悲鳴が聞こえ、
その周りに何人かの村人が立っている。

よくよく見ると、それは火事ではなく放火の様だ。家の側には、1人の男性が殺されて
おり、その横で複数の男に女性がいたぶられている。

「何してるんだっ!」

男達に向かってシンジが叫ぶ。

「やめときな。」

女性をいたぶっている男達に殴り掛かろうとしたが、近くの村人がシンジを捕まえ止め
てきた。

「何してるんですかっ! 警察をっ!」

近くにいた村人に叫ぶが、村人は軽く首を振る。

「警察? 何処行ったかわかんねぇよ。」

「えっ!?」

「あれは元奴隷だ。適当に見物しとけばいいさ。」

「元奴隷ってっ! 何言ってるんですかっ!」

奴隷という言葉に敏感に反応しシンジが抗議するが、その村人は素知らぬ顔で自分の家
へ帰って行く。その間も、女性は暴行を受け続け家の中からは、わずかな金品が別の男
に持ち出されている。

「な、なんてことするんだっ!!!」

シンジの心の中に、遥か彼方に忘れてきてしまった感情が湧き上がって来た。憤りとい
う感情と自らがすべきことへの使命感が。

「うぉーーーーーーーっ!!!!!」

手近にあった太目の手頃な木切れを手に取り、女性に暴行を働いている男に殴り掛かる。
しかし、相手は真剣を持っていた。

「なんだ貴様。」
「なにいきりたってんだ? こいつも元奴隷じゃねーか?」

金品を持ち出していた男達が、先程殺した元奴隷の男性を踏みつけ、剣を持って躍り出
てくる。相手は3人。

ドカッ!

先頭に立っていた男の剣を避け、木の棒で殴り倒す。後の2人も斬り付けてくるが、所
詮は素人。

ドカッ! ドカッ!

次々とシンジが相手の肩や腹部を殴りつける。

「うわーーーーっ!」

更に追い打ちを掛けるが、相手はじりじりと後退し始めた。

「おい、なんか強いぞ。」
「やることはやったんだ。もう行こうぜっ!」
「あぁっ!」

男達はそそくさと闇の彼方へ退散していく。後には焼かれた家と泣き崩れる女性。そし
て殺された男性の死体のみが横たわっていた。男達を追い掛け様と踏み出したシンジだ
ったが、思い止まり女性の側へ寄って行く。

なんでだよ。
奴隷は解放されたんだろ?
どうしてこんなことになるんだよ。

半ば破かれた衣を泣き崩れる女性に掛けてあげつつ、シンジは何とも言えないやるせな
さを感じる。

これじゃ前より酷いじゃないか!
警察もいない?
治安がむちゃくちゃなんだ。
あれだけ犠牲を出した革命の結果が・・・これ?

事実、革命から数日たった今も、ミサトは各地で起こる内乱を鎮圧できずにいた。下手
をすればこのままずるずると、国中が終わりの無い内乱の泥沼へ発展するかもしれない
状況にまで陥っていたのだ。

治安は乱れ、警察機構も禄に動いていない。それもこれも、碇王朝と癒着が強かったブ
ルジョアや貴族が根強く反旗を翻しており、既に王朝対革命軍という図式ではなく、ブ
ルジョア対プロレタリアンの争いの様相を呈してきていた。

「おいっ! あれって王子じゃねーか?」

その時、村人の1人がぽつりと呟いた。その声を聞いた他の村人達も、数日前に配布さ
れた2枚の指名手配の写真を思い浮かべ、月明かりに照らされたシンジの顔を眺める。

「おい、似てるぞ。」
「間違いねぇ。王子だっ!」
「賞金が出るぞっ!」

先程の争いで、シンジがかなり腕が立つことを知っている村人達は、おのおの鍬などの
武器を取りに行く。

どうする?
このまま殺されていいのか?

つい先程迄なら、全てから逃げ出し死んでしまいたいと考えていた。しかし、平和にな
ったと思っていた国が、とんでもない方向を向き出している。それも、下手をすると、
アスカに直接危害が加わるであろう方向に。

このまま殺されていいのか?
ぼくは・・・。

そうこうしている間に、村人達が鍬や斧をそれぞれ手に持ってシンジに迫ってくる。

その時。

「シンジーーーーっ!!!!」

馬の蹄の音と共に、忘れようとしても忘れられない声が聞こえて来た。

ガシッ!

シンジの手を掴むアスカ。

「アスカっ!」

「乗ってっ!」

振り向いた瞬間、既にシンジはアスカに捕まれ、馬の上に引き摺り上げられていた。

「しっかり掴まってっ!」

「大丈夫っ!」

「行くわよっ!」

「行こうっ!」

ペンペンに跨り、アスカとシンジが疾走する。

馬を追って走り出す村人。しかし、所詮馬と人では話にならない。シンジは村人達を後
に、闇の彼方へと消えて行った。

                        :
                        :
                        :

パカパカパカ。

山の中、草を分けてペンペンが歩く。その上には、手綱を握るアスカと、その後ろに座
るシンジ。

「助かったよ。アスカ。それから・・・ごめん。」

「良かった・・・無事で。」

「もう耐えきれなかったんだ。」

「今迄そうやって死んでいった奴隷を何人も、何十人も見てきたわ。」

「そう・・・。」

「でも、アタシは生きてる。」

「うん。」

「シンジと会う迄の10年間・・・辛くて辛くて、何度も死にたくなったけどアタシは
  生きてる。」

「うん。」

「アタシは10年。シンジは10日とちょっとじゃない。」

「ごめん・・・。」

「ううん・・・。みんな、死ぬ人は最初の10日の間に死の道を選ぶの。今迄そうだっ
  た。それを乗り越えた奴隷は、生き続けることができるの。」

「そう・・・。」

「辛いと思うけど、お願いっ! 生きてっ! そしたら、アタシだって日の当たる場所に
  出れたのっ! だからシンジだってっ!」

「それが、違うんだ。」

「え?」

「それが、違うんだよ・・・。そんなに甘くなかった。ううん、ぼくが甘かったのかも
  しれない。」

「どうしたの?」

それから、シンジは洞穴へ帰る迄に今見て来たことをアスカに聞かせた。その話自体に
もアスカは衝撃だった。しかし、最も驚いたのはシンジの口調がしっかりしていること
だった。

「で、シンジはどうするの?」

「まだ、ぼくにはやらなくちゃいけないことがあると思うんだ。」

「シンジ・・・。」

「このままじゃ、アスカが、国のみんなが不幸になる。」

アスカの目に涙が光った。今、目の前にいるのは、間違いなくシンジであった。黒い瞳
に輝きを持つシンジであった。

「ぼくは、王子になんて生まれたくないと思った。でも・・・。」

「でも?」

「今は、何でも利用しようと思うっ! このままじゃ駄目だ。ぼくがこの国を立て直し
  てみせるっ!」

「そう・・・。なんだか、悔しいな。」

「どうして?」

「アタシにはできなかったことを・・・やっぱり、シンジは王子様よ。この国の王子様
  なのよっ!」

「え?」

「頑張りましょ。シンジにならできるわっ!」

「ぼくになら・・・。」

「そうよっ! アンタはこの国の王子様なんだもんっ!」

その日の明け方、シンジとアスカは今迄いた洞穴に戻り身支度を始めた。こんな所でう
だうだ隠れていてはいけないのだ。

危険は承知。それでもやらなければならないことがあるのだ。最初の目的は、行方不明
になったと聞かされた英雄加持を探すこと。

「いいわ。準備できたわよ。」

「これからは、チルドレンショーじゃないけど、アスカもまた訓練して貰うことになる。」

「ええっ! 頑張るわっ!」

ガサガサ。

その時、穴の周りが騒がしくなった。ぎょっとしてアスカが穴から抜け出すと、そこに
は11人の警官が剣を持ってこちらに向かって歩いて来ている。おそらく先程の村人が
通報したのだろう。

「シンジっ! 逃げてっ!」

「おいっ! やっぱり王子だぞっ! 捕まえろっ!」

わらわらと近づいてくる警官達。

「シンジっ!!! 早くっ!!」

必死でシンジを隠そうとするアスカ。既に洞穴は幾人もの警官に包囲されている。シン
ジと言えども、これだけの訓練された警官に包囲されては太刀打ちできない。

ジャキン!

剣を抜き取るシンジ。

「それ以上近寄ったら、人質を殺すぞっ!」

しかし、その切っ先はアスカに向けられていた。

「シ、シンジ!」

「フン。人質とも知らないで、騙されて付いて来たお前が悪いんだっ!」

アスカの首元に切っ先を押し付ける。

「シンジっ! そんなことしたらっ!」

剣を構えて包囲を狭くしてくる警官。

「近付くなっ! それ以上近付いたら、ぼくが無理矢理連れてきたこの女を殺すぞっ!」

それでも警官は包囲を狭くしてきた。

「フン。役立たずだったなっ!」

シンジはアスカの背中を力一杯押して、警官の包囲の向こうへ突き飛ばす。

「シンジっ!!!!」

アスカが悲鳴を上げる。

「これからだったのに・・・。」

シンジがかすかな声で呟く。

頭上でガサリと木々が揺れた。

その中央でシンジはアスカに、別れの笑みを浮かべるのだった。

<静岡県>

その頃日本は大騒ぎになっていた。日本の内乱につけ込み、アメリカのゼーレが宣戦布
告してきたのだ。既に敵の軍艦は長崎へと迫っている。まだミサトの勢力は海外を相手
にするだけの組織的な抵抗力は持っておらず、旧王朝軍もバラバラの状態だった。

「兄さん聞いたかい? 今度は戦争だってよ。」

店員が客に話し掛けている。ここはとあるバー。そこに、頭までマントを被った男がバ
ーボンを飲んでいる。

「あぁ、敵ってのはいい頃合いを狙ってくるものさ。」

「兄さんよぉ。九州が危ないらしいぜ。」

店主は、空になったグラスにバーボンを注ぎながら、マントを被った男に話し掛ける。

「日本はいったいどうなっちまうんだろうねぇ。」

「全ては、彼と共にある。」

「彼? だれでぃ。そんなに凄い人がいるのかい?」

「ただの子供さ。」

「なんでぇい。それ。」

「ただの純粋な子さ。だが・・・。」

マントを被った男は、コインを店のテーブルに置くと一気にバーボンを飲み干す。

「おうっ! まいどっ!」

バーを出て行く男。

”1人の少女と共に山へ向かった。”

これが、最後の情報だな・・・。

その男は、富士山を横目に巨大な馬に跨ると山へ向かって走って行った。

To Be Continued.
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