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星の煌き
Episode 09 -欲望-
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<芦屋の宮殿>

王となる儀式が執り行われる前夜、シンジは物置部屋へやって来ていた。中へ入ると部
屋の隅で小さく丸まり寝様としている。

「起きてる?」

「シンジ?」

「うん。」

「今から寝様と思ってたとこ。」

「いいかな?」

「こんなとこ来ていいの?」

「話しときたいことあるんだ。」

薄汚い倉庫へ足を踏み入れ、アスカの横に腰を下ろしたシンジは、ゆっくりと1つ1つ
言葉を考えながら話し始める。

「加持さんに、アスカを市民にしたいって言った。」

「アタシを?」

「うん・・・でも、今は難しいって。」

「そう・・・。」

この内乱の世を納めるには王朝軍の協力が必須であり、王朝軍の経済は奴隷無しでは成
り立っていない。そういう背景がある中で、目立っているアスカを特別扱いしては、王
になろうとしているシンジに、アスカ自身に、どこにどんな形で影響が出るかわからな
いというのが加持の意見だった。

「でもっ! 平和になったらきっとっ! だから・・・。」

「平気よ? だって、今迄の暮らしと同じだもん。アタシのことより、シンジはシンジ
  がしなくちゃいけないことを、今は・・・。」

「ごめん。」

「どうして謝んのよ? シンジはシンジにしかできない大事なことをしようとしてるん
  でしょ?」

「国よりアスカを取りたかった。でも、ぼくは王子なんかに生まれちゃったから。」

「大丈夫。アタシは大丈夫。だから、シンジも頑張って。」

「あの・・・これ毛布。持って来たんだ。」

「ありがとう。」

「今ぼくには、何もできないけど・・・。王になるのに、変だね。」

「きっとシンジは立派な王様になるわよ。」

「国を救ったら・・・でもっ。もしなにかあったら、最後は。」

「ん?」

「最後は、ぼくの気持ちに正直になろうと思う。それが後悔しないことなんじゃないか
  って。最後は、全てを捨ててもアスカを取る。」

「・・・シンジ。」

「だけど、今はできるだけのことをやってみようと思う。王子ってことから逃げちゃい
  けないんだ。死んだ父さんが唯一残したものだから・・・。」

王として国の統治を自らに誓ったシンジは、自分の気持ちをアスカに語り物置部屋を後
にした。

しかし、シンジの気持ちはわかるものの、それ故これ以上自分がしがみついていては邪
魔になるだけだと、自らの気持ちを殺していくアスカであった。

<シンジの部屋>

翌朝シンジが起きると、今日もマナが着替えを持ち部屋へと入って来ていた。その着替
えを受け取り、新たな決意と共に朝日を見上げる。

王になるんだ。
名ばかりの王・・・かもしれない。
でも、これはぼくにしかできないこと。
・・・そう信じて頑張るんだ。

「王子様、お食事はいかがなさいますか?」

「なんだか、今日はいいや。」

「では、朝食はこちらに置いておきますので。」

貴族の娘を思わせる優雅な身のこなしで、シンジの身の周りの世話をしたマナは、チー
ズやパンなど運んで来た食事をテーブルに並べる。

「あのさ、ぼくのことは自分でするからさ。」

「いえ。父からいいつけられていますから。」

「その・・・なんだか悪くってさ。」

「滅相もございません。なにか、わたしに不備がございますか?」

「そうじゃないんだけど・・・。」

王子に生まれたシンジは、家出をするまで身の周りの世話を家来の多くにして貰う生活
をしていたが、マナの様な同じ歳の女の子に世話などして貰ったことはなく、逆に気を
使ってしまう。

「なんだか、最初会った頃に比べて元気ないしさ。」

「あっ。も、申し訳ありません。」

「謝らなくてもいいけど。」

更に輪を掛けるかの様に、マナの表情がだんだんと暗くなってきているのが気に掛かり、
父親に言われて無理矢理自分の世話をさせられているのではないかと、勘繰ってしまう。

「お召し替えが終わられましたら、また参ります。」

「うん。あんまり無理しないでね。」

「では、失礼します。」

マナは上流貴族の娘である為、今迄人に世話して貰う立場だったはずだ。そういうこと
からも自分の世話など嫌々しているのではないかと心配する。

どうして、霧島さんは自分の娘にぼくの世話なんかさせるんだろう?
ん?
よく考えたら、アスカにお願いできないかな。
そうしたら、公にアスカと・・・。
加持さんに相談してみよう。
うん。そうしよう。

<中庭>

父親に言いつけられているシンジの身の周りの世話も終わり、マナは読み掛けの詩集を
手に中庭に座っていた。

「あら、霧島さん。」

「・・・・・・。」

「今日も王子様のお世話をさせて頂けて、お宜しいですわね。」

声を掛けて来たのは、霧島家に次ぐ大貴族の娘。マナより3つ年上の17歳の少女であ
る。

「いったい、王子様の寝室でなにをされておられるのでしょう?」

「ですから、身の周りのお世話を。」

「そうですわねぇ。さすがは霧島家のマナ様。羨ましい限りですわぁ。おほほほほ。」

「・・・・・・。」

「王子様が、お気に召して下さればお宜しいですわねぇ。」

「・・・・・・。」

「では、失礼。」

シンジの世話を始めてからというもの、王妃狙いとばかりにマナに対する風当たりが極
端に強くなってきていた。父親の命がある為、頑張って続けているが精神的にまいりそ
うである。

どうしてわたしに・・・。
お父様もわたしを王妃にさせようとしてるのかしら。
でも、わたしには耐えれないかもしれない。

シンジが来る迄マナは気さくで元気な娘ということで、誰からも可愛がられる存在だっ
た。それが一転して、急に嫌がらせに遭い始めていたのだ。

「はぁ。」

そろそろお召し替えも終わられた頃かしら。
お脱ぎになった物を取りに行かなくちゃ。

そうは言っても、父の命令である為逆らうこともできないマナは、シンジの寝室へ脱い
だパジャマを取りに行く。丁度その頃、シンジが王になる儀式が執り行われていた。

<洗濯室>

シンジの世話は侍女などを使わず、できる限りマナ自身の手で行うように言われていた
ので、生まれて始めて洗濯というものも覚えた。

洗濯ができるようになったのはいいかな。
わたしも女の子だもんね。

マナはシンジのパジャマをいくつか並ぶ洗濯機に入れると、洗剤を入れ洗い始める。こ
ういうことは全てやって貰って育ったが、自分でできる様になってみると楽しいことも
ある。

「あら? 袖が濡れてるわ。」

洗濯の時に洋服の袖が濡れてしまったのだろう。マナは、手を拭く為に持ってきたふわ
ふわの手拭いで袖を拭く。

うーん。まぁいいわ。
そのうち乾くわね。

1度濡れてしまった洋服は拭いたくらいで乾きはしないが、今している洗濯に集中する
ことにした。

ゴロゴロゴロ。

目の前で回る洗濯機の中を覗きながら、シンジのパジャマが洗われている様子を眺める
と、だんだんと綺麗になっていくのがわかる。

終わる迄、詩でも読んでようかしら。

いつまで見ていてもきりがないので、マナは近くの椅子に座り持って来た詩集を広げ続
きを読み始める。そんなマナを暖かい日差しが照りつける。

今日も暖かいわ。
早く、平和になるといいのに。

ドタドタドタ。

洗濯が終わる迄静かに詩集を読んでいたマナの耳に、せわしなく廊下を走る物音が聞こ
えて来た。

なにかしら?

ドタドタドタ。

「すみませんっ! 洗濯機お借りしますっ!!!」

そこへ洗われたのは、血や泥がついた戦士の服を大量に両手に抱え込んで走って来た、
同じ歳くらいの奴隷の少女だった。

「うっ・・・。」

「失礼しますっ!!!」

ドサドサドサ。

その奴隷の少女は、着ているボロボロの服を跳ね返る水でびしょびしょにしながら、一
気に戦士の服を洗濯機につっこみ洗濯を始める。

マナはこんな間近で奴隷を見るのは始めてであり、恐怖に顔を引き攣らせて物陰に隠れ
る。

どうしよう・・・。
奴隷じゃないの? あれ。
怖いわ。

幼い頃から奴隷とは野蛮であり、人として劣る人種であると教育され続けたマナは、洗
濯室で忙しなく動く彼女を怯えた目で見ながら様子を伺う。

お父様・・・。
助けて。

奴隷の少女が何度も大量の服を両手一杯に抱えて走って来ては、空いている洗濯機に次
々と投げ入れて行き、あっという間に全ての洗濯機は使用中になってしまった。

「うっ・・・。もう、機械がないわ。しゃーないわね。」

その奴隷の少女は、洗濯機の横にある水道に戦士の服をどさっと置くと、冷たい水を勢
い良く出して手でゴシゴシと洗い始めた。

手でお洋服を洗うなんて。
本当に野蛮なのね。

そうこうしているうちにシンジのパジャマも脱水が終わり、洗濯機が止まった。奴隷の
少女が、止まった洗濯機の中を覗き込んでいる。

「あの、終わりましたけど? この機械使っていいですか?」

洗濯部屋の端で身を硬くして隠れていたマナの前に、パジャマを持って近寄ってくる奴
隷の少女。

「ひっ!」

マナは恐ろしさのあまり顔を真っ青にして、そのパジャマを引っ手繰る様に受け取ると
洗濯室を逃げる様に走り去って行った。

奴隷の少女・・・アスカは、自分の汚い身なりに目を落としながら、パジャマをひった
くられた時に痛んだ指を押さえ、唖然と立ち尽くす。

お嬢様なら嫌がる・・・わよね。
こんな汚いアタシなんか・・・。

「でもっ! この服にプライドを持てって言ってくれた人だっているんだからねっ!」

アスカは、再びその薄汚れた服をびしょびしょにし汗まみれになりながら、兵士の衣類
をゴシゴシと洗い続けるのだった。

<宮殿前の広場>

急遽設置された壇上で、シンジは兵士や市民に手を振っていた。加持から必ず威厳ある
毅然とした態度で振舞う様に強く言われていた為、必死で努力するものの、この国の王
となるプレッシャーに押し潰されそうだった。

そんな心中などはおかまいなしに、救世主と持て囃す兵士や市民達は大歓声をシンジに
浴びせ掛ける。この政治的,心理的効果だけでもそうとうなものだろう。

「ぼくは、必ずこの国を平和にしてみせる。みんな、付いて来て欲しいっ!」

「「「「ワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」」

湧き上がる大歓声。シンジはその声に押し潰されそうだった。決意はしたものの、こん
な大言を吐いてしまって大丈夫なのだろうかと。

「王。では、パーティーが用意されています。こちらへ。」

「パーティー? ですか?」

「はい。豪華な料理をご用意しております。」

芦屋髄一の貴族である霧島公爵が、挨拶を終えたシンジの傍へ寄って来てパーティーの
案内をする。この公爵は確かに王室に忠誠を尽くし国の再建を純粋に願っているのはわ
かるが、変に頭が切れ過ぎるところが打算的でどうも好きになれなかった。

「ちょっと待ってよ。今は戦いの真っ只中じゃないか。」

「さようですが、本日は特別な日でございます。」

「駄目だよ。兵士の人達が戦ってるのに、そんなことできないだろ?」

「これは、政治的に大切なことです。なにも贅沢なことではありません。王室の威厳を・・・。」

「威厳なんかより、平和にすることが1番じゃないかっ!」

そんなやり取りを聞いていた加持が、助け舟を出さんとばかりに口を挟んできた。

「霧島公爵。王は生真面目な方です。公爵のお気持ちもわかりますが、ここは王の誠意
  をアピールされるのも、またひとつの手かと。」

「うむ・・・確かにそうですな。いや、感服致しました。」

加持の助言もあり、今回のパーティーは中止となった。シンジは胸を撫で下ろしつつ、
激戦区である大阪での戦いの様子を見に行くことにする。

「王。いや、シンジくん。」

「はい。」

「君の言っていることも正しい。だが、霧島公の言っていることも、あながち間違いで
  はない。」

「でも・・・。」

「王は、軽く見られては災いの元となることもあるんだ。」

「はい。」

「それと・・・いや、それより、今霧島公とつまらないことで言い争うわけにはいかな
  い。」

「わかってます。」

「意に添わないこともあるだろうが、我慢してくれ。」

その後加持はこれからのことを少し話をし、自分は大阪の前戦指揮に出て行った。残さ
れたシンジは、革命軍の市民への政治的宣伝をどうするか考えるという宿題をすること
になり、部屋へ篭って頭を悩ませるのだった。

<洗濯室>

ようやく全ての洗濯が終わったアスカは、絞り終わったものの水分を含んで重くなった
兵士達の服を胸に抱えて、物干し場へ行こうとしていた。

「ん?」

すると、物陰から女性がひそひそと話をする声が聞こえてくる。洗濯を命じられていて
時間のなかったアスカだったが、その物言いがどうも気になり耳を傾ける。

「今日、馬小屋でやるって聞きましたわよ?」
「おぉ、怖い。触らぬ神に祟り無しですわね。」
「まったくですわ。」

馬小屋?
そういえば、ペンペンどうしてるかなぁ。
後で見に行ってみよっかな。

会話の内容はよくわからなかったが、ここへ来てからというもの忙しくて忘れていたペ
ンペンのことを思い出したアスカは、後で様子を見に行くことにした。

「よしっ! これで、全部ねっ!」

今洗濯したものを全て干し終わり、仕事も一段落。朝から働き詰めだったので、お腹も
ぺこぺこ。

シンジ、ありがとう。
いただきます。

朝の仕事が終わり物置部屋へ帰った時、そこにはチーズとパンが置かれていた。シンジ
が置いて行ってくれたのだろう。

さっきのマナって言う人・・・。
シンジのパジャマよね。洗ってたの。
やっぱりシンジは、貴族の女の人と結婚しちゃうのかな・・・ははは。

胸が締め付けられそうになるが、自分にはとても手の届かない存在になってしまったの
だと、必死で言い聞かせながらチーズを口に運ぶ。

もう、あまり優しくしないで・・・。
でも嬉しくて。
ダメね、アタシ。

あまり時間もないので、急ぎ空腹を満たしたアスカは、今度は夕食の準備を手伝いに調
理場へ戻って行った。

<馬小屋>

夜になりアスカが余ったニンジンの切れ端を持ち馬小屋へやって来ると、そこには場違
いな貴族らしい女性が、顔に面を被り数人固まっていた。

こんなとこで、どうしたのかしら?
馬に乗るのかな?

とても馬の世話をしに来るとは思えない身なりの女性達の様子を、不思議な顔で見詰め
る。

アタシ、出て行っていいのかな?
邪魔になっちゃ怒られそうよね。
何してるのかしら?

ペンペンにニンジンをあげたいが、きらびやかなその女性達の前にボロボロの服を身に
纏った自分が姿を現してはまずいのではないかと二の足を踏んでいると、とんでもない
言葉が聞こえて来た。

「そろそろマナ嬢が来る頃ですわね。」
「フフフ。このナイフで、人前に出れない顔にしてあげますわよ。」
「王様の前になんて、恥ずかしくて出れなくなりますわね。おほほほほ。」

目を剥くアスカ。馬に乗って優雅に遊びにでも行くのかと思っていたが、そんな暢気な
状態ではないようだ。

シンジに知らせなくちゃっ!
あの人がっ!

近頃ずっとシンジの世話をしてくれている少女が、逆に周りの嫉妬心を煽ったのか良か
らぬ計略に落ち様としている。加持が自分を特別扱いすることに反対した為そうはなら
なかったが、一歩間違えれば自分が同じ立場になっていたかもしれず人事ではない。

アスカは、気付かれないよう物音を立てない様に馬小屋を離れると、全力でシンジのい
る宮殿へと走って行った。

<シンジの宮殿>

「なんだ貴様っ!」

「お願いします。王様に会わせて下さい!」

「奴隷風情がっ! 恐れ大いにも程があるっ!」

本日より急遽用意された王の宮殿に出向いたものの、見張りの兵士が銃を構えアスカの
言うことなど聞こうともしない。そればかりか、すぐにでも銃殺する構えである。

「お願いしますっ! 馬小屋まで来て頂きたいんですっ!」

「王が奴隷と馬小屋などに行かれるわけなかろうっ!」
「奴隷はさっさと馬小屋へ帰れっ!」

「くっ!」

このままここで時間を潰していては、マナが危ない。アスカはシンジに知らせるのを諦
め、直接マナを探すことにする。

あの人、何処にいるのかしらっ!?
急がなくちゃっ!

しかし、それからあちこちを探したが、マナの姿は簡単に見つからず時間ばかりが過ぎ
て行く。

焦りの色を浮かべある砦の屋上から辺りを見下ろす。その時、馬小屋でなにかが動く影
が見えた。

「しまったっ!」

<馬小屋>

適当な理由の手紙で馬小屋に呼び出されたマナは、面を付けたナイフや棒を持つ女性達
に囲まれていた。

「た、たすけて・・・。」

「命まで取りゃしないわよ。」
「ちょーっと、整形してあげようかと思ってね。」

「いやぁぁぁぁっ!」

「大きな声出すんじゃないよっ!」

ドスっ!

四角い材木を持った2人の女性に背後から足や背中を殴りつけられ、立っていられなく
なったマナはその場に崩れ落ちる。

「まず、鼻でも削いであげようかぁ?」

「いっ、いやぁぁぁぁっ!」

倒れたマナの目のまん前にナイフを付きつける面を被った女性。恐怖に目を剥き、四つ
ん這いで逃げ様とするが、またもや木材で殴られる。

「ぐふっ。わ、わたしが何を・・・。」

「ハンっ! 王妃なんか1人で狙うからこういうことになるんだよっ!」

「わたしは、お父様のいいつけを・・・。」

「やかましいっ! 目を穿り出してやろうかぁっ!」

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

ナイフがマナに迫る。痣のついた足で逃げるマナ。そんなマナを、これでもかと言うく
らい周りの女性が木材で殴りつけ、身動きがとれなくなり、とうとう意識を失ってしま
った。

「さって、どう料理しようかしら。」

ドーーーーン!

突然、馬小屋の扉が勢い良く開いた。面を付けた女性達がぎょっとして振り向くと、そ
こには短い木の棒を持った奴隷の少女が立っていた。

「アンタらっ! 何してんのよっ!」

「なにこいつ。」
「奴隷じゃないの?」
「殺しちゃいなさいよ。」

ナイフを持った女性が木材を手にする女性達に命令すると、大きな木材でアスカに殴り
掛かって来た。迎え撃つアスカ。

「このーーーっ!」

しかし、シンジに散々訓練されたアスカである。裕福に暮らしてきた貴族のお嬢様が、
たとえ多少武器で優位に立ったところで、太刀打ちできるはずもない。

「キャーーーーー!」
「おまえっ! 奴隷の癖に、貴族に手を上げてただで済むと思ってるのっ!」

「あーら? アンタ達貴族ぅ? どこの誰さんかしらぁ? 霧島さんにこんなことした貴
  族さんはぁ?」

「うっ。」

「いいわよぉ。アタシは。馬小屋で霧島さんを襲ってたら、奴隷が殴りかかって来たと
  でも言いなさいよっ!!!」

「くそっ!」
「引き上げるわよっ!」

「ハンッ!」

面を被った女性達がわらわらと逃げて行くのを見送ったアスカは、傷ついたマナを抱き
起こそうと手を出すが、ふと自分の汚い身なりに視線を送る。

アタシなんかが・・・。
また、怖がられちゃうかな。

ガタガタガタ。

そこへ、誰かが走って来る物音が聞こえて来る。あの女性達が仕返しに戻って来たのか
と、棒を手にしてマナを庇う様に立つ。

「アスカ? アスカいるのっ!?」

「シンジ?」

しかし、声はシンジのものだった。どうやら、見張りの兵士から何か聞いたのだろう。
その様子から慌てて掛け付けた様だ。

「アスカ。どうしたの? 馬小屋でどうとか、兵士の人達が言ってたから急いで来たん
  だけど。」

「ううん。それより。」

「んっ? あれっ??? どうして、霧島さんが?」

「後、お願い。」

「え? ちょ、ちょっと。アスカ?」

「この人が。気付く前に、アタシいなくなった方がいいから。」

「待ってよっ! どうなってんだよっ!」

しかし、アスカは自分がいてはまたマナを怖がらせてしまうことを気遣い、馬小屋から
走り出て行く。

「アスカ!」

「ん・・・。」

「あ、霧島さんっ!」

後を追い駆け様としたシンジだったが、その時足元でマナが苦しそうな声を出したので、
足を止められてしまう。

「あ・・・お、王様。」

「どうしてこんな・・・ひ、ひどい怪我じゃないかっ!」

アスカに気を取られていて気付かなかったが、よく見るとあちこちに怪我をして苦しそ
うにしているマナが目に入る。

「あ、ありがとうございますっ!」

「えっ?」

「わ、わたし、怖かった。ひっくひっく。ありがとうございますっ!!! ひっく。」

「ちょ、ちょっと・・・。」

咽び泣きながら、自分に抱き着いてくるマナにどう接していいのかわからないまま、と
にかく怪我をしているので医務室に運ぶシンジであった。

<シンジの部屋>

昨晩、奇妙な事件があったものの、結局なにがなんだったのかわからぬまま部屋に戻っ
たシンジは、今もっともやらねばならない、革命軍の説得手段を遅く迄考えることにな
った。その結果、今朝は遅目の朝である。

「おはようございます。」

「あ、霧島さん。」

目を開くと、太ももや手首に包帯を巻いたマナが、ベッドの横に設置されている椅子に
座ってこちらを見ていた。

「大丈夫なの?」

「はい。なんともないです。」

「怪我してるんだから、ぼくの世話なんかしなくても・・・。」

「いえ。わたしが、やりたくてやってることですからっ。」

「そ、そう・・・。」

「これからも、ずっとお世話させて下さいね。」

眠い目を擦りながら、ベッドから半身を起こしたシンジの目の前には、怪我はしている
ものの始めて会った頃に見た、いやそれ以上の笑顔を浮かべて自分を見返している元気
なマナの姿。

うーん・・・どうしよう。
アスカに変わって欲しいって、加持さんに相談しようと思ってたのに。

昨日までと打って変わり、なぜか楽しそうにしているマナを見ていると、それがなんと
なく難しいことのように思えてくるシンジであった。

To Be Continued.
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