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結婚
Episode 02 -婚約-
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<トラック>

翌週の日曜日、シンジは日雇いの引っ越しのアルバイトをしていた。先週から探してよ
うやく見つけた引っ越しのバイトである。

「兄ちゃん。よー働くなぁ。力もあるし、助かったよ。」

ぱっと見はその顔立ちやなで肩の体つきから細身であるが、諜報部で鍛えたシンジの腕
力は並大抵ではない。

「ほら。お前も飲め。」

トラックを運転する取り纏めらしきよく喋る気のいいおじさんが、シンジに冷たい缶コ
ーヒーを1本を差し出す。

「ありがとうございます。」

「引っ越しのバイトは初めなんだってな?」

「はい。」

「結構きついだろう?」

「もうくたくたです。」

「わははははは。なんで、こんなバイトしたんだ? 何か欲しい物でもあるのか?」

「その・・・結婚するんで。」

「おおっ! その若さで結婚か。やるなぁ。可愛いお嬢さんか?」

「はい・・・。それは・・・。」

自然と綻んでくるシンジの顔を、運転の合間にチラチラと見て、おじさんは笑みを浮か
べる。

「なんじゃ、ニヤニヤしよって。」

「え?」

「将来の嫁はんの顔でも思い浮かべとったんだろぅ。えー?」

「はぁ・・・まぁ。」

「おうおう。言ってくれるのぉ。」

「ははは・・・。」

照れ笑いを浮かべ、頬をぽりぽりと掻く。

「最近の若い娘は、やたら気が強くて我が侭で、家事も碌にでけん奴が多いのに、余程
  良くできたお嬢さんなんだろうな。いやぁ、羨ましいのぉ。がははははははははっ!」

「うっ・・・。」

照れ笑いが、苦笑いに変わる。

「ええのぉ。よっしっ! バイト料、ほんの気持ちはずんだるわっ! 頑張れよっ! 兄
  ちゃん。」

「はいっ! ありがとうございますっ!」

その後、3週間後に次のバイトの契約をしたシンジは、3万円の給料を手にして家へと
帰って行った。

<ミサトのマンション>

家に帰ると、テーブルにはいろいろな料理が折詰に入って並んでいた。アスカがバイト
先のレストランから持って帰ってきた様だ。

「ただいま。」

「シンジっ! 見て見て。給料出たわ。」

「あっ。ほんとだっ。アスカは毎日だから大変だね。」

アスカの場合、受験勉強も教習所も無くシンジに比べて時間的な余裕がある為、結婚の
準備のある日曜以外、毎晩忙しい時間帯の2時間だけアルバイトをしている。

「まだ2週間だけど、結構貰えたわよ。」

そう言いながら嬉しそうに給料袋を出し、アスカはシンジに手渡した。今日のシンジの
給料と併せて5万ちょっとになる。

「ちゃんと貯金しとくよ。」

「わかってると思うけど、エンゲージリングだけは、アンタのお金で買うのよっ!」

「わかってるよ。」

「それとね。これも見て見て。」

次にアスカが出してきたのは、結婚式場やウエディングドレスなどのパンフレットだっ
た。

「バイトまで時間があったから、いろいろ回って貰って来たの。」

「わぁ、綺麗だね。」

チャペルやウエディングドレスのカタログを見たシンジは、結婚式の時のアスカの姿を
想像する。

「アタシは洋式がいいんだけど? どう?」

「うん。それでいいよ。でも高いなぁ・・・。」

「ほら。こっちのなら安いじゃん。」

コースがいろいろ分かれており、余計なオプションを全て省き簡素な形式にすると、ド
レス料金込みで30万少しだ。後は、それに何を付けるかで値段が上がる。

「ぼくのタキシードはどうでもいいけど、ウエディングドレスはもうちょっと頑張って
  もいいんじゃない? あっ、こんなのアスカに似合うんじゃないかな?」

「わぁぁぁ、きれーー・・・、なによこの値段っ。」

「た・・・高いね。」

「アタシ、このあたりでいいわ。」

「こっちのなら、ほらここにアスカの好きな赤が入ってるよ。」

「だから、高いって言ってるでしょっ。」

「うーーん。じゃ、せめてこのあたり。」

「これでも、いいんじゃない?」

「そうだねぇ・・・。アスカなら、何着ても似合いそうだ。」

「ははっ。当然じゃん。」

なんだかんだ言いながらも、目を輝かせてパンフレットを隅々まで見ていく。夢はどん
どん膨らむ。

「やっぱ、いいのは高いわねぇ。その後のハネムーンもあるし、家具とかも揃えないと
  駄目でしょ?」

「来年になったらネルフから給料も出るから、家具は後からでいいんじゃないかな。」

「それでも、冷蔵庫とか洗濯機は後からってわけにいかないわよ?」

「そっか・・・。そうだね。でも冷蔵庫って、小さい奴だったら安いんじゃないかな?」

「駄目よ。直ぐに買い換えないといけなくなるわ。そんなの。」

「でも、最初は小さいのでいいんじゃないかなぁ。」

「そういうのを、安物買いの銭失いって言うのよ。」

「よくそんな言葉知ってるね。」

「4年も日本にいたら、それくらい覚えるわよ。」

「そういや、ガスコンロもいるね。」

「コンロは安いじゃん。」

金銭面では苦しいものの少ない予算をどう使おうかと、アスカと頭をくっ付け合って考
えていると、そんな苦労も楽しくなっていく。

「新婚旅行はどうする?」

「グアムでいいんじゃないかしら? 今安いわよ。」

「ぼくは、沖縄にしようかと思ってるんだけど。」

「沖縄かぁ。修学旅行、行けなかったもんね。でも、沖縄の方が高いんじゃない?」

「少しの差だろ?」

「そうねぇ。沖縄もいいわねぇ。」

丁度そこへ、ミサトが加持を連れて帰って来た。

「おかえりなさい。あっ、加持さんもいらっしゃい。」

「よぉ、シンジくん。結婚の話は進んでるか?」

「あっ、加持さーん。今シンジと、見てたとこなのよ。」

「おう、もうパンフレット貰ってきてるんだな。」

「もう、シンジったらさぁ。アタシは何着ても似合うとか言うのよねぇ。困っちゃうっ
  たら、ありゃしない。」

「はは・・・。」

困った顔をしながらそんなことを言うアスカに、さすがの加持も二の句を次げない。ま
ぁ、それだけ嬉しくて仕方が無いのだろうが。

「シンジくんも大変だな。」

「そうなんですよ。結婚って大変ですね。」

「一生に一度のことだからな。今の苦労も、後でいい思い出になるさ。」

「あんたが偉そうに言える立場だと思ってるの?」

知った風なことを言う加持をミサトがジロっと睨み付けるが、直ぐにご機嫌な顔になっ
てアスカの前に左手の薬指を突き出す。

「ほら、アスカぁ。見てみなさい。」

「なに?」

「やっと加持が、買ってくれたわ。」

顔を上げた視線の先には、指が折れるかと思うくらいの馬鹿でっかいダイヤの指輪をは
めたミサトの薬指があった。

「わぁぁぁぁっ! すっごーーーいっ! 見せて見せて。」

「ほらぁ、凄いでしょう。」

「きれーーーーっ! 凄いじゃんっ! これ、いくらしたのぉ?」

「ないしょー。」

「ねぇねぇ、ちょっとはめさせてよ。」

「だめぇ。もう外れないのぉ。」

「ケチっ!」

「いいじゃない。アスカも、もう直ぐ世界一素敵な指輪するんでしょ?」

「へへぇぇ。あったり前じゃん。」

目を輝かせてキャイキャイ言う女性陣を前に、加持は情けない顔をしてシンジに近寄ると、
ぼそりと呟く。

「シンジ君。婚約指輪は若い間に買うべきだな。」

「どうしてです?」

「歳を重ねるだけ、大きくなってくる。」

「はは・・・。」

今迄待たせた分、その時間が指輪の大きさに繋がったのだろう。かなりの出費を強いら
れた様だ。

「ねぇねぇ、で、結婚はいつするの?」

「そうよっ! 加持っ!」

アスカの言葉を聞いた途端、ミサトは大声で加持を呼び付ける。

「なんだ?」

「シンちゃんだって頑張ってるのよっ。あんた結婚の準備してるんでしょうねぇ。」

「おいおい、やっと婚約したとこじゃないか。勘弁してくれよ。」

「駄目よ。アスカがいつ結婚するのって聞いてるじゃない。」

「あはっ。ア、アタシは・・・その・・。」

またもやまずいことを言ってしまったと思ったアスカは、今回は掴まってたまるかと、
いそいそとその場を離れシンジと一緒にカタログを片付け始める。

「アスカぁ。あまりミサトさんを刺激しちゃ駄目だよ。」

「わかってるわよ。つい言っちゃったのよ。」

最近、自分達に刺激されたミサトが、ひっきりなしに加持へ催促している様だ。

「加持っ! わかってんでしょうねっ。」

「だ、だからな葛城。そうそう、今日はそんなことを言いに来たんじゃないんだ。」

「そんなこととは何よっ! そんなこととはぁっ! だいたいあんたは、いっつもそうや
  ってっ。」

「わかった。わかったから、ちょっと落ち着けよ。今日は、シンジ君のことで相談しに
  来たんだ。」

「シンちゃん? なによ。」

シンジの名前が出たので、ひとまず矛先を納めるミサト。シンジとアスカも、自分達に
関係がありそうなので加持の言葉に耳を傾ける。

「来年、正式な職員になるんだよな。」

「はい。大学に通いながらですけど。」

「アスカは技術部だよな。」

「ええ。ダミープラグの開発をマヤとするみたいね。」

ダミープラグの研究はアスカ自身が志願したことだ。理由はただ1つ。もう自分達みた
いな思いをするチルドレンは、未来永劫生まれて欲しくなかったから。

「で、シンジ君だが。諜報部に欲しいんだが・・・。」

その言葉を聞いてミサトがムッとする。

「なにふざけたこと言ってんのよっ! 作戦部にもう決まってるのよっ!」

続いてアスカも大声を上げる。

「ダメよっ! 絶対ダメっ! 危ないわっ!」

危ない・・・とは、仕事が危険というより、諜報部には女好きの連中が多くいることを
アスカは知っていた為、そんな危険な所にシンジを送るわけにはいかないという意味。

「なぁ、シンジ君の意志はどうなんだ?」

しかし、ここ数年シンジを訓練してきた加持は、欲しくて仕方が無い様だ。体格と腕力
だけでも、一流の諜報部員になるだろう。その上、技術部の連中とは比べられないが、
一般的には頭も良い。

「シンジが、何と言っても絶対にダメよっ!」

「いや、とにかくシンジ君はどう思うか聞きたいんだが。」

「アスカが駄目だって言ってるから・・・。駄目ですね。」

しかし、シンジがさらっと言ってのける。目が点になってしまう加持。

「おいおい・・・。」
「やれやれ・・・。」

その言葉を聞いた加持は勿論のこと反対していたミサトですらも、早くも尻の下に敷か
れているのかと呆れてしまった。

「そうだ。加持さん。お願いがあるんですけど。」

「なんだ?」

「もうすぐぼく達、婚約するんで仲人お願いしたいんですけど。」

「もうすぐ婚約するか・・・。結婚することが決まってるのに、面白い言い回しだな。」

「そうですか?」

「まぁいい。で、仲人を俺にか?」

「はい。お願いします。」

「結婚してる人の方がいいんじゃないか?」

「ネルフに誰がいるんです?」

「・・・・・・。いないな・・・。しかし、仲人ってのは1番名のある人がするもんだ。
  無論、司令は駄目だから、副司令が適任だと思うが?」

そこにアスカが口を挟んでくる。

「1番、結婚に近いのって、加持さんしかいないでしょ?」

「だがなぁ・・・。」

「お願いします。加持さん。」

「うーん・・・。」

そこに、ミサトが口を挟んでくる。

「ねぇ、アスカ達って結納するの?」

「結納?」

聞き慣れない言葉に、?マークを浮かべた様な顔できょとんとするアスカ。

「婚約する時、結納もするのかなぁって。」

「そんなのしなくちゃいけないの? 何するの?」

「普通は、仲人と両親と本人達が顔を合わせてするけどねぇ。」

「えーーっ? パパやママも必要なの?」

「両親がいない場合もあるわ。」

「うーん。そんなのしなくちゃいけないのかぁ。」

「まぁ、お見合いじゃないから、しなくてもいいかもしれないけどね。」

「ねぇ、シンジぃどうする?」

「わかんないよ・・・。やった方がいいんですか?」

「そうねぇ。結納品とかも買う必要があるわねぇ。結構高いわよ。」

「パスっ!」

アスカの即答である。

「そうね。婚約破棄なんて無いでしょうから、しなくてもいいわね。」

「やらなくても、いいことは極力パスよ。」

「そうだな。シンジくんとアスカには、必要無いな。」

「かーーーじーーー。わたし達は、ちゃんと結納はするからねっ!」

「えっ?」

「しっかり、法的な効力があるんだからっ! これ以上待たされてたまるもんですかっ!」

「葛城ぃ・・・。勘弁してくれよ。俺を信用してないのか?」

「結納金、奮発するのよっ! そうそう、形式は関西の形式でするわよっ!」

「なんだ? 関西って?」

「関西では、結納金の半返しが無いのよん。」

「はは・・・ははは・・・。」

泥沼にズボズボとはまっていく加持を、シンジとアスカは苦笑しながら見ることしかで
きない。女を待たせると恐ろしいことになる様だ。

「じゃ、加持さん。仲人お願いしますね。」

「そうだなぁ。ちょっと考えさせてくれ。」

結局、加持はその場で引き受けることができなかった。責任うんぬんより、さらにミサ
トの結婚願望を加速させそうで嫌だったのが本音だろう。

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                        :
                        :

その日夜遅く、アスカの部屋で2人肩を並べてベッドに座り、再び式場のカタログを見
ていた。

「お色直ししたら高いね。」

「いいわよ。そこまでしなくても。」

「でもさぁ。みんなするみたいだよ?」

「それは、もっと歳取ってから結婚したらでしょ。アタシ達は、やるだけで十分よ。」

「そうかなぁ。」

「それより。エンゲージリングはどうなってんのよ。ミサトに先越されたじゃない。」

「もう決めたよ。」

「えっ! ほんとっ! ほんと、ほんとっ!?」

「でも、もうちょっと待って。プロポーズの言葉が・・・。」

「うんっ! 来週の日曜ねっ!」

「えーーーーっ! 来週ぅ?」

「他にもいっぱいしなくちゃいけないんだから。次々進めていかなきゃ。」

「そ、そうだね・・・。」

「アタシも、OKの言葉考えておかなくちゃ。」

なんだよ・・・それ・・・?

プロポーズなんて予定してやるもんだろうかと、ふと疑問に思ったが、アスカにそう言
われては仕方無い。

「あっ。でも、ミサトさんみたいに大きな宝石は付いてないよ?」

「あったりまえじゃん。そんなのわかってるわよ。あれは半分罰よ。」

「ははは・・・。」

やはり加持は誰からも同情はして貰えない様だ。

「じゃ、そろそろ寝るよ。」

「そうね。明日は学校だもんね。」

「おやすみ。」

シンジはカタログを片付けると、立ち上がってアスカの部屋を出ようとする。

「ねぇ。」

袖をクイクイと引っぱられたので振り返ってみると、背の低いアスカが見上げていた。

「早くシンジと一緒に暮らしたいな。」

「今でも一緒に暮らしてるじゃないか。」

「2人だけでよ。アタシ達の家で。」

「そうだね。でも、もうすぐじゃないか。」

「そうね。」

「じゃ、おやすみ。」

「うん。おやすみ。」

その夜から、シンジはプロポーズの言葉を毎晩考えてしまい、なかなか寝付けない日々
が続くことになった。

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そして、いよいよ日曜日。

シンジが起きてくると、アスカが朝食の準備をしていた。

「おはよう。先に起きてたんだ。」

「うん。今日はお味噌汁よ。」

近頃は家事を半々くらいで分担してやっている。別に決めているわけではなく、早く起
きた方が作るのだが、休みの日など2人共が寝坊するとミサトの朝食が無くなる。

「あのさ。朝ご飯食べたらさ、プロポーズするから出掛けない?」

その言葉を聞いたアスカは、おたまでやかんをカコーンと殴りつけると、ムッとしてシ
ンジを睨みつけてきた。

「アンタバカぁっ! そんな誘い方って無いでしょうがっ!」

「えっ? じゃ、どうすればいいんだよ。」

「何気なくデートに誘うのよっ! そして、夕暮れ時に、突然するもんでしょっ!」

「・・・・・・・。」

突然って・・・。
今日しろって言ったのは、アスカじゃないか。

シンジはなんとなく解せない様子だったが、一先ずアスカの言う通りにしておけば事を
荒立てずに済むので、改めてデートに誘い直す。

「じゃ、アスカ。今日デートしようよ。」

「最初の『じゃ』はいらないっ!」

どっちでもいいだろっ!
もうっ!

いい加減鬱陶しくなってきたシンジは、モゴモゴ口の中で文句を言いながらも、再度改
めて言い直す。

「アスカ。デートに行こうよ。」

「いいわよ。」

「・・・・・・。」

なんだかなぁ・・・。
まぁいいや。

<繁華街>

午前中にアスカの好きなロマンス物の映画を見た後、今は繁華街を歩いている。

「また寝てたでしょ。」

「そ、そんなことないよ。最後2人が再会するんだろ?」

「よく言うわ。途中寝てたの知ってんだからね。」

「そんなことないよ。」

「じゃ、マフィアのボスは、なんで死んだのよっ?」

「・・・・。ちょっとだけ寝てたかも・・・。」

「はいはい。ちょっとだけね。」

アクションとコメディーの映画以外はいつものことなので、慣れっこのアスカはそれ以
上追求せず、シンジに腕を絡めて半ばぶら下がる様な格好で繁華街を歩く。

「あっ、シンジ。ちょっと来て。」

「わっ。」

小さなアスカが大きなシンジをぐいぐい引っ張って行く。端から見るとかなり滑稽な様
子だ。

「これこれ。欲しかったのよ。」

「なにそれ? 紅茶じゃないか。」

「ウェッジウッドよ。オレンジピコー欲しいなぁ。」

「ふーん。そうなんだ・・・げっ!」

たかが紅茶だと思って気軽に聞いていたシンジだったが、それは目を剥く程高かった。

「これ、紅茶だよね。」

「そうよ。美味しいんだからぁ。」

「高いよ・・・。リプトンのティーバックじゃ駄目なの?」

「ティーパックと一緒にしないでよ。」

「うーん・・・。」

いつもシンジが見るスーパーの紅茶とは桁違いに高い。シンジは値札を見てうなってし
まう。

「ウソウソ。今お金いるもんね。行こ。」

「でも、欲しいんだろ? これくらいなら・・・。」

「ダメダメ。これかったら、他にもねぇ。ポットとかカップとか、後ねぇ。」

「・・・・・・。行こうか。」

「やっぱり、買ってくれないのね。」

シンジがアスカを連れて歩き出そうとすると、アスカは上目遣いでジロっとシンジのこ
とを睨む。

「うっ。いいんじゃなかったのかよ。」

「あははははは。うそうそ。シンジのそういうとこ、可愛くて好きよ。さ、行こ。」

「ほんとにいいの? また後で、ぶーぶー言っちゃヤだよ?」

「わかってるわよ。あっ、シンジっ! あれあれ。」

また違う所に何かを見付けたアスカは、人込みの中ぐいぐいと引っ張ってシンジを連れ
て行く。

「どうしたんだよ?」

「ほらぁ。かーいいでしょぉ。」

今度アスカが見つけたのは、店頭に並んでいる薄い赤み掛かったエプロン。シンプルな
作りだが、大きなポケットが2つ付いているのがポイント。

「2人で暮らし出したらさ、これ来てシンジにご飯作ってあげるの。」

「いつも、エプロンなんてしないじゃないか。」

「するのっ!」

「そ、そうだね・・・。」

「ちょっと付けてみようかしら。カバン持ってて。」

肩からぶらさげていた小さ目のお猿の形をした鞄をシンジに持たせると、いそいそとエ
プロンを付けてみる。

「どうどう? 見て見て。」

「アスカって低いから、少し大きいんじゃない?」

「ムッ! サイズなんかいろいろあるわよっ! ほら、こっち8号じゃない。」

今つけてたエプロンを置いて、少し小さ目のサイズのエプロンに付け直す。今度はぴっ
たり。

「どう?」

シンジの前でエプロンを付けて、くるりと回って見せる。スカートとエプロンが、パラ
ソルの様に円を描く。

「うん。可愛いよ。」

「でしょ。でしょ。」

2人でエプロンを見ていたシンジ達の所へ、店員のおばさんが商売根性剥き出しでいそ
いそと出て来た。

「エプロンをお探しですか?」

「あ。あの・・・。」

別に買うつもりじゃなかったシンジは、鬱陶しそうな顔で口篭もってしまう。そんなシ
ンジに店員のおばさんは、いいカモだとばかりに次々とエプロンを見せてくる。

「どうでしょう? こんなのもいいですが? 彼女にお似合いかと?」

「あの・・・。はぁ。」

「もうっ! なによアンタっ!」

モゴモゴしているシンジの前にしゃしゃり出てくる小さいアスカ。

「アタシが、試着してる邪魔しにくんじゃないわよっ!」

「いえ、お似合いのエプロンを探す手伝いを・・・。」

「アンタのセンスで選ばれたエプロンなんか、付けれるもんですか、なによそのダッサ
  イのっ! バッカじゃないのっ!?」

シンジとの楽しい会話を邪魔されたアスカは、店員が持っていたエプロンを指差して言
いたい放題。

「アスカぁ・・・そこまで・・・」

「行くわよっ! シンジっ!」

「え・・・うん。」

それでも一応礼儀として、エプロンを元にあった所に綺麗に戻したアスカは、店員を無
視してシンジを引っ張って行く。

「もうっ! エプロンは可愛いかったけど、店員が気に食わないわっ! あそこで買うの
  は止めね。」

「試着して、あれはないんじゃないかな。」

「いいのよ。試着する為に、店頭に並べてるんだから。」

「まぁ、そうだけど。」

「そろそろ、お腹減らない?」

「そうだね。」

「どっか入りましょう。」

「じゃ、カツ丼行こうか。」

「えーーーっ! また丼物?」

「安くて美味しいじゃないか。」

「今日くらい、もうちょっといいとこがいい。」

「いいとこって・・・。じゃ、天丼に行く?」

「コロスわよっ。」

「だって・・・。好きなんだもん。」

「丼物はダメっ!」

「じゃ、ハンバーガー・・・。」

「ダメっ! せめて、喫茶店くらいにしましょ。」

「えーー。喫茶店だとお腹膨れないもん。」

「いつも、丼に付き合ってんだから、今日はアタシに付き合いなさいっ!」

「わかったよ。」

確かにいつもアスカがシンジの丼物に付き合ってくれており、しかもいつも食べきれず
に残しているので、たまにはいいかと今日は喫茶店に行くことにした。

シンジが丼を好きになったのは、背が伸びてからのこと。

<喫茶店>

喫茶店に入ると、サラリーマン風の人が2組。親子連れが1組。同じ年くらいの、ちょ
っと悪そうな野郎共が1組座っていた。まぁ、今のシンジを見てちょっかいかけてくる
命知らずはまずいないが。

「何に致しましょうか?」

店員が注文を取りに来る。

「アタシ、ピザトーストとホットミティー。シンジは?」

「ぼくは・・。」

メニューを見ながら選んでいる様だ。

「ミートスパゲッティー1つと、チャーハン2つ。」

「えっ?」

思わず聞き返してくる店員。

「ミートスパゲッティー1つと、チャーハン2つです。それから、コーラ1つ。」

「は、はい。」

注文を聞いたウェイトレスは、クスクス笑いながら伝票を書くと、店の奥へと引き上げ
て行く。

「アンタバカぁ? 喫茶店でそんなに頼む奴なんていないわよっ。」

「そう? これくらいが丁度いいんだけど。」

「良くても、ちょっとは考えなさいよね。っとに・・・恥ずかしいわねぇ。」

「ごめん・・・。」

それからしばらくして、ガラスのテーブルの端にアスカのピザトーストが置かれ、その
前に、チャーハン2つとミートスパゲッティーの皿がどっかと並べられる。テーブルは
それだけで溢れ返っている。

ガバガバガバ。

「ちょっと・・・。もうちょっとゆっくり食べなさいよ。丼屋じゃないんだから。」

「だって、お腹減ってるんだもん。」

「だからって、そんな食べ方しないでよ。」

「うん・・・。」

言われて少しゆっくり食べ始めた様だが、あまり大差がない。

「はぁーあ。やっぱり喫茶店はダメね・・・。早く食べて出るわよ。」

「うん。」

恥ずかしいので、さっさと出ることにしたアスカは、ピザトーストをパクパクと頬張り
始める。

「アンタ、ほんと大きくなったわねぇ。」

シンジの食べっぷりを見ていると、つくづくそう思うアスカ。シンジがここまで逞しく
なったのも自分の為だと知っているので、あまり強くご飯のことで言うことができない。
それが、アスカがいつも丼物に文句も言わず付き合っている理由。

丁度中学3年の終わり、ようやく心が落ち着き2人が付き合い始めた初々しい頃。デー
トしていた2人に、危ない連中が絡んできたことがあった。

その時、シンジはアスカを守ることができなかった。

結局2人は、護衛していた諜報部員に難なく助けられたのだが。それからだ。シンジが
加持に頼んで訓練を始めたのは。その結果、今の逞しいシンジがある。

「さ、行くわよ。」

「うん。」

食べ終わったシンジは、コーラの残りをゴクゴクと飲むと、アスカがレジで清算してい
る間、店の外でぼーっと待っていた。いつからか、2人の財布は1つになっており、食
事などの生活費はアスカが出すことになっている。

「おまたせ。」

「行こうか。お腹一杯だよ。」

「あたりまえでしょうがっ!」

その後、夕方になり2人は第3新東京市が見える空中庭園へと上がって来ていた。一応、
シンジなりに考えたプロポーズの場所。

「綺麗ねぇ。」

「そうだね。」

夕日が射し込める空中庭園で、ベンチに座ってジュースを飲みながら、2人は景色を眺
めている。なかなかの良い雰囲気。

よしっ!
いよいよだっ!

シンジはここ一週間一生懸命考えた言葉を頭の中でリフレーンしながら、ポケットに入
れていたエンゲージリングをぐっと握り締める。返事はわかっていても、緊張の為か足
が小刻みに震える。

「あ、あのっ! アスカっ!」

「ん?」

「ぼくの為に、みそ汁を作って欲しいっ!」

1週間考えに考えた言葉と共に、握り締めていた婚約指輪をぐいっとアスカの前に差し
出すシンジ。

やったっ!
言えたっ!
言えたんだっ!

アスカは一瞬あっけにとられていた。前述の通り、今彼女は缶ジュースをゴクゴクと飲
んでいる最中だったのだ。ベンチに座り、グビグビと喉を鳴らしている最中だったのだ。

「ア、ア、ア、ア、ア、ア・・・!」

「あの・・・返事は・・・。」

「アンタっ! バカぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「へっ?」

「タイミングっての物を知らないのっ! セリフは多めに見てもっ! ア、ア、ア、ア、
  アンタっ! 何考えてんのよっ! バカーーーーーッ!」

「な、なにって? えっ?」

バシーーーーーーーン。

思いっきり怒ってしまったアスカは、強烈な平手をおみまいして、婚約指輪も受け取ら
ずスタスタとベンチから1人離れて行く。

「アスカ・・・。」

どうしてアスカが怒ったのか、何が自分の身に起こっているのか、さっぱりわからない
シンジは、怒りを体全体に表して離れて行くアスカの後ろ姿を唖然と見つめる。

なんでだよ。
ちゃんと考えたプロポーズの言葉、言ったよなぁ。
場所も悪くないはずだし・・・。
そうだ。とにかく追い掛けなくちゃ。

前にもこんなことがあり、追い掛けなかったシンジは、喧嘩の原因よりもそのこと自体
を後でアスカにこっぴどく絞られた覚えがある。

「あれ?」

ふとシンジが顔を上げると、既にアスカの姿は何処にも見えなくなっていた。

もうっ!
何処行ったんだよっ!

今迄飲んでいた飲み掛けのジュースを、ごみ箱にほおり込むと、婚約指輪を再びポケッ
トに突っ込んで走り出す。

怒って帰っちゃったのかなぁ。
なんかかなり怒ってたもんなぁ。

ここの空中庭園はかなり広い上に、背の高い木が多い茂っており、見通しが悪く人を捜
すとなると難しい。

お願いだから、まだここにいてよ。
まいったなぁ・・・。

周りの何処を見ても、カップルばっかり。そんな中を場違いな男が1人汗を掻きながら
走って行く。

「あっ!」

すると、空中庭園の展望台の所にアスカが1人で立っているのが見えた。大急ぎで駆け
寄っていく。

「アスカっ。あ、あの・・・ぼく・・・。」

「ねぇ、シンジ?」

「あの、だから・・・。あれ? 怒ってないの?」

「ねぇ、シンジ?」

「え? あ、なに?」

「この街を、アタシ達が守ったのよね。」

アスカは夕日に照らされ、あの頃と比べると遙かに発展した第3新東京市を、じっと見
下ろしていた。

「綺麗な街ね。」

「そうだね。」

シンジはあの頃の辛かった戦いを思い出し、その苦しみの上に今の自分達の生活がある
ことをしみじみと感じる。

「いつのまにか、アタシこの街が好きになっちゃった。」

「ぼくもだよ。」

「ずっと、ここで暮らしていきたいわね。」

「そうだね。」

「誰と?」

今迄、第3新東京市を、ただじっと見詰めていたアスカが、くるりと振り返りその青い
瞳でシンジを見上げる。

「アスカ・・・。」

アスカと一緒に自分達が守った街で暮らしていくんだという願いを込め、ポケットから
婚約指輪をゆっくりと取り出す。

「アスカ。ぼくと結婚して欲しい。」

「はい。」

アスカは笑顔でシンジを見詰めると、ゆっくりと左手の薬指を差し出す。シンジは、1
ヶ月掛かりで選びに選んだ、小さな小さなルビーが1つ付いているエンゲージリングを
アスカの細い薬指にはめる。

「ありがとう。」

「うん。」

しばらくアスカは想いを馳せる様に、潤みかけた瞳でそのリングを見ていたが、そっと
顔を上げるとシンジのおでこを人差し指でちょんと突き上げた。

「まったくアンタは。プロポーズくらい、アタシの助け無しでやんなさいよねっ!」

「えっ? あっ・・・。」

「アンタはアタシがいないと、なんもできないんだから。」

「はは・・・そうだね。」

夕日を背に、シンジはアスカの肩を抱いて空中庭園を歩いて行く。

ようやく婚約という大きな儀式を終えた2人。
しかし、それは結婚へ向けての1つのステップ。

この先、2人は婚約指輪が結婚指輪に変わる迄の、苦労があれど幸せ一杯の道を力を合
わせて歩いて行く。その道の終端にあるバージンロードを目指して。

To Be Continued.
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