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星の煌き
Episode 10 -宮廷-
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<第3新東京市>

亡き王ゲンドウの忘れ形見であるシンジが王になったと言う知らせは、王朝軍により意
図的に広められ、時をおかずしてここ第3新東京市の市民にも知れるところとなった。

「暴動はっ!?」

「鎮圧はしましたが、いつまた火の手が上がるかわからない状況ですっ!」

「ちっ! この大事な時にっ! 相田君からの連絡はまだなのっ!?」

「はっ。」

いつ迄経っても混乱を納められない葛城政権を見限り始めていた関東方面の市民達が、
新生王朝誕生を切っ掛けにあちこちで暴動を起し始めていた。

それは新王に期待しているというより、状況が変われば今より少しは楽になるかもしれ
ないと言う意識がほとんどであるものの、ミサト政権は存亡の危機に面していた。

いったいわたしのしたことは何だったの?
暴動を起し、暴動で倒れる国家。
3日天下もいいとこ・・・笑い話にもならないわ。
今は苦しくても、共和主義こそ理想国家だってのがどうしてわからないのよっ!

東北で発生した王朝軍の反撃も、既に群馬の県境まで進行しており、関西も三重から大
阪に掛ける防衛ラインがかろうじで持ち堪えているだけで、日本海側は壊滅的。

奴隷の犠牲による繁栄なんて・・・。
それでも、繁栄がいいって言うのっ!?

ローマ帝国など過去に君臨した国家のほとんどは、奴隷の犠牲の上に繁栄を極めていた。
それでも奴隷でない市民は、社会を改めるどころか更に繁栄を望んできたのだ。

ミサトの理想とは裏腹にこの日本も例外ではなく、それどころか混乱が長引き生きて行
くことすら難しくなってしまった奴隷階級の者ですら、反旗を翻し始めてしまっていた。

「ミサト様っ! 愛知,静岡で大規模な暴動が発生しましたっ!」

「なんですってっ! 鎮圧なさいっ!」

「関東、関西を守るのが精一杯ですっ! 予備戦力がありませんっ!」

「ぐっ・・・。」

「いかがなさいますかっ!」

「切り捨てなさいっ。」

「はっ!?」

「関東の守備を固めなさいっ!」

「しかし、それではっ!」

「他に手が打てないでしょっ!」

「はっ!」

この日を切っ掛けに、ミサトの勢力は関東一円に孤立することになる。東海地方の勢力
図は一気に王朝軍色を変わった。その状況下で最も悲惨だったのは、補給を絶たれ見捨
てられる形となった関西地方の革命軍であった。

<愛知>

同じ頃、シンジは芦屋の王朝軍の参謀と愛知の王朝派の貴族と共に、市民に号令を掛け
ていた。東海地方での反乱は、まさにこれを切っ掛けとして勃発したものだった。

「今回は、どうだったかな?」

「はい。王らしい威風が漂っておりました。」

「なんだか、偉そうでやだなぁ。」

「先王に比べれば、まだ謙虚な物言いかと思います。」

「そりゃ・・・父さんは・・・。」

大阪で市民に号令を掛けた後、シンジは霧島公爵を始めとする王朝軍の上層部に注意を
促されていた。王は王らしく威厳を持った喋り方,接し方をしなければ市民はついてこ
ないというものだ。

その後、京都,滋賀,岐阜,愛知と関西を拠点に次々と王朝軍をまとめて行くにあたり、
喋り方を始めとし、振る舞いなどを王らしい物に修正していくこととなった。

父さんか・・・。
あの迫力は真似できないよ。

同じ王という立場になっても、まるで雷が落ちる様なあれだけの威厳を誇示することは
到底シンジにできることではなく、父親の偉大さがまた1つわかった気がする。

「王、芦屋へ向かう準備が整いました。」

父のことを考えていたシンジの元に、下級兵士が駆け寄って来て跪く。シンジは市民ば
かりでなく、兵士への対応に対しても指摘されている注意を守り軽く返事をする。

「すぐ行く。下がれ。」

「はっ。」

頭を深々と下げて退室していく30歳前後の兵士。シンジは用意された紅茶を飲み干し、
帰り支度を始める。

あの人の方が年上なのに。
一生懸命働いている人が頭を下げて、紅茶を飲んでるぼくが命令する。
なんか、おかしいよ・・・。

今の混乱の世を治める為には、求心力となる自分の存在が必要だというのは本当だろう。
しかし・・・。シンジは今どうすることもできないとわかっていても、そんなことを考
えながら芦屋へと戻って行った。

<芦屋の宮殿>

芦屋へ帰り着いたシンジは、加持の姿を宮殿に探す。だが、今日も大阪の戦闘指揮を取
っているらしく、その姿は見えない。

アスカのこと、相談したいのに・・・。

シンジはシンジであちこちへ出向き忙しい毎日。加持も戦闘指揮でほどんど宮殿にはお
らず、とてもそんなことを相談する時間が取れないまま数日が経過していた。

コンコン。

「ん?」

「失礼します。」

「あれ? どうしたの?」

愛知から夜遅くに宮殿に戻って来たシンジの部屋に、マナがドアをノックして入って来
た。こんな時間に何事だろうと、不思議な顔をするシンジ。

「お帰りなさいませ。お湯の支度が整っております。」

「お湯? その為に、起きてたの?」

「はい。お食事の準備などございますから。」

なにもそこまでと思うが、自分の為に起きて待っていてくれたマナにそんなことを言え
るはずもなく、苦笑いを浮かべる。

「遅くなる時は、寝ててくれたらいいのに。」

「王様が働いておられるのに、そんな恐れ多い・・・。」

「・・・・・・。」

「お湯はいかがなさいますか?」

「折角だから、入るよ。」

「では、お着替えの用意を持って参ります。」

近頃マナは妙に懇親的に身の周りの世話をしてくれる。なぜそこ迄する必要があるのか
と、逆に気が引けて仕方が無い。

加持さんには相談できなかったけど・・・。
明日、霧島公に言ってみよう。
こんなに迄させられちゃ、可愛そうだよ。

それはともかく、来る日も来る日も各地方に出向いて疲れ果てていたシンジは、マナの
用意してくれた風呂に浸かった後、貴重な睡眠時間を取るのだった。

翌日。

朝1番。早速シンジは、マナのことを話してみようと、霧島公の元へ出向いていた。上
手くいけば、アスカのことも解決するかもしれない。

「何か、マナが不祥事でもしでかしましたか?」

「そうじゃないんだけど。」

「マナっ。いったい何をしたのだっ。」

「あ、あの・・・わ、わたしは。申し訳ありません。」

何気なくマナに世話をするのを止めさせて欲しいと口にした途端。予想もしていなかっ
た大騒となってしまった。

「娘のいたらぬ点は多々おありかと思いますが、なにとぞお許し下され。」
「王様のご不興を買っているとも知らず、わ、わたし・・・。お許し下さい。」

取り付く島もなく、一方的に頭を下げ平謝りしてくる霧島親子を前に、逆にあたふたし
てしまう。

「ち、違うんだよ。」

どうして話がそんな方向へ行ってしまったのか理解できないまま、シンジは大慌てで自
分の言葉を取り繕う。

「マナは何も悪くないよ。いつも悪いと思ってるくらいだよ。」

「ではなぜ故、娘に世話を止めさせろと?」

「無理に、ぼくなんかの世話させられちゃ可愛そうだよ。」

「マナっ! お前という娘はっ! そんな気持ちで、王のお世話をさせて頂いていたのかっ!」

「そ、そんな・・・。滅相も御座いません。わたしは・・・。」

だからなんでそっちに話が行くんだよっ!
ぼくの話も聞いてよっ!

忠誠心なのか謙遜なのかなんだかわからないが、ここまでくるといい加減イライラして
くる。

「マナはよくしてくれてるって言ってるだろ。怒ることないじゃないか。」

「ならば、わたしには理由がわかりかねますが?」

「どうして、自分の娘にぼくの世話なんかさせるのさ?」

「ふむ・・・。そういうことですか。」

「そういうこと?」

「確かに、少しでも王室のお近付きになれればという気持ちはありました。それが、お
  気に召されなかったのでしたら、謹んでお詫び申し上げます。今後、マナには・・・。」
「イヤっ! わたしは、王様のお世話をさせて頂きたく思います。」

これでマナも楽になれるだろうと胸を撫で下ろそうとした瞬間、突然のマナの叫びに不
意を突かれる。

「無理に、ぼくなんかの世話しなくても。」

「お願いします。このまま引き続きわたしに。」

「あの・・・ぼくは、ここへ一緒に来たアスカって娘にして貰ったら、マナがわざわざ
  しなくてもいいと思うんだけど。」

丁度良いタイミングなので、アスカの名前を出してみる。

「そんな・・・。」

愕然とするマナ。そこへ霧島公が口を挟んでくる。

「それならば、うちの娘の方がお宜しいのでは?」

「どうして?」

「奴隷などに・・・。」

「なにっ!!!!」

確かに身分は奴隷に違いなかったが、今の蔑む様な言い方が許せない。特にシンジはア
スカが奴隷と言われると必要以上に敏感に反応してしまうところもあり、思わず感情が
こみ上げ、刀のつばに手を掛けて睨み付けてしまう。

「うっ!、 こ、これは失言でした。お許し下さい。」

「アスカに頼むことにするっ! 問題ないねっ!」

まだ感情の高ぶりを抑えきれず、強い口調で断定的に言い放つ。だがその途端、マナが
懇願するような目でシンジに近付いて来た。

「いたらぬ点がありましたら改善します。ですから引き続きわたしに。」

「ちょ、ちょっと・・・。」

「お願いします。わたしにお世話をさせて下さい。」

「・・・・・・。」

いったいなんなんだよ。
どうしてぼくなんかの世話、そんなにしたがるんだよ?
困ったなぁ。

元はと言えば、マナが可愛そうだと思い霧島公にそのことを告げに来たのが、今回のこ
との始まりだったはずが、話の成り行きがどうも先程からおかしい。

「では王の意も汲み、娘と共にということでいかがでしょうか?」

「一緒に?」

「良いな。マナ。」

「はい。王様のお世話をさせたて頂けるのでしたら、わたしは・・・。」

「あ、あの・・・。」

「ではいたらぬ娘ですが、今後ともなにとぞ宜しくお願い致します。」
「お願いします。」

「・・・・・・。」

深々と頭を下げる霧島公とマナを前にし、とうとうシンジは何も言えなくなってしまっ
た。そんなことより、アスカと一緒に生活できるようになったことに舞い上がってしま
ったシンジは、安易に承諾したのだった。

<倉庫>

その頃、兵士達の食事を作り終え一旦自分の寝ている倉庫に戻って来たアスカは、突然
現れた3人の貴族の娘を前にし、恐怖に顔を強張らせていた。

「アンタら・・こないだの・・・。」

「貴族に対して、なんて口の利き方かしら?」
「奴隷の癖に、人の言葉を話すなんて。汚らわしい。」
「舌でも切ったら、喋れなくなるんじゃなくて?」

短刀を手に狭い倉庫の中を近寄ってくる令嬢3人。

「くっ!」

アスカは、恐怖に顔を引き攣らせながら、手近にあった棒を手にし身をを守る体制を取
りながら後退りする。

「あら? 汚い棒なんか持ちましたわよ?」
「奴隷ごときが貴族に手を上げたら、死刑ってこと知らないのかしら?」

この間マナを助けた時とはわけが違った。相手は貴族を傘に堂々と迫って来ている。奴
隷の身分で手を上げることができようはずもない。

「さぁっ! 土下座して靴の裏でも舐めなっ!そうしたら、許してあげてもいいけどさぁ。」
「あははははは。靴の裏の方が、余計に汚れますわよ?」
「まったくですわね。」

「ぐっ。」

手を出すこともできず、キッと貴族の女性達を睨み付けその場に立ち尽くしていると、
中央の最も豪華なドレスを着た令嬢の取り巻きらしき貴族の女性が、アスカの髪を鷲掴
みにして床に頭を擦りつけた。

「犬みたいに、靴の裏舐めなさいよっ!」
「貴族の靴よ。光栄に思うのねっ!」

中央の女性の足元にアスカの顔を捻り込む2人の女性。その頭上には、靴の裏を見せて
いる令嬢が、親指と人差し指で短剣を挟みぶらつかさせている。

「ほらっ! 舌出すんだよっ!」
「ぐぐぐぐ・・・。」

必死で絶えるアスカ。しかし、無理やり頬を両手で押えつけられこじ開けてくる。そし
て舌が顔を覗かせた途端、ズドっと短剣が落下してきた。間一髪でかわしたものの、鼻
に細い切り傷ができる。

ちくしょうっ!
ちくしょうっ!
ちくしょうっ!

馬乗りになられ床に顔を押し付けられ髪を鷲掴みにされるアスカ。あまりにも情けない
自分に、涙がボトボトと溢れ出てくる。

「へぇ、奴隷でも涙出るんだね。知らなかったわ。」
「いつ迄もこんな汚い物に乗ってたら、ドレスが汚れてしまいますわ。さっさとヤって
  しまいませんこと?」
「そうですわね。」

中央の令嬢は、アスカの頭に靴を捻り込ませ短刀を目の前に突き出してくる。その時、
ゆっくりと倉庫の扉が開いた。

「アスカ? いい知らせが・・・なっ! なにしてんだっ!!!!」

霧島公との話の結果を伝えに来たシンジが見たものは、頭を踏みにじられ今にも短刀で
突き殺され様としているアスカの姿であった。

「これは王様。」

慌てて跪く3人の令嬢。

「お見苦しい所をお見せしました。」
「ちょっと、この奴隷をお仕置きしていたとこですの。」

「貴様らっ!」

「王様の前よ。奴隷を片付けなさい。」

「「はい。」」

中央の令嬢は残りの貴族に悪びれもせず命令する。それに伴い、2人の女性はアスカの
髪を掴んで引っ張り始めた。

「イ、イタっ。」

「やめろっ!!!」

倉庫に飛び込んだシンジは、赤い髪を強引に引く女性の手を払い、アスカを守る様に立
ちはだかる。

「貴様らっ! 人を何だと思ってんだっ!」

「お、王様? どうされました? 人って・・・それ、奴隷ですわよ?」

当たり前の様な顔で、家畜どころかまるで汚物を見る様な目でアスカのことを見ながら、
さらさらと言い放つ貴族の女性達。

「身分が高けりゃ、何してもいいってのかっ。」

「は? 何をおっしゃってるんですか?」

「なら、ぼくは王だっ! お前らの顔が気に入らないッ! コロスっ!」

「なっ! お、王様っっ!!?」

ここにきて、初めて顔面を引き攣らせる貴族の女性達。いったい自分がなぜ王に殺され
なければならないのか、まったく理解できない。

「ど、どうしてっ! わたくし達がっ。」

「王が貴族を殺して何が悪いっ!」

「そ、そんな・・・お許し下さいっ! お許し下さいっ!」

なにがなんだかわからないが、恐れおののいた貴族の令嬢達は、口々に命乞いを始める。

「王様っ! やめてくださいっ!」

そんなシンジを見たアスカが、咄嗟に止め入って来た。自分を殺しかけたこの貴族達も
許せなかったが、彼女達と同じことをしようとしているシンジをほおっておくことはで
きなかった。だが、シンジはそれ迄の険しい顔を少し和らげ振り向く。

「大丈夫。わかってるよ。」

「王様・・・。」

その目を見たアスカは、何も言えなくなり成り行きを見守る。目の前には、剣を突き付
けられ足をガタガタと振るわせる貴族の女性達。シンジは更に彼女達に迫る。

「ぼくが、貴様らを殺しても誰も咎めたりしないっ! そうだなっ!」

「お、お許し下さいませ。」
「わたし達が悪うございました。」

「な・に・が、悪かったんだっ?」

「・・・・・・。」

「今、悪かったと言ったろう? 何が悪かったんだっ!?」

「・・・・・・。」

何度聞いても答えない貴族の女性達。そうなることの予想はついていたので、シンジは
質問を止め話を変える。

「もう1度聞く。この娘が何をしたから、あんなことをしてたんだっ?」

「ですから・・・。気に入らないモノだったので・・・。」

「そうか。なら同じ理由で、ぼくは自分より身分の低いお前達に剣を振るっ!」

「そ、そんなっ! 気に入らないだけで、酷すぎますっ!」

「同じことじゃないかっ!!!」

「・・・・・・。」

ここまで言っても、まだ貴族の女性達は納得できない表情を浮かべていた。幼い頃から
身分制度の中、貴族としての教育を受けた結果であった。

「いいかっ! 今後この娘に何かあったら、お前達の責任だっ! 誰が傷1つ付けてもだ
  っ!」

「「「はい!!!」」」

「さがれっ!」

「は、はいっ!」

女性達はシンジの言葉と共に、命からがらという感じで部屋から逃げる様に去って行っ
た。シンジはその女性達を見送りながら思う。

あの人達が悪いんじゃないんんだ。
社会全体が、みんなをおかしくさせてるんだ。
そう考えなくちゃ・・・。

シンジはほっと息を零し優しい目をアスカに向けると、手にしていた剣をカランと床に
落とし、どさっと倉庫の床に座り込んだ。

「シンジ・・・王様らしくなったね。」

「そりゃ、毎日毎日、王って立場であちこちの人と合ってたらさ。」

「なんだか、ひと回り大きくなった気がしたわ。」

「はは。本当はさ、殴り掛かりそうだったんだ。でも、それじゃ駄目なんだよね。」

「なんだか、アタシの知ってるシンジじゃないみたい。」

「そんなこと言わないでよ・・・。」

「ちょっと立派になった気がしただけ。」

「でも・・・無事で良かったよ・・・本当に・・・。」

少し寂しそうな顔をしていたアスカだったが、その体をシンジにぎゅっと抱き締められ、
目を少し細める。

「服が汚れちゃうわよ?」

「そんなわけないだろ。」

「だって、ずっと服洗ってないし・・・アタシだって。」

「何・・・言ってんだよ・・・。」

「折角の立派な服が・・・。」

「アスカ? 何言ってんの? アスカっ?」

アスカを見ていると、思い過ごしかもしれないが心なしか細くなった様にも思える。そ
の体を自分から離そうとしているアスカの両肩を掴みゆさゆさと揺するが、返って来た
のは作った様な笑顔。

「ありがとう。もう大丈夫だから、シンジもしなくちゃいけないことあるでしょ?」

「どうして・・・。」

「あっ、そろそろ調理場に戻らなくちゃ。」

「ちょっと待ってよっ。」

倉庫から出て行こうとするアスカの手を、慌てて力強く握りぐいと引っ張って引き止め
る。

「あの・・・急がなくちゃいけないから。」

「もういいんだよ。今日からぼくと一緒く暮らすことになったから。」

「一緒に? 何?」

「だから、ぼくの部屋で暮らすことになったんだ。」

「そう・・・シンジのとこで・・・。」

「もういいんだ。さぁ、行こう。」

アスカと共に王室へ向かい倉庫を出るシンジ。荷馬車で旅をしていた頃の様に、またず
っとアスカと一緒にいれると、シンジはこれからの生活に胸を膨らませていた。

<王室>

新たに用意された王としてのシンジの部屋に入ったアスカは、14年の人生の記憶の何
処を探してみても、見たこともない豪華な部屋に唖然としていた。

「なんか、部屋が広いからさ。半分アスカの部屋にしたらいいんじゃないかな?」

「・・・・・・。」

「丁度このテーブルの辺りかな。真中。この辺にカーテンでも敷いてさ。」

「・・・・・・。」

「アスカは、ベッドがある方がいいよね。じゃぁさ・・・。」

「・・・・・・やっぱり。」

「ん?」

「シンジは王様なのね。」

「どうしたの?」

「こんなとこ・・・」

目を落しながらアスカが何かを口にしようとした時、王室の扉を激しくノックする音が
広い部屋の中にいる2人の耳を刺激する。

「王っ! ここにおわすかっ!?」

「加持さん?」

「入っても宜しいかな?」

「どうぞ。」

その返事を聞くや、わずかな時を惜しむかの様に急ぎ扉を開き、せわしなく加持が部屋
の中へ入って来る。

「やはり・・・。」

アスカの姿を見て、声を漏らす加持。

「どうしたんです?」

「シンジくん・・・いや我が君。いったい何をしておられるのですっ。」

「何をって・・・どうしたんです?」

「霧島公と、幾人かの大貴族の面々が、王位継承のことで揉めていた。」

「王位? 何かあったんですか?」

「貴族の娘に、何かされましたな?」

「あっ!!!」

「今回は霧島公が多額の賄賂を掴ませ、表面上は穏便に片付いたものの・・・。軽弾み
  な行動は、この時期謹んで貰いたい。」

「でも、あの時はっ!」

反論しそうになるシンジの言葉を遮り、加持は強い口調で幼い頃自分に言い諭していた
言葉の様に喋り続ける。

「事情はあるのだろうが、王の行動は全ての国民に影響することもある。もっと自覚を
  持たなければいけない。」

「でも・・・。」

「もうシンジくんは、日本の王なのですぞっ!」

「・・・・・・。」

加持の言っていることはもっともだ。だがそれならば、あの場合どうしろというのだろ
うか。シンジの心に、モヤモヤと納得できないものが渦巻く。

「よく聞くんだ。王になりたい輩など吐いて棄てる程いる。何かにつけてシンジくんか
  ら王位を剥奪しようとするばかりか、暗殺を企てているものがうようよしている。」

「それでもぼくはアスカをっ!」

「今君が倒れたらっ! 日本はどうなるっ!!!!」

「・・・・・・。」

「残念だが、まだ君には先帝の様に覇道を打ち鳴らす程の力はない。それでも王が必要
  なのだ。」

「はい・・・。」

「しかも、今回のことでこの娘のことが目立ってしまった。命が危ないぞ。」

「えっ!!!!!」

ぎょっとして加持を見上げるシンジ。逆にアスカは、まるで覚悟していたかの様に、静
かに視線を床に落す。

「君の付き人にするなど、もっての外だ。」

「でもっ! あの生活に戻ったら、誰かがまたアスカをっ。」

「宮廷闘争に巻き込まれる方が遥かに危険なのがわからんのか。霧島公ですら危険な状
  態なのだ。こんな娘、即日殺されるぞ。」

「・・・・・・。」

「まぁ、聞け。俺なりにここへ来る迄に考えてみた。その娘だが、霧島嬢につく奴隷と
  いう扱いが限界だ。それでどうだ?」

「奴隷ってっ! どうしてそうなるんですかっ!」

アスカを奴隷呼ばわりされ、またしても感情を高ぶらせるシンジだったが、霧島公とは
違い親同然に付き合ってきた加持は、更に強い口調で言い返す。

「王に奴隷が付くわけないはいかんのだっ!」

「ぐっ・・・。」

「だからだ。霧島嬢の奴隷として仕えれば、シンジくんの目が届く所にこの娘を置いて
  おけるじゃないか。これが彼女の命を守る最善だと思わんかっ?」

「・・・・・・。」

「俺は常に戦場だ。君しか守れる者がいない。」

「わかりました。」

「まだ戦闘の真っ最中なんでね。俺は戻るが、霧島公には一言礼を言っておくといい。
  彼は頭のキレる男だ。シンジくんに王位継承権があるうちは、必ず守ってくれる。」

「はい。」

そこまで言い終わり加持は王室から出て行った。加持が来る迄浮かれていたシンジは、
がっくりと膝を床に付いて項垂れてしまう。

「シンジ?」

「アスカ、ごめん。ぼくは・・・・。」

「これがあるべき姿なのよ。」

「違うよっ!!!!」

「シ、シンジっ!?」

「こんなのおかしいよっ! 絶対おかしいよっ!!!!」

それまで項垂れるシンジを覗き込む様に腰を折っていたアスカは、突然の絶叫に驚き目
を見開く。

「なんでなんだよっ! なんで好きな娘と一緒にいちゃいけないんだよっ! 王なんて嫌
  だよっ! もう王なんてなりたくないよっ!!!!!」

「シンジっ!? シンジっ!?」

「ちくしょーーーーーーっ!!!!!!!!!」

感情を高ぶらせるシンジに、アスカは何と声を掛けていいのかわからず、ただ彼の名を
呼び続けるのだった。

To Be Continued.
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