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星の煌き
Episode 12 -休息-
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<荷馬車>

生駒を越え奈良,三重と通り、伊勢湾沿いにシンジとアスカを乗せた荷馬車は、ゴトゴ
トと旅を続ける。

「何処か、武器屋ないかなぁー?」

「どうしたの? 名古屋迄行ったらあると思うけど。」

「これ、売ろうかと思って。」

宝石などで飾られた豪華なアクティブソードに視線を落とす。命を守る道具である為か、
今となっては亡き父の形見とでも思っているのか、大事にしている剣だ。

「ダメよ。それ、大事なもんじゃない。売るならアタシのを。」

「はは・・・お金にしなくちゃいけないからね。もう残り少ないし。」

そう言われ、アスカは自分の剣に視線を向けて見る。当然のことながら、とても値のつ
きそうにない、鉄で作られた質素な物。

「でもっ! 剣売ちゃって、なくなったら困るじゃないっ!」

「こんな豪華な剣いらないよ。アスカのがあれば十分だ。」

「でも・・・。」

シンジが剣を粗末にしたところなど見たことがない。それを、食べる為に売ってしまう
のが納得できない。

「アタシっ! 働くっ!」

「いいよ。東京市迄のお金があればいいんだから、これ売ったら十分だよ。」

「ヤなのっ!」

「ヤって・・・。どうしてさ?」

「ヤったら、ヤなのっ!」

「・・・・・・うーん。」

困ったものである。この剣以外、まとまったお金になりそうな物はなく、かといっての
んびり働いているなんて悠長なことを言ってられる旅でもない。

「アタシの剣売りましょ。節約したら、この剣のお金でだってなんとかなるでしょ。」

「うーん・・・やっぱり、無理じゃ・・・。」

「いいのっ!」

「・・・・・・はい。」

アスカの言っていることにはかなり無理があった。だが弱みを握られているシンジは、
何も言い返せなくなってしまう。

いざとなったら、ぼくの剣もあるし・・・。
それでアスカが納得するなら。

シンジの弱み。惚れた弱み。

<岡山と広島の県境>

ゼーレの兵士は既に広島市を落とし、いよいよ岡山へ進撃を開始しようとしていた。迎
え撃つは王朝軍と、強制的に徴兵された奴隷。そして雇われた兵士達。

「まいったね・・・。」

「どうするの?」

「報酬より命が大事じゃないかい?」

「そうね・・・。」

傭兵としてこの戦いに参加しているカヲルとレイ。傭兵となるに奴隷は不利だと判断し
たレイは膨大な金を積み、地下組織でインタフェースヘッドセットを取り外し平民の素
振りをしている。

「いよいよってことさ。」

「一気に攻勢に出るつもりね。」

彼らの前に現れたのは、今となっては貴重な化石燃料で駆動する戦車。どんな凄腕の戦
士をもってしても、剣で戦車に勝てるはずもない。

「ここまでするってことは・・・。」

「なに?」

「もっと危険な物まで出てくるかもしれない。」

「・・・・・そうね。」

カヲル達傭兵は報酬さえ諦めれば逃げることができた。だがその日、徴兵された奴隷達
は、この岡山に夥しい死体の山を築き上げることとなった。

<静岡>

ここは日本でも有数の財閥である洞木家が有する豪邸の1つ。日本を揺さ振る動乱の波
は、この財閥の家にも大きな騒動を引起していた。

「この間は、認めて下さったではないですかっ!」

「既に共和主義などというものは藻屑と消えたのだ。王制が復活した今、認めることな
  どできぬっ。」

「お父様は、社会体制で娘の結婚を左右されるのですかっ!?」

「ばかもんっ! 親が娘の幸せを願って何が悪いっ!」

「もういいっ! お父様の馬鹿ぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!」

革命軍が大きな力を持っていた時期、1度は認められたトウジとの婚約。しかし、王朝
軍が勢いを盛り返し身分制度が復活していくと同時に、その話が撤回されてしまった。

「うっ・・・うっ・・・。」

中庭に1人飛び出し、木に顔を押し付けて泣きじゃくるヒカリ。そんな様子を屋敷の外
から見ていたトウジが、なんと声を掛けていいものかとおずおず近寄って来る。

「ヒカリ様・・・。」

「鈴原ぁぁぁ。」

トウジの胸に飛び込んで来るヒカリにどう対応していいのかわからず、両手をだらりと
下げたままただ立ち尽くす。

「やっぱり、ワイみたいなんがヒカリ様となんておかしなことやったんですわ。」

「なにがおかしいのよっ!」

「ほやかて・・・ワイはヒカリ様の奴隷でしかありやしまへんねや。」

「鈴原はそれでいいって言うのっ!?」

「かまやしまへん。ヒカリ様にお仕えさせて頂いてるだけで十分ですわ。」

「そう・・・わかったわ。」

「わかってくれはりましたか。」

「あなたはわたしの奴隷なのねっ!」

「ほうです。」

「わたしの命令に従うのね。」

「ほうです。」

「ならっ! アタシをさらって逃げてっ!」

「な、なんやてーーーーーーーっ!!!!」

「シッ! 声が大きいっ!」

「ほ、ほやかてっ! ほないなことっ!」

うろたえまくるトウジ。だがヒカリは、強い決意をその瞳に漲らせ、ガンとして引く様
子もない。

「こ、こないな大事なことは、旦那さんにお断り入れんとあきまへんっ。」

「それじゃ、さらって逃げてるんじゃないじゃないっ!」

「ほやけど、ワイは旦那様にはえろうよーして貰っとるし、恩があるさかいに。」

「わたしの言うことに従うって言ったじゃないっ! 騙したのっ!」

「ほないなせっしょうなぁ。」

「わかったら、早くわたしをさらってっ!」

ヒカリはそう言い放つと、嫌がるトウジの手を無理矢理引っ張りさらわれて行った。そ
れと時をほぼ同じくして、屋敷の中央に位置するリビングに、召使いの男性が大慌てで
駆け込んで来る。

「旦那様っ! 鈴原めがお嬢様を連れてっ!」

「ふぅ・・・。」

呆れ帰り溜息をつく洞木氏。

「どうせ、娘がそそのかしたのだろう。」

「只今、皆で手配しておりますがっ!」

「かまわぬ。させておけ。」

「は?」

「そこ迄して一緒になりたいのなら、自分の力でなんとかすれば良い。」

「しかしっ。旦那様っ!」

「かまわぬっ。」

「はぁ・・・。」

「ただし、2人に危険が及ばぬよう、監視は怠るでないぞ。」

「はっ!」

「極秘裏にじゃぞっ。あの娘は、部屋の中を見ただけでも怒りよるでなぁ。わはははは。」

親の心子知らずとはこのことか。それでもヒカリは自分の力で追っ手を撒き駆け落ちに
成功したと思い込んで逃げ続けていた。

「鈴原、これで2人っきりね。」

「こないなことしてもて・・・ワイ。」

「わたしをさらって来たんだから、今更弱音を吐ないの。」

「ほ、ほんなぁ。無茶なぁ。」

「くよくよしても始まらないでしょ。とにかく、今晩寝るとこを探しましょ。」

「あの・・・宿代なんか持って来てまへんねんけど?」

「えーーーー。なんで準備してないのぉ。」

「ほないなこと言われましても・・・準備も何もありまへんでしたやんか。」

「仕方ないわねぇ。何処かで野宿しましょ。」

「ヒカリ様・・・野宿なんかできますのんか?」

「それくらいできるわよっ!」

「ほんまですかぁ? しゃーないですなぁ。」

野宿とは言っても、それなりの場所を見つけなければお嬢様育ちのヒカリが可愛そうだ
と、何処か身を隠せて風を凌げる場所を目を皿の様にして探すがなかなか見つからない。

「ヒカリ様・・・さっきの廃屋くらいしかおまへんわ。」

「そこでいいわ。」

「あっこで、ええんでっか?」

「鈴原と一緒なら、何処だっていいわよ。」

「はぁ・・・ほんじゃ戻りましょか。」

いろいろ見回ったが、さっき少し奥まった所にあった廃屋が1番マシの様である。トウ
ジはヒカリを連れて、元来た道を引き返し廃屋へ入って行った。

「ちょっと、風が入りますけど、我慢して下さい。」

「大丈夫よ。もう疲れちゃった。寝ましょ。」

「ほんじゃ、ヒカリ様はこの服の上で寝て下さい。ワイはこっちで寝ますさかい。」

できるだけ風の当たり難い場所に自分の服を敷きヒカリにそこを示すと、トウジは少し
離れた位置にゴロリと横たわる。

「何言ってるのっ!」

「へ?」

「こっち来て。寒いわ。」

「ほ、ほやかてっ。」

ヒカリに手を引かれ焦りまくるトウジ。仮にも主人である女性だ。煩悩の10倍以上に
罪悪感が全身を突き抜ける。

「わたし達、夫婦になるんだから、寄り添って寝るくらいいいでしょ。」

「あ、あきまへんっ。」

「わたしが風邪ひいてもいいのっ!?」

「ほやけどっ。」

「そう・・・鈴原はわたしが寒くって風邪をひけばいいと思ってるのね。」

「わ、わかりました。ほのかわり、ワイは背中向いて寝ます。」

「うん。それでもいいっ。」

鈴原の背中にぴたりと寄り添い横になるヒカリ。トウジも罪悪感と理性で、ああは言っ
ていたが、背中にやわらかいヒカリを感じ、なかなか寝付けない。

ガタガタガタ。

ところどころに穴が空いた廃屋の壁の板が、風でガタガタ,ヒューヒューと音を立てて
いる。ヒカリも落ち着かないのか、先程から背中でモゾモゾと動いている。

「ヒカリ様? ワイが近くにおったら、やっぱり寝れまへんのちゃいますか?」

「恐い・・・。」

「へ?」

「この家、ガタガタ言う・・・怖い。鈴原ぁぁ。」

「しゃーありまへんがな。廃屋でっさかい。」

「怖い・・・。怖い、怖い。他のとこで寝たい。」

「さっき探してみましたけど、ありまへんでしたがな。」

「怖いのっ! お化けが出そーっ! いやぁぁぁぁぁーーーーー!!!!」

「わ、わかりましたっ。わかりましたさかい、大きな声出さんで下さい。」

ようやく一息ついたところであったが、トウジは再びヒカリを連れて夜の町へと繰り出
して行く。

「どないしましょ。」

「ガタガタ言わないとこがいい。」

「あったらいいですけどなぁ。」

あそこで無理だったのだ。道端で寝るなどもってのほかだろう。トウジは1文無しでも
寝泊りできそうなとこで、とにかくガタガタ,ヒューヒューいわない場所を探すが、そ
んな所があろうはずもなく、あるのは夜遅く迄やっている飲み屋と宿屋ばかり。

「そうだわっ! わたし、水晶ネックレスがあるの。これを売ったら。」

「ほやけど、そないな大事なもの・・・。」

「いいのいいの・・・あーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」

水晶のネックレスを外そうと、首元の服を少し持ち上げ視線を落としたヒカリが、突然
悲鳴にも似た大声を上げた。

「ど、どないしましたんやっ!!!」

「わたしの水晶のネックレスがないぃぃっ!」

「えーーーーーっ!!!」

「あーーーん。あれ、お父様に買って貰ったのにぃ。」

「探しに戻りまひょ。」

「えーーー。あそこ怖い。」

「ほやけど、ほないな大事なもん。」

「戻りたくない。別に、お父様が勝手にくれたもんだからいいわ。」

・・・・・・旦那様。
今の言葉は、ワイ聞かんかったことにしときます。

近頃ヒカリも年頃になってきて、なかなか相手にして貰えず悩んでいたことを知ってい
るトウジは、心の中で主人のことを哀れんでいた。

「ヒカリ様。ほな、徹夜で歩きまへんか? 昼に寝たら怖くありまへんがな。」

「もう・・・眠る・・・。」

「げっ。」

ふと見ると、今にも歩きながら寝てしまいそうなヒカリの姿。トウジはいったいなぜ自
分が今ここにこうしているのだろうかと、天を仰ぐ。

「ヒカリ様。ほな、ワイがおぶりまっさかい。背中に乗って下さい。」

「うん・・・ありがと・・・。」

ヒカリをおぶり歩き出す。そんなトウジがある宿屋の前を通り掛かった時であった。

「おめでとーー御座いますっ! 開店から丁度1万人目の前を通った方はあなたですっ!」

パーンパーンパーン。

クラッカーが鳴り、トウジの回りを宿屋の人間が取り囲み始める。ヒカリも何事かと、
眠り掛けていた目をパチパチ。

「1万人目のサービスで、あなた達を無料でうちの宿に招待しますが、お泊りになられ
  ますかっ?」

「泊まるっ。泊まるわっ!」

真っ先に答えたのは、背中のヒカリであった。トウジはと言うと、あまりの上手い話に、
まだ自分の身に何が起こっているのかわからず、ヒカリをおぶったまま呆けている。

「ではこちらへどうぞーっ。」

「鈴原っ! わたし達には、やっぱり神様がついてるのよっ!」

「へ?」

「わたし達の前途を祝福してくれてるのよーーっ!」

浮かれるヒカリと一緒に、宿の中へ入って行こうとしたトウジの目の端に、入れ違いに
宿から出て行く見覚えのある黒い服を着た男の姿が見えた。

ほういうことですかいな・・・。
旦那様・・・えろうすみません。
ちゃんと、お嬢様は無事連れて帰りますさかい。

全てを納得したトウジは、浮かれてはしゃぐヒカリの後に続き、今夜泊まることとなっ
た宿の中へ入って行くのだった。

同じ頃、同じ静岡の、とある廃屋では。

「シンジぃぃ。お腹減ったよぉ。」

「だから、ぼくの剣を売ったら良かったんだよ。アスカの剣じゃ、2日と持たなかった
  じゃないか。」

「ダメよ。あれはシンジの大事な剣だもん。」

「だって、あと2日は掛かるよ。もう1文無しじゃないか。」

「ヤなのーーっ。」

「じゃぁ、どうするんだよっ。」

どのみち、今日は既に武器屋も閉まっている為どうすることもできない。ようやく風を
しのげる廃屋を見つけたことでもあるし、ひとまず眠ることにし横になる。

ガタガタガタ。

穴がところどころに空いた廃屋の壁の板が、風でガタガタ,ヒューヒューと音を立てて
いる。

「こっち来て。寒いじゃない。」

「だってっ。」

「アタシが風邪ひいてもいいってのっ!?」

あまりべったりとくっつくと目が覚めてしまう為、幾分か距離を置こうとしたのだが、
どうやら許されない様だ。シンジはアスカに引っ張られるがまま体を寄せる。

ゴリ。

「いたたたた。」

「どうしたの?」

「なんだこれ?」

手を惹かれ、アスカの傍に身を寄せたシンジの背中に、何か硬い物が当たった。

「あっ! これ、水晶だっ! 水晶のネックレスだよっ!」

「えーーっ! 本物なのぉぉっ?」

「えっと・・・。」

月明かりに翳し、光の屈折具合や色を暗闇の中で目を凝らしマジマジと見詰める。

「暗くてはっきりしないけど、本物っぽいよ。」

「これ売ったら、お金になるじゃん。」

「2日くらいなら、十分過ぎるね。」

「シンジっ! アタシ達には、やっぱり神様がついてるのよっ!」

「へ?」

「アタシ達の前途を祝福してくれてるのよーーっ!」

神様はともかく、これで明日からの食料には困らなくて済みそうだ。ひとまず安心した
シンジはアスカと身を寄り添い、廃屋の中の床に身を横たえる。








スースーと、幸せそうに寝息を立てる愛しい人。

その横でまだ眠ることができない少年。




丸い円を描く満月が、静岡の町を照らしている。

ある者はその満月を窓から、ある者は壁に開いた穴から見上げている。




「はぁ・・・。」

2人の少年が、2つの場所で、2人同時に溜息をつき、同じ言葉を呟いた。

「弱いなぁ・・・。」

そして。

少年は、なにも言い返せなくなってしまう月明かりに照らされた女神の顔を眺め、ほん
の一時の休息にこの上ない幸せを感じるのだった。

To Be Continued.
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