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星の煌き
Episode 08 -矛盾-
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<芦屋の宮殿>

長い間野宿が続いていたシンジは、久し振りに安心して休むことができ、豪華なベッド
で心地良い朝を迎え様としていた。

「王子様。御起床のお時間に御座います。」

「・・・。」

「そろそろお目覚め頂けますか?」

「ん・・・。」

昨日迄は少しの物音でも目を覚ましたものだが、熟睡していたのか眠い目を擦りながら
目を覚ます。そこには朝食を乗せたワゴンを押し着替えを持った見知らぬ少女が立って
いる。

「おはよう御座います。」

「・・・おはよう。」

「お召し物をお持ち致しました。」

「ありがとう・・・ふぁぁ〜。」

起き抜けの顔でベッドから半身を起こし、その服を受け取ろうと手を伸ばすと、その少
女はにこりと微笑んで手渡してくれる。

「お食事はいかがなさいますか?」

「いいよ。自分でするから。」

「かしこまりました。今日から王子様の身の回りのお世話をさせて頂きます、霧島マナ
  です。」

「そんなのいいよ・・・ん? 霧島?」

シンジにはその名前に聞き覚えがあった。昨日聞いたばかりの名前と同じ苗字である。

「はい。ここの宮殿の司令をしております、霧島ダンの娘でございます。」

「へぇ、そうなんだ。」

「お食事がお済みになられましたら、司令室迄お越し下さいとのことです。」

「わかったよ。・・・あの?」

「はい?」

「着替えたいんだけど?」

「お手伝い致します。」

「いいよ。そんなの。1人にしてくれるかな?」

「かしこまりました。では、お食事はここへ置いておきますが、お宜しいでしょうか?」

「うん。ありがとう。」

「では、失礼致します。」

ショートカットの茶色い髪が印象的な霧島マナと名乗った娘は、ワゴンをベッドの側に
寄せ一礼すると、寝室から姿を消した。

なんだか王宮に戻ったみたいだ。
こんな朝、いつ以来かなぁ。
あの頃はこの後、父さんと会って・・・。

当時、朝食を食べた後大臣達が集まる宮殿へ出向き、王座に腰を下ろしている尊大な父
の姿を見るのが嫌で仕方がなかった。

「はぁ・・・。」

溜息が漏れる。日本が今の様になり改めて父のことを考えると、あの威風堂々とした姿
があったからこそ、この国は保たれていたことがわかる気がする。

考えても仕方ないか・・・。
早く朝ご飯食べて司令室に行かなくちゃ。
アスカも今頃ご飯食べてるのかなぁ?

父の姿を頭から追い払いマナが持って来た王子らしい服に着替えると、急ぎ朝食を喉に
通すだった。

<調理場>

今日も革命軍との戦いは休む間もなく継続している。調理場は兵士達に配給する大量の
食事を作る為、休む暇も無く朝も早くからごった返していた。

「お前っ! まだ鍋も洗い終わってないのかいっ!? さっさとしておくれっ!」

「すみませんっ。」

「まったくっ! 役に立たないねぇっ!」

日も昇る前から叩き起こされたアスカは、労働階級の女性達が調理場に集まる前から床
磨きをさせられ、その後ずっと冷たい水で大きな鍋を洗わされ続けている。

「ほらっ! 邪魔だよっ! どきなっ!」

「キャッ。」

ガシャーン。

洗い終わったいくつかの鍋を纏めて調理台へ運ぼうとした時、かっぷくの良いおばさん
と衝突してしまった。転がってしまう洗い終わった鍋。

「なにしてんだよっ! 時間が無い時にっ! さっさと洗い直すんだよっ!」

「すみませんっ。」

「まったく、これだから奴隷はっ!」

調理場の床は皆が長靴を履いている程、常に薄く水が溜まっている。そんな冷たい水の
中を素足で右往左往しながら、落ちて汚れた鍋を拾い集める。

「王子様に連れて来て貰ったからって、いい気になってんじゃないよっ!」
「奴隷の癖にっ!」
「なにトロトロしてんだいっ! さっさと仕事しないかっ!」

周りにいるのは労働者階級であり、アスカより身分が高い。しかも、自分達が近寄るこ
とも適わない王子と共に現れたことにより妬みを買い、必要以上に風当たりがきつい。

「洗い終わったら、そいつを運んどくれっ!」

「はいっ。」

おばさんが指差したのは、味噌汁が一杯に入った小柄なアスカの体の半分近くある大き
な鍋であった。

「あっ、熱いっ!」

「なに言ってんだいっ。さっさと来なっ!」

体の大きなおばさん達が軍手をしてその鍋を兵士の下へ運んで行く。軍手も渡されてい
ないアスカは、手に走る痛みに絶えながら歯を食い縛り、全身に力を込めて鍋を持ち上
げると、フラフラとしながらおばさん達に必死で付いて行くのだった。

<司令室>

朝食を済ませたシンジは、マナに言われた通り司令室を訪れた。そこにはこの宮殿の司
令をしている霧島ダンと、その配下であろう面々そして加持が揃っていた。

「なんでしょうか?」

「おぉ、王子。待っておりました。こちらへどうぞ。」

それ迄自分が腰を掛けていた最も奥にある豪華な椅子を空けると、ダンはシンジに席を
譲り座らせる。

「ご存知の通り、国内は乱れております。」

「うん。」

「我々も全力は尽くしてはおりますが、残念ながら未だ反乱軍の勢力は強く、このまま
  では鎮圧できぬまま西のゼーレを迎え撃つことになりかねませぬ。」

「うん。」

「ですが反乱軍に荷担した者達も、いつ迄も続く混乱を前にし途方に暮れていることに
  違いは御座いません。そこで・・・。」

「ぼくにどうしろと?」

「はい。恐れながら申し上げますが、この事態を一気に変革するには、王子が王に即位
  され全国に公布されれば、その効果は絶大かと。」

「な、なんだってっ!?」

思わず目を剥いて立ち上がるシンジ。寝耳に水の言葉というだけでなく、その内容があ
まりにも大事過ぎる。

「そんなの、いきなり無理だよっ!」

「時間が無いのです。国内だけならまだしも、ゼーレは刻一刻と神聖なる王国の国土を
  侵略しておるのですぞっ。」

「だからって、何もぼくが王にならなくてもっ!」

「他に誰がいるというのですかっ! 王子以外の誰が即位しても、騒乱の元になるのは
  明白ですぞ。」

「ぐぐ・・・。」

「王子であれば、少なくとも王朝軍の求心力に成り得るのです。他の何物にも成し得ぬ
  ことなのですっ!」

シンジの頭に以前加持の言った”いや、王子だ。”という言葉が蘇る。一旦勢力が覆れ
ば真っ先に命を狙われ、同勢力に回れば祭り上げられる。王子とは自らの意志で捨てる
ことのできない権利・・・つまり義務という側面を持つことを実感する。

「1日だけ考えさせて下さい。」

「1日で御座いますね?」

「うん。」

「承知致しました。」

今の日本の状況を考えると、ダンの言うことは尤である。既に選択の余地は無い様にも
思われるが、心の整理そして準備をする時間が欲しかった。

「他に用事は?」

「いえ、今申し上げたことのみに御座います。」

「じゃ、ぼくは・・・。加持さん? いいかな?」

「はい。」

シンジが加持と共に退室した後、司令室では今日の大阪での作戦行動についての会議が
開かれていた。

「加持さんは、さっきの話どう思う?」

「少なくとも、王のいない中途半端な状況よりは良くなるんじゃないか?」

「でも・・・いきなり王なんて。」

「王も王子も今の状況じゃ一緒だと思うがな。」

「・・・・・・。」

「どのみち祭り上げられる。」

「それはそうだけど。」

「それなら王になった方が利点がある分マシってもんだ。比較論だが。」

「加持さんは、そう思いますか?」

「ああ。どーせ呼ばれ方が変わるくらいのものだ。大したことでもなかろう。」

「わかりました。少し1人になって考えてみます。」

司令室から出たシンジは、加持の意見も聞き終え、1人廊下の彼方へ消えて行ったのだ
った。

<砦前>

何度も何度も重い鍋を持ち、調理場と兵達の集まる砦前を行ったり来たりしたアスカは、
ようやく9時頃になりその仕事から解放されようとしていた。

「これで一段落ね。」

全ての味噌汁を配給し、空になり少し軽くなった鍋を手にしながら調理場へと戻り始め
る。そこへ、兵達が仲間内で何やら話しをしている声が聞こえてきた。

「おい、聞いたかよ? 王子様が王様になられるそうじゃないか。」
「そりゃ、王様がいなくなったんだ。当然じゃねーか?」
「これで一気に形成逆転になってくれたらいいんだがなぁ。」
「ま、俺たち平民にゃ、あまり関係無いだろうがよ。」
「ちげーねや。」

アスカの脳裏に昨日から会っていないシンジの姿が思い浮かぶ。それと同時に、王とな
ったシンジの姿を想像する。

そっか・・・。
シンジ、王様になるんだ。
なんだか、急に遠い存在になっちゃったな・・・。
でも、今大変なことをしようとしてるんだもんね。
アタシも応援しなきゃ。

鍋の取っ手をぎゅっと握ったアスカは、調理場へ戻ろうと足を進ませる。その時、同じ
様に兵達に食料を配給し終わり戻って来たおばさん達が、アスカの姿を見つけた。

「お前っ! 何モタモタしてんだいっ!」

「すみませんっ。」

「昼食の準備があるんだからねっ! こんなとこで油売ってんじゃないよっ!」

「はいっ。」

「ったく、返事だけはいいんだからねぇ。この奴隷はっ!」

横を駆け抜けて行ったおばさんの後に続き、疲れた足を動かしながらアスカも調理場へ
駆け戻って行った。

<廊下>

即位のことで悩みながら、シンジは宮殿の中を1人うろうろと歩き回っていた。

身分制度なんてなくなればいいと思っているぼくが? 王に?
でも、このままじゃ戦争が終わらないんだよな。
戦争を終わらせる為に、王になる?
それでいいのかな?

「王子様?」

考えに没頭していたシンジの耳に、女の子の声が聞こえてきた。自分の世界に入ってし
まっており、近付いて来ていることに気付かなかった様だ。

「あっ。えっと、霧島さんだっけ?」

「はい。お風呂の御用意が整いました。」

「あ、別にそんなことしてくれなくても・・・。」

「父から王子様の身の回りのお世話をさせて頂くようにと、言われておりますから。」

「そっか。ごめんね。」

「いえ。王子様のお世話をさせて頂けるなんて、有り難いことです。」

マナは澄んだ笑みを浮かべると、にこりとシンジに微笑み掛ける。その出で立ちや身の
こなしから、生まれながらの上級貴族のお嬢様ということが一目でわかる。

「じゃ、折角だからお風呂に入らせて貰うよ。1人で考えたいこともあるし。」

「浴室迄お供致します。」

「いいよ。1人で行けるから。」

「いえ、父からの言い付けですから。」

「そう・・・。」

バスタオルなどの風呂の用意を持ったマナに、付かず離れず付き添われたシンジは、浴
室へ向かい廊下を歩いて行った。

<調理場>

冷たい水で鍋を洗いながら、窓の向こうの廊下を茶色い髪の少女と歩くシンジの姿を、
アスカはチラチラと見ていた。

シンジ・・・。
やっぱり王子様なのよね。

王子らしき立派な服に身を纏ったシンジと、その横を歩く綺麗な服を着た貴族の娘。そ
れに引き換え、自分は襤褸を着て朝からずっと鍋を洗う奴隷。

アタシ、シンデレラって好きな話じゃなかったのに。
あんな現実離れした話なんか・・・。

シンジの姿が廊下の端へ消えて行く。アスカの蒼い瞳から、幾つもの大粒の涙が零れ落
ちる。

「うっ・・・。」

薄汚れた襤褸の袖で、その涙をゴシゴシと拭き取る。ぼやける視線の先にあるのは、汚
れた鍋ばかり。それを次から次へと掴み、冷たい水で洗い続ける。

何泣いてるのよっ!
王様になろうっていう大事な時じゃない。
国の為にシンジが頑張ろうとしてるのに。
アタシが邪魔しちゃ・・・アタシが・・・。

拭けども拭けども溢れ出てくる涙が止まらない。その感情を叩き付けるかの様に、タワ
シを力いっぱい握り、鍋を洗い続ける。

「いつ迄そんな鍋洗ってんだいっ! この役立たずの奴隷がっ!」

「うッ!」

背後で昼食の準備をしていたおばさんが、同じ鍋をいつ迄も洗っているアスカの尻を、
力いっぱい鉄のオタマで叩く。

「わはははは。奴隷は馬と一緒で、叩かれないと動かないのかねぇ。」
「同じ鍋しか洗えないのかい。お前っ?」
「役に立たないなら、包丁でぶった切るよっ?」

「す、すみません・・・。直ぐに・・・。」

「さっさとしなっ!」
「また、ひっぱたくよっ!」
「わははははっ。」

おばさん連中に笑われながら、次の鍋を手に取りタワシを擦りつける。朝からずっと冷
たい水に浸しタワシを持っていた手の痛みが、今のアスカの現実を物語っていた。

<第3新東京市>

依然最大勢力を誇るものの、徐々にその勢力を追い遣られて来ているミサトの元に、先
程この上無い悪報が舞い込んで来た。王子が王朝軍の手に渡ったという知らせだ。ミサ
トはここに来て、大きな決断をせざるを得なかった。

ゼーレにとうとう山口まで落とされた。
王子が現れた以上、そう簡単に王朝軍は落ちない。
これ以上はもう・・・。

コンコンとミサトの部屋をノックし1人の少年が入って来る。

「お呼びですか? ミサト様。」

「そこへ座って。」

「はい。」

ミサトは少年を目の前の椅子に座らせると、ゆっくりと話を始める。

「相田君。あなた、王子と面識があるわよね。」

「はい・・・王子とは知りませんでしたけど。」

「これを王子の元に届けて欲しいの。」

「これは?」

「休戦要求よ。」

「どうして、俺が?」

「あなたが1番可能性が高いの。」

「はい・・・。」

「王子が敵の手に渡ってしまった今の状況で、要求が認められる可能性は低いわ。でも、
  王朝軍にも今の日本の状況はわかっているはずよ。うまく説得すれば。」

「わかりました。ミサト様にも王子にも恩があります。やってみます。」

「全てはあなたに掛かってるわ。お願いね。」

「はい。」

日本が植民地になることだけは避けなければならない。これは内政面においては利害が
一致しない王朝軍においても同じことのはずである。かつて日中戦争勃発により中国が
内乱を一時休戦した例もある。ミサトは最後の望みをそこに掛けることにした。

<芦屋の宮殿>

風呂から上がったシンジは、マナを伴い廊下を歩いていた。半ば王にならざるを得ない
のかと思いつつも、本当にそれでいいのかどうかわからなくなっていたシンジは、アス
カと話をして気持ちの整理をつけたかった。

「霧島さん? ぼくと一緒に来たアスカって娘がいるんだけど、知らない?」

「いえ、何も聞いておりませんけれど?」

「そう・・・。」

「なにか?」

「ううん。いいや。ちょっとぼく用事があるから。」

「あっ、昼食はいかがなさい・・・」

「自分でなんとかするからいいよっ。」

軽くマナに手を振ると1人廊下を走って行くシンジ。マナは何がなんだかわからず、そ
の姿を唖然と見送るのだった。

おかしいなぁ?
アスカ、何処行ったんだろう?

少し探せば何処かでお茶でも飲んでいる所を、直ぐに見付けられるものだとばかり思っ
ていたが、探せど探せどアスカの姿が見付からない。

確か、さっきの部屋だったと思ったけど・・・。倉庫だったもんな。
何処の部屋になったのかくらい聞いとくべきだったな。
お風呂でも入ってるのかなぁ?

結局1時間余り宮殿の中を捜し歩いた末、アスカを見付けることができず、とうとう昼
時になってしまった。窓から外に目を向けると、代わる代わる兵達が昼食を取っている。

みんな戦ってるんだ・・・。

傷つき泥塗れになって戦う兵達の姿と、自分の風呂上りの姿を見比べると、罪の意識が
沸いてくる。

ぼくは王になってあの人達に戦えって命令するのかな?
それとも、ぼくも剣を持って一緒に戦いに行くべきなのかな。
王がそんなことするのは偽善なの?
父さんならなんて言うだろう。

ゲンドウのことを思い出し、父ならこんなことを問う自分に何と答えるだろうかと考え
る。近頃こうして父の言葉を思い出すことが多くなった気がする。

きっと、『王たるもの・・・』なんとかって言うんだろうな。
兵が傷ついて悩んでちゃいけないの?
もしそうなら、やっぱりぼくは王の器なんかじゃないよ。
ぼくは・・・。ぼくなら、どうする? ぼくなら・・・。

「よしっ!」

まだ自分が成すべきことを見出せないシンジであったが、1つだけ自分のすべきことを
思いつき走り出す。

そうだよっ!

父さんみたいなのも王なら、みんなと一緒に戦うのも王のはずだ。
王が倒れたら今みたいに内乱になっちゃうかもしれない。
戦うことが必ずいいとは言えないかもしれない。
ぼくには、まだどっちがいいのかわからない。

「でもっ! 何もしないで悩んでるのが1番いけないんだっ!
  実際に自分で動いてみて、何をすべきか考えるんだっ! きっとそうだっ!」

この宮殿の作戦方針もわからず、兵の指揮などしたこともないシンジであったが、少な
くとも兵の傷の手当てくらいはできると思い宮殿の前迄駆け出して行くのだった。

勢い良く宮殿から駆け出す。

自分の姿を見て沸き立つ傷ついた兵達。

「!!!!!」

しかし、シンジの目は兵には向けられなかった。

シンジは見てしまった。

兵達の歓声も耳に届かなくなり静寂に包まれる世界。

まるで視界に見える全ての物が白黒になった様だ。

そう。シンジは見てしまった。

調理人の女性達に奴隷として扱き使われているアスカの姿を。

ただ女性に蹴り倒されているアスカの姿だけが、鮮明にその瞳に映し出されていた。

「コ! コノッ!」

怒りに震えるシンジ。

全身の毛が逆立った様な気がした。

「キサマっ! 何してるんだっ!!!!!!!!!!」

腰にあった剣を抜き、調理人の女性に踊り掛かる。

「ひぃぃっ!!!」
「お許しをっ!!!」

何がなんだかわからず、突然剣を引き抜いて踊り掛かって来た王子の前に、女性達が恐
れおののきひれ伏す。

「よくもっ!!!」

怒りも露に剣を振り上げる。

「どうかお許し下さいませっ!!!」

しかし次の瞬間、その足にアスカが抱きついてきた。

「王子様待って下さい。」

「でもっ!」

「王子様の理想は、権力で人を服従させることですかっ!? 武力で人を服従させるこ
  とですかっ!?」

「!!!!」

「お願いです。お止め下さいっ!」

必死で懇願し足に纏わりついてくるアスカを見下ろし、振り上げた剣をゆっくりと下ろ
して行く。

・・・権力で?
この人達がアスカにしてたことと同じこと?
ぼくが?

それ迄の勢いは既になくなり、愕然とその場に立ち尽くす。

正義とは何なのか・・・。
理想とはなんなのか・・・。
現実とはなんなのか・・・。

それらの全てがわからなくなってしまう。

「では、夕食の支度がありますので・・・。」

剣を納めるのを確認したアスカがゆっくりと立ちあがる。

「あっ! 待ってっ!」

「さようなら。」

アスカはそれだけ言うと、シンジが呼び止めても振り向きもせず、調理人の女性達と共
に帰って行く。

そ、そんな・・・。
アスカ・・・。

たった1夜にして、自分とアスカの間に何があったというのだろうか。その間には大き
な大きな壁ができた様に感じた。

その後、傷の手当てをする兵達が示す感謝の意もその耳には届かず、シンジは義務的に
治療の手伝いを呆然とするのだった。

                        :
                        :
                        :

夜遅く。

アスカが調理場から戻って来るのを、シンジは廊下でじっと待っていた。

「あ・・・っ。」

ようやく仕事から解放され疲れきった体をひきずりながら戻って来たアスカは、自分の
姿を見付け息を漏らす。

「アスカっ!」

突然アスカの元へ駆け寄ると、大声を上げるシンジ。

「えっ?」

「来るんだっ!」

「な、なに?」

「話は後だよっ! 早くっ!」

有無を言わさずアスカの手を引き、宮殿の中を走り抜ける。その行き着いた先は、シン
ジがずっと乗っていた荷馬車がある馬小屋だった。

「何するのっ!?」

「後で説明するよっ!」

荷馬車にアスカを乗せると、ペンペンを繋いであった縄を切り鞭を打つ。暗闇の中、嘶
きを上げてペンペンが走り出す。

「王子っ! 何処へ行かれますっ!」

門番の兵達が、何事かと大慌てでシンジに声を掛けるが、シンジは答え様ともせず暗闇
を走り去って行った。

<芦屋近辺>

いきなりのことに、アスカも何事かと慌てふためいていた。

「シンジっ! な、何する気よっ!」

「もう、あんなアスカを見るの嫌なんだっ!」

「待ってよっ! ちょっと待ってっ!」

「ぼくの理想には、ミサトさんの考え方の方が合ってるんだよっ。」

「まさかっ! また戻るつもりじゃっ!」

「ミサトさんと、1度話をしてみようと思うんだっ!」

「危険よっ!」

「アスカがあんな仕打ち受けるよりずっといいよっ!」

ほとんどアスカの言うことに耳も貸さず、ペンペンを走らせる。その後ろから、馬の走
る樋爪の足音が聞こえてきた。

「くそっ。もう見付かったんだっ。」

剣を抜き戦う体制を取りながら、ペンペンに鞭を打つ。しかし、所詮は荷馬車と単騎の
馬。その速さには雲泥の違いがあり、すぐに追い付かれてしまう。

「くそっ!」

剣を振り翳し振り返るシンジ。

「待たれよっ! 王子っ!」

「うっ・・・加持さん・・・。」

そこに見えたのは、今この世で最も信頼できると思っている加持の姿であった。振り被
った剣を持つ手が、自然と下りて行く。

「何処へ行かれるおつもりですかっ! 王子っ!」

ペンペンの手綱を手にし、荷馬車を止めに掛かる加持。背後から、それに追い付こうと
馬を走らせて来た兵達が幾人か迫って来る。

「加持さん・・・。」

剣を鞘に納めたシンジは、神妙な顔で加持を見上げる。加持はその心情を察してか、共
に追って来た兵を宮殿へと引き上げさせた。

「どうされた?」

「・・・・・・。」

「少し、馬を下りて話をするか?」

「・・・・・・。」

加持はペンペンと自分の馬を木に括り付けると、月明かりしかない道の端に座り話を聞
き始める。

「ぼくは・・・。」

しばらくの沈黙が続いた後、ようやく落ち着いたのかシンジはゆっくりと、今日あった
こと、そして自分の考えていることを語り始めた。

「で、革命軍の元へ行こうとしたのか?」

「はい。」

「それは逃げだな。」

「違うよっ。ぼくは、ミサトさんと話をしようとっ!」

「向こうへ行き、都合が悪くなったら、また戻ってくるのか?」

「・・・・・・。」

「つまり、逃げだ。」

「だけど・・・アスカが・・・。」

「好きな女は大事だろう。だが可愛そうだが、王子には許されない。」

「だから、ぼくは王子を捨てて。」

「嫌になったら捨てる。それ程簡単なものじゃないな。」

「じゃ、ぼくはどうすれば。もう、どうしていいのかわからないんだ。」

アスカを守ろうとすれば、権力を振り翳してしまう。だからと言って、このままアスカ
をほおっておくなんてできない。

王になるのも、自らの理想と反すること。だが、今自分が王にならなければ、戦火が納
まらない。

では、王になり兵に戦えと命令し、幾人もの人を殺すのだろうか。自らも剣を持ち戦う
べきではないのか。だが、自分までもが倒れれば内乱はさらに混乱することは明白。

全てそんなジレンマの中、シンジは自らの取るべき行動がわからなくなってしまってい
た。

「その答えは、おそらく彼女が知ってるんじゃないかな?」

「アスカが?」

「なにもかも、全て自分に解決できると思う・・・それは傲慢というものだ。」

「傲慢・・・。」

「だが、王子にしかできないこともある。」

「ぼくにしかできないこと・・・ですか。それはなんですか?」

「それは王子が考えることだ。だが、彼女が道導になってくれるんじゃないか?」

加持が少し大きな声で呼ぶと、アスカは軽く返事をして荷馬車から降りて来た。

「なんでしょうか?」

「悪いが、君と王子をこのまま逃避行に出させるわけにはいかない。」

「はい。」

「君はどうする?」

「アタシは・・・。あそこで働きます。」

「でもっ! あんなとこでなんてっ!」

シンジが声を上げるが、アスカはその手を握りそっと微笑む。

「王子様は、今大事なことをしようとしてるんでしょ?」

「だからってっ!」

「アタシはそれができる人だって信じてる。だから王子様もアタシのことを信じて。」

「アスカ・・・。」

シンジの瞳に、強く自分を見返してくるアスカの瞳が月明かりに照らされ映し出される。

「アタシは負けない。」

「・・・・・・。」

「アタシを信じて。」

「わかった。」

しばらくアスカの目を見詰めていたシンジは、こくりと頷く。

「必ず身分制度なんてなくしてみせるよ。それまで・・・。」

「うん。信じてる。」

手に手を取り合い、シンジはアスカと共に荷馬車へと戻って行く。

何をどうしていいのかわからなくなっていたシンジ。

しかし今すべきことは、なにはさておき国の復興である。それは、父が、国民が、そし
てアスカが望んでいること。

今シンジは、王になることを決意した。

ガラガラガラ。

荷馬車は走る。

シンジの横に座り、アスカは夜空の小さな星を見上げる。

以前、王子を捨てると言ってくれたシンジ。その愛情は本物だったであろう。
もしそれが実現となっていたならば、シンジと共に生きて行けたかもしれない。

だがシンジは王となる。

彼女は知っていた。

奴隷が王と共になど生きて行けたことなど、かつてあったことなど無いことを。

To Be Continued.
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