<仮設研究所>

「イヤァァァアアアアッ! タスケテ!!!」

白衣を着た科学者の男性達に髪を鷲掴みにされ、逆手に手を捻り上げられるアスカ。

ギリギリと骨の軋む音。無機質な水槽が眼球の前に迫る。

「シンジィィイイイイイイーーーーッ!!!」

あらん限りの力。細い手足にその力を込め死に物狂いの抵抗。無力な抵抗。

「次の作業がある。早くしてくれ。」

「今すぐに。」

事務的な言葉のやり取りを交わし、男達がアスカの手を骨が折れんばかりに捩じ上げる。
頭をぐいと押し付け、アスカの体をLCLに捻じ込む。

「イッ! イヤッ! オ、オネガイッ!」

アスカの悲鳴が、虚しく響く。

男達は顔色1つ変えず、ベルトコンベアに流れてくる機械にネジを止めるかのように作
業を進める。

「ヒッ!」

鼻の先がLCLに浸る。

眼前に広がるオレンジ色の液体。

「イヤッ! ガボガボガボボボボボボボボボ。」

顔から無理矢理水槽の中へ浸され・・。

「ガボガボ。ゲホゲホッ。」

ザバン。

水槽の中に投げ込まれるアスカの体。

「ゲボ! ガハッ!」

必死で上がろうとする。

水面から出た手を蹴り落とされ。

閉ざされる水槽の蓋。

シンジっ!
助けてっ!

無機質な円筒形の水槽の向こうで、事務的に機器を操作する科学者達。

「ガボガボガボ。」

オレンジ色の液体を何度も飲み込み噎せ返る。
不思議と息苦しくはない。

ドンドンドン。

水槽をめいいっぱいの力で叩く。

びくともしない。

誰も振り向こうともしない。

シンジっ!
シンジっ! 助けてーーーーーーーっ!

ドンドンドン。

それでも苦しそうに目を見開き水槽を虚しく叩き続ける。

ビーーーーーーーン。

何かが体を貫いた。

水槽を叩く。

意識がどんどん遠くなって行く。

水槽を叩く。

自分がこの世からなくなっていく。

もう、手に力が入らない。

シンジ・・・。
アタシもいなくなっちゃうよ。
ごめん、約束やぶっちゃった。

アスカの体は、完全にこの世から消え去り・・・。

無へと還った。

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星の煌き
Episode 15 -輝星-
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ズバーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!

扉を蹴破りシンジが研究室へ駆け込む。

白衣を身に纏った科学者達の中央に、オレンジ色の液に満たされた円筒形の水槽が置か
れている。

「アスカはっ! アスカは何処だっ!」

「これは、陛下。」

膝を折り、全ての科学者達が跪く。

「アスカは何処だっ!」

「あぁ。只今陛下のコアが完成致しました。御覧下さい。」

「ま、まさかっ!」

瞳孔を見開き、目の色を失う。

「これが我らの技術を結集した・・・」

「まさかっ! アスカをっ!」

「アスカ? あの奴隷にございますか? さすがは陛下の奴隷、お見事な代物でございま
  した。」

「キ、キサマらーーーーーーーーっ!!!」

「陛下っ!?」

手近にあった棒。なんでもよかった。それを掴み殴りかかる。

「ウワーーーーーーーーッ! うわっ!ウワーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

「陛下っ! お気を確かにっ! 陛下っ!」

「ヨクモォォォオオッ! ワアアアァァァァァァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

ズガンッ!!!!
ドガーンッ!!!!

手当たり次第に棒を振り回す。

科学者を、辺りの機器を、殴る。殴る。殴る。

「陛下が、ご乱心なされたぞっ!」

科学者達が全員掛かりで押さえつけに来る。しかし、相手が国王であるという遠慮があ
る上、加持に訓練を受けたシンジである。一筋縄ではいかない。

「陛下ッ! お気を確かにっ!」

「ウワアアアァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

その騒ぎを聞き付け、周りを見回っていた兵士達が駆け込んで来る。

「陛下っ! どうなされましたっ!!!」

科学者と共に、暴れ狂うシンジに飛び掛り押さえつける兵士達。その後から、ミサトも
何ごとかと駆け付けて来た。

「なにごとですっ。」

「離せッ! 離せって言ってるんだッ! 殺してやるッ!!!!!! 離せーーーーッ!」

シンジの絶叫。ミサトもこれはただごとでないと、押さえ付けられ暴れるシンジの側へ
歩み寄り跪く。

「恐れながら、陛下。いかがなされました?」

「コイツラッ! コイツラーーーーッ! ウワアアアアアアアアーーーーッ!!!」

「陛下、どうかご冷静に。」

「アスカを殺されてッ!!! コイツラアアアアアアアァァァァーーーーーッ!!!」

「なっ!!!」

ぎょっとして目を剥き立ち上がるミサト。

シンジが周りの兵士を跳ね飛ばし暴れ狂う。それでも、兵士達は何度も何度も覆い被さ
りシンジを押さえに来る。

「まさか・・・これは。」

その目の前には不気味なオレンジ色の液体を満たした無機質な水槽。

そこへ、シンジの後を追い掛け走って来たマヤが駆け込んで来た。

「陛下っ! どうなさいましたっ!?」

ミサトがその女性にキッと視線を向ける。

「あなたっ! あなたねっ! まさか、アスカをっ!」

「!!!! 葛城・・・ミサト・・・。」

その視線を真っ向から受け止め、睨み返すマヤ。

「あなたが命令したのっ!?」

「ええ、そうよっ。」

「あなたっ! 人の命をなんだと思ってるのっ!」

「人? 奴隷の間違いでしょ。」

「奴隷でも人でしょっ!」

「フン。奴隷なんて・・・。」

「あなたには人間としての心がないのっ!」

「奴隷の癖に・・・。」

軽蔑と憎しみの篭った目でミサトを睨みつけるマヤ。

「奴隷なんかに心があるとでもいうわけっ!?」

「当たり前でしょっ! 人の心に奴隷も貴族も関係ないじゃないっ!」

「奴隷なんかにッ! 奴隷なんかに、人の心があるもんですかッ!!!!」

絶叫するマヤ。

「わたしの先輩をよってたかって嬲り殺しにしたのは誰っ!?」

「うっ・・・。」

「奴隷達が先輩をっ! あなたに人の心なんて言葉よく言えるわねっ!!」

涙を飛び散らせて叫ぶ。

「先輩は必死に助けてって言ったはずよっ!
  それを奴隷達が弄び嬲り殺したんじゃないっ!」

一瞬躊躇したミサトだったが、我を取り戻し言い返す。

「散々奴隷を道具扱いしてきたあなた達が、なにを偉そうにっ! あなた達のせいで、
  わたしの仲間が何人意味無く殺されたと思ってるのっ!」

「じゃぁ、あなたはわたしの大切な人達を惨殺しても許されるっていうのっ! 先輩は
  っ! 先輩は・・・わたしを逃がす為に・・・。奴隷の手に・・・。奴隷なんかっ!」

「あなたのやっていることも同じでしょっ! 復讐の為に奴隷を殺して行くってのっ!」

「殺してなんかいないわ。コアにするだけよ。必要がなくなれば、元に戻せるわっ。あ
  なたと一緒にしないでっ!」

「えっ・・・。」

そんな売り言葉に買い言葉のように言ったマヤの言葉が、兵士や科学者達に雁字搦めに
されていたシンジの耳に一筋の光明の様に聞こえて来た。

「元に戻せるっ!?」

「陛下・・・これはお見苦しい所を。いえ、まだ実例はございませんが、理論は確立し
  ております。サルベージという技術です。」

「じゃぁっ! すぐに元に戻してよっ!」

「ですが・・・。」

「すぐ元に戻せって言ってるんだーーーーーっ!!!!」

絶叫するシンジに歩み寄り今度はミサトが跪く。

「陛下。戻せる可能性があることがわかったのですから、あまりお急ぎにならない方が
  およろしいかと。」

「何言ってるんだっ! こ、このままじゃ!アスカがっ!」

「今、元のお姿に戻しても、ゼーレに攻撃されれば我々と共に彼女は死にます。」

「・・・・・・。」

「しかも、実例の無い技術など、お急ぎになると危険が伴います。こうなった以上、彼
  女の力を借りゼーレを撃退した後、慎重に行うことが最善かと愚考致しますが。」

「くっ・・・。」

ミサトの言葉を聞き、しばし奥歯を噛み締めていたシンジだったが、キッと目を見開き
マヤを睨み付ける。

「離せっ!」

自分を取り押えていた兵士達に命令する。シンジも冷静になったということで、王の命
令に逆らえず兵士達も科学者達も一歩下がる。

「伊吹マヤっ!」

「はっ!」

「アスカは絶対に元に戻るせるんだろうなっ!」

「・・・恐れながら、実例もなく理論上の技術です。確実性は・・・。」

「なんだとっ! 貴様っ!」

「ひっ!」

マヤの胸倉を掴む。

「今直ぐ研究を始めろっ! アスカを元の姿に戻さなかったら、ぼくは絶対に許さない
  からなっ!!」

幼い頃からシンジのことを知っているマヤも、シンジに殴られたことのあるミサトも、
今の様なシンジを見た事はなかった。

「ちくしょーっ!」

シンジはそれだけ言い放ち、恐れおののくマヤ達を残して研究室を飛び出して行った。

<王室>

部屋に戻ったシンジは、壁に凭れ掛かり何度も何度も壁を手で殴り付けた。

くそっ!
くそっ!くそーーーっ!
近くにいたのにっ!
ぼくがっ!

「ちくしょーーーーーーーっ!!!」

背中を壁に付けたままずるずると力無く座り込み、大粒の涙を止め処なくなく流す。

「ちくしょーー。
  ちくしょーー。
  ち・・・くしょ。」

革命があったあの日から、今まで何度も何度もくじけそうになった。その度に暗闇の淵
から救い出してくれたのが・・・。

「アスカ・・・。」

べたりと壁に凭れ掛かり座り込んだまま床を叩く。顔を上げてみるが、そこにはあの透
き通る様な青い瞳が今はない。

幼き頃、母を失った。革命の日、父を失った。
そして先日、兄の様に慕って来た加持を失い。
今またかけがえの無いないものが、目の前から消えて行った。

アスカ・・・ぼくを助けてよ。
またぼくに微笑みかけてよっ。
お願いだよ。
アスカがいなくちゃ駄目なんだよっ!
アスカ・・・。

その日シンジは夕食も取らず、全ての面会を謝絶し部屋から1歩も出ようとしなかった。

翌日。

王宮は騒然としていた。ゼーレがN2を搭載した爆撃機を発進させたと、最後通告をし
てきたのだ。

「伊吹様。エヴァンゲリオンの準備はっ。」

「整ってるけど、陛下とのシンクロテストがまだだわ。」

ミサトとマヤの確執は冷戦状態で継続していたが、ゼーレとの最終決戦を目前に控え、
協力せざるをえない状況となっていた。

「陛下をお呼びしてきます。すぐにそのテストの準備を。」

「ええ。わかってるわ。」

ミサトが王室へ向かうと同時に、マヤも科学者を動員しシンクロテストの準備を始める。

「MAGIの稼動状況はっ!」

「メルキオール,バルタザール。問題無しっ。カスパーっ! 一部、メモリに障害っ。」

「すぐ対応して。」

「はっ!」

あの葛城ミサトがMAGIを破壊しなければ、もっと余裕があったのにっ。
あの女さえいなければ。
先輩さえいたら・・・。

「くっ。」

リツコがいれば完全修復もこの短期間で可能だったかもしれないが、マヤ1人の力では
必要なパスを通すだけが限界。それでもまだ障害が発生している現状である。

「トラブルシュートルーチン作動。バイパスで回避できそうです。」

「陛下が乗るのよっ! 再度全パスのトレースして。」

「はっ。」

その頃、ミサトは急ぎ王室へと向かっていた。

こんな時に。
陛下は何をっ。

ドンドン!

王室へ辿り付き、その豪華な扉を強めにノックする。

「陛下っ!」

「・・・・・・。」

「陛下っ!」

「・・・・・・。」

「こちらにおられると聞きましたっ! 陛下っ!」

「・・・・・・。」

「時間がありませんっ! 開けますよっ! 陛下っ!」

扉の鍵を壊すことも覚悟したが、その扉は手で押すと難なく開く。

「陛下っ!」

カーテンを締め切った暗い王室の隅に、顔を足の間に埋め膝を抱き座り込むシンジの姿。

「何をしておられるのですっ!」

「・・・・・・。」

「陛下っ!」

「・・・・・・。」

「ゼーレが爆撃機を発進させましたっ! エヴァンゲリオンの準備は整っておりますっ!」

「・・・・・・。」

「陛下っ!」

塞ぎ込むシンジの手をぐいと引っ張り上げるミサト。シンジはよろよろとされるがまま
崩れ落ちる。

「エヴァンゲリオンは、陛下にしか扱えませんっ!」

「ぼくはみんな無くしちゃった・・・。」

「立って下さいっ!」

「もう、戦うのは嫌なんだ・・・。」

「今、戦わなくてどうするんですかっ!」

「これ以上、なにも失いたくない・・・。」

だらりと力なくその場に座り込むシンジ。

「陛下は、国民をっ! 彼女をっ! アスカを見捨てるおつもりですかっ!」

ピクリと反応するシンジ。

「今の陛下の姿をもし彼女が見たら、何と言うとお思いですかっ!」

「・・・・ア・・・スカ。」

おずおずとミサトを見上げる。

「彼女は今、エヴァンゲリオンの中で陛下を待っていますっ! 最後まで陛下と戦う為
  にっ!」

「アスカが・・・。」

「彼女はまだ死んだわけではないのですよっ!」

フラフラと立ち上がる。

昨日から飲まず食わずの為、少しふらつく。

「そうだ・・・アスカがあそこに・・・。」

「陛下っ!」

「アスカ・・・アスカ・・・。」

フラフラしながら研究室へ向かおうとするシンジ。その覚束ない足取りを見たミサトが
慌てて止める。

「陛下っ! お待ち下さいっ。」

「今行くから・・・。アスカ・・・。」

それでもシンジは、フラフラ歩き出そうとする。ミサトはその体を心配し、両手で抱き
止めると、近くにいた者にフルーツジュースなどを急ぎ持って来させた。

「そんな体では無理です。これだけでも御飲み下さい。」

「急がなきゃ。アスカが・・・。」

「陛下っ! そんな体を彼女が見たら、心配しますよっ。」

「・・・・・・そ、そうだね。」

シンジはミサトが持って来させたジュースを手にとり、ぐいぐいと飲み干す。そのジュ
ースが冷たかったせいか、思考のループから抜け出した為か、しばらくすると頭が冷え
て来たような気がする。

「ありがとうございます。アスカが待ってますから。」

「陛下。彼女を、日本を、お願いします。」

「はい。」

日本を守らなければならないという使命感と、そしてなによりアスカはまだ死んでいな
いという思いがシンジを突き動かし、ゼーレとの最終決戦が始まろうとしていた。

この東京市爆撃に失敗すれば、ゼーレは石油燃料と切り札のN2を失い、日本との戦闘
維持が不可能となる。
しかし、もし第3新東京市が消滅すれば、経済力,軍事力の面で日本は立ち上がること
ができなくなり、九州のゼーレ残存兵力だけで制圧されてしまうだろう。

全てがこの一瞬にかかっていた。

<エントリープラグ>

エントリープラグに乗り込んだシンジは、マヤの指示に従い仮設研究所で見たオレンジ
色の液体を肺まで吸い込む。

この何処かにアスカが。
アスカ・・・。

『陛下。シンクロを開始します。宜しいでしょうか?』

「はい。」

『エヴァンゲリオンと一体になることを考えて下さい。』

「一体って・・・?」

『チルドレンショーに出ておられた時の様に、彼女を感じて貰えれば結構です。』

「アスカを・・・。」

マヤはその他いくつかの指示をし、エヴァンゲリオンとシンジの初シンクロを開始する。
同時にシンジは、エントリープラグの中でアスカを感じ取っていた。

・・・・・・。
この感じ。
アスカ。
わかるよ。わかるよ、アスカっ!
アスカっ!!!!

マヤは計器類に注意を配っていた。何よりも恐ろしいのは精神汚染、またその引き金と
なるパルスの逆流。特にその2つを示す計器類に神経を集中する。

「伊吹様っ!!」

「どうしたのっ!?」

「これはっ!」

「えっ!? どういうこと!?」

マヤは目を疑った。全てのノイズを0に仮定した時のシンクロ率が叩き出されていたの
だ。

「なにこれっ!? 実験中止っ! 計器再度確認、急いでっ!」

「はい。」

科学者として、このような非科学的なシンクロ率を認めることができないマヤは、一度
実験を中止し、総チェックを開始する。

「異常無し・・・そんなばかな。仕方がないわ。深度を少し上げて、安全を優先します。
  設定をセーフティーに変更後、実験再開。」

「わかりました。あと、葛城様から、ゼーレへの返答をする為、エヴァの状況を聞いて
  きておりますが?」

「まだ、わからないでしょっ! 引き伸ばすように言っておきなさいっ!」

「はっ。」

多少のシンクロ率を犠牲にしても、王の安全が優先である。マヤは設定を変えた後、再
度シンクロテストを再開した。

「そんなっ!」

結果はやはり同じであった。もしこの値が真実ならこれほど理想的な状況はありえない
が、現実問題ありえない数値である。

「いったい、どういうことなの?」

「伊吹様、いかがなさいますか。」

「もう時間がないわ。続行しましょう。もし他におかしな兆候が現れたら、報告前に即
  実験中止。いいわね。」

「はっ。」

「それと・・・陛下がチルドレンショーに出場されていた時の記録、サーチかけてみて。」

「はっ。」

どうしても納得できなかったが、もう1度見直していては、ゼーレの勧告に対する返答
の時間に間に合わない。緊張の中、やむをえず実験を続行することにする。

前にアスカとシンクロしてた時みたいだ。
あたたかい感じがするよ。
やっぱり、アスカがいるんだね。

「陛下、次にATフィールドの実験にフェーズに移行します。」

「ATフィールド?」

「いわゆるマジックです。」

「うん。」

元々マジックはATフィールド発生を実験的に行っていたものであり、同一神経上のパ
ルスを利用する。無論、一般人にATフィールドなどをあちこちで発生させられては何
が起こるかわからない為、マジックというショー性の高いもので代替していたのだ。

赤い壁。
赤い壁。
赤い壁。

マヤの指示に従い、ATフィールドを発生させるシンジ。するとそこには、マヤすらも
予想だにしなかった強大なATフィールドが真っ赤に展開された。

「こ、これは・・・。」

愕然とするマヤ。なにもかもが理論値の限界に近い。

「伊吹様。以前、陛下がチルドレンショーにお出になられた時の記録データがみつかり
  ました。」

MAGIの記録領域の片隅に、シンジとアスカがチルドレンショーに出た時に取得した
実験データが残っていた。そのデータを印刷した科学者がマヤの元へ持って来る。

「!!!」

目を見開くマヤ。

記録データに目を通した後、再びエヴァンゲリオンに目を向ける。そこにはまだ燦然と
輝くATフィールドが、赤々と展開されている。

「勝てるっ!」

マヤの目が輝いた。

「葛城ミサトにすぐに連絡してっ。」

「わかりました。で、何と?」

「N2、落とせるものなら落としてみなさいと言えばいいわ。」

<第3新東京市>

ミサトからの返答に対し激怒したゼーレは、爆撃体制に入った爆撃機を第3新東京市に
迫らせていた。

「敵、爆撃機。最大光学望遠により肉眼で確認っ!」

「おいでなすったわねぇ。」

ミサトがチロリと舌なめずりをする。既にエヴァは第3新東京市中央に配備済み。電動
戦車への充電用に発電所を強化していたの為、電力には問題無い。

シンジはエントリープラグの中で静かに目を閉じ、LCLに身を浸していた。

アスカ・・・。
この手でおっきな爆弾をを支えなくちゃいけないんだ。
街1つ吹き飛ぶくらいの。

マヤに心配無いとは言われていたが、自らの理解も想像も越えた状況で、とてつもない
物を支えなければならない。どうしても、恐怖を拭い去れない。

父さんならなんていうかな。
加持さんならなんていうかな。
アスカなら・・・。

目を閉じて、青い瞳の少女の元気な顔を思い浮かべる。

アスカを感じた気がした。

目を開けるシンジ。そこにあるのは、オレンジ色の液体とエントリープラグの内壁。

「はは、どうしたんだろう・・・。」

自嘲し再び目を閉じる。

運命の時を待つ。

『陛下っ。敵機、確認しました。』

「はい。」

『MAGIを叛徒が破壊した為、最後まで誘導ができません。』

明らかにミサトに対し、敵意ある言葉を交えながらマヤが指示を出して来る。

『敵N2投下の後は、陛下が肉眼で確認し受け止めるしか御座いません。』

「はい。」

エントリープラグの内壁が一瞬光り、モニターからまわりの景色が映し出される。

『敵機、直上まであと10・・・9・・・8・・・。」

指の先まで電気が走ったような緊張感の中、頭上を見上げ走り出す体制を取る。

『2・1・・・敵機N2投下っ!』

「どこっ! 見えないっ!」

『A−3ゾーン直上っ! 」

「はいっ!」

A−3ゾーンなら着弾予定時間までに十分走り込める。全力で第3新東京市を駆け抜け
る。

『なっ! ま、まさかっ!』

マヤの悲鳴。

『あいつらーーっ!!!』

ミサトの絶叫。

「どうしたんですかっ!」

『敵機、上空を旋回っ! に、2弾目っ! B−4ゾーンに投下しましたっ!!!』

「なんだってっ!!!!」

今から向かえば間に合うが、1弾目を防いでからでは、とてもではないが間に合わない。

『あぁぁぁ・・・。』

マヤの悲鳴が聞こえて来る。

『陛下っ!!!』

ミサトが絶叫する。

なんとかしなくちゃっ!
なんとかしなくちゃっ!

1弾目が目前に迫る。

「くっ!」

ATフィールドを展開する準備をしつつ、2弾目に目を向けると遥か向こうに落下して
きている。

間に合わないっ。
駄目なのかっ!

1弾目目掛け、シンジがATフィールドを展開しようと意識を集中する。

その瞬間。

シンジの体を暖かいものが包み込む。まるで、アスカに抱き締められたような、暖かい
気持ちが流れ込んでくる。

アスカ?
アスカ・・・なの?

N2着弾寸前。

わかる。
わかるよ。アスカ・・・。

「いくよっ! アスカっ! ATフィールド全開っ!!!」

                        :
                        :
                        :

シンジ、2発のN2に対し防衛に成功。

切り札の全てを失い、ゼーレ全面撤退。

戦争は終った。

<王宮>

ボロボロになったエヴァンゲリオンで帰還したシンジを、王宮の家臣達は狂喜乱舞して
出迎えた。

「さすがは、陛下にございます。」
「咄嗟に敵の爆風を利用するなど、我々には考えもつきませんでした。お見事です。」

口々にシンジを褒め称える人々の声。

1弾目N2を45度に展開したATフィールドで受け止めたシンジ。爆風が水平方向に
逃がされると同時に、その勢いでエヴァを2弾目のN2着弾地点へ突き飛ばしたのだ。

見事2発のN2の防衛に成功し、エントリープラグから降りてくるシンジを出迎えるマ
ヤ。

「陛下。ご無事でなによりです。念の為、医療班が待機しておりますので・・・。」

「アスカが・・・。」

頭を垂れ、愕然としてシンジがその場に蹲る。

「どうなされました?」

「戦闘中はあんなにはっきり、ぼくを・・・ぼくを誘導してくれたのに・・・。」

「彼女が?」

「急にいなくなっちゃったんだ。わからなくなっちゃったんだよっ!」

「それは・・・おそらく戦闘後、シンクロ率を下げた為かと思われます。」

「アスカを返してよっ! 元に戻してよっ!」

「はっ。全力を尽くします。ですから、今は陛下の検査を。」

「今すぐ元に戻してよっ!」

「研究を早急に進めております。あとしばらくのお時間を・・・。」

「アスカ・・・アスカぁぁ。」

「陛下は戦闘の後で、興奮されておられます。すぐに治療をっ!」
「はっ!」

医療班に連れられて行くシンジ。この日を境に、内乱に始まった日本の戦乱の歴史は幕
を閉じた。多くの犠牲を残して。

翌日。

宮殿の前で戦争終結の発表がされた。

王自らが1人戦陣に立ち敵を撃破。その英雄伝は、またたくまに市民の間に広がり、今
やシンジは加持をも超える英雄と持て囃されていた。

宮殿の前に集まった東京市の市民。その前に現れるシンジの姿。

「「「ワーーーーーーーーーーーーー!!!」」」

シンジに向けて送られる拍手喝采。その横で、貴族の1人が用意していた戦争終結の文
面を読み上げる。

「今、我らが尊き命を・・・・・・全ては王自らが1人戦陣に立ち、敵を撃退して下さ
  ったおかげであるっ! では、陛下のお言葉である。」

立ち上がるシンジ。

「「「ワーーーーーーーーーーーーー!!!」」」

いつの世も大衆とは英雄を求めるものなのかもしれない。戦勝ムードにも押される形と
なり、大歓声が沸き起こる。

「国を尊ぶ想いは、王とて同じである。この国は、碇家のある限り永久に存続していく
  ものであり・・・」

昨晩貴族の作った文面を、そのままあたかも自分の作った言葉であるかのように、ただ
読み上げる。国民は、まるで神の言葉を耳にするかのように、神妙に聞いている。

「いかなる敵が来ようとも、この日本は不滅である。」

シンジの言葉は終わった。

「「「ワーーーーーーーーーーーーー!!!」」」

再び湧き上がる大歓声。

「うっ。」

涙が落ちる。

「うっうっ・・・。」

シンジの顔に笑顔はなかった。

「なにが嬉しいんだ・・・。」

スピーカーから聞こえるシンジの声。

「なにが嬉しいんだよっ!!!!」

狂喜乱舞していた市民達が次第に口を閉じ、視線を王に向ける。

「へ、陛下っ! なにをっ!」
「どうなされたっ! 陛下っ!」

慌てる貴族達。

「ぼくが国を救ったんじゃないじゃないかっ! あのエヴァには人が使われたんだっ!」

静まり返る市民。

「奴隷だからってっ! 道具に使っていいのかっ!
  あのエヴァには、アスカという女の子が入ってるっ!
  ぼくが愛した人だっ!
  奴隷だったっ! でも、ぼくの愛した『人』だったんだっ!」

王が奴隷を愛したなど、市民の前で公言するなど言語道断である。貴族達は一斉に立ち
上がり、シンジの前に踊り出る。

「陛下は、お疲れだっ!」
「早く中へっ!」

「やかましいっ! 下がれっ!!」

しかし、シンジは半ば暴力的に貴族達を押しのけ喋り続ける。

「この平和も、その子がいたからあるんじゃないかっ!
  奴隷を犠牲にして平和になってっ! なにが嬉しいんだっ!!!!」

『これにて解散するっ! 市民に引き上げさせろっ!』

貴族があちらこちらに命令を飛ばしているが、市民達は引き上げるどころかじっとシン
ジの言葉に耳を傾けつづける。

「今までだってそうじゃないかっ! 奴隷の犠牲の上に、この国は成り立ってたんじゃ
  ないのかっ! 同じ人を犠牲に繁栄しても仕方ないじゃないかっ!」

マイクを前に、絶叫しながら涙をボロボロと落とすシンジ。

「ぼくのアスカを返してよ。
  ぼくのアスカを返してよーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

とうとうシンジはその場に泣き崩れた。

シンジを連れ戻す貴族達。

演説は終了した。しかし、幾人もの市民達はそれからしばらく、王宮を前に沈黙したま
ま動かなかったという。

2ヶ月後。

シンジの行った演説は、良くも悪くも大きな波紋を残し、その影響は全国へと確実に広
がって行っていた。

貴族達は、王宮の前に国の為に貢献したアスカの大きな石像を建て、市民の声をなんと
か受け流し暴動を起こさない試作を取る。

「陛下、アスカ様の石像が完成致しました。」

「そんなのいいよ・・・。」

ミサトが王室へ報告に来る。

「陛下に出て頂きたいと、貴族の方々が仰っておりますが。」

「そんな、作り物見たって仕方ないだろ・・・。」

「しかしあの演説以来、市民の中でアスカ様の神格化が進んでおり、このままでは暴動
  が起きかねません。それを止められるのは、陛下だけです。」

「もういい。なにもしたくない・・・。」

「陛下っ!」

「アスカがいないのに、なにもできるわけないだろっ!!!」

「彼女が守ったこの国を、このままにされるのですかっ!」

「守ったんじゃないじゃないかっ! 無理矢理守らされたんだっ!」

「陛下・・・。」

「もういいよっ! もう来ないでよっ! ぼくの部屋に入ってこないでよっ!」

「・・・・・・わかりました。」

この時だけではなかった。あの決戦の日以来、シンジはただ部屋の中に篭り、他人を寄
せ付けず、ただアスカとの思い出の中にその身を投じる日々を送っていた。

このままでは、日本が・・・。
加持将軍。わたしはどうすれば。

国民のシンジに対する指示と信頼は、いまだ衰えてはいなかった。だが、その本人は覇
気を失い虚ろな目で無為に日々を過ごしている。

最後の望みは。
サルベージなの・・・?

奴隷に対しては未だ敵意を持つマヤであったが、シンジに・・・王族に対する忠誠心は
古くからの家臣の生まれだけあり相当なものであった。それ故、寝る暇も惜しんでサル
ベージの計画を遂行している。が、まだ実現には時間を要していた。

半年後。

シンジが寝ている時も起きている時もただひたすら待ち続けた日がやってきた。

アスカのサルベージである。

「陛下。アスカ様に呼びかけて下さい。サルベージには、この世界に戻りたいというア
  スカ様の意思が大きく影響します。」

「うん。」

「では、始めます。宜しいですね。」

「うん。」

シンジは硬くマイクを握り締める。

大丈夫。
アスカならきっとぼくを感じてくれる。
今、助けてあげるからねっ!

科学者が右往左往に動き回る中、サルベージが開始される。

「陛下。どうぞ。」

「アスカ。もういいんだ。還っておいで。
  やっと、やっと会えるね。ぼくだよ。シンジだよ。」

計画通りにサルベージが進められる中、優しい声で呼びかけるシンジ。

「さぁ、アスカ。ぼくは、アスカがいなくちゃ駄目なんだ。
  アスカ。ぼくにまた君の笑顔を見せてよ。」

何度も何度も繰り返し呼びかける。

「アスカ、さぁ、還っておいで。」

「駄目ですっ! 心理グラフに乱れはありますがっ! ループ状に固定されていますっ!」

「陛下っ! 危険ですっ!」

「どういうことさっ!」

「彼女が苦しんでいますっ! 出口を見つけられない状況ですっ!
  呼び掛け続けて下さいっ! 彼女を導いて下さいっ!」

「アスカっ! どうしたんだよっ! アスカっ! アスカっ!」

「心理グラフっ! 限界ですっ!」
「サルベージ中止っ! 現状維持最優先っ!!!!」
「駄目ですっ!!」

「アスカっ! アスカっ! アスカっ!!!」

「コアに亀裂っ!!!」

「アスカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

それから数分後。サルベージ失敗の報が響き渡った。

翌日。

半年振りに、貴族達が集まる会議室にシンジが現れた。

「陛下っ!」

驚き席を立つ貴族達。その前には、隈を作り目を赤く腫らした王の姿があった。

「市民を集めて欲しい。」

「はっ。ですが、なぜ?」

「王の命令だっ! 早くっ!」

「はっ!」

有無を言わさぬシンジの態度に、大慌てで王宮の前に市民を集合させる貴族達。

市民達は半年振りに見ることができる、自分達の王であり英雄の姿に賛美の声を上げな
がら集まって来る。

「陛下。どうぞ。」

貴族の1人がマイクを手にし王に差し出す。

「昨日、アスカを元に戻そうとした。」

固唾を飲んでシンジの言葉に耳を傾ける市民。

「でも、失敗したんだ。アスカは戻ってこなかった。
  アスカは戻ろうとしてたんだ。でも、戻れなかった。
  ぼくは昨日泣いて、泣いて、泣き続けて・・・そしてわかった。」

前回のことがある。貴族達も今度はシンジが何を言い出すのか、緊張しながら聞き耳を
立てる。

「みんなぼくが悪かったんだ。この半年、ぼくは毎日泣いて過ごしてきた。
  なにもしなかった。ただ泣いていた・・・。
  戻ってくるわけないよね。
  そんなぼくのところに、アスカが戻ってくるわけなかったんだっ!!!」

ガンッ!

壇上を思いっきり叩く。

「アスカは星になった。
  でも、もうこんな悲しい想いをするのはぼくだけでいいっ!
  今日から、ぼくはこの国をっ! アスカの守った国を作り直すっ!」

市民も貴族も固唾を飲む。

「何年かかるかわからないっ! だけどっ! ぼくはっ! この国を民主主義に変えるっ!
  そして、いつかは王政をっ! 身分制度を廃止するっ!
  奴隷の犠牲なんかいらない国を作り上げることを、ここにっ! アスカに誓うっ!!」

沈黙。静寂がその場を包み込み。

そして・・・。

「「「ドワアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァーーーー!!!!!」」」

一気に市民の歓声に包み込まれる王宮。

肝を抜かれたのは貴族達であった。

「陛下っ! 何をっ!」
「陛下がご乱心なされたぞっ!」

騒ぎ出す大貴族達。

「陛下のお達しですっ! お静かにっ!」

「この奴隷の成り上がりがっ!」

ミサトが貴族達を抑え様とするが、黙っている貴族ではない。シンジに向けられない怒
が、一気にミサトに集中する。

「わたしは、碇家に最後まで忠誠を誓います。よって、陛下に従います。」
「我ら、霧島家も陛下に従う。反論があるものは、この霧島家がお相手致そう。」

「なんですとっ! 陛下の過ちをお諌めするのが、貴公殿の役目であろうっ!」
「我らは認めませぬぞっ!」

このあまりにもドラスティックな変革は貴族の中に大きな波紋を呼ぶことになるが、こ
の時を持って市民のシンジに対する信頼は絶大なものとなった。

その歴史の動向を敏感に読み取った霧島家。生粋の王族直属貴族であった伊吹家。さら
にゼーレ戦において大きな功績を立てた葛城派が、シンジの政策を指示することとなる。

シンジの取った道は厳しかった。

反対する大貴族や財閥を相手に、妥協案を提示しつつ説得を繰り返す毎日となった。
そんな中、シンジ派が大きく躍進する切っ掛けとなることが起こる。

「王政が廃止されれば、奴隷と市民の結婚も問題なくなるのですな。」

「勿論です。ぼくも奴隷という身分の女の子を愛した1人ですから。」

「いえね。娘がうちで雇っている奴隷を好いておりましてなぁ。とはいえ、娘の幸せも
  考えますと、人道よりも身分制度が横たわっておりまして・・・。」

「そのお気持ち、わからないでもないです。ですが、そういう差別意識もできる限りな
  くしていきます。」

「わかりました。我が洞木家も、陛下を支持致します。」

「ありがとうございます。」

これを切っ掛けに、沈黙を守っていた日本の有力財閥が次々とシンジ派に傾いた。この
財力はシンジの大きな力となっていった。

あの戦いから2年が経過した。

差別意識の教育を学校に取り入れるなど、根深く残る差別問題に対する問題に対しても
積極的に取り組んできた成果が、徐々に現れ始めていた。

さらに、貴族達が自己保身の為作ったアスカの石像は、彼女の神格化を進めることとな
り、皮肉にも奴隷意識の改革に貢献することとなった。

石像の足元に置かれる彼女の入っていたヒビの入ったコア。その前には、誰ともなく新
しい花束を置いていくものが後をたたない。

「アスカ・・・いよいよ明日だよ。」

シンジは大きなアスカの石像の足元、コアの前に立ち声をかける。

「もう、アスカみたいな人は作らない。
  国を救ったのは、王子だったぼくなんかじゃなかった。
  アスカ・・・ぼくを、みんなを、国を、これからも導いて欲しい。」

星空を見上げるシンジ。

煌く無数の星達。

その中にひときわ光り輝く1つの星。

アスカ・・・。
ぼくは、忘れない。
ぼくは、国を愛し続ける。アスカを愛し続けるように・・・。

日はまた昇る。

あいにくの大雨だったが、第3新東京市だけでなく、全国から国民が宮殿の前に押し寄
せている。

王からの重大発表。

シンジが傘を手に、市民の前に現れる。

沸き起こる大歓声。シンジを指示する人々の証。

「今日は、雨が降っています。空は黒い雲が覆っています。これが、今の日本です。」

前もって準備した言葉ではなく、今感じた自分の言葉で喋りだすシンジ。

「・・・今日から日本は変わります・・・」

シンジの後ろには、1年半前演説した時に座っていた貴族の面々ではなく、葛城派,霧
島家,伊吹家,洞木家を始めとする新たなシンジ派の面々が顔を揃えている。

完璧とはいえないが、準備は整った。

「本日を持って、ぼくは王位を辞退します。」

市民の中にドヨメキが起こる。

「身分制度を廃止しっ! 民主主義国家として、新たな日の出を迎えますっ!」

アスカの石像を見上げる。

「ぼくの愛した彼女のような人を作らない為にっ!」

「「「ドワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」」」

雷鳴の様な市民の歓声が沸き上がる。

ゴロゴロゴロっ! ズガーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

その時だった。

落雷が宮殿に落ちる。

「うわっ!!!」

その衝撃に弾き飛ばされるシンジ。

「陛下っ!!!!」

駆け寄るミサト。

シンジはぐったりと倒れている。

「陛下っ!!!! 陛下っ!!!!」

体を揺するミサト。

市民も騒ぎ始める。

「うっ・・・。」

ようやく正気を取り戻し、わずかに瞳を開けるシンジ。

「!!!!」

目を擦る。

「陛下っ! ご無事でっ!」

ミサトが声を掛けてくるが、その手を振り解きフラフラと立ち上がる。

幻。

そうかもしれない。

それでもよかった。

夢。

それでもいい。

フラフラと歩き出すシンジ。

視界がはっきりしない。

幻を見ているからだろうか。

「・・・・・・・・・カ。」

もう他には何も見えない。ただ1点だけを見つめて。

そこに見えるは。

暗雲の下、雨に打たれドロドロになり、襤褸を身に纏った   人。

天使よりも女神よりも神々しい  あの時、あのままの襤褸を纏った 人。

赤い髪、青い瞳。どんな星の煌きよりも、輝かしい愛しい 人。

「アタシ・・・。」

彼女は泣いていた。

「アスカァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!」

「やっとみつけたの。ずっと、ずっと、探してたの。」

落雷の落ち崩れる石像。その前で。

「アスカっ! アスカっ! アスカっ!」

「シンジぃぃぃぃっ。」

演説台の横に聳える石像に向かい走る。

「わっ!」

雨に足を取られ、転んで水溜りに突っ込む。

起き上がる。

頭から滴る泥水が目に入る。

そんなものはどうでもよかった。

「アスカっ! アスカっ! アスカっ!」

フラフラする足で、四つん這いになりながらも、その瞳は光り輝く。

「アスカっ! アスカっ! アスカっ!」

壇上の階段を駆け下りて行く。

足が滑り、階段を踏み外す。

腰から階段を落ちる。

痛みは感じない。

他に何もいらない。

階段を転がるように駆け下りる。

前方から駆け上がってくる求め続けた 人。

「アスカっ! アスカっ! アスカっ!」

互いに伸ばした手が触れ合う。

「アスカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

アスカを抱き締め、その場に崩れ落ちる。

「シンジぃ、アタシっ! アタシっ!」

「アスカぁぁぁぁぁっ! アスカぁぁぁぁぁっ!」

「何度もシンジの声が聞こえたの。でも、探しても探しても出口がなかったのっ。」

「アスカっ! アスカっ! アスカぁぁぁぁぁぁっ!」

「それがね。今日なぜか、ぽっかりと。アタシの探してた世界がぽっかりと開いてて。」

「会いたかった。ずっとアスカだけに。会いたかったんだ。
  アスカぁっ! 好きだっ!」

「アタシもっ! シンジが好きっ!」

骨が折れるかと思えるくらい、階段の真中で寝転び雨に打たれドロドロになりながらア
スカを抱き締める。

「もう絶対離さないっ! 絶対放すもんかっ! アスカぁぁぁぁぁっ!!」

人目も構わず、形振り構わず抱き締め合う2人。しかし市民達は、雨に打たれた為か、
頬を濡らしながら拍手を送る。

「シンジぃぃ。」

「アスカぁぁぁっ!」

2人は、永遠とも思える時を、その場で抱きしめ合った。

                        ●

半年が経過した。

シンジは王位を辞退し、一般市民の中でアスカと2人で暮らすことを望んだが、仮にも
一国の王だった身でありそれは認められず、また国民の指示も高い状態での辞退であっ
た為、国の象徴という地位を維持することとなった。

そしてアスカは。

「惣流様。どうか、お考え直し下さい。」

「アタシはこれでいいわ。」

「しかし・・・。」

スーツを着た男性が困った顔をする横から、シンジが側に寄ってくる。

「アスカ。そろそろ。」

「アタシね、やっとシンジに言われたことがわかったの。」

「ぼくが言ったこと?」

「だから、このまま出て行きたいの。」

「アスカがそう思うなら、そうしたらいいよ。ぼくはここで見てるから。」

「うん。」

「頑張って。」

「うんっ!」

大勢の市民達が集う、旧王宮の壇上に飛び出して行くアスカ。

その襤褸を着たアスカの姿を見た市民がどよめく。

ざわつく民衆の中、マイクを手に明るい顔でアスカが言葉を発した。

「アタシは、奴隷として育ちました。

  自由を許されず、碌に食べ物を口にすることもなく、道具として扱われて育ちました。

  奴隷だから・・・。

  アタシは奴隷だから仕方がない。

  そう思ってました。そう思い込んで、我慢して育ちました。

  今、アタシが着ている、ボロボロの服を着て育ちました。

  でも、そんなアタシの服にプライドを持てと言ってくれる人が現れたのです。

  プライド?

  奴隷の着る服に・・・。

  アタシは最初わかりませんでした。

  所詮、アタシは奴隷。

  でも・・・そう、アタシは人なんです。

  奴隷だから、いえ・・・こんな自分だからといって諦めてはいませんか?

  どうせ無理だから。

  どうせ・・・。

  アタシは何度も挫けそうになりました。

  でも、逃げずに・・・奴隷であることから逃げずにその道を乗り越えてきました。

  アタシ達は人なのです。

  なにもせずに諦めてはいけないのです。」

集まった市民達の中にはかつて奴隷と呼ばれた人達も多数含まれていた。彼,彼女達は
アスカの言葉に耳を傾ける。

「その人はいいました。

  昼に輝ける星になろうと。

  闇の世界に力無く光るのではなく、どうどうと昼に輝けと。

  アタシは・・・そうなりたかった。

  でも、昼は明るくて、いくら瞬いても星の光なんか届きませんでした。

  そう・・・どうせ、自分は奴隷だから・・・。

  どうせ、自分は夜に輝く星だから。

  その想いがあるから、昼に輝けなかったのです。

  昼に輝く星。そんなもの、1つしかないのです。

  最初から、1つしかなかったのです。

  みなさん、昼に輝ける星になって下さい。

  アタシは、今日からこの国の輝ける星となります。

  昼に輝く星。それは、太陽しかないのですっ。

  ここに、惣流・アスカ・ラングレーはっ!

  日本の初代大統領になることを名言致しますっ!」

湧き上がる喝采。

その中を壇上から降りていくアスカ。

後ろ盾に旧王族、そして霧島家,洞木家,伊吹家,葛城派が立ち。
さらに、時の運で神格化された故にこの場に立つことができたことは否めない。

ここからが彼女の本当の正念場となるだろう。

貴族に生まれ、幼くして奴隷に転落し、いままた若くして大統領となった。そんな彼女
を拍手で迎えるは、これまでずっと支えあって来たシンジの姿だった。

<日本の田舎町>

田舎町を荷馬車が走る。

「いらはい。いらはい。」

商人の声が聞こえて来る。周りには多くの市民の人だかりができている。

こんな所で?
何だろう?

青年は、荷馬車を止め、人だかりの中へと入っていく。

「いらはい。いらはい。うちは、正規のアスカ様グッズ販売店だぜっ! 質がいいぜっ!」

目を見合わせる青年と横に並ぶ女性。

「アスカ様は、うちで育ちここで王子様に買われて行ったんだ。シンデレラを夢見るな
  ら、1つは買っておきねぇっ!」

夢見る少女達が、その商品に群がり次々と品物を買って行く。

そういえば・・・。
あの時。ここで。

奴隷商人はもうこの国にはいない。彼らは様々な職業にその身を変えていったが、その
中の1人。あの時、ここでアスカをシンジに売った商人は、いまこうして生活している。

「行こうかアスカ。」

「うん。アタシのっ。」

「ん?」

「ご主人様っ。」

荷馬車が田舎町を走り去っていく。

夕日に消えていく古びた荷馬車。

いくつもいくつも苦難を乗り越え、ようやく結ばれた2人の影と共に。

fin.
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