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星の煌き
Episode 07 -差別-
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<山の中>

「これからだったのに・・・。」

シンジが微かな声で呟く。

頭上でガサリと木々が揺れた。

その中央でシンジはアスカに、別れの笑みを浮かべ取り囲む11人の警官に向かって剣
を構える。

「シンジーっ!!」

突き飛ばされたアスカは即座に起き上がると、剣も持っていない状態でシンジを助けよ
うと飛び込んで来る。

「来るなっ!」

「キャッ!」

飛び掛かろうとしたものの、突き飛ばされるアスカ。

「莫大な金が手に入るぜっ!」

金に目が眩み、一気に襲い掛かってくる警官達。即座に応戦するが、相手が多過ぎる。
すぐに追い詰められ、剣を四方八方から突き立てられた。

「イヤーーーーーーーーっ!」

アスカの悲鳴が轟いた。

その時。

ガサガサガサ。

先程からガサガサと揺れていた木々の音が、近付いて来たかと思うと、真横の木が大き
く左右に揺れた。

「ぐわっ!!!!」

血を肩口から吹き出し断末魔と共に目の前で4人の警官が倒れる。

シンジとアスカの目に映るは、見覚えのある少年と少女。

「なんだ貴様っ!」

「フッ。」

ぎょっとして警官が体勢を立て直そうとしたが、背後から不意をつかれた形となりバタ
バタと乱れ始める。

「シンジっ!」

その隙を突いてシンジに駆け寄ろうとするアスカ。

「邪魔だっ!」

アスカに剣を振り上げる警官。

「イヤ!」

「やめろっ!」

シンジは形振り構っていられず、その警官に無心で斬り付ける。

首が飛ぶ。

視界が赤く染まる。

返り血を全身に浴びるシンジ。

その間も、周りでは突然現れた少年と少女に警官は次々とやられていっていた。

「に、逃げろっ!」

一瞬にして3人に減らされた警官は、顔を真っ青にしてその場から逃げ始める。

「シンジーーーーっ!!!」

駆け寄って来たアスカが抱き付こうとするが、それを手で制して距離を取る。

「シンジ?」

「血・・・つくから。」

周りに8人の警官が倒れている。そのうちの1人は、シンジ自らが手を血に染めて殺し
たもの。

「やぁ。」

「カヲルくん・・・どうして?」

「久し振りだね。」

「うん・・・そうだね。」

「王子様だったなんてね。知った時は驚いたよ。」

「でも、どうしてここに?」

「君達を探していたのさ。そしたら、王子が逃げたとかって騒いでる村があってね。」

「そう・・・。昨日の村だ。」

そこへ、飲み水で布を濡らしてアスカが駆け寄って来ると、真っ赤に染まったシンジの
顔を丁寧に拭き始める。

「シンジ・・・大丈夫?」

「うん。」

シンジに対して7人を倒しておきながらカヲルとレイの体はほとんど汚れていない。今
迄それだけの場数を踏んできた証だろう。

「どうだい? シンジくん。」

微笑を浮かべるカヲル。

「あの時の借りは、これで返せたかな?」

「その・・・。」

「なんだい?」

「できれば、アスカを連れて行ってくれないかな?」

「えっ!!?」

シンジの顔を拭いていたアスカの手が止まる。

「ぼくといたら、本当に殺される。運が良くても、今度はアスカまで手を血に・・・。」

自分の血で真っ赤になった服を、卑しい物を見る様な目で睨み付けるシンジ。

「イヤっ! イヤよっ!」

「カヲルくんなら、きっと守ってくれる。」

「一緒に行くって約束したじゃないっ!」

「アスカっ!」

「約束したじゃないっ! いやよっ! 絶対いやっ!」

「見てみろよっ! この服っ!」

突然声を荒げ、血に染まった自分の服を半ば興奮し鷲掴みにする。

「アスカにこうなって欲しくないんだっ!」

「手が血に染まってもいいっ! シンジと行きたいっ!」

「邪・・・。」

一瞬の躊躇。

「アタシも一緒に行きたいっ! 約束したじゃないっ!」

「邪魔なんだよっ!」

「シン・・・。」

シンジは目を逸らしてしまい、それ以降決して目を合わせようとしない。アスカは茫然
自失で唖然と佇む。

「カヲルくん。お願いできないかな?」

「そうだねぇ・・・。レイはどうだい?」

「あなたのすることに干渉はしないわ。」

相変わらず冷めた口調のレイ。生きる為に共に行動しているが、あくまで個人主義の2
人らしい遣り取り。

「イヤッ! イヤイヤッ! 一緒に行きたいっ!」

「駄目だ。」

「アタシはもうシンジの奴隷じゃないわ。命令はできないはずよ。」

「そうじゃなくてっ!」

「邪魔なら殺せばいいじゃないっ!」

「うっ。」

「アンタなら、アタシを殺すことなんてすぐできるでしょっ!」

次の言葉が出てこない。だが、これからしようとしていることを考えると、アスカを守
る自信が無い。それどころか、自分の命すら守る自信が無い。

悩むシンジ。今すぐにでもアスカを抱き締めたくなるが、震える手を押さえ目を見開く。

「駄目だ。」

「シンジ・・・。」

愕然とするアスカ。

「わかったよシンジ君。僕が彼女を1番いいように取り計らうよ。」

「助かるよ。」

それだけ言い残すと、シンジは自分の荷馬車へと歩いて行き、振り返ることもなく出掛
ける準備を始める。

「シンジーーーーっ!」

「行こうか。」

いくら呼び掛けても決してシンジは振り向かない。アスカの瞳からほろりと涙が零れ落
ちる。

そんなアスカの耳元でカヲルが囁く。どうやら説得してくれたのだろう。カヲルは、レ
イとアスカを連れて去って行く。

「そうそうシンジ君。最後に渡したいものがあるんだ。」

「え? なに?」

「強力な武器が手に入ったんだ。この道の先に僕たちの馬車がある。後で寄ってくれな
  いかい?」

「わかったよ。」

アスカの去って行く姿を見ない様に、背中で答えながら出発の準備を進めるシンジであ
った。

                        :
                        :
                        :

出発の準備を整え、ペンペンに鞭を打ち山道を下って行く。

どこかで血・・・洗わなくちゃ。

先程から返り血で汚れた体を布で拭いているが、拭いても拭いても血の匂いが取れない。

アスカ・・・。

もう1度だけ、この先でカヲルと合流する時にアスカと会う機会がある。2度と離れな
いと約束したアスカ。離したくないアスカ。だが・・・自分の血塗られた手を見て首を
振る。

駄目だ。
やっぱり・・・。

おそらく今日から当分の間、この血を思い出し寝ることなどできないだろう。しかも、
こういうことは今後何度も起こるに違いない。

だが革命から逃げる時の様に、人の手を血に汚し自分だけ綺麗な手をしていてはいけな
いと思う。その裁きはいずれ受けることになるだろう。だが、それがアスカの元に下っ
てはいけないのだ。

ガラガラガラ。

山をある程度下ると、豪華なカヲルの馬車が見えて来た。カヲルが、その前に立ってい
る。

「やぁ、シンジ君。早かったね。」

「アスカは?」

「ちょっと精神的に不安定だったんでね。薬で眠って貰ったよ。」

「そう・・・それがいいよ。」

「武器ってのはあれさ。」

カヲルが指差した先には、シンジの腰くらい迄の高さがあるサイコロの様なキューブだ
った。

「これは?」

「強力な武器さ。森の中で開けると危険だから、平地に出たら試してみるといいよ。」

「そう。ありがとう。」

「きっと役に立つと思うよ?」

「うん。」

シンジはカヲルと共にそれを持ち上げ荷馬車に乗せる。カヲルがそこ迄言うくらいだ。
今後の戦いにきっと力になってくれるだろう。

「じゃ、アスカのこと頼んだよ。」

「また会うことがあるといいね。」

シンジはカヲルに手を振り、荷馬車を進ませる。後方にアスカの乗るカヲルの馬車が遠
のいて行く。

「アスカ・・・。」

そして完全に馬車が見えなくなった頃、シンジの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

「アスカ・・・ごめん。アスカ・・・。
  好きだったんだ・・・。好きだったんだ・・・。」

最初は呟く様に言っていたその言葉も次第に大きくなり、どんどんと涙声へと変わって
行った。

「アスカーーーーっ!」

<平原>

1時間程荷馬車を進めると、山道を抜け広い平原に辿り着いた。シンジは一旦馬車を止
め、気分を変える意味でカヲルから貰った武器を試そうと荷台から降ろす。

どんな武器だろう・・・。
森の中じゃ危険だって言ってたなぁ。
火炎放射器か何かかな?
そういや、アスカも炎系のマジックだったなぁ。

一緒に旅していた頃のアスカのことを思い出すと、また涙が零れそうになる。気を抜く
とアスカを連れ戻しに行きたくなる衝動に駆られる。

アスカ・・・。
やっぱり君といたいよ。
アスカっ!
アスカっ!

時間が経つに連れ後悔の念がどんどん湧き上がってくるが、今となってはもうどうする
こともできない。

「クソッ!」

自分の心を奥深くに無理やり捻じ込み、自分を誤魔化すかの様にカヲルから貰ったキュ
ーブを勢い良く開ける。

「!!!!!」

シンジは目を見開いた。

「ご、ごめん・・・。」

キューブから声が漏れる。

「あ、あ、あ、あ、あ・・・・。」

驚きの余り声が出ないシンジ。

「怒らないで・・・。で、でもっ、アタシ。」

「アスカーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

キュウーブの中で膝を抱いて座り丸く埋まって自分を見上げているアスカを、めいいっ
ぱいの力を込めて抱き上げる。

強力な武器。
そういうことか・・・。

人を殺し精神的に不安定になっていたのは、自分だったのかもしれない。それをカヲル
は助けてくれたのだろう。

「あのね、シンジ。アタシ、どうしても・・・。」

「一緒に行くって約束したのに・・・。ぼくは・・・。」

「シンジっ!」

「ぼくはちょっと何かあると怯えちゃう。そんな時、強いアスカがいなくちゃ駄目だね。」

「そんなことない。シンジの気持ち・・・よくわかったから。」

「ぼく・・・まだまだ弱いよ。間違いだらけだ・・・。」

「アタシに支えてあげれるかな?」

「アスカ・・・。」

抱き締めたアスカは、明るい日差しに照らされニコリと笑っていた。それはシンジにと
って、何よりも最強の武器。

アスカは思う。これまでも何度も助けられこれからもそうであろう。だが、そんな自分
にもシンジを支えられることがあるのかと思うと、嬉しくて仕方がなかった。

ゴトゴトゴト。

荷馬車は走る。シンジ達の目標は、今勢力を取り戻しつつあると聞く、大阪方面の旧王
朝群。そこに行けば加持がいるかもしれない。少なくとも2人で行動するよりは、遥か
に安全だろう。

「ねぇ、シンジ?」

「ん?」

「箱の中で隠れてた時さぁ。」

「うん。」

「あのねぇ。『アスカぁ、ごめんよぉ。』とか、『アスカぁ、好きだよぉ。』とかって
  泣き声聞こえてきたの。どうしてかしらぁぁ???」

「ブッ!」

これ以上無いという程顔を真っ赤にするシンジ。よくよく考えると、真後ろにアスカが
いるとも知らず、とんでもない醜態をさらしてしまっていた。

「そ、そんなこと知らないよっ!」

「そぉ?」

ニヤーと意地悪な笑みを浮かべ、赤い顔を隠すように背けるシンジを無理やり覗き込ん
でくる。

「ずーっと、『アスカー、アスカー』って聞こえてたんだけど。」

「わーーーっ! もう言っちゃ駄目っ!」

「『アスカぁ、好きだったよぉぉっ!』って。」

「も、もう許して・・・。」

口を尖らせて変な声を出しシンジの物真似をしながら、しつこく言い続けるアスカ。も
う穴があったら飛び込みたくなってくる。

「『あしゅかぁ。あしゅかぁ。』って。」

「”しゅ”なんて言ってないだろぉっ!」

「『あしゅかぁ。あしゅかぁ。あしゅかぁ。あしゅかぁ。』」

「お願いだから・・・もう許してよ・・・。」

「ねぇ、シンジ? 恥ずかしい?」

「恥ずかしいよっ!」

「でしょ〜? 聞いてるアタシがどれだけ恥ずかしかったかわかる? 声出しちゃ駄目っ
  て、言われてるから大変だったのよぉぉ?」

「ごめん・・・だから、もう言わないで・・・。」

「でも、嬉しかった。」

ペンペンの手綱を持って荷馬車を走らせるシンジに、横に座っていたアスカがぽてりと
凭れ掛かってくる。

「駄目だよ。服、血がついてるから。」

「いい。」

「よくないよ。」

「いい。シンジが苦しむなら、アタシも苦しむ。1人で背負い込まないで少し分けて。」

「アスカ・・・。」

凭れ掛かるアスカの肩に手を回し強く抱き締めシンジは思う。自分が正しいのか間違っ
ているのか、見極めるのは難しい。だが、せめて後悔しない生き方をしていきたいと。

その為に強くなろう。

せめて、アスカを守れる自信が持てるくらい迄。

<国道>

平原を抜け国道に差し掛かった。国道とは言っても名ばかりの砂の道。時折ひび割れた
アスファルトが出て来る程度の国道だ。

「シンジっ。隠れてっ!」

道の行く手で、また検問をやっているのをみつけた。いつものごとくシンジはホロに入
り手綱をアスカに任せる。いざとなれば戦える様、剣を構えて息を潜める。

「わーーーーーーーっ!」
「殺せーーーっ!」
「ぎゃーーーーーっ!!!」

しかし、シンジ達がその検問に差し掛かるわずか手前で、轟くような声が沸きあがった。

「シンジっ! ちょっとっ!」

「どうしたのっ!?」

「あれっ!」

何事かとホロから目を出し様子を伺うと、検問していた警官相手に巨大な馬に乗った1
人の男がこれまた巨大な剣を振り翳しなぎ倒している。

「あ、あれはっ!」

「シンジっ! 逃げた方がっ!」

恐怖に顔を引き攣らせるアスカ。

「いやっ! いいよっ! 進んでっ!」

カヲルとレイも強かったが、その男の強さは桁違いであった。まるで10人以上いる警
官など赤子以下である。

「か、加持さんっ!!!!!」

それは、師であり兄である加持との再会であった。シンジが、剣を持ってホロから駆け
出す。その声を聞いた加持は、頭迄被っていたマントを取り笑みを浮かべた。

「これは。これは。」

戦っている最中だというのに、軽くお辞儀をしてシンジにウインクする。逆に腰を抜か
したのは、警官達であった。

「か、加持だっ!」
「ま、まずいっ!」
「逃げろっ!」

賞金欲しさにシンジを狙っている者は多いが、余程の組織でなければ加持を狙うものな
どまずいない。それほど英雄加持の名声は轟いている。

「お探ししました。王子。」

馬から下りシンジに向かって歩き出す加持。そして2人が握手を交わす頃には、検問を
していた警官は1人残らず姿が見えなくなっていた。

「加持さーーーーんっ!」

まるで迷子になっていた幼子が両親に巡り合えた時の様な、安堵の表情で加持に抱き着
くシンジ。

革命以降、壊れそうになりながらも気を張り続けてきた。だが、所詮14歳の少年であ
る彼には荷が重かったのも事実。ようやくここに心安らげる場所ができた。

「ほぉ。彼女がそうですか。これはまた。噂で聞いたが・・・。」

「はい。この娘が一緒に旅してきた、アスカです。」

シンジが紹介すると、アスカも荷馬車から降りて深々とお辞儀をした。

「惣流・アスカ・ラングレーと申します。」

「あまり固い挨拶はよそうじゃないか。所詮、今俺は罪人だからな。大した者じゃない
  さ。ははははは。」

「加持さんは、この1ヶ月どうしてたんです?」

「あぁ、のんびり休養させて貰ったよ。王宮は固苦しくってな、俺には丁度良かったな。」

「加持さんらしいや。」

「ところで、王子。」

「もう王子じゃないですよ。」

「いや、王子だ。王の言葉があるんだが、聞くか?」

「えっ!? 父さんのっ!?」

「そうだ。」

「はいっ!」

加持は革命があった日のことを語り出す。一気に発起した革命軍は、王宮内の内通者と
連絡を取り合いあれよあれよと言う間に雪崩れ込んで来た。

そこから話を始め進める加持。その話の中で、シンジが最も身を乗り出して聞いたのは、
ゲンドウとの最後の会話の所であった。

                        ●

加持が王室へ飛び込むと、ゲンドウはいつもの王座にじっと座っていた。

「逃げ道はもうありませんが・・・どうします? 王?」

「良い。君1人なら逃げられるだろう。」

「ええ。」

「もし、シンジに会ったら伝えてくれ。」

「なんなりと。」

「日本を頼む。」

「はっ! ではっ!」

その後、王は自害したと聞いていると加持は語った。

                        ●

シンジは空を見上げ父を想う。最後にもう1度だけでも話しがしたかったと。

「加持さん。大阪へ行こうと思います。」

「いいだろう。」

それでもシンジに涙はなかった。

もう後悔しないと決めたのだ。過去を振り返っても仕方がない。

今は未来へ進むのみ。

<第3新東京市>

王宮でミサトは、何日もの間碌に寝むることもできず、作戦指揮をしていた。東北は旧
王朝軍に完全に制圧された。兵庫で猛威を振るっている軍とは、現在大阪で激戦中。更
に、ゼーレが九州をほぼ全域に渡り制圧し、本州に攻撃を開始しようとしている。

「はぁ・・・。」

やつれた顔で頭を抱え込むミサト。この一ヶ月あまりで何キロ体重を落としただろうか。

どうして・・・。
わたしは民主主義を、理想の国作りを打ち立てたはずなのに。

ミサトの革命は完全に息詰まりを見せていた。どれだけ理想を掲げてみても誰も付いて
など来ない。そこに見え隠れしたのは、どれだけ自分に利益があるかという欲望ばかり。

このままでは、ゼーレの植民地になってしまう。
わたしは何の為に多くの犠牲を払って・・。

「ミサト様っ!」

また伝令が飛び込んで来る。連日昼夜を問わずこの有り様。

「ミサト様っ! 山口にゼーレの一軍が進行しようとしてますっ! どうなさいますかっ!」

「くっ!」

伝令を睨みつけるミサト。

「ミサト様っ! 判断をっ!」

「もうっ! それくらい自分で判断しなさいよっ!!!!」

金切り声をあげるミサト。

「し、しかし・・・。」

「どいつもこいつもみんなわたしに押しつけてっ! 都合が悪くなると裏切ってっ! も
  う、ほっといてよっ!」

伝令を無視して奥の部屋へ飛び込み、ソファーに倒れ込む。明かりもついていない暗い
部屋で全てから目を閉じ横になる。

お願い。
1度でいいから静かに寝かせて・・・。

「ミサト様っ!」
「ミサト様っ!」

その後もミサトの王室には、ひっきりなしに代わる代わる伝令が、容赦無く駆け込んで
来ていたのだった。

<大阪>

加持に出会ってからの旅はそれ迄が嘘の様に楽なものとなった。検問という検問は見事
に回避迂回して行く加持。万が一交戦になっても、相手が自ら愚かさをその身を持って
噛み締めることになるだけ。

「加持さん・・・。これは・・・。」

だが、良いことばかりも続かない。生駒の山から見下ろした大阪の町は、まさに阿鼻叫
喚の地獄絵図だった。

「天王山から六甲に掛けては、旧王朝軍が制圧してるはずだ。京都を迂回しよう。」

「誰が指揮してるんですかね。」

「どうせ、芦屋の財閥かなんかだろうがな。」

「とにかく急ぎましょう。」

加持は馬に跨り、シンジとアスカは荷馬車に乗って一旦京都を目指す。いくらなんでも、
この大阪を横断すれば、加持と言えど命はない。

「王子。すまないが、水を貰えないかな?」

「ちょっと待って下さい。」

大阪の惨状を見た後だったので、アスカに手綱を持って貰いシンジは剣を磨いていた為、
すぐに手が離せなかった。

「アスカ? 今ちょっと手が離せないから、加持さんに水渡してくれないかな?」

「う、うん・・・。」

シンジに言われたので、コップに水を入れ馬に乗る加持に手渡すアスカ。

「ねぇ。シンジ?」

「なに?」

「アタシ、あの人嫌い。」

「どうしたのさ?」

「だって、目がギラついてて恐いんだもん。」

「そんなことないよ。優しい人だよ?」

「そうかしら?」

丁度愛知から三重へ抜ける所で、組織的な敵と鉢合わせした。最初はただの検問だった
のだが、後から後から沸いて出る様に援軍が掛け付けて来たのだ。

その時の加持はまさに鬼神だった。それからだろうか、アスカが加持のことをどことな
く恐がり始めたのは。

「そんなこと言っちゃ加持さんに悪いよ。」

「だって、戦いを楽しんでるような・・・。」

「そんなことないと思うけど。」

「だって、こないだ戦ってた時も、目がギラッてしてたし。」

「そりゃ、ぼくだって、戦いになったらそんな目になっちゃうよ。」

シンジにとって加持は師であり兄である為か、どうしても弁護したくなってしまう。戦
っている時の加持は、シンジにとってはまさに強い男の象徴。

「うーん。シンジのとは、なんか違うのよねぇ。」

「どうして?」

「戦ってても、なんだかシンジって可愛い目してるもん。」

「うっ・・・。」

二の句が告げなくなってしまう。誉めているつもりなのだろうが、男としてのプライド
をズタズタに切り裂かれた気持ちになった。

そりゃ、加持さんと比べたらそうかもしんないけど・・・。
やっぱりぼくは、加持さんみたいになれないのかなぁ。

前を巨大な馬に跨り、威風堂々と進む加持の背中が、いつもより更に大きく見えるシン
ジであった。

                        :
                        :
                        :

京都を回り大阪平野の端を横切ったシンジ達は、山沿いに馬を走らせ、いよいよ天王山
を通過しようとしていた。

「王子。王朝軍の旗だ。」

「あっ! ほんとだっ!」

久しぶりに翻っている王国の旗を見たシンジは、なんとも懐かしく感じる。丁度、六甲
の裾野当たりに大きな要塞があり、大阪戦の橋頭堡となっているのだろう。

「あそこ迄行けば、休憩できそうだ。行きますかっ! 王子っ!」

「はい!」

要塞に近付くと、旧王朝軍の兵士がわらわらと剣を片手に飛び出して来た。見知らぬ人
間が近付いて来たのだから当然だろう。

「おいっ! 何者だっ!」

剣を突き付けてくる兵士達。しかし、加持は馬に乗ったまま地に響く様な怒声を張り上
げた。

「無礼物ーっ!!!! 我、将軍の加持であるっ! ここにおわすは、王子なるぞっ!
  剣を向けるとは何事かっ! 反逆者は、この加持が成敗致す上覚悟せよーっ!!!!!」

腰を抜かしたのは、兵達である。ひれ伏す者、要塞に報告に走る者様々の中、おくびれ
ることなくシンジを先導し馬を進める加持。

「王子様っ! よくご無事でっ!」

それからが大変だった。要塞から兵達がわらわらと出て来て回りにひれ伏し始める。

シンジも加持もこういう光景は見慣れている為、威風堂々と駒を進めるが、1人アスカ
だけはどう対応していいのかわからずビクビクと震えていた。

<芦屋の旧王朝軍宮殿>

要塞から芦屋の本拠地へ場所を移したシンジ達は、宮殿の中に足を踏み入れていた。

「ようこそおいで下さいました。王子様と加持将軍が参られたと、士気も高まっており
  ます。」

「王子は疲れておられるっ! 寝室をあないせいっ!」

「ははぁっ!」

加持の命令で、最も豪華な寝室を手配する芦屋の宮殿の長。

「ところで、その方は?」

部下に寝室の準備をさせながら、一緒に宮殿に入って来たアスカに目配せする長。

「ぼくと一緒に旅してきた娘なんだけど。」

「あの・・・王子様には、侍女を用意いたしております。そんな小汚い奴隷など・・・。」

「なっ!!!!!」

シンジは怒りのあまり目を見開いた。

「奴隷なんて制度っ! もうなくなったんだろっ!」

「それは、反乱軍が勝手に言っていることです。まだまだ、王室の威厳は保たれており
  ます。」

揉み手でシンジに擦り寄る長。

「アスカは一緒に旅して来たんだっ! 追い出すんなら、ぼくも出て行くっ!」

「め、滅相もございませんっ! 承知いたしました。この方には、王子の近くの部屋を
  用意致します故・・・。」

「そ、それならいいけど・・・。」

まだ怒りが収まらないシンジだったが、アスカが大丈夫ならそれでいい。ここで喧嘩を
しても仕方ないので矛を収め寝室へと向かった。

廊下を進むと、少し離れた場所に扉が2つあった。部下の兵士にシンジの部屋とアスカ
の部屋を案内される。

「じゃ、アスカ。今日はゆっくり寝るといいよ。」

「シンジ・・・なんだか怖い・・・。」

「野宿よりよっぽど安全だよ。それにすぐ近くにいるじゃないか。なにかあったらすぐ
  駆け付けるからさ。」

「うん・・・そうね。」

廊下で別れ、シンジとアスカはそれぞれに用意して貰った部屋へと入って行く。シンジ
は部屋に入り、昔の王宮を思い出す様な豪華な部屋のベッドに腰を下ろした。

その頃。

アスカが部屋に入ると、そこは小汚い倉庫だった。

こんなとこ、シンジが知ったらここを出て行くかも・・・。
シンジには黙っていよう・・・。

アスカは、布団も無い埃っぽい倉庫で床にゴロリと横になり眠りにつこうとしていた。

To Be Continued.
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