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結婚
Episode 04 -シンジの挨拶-
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<二子山>

学科も一発で合格したシンジは、その日のうちにアスカと二子山のドライブウェイへド
ライブに来ていた。

生まれて初めての自分の運転によるドライブ。アクセルを踏むだけでも楽しく、渋滞で
も車に乗っているというだけでウキウキ。

横を振り向くと、始めて乗せた人が愛しい婚約者。綺麗な景色を見ていた彼女が、自分
の視線に気付き、微笑み掛けてくる。

最高のシチュエーション! 最高の初ドライブ! そんなことが・・・あろうはずもない。

「うらぁっ! シンちゃんっ! もっとアクセル踏まんかーーっ!」

「で、でも、制限速度が・・・。」

とんでもない邪魔者が、満面の笑みでエビチュを両手に4本掴み、後部座席を陣取って
いた。

「プハァ〜! ビール飲みながらドライブなんて、こーんないいことないわよねぇっ!」

「ちょっとは、静かにしてなさいよっ!」

シンジはともかく、強烈に不機嫌なアスカ。免許を受け取り、初ドライブに夢膨らませ
てマンションに帰って来た所を、徹夜明けのミサトと鉢合わせしてしまったのだ。

「駄目駄目っ! ステアリングは、こう切ってっ! こうっ!」

「そんなのできませんよぉ。」

できないと言うより、やりたくないと言う方が、より正確だろう。

「ねぇ、この飲んだくれ、どっか捨てちゃおうよ。」

「ははは・・・。」

「アスカぁぁっ? 何か言ったぁ?」

「アンタが邪魔だって言ってんのよっ!」

「あらぁ、わたしの車がどんな運転されるか見届けるのが、元持ち主の役目よん。」

「なにも今日じゃなくてもいいでしょうがっ! 今日じゃなくてもっ! アンタっ! 徹
  夜で疲れてんじゃなかったのっ!?」

「だから、後ろでくつろいでんじゃない。」

「キーーーっ! 家で寝てなさいって言ってんのよっ!」

「眠たくなったら、寝るから安心してぇ。」

「家でって言ってんでしょうがっ!」

超初心者にして慎重なシンジは、気が散って仕方がない。先程から横でアスカが大声を
出す度に、ビクっ! ビクっ!

ブーーーーン。

その時、後ろから1600ccの走り屋が好みそうな、ハッチバックの車がパッシング
してきた。NAでも高回転でターボ並に馬力が出て、メーカーがF1に参戦してること
から若者の人気の車種。しかし、当然シンジはそんなところ迄気が回るはずもなく。

「ムッ!」

敏感に反応するミサト。

「ムカつくわねぇ。」

ビビーーーーーーーー!

次はクラクション。初心者マークが張ってあるので、舐められているのだろう。さすが
のシンジもこれには気付く。

「ん? ぼく何かしたかなぁ。」

何か運転を間違っているのかと、きょろきょろする。ミッションもちゃんと入っており、
変なシグナルも付けておらず速度も制限速度を守り、中央線もはみ出ていない。教習所
で習った通り。問題無い。

「どうしたんだろう?」

ビビーーーーーーーー!

再びパッシングしながら、クラクションを鳴らしてくる背後の走り屋仕様の車。シンジ
はもう何がなんだかわからず、あたふたするばかり。

「シンちゃん。もっと飛ばしなさいっ! あんな車に舐められてどーすんのっ!」

「シンジはこれでいいのよっ!」

元我がルノーが排気量の小さい車に舐められている。我慢できないミサトは、大声を張
り上げる。しかし、シンジまでスピード狂になられてはたまらないアスカは、その大声
に更なる大声をもって対抗。その時。

ブーーーーン。

少しの直線が開けた所で、追い抜いていく背後の車。ミサト、ブチキレ! しかしアス
カは、これで静かになったと安心・・・するはずだった。

「ブス2人乗せて、トロトロ走ってんじゃねーーーっ!」

余計な一言を言って抜いて行く、男2人を乗せた走り屋仕様。そう、まさに余計な一言
を言ってしまった。

ブチンっ!
ガチンっ!

先程から慌てふためいて周りが見えなくなっていた1名はおいといて、何かキレた物音
が2つ。

「シンジっ! ミサトに代わんなさいっ!」

「えっ? えっ?」

「代わりなさいっ! シンちゃんっ!」

「わーーーーーっ!」

無理矢理ミサトと運転を代わらされたシンジは、頭に?マークを浮かべつつも、その直
後に襲ってくる衝撃に後部座席で備える。アスカ、シートベルトをし万全の戦闘態勢。



キュルルルルッ!

ホイルスピンっ!



ギャギャギャギャギャ!

テールを振りながらフル加速っ!



ピカッ!

ハイライト点灯っ!



ドッカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!

エキゾーストノートが爆音を奏でたっ!



わずか数秒でテール トゥ ノーズ。
走り屋仕様との間は数センチ。

「わーーーっ! なんだーーーーっ!???」

焦る走り屋仕様に乗る男2人。
バックミラーを慌てて見る。

「ひっ!」

そこには、目を三角形に吊り上げた鬼女2人。背後にビビった顔の男がいるが、そんな
のは見えない。

ブオーーーーーーッ!
ブオーーーーーーッ!

コーナー中でも、ぴったりくっついて1センチたりとも離れないルノー。

ビビビビビーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!

ルノーのフェラーリホンが叫び続ける。
ハイライトがバックミラーを真っ白にする。

ブオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!

あおりまくられる走り屋仕様。
足並みがドタバタし始める。

ビビビビビーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!

ミサトの容赦ないクラクションの連発。



ガガガガガガっ!!!

そして、次のカーブ。とうとう走り屋仕様はガードレールとお友達になった♪



「ざっとこんなもんよっ!」

それからしばらくして、初心者マークの青いルノーには近付くなっ!という噂が、この
近辺の峠で噂となり、シンジは何処へ行ってものんびり走れたという。

<輸送機>

それから1週間後、シンジとアスカはドイツ行きの輸送機の格納庫に設置された仮設ベ
ンチに座っていた。

「シンジぃぃ。疲れたよぉ。」

「まだまだだよ。ちょっと横になる?」

「うん・・・。」

もっと大きな輸送機で、乗組員と一緒に乗れると思っていたが、今回飛ぶのは小さな機
体でコックピットにはパイロットしか乗れない。シンジ達は、狭い格納庫で荷物扱い。

しかも、遅い飛行機なので、12時間以上もドイツ迄掛かってしまう。

「帰りは、もうちょっと大きいって言ってたわよね。」

「うん。せめて、格納庫じゃなきゃいいんだけど・・・。」

「オーバー・ザ・レンボーの方がいい。」

「はははは・・・。」

アスカが来日した時とは事情が違う。結婚の挨拶で太平洋艦隊が動くわけがない。

「はぁ、早く付かないかなぁ。」

シンジに膝枕をして貰いながら、ベンチに横たわりブチブチ文句を言っているアスカ。
しかし、どうすることもできない。

「アスカのお義父さんってどんな人?」

「真面目な学者って感じかな。」

「うっ。」

なんだか取っ付きに難そうだ。ちゃんと挨拶できるだろうかと、不安になってくる。

「お母さんは?」

「人当たりはいいわよ。外面はいいし。」

「うーん・・・。」

人当たりがいいのはいいが・・・やはりアスカとの間には、その口振りから1枚の壁が
ある様である。

「最初、どんな話すればいいだろう?」

「大丈夫よ。アタシが話を振るから、ちゃんと挨拶したら。」

「そう・・・ならいいけど。」

「なーんか、言われちゃうだろうけどねえ〜。」

「うっ・・・。」

「あぁ、早く着かないかなぁ。背中痛いよぉ。」

あぁ、ずっと着かなきゃいいのに・・・。胃が痛いよぉ・・・。

<ドイツ市街>

飛行機の中ではラフな格好だったが、挨拶に際して当たり障りの無い服に着替えドイツ
支部を出る。シンジにとっては、初めてのコート姿。

「わぁっ! 雪だぁっ。初めて見たよ。」

「どう? 銀世界も感じいいでしょ。」

「でも、ほんと寒いね。冷蔵庫みたいだ。」

アスカも白い綿の付いた赤いコートを纏い、薄いピンク色の毛糸の手袋をしているが寒
そうである。長い間常夏の国にいたせいか、寒さが堪えるのかもしれない。

「はぁ〜。はぁ〜。」

手袋の上から息を吹き掛けるアスカ。

「久し振りに帰って来たら、さすがに寒いわね。」

「おいでよ。」

シンジのコートがパサリと視界を遮る。アスカはすっぽりシンジの手の下に隠れてしま
い、コートのボタンとボタンの隙間から目だけ覗かせ腰に手を回す。

「アスカが中に入ったら、暖かいよ。アスカイロだ。」

「アタシはカイロかっ! でも、あったかーい。」

ドイツから離れる時、次にこの地を踏む自分がまさかこんな格好で歩いているなどとは
思いもしていなかった。

アスカは、シンジのコートのボタンの間から目を出し外を覗きながら、赤いブーツで白
い雪を踏み踏みドイツの街を歩いて行く。

「ん?」

街行くカップルの中に、1つの長いマフラーを2人で首に巻いている姿が目に入った。

「シンジ? アタシもあれしてみたい。」

ボタンの間から指を出して、マフラーを巻くカップルを指さす。

「あれって・・・・・・。」

「ねぇ、シンジぃ。」

「30センチくらいのヒール買う?」

「あーぁ、もうちょっと身長欲しかったなぁ。」

「ハハハ。いいんだよ。アスカは。このままで。」

「どうしてよっ!」

ぶっと膨れるアスカ。

「可愛いじゃないか。」

「へへへぇ。」

どうやら即効で機嫌が直った様だ。アスカはシンジの腰にぎゅっと抱き付きながら、コ
ートの中にすっぽり納まって歩いて行った。

<惣流家>

土産物は買った。身嗜みもばっちり。ネクタイも締めた。アスカもコートの外に出てい
る。後はチャイムを押すだけ。

ドキドキドキ。

緊張するなという方が無理。チャイムを押す指の先に脂汗が滲み出る。

えっと、最初の挨拶は・・・。
『いつも・・・』
じゃないじゃない。
『はじめまして・・・』だ。
『はじめまして。いつもアスカ・・・』
じゃなくって、『お嬢さんにお世話・・・』

「何してんのよっ!」

ピンポーーーン。

「パパっ! ママっ! 帰ったわよっ!」

あーーーっ! まだ挨拶の練習がぁぁぁぁっ!

ガチャッ。

マンションの玄関の扉が開き、母親が出て来る。

「ただいま。ママ。」

「お帰りなさい。アスカさん。」

えと。えっと。えっと。

「こんばんはっ!」

シンジは、アスカに手を引かれて母親と共へ玄関に入って行った。

違うだろぉっ!
『はじめまして、いつもお嬢さんにお世話になっている碇シンジです。』
って何度も練習したのにっ!
はぁぁ〜。もう駄目だ・・・。

「さぁ、どうぞ。碇さん。」

「お、お邪魔しますぅっ!!」

玄関に用意されたスリッパに履き替え、長い廊下を歩いて行くと、突き当たりの部屋か
ら明かりが漏れている。どうやらリビングの様だ。

「あなた。碇さんが参られましたわよ。」

「よく帰って来たなアスカ。」

「ひさし振りにドイツに来たら、寒くって寒くって。」

「そうだろう。早くストーブの前に座りなさい。」

父親はストーブの前にアスカを手招きし、再び背中を向けてソファーに腰掛ける。リビ
ングの入り口に立っていたシンジは、だらんと下げた手を開いたり閉じたり。

も、もしかして・・・ぼく・・・。
無視!?

リビングに足を踏み入れていいのかどうかもわからず、どうすることもできないシンジ
は、ただリビングの入り口に立ち尽くす。

「ほら、早くいらっしゃいよ。」

「うん。」

助かった。アスカが手を引いて、ソファーまで導いてくれる。しかし、その座ったソフ
ァーの目の前には、ガウンを来たアスカの父親の顔。

やっぱり、助かってない。

違う違う。ちゃんと挨拶しなくちゃ。
最初が肝心だ。

「はじめま・・」

シンジが口を開いた瞬間。

「母さん。折角アスカが帰って来たんだ。何か暖かい物でも出してあげなさい。」

「ちょっと待って下さいよ。今、用意してますから。」

「・・・・・・。」

も、もしかして・・・。
喋って貰えない!?

手の平を開いたり閉じたりしながら、脂汗を掻くシンジ。今だ父親は自分の顔を見ても
くれていない。

駄目だ。
逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ!
よしっ!

突然勢い良く立ち上がったシンジは、カチコチになって真っ正面を向き、裏返りそうに
なりながらも大声で挨拶をする。

「は、はじめましてっ! いつもお嬢さんにお世話になっている。碇シンジですっ!」

ペコリ。

腰を90度に曲げて挨拶。

シーン。

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

腰を90度に折り曲げたまま固まるシンジ。

シーン。

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

汗が出る。

「ほら、もう座んなさいよ。」

「う、うん・・・。」

何処からどう見ても自分は歓迎されていないとしか思えない。アスカに手を引かれてソ
ファーに座ったものの、針のむしろにいる気分。

「あのね。電話でも言ったけど、アタシ結婚しようと思うの。」

ほっておくと、シンジが暴走し始めるので、大慌てで話の切っ掛けを開こうと話し始め
るアスカ。

「母さんから話は聞いているが・・・。どうだろうな。」

「そのことで、シンジから話があるから、ちょっと聞いてくれないかしら?」

「そうか。」

アスカの父親がシンジの方へ目を向けた。

「で、碇君はどう考えてるんだ?」

「あ、はいっ!」

アスカの援護射撃が大きく威力を発揮し、ようやく話ができそうな雰囲気になってきた。
まだ父親は険しい表情だが、一応は自分の方を向いてくれている。

「そのことなんですが。」

「アスカさーん。ちょっと手伝ってくれないかしら。」

「はーーい。」

母親に呼ばれて、席を立つアスカ。お茶の用意ができたのだろう。アスカは、キッチン
へと向かう。

わーーーっ!
アスカっ!
行かないでよっ!
ここにいてよっ!
1人にしないでよーーーーーっ!!

小さなテーブルを挟み、父親と2人っきりの状態で残される。泣きそうだ。

シーーン。

えっと・・・。
えっと・・・。
そ、そうだ。結婚のことお願いしなきゃ。
アスカぁ、早く帰ってきてよぉ。
えっと・・・。

「ま、まだ、18歳になったばかりですが、ら、ら、来年からは大学へ通いながら・・・
  その・・・ネルフへ行って仕事もします。」

「ふむ。」

「もう、アス、お、お嬢さんとネルフの事情で一緒に暮らし出して長くになり、ず、ず
  っと、その・・・あの・・・なんだっけ・・・その・・・お世話になりっぱなしで・・・。
  お世話に・・・来年からは、ネルフに・・・。そう、ネルフの事情で・・・」

緊張してしまい、自分が何を言っているのかもわからなまま、上ずった声で脂汗を掻き
ながら、必死で言葉を絞り出す。

「だから・・・その、ネルフに就職したら給料も・・・」

「もういい。ネルフのことはいい。君の気持ちはどうなんだ。」

「えっ? ア、ハイッ! ボ、ボクっ!? ボクノ キ、キモチハッ!」

一言、父親に言われただけで、声のトーンが2段階上がる。キッチンへもシンジがわけ
わからないことを口走りだしたのが聞こえており、アスカはお茶などほったらかして大
急ぎで駆け戻る。母親は笑いっぱなし。

「ア、アスカサンハ、ソノ、ヤサシクテ セ、セ、セカイイチ カワイクテ ミテルダケ
  デ モウ カワイスギテ ボ、ボクハ ダレヨリモ セカイデ ダレヨリモ スキデ スキデ
  アイシテイテ。」

ドゲシッ!!!!!

真っ赤な顔をして戻ってきたアスカが、手を高々と振り上げシンジの頭をどつく。

「パパにノロケてどうすんのよっ!」

焦点が定まらず直立不動のまま抑揚の無い声で、喋り続けていたシンジの手を引っ張り
無理矢理を座らせるアスカ。

「なにわけわかんにこと言ってんのよっ! バカっ!」

「ご、ごめん・・・。」

「もうっ! 恥かしいわねぇっ! まったくっ!」

父親は、もうなんと言っていいのかわからない様な表情で、ただ唖然とシンジのことを
見ている。

もう駄目だ・・・。
完璧に駄目な奴だと思われた・・・。

泣きっ面に蜂状態のシンジ。

「と、ということで、パパに挨拶に来たってわけよっ! アハハハっ!」

なにが”とういうこと”なのか皆目不明だが、アスカも必死にリカバリをする。丁度そ
こへ、お茶の準備を整えた母親がそれらを並べてソファーに座った。

「優しそうな方ね。スポーツもできそうだし。」

「バスケとサッカーやったら、物凄く上手いのよ。」

卓球やテニスなどは駄目だが、実際バスケ,サッカー,バレーなどは上手い。ここぞと
ばかりにシンジをアスカがアピールする。

「でしょうねぇ。力ありそうですもの。」

「力など社会に出ては役に立たん。勉強の方はどうなんだ?」

母親は好意的に接してくれるが、どうも父親は終始ムスっとしている。

「勉強だってなかなかのもんよぉ。」

「なかなかか・・・。1位じゃないのか。」

「1位は、アタシに決まってるでしょっ!」

「アスカよりも、成績が悪いんだな。」

さっきから、揚げ足ばかりを取ってくる父親。欠点を見つけたいらしい。早い話、いく
ら勉強ができスポーツができ性格が良かろうと、いや全てにおいて世界1だったとして
も、娘泥棒にしか見えないのだろう。

「これからの生活はどうするんだ? 援助などは無いと思えよ。」

「それは、父さんからも言われました。自分達の力でやっていきます。」

「やっていけるのか?」」

「はい。贅沢はできませんが。なんとか・・・頑張ろうと思っています。」

「アスカに苦労さえるということか?」

「い、いえ・・・そういうわけじゃ。」

「ふーむ。」

腕を組みまた黙りこくる父親。どんな答えをしても気に入らないらしい。シンジは、沈
黙が訪れる度に、胃がキリキリと痛む。

「アスカさん? 式場は決まったの?」

「まだよ。それどころじゃないもの。」

「そうねぇ。 じゃ、新居は?」

「それもまだ。帰ってからそのへんは・・・。」

母親は好意的で、いろいろと話題を振って手助けをしてくれる。

「母さん。今考え事をしてるんだ。少し黙っててくれないか。」

「それは。失礼しましたわね。フフフ。」

許可もしてないのに、式やら新居やらの話を進める母親とアスカが気に入らないらしい。
ブスーっとして、妻とアスカまで睨む父親。

「君のお父さんは、いいと言っておられるのかね。」

「はい。大丈夫です。」

「迷惑だとかは、言ってないだろうな。」

「そんなことないです。」

「ふーむ。」

また沈黙が訪れる。小刻みに震える手で紅茶のカップを手にしながら、ピリピリと緊張
した様子でじっとその場に座るシンジ。

「あなた。そんな顔してないで、アスカさんの話も聞いたらどうです?」

「ふーむ。」

「あなたっ。」

「ふむ・・・そうだな。ちょっとアスカ、来なさい。」

「なに?」

「いいから。母さんも向こうで話をしよう。」

「はいはい。碇さん。ちょっと待っていて貰えますか? すみませんねぇ。」

「いえ。」

父親と母親に連れられ、アスカがリビングから出て行く。目の前のプレッシャーから解
放され、ほっと溜息をつくが、今度は両親にアスカが何を言われているのか気になって
仕方がない。

ぼくなんか駄目だって言われてるのかな。
ちゃんと練習してきたのに・・・。
1つも上手く言えなかった。

やっぱり、あの時・・・。
『頑張ろうと思っています。』じゃなくて、『2人で頑張ろうと思っています。』って
言っとけば良かったのかも・・・。
挨拶もしないで、いきなりソファーに座ったのがいけなかったのかな。

考えれば考える程、後悔することが山の様に出てくる。誰もいないリビングで1人紅茶
をすする。

チッチッチ。

時計を見ると、アスカが出て行ってからまだ1分しか経っていない。もう10分以上経
った様に思える。

まだアスカ、17だもんな。
普通反対するよな。
やっぱり、反対されてるんだろうな・・・。
もし、認めて貰えなかったらどうしよう。
かけおちなんて、テレビの中だけだと思ってたけど・・・。
僕達もそうなるのかな。

緊張に次ぐ緊張。その時シンジは、ふと大変なことに気づいた。

どうしよう・・・。
トイレに行きたくなってきた。
でも、リビングから出たら、アスカ達の会話を盗み聞きしに行ったて思われないかな。
何処で話をしてるかわかんないもんな。
紅茶を飲んだのがいけなかったんだ・・・。
どうしよう・・・。

気にすると、どんどんトイレに行きたくなってくる。

そして、そのまま必死でこらえること10分と少し。

もう駄目だっ!
我慢できないっ!
トイレ何処だろうっ?

我慢の限界に達したシンジは、リビングから出て廊下を歩き出した。その時、すぐ横の
扉が開いてアスカ達が出て来る。

「あら? シンジ?」

ビクっとするシンジ。

「あっ! ぼ、ぼくはっ! ト、トイレに行きたくてっ! 本当にトイレにっ!」

「なに、大声出してんのよ。トイレそこよ。」

「そうなんだっ! トイレを行こうって思ってだんたっ! 本当にトイレにっ! も、も
  う我慢できなくてっ!」

「トイレ、トイレってうっさいわねぇ。さっさと行きなさいよっ!」

「うんっ! トイレなんだっ!」

ガチャン。

扉を閉めトイレに入ったシンジは、用をたしながら泣きそうな顔になっていた。

よりによって、あそこで出てこなくても・・・。
やだなぁ。
立ち聞きしてたって思われたかなぁ。
はぁ・・・。

シンジがトイレを出てリビングに戻ると、アスカは両親と一緒にソファーに座って待っ
ていた。

「座りなさい。」

「はい。」

父親に促され、先程自分が座っていた場所に再び腰を掛ける。

「今、アスカから話を聞いてきた。アスカも決意は固い様だ。認めよう。」

「え? あっ! ありがとうございますっ!」

「ただし、条件がある。」

「パパっ!」

「アスカも聞きなさい。これは、お前にも言えることだ。」

「・・・・・・。」

アスカが文句らしきものを言いそうになったが、それを止めると再び父親は話し出した。

「碌に父親らしいことはしてやれなかったが、アスカはわたしの娘だ。」

「はい。」

「そんなわたしが言うのもなんだが、アスカは特上の娘だ。それも特注品だ。」

「はい。わかってます。大事にします。」

「大事にするのは、特上の娘でも当たり前だ。だが、それ以上にこの娘は特注品なんで
  な返品がきかん。いいか? 碇君。アスカも聞きなさい。」

「はい。」
「なによっ。」

「何度も言うが、アスカは特注品だ。だから返品はきかんっ。いいな。なにがあっても、
  最後迄責任を持って買い取ってくれ。」

「はいっ!」
「パパ・・・。」

「いいな。アスカも良く覚えておくんだ。お前は返品はきかん。戻る所はもう無いと思
  って、嫁ぎ先で頑張りなさい。」

「パパ・・・。ありが・・・とう。」

さすがにアスカも、これには涙が浮かんだ。

「だが、遊びに来る分にはいつ来てもかまわんがな。ハハハハ。」

「はいっ! また、遊びに来せて貰いますっ!」
「また、来るって。」

その日の夜、シンジはまだぎこちないながらも新しく家族となる両親と共に夕食を食べ
た。それは家族の食事だった。

そしてシンジは、元アスカの部屋があった、今は客間となっている部屋で眠った。

アスカは、両親と共に別の部屋で夜を明かした。

惣流・アスカ・ラングレーとしての最後の親孝行であった。

<墓地>

翌日、惣流家を出たシンジとアスカは、ネルフの輸送機が出る迄の時間、とある墓地へ
来ていた。

「シンジ・・・ここよ。」

1つの十字架を前に花束を添えるアスカ。後ろでシンジは神妙に立つ。

「ママ・・・アタシ結婚することになったの。この人よ。素敵な人でしょ?」

アスカは十字架に語り掛けながら、目を閉じ手を合わせ天国のキョウコに結婚の報告を
する。

お母さん。アスカさんを貰います。
必ず幸せにしてみせます。
そして・・・。

シンジもアスカの後ろで目を閉じ、見たことのないキョウコに祈りを捧げる。

そして、アスカさんを生んで下さってありがとうございました!

長い時間祈りを捧げ続け、挨拶を済ませた2人は、十字架を後に墓地を出て行く。振り
返ると、先程飾った花が風に揺れている。

今回のドイツ訪問。

アスカが本当に報告したかった人は・・・きっと・・・。

最後にシンジは、もう遠くに見える1つの白い十字架に、もう1度丁寧に深々とお辞儀
をした。

これこそが、本当の・・・シンジの挨拶・・・だった。

To Be Continued.
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