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星の煌き
Episode 13 -暗雲-
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<箱根>

浜名湖の側を抜け、富士を横目に箱根の山へさし掛かろうとする頃には、夕暮れ時とな
っていた。

眼前に広がる壮大な山々を越えると、父のいた日本の首都、第3新東京市。明日には到
着するだろう。

「暗くなってきちゃったなぁ。」

「まだ大丈夫よ。行けるとこ迄、行きましょ。」

「山だからさ。あんまり奥迄行ったら、野犬とか。」

「そん時は、ペンペンが教えてくれるって。」

「そうだけど・・・。」

こうしている間にも、ゼーレは進撃しているはずだ。できる限り第3新東京市へ早く着
きたい為、距離を進めておくことは大事だが、安全の確保も怠るわけにはいかない。

「水晶が売れたし、宿とかあったらいいんだけど。」

「そんなの、頂上近く迄行かなきゃ無いんじゃない?」

「頂上かぁ。・・・無理だね。」

ゲンドウが健在の頃乗った、セカンドインパクト後極度に貴重となった化石燃料で動く
自動車なら、宿が閉まる前に頂上まで辿り着けるだろうが、荷馬車では到底無理そうだ。

ゴトゴトゴト。

ペンペンの引く荷馬車が、揺れながらシンジとアスカを運んで行く。鬱蒼と覆い茂る木
々が、月明かりまでも遮る闇を行く。この闇の向こうに、光があることを信じて。

「せっかく水晶売れたのに、野宿になっちゃいそうだ。はははは。」

「泊まれるとこあったら、アタシに構わず何処でも泊まってね。」

「そんな身分差別する宿。泊まるもんか。」

「ダメよ。」

「それにさ、そんな身分なんて無い世界に、今から行くじゃないか。」

「うん・・・。そうだったね。」

ペンペンの手綱を握るシンジの温もりを求めるかの様に、少し体重を預け頭を肩に擡げ
るアスカ。

「その世界に行ったら、アタシでもシンジの側にいていいのね。」

「うーん・・・ごめんねアスカ。」

「え?」

「その世界に行けば、ぼくと一緒にいていいってわけじゃないんだ。」

「・・・・・・そ、そう。ご、ごめん。アタシ・・・。」

シンジの言葉にショックを隠し切れない様子のアスカ。凭れていた頭を起こして俯き加
減に、途切れ途切れのの言葉を発する。

そんなアスカの様子を、ほくそ笑んでちらりと見るシンジ。

「そんな世界に行かなくてもアスカを離したりするもんか、ってことだよ。」

「へ?・・・シ、シンジっ!!!」

一瞬呆けた様な顔になったアスカだったが、はにかみながらも怒った表情を浮かべ右手
に拳を作って振り上げる。殴る気もなさそうなのに、一生懸命凄んでいる。

「あはははは。だって、カヲルくんの箱からアスカが出て来たとき、散々苛めてくれた
  からさ。ちょっとさ。」

「も、もうっ!!!」

「ごめん。そんなに怒らないでよ。」

「許さないんだからっ。」

「ごめんって。」

「罰として、アンタの言葉信じちゃうんだからね。もっ!」

「はは・・・うん。」

この先何があっても、アスカと離れ離れになんかなるものかと、改めて心に誓いながら
荷馬車を進ませる。そろそろ夜も更けてきた。危険がない様に安全に泊まれる所を探さ
なければならない。

「あらっ?」

「どうしたの?」

「光・・・。あの辺。さっき、光ってた。」

「何処?」

アスカが指差す方に目を向けるが、そこにあるのは一面に広がる闇ばかり。何度も目を
凝らして見るが、わずかな光すら見えない。

「何も無いよ?」

「あったのっ。ほんの少しだけど、光ったんだってばっ。」

「うーん。」

「アーーーっ! 疑ってるっ!」

「そうじゃないけど。」

「疑ってるわっ。その目っ。」

「ちがうって。わかったよ。。あの変だろ? 見に行ってみようよ。」

「うんっ。きっと、山小屋かなんかるのよっ。泊まれるかもしれないでしょっ。」

「そうだといいね。」

「あーーーーっ! やっぱり疑ってるぅぅっ! その言い方っ!」

「違うってば。」

山小屋などがあれば、チラチラと何かの光が途切れ途切れにでも見えていいはずだが、
それも無い。。半信半疑のシンジであったが、見に行けばアスカも納得するだろうと、
光が見えたという方向へペンペンを走らせる。

「おっかしいなぁ。確かこの変・・・。」

「だろ? だから、見間違いだって。」

「光ったったら、光ったのっ! もうちょっと、こっちだったのよっ。きっと。」

「はいはい。」

ペンペンを大木に繋ぎ、剣を持ちアスカが指で指し示している方向へ、藪の中を進んで
行く。

「ねぇ、こんな茂みに山小屋なんて作る?」

「うーん・・・。」

「不便で仕方ないじゃないか。」

「うーん・・・。そうかなぁ。」

ここ迄奥に入って来ても、山小屋らしき明かりが全く見えない。だんだんとアスカも、
自分の目に自信がなくなってくる。

「さ、戻ろ。蛇でも出たら大変だ。」

「ヘ、ヘビ・・・。そ、そうね。」

あまりアスカは、蛇は好きではない様だ。嫌いなのかもしれない。それまで張っていた
意地を捨て、あっさり諦め戻って行き掛けたが、今度はシンジが声を発した。

「ちょっと待ってっ!」

「え?」

「なんだあれ?」

目を凝らし藪の中に視線を固定するシンジ。山小屋なんて物ではなく、また月明かりの
入らない何もない空間の闇でもない。何やら大きな固まりの様な物が、ぬぼーっと地面
から生えている、そんな感じの物が見える。

「なんだろ?」

「岩? かしら?」

「アスカが見たのって、あれかな? ちょっとここで待ってて。」

「あっ!」

アスカをその場に残し、先に見える大きな塊に向かって藪を書き分け進んで行く。そこ
にあった物は、高さ,幅,奥行きのそれぞれが2メートルくらいの、コンクリートのサ
イコロの様な物であった。

「なんだこれ?」

「シンジぃぃぃ。」

「ちょっと。来ちゃ駄目だって。」

「だって、ヘビが・・・。でたら・・・。」

「もうっ。ん? 扉があるよ?」

キューブの四面をぐるりと手探りで調べながら歩いてみると、その一面に取っ手の付い
た扉があった。ガチャガチャと回してみるが、うんともすんともいわない。

「キコリさんの、倉庫かなんかじゃないかしら?」

「それにしちゃ、頑丈だけど。・・・あっ! これっ!」

暗闇で良くは見えない状態であったが、あちこち調べていくうちに取っ手の右上に取り
付けられている鍵穴の様な物を見つけた。

「間違いない。これは・・・。」

「どうしたの?」

「ちょっと待って。」

それがただの鍵ならあまり気にしなかっただろうが、紛れもなくそこに刻まれていた彫
刻は、王族の象徴とも言えるゲンドウの顔を模った紋章であった。

「開くかもしれない。」

「なにそれ?」

「鍵だよ。王族の。」

第3新東京市の宮殿に入った時に使うことになるだろうと、ポケットに入れておいた鍵
を取り出し鍵穴に差し込むと、難なく開かれる重厚な扉。

「いったい、これってなんなんだ? こんなの聞いたことないけど・・・。」

王族関係の建造物の様だが、王子であるシンジですら、こんな物がここにあるなど聞い
たことがない。

「ねぇ、なんか怖いよぉ。」

「うーん・・・でも、父さんかぼくの身内の誰かが作った物みたいなんだ。大丈夫だよ。」

「そ、そう?」

扉を開けると中はまた闇。地中奥深く迄、狭い階段が続いている。

もしかしてっ。シェルター?
じゃ、じゃぁ、もしかしたらっ!

シンジはこの時1つの考えに至っていた。もしこれが想像通りシェルターであったとす
れば、父か、または父でなくとも冬月などの身内が逃げ込んで来ているかもしれない。

「中見て来るけど。何があるかわかんないし、ここで待っててくれる?」

「やっ、ヤよっ! 行くっ!」

「危ないかもしれないだろ?」

「こんなとこ、1人でいる方が怖いじゃないっ。」

「・・・・そうだね。」

「そうよっ! とっても、そうよっ! とっても、とっても。」

「うーん、じゃ一緒に行こう。ぼくの手、離さないでね。」

「うんっ。」

にぎっ。

怖い上に物理的に階段も狭い、アスカはこれでもかと言わんばかりにシンジにべったり
とくっついて階段を下りて行く。

しかしシンジの方は、もしかしたら父に会えるかもしれないという希望に胸を膨らませ
ていた。

父さん、突然ぼくが現れたらどう思うかな?
ぼくが王になったなんて言ったら。
『フッ。』ってところかな。相手にもしてくれないかも・・・。
ははは・・・。
父さんらしいや。

アスカはこの辺りで光を見たと言っていた。おそらくこの暗い階段を下り様とした人物
がランプか何かを使ったのだろう。人がいることに間違いはない。自然と期待が膨らむ。

ガキン。

用心の為、行く手に突き出していた剣先が何かに当たった。手探りで前方を調べると、
どうやら再び扉に阻まれた様だ。その扉の取っ手には、また同じ鍵穴がある。

再びキーを差込み、扉を開ける。開く扉の向こうから、明るい光が漏れてくる。シンジ
は期待に胸を躍らせ、その扉の向こうの世界に入って行った。

「誰だっ!」

男の声が耳に入って来る。そこにあったのは、無機質な部屋。幾人かの白衣を来た男女
がこちらを見ている。

「えっ? こ、これは?」

「あ、あなた様はっ!!」

予想していたものとは懸け離れた雰囲気の部屋を目の当たりにし、唖然をしているシン
ジに女性の声が聞こえて来る。

「殿下ではっ!?」

「えっ? あっ、マ、マヤさんっ!!」

「やはり殿下でございますかっ! よくご無事でっ!」

「マヤさんこそ、どうしてここにっ?  父さんはっ!?」

「陛下は・・・。」

シンジの前に跪き無念の涙を流すマヤ。この瞬間、わずかな期待を抱いていた、父の姿
が陽炎の様に消えて行く。

「そう・・・でもマヤさんが無事で良かったよ。」

「殿下こそ、本当によくご無事で。」

彼女は王族の側近であり軍事部門を担当していた赤木家と所縁の深い伊吹家の長女で、
亡くなったと聞かされているリツコとは師弟関係に当たる優秀な科学者。

「殿下。どうぞこちらへ。こんな研究所なので、大した物はありませんけど・・・何か
  お食事を。」

「それより、研究所って? こんな所で何を?」

「先輩・・・いえ、赤木博士が研究を進められていた最終兵器を完成させ、反乱軍を殲
  滅しようと・・・。」

「最終兵器?」

「陛下に、赤木博士・・・あのままでは浮かばれません。」

「それは・・・マヤさん。もういいんだ。」

「よくありませんっ! よくなんてっ!」

あの惨劇を思い出したのだろう、涙声になりながらキッと見返して来るマヤ。彼女もま
た碇家に忠誠を尽くす伊吹家の人物であったが、それ以上に尊敬していたリツコが殺さ
れたことが許せないのだろう。

「もう革命軍は崩壊寸前だよ。」

「かく・・・いえ、反乱軍がですか?」

「それに、和平も結んだんだ。」

「・・・・そ、そんなっ! そんなの許せませんっ! 博士の死はどうなるんですかっ!」

「これ以上、無駄な血を流しても仕方ないんだ。もう終わったんだ。」

「ですがっ。ですが・・・わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

地下に潜り、革命軍に復讐することだけを生きる目的としていたのだろう。その言葉を
聞き、一気に緊張の糸が切れたかの様にその場に泣き崩れる。

まわりに付いていた補佐役らしき白衣を来た男性や女性も、がくりと膝を床に落とす。

「マヤさん。今の敵はゼーレなんだ。意味の無い復讐はやめようよ。」

「ゼーレ? ゼーレが責めて来たのですかっ!?」

ずっと地下に潜り研究に研究を重ねていた為だろうか、以前は可愛い感じのお姉さん風
だったマヤも、髪がボサボサに伸びきり目の下に熊ができている。

どうやら、そんな状況であった為、今の日本の状態を全くわかっていないらしい。

「うん。革命軍と手を結んで、これからゼーレに立ち向かおうとしてる所なんだ。」

「そうですか・・・。そうだったんですか。殿下に聞くまで・・・何も知らず申し訳あ
  りません。」

「それからぼく・・・もう殿下じゃないんだ。」

「殿下じゃない? どういうことです?」

「王になっちゃって。」

「えっ!!!? こ、これは重ね重ね失礼致しましたっ!!!」

驚きのあまり目を見開き、部下と共に土下座をするマヤ。シンジは余計なことを言って
しまったかもしれないと、苦笑いを浮かべてしまう。

「ちがうんだ。どうせ、日本が平和になったら王制を廃止しようと思ってるし。」

「なんてことをっ! 碇家なくして、国民は成り立ちません。伊吹家は生涯忠誠を・・・。」

「はぁー・・・。」

王制を廃止するには、ミサトが失敗した経済面でのこともそうだが、精神面や教育面で
も安易には行かず、まだまだ時間が掛かりそうである。

「ところで悪いんだけど、明日早く出て行くから今晩だけ何処かに泊まらせてくれない
  かな?」

「はいっ! すぐ用意致します。ところでその奴隷は?」

シンジに対する面持ちと打って変わり、アスカの方をキッと冷たい目で見下すマヤ。

「・・・・・・・。」

それは、シンジにとっての禁句的発言を吐かれたのだったが、言葉1つ1つに目くじら
を立てていては切りがない。抜本的対策が必要なのだ。シンジは自分の心を抑え、冷静
に言葉を返す。

「最初は、チルドレンとしてぼくに付いて貰ったんだけどね。今はいろいろお世話にな
  っているよ。」

「チルドレン? チルドレンだったのですか・・・陛下の・・・。」

「うん。」

「そう・・・ですか・・・。チルドレン・・・。」

「どうしたの?」

「いえ・・・・。」

「なにかあるの?」

「あ、いえ・・・。あの・・・お部屋の用意、直ぐにご用意いたします。」

「そう。突然来てごめんね。」

その夜、シンジとアスカは思いの他豪華な部屋にゆっくりと泊まることができ、安全な
所でしっかりと睡眠を取った後、翌朝旅立って行った。いよいよ今日は第3新東京市。

ゴトゴトゴト。

朝食までしっかり取らせて貰い、お腹も満足した様子のシンジとアスカは、箱根の山を
越えて行く。

「折角マヤさんが着替え出してくれたのに。」

「いいの。アタシはこの服で。」

「そうなの? まいっか。綺麗な服なんか着なくたって、アスカ可愛いもんね。」

「もっ! 芦屋にいた頃、そんなことまでスピーチの練習してたのねっ!」

「なんだよ。いいじゃないか、それくらいぼくだって言えるよ。」

「も〜。あー、顔が・・・。」

ほっぺたを両手で抑えるアスカを見ているとついつい顔が綻んでしまうシンジであった
が、それとは裏腹に内心これからのことを真剣に考えていた。

もしあそこに、本当に父さんがいてたら危なかったかも。
連れ出せの一言で、アスカがどうなってたか。
これから王宮に行くんだ。
父さんがいなくても王族の人にまた会うかもしれない。
気を付けないと。

芦屋の宮殿の二の前はもう御免だ。昨日はもしかしたら父に会えるかもしれないと、上
擦った気分になり考えが回らなかったが、もっと細かい配慮をしなければならないと自
分で自分を叱咤する。

「見えたっ。」

木漏れ日の漏れる木々を抜けたその眼前に広がるは、山間に建設された第3新東京市。
革命などがあり、やや様子が変わっているものの大きな変化は見られない。

「行くよっ!」

「うんっ!」

ペンペンを力強く走らせる。いよいよゼーレとの決戦が始まろうとしている中、2人は
最後の砦でありシンジの故郷へ向かって駆けて行く。

2人を待っている運命は。

光か、それとも・・・。

<第3新東京市>

第3新東京市の中心部へ入って来ると、そこは予想を掛け離れた状態になっていた。山
の上から見た外観は然程変わっていなかったが、ゲンドウが支配していた頃とは比べ物
にならない程、街全体が殺伐とした雰囲気に包まれていた。

「なんだこれ?」

「シンジ・・・これが都なの?」

「こんなのって・・・。」

ミサトの敗戦に次ぐ敗戦。その結果、市民は飢えに苦しんでいた。しかも奴隷解放を訴
えたはいいが、逆に増長してしまった奴隷により増加する一方の犯罪。それを力で制圧
するブルジョア達。首都であるにもかかわらず、スラム街に近い様相になっていた。

「王子様だっ!」

街中の様子を心痛な面持ちで眺めつつ、ゆっくりとペンペンを走らせていた時、路地で
遊んでいた幼い子供が突然叫んだ。

「あっ! 王子様・・・いや、王様になられたんだっ! 王様の凱旋だっ!」
「陛下ーーっ!」
「王様が帰って来られたぞっ!!!!」

その言葉を皮切りに何処から沸いて出て来たのかと思える程の群集が、シンジの荷馬車
の回りに集まってくる。その全ての人々は、まさに生活に疲れた顔をしており、まるで
救世主が訪れたかの様な眼差しで、シンジに歓声を浴びせ掛けひれ伏し始める。

市民の人達がこんなになるまで・・・。
早くゼーレを倒して、日本をっ!

「王様ぁ。」
「おかえりなさいませぇ。王様ぁっ!!!」

すがるものがなにもなくなった市民達。最後の望みを、自分に託しているのだろう。中
には涙を流してシンジを迎えている老婆もいる。

「ごめん。先を急ぐんだ。」

少しでも早くミサトに会おうと、セカンドインパクト後の日本で唯一全道路が舗装され
ている第3新東京市の道を通って行く。王宮に辿り着く迄の道、その両脇には歓声を送
る市民が最後迄連なっていた。

<王宮>

シンジが王宮に入った頃には、その周りを王制復活のデモが犇き始めていた。そんな中、
開かれた門を潜り出迎えに来たミサトと宮殿の前で再会するシンジとアスカ。

「ようこそおいで下さいました。陛下。」

「お久しぶりです。ミサトさん。」

「相田からも話は伺っております。王朝軍からの早馬も来ております。」

深々と頭を下げるミサト。その姿は、以前に会った時の様な覇気は微塵も感じられず、
今にも崩れ落ちそうな枯れ木の様に思える。

「ミサトさん・・・。」

シンジはミサトを直視せず、俯き加減でぼそりと呟く。

「今回のことは全てわたしに責任があります。部下はわたしの命令に従い動いた迄です。
  わたしは相応の処罰は覚悟しておりますが、和平を承諾して頂いた以上、部下には・・・。」

「ぼくはここを支配しに来たわけじゃありませんから、処罰するつもりなんて。」

「ありがとうございます。ですが、外の様子を見ても。もうわたしには力は残っており
  ません。」

「いくら勢力が弱くなっても、民主政治の芽を根絶やしにしちゃいけない。ミサトさん
  のやったことは、大事にしていきたい。そう思うんだ。」

「陛下・・・。」

「だから、これからはミサトさんと上手くやって行きたい・・・だけど・・・。」

「はっ。」

「だけど・・・。」

それまで俯き加減に低い声で話をしていたシンジ。しかし次の瞬間、右手の拳に力を込
めその腕を力一杯振り上げた。

「なんで父さんを殺したんだっ!」

ガツンっ!

ややシンジより身長の高いミサトの顔に、思いっきり拳を振り下ろす。ミサトは、よろ
けつつも歯を食いしばり、必死で体勢を整えその場で何も言わず足を踏ん張る。

「なにも殺すことなかったじゃないかっ!」

ガツンっ!

「ぼくはもう1度父さんと話をしたかったんだっ!」

ガツンっ!

「ちくしょーーーっ! ちくしょーーーっ!」

ガツンっ!

何度も何度も殴り掛かる。頬を腫らし口から血を流しながらも、殴られる度にミサトは
黙ったまま倒れない様にその場に踏み止まる。

「よくも父さん達をっ! よくもっ!」

ガツンっ!

しかし、とうとうミサトも耐え切れなくなり地面に崩れ落ちた。

「はぁ。はぁ。はぁ。」

肩で息をするシンジ。眼下にはなんとか立ち上がろうとするものの、足がふらつき立つ
ことのできないミサトが見える。

「シンジ・・・・。」

「はぁ。はぁ。はぁ。」

さすがに今回ばかりは何も言えず、シンジの後ろからただ見詰めていたアスカであった
が、タイミングを見計らいそっと近付いて来る。

「ごめん・・・ミサトさんの手当てしてくれないかな?」

「うん。」

「ちょっと、風に当たってくる。1人にして欲しいんだ。」

「うん・・・。」

シンジは怒りに肩を震わせながらも、勝手知ったる王宮の城壁に登り風に当たる。その
眼前には、シンジを賛美する市民達のデモが見える。

敵討ちなんてしなくていいんだ。
これで、もう終わりにしよう。
明日からはミサトさんと・・・。
父さんが作ったこの国を守る為に。

頭ではそう考えていても、家族を殺されたわずか14歳の少年の感情はそう簡単に納ま
るものではない。

シンジはその感情を洗い流すかの様に、いつ迄もいつ迄も城壁の上で風に当たっている
のだった。

                        :
                        :
                        :

翌日。シンジはかつてゲンドウのいた場所、そして昨日迄ミサトのいた広い部屋で、再
び改めてミサトと対面した。

「陛下。お呼びに御座いますか。」

昨日シンジが殴った所がまだ腫れている。そのことに関して謝るつもりはない。だがこ
れ以上、恨み事は2渡と言うまいと心に決めている。

「ここは共和政治の街ですよね。陛下はおかしいじゃないですか?」

「現状の力関係から、そうもまいりません。わたしの立場もあります。」

「そうですか・・・。で、話なんですけど、ゼーレに対抗する方法を・・・。」

「その件なんですが・・・。王朝軍の旗色が悪い様で、今朝の報告では兵庫にゼーレが
  迫っているらしく。」

「なんだってっ!!!!」

一気にシンジの顔色が変わる。わずか自分がここ迄馬車を走らせて来た数日の間だけで、
なぜそこまで急激な進撃ができたのか理解できない。

加持さんっ!
マナっ!
霧島公・・・。

兵庫に残った人達の顔が次々と浮かんでくる。

「王朝軍はどうなってるんですっ?」

「大阪の淀川の東迄、陣を引いたそうです。敵は戦車を出している模様で。」

「戦車っ!? そんなのっ! 燃料はっ!?」

「軍事目的で蓄積していた模様で。」

「・・・・そんな。」

「戦車が動かせるということは、爆撃機も・・・もしかすると。」

「なっ!!」

「いえ、これは推測の範囲ですが。1度くらいの飛行なら太平洋を渡る可能性も・・・。」

ミサトの話を聞き真っ青になるシンジ。空爆などされては到底対抗できない。それ程、
世界には化石燃料が欠乏している。

「我が軍にもセカンドインパクト以前の戦車はあるのですが。」

「あるんですかっ?」

「関西迄動かす燃料が、国中の何処にもありません。」

「・・・・・・。」

「ただ、現在王朝軍と連携し、非力になるものの電力で動作できるよう5台の戦車の改
  造及び、関東から関西にかけ東海地方の水力発電による電力供給の整備を急ピッチで
  進めております。」

「5台・・・。敵の戦車って何台なんです?」

「当初11台だったらしいのですが、4台は撃破した模様です。」

「4台もっ? どうやって?」

「包囲網を抜けて敵地に潜入し、爆破したと聞いています。」

「敵地って・・・そんなことできるの加持さんかな。」

「いえ、加持将軍ではなく、渚という人物が率いる傭兵とか。」

「カヲルくん・・・そうか、カヲルくんなら・・・。」

「ご存知で? かなりの報酬を要求する傭兵らしいですが・・・。」

「うん・・・ちょっと。」

「しかし、敵包囲網も既に硬くなり、もうその手も・・・。」

それからシンジは、今後の作戦計画について詳しくミサトから説明を聞いた。関西迄の
指揮はミサトが、それ以降は加持が全指揮を取り作戦を展開する。

電力による動力を利用している不利を、奇襲によりカバーし一激必殺で敵に当たるとい
うことだ。逆に言えば、チャンスは1度。

「その作戦。ぼくも参加します。」

「陛下が?」

「直接行かなくちゃ状況がわかりませんから。関西で前線の様子がわからず失敗したん
  です。」

「しかし、既に人員は決定いたしております。」

「だから、その中にぼくも入れて貰えませんか?」

「実は、わたしがここを離れることを危惧していたのですが・・・陛下が来られたので、
  作戦に集中できるようになりました。陛下にここをお任せしたいのですが。」

「じゃっ、ミサトさんが・・・」

ミサトが残り自分が行くと言い掛けたシンジであったが、その力の差は歴然としている
ことに気づく。

結果は失敗はしたものの、あれだけの革命を起したミサトと自分の指揮能力を考えると、
とても代わりに自分が作戦指揮を取るなどと言えようはずもない。

「わかりました・・・ぼくはここに残って治安の回復に頑張ります。」

ミサトとの打ち合わせも終わり、自分がかつて寝ていた王子の部屋に戻る。朝早くに、
部屋から出て行ったシンジの帰りを、アスカが食事の用意をして待っていた。

「どうだった?」

「どうって?」

「ミサトに会いに行ったんでしょ? なにもなかったんならいいんだけど。」

「あぁ、うん。」

昨日シンジが感情的になったことを心配している様だが、そのことは既に気持ちの整理
をつけているので問題はない。ただシンジは他のことで暗い顔をしていた。

「どうしたの? やっぱり、何かあったの?」

「まだまだぼくって、何もできないんだなぁと思って。」

「何か言われたの?」

「そうじゃないんだけど・・・いよいよゼーレを迎え撃つって時に、何の役に立てなく
  てさ。作戦指揮1つできない。」

「全てを1人でなんてできないわよ。シンジにはシンジのできることいっぱいあるじゃ
  ない。」

「・・・・そうだね。」

「それって、素敵なことよ。」

「そうだよね。」

最前線に行き外敵と戦うことだけが国を守ることではない。昨日見た第3新東京市の様
子。おそらく日本国中が似た様な状況なのだろう。それを修復していくのも、重要なこ
とのはずである。

「加持さんやミサトさんが戦ってる間、ぼくはぼくで頑張るよ。アスカと一緒なら、き
  っとできる。」

「アタシは・・・あまり役に立たないかもしれないけど・・・。」

「そんなことないだろ。側にいてくれるだけでも。」

事実アスカの言葉のお陰で、落ち込み気味だった心に勇気が湧いてきた。シンジは、こ
れから何をすれば国が良い方向へ向かうかと、文献などを参考に計画を立て始める。

確かにゲンドウに比べると、外交,戦略などに関しては足元にも及ばないシンジであっ
たが、こと内政に関してはゲンドウをも遥かに凌ぐ才能を持っていた。が、そのことを
まだ本人ですら気付いてはいない。

そして・・・。

そういった仕事に没頭するシンジを、何もすることができず、ただ横で見詰める少女の
姿。

彼女はぽつりと呟いた。

「側にいてくれるだけ・・・・か。」

To Be Continued.
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